第98話 引き続き迷宮を巡る・二日目(迷宮ダンジョンに入るための地上のゲートの前での出来事)
S級冒険者二人のクランの喧嘩から一夜明けた迷宮都市。
「おい、順番はまだなのか?」
「申し訳ございません。なにぶん混んでいますので…」
「次の方どうぞ。」
「やっと入れる…あれ?一人いないぞ!!」
街の中の広場にある迷宮ダンジョンに入るためのゲートの前では、冒険者や傭兵。どこぞの騎士などが一列になって長い行列を作りダンジョンへの挑戦の順番を待っていた。混んでいるのはこのゲートだけでなく、迷宮都市内の他のゲートも似たような具合だ。
迷宮都市ではいつもこのような混み具合なのかと言われれば実はそれほどではなく、ここまで長い行列ができることは稀である。しかし今はとある噂により迷宮ダンジョンへの挑戦がこの地方の冒険者たちに静かなブームとなっていたのだ。
噂の内容とはエリクシールという不死の霊薬とも呼ばれるどんな怪我や病気でも飲んだ者をたちまち健全な状態に治してしまう、高難易度のダンジョンでも極々まれにしか手に入らないお宝の中のお宝、キングオブお宝…それがつい最近この迷宮ダンジョンで見つかったらしいというものだ。それで今挑戦すれば同じように自分にもエリクシールが手に入るのではないか?もし手に入れて売れば大金持ち間違いなしだ!!そういった目論みを企てた冒険者はじめとする強欲な連中や、家族や友人知人もしくは自分等に重い怪我や不治の病などを患っていて他に打つ手なしの人間が、最後の望みとして迷宮都市に集結した。
ダンジョンは冒険者ギルドが管理しており本来冒険者にしか入れないが、迷宮ダンジョンはその中でも数少ない例外で、冒険者以外でも挑戦することができる。そんなこともあって冒険者に頼まないで自らの手で…と言った人間も多く、そんな連中が数多に押し掛けることとなっていたのだ。
「あーもう最悪!!昨日貸したナイフ返してもらってなかった!!借りパクよ借りパク!!しかもあのワルキューレの薔薇翼の団員に!!」
「別にいいだろ?ナイフの一本や二本…それにあのって言ってもリッツはワルキューレの薔薇翼を知らなかったくせに。結構有名なクランらしいじゃん。」
「うっ…しょうがないじゃない。私も見るのは初めてだったんだし…。それよりナイフがどうでもいいって?よくない!!あれはパパの形見よ!?だからこそ救護の人にアンタの手当てをしてもらった後にそのことを思い出して、あの人たちがここでの拠点にしているっていう屋敷を教えてもらって尋ねたのに…殆ど人が出払っていて唯一いた留守番の人にも今は忙しいから後にしてって言われたのよ!!」
「それは仕方ないだろ?昨日は夜遅くだったし、喧嘩していた赤獣庸兵団ってとことバンデッドなんちゃらってとこの逃げた団員を捕まえたり怪我人の手当てで忙しかったみたいだし。時間が悪いよ。」
「そりゃそうだけど…ああもう!!せめてナイフ貸した人の名前聞いておけばよかった…それならその人にナイフ貸したんで返してくださいって伝言残せたのに。」
「昨日は僕が捕まった後でいろいろ混乱していたから仕方ないさ。ワルキューレの人も一日経ってだいぶ手が空いたようだし、とりあず街中にいる団員の人たちに一人一人話を聞いてナイフ貸した人を探そうよ。僕も手伝うからさ。」
「それしかないか…今日はダンジョンの前もめちゃくちゃ混んでいてすぐには入れそうにないし…」
「なんかS級冒険者が何人も来てるらしいね。それでエリクシールの噂はどうやら本当らしいぞって…それでみんな張り切ってるんだって。宿屋の店員さんが教えてくれた。」
「私たちホント良い宿泊まれたわね。部屋を借りられなかったら野宿するところだったわ。今日も朝からどんどん人が街の外から来ているらしいし。」
「今日は様子見ってことでダンジョンはやめておこう。どうせ僕たちは二人だけのパーティーで三階層目で詰まってるしさ。」
「そうね。ところで団員探すってここに何人来てるのよ?百人?二百人?」
「さすがにそんなにはいないだろう。店員の人はワルキューレの総団員数は百人くらいって言っていたから…三十人くらいかな?」
