B章4話 残酷な世界
残酷・不愉快になる表現があります
11000文字
翌日。
俺が目覚めると、オークたちはすでに朝早くからせっせと各々の仕事をしていた。
これだけの集落だ。
一人一人に仕事が与えられていて、休む余裕もないのだろう。
それにしても良かった。
目が覚めたら両手両足が縛られていた、なんてオチを心配したけど、そんなことは全然無かった。
優しい世界とか完全にフラグだったわ。
あぶねーあぶねー。
「(大地殿、もしよろしければ手伝ってはくれまいか)」
そう俺に話しかけてきたのは村長だ。
どうやら昨日の宴で食料をそれなりに使ったから、しばらくは狩りを優先して行いたいらしい。
昨日倒した拙者オークはこの村でも一番の強さだったみたいで、それを倒した俺は貴重な戦力として期待されているみたいだった。
ちょうど俺もこの世界を見て周りたいと思ったし、しかも衣食住まで提供されているわけだから、断る理由が無い。
いや、衣は無かったわ。
俺全裸で歩いてるようなもんだよな、これ。
まだ全然この森の道を覚えていないので、案内係のオークと共に狩りに出発した。
確かに俺一人で狩りに出かけたら効率は上がるだろうけど、村に帰って来れなくなる可能性大だ。
せっかく用意された”帰る場所”だ。
いつまでもここに留まっているわけにはいかないだろうが、先のことはその時になってから考えれば良い。
なにせまだ何も分からないし、やることもないしで時間は有り余ってるのだから。
「(なあ、この森って一体どれほどの広さなんだ?)」
そんなに歩き回ったわけでもないが、俺はふと疑問に思って案内オークに聞いてみる。
「(うーん。詳しくは分かりませんね。ただ分かる範囲で言うのであれば、我々の集落は前の集落から分裂して、四十~五十日ほど歩いた場所に今の集落を作ったそうです。少なくともそれだけ歩いたぐらいでは到底この森を抜けることは出来ないと思いますよ)」
だそうだ。
喋り方が丁寧だな。
最初のござるオークのせいでオークって全員こうなのかな?とか思っちゃったことを許してもらいたい。
っていうか俺が悪いというよりも明らかにあいつが悪いだろ。
それにしても四十~五十日歩いても、か。
実際は前の集落から分裂したときにある程度大勢で移動したはずだし、生活に必要なものを集めながらだっただろうから移動するペースはかなり遅かったはずだ。
そう考えると俺が一人で歩いて何日ぐらいになるだろうか。
まあ十日分にもならないだろう。
が、少なくともある程度の広さがあることは分かった。
東京から大阪までの距離程度じゃないだろうな。
異世界だし、もっともっと広いはずだ。
いつかはこの世界を隅々まで冒険してみたいと思う。
狩りは順調に進んだ。
俺のスピードがそれなりにあるので、普通は走って追いつけないような動物や魔物たちも逃がさずに狩れるからだ。
人だったらこうもうまくはいかないだろうな。
まあ狼なら狼で大変なことは多いが、狩りのときだけは狼でよかったと思う。
思いのほか俺が軽々と狩ってしまうようで、案内をつとめるオークはもう獲物を持ちきれなさそうだ。
帰ることを提案してきたので、俺もそれに同意する。
「(ん…。大地さん!止まってください!!そのまま動かないで!!)」
案内オークは突然俺にそんな念話を飛ばしてきた。
かなり焦った様子だ。
どうした?催したか?
