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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
95/163

第95話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(宿屋に戻って男女別れて解散した後の出来事)

*ちょい下ネタ注意

----------------------------------------------------------------

クラン名:ワルキューレの薔薇翼

所属団員数:102名(内冒険者102名)

クランリーダー:ディアナ・クラウン(S級)

クランとしての主な実績: 某要人の他国への訪問の際の警護(機密情報につき非公開) 某要人への武術指南(機密情報につき非公開)バッシュワーツ山でのアックスウルフの群れ討伐 カングルベウィト遺跡でのアイアンゴレム討伐 大規模クラン二つの喧嘩の仲裁(クラン名非公開) ボンドニカ国での成人女性連続殺人事件の犯人の特定・討伐(討伐は当クラン以外の冒険者が行ったため討伐は実績に含めず) 女性冒険者への活動の支援 …等

クランの総合評価(優・良・可・上・並・下・駄・外の八段階査定):優


 大小含めて200は存在する活動中の冒険者クラン。その中でもわずか五例しかないギルドからの総合評価優を受けている超優秀なクランの一つであり、他の優評価のクランと比べても規模がかなり小さいこともあって団員個々の実力は最も優れたなクランと言われることも。団員は装備のいずれかに薔薇の模様を付けた物を所持しているのが特徴。冒険都市チャルジレンに本拠地を持ち、団員はそこで生活して武術や学問を学んでいる。


 女性の強さで可能性を切り開くことを掲げて初代クランリーダーにして初の女性S級冒険者「幻惑」ホヅカ・ブリューセオが女性冒険者仲間と結成したクランであり、彼女の現役時には当時まだ人口の少なかった女性冒険者の活動を支援し、現在の女性冒険者の人口の増加に大きく貢献した。彼女の後任の歴代クランリーダーもいずれもS級冒険者であったことから後任クランリーダーはS級冒険者の団員。もしくはランク昇格が有力視されている高ランクの団員から決めるという伝統ができており、その伝統は四代目クランリーダーのディアナの現在まで続いている。


 女性冒険者の活動と支援により女性冒険者全体の実力の向上を方針に掲げているためか構成団員は過去に所属していた者も含めてほぼすべてが女性の冒険者である。団員達はいずれもクラン内の厳しい訓練や人事部門が見繕ったクエストを受けて成長した戦闘のエキスパートであり、クエストもモンスターの討伐等の基本の戦闘系クエストをはじめとして、女性の要人が所要で他国へ赴く際に国家間の協定により自国からの連れていける護衛の兵士の数に限界がある時などにここへ警護の依頼を持ち込むこともある。また親が子どもへの武術指南役として武術に優れた団員を個人指名してクエストを持ち込むケースも見られ、中にはそういった有力者に惚れこまれ彼らの親族や友人知人との縁談に発展するケースも。実際に婚姻関係にまでなりいわゆる玉の輿に乗って退団した団員もおり、そのような事情から各国の政界・財界の要人とのコネクションにも明るい。

 

 前述の通り有力者への繋がりができることからこのクランへ入団を希望する玉の輿に乗りたい女性冒険者や自分の子どもを冒険者にして送りつける出世欲の強い親はそれなりに多い。しかし入団時には誰であろうとも情け容赦のない厳しい入団テストがあり、それをクリアしても毎日のようにある訓練漬けの毎日…いい加減な性格の冒険者には耐えられない者も多く、なんとか入団しても8割は途中で根を上げて退団してしまうのだとか。といっても当クランには「去る者追わず風紀を乱す不届き者以外への強制もせず、そして女性の冒険者には優しく厳しく接して支援せよ。」と言う方針もあり、団員もそれを受けて基本同性には優しいので、退団後も団員やクランとの友好的な交流関係を続ける女性冒険者は多い。


 基本的にクエストの種類を選ばないクランであるが、強いてあげるとするならば素材の採集や雑務等の戦闘に関わらないクエストはやや苦手な傾向があり、悪く言えば脳き…そういったクエストはわざわざこちらへ持っていかずに他のクランやギルドの支店へ持ち込んでそれらが得意な冒険者に受けてもらうことをお勧めする。


