第六話~封印の魔女~
「あああああっ!! ぐっ!? ガアアアアアアッ!?」
アルヴィオは、己の頭を大岩へと叩きつけていた。
額が割れ、血が流れようとそれを止めない。
まるで、何かを押さえつけようとしているかのように。痛みで、違う痛みを緩和しようとしているかのように叩きつけ続けていた。
「あらあら。頭を大岩に叩きつけて……変わった修行をしているのね」
そこへ現れたのは、フードで顔が見えない女性。
顔が見えないが、声に体つきから女性だと判別できる。いったいどこから現れたのか。まるで、霧のように姿を現した女性は、狂喜乱舞しているアルヴィオに近づいていく。
「くる……な! 今の、俺は……!!」
頭を鷲掴みにするように、力いっぱい自分の頭を抑える。
近づくな。
そんなアルヴィオの言葉は、女性には聞こえていないのか。歩みを止めていない。
「あなた。随分と面白いものを飼っているみたいね。だけど、それを制御するための魔力が全然足りていない。だから、あなたの体を食い破ろうしているのね」
なんで、そんなことがわかるんだ? アルヴィオは女性の冷静な言葉に驚くもそれは一瞬。すぐに、全身に痛みが襲い、転がりながら苦しみ始める。
「ふふ。でも、その歳まで生きているってことは本当は制御するだけの魔力があった。でもそれを何かしらの……あぁ、そうなのね。あちらで眠っている女の子を助けるために大半の魔力を分け与えた、てところかしら」
まただ。
どうして、初めてここに来たはずなのに。そこまでわかってしまうんだ? 痛みに必死に堪えながら、アルヴィオは女性を睨む。
エルシーを傷つけないために、かなり距離を取ったはずだ。
それなのに、女性はエルシーの居る場所の方向を正確に見詰めている。何よりも、魔力を助けるために分け与えたと。
まさか、見ていたのか? まさか、あいつの仲間? そうだとしたら、今のアルヴィオでは到底勝てるはずが無い。
……それでも。
「妹に……手を、出すな!! もし、手を出すようなら……俺、が……!」
頭を全力で大岩に叩きつけ、血も大量に流し、死ぬほどの痛みに堪えながらアルヴィオは立ち上がろうとする。
それは、たった一人の。自分が死ぬかもしれないはずなのに、魔力を分け与えて助けたエルシーを護るために。
「大丈夫よ。私は、決して妹ちゃんには手を出さないわ。それと、私は敵じゃない。むしろ、あなたを助ける者よ」
「たす、ける?」
まだ、本当に味方だとは思っていない。これが自分を油断させるための作戦なのかもしれない。だけど、自然と彼女の助けるという言葉にアルヴィオは少しの安心感が包み込む。
それだけ苦しみんでいる。
痛みに堪えている。
もう限界に来ている。だからこそ、誰かに助けて欲しいと思っている。それが、こんな怪しい女性だろうと。
「はいっと」
「ぐあっ!?」
女性が、右手を突き出すとアルヴィオは何かに縛られたかのように宙に浮く。背後には、見たことのない術式の魔法陣が展開しており、まったく身動きが取れない。
「なにを……!」
やっぱり、助けようだなんて。
「今から、あなたの内にある力を封じるわ」
「封じる?」
「ええ。力を封じれば、あなたはその痛みから解放される。でも、その代償としてあなたは、今までとちょっと違う感じになってしまうわ。それでも、良いと言うなら封印を実行するわ」
どうする? と首を傾げる女性。
痛みから解放される。
その代償として……違う自分になってしまう。いったい、その違う自分がどんなものなのかは未知。
だけど。
「それで、妹と一緒に居られるなら」
生きなくちゃいけない。見守らなくちゃいけない。自分のせいで、自分の弱さが、エルシーをあんな目に遭わせた。
だからこそ、アルヴィオは迷わず自分の魔力を分け与えエルシーを助けた。しかし、まだ終わっていない。自分の魔力を受け継いだエルシーが今後どう生きていくのか。
それを見届けなくちゃならない。
エルシーがどんな成長を遂げるのか。
「やって、くれ! 俺は、行き続けたい!!」
「いい返事ね。その決心を受け取り、今から封印を施すわ」
アルヴィオの返事を受け取り、女性は突き出した右手を勢いよく捻った。まるで、鍵を閉めるように。
刹那。
「ぐあっ!? あああぁ……!!」
徐々にアルヴィオの体を襲っていた痛みが消えていく。
「かはっ!? はあ……はあ……はあ……こ、これで封印、されたのか?」
落ちるように地面に着地した、アルヴィオはすっきりとした気分だった。さっきまで、あった痛みもなくなっている。
とはいえ、自分で傷つけた痛みは残ったままだが。
「ええ。これで、あなたの力は封印された。その封印を解くには、封印した力を自分の魔力で制御できるまで回復する必要があるわ」
「でも、俺は」
魔力の大半をエルシーに分け与えた。しかも、体内のマナも一緒に。人間には魔力上限というものがあり、アルヴィオが行った行為は魔力上限を下げてしまうものだった。
それもそのはずだ。
死に掛けている者を助ける行為。それ相応の代償は、受けなくちゃならない。だから、己の内にある力を制御するだけの魔力を、など一体どれだけかかることか。
五年や十年じゃ、絶対無理だと確信している。それだけ、強大な力ということである。
「はい。優しいお姉さんからおまけよ」
差し出されたのは、指輪。
膨大な魔力を感じる。
これは? と問いかけるとそれを握らせアルヴィオから離れていく。
「魔力を永遠に生み出す優れものの指輪よ。それを指にはめることで一定時間だけ、あなたの力を制御することができる」
「ほ、本当か!?」
顔を上げるも、視界が霞み始めた。
それもそのはずだ。
ずっと死ぬほどの痛みに堪え続け、尚且つ血を流していたのだから。まだ意識を保っているのが不思議なぐらいと言えよう。
「本当よ。ただ、力を使い果たせばあなたの体はまったく動けなくなっちゃうわ。当然よね。無理やり力を制御するのだから。でも、その指輪を使い続ければ魔力の回復もちょっとは早まるかもしれないわ。だから、有効活用してね」
意識が途絶える。
まだだ。まだ、意識を失うわけにはいかない。もうひとつ。聞いておかなくちゃならないことがあるんだ。
「あん、たの名前、は」
そう。自分にここまで親切にしてくれる女性の名前。それを聞いておかないといけない。名前を問いかけられた女性は、そうねぇ……と少し考える素振りを見せてからアルヴィオを抱きかかえ、こう告げた。
「【封印の魔女】とでも名乗っておきましょうか」
「封印の、魔女……」
それを聞いて、糸が切れたかのようにすっと意識を失ってしまう。最後に、見たのはくすっと笑う彼女の口元だった。