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第1話 中堅、厄介事を押しつけられる


 指名依頼というのは、文字通り遂行者を指名した依頼のことである。


 普通、冒険者(アドベンチャラー)同業組合(ギルド)に出される依頼に、そんなものはない。

 当たり前だ。

 依頼が完遂されることが大切なのであって、誰の手によって、という部分を気にする人間など滅多にいないだろう。


 だからこそ、指名依頼の格式(グレード)ってのはもっのすごいのである。

 どんだけ信頼されているんだって話なのだから。

 むしろそんなに信頼してるなら、組合を通さないで直接たのめよって感じだ。


 じゃあなんで、わざわざめんどくさいことをするのかっていえば、かなり政治的な思惑が絡むのである。

 私はこの冒険者のことをこんなに信頼していますよ、ってのを、いろんな人にアピールするってのがひとつの目的だ。


 で、そんなことを普通の人(・・・・)がする理由もない。


「聞きたくない! 聞きたくないです! なんにも聞こえません!!」


 立派な執務机の前でうずくまり、両手で耳をふさぎながらフレイが叫んでいる。

 新進気鋭の冒険者集団たるフレイチームのリーダーとは思えない醜態だった。


 でも、しかたないじゃない。


 もうね。

 突然、伯爵の城に呼ばれたかと思えば、なんかヤバげな話をきかされるとか。


 王家の陰謀とか、関わりたくないんですけど。

 命がいくつあっても足りないんですけど。


「ほんっと勘弁してくださいよ」

「往生際の悪い男だな。いい加減に諦めろ」


 執務机に座ったザブール領主、アンキモ伯爵が半笑いで言う。

 老いが見え始めたその顔には、絶対お前を巻き込んでやるからな、と、大書きしてある。

 一蓮托生だ、と。


「往生してたまるかーっ! そもそもなんで俺なんすかっ! ガイツのアニキだっているじゃないっすか!!」


 実力も実績も、フレイなどよりはるかに上のA級冒険者である。


「同時に、有名すぎるよな」

「ぐ……」


 その通りだ。

 A級ともなれば、組合の屋台骨である。当然のように名前だって知れ渡っている。


「そんなガイツたちが護衛する人物って、どう思う? フレイ」

「……すげー重要人物っすね」


 しかも、正規軍を動かせないんだよーんって事情が丸見えだ。

 襲ってくださーいって鼓笛隊の伴奏まで付けて歩いてるようなもんである。


 もちろんA級冒険者の称号は伊達じゃない。五人や六人くらいの刺客なら、ガイツチームは余裕を持って退けられるだろう。

 でも、三十人四十人って数に攻められたらひとたまりもない。


「その点、フレイならそもそも刺客に気取られないで行動できるだろ?」


 だろ? じゃねーよ。

 単独行動ならともかく、パーティーで動いてるときに、どこまで痕跡を消せるか。


「厳しいですって……閣下」

「がんばれ。俺だって断りたいけど義理があるんだよ。頼むってフレイ」

「ぐ……」


 伯爵に頭を下げられれば、嫌とは言えないフレイだった。

 なんだかんだいって、困っている人は見捨てられない男なのである。





 アンキモ伯爵からの依頼。

 それは、王家の権力闘争に敗れて追放された第三王子とやらを隣国まで護衛する、というものであった。

 危険な香り、ぷんぷんである。


「追放って、ようするに城の外で殺しましょってことよねー」


 ミアが笑う。

 見目麗しいエルフ娘の、非常に邪悪な微笑である。


 構図は判りやすい。

 命ばかりは助けてやる、と追放するのは、べつに人道に基づいての話ではないのだ。城の中で殺すのはまずいからである。

 ようするに、城外で刺客に襲われ不慮の死を遂げてほしいわけだ。


「それも、できれば国内でね」


 半月を描くミアの唇。

 愉しくてたまらないって風情だ。

 どうして俺はこんなのに惚れているんだろう、と、フレイは心の底から疑問を抱いた。


 美人だし強いし気も合うし、けっこう良いパートナーなんだけどね。

 頭おかしい(サイコパスな)ところを除けば。


 結局、断ることもできずに引き受けたフレイは、拠点としている下宿で仲間たちの意見を聴いていた。

 まあ、領主から出された仕事なんて、依頼のカタチはとっていても命令と異ならない。

