第九話~ティカの髪留め~
冒険者なりたての少女ティカと共に『グリーンスライムの討伐』を共に受注したアルヴィオとエルシーは、オーファンから少し離れた草原で、さっそくグリーンスライムと交戦していた。
「おりゃああ!!」
元気な掛け声と共に、手甲を装備したティカがグリーンスライムをぶん殴る。ぐにょん! と弾力ある体は凹んだ後、光の粒子として四散していく。
「へっへーん! スライムなんて、楽勝楽勝!! これなら、残りもすぐだね!」
「何事もなければ、ですがね」
「どういうこと?」
「最近、魔物化の影響なのか。わかっていないんですが、普通の魔物達も凶暴化しているようなんです」
これはギルドでの集まりでも議題となったことだ。
魔物化の影響は、人だけではなく。
環境、そして魔物達にもあるようなのだ。
環境を汚染するのはもちろんのこと、さほど強くなかった魔物を凶暴化させ、初心者達が痛い目にあったという報告が世界中で確認されている。
そのことをティカに話すとなるほど……と頷く。
「精霊達が、言っていたことってそういうことだったんだね」
「やっぱり、ティカは精霊と会話ができるのか?」
「あ、うん。これでも、モーダンの住人だからね。小さい精霊さん達は悪戯好きなんだよ。それに、おじいちゃんから聞いたことが間違っていたって知っていたんだよ!」
もう、まったく! と可愛らしく怒る。
精霊とは、この世界に存在するマナと呼ばれるエネルギーが集合した存在。その場所に適した精霊が多く、火山地帯のような暑い場所ならば火の精霊がいて、氷雪地帯のような寒い場所ならば氷の精霊がいる。
その他にも、色んな精霊達が存在するが。滅多に人前には現れないのだ。
いや、そもそも普通の人で精霊を見るのは難しい。
エルフやティカのように特殊な者達でなければ、見ることも会話することもできないと言われている。
「でも、精霊と話せるなんてすごいことですよ」
「そ、そうかな?」
「はい。私も一度でもいいから、精霊とお話をしてみたい。小さい頃から、精霊が出てくる本を読んでいたので余計にそう思っています」
そう、エルシーは今でこそ、周りからも評価されるほどの強さを思っているが。昔は、アルヴィオのサポートを頑張ろうとずっと本を読み耽ったり、家事全般を覚えようと必死だったのだ。
それが今でも習慣として身についており、空いている時間があれば本を読み耽っている。
「そうだったんだ。あ、じゃあ私は代弁してあげようか?」
「できるんですか?」
「もちろん! それに、エルシーには借りがあるし。いや! エルシーとは友達だから!!」
「友達……ふふ」
ティカは本当に明るく、いい子だ。
ただ自然の中で、自由に育ったから無知なだけかもしれない。それでも、嘘偽りのない言葉に、エルシーは歳相応の笑顔を見せた。
そんな少女二人の会話の光景を見て、アルヴィオも微笑む。
「それじゃさっそく……あっ! ちょっとそれは取っちゃうだめだって!!」
精霊との会話のため代弁をしようとしたのだが、突然ティカの髪の毛を纏めている髪留めが取れそうになる。
見えない何かが取ろうとしているのだ。
先ほど、ティカは小さな精霊は悪戯好きだと言っていたので、やっているのは小さな精霊なのだろう。
必死に抵抗しようとするが、勢いあまって自分で取ってしまうティカ。
「あー!?」
ぽーんっと近くの岩に着地した髪留め。
髪の毛が解けたことで、前髪が若干長くなってしまう。
そして。
「あぁ……」
気が抜けたかのように、その場に座り込むティカ。
「だ、大丈夫ですか? ティカさん」
「……やっぱりティカは」
「兄さん?」
座り込んでいるティカに近づいたエルシーの耳に届いたのは、アルヴィオの意味深な言葉。そして、鋭い目つきだった。
「私なんて」
しかし、すぐにトーンの低いティカの声に視線を戻す。
