第七話~付き合ってください~
「とまあ、こんなことがあって。今の俺があるわけなんだよ」
話に区切りがついたところで、アルヴィオはふうっと呼吸を整える。あの頃の、自分は本当に強かった。しかし、その強さに過信し、使えこなせていなかったせいでエルシーを……危険に。
あれ以来、気が抜けたように陽気になったが。
それでも生きている。
エルシーのそばに居られる。エルシーの成長をこの目で見ていられる。それがアルヴィオにとっては、この上なく嬉しいことだった。
「そんなことが……」
「一定時間って言うから、どれくらいなんだって試したんだけど。長くて三分しか戦えないってマジかよって思ったな。まあそれだけ俺の魔力が少ないってことなんだろうけど」
アルヴィオの内に封印されている力が膨大な魔力を欲している。だからこそ、制御するだけの魔力がなくなったアルヴィオの体をあの時破壊しようとしていたのだろう。
「三分、ですか。確かに、境遇やその話からもわかりますが、それが限界、ということみたいですね」
「ちなみに、ミザリィ……いや、ミーシャとしてはどれくらいの時間までなれていられるんだ?」
彼女がどうして、どうやって、どんな状況で【封印の魔女】の手にかかったのかはわからない。それは、彼女の口からは自然と話してくれるのを待つのが一番だとアルヴィオは思っている。
彼女はまだ幼い。
背伸びをしているだけで、心まではまだ強くは無いだろう。自分の過去を話そうとした彼女の表情から、アルヴィオはそう感じ取った。
だから、ぎりぎりのところで。
話せるような内容だけを、聞いている。例えば、今のようにミーシャとしてどれくらいの時間なっていられるか、などだ。
「一日、一時間半、ぐらいでしょうか」
「ながっ!? 一時間半もか。それじゃ、今日はミーシャになってからどれくらい経った?」
「そうですね。今の時刻が……って、あっー!?」
「うおっ!? ど、どうした?」
端末で時間を確認したところで、ミーシャは叫びだす。ふるふると小刻みに震えていたが、すぐ立ち直りアルヴィオに一礼をした。
「あの! 私、これから行きところがあるので失礼致します!! それでは!!」
本当に飛び出す勢いで、走り出していく。アルヴィオも、ハウスへ戻るかと立ち上がるが、ミーシャがすぐに立ち止まり急転回。
アルヴィオの元へやってきて手を握り締めた。
「あ、あの……その……」
もじもじと何かを言いたげな仕草だ。
正直、とても可愛らしい。
頭を撫でてやりたい可愛さだ。
「つ、付き合ってください!!!」
「え?」
一瞬だが、時間が停止したかのように静寂に包まれる。
「はわっ!? まままま、間違えました! 言葉足らずです!! あ、あの! 今から行くお店に付き合って頂けませんか? あ、無理にとは言いません。お時間があれば、でいいので……」
言葉足らずでとんでもないことを口走ってしまったと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらも言い直すミーシャに、アルヴィオは手を握り返した。
「大丈夫だ。まだ時間的には余裕だ。どこに付き合えばいいんだ?」
それを聞いたミーシャは目を輝かせ、手を握ったまま走り出す。
「こっちです!!」
・・・★・・・
「えへへ。なんとか買えました~」
ミーシャに手を引かれ訪れたのは、可愛らしい小物や人形が売っている店だった。どうやら、ミーシャはそこで今日お一人様一個限定販売する人形を買うために急いでいたらしい。
ちなみに、どうしてアルヴィオに付き合って欲しいと言ったのかは。
「ペア限定か」
そう、同時にペアで店内に訪れた場合に購入することができるものも手に入れたかったからだったそうだ。
ペアならば男女でも、女子同士でもなんでも構わないそうだが。組み合わせで、購入できる種類が違うとのこと。
女子同士だった場合は、ピンク色の熊の双子キーホルダー。
男女だった場合は、水色とピンク色の恋人キーホルダーらしい。
「ありがとうございました。おかげで、ペア限定のものまで買うことが出来ました!」
「いや、別にいいって。へー、結構可愛いなぁこのキーホルダー」
記念にとアルヴィオも購入したが、なかなか細かくできており、とても可愛い。店から離れながらしばらく一緒に歩いていたところで。
「それにしても、魔法に人生をって言っていたけど。普通に女の子らしいところがあるんだな」
「あっ! それは女の子に対して、失礼な言葉ですよ」
「あははは、ごめんごめん。アイスクリーム買ってやるから許してくれよ」
丁度近くを通り掛ったので、どうだ? とミーシャに問いかける。
目を輝かせ、明らかに食べたがっていたがアルヴィオのにやっとした笑顔を見てそっぽを向く。
「わ、私はそこまで軽い女ではありません。それに、夕食前ですよ。こういうのは、夕食後に食べるものです」
「そうか? まあ食べないなら良いんだけど」
ミーシャの言葉をそのまま受け止め、立ち去っていく。
ちらっと視線だけを向けると名残惜しそうな顔で見詰めていたのを記憶に焼き付けた。ミザリィの時と違って、やたらと女の子らしく可愛らしい。
ミーシャの時もあんな風に魔法が大好きだ! みたいな感じだと思っていたから驚いている。
「やっぱり、食べたかったんじゃないか?」
「い、いえ。そんなことは……それに、今日は買い物に付き合ってもらっただけで十分です」
分かれ道に差し掛かり、ミーシャは左の道へと小走りしていく。
「それでは。私はこっちにある宿屋に泊まっていますので」
「そのままの姿で行くのか?」
おそらく、宿屋にはミザリィとして宿を取っているだろう。この街には、冒険者専用の宿屋がある。当然、ギルドに登録している冒険者でなければ入ることすらできない。
その代わりに、食堂や近くには大浴場もあり快適な暮らしができる。
「大丈夫です。後五分ほどでミザリィになりますので」
「そうなのか。それじゃ、俺はこっちだから」
当然右方向にはギルドがある。
今頃、エルシーがハウスで夕食を作っている頃だろう。アルヴィオの腹の虫はそのことを考えただけでぐーっと騒いでいる。
「はい。では、また明日。あ、くれぐれも私のことは内密に。あなたのことも黙っておきますので」
「ああ。絶対誰にも言わないよ。それじゃあな」
「今日は、ありがとうございました」
本当に礼儀正しい子だ、と小さく笑う。
分かれる際も深く頭を下げてから立ち去っていく。アルヴィオは、それを見届け真っ直ぐギルドへと向かっていった。
「あら、今お帰りなの?」
ギルドに辿り着くと、丁度ギルドから出てきたルチルと鉢合わせる。
「まあな。ルチルは、宿屋に帰るのか?」
「ちょっと寄り道してからね。それよりも、あんた。最近ミザリィと仲が良いみたいじゃない」
やっぱり周りからはそう見ているようだ。
「まあ否定はしないなぁ」
「……妹もそうなら兄もってことね。いや、あの子はこいつに毒されているのかしらね」
「なんのことだ?」
なんでもないわよ、と流されてしまう。もしかして、エルシーとも何か話したのだろうか? 丁度クエスト達成の報告の時にルチルと会って……。
「それじゃあね。変わり者さん」
「……ルチルも人のこと言えないと思うけどな」
パーティーを組まず一人で戦い、なんだかんだ言って周りのことを気にかけている。一人になりたいのか、人の輪に入りたいのか。
まったくわからないな、と頭を掻きつつエルシーが待つハウスへと帰っていくアルヴィオだった。