第99話 引き続き迷宮を巡る・二日目(迷宮ダンジョン内二層目での出来事)
「くけここここここ…」
伝説のレアアイテムのエリクシールを手にするべく、迷宮ダンジョンに挑んでいた依頼者のイゾルデ率いる猫亭パーティー御一行。彼女たちが二階層目のマップを探索中に出くわしたのは、一羽の黒く鋭い刃物のような嘴が特徴の大きな鶏だった。
「何この子?鶏?」
「でもここはダンジョンだよ。ってとこはあれもダンジョンモンスターなんでしょ?」
「そうですわね。嘴が真っ黒な鶏など見たことありませんわ。」
「くけここここここ…」
初めて見る謎のモンスターを前にして武器を手にして狼狽えるクロノス以外の団員達。対する鶏は出くわした御一行を警戒するわけでもなく、かといって歓迎するわけでもなく…ただその辺の鶏のように時折地面を突いて餌を探す仕草をしていた。
「こいつは…」
黒い嘴の鶏は時々こちらを確認しながらも、特に何かしてくるわけでもない。そんな行動と姿を見て、クロノスはこの謎の鶏の正体に気付いたようだった。
「クロノスさんはこのニワトリさんを知っているのでございますか?」
「もちろんだセーヌ。こいつは…「アックスこけこっこ」だな。ダンジョンの外でも大陸の西の方では結構見かけるモンスターだ。」
「なにそのふざけた名前。それ正式名称なの?」
「ああもちろん。ギルドの資料にもちゃんとそう記載されているぜ。」
「アックスチキンとかアックスバードじゃなくて…アックスこけこっこ…」
鶏がモンスターであることとその名前を当てて見せたクロノスだったが、一同はそれよりもその鶏の名前が引っかかっているようだった。
「なんか…素敵というか…個性的というか…」
「しょうがないだろ。初めて見つけた冒険者がそういう名前を付けたんだから。確かもう発見から200年以上経っているがその時からずっとこの名前のはずだ。俺は好きだぜアックスこけこっこ?なんか、見た目まんまな素朴な感じで。」
「まぁクロノスさんのセンスなら…ねぇ。」
「なんか引っ掛かる言い方だな…しかしよくよく考えるとちと素朴すぎるな…俺ならば「黒光りの襟爪」とでも名付けるね。いや、それとも「飛びたてぬ隷属」の方がいいか…いっそ「コケコケ君」なんてどうだろうか?おっいい感じだ…」
「「「…」」」
クロノスが名前などのセンスに関しては大変に絶望的であるということは猫亭に出入りしている人間には周知の事実だ。最早相手にするだけ無駄なのだ。というか最後のはシヴァルが友達のモンスターに付ける名前まんまではないか。シヴァルとクロノスがお友達だと言われる理由が少しわかったようなナナミ達。
「ま、とにかくモンスターならさくっと倒しちゃおうよ。こんくらいおいら一人で…」
「あ!!待てアレン!!」
「え!?おっとっと…」
「こけ!!…?こここ…」
武器を構えてアックスこけこっこに一人挑もうとしたアレンを、クロノスは大声で呼び止めた。それが功を成してかアレンが武器の刃の部分を構えた時点で手を止めた。その反応にアックスこけこっこも驚き首を上げて警戒したが、何もないとわかるとまた地面を突っつき始めた。
「なんだよクロノス兄ちゃん。突然びっくりしたじゃないか。」
「脅かして悪かったがそいつはダンジョンモンスターの中では大変に大人しいモンスターだ。こちらがなにもしなければ何もしてこない。しかし逆に一回でも手を出してしまうと…」
「出してしまうと?」
「けたたましく鳴いて仲間を呼ぶんだ。そして周囲にいるすべてのアックスこけこっこが一斉にこちらへ集結して攻撃した奴を襲う。ここはダンジョンの中だがこいつがいるということはこいつメインのマップ…二層目の規模なら…たぶん三十羽くらい。」
「うわぁ…」
「結構多いですの…」
「大したことがなさそうだが…?」
「だよね?たった三十でしょ?」
クロノスの解説にナナミとイゾルデが絶句した。見た目ただの鶏が三十羽など一見大したことが無いように諸君は思えるかもしれないが、そう思う方は一度鶏を大量に飼っているお宅にお邪魔してそれを前にしてみてほしい。鶏は地面を歩く大型の鳥だ。その足は鋭い爪を持っているし、ましてやこのアックスこけこっこには刃物のように鋭い嘴がついている。そんな鶏共が一斉に敵意を持って襲い掛かってきたとしたら…是非一度その目で見てイメージしてほしい。きっと恐ろしさがわかるはずだ。ナナミとイゾルデも元いた世界と城の庭先にあるそれぞれの鶏舎で同じような数の鶏を見た事があったからそれをイメージできたのだ。一方でリリファとアレンはたくさんの鶏がいる光景を見たことが無かったのでそれにピンとこなかったようだ。
