A章3話 大海の悪魔
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9800文字
助けたパーティーは全部で4人。
非常に惜しい!
あと一人女性がいれば俺と唯で、男女男男女男女の組み合わせだったのに!
…バカなことを言うのはやめよう。
男性が3人と女性が1人のごく普通のパーティーだ。
「リーダーのフレイグだ」
「ジョルノーっす!」
「ティアーナと申しますわ」
「ベルグ」
これが彼らの名前らしい。
各々の性格はもうこの一言で分かるとおりだ。
フレイグさんは40代前半といったところ。
いかにも冒険者をやっている「オヤジ」風だ。
ジョルノーはパーティーで一番若い。
一見常識をわきまえてなさそうな言動をするが、メンバーいわく一番常識人らしい。
俺たちにお礼を言うように促したのも彼だ。
ティアーナはこのパーティー唯一の女性。
落ち着いた雰囲気で、口調も丁寧。
しかしド天然らしく、よく地雷を踏むとのこと。
このパーティーは常識人と非常識人が、初対面で受ける印象とまるで逆だ。
ベルグは非常に寡黙で、必要以上のことを喋ろうとはしないらしい。
本人いわく「口は災いの元」というのがモットーらしいが、会話をめんどくさがっているようにしか思えないというのがメンバー全員の見解だ。
だがその気になれば喋れないということも無いらしい。
コミュ症の上位互換だ。
俺も見習いたい。
それにしてもメンバーの名前がバラバラだな。
もし現代なら「ここどこの国だよ!」と突っ込みたくなるところだが、ここは異世界だった。
アメリカンな名前からヨーロピアンな名前まで網羅しているのだろう。
多分そのうち「カンウ」とか「チョウヒ」とか出てくることだろう。
「それにしても本当にお前らは何者なんだ…」
「プロミネンスなんて、私たち火魔にとっての憧れですわ!炎帝しか使える者がいないと聞いてましたのに!」
「その上、回復魔法持ちなんて豪華すぎっすよ!聖魔さんまじありがたっす!」
「あはは。私、魔力だけは高くてね。それ以外のことは全然だよ~。プロミネンスだって泰史が魔方陣作ってくれなきゃ、私一人じゃ使えないよ~!」
「まあ俺も聖魔なんて呼ばれるほどじゃないさ。残念ながらちまちまと回復するぐらいが精々だから、本職にはとても勝てないよ」
「そもそもプロミネンスの精度もやばいっすよね。俺たちだけを避けて周りの敵を一掃するとか、かっこよすぎっすよ!」
「そう!それですわ!私たちごとアンドロメダアントを滅したと思って死を覚悟してましたもの!」
「そ、そんなことしないよ~!」
ちなみに火魔とは火属性の魔法を使う魔法使いのことを言う。
水属性の魔法使いは水魔。
その他に氷魔、雷魔、地魔など属性ごとに呼び方がある。
聖魔は回復魔法を使う魔法使いのことを総称してそう呼ぶ。
光属性の魔法使いは別に光魔と呼ばれるので、聖魔とは別だ。
でも技が被ってたり、技の特性は似ているものが多いからややこしい。
ひとくくりで聖魔と呼んでしまえばいいのに。
まあそうしないのは回復魔法がやはり一線を画しているからなのだろう。
魔法の適正を持つ者は少ない。
そしてその中でも2属性や3属性といった、複数の属性に適正を持つ者はほとんどいないので、このような呼び方が定着していった。
複数属性に適正をある人は、一番得意な属性で名乗ることが多い。
そして会話にちょくちょく出てきた「炎帝」とは、火魔最高峰の魔法使いの称号だ。
最高峰の魔法使いとして認められると、その属性に応じて称号を与えられる。
炎帝のほかに各属性のトップがいるが、中でも炎帝と雷帝の二人が有名だ。
比較的火属性に適正を持つ者が多いので、炎帝はその中の頂点として憧れの頂点なのだ。
「へえ。泰史さんが魔方陣を扱えるんすね!自分も魔方陣担当なんすよ!もし良かったら出来る範囲で教えてほしいっす!」