「それでも結構いるわね…街でいろいろしている団員にナイフ貸した人がいるといいけどね…はぁ。」
「…ん?」
「クロノスさんどうしたの?」
「いや…なんか珍しい髪の色の奴がそこを通っていったから…君と同じ黒色だぞ?お仲間とやらじゃないのか?」
「へー、でも黒髪だからって私の同胞とは限らないよ?こっちの世界にはいないと思ってたけどミツユースに来てから他地方から来た商人や旅人の中に少しはいるって知ったし。でもまぁ一応…どれどれ…いないじゃん。」
ナナミはクロノスが黒髪の男がいたと言う方を見ていた方を覗くが、そこは人の山に溢れておりお目当ての人物はどこにもいなかった。どうやらわずかな間に人ごみに隠れてしまったらしい。
「見失ったな。」
「仕方ないね。探すのは後にして今はダンジョンダンジョン。」
今はダンジョンへ向かっているのだしそれは後だと二人は探すのを諦めて、ゲートへの道を急ぐのだった。
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「うわー、昨日は夕方だったから戻ってくる人ばっかで入る人は少なかったけど…」
「朝は壮観だな…結構早めに来たと思ったが。」
昨日一日ぐっすりと休眠をとれて元気溌剌だったイゾルデ一行。彼女たちは宿屋で他のゲートに向かうと言うシヴァルにエリクシールのヒントが見つかれば互いに交換するという約束をしてから、彼と肩に乗ったブラック君にしばしの別れを告げて昨日と同じゲートへ向かった。
途中無残になった大通りに商魂逞しく出店をしていた破壊された店舗の経営者らが運営する出店で簡単な朝食を摂ってから昨日と同じゲートの前までたどり着くと、列を成してダンジョンに入る順番を待っていた多くの冒険者達に圧倒されていたのだ。
「これを待つのにゃ?入るまで何時間かかるのにゃ…」
「えーと、一組に手続き三十秒だとして…何時間だろう?五時間?六時間?」
「大丈夫だ。この俺のS級権限で待ち時間ゼロで入れてもらえる。」
仲間達へ問題なしだと答えてクロノスは行列の先頭であるゲートの前まで歩き、そこにいたギルド職員に自分の薄汚れたカードを振って見せた。
「あ…!!話はあなたの担当職員より聞き届いております。何層目からの開始ですか?」
「一層目と二層目にそれぞれ一組ずつ…まずは一層目の方に。」
「了解しました。ただいま準備をいたします。少々お待ちください。」
「おい職員。いきなり割り込んできてこいつはなんだんだ?しかもほぼ最初の階層から…」
「ご容赦を。制度ですので。」
「ああそうか…ま、喧嘩しても勝ち目ねぇし一組や二組くらい見逃してやる。さっさとしてくれ。」
「ご理解ご協力感謝します。ただいま…」
魔道具を操作してゲートを開く準備をしていた職員に、先頭にいたパーティーのリーダーの男が詰め寄ったが、職員の制度というたった一言で理解して大人しくなった。どうやらクロノスが何者であるのか推しはかれるだけの実力はあるらしい。クロノスもまた彼に一言礼を言って仲間の元へ戻ってきた。
「どうだ?大行列もススイのスイだぜ。」
「わーべんりー。」
「Sきゅーごいすー。」
「もっと褒めてくれてもいいんだぜ?はっはっは。」
「褒めるとかよりもダンジョン攻略の前に何か言ってほしいんだが?」
「確かに…よし全員注目!!」
ゲートの準備が終わるまでの間にクロノスは仲間達へ呼びかけて、今日のダンジョン攻略についてのおさらいをするのだった。
「今日からいよいよ本格的に迷宮ダンジョンに挑戦してもらう。とりあえずは昨日と同じ猫亭にイゾルデを入れたパーティーとそっちの…そっちのリーダーは?「んーとね、とりあえずクルロさんです!!」…そうか。ならクルロパーティーだな。その二つに分かれて迷宮ダンジョンの攻略を進めてもらう。昨日有益な情報を頂いた通り…おっと、聞き耳立てる奴がいるかもしれないから詳しくはここでは言わないが、とにかく下の階層の方がお目当ての品は見つかる可能性が高い。だからまずは少しでも下の階層にいくことだ。イゾルデ嬢にも話してあるが、改めてそれでいいな?」