悪いが俺にオーク趣味はないぞ。
あっちの茂みでやってきてくれ。
「(どうかしたか?)」
「(いえ、この先にかなり厄介なのがいます。熊です。しかも、魔物化した…。かなり厄介、なんて表現はちょっと適切ではありませんでした。魔物化してなくたって我々には勝てません)」
そう言われて先を見てみると、確かにそこには熊がいた。
ただしその大きさは俺の想像する倍以上の大きさであった。
熊なんか見たことないからそもそも俺の想像が当てにならないんだけど、ホッキョクグマよりもさらに大きいんじゃないかと思う。
しかもなんだか禍々しいオーラを放っている(気がする)。
分かんないけど。
「(最悪です。絶対に勝ち目はありません。この森で最強クラスの生物です。万が一にもあれに襲われるようなことがあれば、集落ごと壊滅させられることでしょう。人間だってあんなの襲いませんよ。気付かれないように、そっと遠ざかりましょう)」
「(分かった。あれは確かに強そうだな…。でもちょっと戦ってみたいな)」
「(バカなこと言わないでください!少なくとも私はあなたが戦ったらその隙に全力で逃げますからね!)」
「(冗談だって。言ってみただけだよ)」
「(なら良いですけど…。お願いですから私のほうに逃げてこないで下さいね?死にたくないですから)」
「(素直なやつだな…。戦わないってば)」
でもぶっちゃけちょっと戦いたいのは内緒。
俺たちは熊がいる場所を避けて、ぐるーっと迂回して村へ向かうことにした。
そうか、この森で最強クラスの生物なのか。
絶対に勝ち目のないのか。
もしばれたら一巻の終わりってね。
でもさ、これって…
あれだよね?
「グアアアアアア!!!」
フラグだよね。
ほらね、熊が叫びながら全力でこっち向かって走ってきたもん。
「(ぎゃああああああ!大地さん、逃げてください!狩りの成果?そんなものどうだって良いですよ!むしろ足止めにちょうど良いから置いてくんです!大地さんなら逃げ切れます!私は運が良ければ、狩った獲物の方に熊の興味が向けば逃げられます!)」
そんなこと喚いて、せっかくの狩りの成果を捨てていく案内オーク。
だが、それもまたフラグなのだ。
運が良ければ、なんて言葉は使ってはいけない。
「(ああああああ!こっち来たあああああ!)」
そう、絶対に自分の思い通りにならないというのがテンプレなんだから。
だが俺には一つだけ秘策がある。
そうやすやすと、この俺が食われるわけ無いだろう。
「(お前は逃げろ。俺はあいつに念話で対話してみる。うまくいけば襲われずにすむかもしれない)」
そう、俺の秘策とは念話だ。
オークと会話が出来たように、魔物との会話だって念話を使えば出来るはずだ。
「(いや無理ですよおおお。魔物には言葉の通じる魔物と通じない魔物がいるんです!少なくともオークはそうです!見ただけじゃ見分けがつかないですが、ああやって気付いた瞬間に襲ってくるのは大体が言葉の通じない魔物なんですよおおおお)」
え?
そうなの?
秘策おわたじゃん。
「(知能があれば普通は見つけたらまずちょっとは周りを確かめたりとか、様子見るでしょ!!それに対して見つけた途端に襲い掛かってくるやつは大抵は知能のない魔物なんですよー!!!)」
なんかバカにされた気がするぞ。
俺、見つけた途端に襲い掛かってたし。
まあなんにしても、チャレンジするだけしてみるか。
俺はその場でぴたっと立ち止まると、熊の方へ向きを変える。
「(おい、熊!俺の言葉が聞こえるか!)」
さあ、どうだ。
もし会話が通じればこいつを仲間に引き入れて…
「ガグオオオオオオオ!」
あっ、お話になりませんでしたわ。
熊と戦うコース決定。
ちょうど良い。
気に食わなかったんだ。
俺たちは今日の狩りの成果を全部、置いてきた。
それは良い。
別にそれについて案内オークを責める気はないし、それで正解だったと思う。
でもな。
この熊はなんなんだよ。
俺たちを襲った次は、あの成果も全部いただく気だろう。
あっちもほしい。
こっちもほしい。
欲張りすぎじゃないか?
知能もねえくせに、何なまいきに欲張ってんだよ。
ああ?
二兎を追うものは一兎をも得ず。
この俺が、お前の身に刻んでやろうじゃねえか!!
そう決意したのと同時に、熊が俺に飛び掛ってきた。
俺はそれを横に飛んで回避する。
ぶぉん、と空気が振動する。
熊の攻撃は地面にかすったが、地面がいくらか抉れていた。
凶悪な爪だ。
なるほど、確かに威力は申し分ねえな。
だが、俺には当たらねえ!!
俺は隙を見せた熊に横から飛び掛り、脇をめがけて自慢の爪を振り下ろしてやった。
「グオオオオオ!」
熊は身をよじり攻撃してきたが、その頃には俺はもう離れている。
熊は俺に向きなおり、再び飛び掛かってくる。
ったく、芸のないやつだ!