 意外なことかも知れないが当クランが行っている冒険者への取り締まりや風紀の徹底はクランの方針ではなく、団員も最低限のモラルさえ持ち合わせて冒険者の活動をすれば多少ふざけてもそこまでのお咎めは無い。また、健全な範囲であれば団員の異性との交際も許可されている。健全の範囲もせいぜいが「複数の異性と同時に付き合わない」とか「朝まで帰ってこない場合は事前に申告しておくこと」など、普通に守れそうな範囲であり、実際に異性との恋愛交際を公にしている団員もそれなりにいる。風紀の徹底はあくまで現クランリーダーであるディアナの個人的な趣味であり、その際の団員の運用もクラン内でディアナが団員の戦闘や捕縛の訓練としてポケットマネーで予算を組んでやっていることである。団員達も訓練の一環と割り切っており、ディアナへの信頼もあって抵抗を覚える団員はそれほどいない模様。


 しかし逆にディアナのカリスマ性に惹かれて入団した団員などは彼女の個人の方針をそのままクランの方針へ置き換えてしまい、近年では男性冒険者に対して厳しい対応をする団員も多くなった。そういった団員は入団前も異性を敵対視するような傾向の強い冒険者だったことが多く、代々個性的であくが強いことに定評のあるS級冒険者が運営を担うこともあり世代毎にクランリーダーの個性が入団する団員に強く反映されてしまうクランであることが一応の弱点か。ただそういった点を加味しても優秀なクランであることに変わりはなく、冒険者ギルドにとって非常に模範的な冒険者クランであると言えよう。


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「もうもうもう!!聞いてませんよクルロさんは!!」


 そう叫んでキャルロの相棒の少年…クルロは怒っていた。手には酒が入ったコップを持っており、まだ半分ほどが入ったので彼が揺れた拍子に中身が少し飛び出してこぼれたがクルロはそこまで気にはしていなかった。そしてクルロはわずかに残った中身を一気に飲み干すとテーブルの上の酒瓶を何かから奪い取るように強引に手元に引き寄せて中身をコップ目いっぱいに注ぐのだった。


「S級冒険者五人の超人大戦だなんて…どうしてクルロさんがいないときに限ってそうなるの!?あー見たかったなー、クルロさんも見たかったなー!!なんでキャルロは教えてくんないのかなー!?クルロさんの片割れなのに!!」

「そうは言うが旦那たちは直接はそんなにバトってないッス。結局レッドウルフと賊王もぶつかる前に風紀薔薇(モラル・ローズ)が止めちゃったし。というか見逃したのはお前がどっか行ってたのが悪い。そもそもお前はどこに行ってたッスか?」


 怒れるクルロにそう言って自分の酒を飲んでいたのはダンツだ。彼も飲み干して中身が無くなったコップに下の階の店から買ってきた酒瓶から中身を移して次を飲んでいた。


 


 S級冒険者とそのクランのぶつかり合いから元の通りの拠点となる宿屋に戻ってきたクロノス達イゾルデ御一行。彼らはキャルロが借りた二つの大部屋に男女で別れて布団を敷いてから外の水を汲み取って体を簡単に拭いた。公衆浴場へ行かないのかって?それがマーナガルフが空から落とした大岩をヘルクレスが砕いた際、破片の一つがこの宿屋の近くの公衆浴場の屋根を突き破ってそこの貯水タンクと湯沸しに使う魔道具と湯船を破壊してしまったのだ。…ようするに全部壊れた。流石に他の浴場は遠いので仕方なく今日は前述の通りで、それから眠る前のわずかな時間を思い思いに味わっていた。明日から本格的に迷宮ダンジョンに挑むのでさっさと寝ろよと思われるかもしれないが迷宮ダンジョンの中には一切の娯楽はない。ただ先に進むか生きて帰るか死して留まるかのどれかに一つ。明日はまじめに酒を飲めないし何があってもおかしくは無いのでこれが最後の酒になるかもしれない。そう思ってダンツは下の階の食堂から酒を瓶で大枚はたいて買ってきたのだ。そうして他に飲む奴もいないしさぁ寝酒だ…というところで、どこかへ行っていたクルロが怒りながら帰ってきたのだ。どうしたことかとダンツが聞けば、用を終えて帰り道を歩いていたら大通りがメチャクチャで多くの冒険者がギルド職員とワルキューレの薔薇翼の団員にひっ捕えられて連行されている途中。これはどうしたことだと野次馬に聞いてみればS級冒険者の大喧嘩があったと寝耳に水の大事件。世紀の瞬間を見逃したと怒って帰ってきた…という訳らしい。そこにダンツがそもそもお前は何をしていたんだの質問カウンターをして今に至る。



「クルロさんは昔迷宮都市でパーティー組んでいた時の死んだリーダーから寝取った女がまだ元気でやってるかなーって思って会いに行ったんですよ。そいつとは別れたけどもしかしたら今フリーで体を持て余してワンチャンの可能性でヤらせてくれるかなーって思って。今のクルロさん若いを通り越して子供だし、あいつ若い男好きだから会うなり素っ裸になってクルロさんに腰振ってくれるかなって。」