「お願いしますわ。あたくしは迷宮ダンジョンの知識を持ち合わせてはおりませんし、手に入る可能性が少しでも上がるのなら望むところですの。」
「了解いただきました。それで基本的にはその階層のゴールに着いたらすぐにその次の階層も攻略で、食料が尽きたとか重傷者が出たみたいな限界になるまで次の階層に挑戦し続ける。それでとりあえず十五階層前後まで行きたい。その先はまずはそこまで行ってから考えることにしよう。」
「十五層…そんなに行けるんですの?」
「多分行ける。ダンジョンの攻略は個々の実力よりもパーティーのバランスが重要なんだ。幸い俺らは二つのチームともそれなりのバランスだし、戦闘でも強い奴がメインきって後はそのサポートをする形をすればそれなりの階層を目指せるはずだ。だがもしヤバかったらこっちのパーティーは俺がなんとかする。それではアレンやリリファの育成にならんような気もするが…あくまで依頼優先だ。」
「ああ。私はそれでいい。ダンジョンを歩く基礎はもう覚えたし、ここだけの特殊な物はその都度教えてくれ。」
「おいらもだよ。どうせ最初のうちはいろいろ教えてくれるんでしょ?その後は実戦で覚えるよ。」
「頼もしい限りで何よりだな。後は…お互いのパーティーの連絡手段として、もし地上に戻ったら拠点の宿屋に寄ってもう片方のパーティーに書置きを置いておくということで。どこまで進んだかとか誰がどうなっているとかそういうのを簡潔でいいから教えてくれ。」
「わかったッス。」
「それとイゾルデ嬢のご厚意でダンジョン内で得たお宝、魔貨、モンスターのドロップアイテムは、そのまま持ち帰ったパーティーにくれるそうだ。なので換金したらそのままパーティーで均等してポケットマネーに加えていいぞ。探索の折を見てなり全てが終わった後でなり…好きに使うといいからな。」
「ヒャッホウ!!」
「お客様最高!!」
「あたくしの目当てはあくまで例の酒のみ…それ以外には興味ありませんので追加報酬ということでお納めください。」
「クロノス様!!一階層目の方が準備できておりますのでいつでもどうぞ!!…できればお早めに!!」
「ああ、それじゃあ職員にも呼ばれたことだし、他をまたせても顰蹙を買うだけだ。一層目だからクルロ達の方から先に行くといい。」
「りょーかい!!それじゃあ屑どもゴー!!」
全員がイゾルデの好意に喜んだところで職員に準備ができたと告げられたので、連絡事項も全て話したことだしいよいよダンジョンへ入ることにした。先に入れと言われたのでクルロ達は次々と光の中へ飛び込んでいった。
「それじゃあクルロさん達からお先!!」
「一階層の差なんてすぐに追い抜いてやるにゃ。」
「また後で会いましょう。」
「頑張ってね。」
「私達も負けないからな。」
互いの健闘を猫亭組と祈りあってクルロ達は光の中へ消えて行った。あの面子はクルロとキャルロ以外迷宮ダンジョンの踏破経験がないので一階層からのスタートだ。しかしそんなもの誤差でしかなく、もたもたしていたらクロノス達の記録など簡単に追い抜かれてしまうだろう。クロノスたちも次の侵入の準備を待って、準備ができたらすぐに入ろうとしていたが…
「お兄さん運び屋はいかが?日当は銀貨でこのくらいだ。値段分は働くよ。」
「あん?ゼルっつったっけ…いや、違う奴か。」
「なんだ?それよりも銀貨でこれだけど雇わないか?」
職員の準備が終わりそうだったのでクロノス達がゲートの前に行こうとしたところで、クロノスにみすぼらしい格好の少年が声を掛けてきた。クロノスは昨日のようにゼルがまた話しかけてきたかと思ったが、その浮浪児はゼルよりも背が高く何を食っているのかがっしりとした体つきをしていた。どうやら人違いだったようだ。その少年は首を傾げた後で指で金額を示して自分を雇わないかとアピールしていた。
「ああ…なにかと思えば運び屋か。ご苦労なことだな。だが俺らにはなんでもくんがあるから間に合ってるぜ。」