俺はジャンプし、飛んできた熊をさらに飛び越える。
すれ違いざまに空中で耳に爪を立てて切り裂いてやった。
俺を見失ったらしい熊は、痛みもあるのだろうが倒れこんでじたばた暴れはじめる。
流石にこれでは俺も手が出せないので、爪で地面をほじって土を顔に飛ばしてやった。
それで俺の場所を把握したらしい熊は、今度は飛び掛らず此方に向けて突進してきた。
結局直線の移動じゃないか。
俺は背後にジャンプし、後ろにあった木の幹に後ろ足だけで着地する。
もちろん重力には逆らえないのでそのままでは落ちてしまう。
そのままの勢いで後ろ足に力を込めて前に飛ぶと、熊は木に頭からぶつかった。
それなりの太さのある木だったので倒れることはなかったが、なんとメリメリっと木が曲がっていた。
倒れるのも時間の問題だろう。
こいつの重さは相当なものだな。
「(す、すごい…)」
案内オークからそんな感想が念話で聞こえてきた。
っていうかお前逃げたんじゃ無かったんかい。
熊が脳震盪をおこしているうちに、俺は肩に牙を食い込ませ、肉を引きちぎってやった。
いくらこいつが硬かろうが、俺のあごの力をなめてもらっては困る。
そのまま噛んでごっくんしてやったぜ!
すぐに熊が反対側の腕で迎撃してくるが、遅すぎる。
そんなものに当たるわけがない。
戦ってみて確信したことがある。
俺は間違いなく、成長している。
こいつの攻撃など、まるで当たる気がしない。
確かに熊の真正面で戦えば、まるで歯が立たないことだろう。
あいつの力で殴りつけられたり、あるいは爪を体にもらえば、一撃で俺は沈むだろう。
そして俺にはあいつを一撃で倒す力なんかもない。
だが、それでも負けない。
俺にはスピードがある。
慌てることはない。
ヒット&アウェイで徐々に戦力を削っていけばいい。
そして、俺のスピードはこの戦闘中にもどんどんと早くなっていくのを感じている。
昨日オークと戦った頃よりも、早くなっている自信がある。
これは今日狩りをしているうちに気付いたことだ。
そしてこいつと戦ってから、それが確信に変わった。
そこからの戦いは一方的だった。
ただでさえ当たらなかった攻撃だが、肩に怪我を負った状態の攻撃などなおさら当たるわけがない。
結局俺はかすり傷程度で熊を倒してしまった。
途中、降伏するように念話で勧告をしたのだが、まるで通じていないようだった。
万が一死んだふりをしている可能性もあったので、きっちりトドメは刺させてもらった。
「(ふう、終わったぞ)」
熊の亡骸を見つめ、俺は念話で案内オークを呼ぶ。
ちょっと離れていたが、すぐにオークは此方へ飛んできた。
「(すすす、すごいですよ!!あいつはこの森で本当に敵無しだったんですから!出会ったら逃げろが常識なのに、まさか倒してしまうなんて!)」
「(そうかあ?あんな遅い攻撃当たるわけが無いだろ?)」
「(何言ってるんですか!普通は熊の攻撃を避けることなんか出来ませんよ!狩りを見ているときから速いとは思っていましたが、まさかここまでとは…)」
俺には遅く感じたが、どうやら一般的にはかなり速い部類らしかった。
そういえば日本にいた頃も熊って案外速いんだって聞いたな。
あいつらはあの巨体で、車の速度で走るらしい。
ほぼ自動車に挑むようなものだろうか。
まあ知能なんか無さそうだったし、ただ暴れたいだけ、みたいな感じだったからな。
何より相手も魔物だが、俺も魔物だ。
勇者でもあるし、こんな程度の熊に負けてちゃ勇者の称号が泣くぜ。
…あれ、俺って勇者だよな?