「お前ホント最低な男ッスね。猫亭出入り組で一番最低かもしれないぜ。」

「冒険者のクズ度なんてそれこそどんぐりの背比べだと思うね!!それで街の人に話を聞いてそいつが暮らしている家に行ったんだけど…」

「行ったんだけど?」


 そこで一度区切ってからクルロの手に持つコップが震えていた。そして中身をぐーっと飲み干してからコップをテーブルに思い切り叩きつけるように置いてからクルロは話を続けた。


「そいつ…結婚してました!!それも旦那は四つも年下の超イケメン!!更に子供が二人いたの!!しかも嫁の友人なら大歓迎だってお家に上げてもらって美味しい手料理までごちそうになっちゃった!!」

「飯も食ってきたッスか。タダ飯食えて良かったじゃないッスか。」

「良くないよ!!このクルロさんが女を寝取られたんだよ!!悔しい!!」

「別れたっつったじゃないッスか?」

「例え別れてもクルロさんの女に変わりはないんだよ!!んで…くやしいからあいつの旦那に、クルロさんが前に聞きだしたあの女の過去の男遍歴暴露してやったの!!二十人くらい!!そうすりゃビッチだって失望するかもって…」

「お前ホントに最低だな。ナナミちゃん達が穢れるからもう猫亭に来るなッス。んで?続きは?」

「ナナミちゃん達に興味はないから手は出さないよ。てゆーかなんかしたらクロノスに殺される!!…で、続きなんだけど…そしたら狼狽えるあの女の横で旦那さんなんて言ったと思う…?「それでも妻を愛してる!!てゆーかビッチの方が好き!!夜のテクめっちゃ上手いし!!」だって!!まさかのビッチ萌えですよ!!その横で女は超号泣で「あなたがあたしの最後の男よ!!」なんて言ってご飯の途中で抱き合ってイチャイチャするんだもん!!もう子ども達と一緒にお口あんぐりですよ!!」

「ブハハハハハ!!ざまぁみろッス!!」

「それで…泊めてくれるって言ったからあてつけに遠慮なく泊まらせてもらったんだよ。そしたら…隣の部屋でイチャイチャする声が聞こえてきたもんだから悔しくて悔しくて…「お世話になりました。仲間が待っているんで帰ります。これからも二人で温かい家庭を築いてください。」って書き置き残して子どもを起こさないようにこっそり帰ってきた…というわけだよ!!」

「~!!~!!」


 すべてを離し終えたクルロをダンツは笑っていた。声にもならないくらいのやつで。ついでにテーブルも手でバンバン叩いていた。



「あそこの二人は元気だね。よくわかんないけど家族が幸せならそれでいいんじゃない。その幸せがいつまで続くかわからないし。」

「アレン君は大人だね。あんな冒険者になったらダメだよ。僕はもう取り返しがつきませんけど。故郷に帰れば親が決めた婚約者がいるのにミツユースの図書館の司書さんとこの間デートしちゃった。」


 テーブルで酒を飲みながら片や怒り心頭で、もう片や笑い転げて椅子から転げ落ちているダンツ。彼らを尻目に別のテーブルで椅子に座って明日のダンジョンのための荷物の整理をしていたのはアレンと神官の青年冒険者オルファンだった。彼は子ども相手だからと普段している敬語を止めて素で話し、なんだかいいお兄ちゃん的な感じになっていた。


 オルファンは「この調子なら次のデートで手を繋いで歩ける気がするんだ。そして三回目にはキッスとかも…ふふふ。」とそこで酒を呷るクルロとは比べ物にならないくらい健全なデートを語りながら油式のランプに油を注いで火を点けてみて点検をしていた。迷宮ダンジョンの通路や小部屋には永遠に燈り続ける不思議な松明が飾られているが、それでもあったほうがいいとクルロが酒を飲む前に言っていたからだ。そんなオルファンを真似してアレンも自分の買ったばかりでまだ新しいランプに火を点けた。


「…うん、大丈夫そう。…神聖教会って浮気とかダメなんでしょ?セーヌ姉ちゃんが言ってたよ。神官見習いは大体の人は婚約者がいて、冒険者としての社会奉仕を終えたら故郷に帰って結婚するって。セーヌ姉ちゃんは正式な神聖教会の人じゃないなんちゃってシスターだからそういう人はいないみたいだけど。」