「ああ、良いよ。必要魔力が最小限になるように設定されてるから結構複雑だし、いくつかプレゼントするよ」
「おお~!感謝っす!ってなんですかこれ!こんな複雑な魔方陣見たことないっすよ!これって何が出来るんすか?」
「これは生活用汎用魔法だな。必要魔力は一般的な詠唱の10分の1ぐらいになってるから、魔力の少ない人でも扱えるよ」
「まじっすか!これブラックボックス化して売ったらめちゃめちゃ儲かりそうなのに!汎用魔法ってことは属性問わずっすよね!低魔力で良いなら、使用者を選ばないじゃないっすか!」
「はは。そうだな。でもそういうのは良いのさ」
「若いのに無欲っすねえ…」
実は無欲ということではなくワケアリなのだが、わざわざ話すこともないだろう。
そんな会話を繰り広げながら俺たちはダンジョンを進んでいく。
パーティーのみなさんが自分らに任せてくれというので、好意に甘えて基本的に戦いは任せることにした。
やばそうなときだけ、俺と唯が参戦する形だ。
というか俺はほとんど戦力外だから、基本的には探知が主な担当。
「そうそう、それでな。俺がやばいと思った頃にはもう遅かったよ」
「私ももうダメだと思いましたわ」
「本当に申し訳なかったっす!何かいるから相手に発見される前に倒そうと思ったらまさかアンドロメダアントとは…」
「まあ不注意だったのは俺たちのほうだ。今までそれで良かったんだから責任がないわけじゃない。まさかそんなことが起こるなんて思ってなかったからな。生き残ることが出来たんだし、良い勉強だったさ」
「ほんと申し訳なかったっす。俺がパーティーに入った5年間で、間違いなく一番危なかったっすね」
「へえ~。5年もみなさんで一緒に冒険してるんですね」
「ああ。もっともジョルノーが入ったのが5年前、というだけで俺たちはもっと前からパーティーを組んでいたがな」
「そうですわ。私とベルグは今年で8年目になりますの。危なかったところをフレイグさんに救ってもらったのがきっかけですわ」
どうやら彼らは即席パーティーというわけでは無かったようだ。
単に不注意でアンドロメダアントに攻撃してしまったらしい。
この話は俺にも勉強になった。
俺たちも探知で発見次第、敵の確認もせずさっさと倒してしまっていたが、一歩間違えたらこういうことになりかねないのだ。
これからはきちんと倒す相手を確認してから倒すようにしよう。
「それにしても随分付き合いの長いパーティーなんですね」
「ああ。俺の冒険者人生の中でもこのパーティーが一番長いな。次に長いパーティーは2年が良いところだった。ひとえにこいつらがそれだけ優秀ということだな」
「へえ。5年ってそんなにすごいんだ?」
「唯さん、冒険者というのは常に死と隣り合わせなのですわ。パーティーメンバーはそれぞれ重要な役割を担っているので、一人でも欠けるとそれだけで維持が難しくなりますの。唯さんと泰史さんのように二人だけで完結しているパーティーは見たこともありませんわ」
「ほー。じゃあ泰史って優秀なんだ?」
「優秀なんて程度じゃないですわ!探知範囲と精度の高さに、生活魔法を使いこなして回復魔法まで使えるんですもの!火力不足を唯さんが補えばそれだけで全部解決ですもの!」
「ええー。でも泰史ポンコツだけどなあ」
「こら」
「だってポンコツじゃん」
「え、泰史さんってポンコツなんですの?」
「「 んなわけない(っす)!! 」」
くぅ。
リーダーとジョルノーさんが全力で否定してくれた。
なんて良い人たちなんだ。
基本的にはフレイグさんが先頭で、ジョルノーさんがそのすぐ背後で補佐。
敵とエンカウントしたときはすぐにベルグさんが盾役として前に出てきて囮を引き受ける。
フレイグさんが先頭の理由は、経験と機動力の問題だ。
何事にもすぐに対処出来るし、そしてベルグさんが来るまでの間、場をつなぐことも出来る。
流石に冒険者を長年やっているだけのことはある。
ジョルノーさんがメインの斥候職なのだが、フレイグさんはバリバリの戦闘職でありながらも、長年の経験からジョルノーさんよりも優秀だ。