「(と、とにかく!これはすごいことですよ!それにこれだけの肉があれば、きっと村のオークたち全員に行き渡ると思います!強い魔物の肉は美味しいし、今夜もまた宴ですよ!!大地さんはうちの村の勇者です!!)」
「(お、おう!俺は勇者だぜ!当然だろうよ!)」
まだ何も話してないのに、勇者扱いされた。
やっぱり俺は勇者なんだな。
他人からのお墨付きもらったし、間違いない。
それらしいことをした記憶が一切無いんだけど。
「(ところでお前さん、これはどう持ち帰るんだ?)」
「(お前、なんてやめてくださいよ。そういえば名前がまだでしたね、私のことはザルダとお呼びください!持ち帰るのなんか私が全部やりますよ!さっき捨ててきたやつも含めて、持ち帰りましょう!これくらい私にさせてください!ここからならもうそう遠くもないので!)」
「(じゃあザルダに任せるよ)」
「(はい、喜んで!)」
なんだか伝説になりそうな名前だな。
こうして俺たちは一旦獲物を捨ててきた場所へ戻り、全部拾ってから熊も持ち帰った。
オークだけあって力持ちだなあ。
まあ結構無理してるのが分かるけど。
俺は非力だし、大して手伝えそうにない。
狼だしな。
「(大地さん!俺のこと弟子にしてください!)」
「(バカやろう。教えられることなんざ何もねえ!)」
「(じゃあせめて俺の息子を鍛えてやってください!あいつはきっと強くなりますよ~!)」
「(ったく、魔物の世界にまで親バカなんてあるのかよ)」
「(あっひどい!うちの息子は本当に強いんですからね!村で二番目に強いんですから!)」
「(村で一番って拙者でござるのやつか?)」
「(そうです、よくご存知ですねえ~)」
「(なんだ、じゃあ大したことねえな)」
「(ひどい!)」
「(それにしてもお前、息子がいるのか)
「(そりゃ、いますよ。それにしてもこれだけの獲物を持ち帰れば、きっと嫁も喜ぶだろうなあ。うちの嫁、村一番のべっぴんって言われてるんですよ!村長の一人娘なんです!いやぁ、私は世界一幸せ者だ。大地さんにもぜひ挨拶するよう言っておきますね!)」
「(けっ!)」
まあべっぴんと言ってもオークだしな。
オークだけあって、繁殖力は例に漏れず高いみたいだ。
異世界モノの定番だな。
獲物を全部持って熊も運びながら、こんな会話をするだけの余裕があるんだから驚きだ。
「(ふっふ~ん♪我らが勇者、大地は~!魔物と化した熊にも恐れず立っち向かう~♪)」
ザルドは超ご機嫌のようで。
奇妙な歌まで歌いだす始末。
やめてほしい。
「(いや、頼むからその歌は本当にやめてくれ)」
「(なんでですか!良いじゃないですか!この森に君臨した新たなる真の王者、勇者大地!村のみんなにも聞かせますよ~♪)」
「(せめて王者なのか勇者なのかどっちかにしてくれ…)」
「(ふっふ~ん♪)」
突っ込みどころが違った気がしたが、どうやら歌うのをやめる気はないみたいだった。
俺は諦めて口を噤む。
まあ元々、口、開いてはいないが。
比喩だ。
そうして数分もしないうちに、もう村が見えてきた。
「(お、見えてきましたよ大地さん!さあ大地さんがこの森の王者でこの村の勇者になる記念すべき第一日目ですね!帰ったらまず村長にほうこく…あれ?)」
「(だから王者か勇者かどっちかにしてくれ…って、どうかしたか?)」
「(なんか村の様子が…ちょっと見てきます!)」
ザルダはそう言うと獲物を全部その場に置いて、村に向かって駆け出した。
俺は状況が飲み込めていないが、慌ててザルダに着いていく。
「(な、なんだこれは…)」
「(なんだ、一体どうし…は?)」
集落はちゃんとそこに存在していた。
否、もうそれは集落と呼べる姿ではなくなっていた。
「(・・・・・・)」
「(おいおい、どういうことだこりゃ…)」
言葉を失ったザルドと、いまだに状況が飲み込めていない俺が見たものは、いくつかの壊された住居と見るも無残な姿のオークたちの屍であった。
「はっ、いけない…!嫁は!子供は無事か!」
ザルドは念話を使うこともなく、家族の無事を確かめるために駆け出した。
少なくとも余裕は無さそうだ。
俺は急いでザルドの後を追いかける。
いくつかの住居の間を抜けて、住居の陰から中央の広場を覗くと…
そこには10人~15人ほどの人間たちがいた。
「こいつで最後だな」