「私なんて、冒険者になったって……ううん、私みたいな奴が冒険者になっていいはずがない……だって、本当の私はこんなにも暗くて、後ろ向きなんだから……」
「てぃ、ティカさん。どうしたんですか? そんなこと」
元気付けようとするエルシーだったが、ティカは差し伸ばされた手をから素早く遠ざかる。
「ごめんなさい! ありがとう! ごめんなさい!! 私なんかのために、貴重なお金を貸してくれて!! ありがとうございます! ごめんなさい!! ありがとうございますぅ!!!」
「……」
感謝をしたいのか、謝りたいのか、いきなりの豹変振りにエルシーは思わず固まってしまう。それを見ていた、アルヴィオは岩に置いてある髪留めを広い目を凝らした。
(やっぱり、これは【封印の魔女】の……)
そのまま頭を下げ続けているティカに近づき、会った時と同じように髪留めで一本の毛に纏める。
すると。
「もう!! この髪留め取っちゃうだめだってあれほど言ったじゃん!! ごめんね? びっくりしたよね?」
顔を上げて、立ち上がりアルヴィオ達には見えない精霊達に軽い説教の後、二人にももう一度軽めの謝罪をした。
「ま、まあ驚きましたけど……えっと。詳しい事情をお聞きしても?」
「うん。見られちゃったからね。それに、二人はすっごく優しい人だから。話すよ、私に秘密」
とはいえ、まだクエスト中。
さっさと残りのグリーンスライムを討伐し、ギルドに報告。丁度、ミザリィとも鉢合わせたので、ゆっくりと話し合える喫茶店へと四人で向かった。
適当に、飲み物を注文し。
「アルヴィオくん。もしかして、この子」
「うんまあ、ミザリィの考えている通りだと思う」
「なんのことですか?」
「……その辺も兼ねて、とりあえずティカの話を聞こう、エルシー」
「う、うん」
封印の魔女に関しては、一応エルシーには喋ってはある。だが、ミザリィも封印の魔女の手で力を封印された者だという事は喋っていないのだ。
いつかは喋ろうと思っていたが、今はティカの話が先だ。
三人の視線が集まる中、ティカはのん気にケーキを頬張っており、緊張感が無い。視線に気づき、あっと食べるのを止め、まずフォークを置いた。
「えっと、実はね。さっきアルヴィオとエルシーに見られたあの私が……本当の私なんだ」
若干超えのトーンを落としながら、語りだす。
「この髪留めね。あるお姉さんから貰ったの。それで、この髪留めをつけているとね。正確が反転したように明るくなったの」
「そのお姉さんっていうのは?」
「名前は聞いてなかったけど。ボロくて黒いローブを羽織っていて、胸が大きいお姉さん。顔は見えなかったけど」
ボロく黒いローブ。
これだけだとどこにでもいそうな見た目だが、アルヴィオとミザリィにはわかる。ティカの髪留めから感じられる封印の魔女の力が。
「私、村では本当に後ろ向きで暗くて……いっつも悪い方向に物事を考えちゃう癖があって……。直そう直そうって思っていても全然で。でもね、この髪留めのおかげで私明るく慣れた。おじいちゃんがずっと話してくれていた冒険者にもなれることができた。だから、この髪留めをくれたお姉さんが何者なのかはわからないけど。すっごく感謝はしているんだ。あ、もちろんお金を貸してくれたエルシーにも」
ある程度語り、残ったケーキを頬張り始める。
途中、前の席に座っているエルシーに食べる? と突き出してくる。エルシーも断ることなく頂きますと小さな口でケーキを食した。
「変だよねぇ。髪留めで髪を纏めただけで、正確が変わっちゃうなんて」
「別に変じゃないわ。私と、そこのアルヴィオくんも似たような存在なのよ?」
「え? どういうこと? ……二人は髪留めしてないよね」
そういう意味じゃないわよ……と苦笑いをするミザリィ。
じゃあどういうこと? と問いかけてくるので、アルヴィオが代表して説明することにした。ティカに髪留めを渡したのは、封印の魔女という謎の存在だということを。