ジョルノーさんはまだ若いので、「ジョルノーが俺を超えるまでは俺が鍛えてやっている」とのことらしい。
そしてベルグさんが盾職なのに比較的後ろにいる理由は、背後からの攻撃に備えるためだ。
万が一魔物が天井にでも張り付いていて、一番後衛のティアーナさんに攻撃がいってしまったら目も当てられない。
道中、何度も敵とエンカウントしたが、彼らは難なくそれらを倒していった。
強い。
彼らは冒険者としては間違いなく上級クラスだ。
アンドロメダアントこそ失敗したものの、それ以外の魔物ならまるで相手にならない。
あの蟻は広範囲の殲滅魔法が連発できることが勝利条件。
万全の状態であればアンドロメダアントすらも、彼らなら倒しきれたかもしれない。
そうして俺たちはやることが無いまま、ついに最深部へとたどり着いた。
俺たちの背丈の倍以上はある扉が、目の前にある。
途中、あれだけいた冒険者が全然いなくなったと思ったら、俺たちは思ってる以上に進んでいたらしい。
やはり出来たばかりのダンジョンなのでかなり規模が小さい。
たったの10時間程度で最深部にまで到達してしまった。
それでも他の冒険者がいないのは、恐らくダンジョンの敵の強さが安定していないからだろう。
中級ぐらいかと思ったらいきなりアンドロメダアントが出てきたり、敵の強さがあちこちでバラバラなのだ。
ゆえにここまでたどり着けるのは限られた冒険者だけだろう。
そう考えれば、このパーティーは思っていた以上に優秀なのかもしれない。
ここはまだ未踏破ダンジョンのはずだし、発見されたのは最近とはいえ、噂が広まる程度の時間は経っているはずだ。
それだけ時間が経ってもまだ未踏破のダンジョンであるのに、それをたったの10時間程度で攻略してしまうのだから、5年以上同じメンバーでパーティーを組んでいるだけのことはある。
しかし俺のその予想は、ただ一箇所において間違っていた。
俺は最深部の扉をゆっくりと開けると、中は真っ暗であった。
俺と唯を含めたパーティーメンバー全員で中に入ると、扉は勢いよく閉まる。
これはダンジョンでたびたびある風景だ。
こうなってしまえば、敵か味方かが全滅するまで扉が開くことはない。
そして、暗闇がだんだんと晴れてきて、次第に敵の姿があらわになる。
それは、宙に浮いていた。
色は半透明。大きさは人の半身ほど。
キノコのカサような形をしながら、アメーバのように輪郭は曖昧だ。
そしてカサの下からは無数の線が伸びている。
ふわふわと漂うそれは…
「くらげ…?」
唯の声が部屋内に響き渡る。
そこにいたのは、陸を舞うクラゲの魔物。
「う、そだろ…」
「そんな…あれは…」
そう、俺は勘違いしていた。
今日までこのダンジョンが未踏破であったのは、ここまでたどり着ける者がいなかったからではない。
確かに彼らも実力のあるパーティーであることには違いないが、それでも今日までにこのダンジョンに挑んだ実力者の中で一番強かったかと言われれば、疑問が残るところだ。
道中の敵が強いから、このダンジョンが未踏破だったわけではない。
ダンジョン最奥部のボスが強すぎるから、このダンジョンが未踏破であったのだ。
「幻獣ジェリームーン!」
この世界の冒険者なら知らない者はいない。
幻獣ジェリームーン。
大海の悪魔。
普段は深海にいるため目撃例も少ないが、ただ一度だけ陸に上がってきたことがあった。
そしてその際に及ぼした影響は、数百年経った今も歴史に残っている。
わずか十日で国一つを存亡の危機にまで陥れた、神獣と肩を並べる数少ない魔物。
その体は物理攻撃を全て吸収し、ほとんど意味を成さない。
剣で切り付けても、まるで水を切るかのごとく、瞬く間に再生してしまう。
衝撃を与えても多少形が乱れる程度で、まるで意味を成さない。
そして火属性の魔法はまるで効かない。
それはこの瞬間、ティアーナさんがこの戦いにおいて無力になったことを意味する。