「セーヌさんに婚約者がいたら彼女のファンがその人を抹殺しかねないよ。…ん、消えたか。」


 話をしているうちにオルファンのランプはわずかに注いだ油が切れて部屋を燈していた火が消えた。それを確認しオルファンはランプを片付けてから話を続けた。


「だって図書館で本借りてたら古美術品の話題とかで話が合っだもん。このジャンルに興味のある女性って珍しいんだよ?普通の女性なんて「古美術品に関心があるってイケメンだしステキ!!…でも古美術品はなにがいいのかわかんない。」って言ってそれを趣味にしているイケメンが好きだから自分も関心があるふりをするし…あと新品のランプは初期不良があるかもしれないからしばらく火を点けて様子を見てね。」

「うんわかったよオルファン兄ちゃん。それでさっきの続きは?」

「ああ、婚約者は古美術品とか金持ちの道楽だとか言って清貧だし…そもそも彼女とは顔見せで二、三度会っただけで、じゃあ後は冒険者としての奉仕活動が終わったら帰って来て結婚ね。って…それきりで何の思い出とかも無いよ。第一婚約者と結婚したら僕はどこぞの国のどこかの街の支教会に送られてしまうから、僕の夢である古代文明の遺物を研究する部署への配属が敵わなくなっちゃうし…縁談なんて消えてなくなってしまえばいいと思うよ。その方が僕にとっても彼女にとっても幸せさ。お互いの両親は一度決まったのが破談になったら赤っ恥なんてもんじゃないだろうけど…僕は三男なんだから放っておいてくれればいいんだ。二人の兄貴は真面目だから跡目とかなんの問題も無いよ。」

「それはオルファン兄ちゃんのことを心配してよかれと思ってやってくれてるんじゃないの?ほら、四男とか五男とか何も継げないくらいならいっそ楽だけど、三男って微妙なラインじゃない?それにうっかり上が死ねば土地や家を継がせなきゃだから、手元とはいかなくても近くの手の届くところに置いておかないとだし…ふらふらされると困るんでしょ。」

「…アレン君って結構賢いよね。僕は君くらいの時は小川で釣りばっかりしていた気がするけどなぁ…君ホントに十一歳?人生二週目とかじゃないよね?」

「なにそれ?おいら前世の記憶なんてないよ?」

「いや…なんか教会の新しくできた派閥でそういうのが流行っているらしくて…彼らが言うには「子どもなのに大人より賢くていろんな考えを思い付けるのは大体人生二週目で、羨ましいから彼らはもっと神に感謝して寄進すべきなのだ!!」ってことらしい。ま、新興の派閥によくある寄付金が欲しいがゆえに適当なこと言って興味を引こうとしているだけさ。この間ミツユース支部に顔を出したらその派閥の男の神官が熱心にビラを配ってたから覚えていたんだ。」

「へぇー、教会も一枚岩じゃないんだね。」

「そうなんだよ。でも少規模派閥の中には時たま面白いこという奴がいてね…僕の友達の入ってる派閥なんて変わり者だらけさ。…さて、こっちは終わりましたよ。お二人さんはいいんですか?」


 何気ない話をしているうちに道具の準備と確認を終えた二人。アレンのランプも調子はよさそうだし後はその中の油が切れるのを待つだけだ。オルファンは布団の上に座っていたヘメヤと彼にモンスター講義をしている自分の部屋から遊びに来たシヴァルに呼びかけた。


「もう終わっている。シヴァルの奴があまりにも一方的に話をするもんだから手が暇になってな。耳だけ傾けていた。途中で口を挟むと途端に怒り出すしこれじゃあ単なる独り言と何も変わらないな…こいつとどうやって()()していたんだろうなクロノスの奴は?」

「さぁ…?シヴァルさん!!明日の準備はしなくていいんですか?」

「だからわかる?地中に埋まっている太古の生物が石になった…いわゆる化石といわれる石を掘り起こして食べる「化石喰らい(フォッシル・イーター)」には、実は植物の化石と動物の化石どちらを食べるか好みを個体ごとに調べることによってなんとそれぞれ別の二つの種類だったことわかったんだ。まだ学会でも誰も発表していない僕だけの発見結果さ。そもそもどうして化石喰らい(フォッシル・イーター)が栄養も無いのに化石を好んで食べるかと言えばそれは太古の昔に鳥である彼らが恐竜と呼ばれる竜のような…けど竜とも違うトカゲみたいなモンスターだった頃に食べていた物を急に子孫が食べたくなるから起きる現象で…だから二つの種類がいたのも…!!」