「バカが仲間にいいところ見せようとよく確認しないで攻撃すると、たちまちドカンだ。一見するとただの鶏だが結構強くて、鋭い嘴で何でも斬り裂けるから一緒にいたパーティー含めて全滅する可能性すらある。」
「仲間を呼ぶ前に仕留められないのでしょうか?」
「セーヌの言うとおりできないことはないだろう。だが失敗した場合のリスクを考えると割に合わないぞ。魔貨もドロップアイテムも大した価値は無いからな。もし倒すのなら首を一撃で斬り落とせ。」
「げ~私パス。死ぬと消えるとはいえ鶏ちゃんの解体はちょっと…お肉が得られないならなおさらいいわ。」
「それならば止めておいた方がいいでしょう。幸いにしてあちらからは手を出さないようですからそのまま無視して通っていきましょうね。」
「そうだね。別に倒さなきゃ前に進めないわけじゃないんだし。大したことなくても戦いを避けられるならそうした方がいいよね。」
「くけけけけけ…」
「あんま脅かさないようにな。」
どうやら一同は無駄な戦いを避けて進むことにしたようだ。相変わらず地面を突っつくアックスこけこっこの横を通って先に進もうとした。
「くけこ…こけっけ!!」
「わ…!!」
「ありゃ。」
リリファとナナミは何事もなく横を通って行ったが、三番目にアレンがこけこっこの横を通ろうとしたところで、こけこっこが突然アレンの肩に飛び乗ったのだ。
「何すんだよ…どうしておいらの肩に…」
「止まり木にちょうどいい肩の高さなんじゃないのか?」
「こここここ…!!」
「イタタタタ…結構掴む力強いよこいつ!!おい、早くどっかに行かないと…」
「待てアレン。手を出すな。」
肩に乗ったこけこっこを手で追い払おうとしたアレンにクロノスが待ったをかけた。
「こいつの「危害を加えられた」の範囲は結構広いんだ。払いのけようと手を当てるだけでもアウトだぞ。こいつが危険視しないのは大声くらいだ。」
「ええっ!?じゃあどうすればいいのさ。肩が痛いんだけど。」
「こいつが君に飽きるまで待つしか…」
「んな悠長な…」
「クロノス、前方から敵が来たぞ!!」
前にいたリリファがモンスターの発見を知らせてきたので一行がまっすぐな通路の向こうを見れば、そこにはこちらへ走って向かってくる三匹のゴブリンがいた。それぞれは手に尖った石を刺した木の棍棒を振り回して獲物であるクロノス達へ迫ってきた。
「「「ギャッギャッ!!」」」
「ゴブリン…しかも強そうな武器持ちだな。」
「ああくそこんな時に…とにかくさくっと倒しちゃおう。」
「アレンは下がってろ。アックスこけこっこはモンスターに攻撃されても鳴くぞ。そうなれば駆けつけた仲間は誰がやったのか関係なく見境なしに襲いだす。」
「メチャクチャじゃないか!!」
「くこけけけけ…」
「お前は黙ってろよ!!丸焼きにしちゃうぞ!!」
「鳥相手に人の言葉が通じるかよ。高位のモンスターなわけでもないし。こいつはダンジョンじゃあトラップみたいなもんだ。こいつがいるときに他のモンスターに出くわしたが最後。こいつが呼ぶ援軍を恐れてマップを出るまでこいつを守る戦いを強いられるんだ。全員アレンを後ろに置いて守る形で戦え。決して奴らを近づけるな。」
「うん!!」「ああ!!」
クロノスがアレンに気を付けるよう警告すると、アレン以外の仲間が向かい来る三匹のゴブリンを見据えた。そしてイゾルデとリリファが前に出て武器を構え、その後ろでナナミとセーヌが魔術の詠唱の準備を始める。
「「「ギャッギャッ!!」」」
その間にもゴブリン共はどんどん迫ってきて、後二十メートル程でゴブリンがイゾルデの大剣に接触して戦闘が開始されると敵味方誰もがそう思っていたのだが…
「こけーーーっ!!」
「ギャヒ…!?」
ゴブリンの中の一匹が、壁の松明と松明の間の薄暗い空間で何かを足で踏みつけた。そしてその何かが大きく鳴き声を上げたのでゴブリン達は驚いて足を止めてしまったのだ。
「あいつら…なんか踏んだ?」
「…鶏の…鳴き声…?」
「…まずい。光よ照らせ…「ルミナイズ」!!」