運び屋と呼ばれる何かをしきりに勧める少年に、クロノスは手に持った木型のバスケットの形をしたなんでもくんを見せつけた。これはゲートに来る前にクロノスがギルドの窓口へ行って借りてきた物だ。数に限りがあるために冒険者が多く来ている今は中々借りることができないらしいが、そこも自分のライセンスを職員に見せて最強のS級権限で予備の分を優先で借りれた。S級のライセンス様様である。
「ちぇーなんでもくん持ちかよ。今は冒険者が多いから借りっぱぐれた連中かと思ったのに。そういや荷物も少ないな。全部それに入れてんのか?」
「そういうことだ。借りれなかった奴は多いからそっちを当たりな。」
「そうするか。お兄さんも必要になったら俺のことよろしくね。このゲートが俺の持ち場だから。他に客がいない時ならいつでも大歓迎だから声かけてくれよな。」
「ああ、考えておく。」
浮浪児の少年は残念そうにしてから足早に去って行った。それをクロノスはヴェラザードの故郷式の断りの入れ方をして少年を見送ったのだった。
「クロノスさっきの浮浪児だが…」
「クロノス様。先ほどのパーティーの転送終わりましたよ。二階層目の準備もできたのであなた達も早くどうぞ。」
「悪い悪い。さ、クルロたちはもう行ったから俺らも入るぞ。」
「は~い。」「…ああ。」「うん!!」「了解でございます。」「行きますわ!!」
クロノスの呼びかけに各自元気よく返事をした後、クロノスは職員に昨日の続きからということで二階層目のスタートを告げると、職員が魔道具を操作してゲートに光が現れる。そして昨日と同じく一人ずつ飛び込んでいくのだった。イゾルデも一度体験したことで怯まず入ることができたのを見届けて、クロノスもそこへ飛び込んでいった。
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ふわふわした空間を移動する感じをいつものように味わってから足が地面に付いたので、クロノスが周囲を見渡すとそこには先に着いていたナナミ、リリファ、セーヌ、アレン、イゾルデの五人がスタート地点の小部屋の中をうろうろしていた。
「全員いるな?」
「あ、クロノスさんも来たね。前は青い水晶が一個だけだったけどホントに今日は赤い水晶も置いてあったね。」
ナナミが指さす先には、昨日挑戦した一層目のスタートにはなかった前の階層に戻る人一人分の巨大な赤い水晶が鎮座していた。その隣には迷宮ダンジョンを脱出するための青い水晶があり、これは一階層目以外でどこの階層でも同じ風景だ。
「今回はちゃんと全員スタートから始められそうで何よりだな。」
「だが移動する通路が一本ではないな。」
「三本もありますわね。」
リリファとイゾルデが言うように、小部屋の壁には左右と正面の三か所にそれぞれ通路へ続く穴が開いていた。昨日の一層目との違いはそれと水晶くらいだが、それだけで昨日の通路が一本しかないスタート地点よりも難易度が幾らか上がっているように感じることができた。
「間違った通路を選ぶと行き止まりで正しい通路はどれか一本だけかもしれんし、途中で正しい道に合流することだってある。詳しい奴はこの通路の数や小部屋の水晶の配置でどのマップかもわかったりするらしいが…俺らにはそういった人間がいないからな。ま、二層目のマップなんてまだ地図に描くほど価値ないし…とにかくどれかを進もう。誰が選ぶ?」
「あたくしが選びますの!!」
「そうか。ならばイゾルデ嬢。これだと思う物を選んでくれ。」
クロノスの提案にイゾルデが真っ先に挙手して道を選びたいと申し出てきた。もしこれがもっと下の階層ならば選んだ道が命に関わる可能性も少なくないので、前日に賭けで大負けしたり来る時に靴の紐が切れたりした縁起の悪そうな奴には選ばせないというある種のジンクスの様なものがあるにはるが、あいにくここはまだ二層目だ。間違った道を選んでも引き返せばいいだけのこと…クロノスはそう思い彼女に道を選ばせることにした。
「どれにしましょうか…?」
「適当でいいんだよこんなん。選ばなかった道が正しかったかどうかなどそちらを通ってみるまで分からないんだ。勘を頼れ。」
「でしたら…前!!…とみせかけて右ですの!!」