「ああ、手間をかけさせてくれるぜ」
「最後のこいつだけは少しは手ごたえがあったな」
「はっ、しょせんオークだろ。お前が弱すぎるんだよ」
「違げぇねえ。ははっ、オーク並みの強さってか。お前もこの村に一緒に住んだら良かったのにな」
「うるせえ!てめえらも大して変わねえだろうが!」
オークたちの屍の前で、人間たちは笑っていた。
ある者はオークの死体を蹴飛ばして、クサイだのなんだの言っている。
ある者はそれだけでは飽き足らず、身ぐるみをはいで何か価値のあるものはないかと物色を始めた。
「けっ。獣風情が。何も持ってねえじゃねえか」
「こんな集落に何期待してんだ。オークだぞ、オーク」
俺はその光景に、ただただ言葉を失うだけだった。
先に口を開いたのはザルドのほうだ。
「(あれは…私の息子です。そしてその背後に倒れているのが私の嫁です…)」
かける言葉が見つからなかった。
「(人間たちが何を言っているかは私には分かりません。でも、でも!私たちの屍をあれだけ乱雑に扱って、その上で彼らは笑っている。許せない…許せないっ…!!!!!)」
「ん…?なんかオークの気配がするぞ。まだ生き残りがいたか」
人間たちは談笑をやめ、一斉に此方を見た。
「(まずい、ザルド!ここに隠れているのが見つかったぞ!)」
「(構わない!私なんかどうなろうと!仲間を侮辱され…)」
「(ザルド!冷静になれ!それがお前の嫁と息子が望むことなのか!お前が助からなかったら、誰があいつらを弔ってやれるんだ!逃げるんだ!)」
「(ぐっ…それでも)」
「(いいから行け!ここは俺が食い止める!)」
「(…はい!どうかご無事で)」
「(振り向くな!!)」
ザルドは元来た道を走り去っていく。
振り返ることなく走り去っていった。
しかし、俺には一瞬だけ見えてしまった。
ザルドは泣いていた。
悲しかっただろう。
悔しかっただろう。
共に過ごした仲間たち。
もう誰も、彼の周りにはいない。
ザルダの気持ちは、俺には分からない。
どんな思いで、家族を背にして逃げていくのか。
それでも俺は、ザルダに生きてほしい。
「いたぞ!オークの生き残りだ!」
「狼もいるぞ!気をつけろ!一匹も逃がすな!」
「二手に分かれるぞ!お前たちのチームはオークを追え!俺たちは狼をやる!」
「了解した!」
人間たちは戦闘体勢を整えると、剣を持った前衛と思われる人間が切りかかってきた。
俺はそれを軽々と回避し、横からそいつを蹴飛ばしてやった。
「(おい、お前たち!俺の言葉が通じるか!)」
殺してやりたい。
今の剣筋で分かってしまった。
俺がその気になれば、こいつら全員を殺すことなど造作も無い。
「あ?なんだ?今こいつが喋ったのか?」
「ああ、俺にも聞こえたな」
熊の魔物とは違い、やはり人間には通じるようだ。
俺だって数日前までは人間だったし、会話になるのなら会話をしたい。
こいつらを今すぐぶっ殺してやりたいが、会話が出来るならまだ望みはある。
ただ殺すだけじゃ、ダメなんだ。
可能性があるなら悔い改めて、更生してほしい。
人間には知能があるんだ。
きちんと反省させて、もうこんな悲劇が起こらないようにしなければならない。
ここでこいつらを殺しても、きっと何も変わらない。
ここでこいつらを更生させても、何も変わらないかもしれない。
でも、何かが変わるかもしれない。
だったら。
だったら、俺は例えどんなに小さな光でも、その可能性を信じたい。
「(そうだ。俺が喋っている。一時休戦だ。なぜ、この村を襲ったのかを伺いたい)」
俺は怒りを出来る限り声に乗せないように、慎重に喋った。
「あん?変な狼だな。そんなのは当たり前だろう。オークの村がある。潰す。ただそれだけだ。それ以外に理由なんてねえよ」
「(そんなことはない!!このオークたちは知能を持って、そして俺を客人として迎え入れてくれたんだ!種族なんか関係ない!手を取り合う未来が、あったはずなんだ!)」
「何言ってんだ。それはお前が魔物だからだろうが」
「(魔物かどうかなど関係ない!そんなものは些細な問題に過ぎない!)」
果たして俺は今冷静に喋れているのか自分でも分からない。
あまりの怒りで、勢いだけで喋っている。
自分でも何を言っているかよく分かっていないが、理論的でないかもしれない。
だけど、俺の思いは伝わる!