足を止めたゴブリン達と同じように手が止まってしまった一行の中で、クロノスだけはその踏みつけられたものの正体に気付いたらしく、魔術を詠唱してゴブリンたちの周囲に光源を生み出した。明るみに出たやつらの足元にいたのは…
「こけ…こけ…!!」
足元にいたのは、アレンの肩に掴まったのとは別のアックスこけこっこだった。こけこっこは自分を踏んでいるゴブリンを恨みがましく見つめ、威嚇していた。
「あいつ…他のこけこっこ踏んじゃった…?」
「なぁクロノス…」
「察しがいいなリリファ。さっきも言ったがアックスこけこっこは危害を加えられると仲間を呼んで、そいつに一斉に襲い掛かる。そして周囲の疑わしき者も罰さん。」
「罰さん?罰するってこと?それとも罰しないってこと?」
「前者。」
「こけ…!!こっけこっこーーーーー!!」
ゴブリンに踏まれっぱなしのこけこっこは、一度泣きやみ、そして次に大きく鳴き出すのだった。
「ゴブ…!!」「ギャ…!?」
足元で突然叫ばれ騒がしさで耳を塞ぐゴブリン達。さすがに奴らにもそれくらいの知能はあるらしい。
「やば…すぐに引き返してスタートの部屋に入るぞ!!もたもたしていると仲間が来る!!」
「それならクロノスさんが倒して…」
「倒せるかって?もちろん俺は倒せる。たぶんセーヌの電撃魔術でもいける。しかし多対一ならともかく君達を守りながらはこの狭い通路では難しい。俺が最も苦手とする戦いは狭い空間での多対少数戦なんだ。セーヌの魔術も団体戦には不向きだ。何人か犠牲になっていなら行って来るが?」
「そうですね。でしたら…」
「やめとくー!!セーヌさんもトンファー仕舞って!!巻き添えになってこっちまで感電しかねないから!!全員無事に生きて帰還が前提よ!!危ない橋は渡らない!!」
「そうか…なら早く戻れ!!スタートの部屋にはモンスターは入れない!!」
「クロノス兄ちゃん!!おいらの方のはどうすれば…」
「もう仲間を呼ばれるのは確定なんだ!!適当に払いのけろ!!」
「う、うん…!!そっら!!」
「こけ…!!こっけっこっこーーーーー!!」
もう遠慮はいらないとクロノスに言われたので、アレンは肩に止まるこけこっこを思い切り殴りつけた。殴られたこけこっこは踏まれているのと同じように大鳴きして仲間を呼んでいた。
「「「「「ここここここここ…」」」」」
するとどうだろうか。通路の奥の方から鶏の鳴き声がいくつも聞こえてきた。おそらくここにいるこけこっこ二匹の鳴き声を聞いて仲間が次々集まってきているのだろう。
「わ…ホントにいっぱい来てる…!?」
「目測を誤ったな。たぶん二百はいる。正確には…二百四十八。」
「そんなに!?てゆうか最初に言った数と全然違うじゃん!!」
「俺も二層目の規模ならそれくらいと思ったんだが…このマップかなり広いな。」
「二層目でこれとは…恐ろしや迷宮ダンジョン。」
「言ってる場合!?とにかく逃げなきゃ…!!」
クロノスが耳で性格に導き出した答えに臆して勇気ある撤退を選択したナナミ達。そして相変わらず鳴き続けるこけこっことそれを黙らせようと棍棒を振って仕留めようとするゴブリン達に背を向けてまっすぐに来た道を駆けだした。
「「「「「ここここここここ…」」」」」
「ゴブ…!!」「ゴゴゴ…!!」「ゴバァー!!」
「あー向こうにもう来ちゃってる!!ゴブリン達やられてる!!なんかすごい断末魔が…!!」
「あの嘴と足で全身を斬り裂かれるわけだからな。下手な拷問よりずっと悶え苦しみ息絶える。そして次にああなるのは…俺たちだ。」
走りながらもちらりと後ろを振り返った一行。そこにいたのは何十羽もの終結したアックスこけこっこと、彼らの足元にあった既に魔貨へと変えられた元ゴブリン達。数は三枚あったので考えるまでもなく全滅したのだろう。
「「「「「ここここここここ…」」」」」
ゴブリンを仕留め終わったアックスこけこっこたちは、こちらを一斉にぎろりと睨んだ。鳥が睨むことなどできないと思うが、あの目はそう語っている。間違いない。
「いやああああ!!つぎ私達の番!?」
「鶏に突っつき殺されるなんてごめんですの!!」
「壮観だな。これだけのこけこっこを同時に視界に捉えるのは初めてかもしれん。しかしこの道はどうやらハズレのようだ。やれやれ…」
クロノスが最後にそう呟いて、全員がおしゃべりを止めてスタート地点へ走り出す。その後を百羽くらいに膨れ上がったアックスこけこっこの大群が一斉に追うのだった。