「…はいはい。それじゃこっちで。」
「は~い。」
イゾルデは直感で決めた正面に指を向けたふりをしてその指を右の通路へ逸らした。フェイントする意味あったのかなどという野暮な問いはせずにクロノス達は歩き出したのだった。
「なぁクロノス。さっきの子ども…自分のことを運び屋と言っていたな?昨日聞きそびれたが運び屋とはなんのことだ?昨日のお前の話ではこの街の浮浪児がやる仕事の一つだと言っていたが…」
「運び屋だと…?」
選んだ通路を五分ほど歩き、特に罠にもモンスターにもお宝にも出くわすことなく進んでいると、斥候役で少し前を歩いていたリリファがクロノスに話しかけてきた。斥候がよそ見してのおしゃべりなど以ての外だがリリファはしっかり前を見て警戒しているようだったので問題ないとクロノスは会話をすることにした。
「思いだした。そういや昨日ゼルに話しかけられる前にそんなこと言っていたな。その後の怒涛の展開ですっかり忘れていたぜ。」
「昨日のあれじゃ全部吹っ飛んじゃうのはしかたないね。おいらも直前でヘメヤ兄ちゃんが何言ってたかよく覚えてないし。」
「ははは…運び屋ってのは文字通り物を運ぶ仕事さ。客の荷物を代わりに背負って運びながら客のパーティーと一緒に迷宮ダンジョン内を歩き回るんだ。入る時にはパーティーの仲間のふりをするからギルド職員も気付かない。気付いていても面倒だし見て見ぬふりってこともあるが。もちろん浮浪児だけでなくきちんとプロの大人もいるぞ?まぁ大人は今は全員雇主が決まってダンジョンにいるだろうが。」
「それってお仕事になるんですの?」
「なるさ。俺たちはなんでもくんがあるから必要ないが、借りれなかった奴らやそもそも冒険者でない奴はダンジョンに泊まり込みで挑む場合にはとにかくたくさんの荷物が必要になる。食料…寝床…火起こしの道具…ランプの油…傷薬…予備の武器や部品…そういった物を持ちながらダンジョン内のモンスターと戦うのはさぞ骨が折れるだろう。いちいち足元に置くのも億劫だろうし。誰かが代わりにやってくれるのなら金を払ってでもやってほしいさ。」
「たしかにそうだな。私も今こうしてクロノスになんでもくんから持ち物の全てを出されて突き返されたら斥候など満足にできないな。」
「あたくしも他の道具を持ってパーフェクト・ローズを振り回すのは少し厳しいですの。」
リリファとイゾルデは話を聞いて自分達が手ぶらで探検できるのはなんでもくんのおかげだと、クロノスの手の中のなんでもくんに心から感謝していた。
「特に迷宮ダンジョンは広いから長期間ダンジョンに入りっぱなしの挑戦者もいるし、ここは冒険者以外も挑戦できるダンジョンだ。なんでもくんをギルドに貸してもらえるのは冒険者だけ。それにも限りがあるし何日分もの荷物をどうにかしたい連中は多い。だが大人のプロの運び屋はとにかく高い。だから安く済ませたいと客は多少質が落ちても最低限仕事ができるなら目をつむる。そんな奴らに目を付けて孤児たちはたくましく生きると言う訳さ。サービスの良い奴は火を起こして食料で飯を作ってくれたり足が疲れた客のマッサージをしたり、変わった奴は運び屋をやる階層を限定してギルドで公開されているその階層の各マップを全部頭に入れてお宝の出やすい場所やゴールへの道案内したりもできるらしい。」
「へぇ~優秀なんだね?」
「運び屋をやることでの稼ぎは街の中の靴磨きやゴミ拾いなんかとは比べ物にならないくらい高いからな。そこから成り上がりたい奴は少しでも稼ぎを増やすためにできることは何でもするさ。実際それで一財産築いて店を持った元浮浪児もいるとかなんとか。…曲がり角だ。一回ストップ。」
まっすぐに続いていた道が曲がり角になっていたのでクロノスはおしゃべりを止めるように伝え、リリファが足音を立てぬようにゆっくり前に出て壁に背中をつけて通路の向こうを覗き見た。しかし特にモンスターはいなかったようでリリファが首を横に振っていないことを皆に告げると、クロノスは大丈夫だと声を出して話を続けた。
「モンスターがいなければおしゃべりしても大丈夫だからセーヌも話に参加してもいいぞ?」