そんな化け物が、このダンジョンの最奥部にて待ち構えていた。
「唯!初めから全力でいけ!こいつの弱点は雷だ!」
俺の叫びが開戦の合図となり、ジェリームーンがその触手の一本を飛ばしてくる。
そう、飛ばしてくるのだ。
てっきり触手を伸ばして攻撃してくるのかと思ったが、こいつの触手は使い捨てらしい。
あまりに咄嗟のことで反応が出来ずに、肩をかする。
「くっ」
なんとかぎりぎりで交わすことが出来たが、射出速度は尋常じゃない。
準備していても相当に集中していないと回避は難しいだろう。
いっそ当たることを覚悟でいるぐらいが良いかもしれない。
ただしまともに直撃したら骨が外れるぐらいは覚悟した方がよさそうだ。
ジェリームーンの弱点は雷属性。
歴史ではこいつが襲ってきた数日後、嵐が国にやってくる。
人々はジェリームーンの悲劇に加えて、天候にまで恵まれず、幾多もの犠牲者を出す。
しかし壊滅寸前だった国はその悪天候に助けられることになる。
国軍はどうしようもなくただ蹂躙されるがままだったが、あるとき一発の雷がジェリームーンの触手に落ちた。
ジェリームーンはその体をビクンと痙攣させると、ぴかぴかと光を放ちしばらく動かなくなったそうだ。
そしてジェリームーンの光が収まった頃にまた動き始め、人々を恐怖に陥れたのだが、もう一発の雷が今度はジェリームーンの本体に落ちた。
そうして2発の雷のおかげで、完全に機能を停止したジェリームーンは、国軍によって復活できないほどにバラバラに解体され、回復薬の素材として世界中で重宝された、というお話だ。
このお話により、ジェリームーンは雷属性の攻撃が弱点とされている。
深海に棲む悪魔は、陸にあがってくるまで雷という存在を知らなかったことだろう。
「大丈夫だ、安心しろ。歴史では大きさは家ほどもあったという。あれはまだこのダンジョンで生まれたての幼生体だ。なんとかやれば勝てない相手ではない!」
フレイグさんがみんなを鼓舞する。
俺も同意見だ。
あれは恐ろしい魔物だが、勝ち目がない相手とも思えない。
油断できる相手ではないが、こちらには唯がいる。
ジェリームーンは身を翻すと(果たしてこの行為にどれほどの意味があるのかは分からないが)、触手を再び全員に向けて飛ばしてきた。
ものすごいスピードだが、直線的な動きであることだけが幸いだ。
なんとか直撃を免れる。
周りを確認すると、ティアーナさんはベルグさんが守り、フレイグさんとジョルノーさんはそれぞれ自分に向けられた攻撃を回避したようだ。
唯は全身にねっとりした液体が付着しているので、どうやら回避しなかったらしい。
右手が特にねっちょりしてるので、恐らく右手で払いのけたのだろう。
跳ね除けた際に全身に飛び散ったものと思われる。
「くっさ!!!」
全身白濁した液体にまみれて唯が嘆く。
液体自体は無害なようだが、匂いでダメージをじわじわ与えてくるタイプか。
というか右手で払いのけるとか、よくそんなこと出来たな。
俺が同じことをしたら間違いなく肩まで持ってかれるし、そもそも右手で払いのけるほどの反射神経はない。
結果的にちょっと扇情的な格好になっているが、今は戦闘中だ。
ちょくちょく見るだけに留めておこう。
どうせ俺は戦力外だ。
「天から降り注ぐいかずちよ!虚空の雲より放出せよ!その身に刻め、プラズマブラスト!!!」
唯の詠唱が完了し、凄まじい魔力の雷属性魔法がジェリームーンに向けて放たれる。
それに対してジェリームーンはその魔法を前にしても回避も防御もせず。
魔法はジェリームーンに到達した瞬間、大爆発を起こす。
「そんなバカな!!」
「!? 効いてない!?」
爆炎が晴れると、そこには無傷のジェリームーンがいた。
ジェリームーンはまるで何事も無かったかのように全員に向けて触手を飛ばす。
威力が足りなかったか?
あるいは何らかの方法で防御して直撃を免れたか?
それとも完全に回避してたのか?
