ねえ? 先輩
短編作品ですので、サラッと暇潰し程度にでも流し読みして頂けると嬉しいです。
私の名前は日向美咲、東泉専修大学教育学部1年の、目立たないその他に分類される学生の一人。
そんな私がつい目で追ってしまう相手が、2年先輩の月城喜一その人だ。
いつも男女の区別なく誰かしら彼のそばにいて、常に明るい笑いが絶えない、優しい陽だまりが似合う男性だった。
【そんな誰もが憧れる彼と、彼に選ばれた幸運な私の物語が始まる】
「ねえ、そこのロングヘアーで青いワンピ着てる君 !名前は ?最近なんだかよく君と目が合うなって思ってさ」
「………… 」
「あっゴメン、怖がらせたかな? あはは、まるで下手なナンパだな。僕は文学部3年の月城喜一って言います」
「… あっ、わ 「あわ? さん? 」ちっ違っ、ひ、日向、日向美咲 … 教育学部1年です」
「ああゴメン、日向美咲さん。 突然ですが、異文化交流サークルに入りませんか?
よろしくお願いします」
大きく頭を下げて右手を差し出す彼の姿は、プロポーズをして彼女から返事を待つ男性のようだった。まるで自分がその相手になったかのような錯覚を覚え、思わず差し出された手を握り返してしまう。
「わぁおヤッタ! ありがとう! 先輩方! 部員ゲットしましたっ 」
「「「「「おおっ!喜一でかした! 」」」」」
「「「「「次、次行くぞっ!! 」」」」」
直後、まるで賑わしい嵐が吹き抜けて行った後のように、いつもの静寂が美咲に訪れる。
美咲の手にはサークル冊子と入部届、それを見て美咲は静かに微笑んでいた。
この出会いが美咲を、昏く淀んで先の見えない深淵へといざなう始まりになるとは、気づかないままに。
◇◇◇◇◇
あれから半年が過ぎて、今はサークルの先輩後輩の仲になった。それ以上でもそれ以下でも無いけれど、見つめていただけのあの頃よりは近くにいることが出来る距離。
そんな私だから、いつもあの人を見ているだけの私だから、気が付いてしまった。先輩を見つめるもう一つの視線に。絡みつくような熱を孕んだ視線。
彼を遠くから見つめ続ける彼女は、いったい誰なのだろう?涼しげな藍色Vネックワンピースに黒のストラップサンダル、黒髪のショートボブの彼女。遠目だから顔ははっきり見えないけれど、大学で見かけるときはいつも先輩がいる時だ。
偶然、先輩と一緒になった帰り道でも彼女の視線を感じた。次第にその視線が、強く近くなってくるような錯覚を感じるのは私だけなのだろうか。ある日、気になって先輩に尋ねてしまう。
「月城先輩、最近変わったことありませんか? 」
「んー、変わったことか、特にないな。 あっ、今度引っ越しするんだ、その時はサークルメンバーの活躍を期待する」
「はぁ、分かりましたけど… 先輩誰かに見られてる視線感じませんか? 」
「えっ ………… しない な?」
「先輩といる時に限って視線を感じる気がしたのですが、偶然ですね。青い服の女に心当たりなんて、なさそうですね、気味が悪いこと言っちゃってすみません」
「…… ああ気にしてない。って言うか、お前も青い服だろが! あはは、まぁ、モテる男は辛いってヤツだな」
「そうかも知れませんね」
「おっ、即答ですね。なかなか見どころのある後輩だな」
「あ、先輩、私こっちなんで、それじゃー」
「おお~また明日なー」
分かれ道で先輩と別れ、何気なく後姿を見送っていると、またあの女の姿が視界に入る。私は何故か彼女が気になってしまい、先輩の後を付いていくあの女の後を付けてしまっていた。
しばらく歩いていると、先輩が瀟洒な一軒家に入っていく姿が見え、その後ろ姿を目で追ってしまった一瞬に、彼女の姿を見失ってしまう。辺りをきょろきょろ見回していると、後ろから肩を叩かれ振りむく。
「えっ先輩いま、 あっ ———— 」
今まで見た事もない先輩の笑い顔を見たと思った瞬間に意識を手放し、次に気が付いた時には冷たいコンクリートの台の上で、四肢を枷と鎖で繋がれた異常な状況で目覚める。
目が暗闇に慣れてくると少し離れた場所に、微かに青白い光を放つ水槽の水面に幻想的に揺らめくオブジェ。まるで本物に見えるそれに、こんな状況なのに無性に惹きつけられてしまう。もっと近寄りたい欲求が膨れ上がった時、頭上からよく聞き覚えのある声に呼びかけられ、思考を現実に戻される。
「お前さ、ストーカー規制法って知ってる ?なんでいつも俺のこと付けまわすのかな。もうさ、勘弁してくれよっ! 」
先輩が何を言っているのか少しも理解出来なかった。確かに憧れから先輩を、入学した時から見つめていた事は事実だが、ストーカー呼ばわりされるような行動も言動もしていなかったはずだ。
何故と疑問ばかり浮かんでしまう。
「先輩、私、ストーカーなんてしていません。さっきも先輩の後をつけていた女性がいたので、その人の後をつけていただけです」
「ああっ!このやり取り何度目だよっ? お前さ、自分が頭イカれてるって自覚ないの? 何が先輩だよ! お前と俺に接点なんてないだろうがっ」
「先輩いったいどうしたんですか? 私たち同じサークルだし、さっきも一緒に帰ってきたでしょう ?今度、先輩の引っ越しのお手伝いに行くことになってるじゃないですか」
私は、先輩が何故こんなに混乱し錯乱状態になっているのか疑問だったが、きっとあの女が原因だと直感していた。いつも明るくて温和で優しい先輩が、頭を抱え込んで苦悩する姿を目にしていると、こんな風にしているあの女に次第に憎悪が湧いてくる。私が先輩を絶対助けてあげると心に誓う。
「本当にお前はなんなんだよ、やめてくれよー畜生…… 」
先輩の手には鈍く光るナイフが握られ、今にも私めがけて飛んでくるような気がしたのに、ふと気が付くと、私の手にナイフが握られていた。
「あれ、どうして ? 」
さっきまで枷で動けなかったはずなのに、いつの間にか外れている。先輩が握っていたナイフなのに、どうして私の手にあるのかしら? それに、いつの間にか先輩が枷に繋がれ、身体の至る所から鮮血が滴っているの?