「いえ、私は聞いているだけでも楽しいですから。どうぞ私に構わずお話を続けてください。」
「そうか?それと体長が悪くなったならすぐに言えよ。」
「はい。今のところは大丈夫です。ご心配おかけします。」
「セーヌは大丈夫そうだな…しかし誰もが運び屋になれるわけではない。純粋な体力勝負の仕事だから食うや食わずの浮浪児ではそれをできるだけの体格になれる人間は限られるし、運に恵まれ良い体格を得てもそれを維持するのには質のいい食事が不可欠だ。せっかく歩くための靴と最低限モンスターから身を守るための装備を買えても毎日の食事代で赤字になって金を装備の維持費まで回せず、そのまま廃業して街の中の一浮浪児に逆戻りってことも珍しくは無いらしい。それに…」
「それに?」
「客の中には酷い奴もいたものでダンジョン内で運び屋を奴隷のようにこき使ったり、酷い客はモンスターに囲まれたときに運び屋の足を斬って囮にする…なんてこともあるらしい。全部又聞きだが。」
「うっわ…えげつな…」
「ひどいですの…!!」
「迷宮の中で何が起きたとしても外の人間にはわからないからな。運悪くモンスターに襲われて死んでしまったと言えばそれまでだし、冒険者同士でも見つかった珍しい宝を巡って争いになって何人か帰ってこないってのはよくあることだ。流石にやりすぎればギルドが怪しいと目を付けるし、そんなことするのは一部の悪人だけだよ。浮浪児の方だってそうならないように客の顔をよく見て選んで声を掛ける。明らかに自分を悪用しそうなやつには雇われない。」
「ならクロノスさんが話しかけられたってことはいいお客だって思われたってこと?」
「それだけならいいが…奴らは時に良すぎるお客を喰うことだってある。」
「喰う…食べられちゃうの?」
「もちろん取って食うわけではない。マップのいくつかには人間の賊が住み着いていて、浮浪児の運び屋は弱そうな客とそこのマップに出ると目の色変えて客を襲うんだ。住み着いている賊…迷族を呼び寄せてな。」
「迷賊…?迷宮ダンジョンの盗賊ってこと?」
「そんなところか。」
「あれ?その迷賊ってどっから入ってるの?ゲートの前にはギルドの人がいるよね。それにそうそう都合よく挑戦者がそのマップに出るなんてありえないんじゃ…?」
「それは長年の謎なんだ。ある者は浮浪者にしか知らない秘密のゲートが地上のどこかにあると言うし、またある者は迷賊もダンジョンが作ったモンスターだと言う。俺は会ったことがないからどっちかもわからないし、あるいは迷賊自体が運び屋が客から身を守るために作ったただの迷信なのかもしれない。」
「迷賊ね。そんなに会うことはなさそうだけど…気を付けなきゃだね。」
「運び屋は確かに便利かもしれない。ただしパーティーによそ者を招き入れるリスクも容認しなければならないということだ。荷物の関係でどうしても運び屋を雇いたいときは自分で探して話しかける。あちらから話しかけてくるのは少なからずカモ認定されているということ…それを忘れないことだ。クルロ達も地上に戻っても雇わないだろう。」
「ということは…」
「クロノスはさっきカモ認定されたということか!!」
「たしかにそうだったが…あれはあっちがまだ素人で相手を見抜けなかっただけさ。」
「私もそうだと思います。先ほどの子は他の広場でお客様を探していた運び屋の子に比べるとあまり体格が良くなかったですから。まだ新人の子かもしれませんね。」
「セーヌ姉ちゃんがそういうのならそうなのかな?」
「というかセーヌは他の浮浪児にも目をやっていたのか。」
「はい。なんだかあまり食べていなさそうでかわいそうで…」
「セーヌはやはり優しいな。だが…そういのはここでは命取りだぜ?」
「しかしあの子たちも…あら。」
セーヌが何か言おうとしたところで通路の先にいたある存在に気付いた。他の者はとっくにそいつに気が付いていたようで、既にそれぞれ武器を構えていた。そこにいたのは…
「くけこここ…」
そこにいたのは、大柄の鶏のような、しかし黒く尖った鎌のように鋭い嘴を持った一匹の鳥だった。