いや、唯が詠唱を失敗したのかもしれない。
「違う!」
唯の叫びが部屋内を満たす。
「魔法がかき消された!!」
「なんだと!?」
唯がそう言うのなら、間違いない。
ジェリームーンが魔法を消したのだろうか。
「ティアーナ!」
「はいっ」
ベルグさんがティアーナさんの名前を呼ぶと、ティアーナさんが何もない空間に向けて火魔法を放つ。
そしてそれは瞬く間に消滅してしまった。
やはり魔法そのものがかき消されているようだ。
「違う、こいつじゃない…!!この部屋の、壁にいるやつら!」
唯に言われてみなが見渡すと、そこにいたのは小さな魔物であった。
壁に完全に同化してしまっていて、注意してみないと気付かないことだろう。
ビー玉ほどの大きさの、岩肌の魔物がそこには無数にいた。
黒い小さな点が目だと思われる。
その数、推定1万以上。
「嘘…だろ…」
「こいつらが、魔法を消してるっすか…?」
「そんな…これでは…」
「……」
「や、泰史…どうしよう…?」
絶望するパーティーの面々。
それもそのはず。
「不可能ダンジョン…」
俺の呟きが、部屋内に響き渡る。
物理無効。
魔法無効。
攻撃の手段が存在しない。
ジェリームーンは斬攻撃、打撃攻撃、突攻撃全てが効かない。
まるで水を斬るかのごとく、一瞬にして回復してしまう。
そしてこの空間内では、魔法は打ち消される。
壁にいる小型の魔物を倒しきらない限り。
ジェリームーンの攻撃を耐えながら。
かつて、とあるダンジョンに挑んだ者たちがいた。
そこはこのダンジョンと同じように最深部は扉が存在し、一度戦闘が始まり閉まれば、どちらかが全滅するまで開くことのない扉。
そこに挑んだのは4人の強者。
一人は、当時最強と言われた獣人の剣士、剛剣王。
一人は、氷魔最高峰である、氷帝。
一人は、知略に長け、ありとあらゆる情報を知り、政治から軍の指揮まで全てをこなし、本人も魔法で戦えるパーティー指揮を任された、知能の頂点とまで言われたエルフの王。
一人は、欠損から状態異常まで全てを癒し、「死なない限り死なせない」なんて言葉を生み出した、聖女。
そしてそれぞれがダンジョン産の宝具や、ドワーフ国最高の鍛冶師の作り上げた数々の装備を身に着けていた。
その4人が扉を潜り、部屋に入るのを見送ったのは、彼らの本来のパーティーである冒険者パーティー4組。
一人一人が全員Sランクの冒険者であり、ここに集まったメンバーのいるこの場所こそが、間違いなく世界の中心であった。
これに異論を唱えるものは、恐らくはいなかったであろう。
この4組の冒険者は、後にこう語っている。
「我々のパーティーが最深部に到達するまでに、一度も戦闘は無かった」と。
そこにあったのは戦闘ではなく、蹂躙。
この4人を先頭に、彼らはただ後ろについて歩いただけだと言う。
現れる端からあっという間に消えていく魔物たち。
その戦力は疑うものが無かったと、Sランク冒険者たち全員が口々に揃えて言うのだ。
最深部に到達し、扉の前で二泊したとのこと。
休息まで含めて、全ての準備を整えるのに丸一日以上を費やしたのだ。
最高クラスの戦力が、一切の油断もせずに挑んだボス戦。
その結果など、火を見るより明らかであった。
そして4人は自分たち以外を外に残し、扉の中へ入る。
4人が真っ暗闇の中を歩いていくと、やがてゆっくりと扉が閉まる。
誰もが固唾を呑んで見守った。
扉が閉まって、しばらくの時間が経過した。
時折、戦闘の余波か迷宮内が振動するが、まだ扉は開かない。
ここにいる誰もが、勝利を信じて疑っていなかった。
高難易度の迷宮内であるため酒を飲む者こそいなかったが、扉の前ではすでにそれに近しい宴が開かれていた。
ここにいる者たちは一人一人がSランク冒険者。
冒険者の最高ランクはAランクとされているが、その範疇に収まらない化け物のみがSランクの称号を得ることが出来る。
一人いれば一軍をひっくり返せるような化け物が、一堂に会しているのだ。
宴なんて開いて大きな油断をしていようとも、魔物が来たところで迎撃に一人いれば十分であったし、強い魔物が来たならばみなで力を合わせれば良い。
油断していても、並の冒険者とは比べ物にならないほどに臨戦態勢に入るのは早い。
Sランクの冒険者は奇襲でも殺せないとされている。