 断ることなんてできないのだ。


「隣国にコネがあるなら、とくにそうだろうな」


 上半身裸の筋骨隆々とした男が重々しく頷いた。

 ガルである。


「どういうこと?」


 訊ねるのはデイジー。

 ミアに勝るとも劣らない美少女だ。

 服装もかなり可愛らしい。

 男だけどね。


「コネがあって、再起の目があるなら、ますます生かしておけぬであろう?」


 半裸戦士が苦笑いを浮かべる。


「お城から追い出された上に命まで狙われるなんて、王子さまかわいそうだね」


 他方、デイジーは悲しそうな顔だ。


「うむ。そうであるな。哀れなものだ。デイジーはいつも優しいな」


 一瞬で表情を切り替え、少年に同調しちゃうガルであった。

 いつものことである。


 こいつともう一人、ダークエルフのパンナコッタはデイジーの意見に逆らうことはない。

 ようするに六人の仲間内で投票をおこなった場合、デイジーは三票もっているということだ。


 なかなかひどい話だが、じつはリーダーのフレイは六票持っているため、たいして問題になったことはない。

 ミアも魔将軍カルパチョも、口ではなんだかんだ言いつつフレイを支持してるし、三票もってるデイジーなんて大親友なんだもん。


「じゃが、王族の護衛ともなれば、儂ら闇の眷属(ダークサイド)は表に出ぬ方がよかろうな」


 そのカルパチョが口を開く。

 深紅の髪と深紅の瞳。身長こそさほど高くはないが、ぼんきゅっぼんっのダイナマイトバディは、スレンダーなミアとは比較にならない。


 町を歩けば男の視線を釘付けって勢いだが、側頭部から生えたねじくれた角が人間ではないことを証明している。

 彼女自身がいうように、闇の眷属なのだ。


 しかも、魔王アクアパツァーの四天王の一角だったりする。

 有り体にいって、相当やべぇ人だ。


「儂とパンナコッタは留守番じゃな」

「戦力的にはかなり痛いけど、仕方ないわね」


 やれやれといった風情のミア。

 魔法剣士(スペルフェンサー)と自称大魔法使い(ウィザード)がいないとなれば、フレイチームの火力はがた落ちである。


 とはいえ、まさか王族と闇の眷属を引き合わせるわけにいかないのも事実だ。

 変なふうに噂が広がってしまったら、ザブールの街そのものが背教者として討伐されちゃうかもしれない。


「そうだな……俺たち四人で臨むしかないか」


 リーダーが決断した。

 魔族とダークエルフ族は、なんぼなんでも目立ちすぎるから。


「やむを得ないけど。デイジー、くれぐれも気を付けていくんだよ?」


 やたらと心配性なパンナコッタである。


「大丈夫だよー」


 むー、と、デイジーが頬を膨らます。

 子供扱いすんなって意思表示だが、ぶっちゃけ子供っぽい。


 あと、ものすごく可愛い。

 あざとい。


「頼むぞガル。デイジーに傷ひとつ付けるなよ」

「言われるまでもない。任せておけ」


 誓い合うダークエルフと半裸戦士。

 なにやってんだって話である。





 ザブールから隣国のモントレーまでは、だいたい十日から十二日といったところだ。

 まともに街道を使えば。


「どう動くつもり? フレイ」

「難しいところだな。街道なら人目があるからそうそう襲われないとは思うけど、逆に襲われたら他の人まで巻き込んじまう」


 ミアの質問にフレイが応える。

 言葉通り、難しい顔をしながら。


 早朝。

 まずはアンキモ伯爵の城にかくまわれている王子様を、ひそかに脱出させるのが第一のミッションである。


 間違いなく刺客が見張っているだろうから、できればそいつらの目を欺きたい。

 まだ城にいると思ってもらえるのが上等だ。

 できるだけ長期間にわたって。


「理想としては、隣国に到着するまでだな」

「さすがにそんな上手くはいかないんじゃないかなー?」


 デイジーが小首をかしげる。

 なにしろ相手だってプロだから。

 こちらが考える通りには踊ってくれないだろう。


「いずれにしても、その王子に会って体力などを確認せねばなるまい。あまりにひ弱では山越えなどはさせられぬしな」

「だな」


 珍しく常識的なことを言うガルに、フレイが頷いてみせた。

 


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