話せるんだから。
意思の、疎通が出来るんだから。
「はぁ…あのな」
人間の一人は深くため息をつくと、呆れた声で喋り始めた。
「俺は幼い頃にオークに襲われた。今生きているのか奇跡なぐらいだ。そして俺の両親はそのときに死んだ。理由なんか、それだけで十分だろ。誰かがやらなきゃ、誰かがやられるんだよ。俺は今日、この村を襲ったわけじゃない。未来に襲われる誰かを守ったんだ」
人間の反論は止まらない。
「ああ、俺の両親は確かに良い人間じゃなかったかもしれない。完璧な人間じゃなかったかもしれない。嘘だってつくし、誰かの陰口だって言っていたはずだ。だけどな?殺されるほどのことをしていたとは俺には思えねえ。俺も常に両親に笑いかけてもらってたわけじゃねえよ。そりゃ怒られることもあった。人間なんだからいつも笑顔なんてわけにはいかねえよ。でも、俺は愛を受けて育ったと思ってる。怒ってくれたのだって、今なら親の愛だったんだって分かる。俺の両親の知り合いは、両親が死んだと知ってみんな泣いてたよ。周りからもそれだけ愛されていたんだ。だが!殺されたよ!!!ああ、ぶっ殺された。このクソどもにな!!!死んでよかったわけがねえだろうが!!あのとき俺は誓ったんだ!!絶対にこいつらを根絶やしにするってな!!!」
顔を真っ赤にして、語る人間。
しばらくふーっふーっと息を荒くしていたが、落ち着くとまた口を開く。
「なあ狼さんよ。魔物と人間は分かり合えねえ」
そう、寂しそうに呟くと、冷徹に命令を下す。
「殺せ。」
それ以上の言葉は必要なかった。
さっき蹴飛ばした剣士は話の最中にすでに体勢を整え、再び俺に切りかかる。
俺はそれを交わすと、今度は目の前に火の玉が飛んできた。
魔法だ。
後衛の魔術師が詠唱しているのが聞こえる。
他のメンバーも此方に向かってきていた。
俺はその場から逃げ出した。
「追え!逃がすな!!」
後方でそんな声が聞こえてくる。
人間の足で、魔物となったこの俺の足に追いつくはずがない。
俺はそのまましばらく走り続け、すっかり人間たちが見えなくなった頃に立ち止まる。
木々の隙間から空を見上げると、抜けるほどの晴天。
雲ひとつない青空が広がっていた。
そういえば朝に出かけて、今はまだ昼だったな…
俺には分からなかった。
どっちが被害者で、どっちが加害者なのか。
何が正しくて、何が間違っているのか。
別にあの人間に同情したわけじゃない。
思い入れの強さで言えば、オークたちに票が入る。
殺せるものなら殺してしまいたいさ。
でも、それじゃ何も変わらないんだ。
あの人間の怒りは本物だった。
いや、例えあの人間の話が作り話だったとしても。
俺は事前に話に聞いて知っていたはずだった。
人はオークを襲う。
そしてオークは人を襲うということを。
どちらが先かは分からない。
どちらが先かは、関係ないのかもしれない。
実際、俺は軽く考えていた。
それらの言葉の意味を。
襲われたから襲いかえす。
そんなこともあるんだろう、と。
こうして、現実に起こってみるまでは、まるで他人事だったんだ。
俺はこうなる結末を知っていたはずだった。
もっと真剣に昨日、捉えていれば…
捉えていれば…俺に何かが出来ただろうか?