剣で首を斬ろうとしても、首の皮に剣が当たった瞬間に目が覚めて、剣が頚動脈に届くより先に襲撃者の命が絶えるだろうと言われているからだ。
そしてそんな化け物たちの頂点とも言える存在が4人、ボスと戦っているのだ。
もはや宴にならない理由を探す方が大変だろう。
ここは人族の国とエルフの国、さらに獣人の国の国境に出来たダンジョンであった。
魔法を得意とする、排他的な種族であるエルフ。
身体能力の非常に高い、獣人。
そして人以外の種族を亜人と称し、差別する人族。
友好的な関係を築くことなど、出来るはずが無かった。
その国境に出来てしまった、最難関のダンジョン。
これが世界的に非常に大きな問題となる。
”国同士”なんて規模ではなく”種族同士”の争いにまで発展するほどに。
ダンジョンは与える恵みも大きいが、それにかかる負担も大きい。
シンプルな問題で言えば領有権を主張するにも、警備の問題もある。
人同士であれば双方に利益のある落としどころを見つけることが出来たかもしれないが、それぞれ種族の特徴のある彼らに、納得のいく結論が出ることなど無かった。
条件を平等にしようとしても、必ず誰かが不利益を被るのだ。
そうして困り果てた彼らは、いっそこの争いの元となるダンジョンを無くしてしまおうと考える。
それが三者の利害の一致した、唯一の結論であった。
そうしなければ、もはや種族間での戦争寸前というところまで来ていたのだ。
そこでこのダンジョンを攻略するために集められたのが、この四人。
獣人と人、エルフにさらにはドワーフまでもが種族を超えて手を結んだ、歴史上でも極めて珍しい一例だろう。
自分たち以外がダンジョンの恩恵に与ることを良しとしない人族。
繁殖力が低く種族人口の少ないエルフは、他の種族と同じだけの人数を割り当てれば相対的に警備の負担が大きい。ならばと警備の人数を減らそうものなら、不公平だと言われその分の利益は他種族へ譲ることになる。
比較的友好的で戦闘は得意だが、知能の高い者が少ないために警備等が余り得意ではなく近隣への被害が大きい獣人。
それを数で解決しようとして、結果的に負担がより大きくなる。多くの人員を警備に割いているのだから、それに見合った利益をと主張する。
そして大規模な戦争が始まれば短期的に儲かるドワーフは、長期スパンでは最難関のダンジョンから出る装備が市場に溢れるために、決して面白くは無い。
それぞれの思惑が合致するとしたら、このダンジョンを攻略してしまう他無かった。
4人が帰ってくる前に宴も終わってしまい、誰かが帰りの支度を始めたのをきっかけに、みながそれに習って支度を始める。
ちょうどそのときだ。
扉が開いたのは。
帰り支度を始めていたみなが、手を止めて歓声をあげた。
戦闘が終了したのだ。
つまりはダンジョンボスを、4人が討伐したということに他ならない。
開かれた扉の先は、闇。
この扉の先に何があるのかを知る者は、ここには誰にもいない。
彼らは待った。
英雄たちがこの闇を抜けて、彼らの元へ帰ってくることを。
そうして5分が経過するも、誰も扉から出てくる気配がない。
しかし彼らは勝利を疑っていない。
死闘の果てに疲れ果てて、まだ出て来れないのだと考えた。
そのぐらいなら、よくある話だ。
恐らくはぎりぎりの死闘であったのだろうと、みなが推測した。
そうして1時間が経過する。
次第に彼らも不安な気持ちを抱き始める。
焦れた冒険者のうちの一人が、迎えに行くと言って扉を潜り、闇の中へ姿を消した時。
ゆっくりと扉が閉まり始めた。
その瞬間、ここにいる全員が、その意味を理解する。
もしも、4人が勝利していたのであれば。
誰かが中に入ったところで扉が閉まることはない。
なぜなら、もうダンジョンボスはそこにいないのだから。
この規模のダンジョンであれば、ダンジョンボスが一度倒されて復活するまでに数年はかかるだろうと予想された。
それなのに。
扉が閉まったということは。
そういうことなのだ。
ここにいる冒険者は全てがSランク。
その意味の分からない者など、ここにいるはずが無かった。
そして扉が再び開かれるまでに1分の時間も要さなかった。
そうして彼らはダンジョン攻略を諦め、そのダンジョンはこう呼ばれることになる。
「不可能ダンジョン」と。