「先輩っ! 誰がこんなひどい事を? ふ、ふふっ、今すぐ、ふっふ、助けてあげるぅ」
何故だか私は、先輩の血まみれ姿を見て、次第に気分が高揚してくるのを感じていた。でも早く助けなきゃと、先輩の手かせを外すために、先輩の手首めがけてナイフを突き立てる。
「ぎゃぁあ˝あああっ や、やめ˝ろ˝ー」
「ふふふっ、月城先輩動いちゃダメですよー、ああ~ナイフじゃダメね。枝切り鋏があったから、もうすぐですよー」
「ぐ、ぐる˝な˝ー ぐぎゃあ˝あああー
や、やめろおおおーーゔぎゃーーー」
「あっ、右手が取れましたよ、次は左手ですね。月城先輩大丈夫ですよ。でも、誰がこんな酷いことしたんでしょうか、やっぱりあの女ですよ。心配で先輩の後をつけて正解でした」
「はぁ、 はぁ、お、お前はいったい、 だ、誰なんだよっ! お、俺を殺すつもりなのかっ」
だから、月城先輩ったら何を言っているのかしら? さっきから、助けるって言ってるのに。先輩をこんな風にしてるのは、あの女、きっと今も何処かに隠れているに違いないわ。
「うぎゃぁああー、があ˝ぁ˝っ お、俺の手˝がっ」
あの女の姿を思い浮かべながら、先輩の左手も、枷から解き放つことが出来てホッとしたのも束の間、先輩を見れば、首にもご丁寧に枷が取り付けられている事に気が付きため息が出てしまう。この枝切り鋏じゃ、首は綺麗に取れないわ、やっぱりノコギリかしら。
「先輩、少し待ってて下さいね。ノコギリを持って来ますから」
顔面を蒼白にし、ブルブルと震えている月城先輩に微笑みかけながら、青白い光を放つ水槽の方へ向い、幻想的なあのオブジェを間近で見つめる。
「あら? この女の顔、何処かで見たことがあるわ。
ふふ、素敵なロングヘアー、綺麗ね」
水槽に漂うように浮かぶ黒い髪を掬い上げながら、手のひらから零れ落ちる赤い水滴。
黒と赤のコントラストにしばし心を奪われ、ふと視線を戻せば、水槽のガラスに映り込むあの女の姿。
美咲は動きを止める。
「え? 水槽にあの女の姿が…… 」
水槽のガラスに映し出された姿は、『藍色Vネックワンピースに黒のストラップサンダル、黒髪のショートボブの女』が、体中に返り血を浴びて微笑む姿が映し出されていた。
その足元には、首が切り取られ、上部が赤黒く変色した、青いワンピース姿の人と思しき塊が、無造作に捨て置かれている。
その瞬間、私は気が付いてしまう。
「ああー、私、だったのね。うふ、ふふふ。これからは、いつも一緒」
満面の微笑と共に振り返る。
「ねえ? 先輩」
「うわぁあああーやめろぉおおおー
ぐっ、来るなあああーーー
ゔぎゃああああぁぁぁーー」
全ては美咲の妄想と幻覚、仄かな憧れから始まった恋心は、いつしか狂気を纏い、深淵へと美咲を昏くいざなう。
恋しい人の、濡れ血滴る生首を抱きしめ、何度も頬ずりしながら、うっとりと恍惚の表情を浮かべる美咲は、とても美しかった。
表現一つで、読み手を怖がらせるって難しいです。
本当は読み終わった後に、背筋がゾクリとするような心理描写のホラーが書きたかった。
結局「ヤンデレストーカー狂気の宴」で、誤魔化して書き上げてしまいました。また来年頑張ります。
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