「(大地さん、聞こえますか?)」
「(ザルダ!無事だったか!)」
ザルダから念話が届いた。
念話なので相手がどこにいるのかは分からない。
もしかしたら結構距離が離れてるかもしれないな。
しかしどうやら無事逃げ切ったようだ。
俺には人間たちの足止めをすることが出来なかったので、本当に良かった。
俺に出来たのはせめてザルダの逃げていった方向とは逆に逃げたことぐらいだ。
悔しくて、すっかり失念してしまっていた。
「(はい、おかげさまで)」
「(そうか、良かった。人間たちもまだ近くにいるだろうから油断は…)」
「(大地さん)」
俺の発言が終わる前に、ザルダは俺の名前を呼ぶ。
「(大地さん、今日はありがとうございました)」
嫌な予感がする。
「(大地さんのおかげで、今日は楽しかったです)」
「(そうか。でもこれからが大変だろう。今どこにいる?)」
「(大地さんに伝えたいことがあります)」
間違いない。
この流れは、ザルダは…
「(私はこれから…)」
「(ダメだ!ザルダ!思いとどまれ!お前には分かっていたはずだ!大切な人たちを失って辛いのは分かる。やけになってしまうのも仕方は無い。でもそんなことをしたって何にもならない!何よりお前の家族はお前に生きていてほしいと願っているに決まってんだろ!せめてその最期の願いぐらいはお前が…)」
「(分かっているんですよ、そんなことは!!!!)」
「(なら!!)」
「(でも!!!)」
まずい。
このままだと間違いなく、ザルダは人間たちに特攻する。
勝ち目なんかあるわけがない。
無駄死にするだけだ!
俺はザルダの走っていった方向に向けて全力で走り出した。
ザルダと反対方向に逃げたので、途中で人間たちが俺を見つけて襲ってくるがそんなものが当たるわけがない。
「(でも…。それでも!俺は一矢報いたい。)」
静かにザルダが宣言する。
決意の篭った声だった。
まだだ!
俺が追いつけば、なんとかなるかもしれない。
いや、なんとかしなければならない!
「(大地さん、ありがとうございました)」
「(ザルダ!)」
「(さようなら)」
俺の声はもう届かない。
俺は全力で走る。
どれぐらい走っただろうか。
体感時間では何時間も走った気がする。
実際はごく短い時間だろう。
聞こえてきたのは、人間たちの声。
「ったく、余計にてこずらせやがって!」
「雑魚のクセに面倒でしたね」
「ちくしょう!あのオークめ!俺たちの大切な仲間を…!」
「ああ、あいつは良いやつだった。あいつは俺が冒険者を始めた、最初の頃からのパーティーメンバーだったんだ」
「冒険者をやっている以上、仕方ないだろう。彼に実力が無かった。ボクはただそれだけのことだと思う」
「ちっ。そんぐらいアンタに言われるまでもねえ!」
「ふふ、そうかい。文句の一つでも言われるかと思ったよ」
「俺たちだって覚悟のうえでやってるんだ」
「それにしてもあのオークの近くにあったあの熊の死体は一体なんだったんでしょうね。あのオークにあんな化け物を倒す力があったとは思えません」
「さあな。くだばったところをたまたま発見したんだろう」
「あんな雑魚オークに倒せるわけがねえだろ!」
そんな会話が聞こえてきたので、俺は熊を置いてきた方へ向かった。
まさか…。
いや、間違いなく…。
そこにあったのはザルダの屍だった。
「あいつの子供はもう成人して、去年から冒険者を始めていたっけな」
「ああ、そうだった。あいつに知らせなきゃな」
「きっとあいつの子供も、俺たちと同じように茨の道を歩むことになる」
「魔物への、復讐の道…か」
「そうだ。だから言ってんだろ。魔物と人間は分かり合えない」
ザルダは一矢報いることに成功したらしい。
己の命と引き換えにして、たった一人でも仇を討つことが出来た。
そしてきっと、それは悲しみの螺旋にまた新たな一人を巻き込んで。
戦いは終わらない。
復讐が復讐を呼ぶ。
絶滅するまで、終わることのない争い。
魔物と、人間は分かり合えない。
そんなセリフを吐いた人間の顔が忘れられない。
一度目は怒りの表情。
二度目は悲しみの表情。
悔しい。
悔しい!
悔しい!!!!
俺はこの場を離れるべく、走り続けた。
ただひたすらに、まっすぐに。
景色がすごいスピードで通り過ぎてゆく。
”帰る場所”はもうない。
間違っている。
そんなことは認められない。
俺は誓う。
変えてやる。
この世界の全てを!
魔物と、人が手を取り合う未来を!
俺が、俺の手で作り上げる!!
優しい世界を、作り上げる!!!