「シヴァルさん!!」

「…というわけで僕は今度機会があったら西の砂漠に行ってそこをブルドー君で掘り起こして遺跡を…ん?なんだい?今一番いいところなのに…」


 自分一人で話に夢中になっていたシヴァルをオルファンは怒鳴るように呼びかけて現実へ戻した。反応したシヴァルはヘメヤの時のように特に起こることもなく現実へ戻ってきた。どうやらヘメヤが口を挟んだのはタイミングが良くなかったらしい。


「あなたは明日の準備をしなくていいんですか?あなたもダンジョンに挑戦するんですよね?」

「まぁガルンドの爺さん怖いしそうするつもりだけど…準備って何かいるの?」

「何かって…いるでしょランプとか携帯食料とか。」

「ああ、そういうこと。僕の装備はこの通り連れてきた六匹の友達の入る魔道具だけさ。それ以外は何もない。お腹がすいたら地上に戻るんだ。」


 そう言ってシヴァルは得意げに、今はブラック君含めて魔道具の中でそれぞれぐっすりと眠っているモンスターを入れた六つの魔道具をオルファン達に見せつけた。


「モンスターだけって…ダンジョンが思いのほか広かったりして道に迷ったらどうするんですか…」

「迷わないよ?迷ってもそれを見越したパーティー編成だからね。今回のお友達はそういう人選ならモン選なんだ。」

「余裕だね?」

「余裕も何も僕は最弱とはいえS級の一人だぜ?」

「規格外だねS級って…」

「一応Sというランクだから規格には収まっていると思うけどね…」


 シヴァルは何も問題は無いとヘラヘラ笑っていた。それに呆れるばかりの三人だった。


「まぁもう遅いし君達に邪魔にならないようにそろそろ自室に退散するけどさ。クロノスにおやすみを言おうとしたんだけど…彼はどこだい?」

「どっか行っちゃったよ?トイレかな?」

「それか景気づけに女を買いに行ったか。」

「うわクロノス兄ちゃん大人だなぁ…ところで女の人を買うって何をするの?お酌でもさせるの?」

「あーうん。そんな感じそんな感じ。君もウィンを引き取ったら一緒にお酒でも飲むといいよ。」

「うん!!そうする!!」


 子供であるがゆえに意味を全く分かっていないアレンに、オルファンとヘメヤは適当に答えるのだった。




---------------------------


 一方でこちらは隣の女性陣の部屋。彼女たちも男性陣と同じように明日のダンジョンのために装備の点検や道具の準備をしていた。しかし余計なことをしていなかったということもあって思いのほか準備は早く終わり、それぞれ枕元に着替えを置いて明日起きた時の準備を楽にできるようにして布団へもぐりこんでいた。


「にゃあキャルロ…」

「うん…」


 布団に寝転がって隣にいたキャルロに声を掛けたのはニャルテマだった。彼女は獣人の耳は聞こえが良すぎるのが問題にゃと言って頭にナイトキャップをかぶって外の音を軽減していた。キャルロはそんなニャルテマの方を見てそれに応えた。


「その…臭いんにゃけど…」

「その言い方をされるとまるで私が臭うみたいじゃないか…まぁミツユースと違って水は貴重だしさっきのS級大戦で降ってきた大岩の破片が公衆浴場の湯船にぶつかってお湯が抜けちゃって今日はもう営業を止めちゃったから…今日は体を軽く拭いてだけだし少しは臭いがするかもしれないけど…でもその言われ方はなんかやだ。」

「すまにゃいにゃ…でもこの臭いは…」


 そう呟いたニャルテマが見たのは寝る準備をしていたセーヌとイゾルデの方だった。


「イゾルデ様、お具合はいかがでしょうか?寝づらくありまえんか?」

「お気遣いなく。全員で揃って寝るなんて斬新ですわ。城では幼いころから一人で寝ていましたの。浴場が壊れてしまったがゆえに、体の汚れを湯に浸かるのではなく濡らした布で拭くだけなのはちょっと抵抗がありますが…以前騎士団の遠征に同行させていただいて同じことをやったことがありましたの。衣服も持ってきた物に着替えましたし、次帰って来た時には浴場は直っているそうですから今日明日くらい耐えて見せますわ!!」


 セーヌがベッドの心地を尋ねているとイゾルデは満足げに足をバタつかせて今まで味わったことがない体験を存分に満喫していたようだった。彼女は高貴な出なのでこういった庶民の宿のごわごわで硬い丈夫さと洗いやすさを重視した布団の上、しかも旅と簡単なダンジョンの運動で汗を掻いた体を湯船に浸からせて洗うことができないのでは納得できないので川から水を汲んできて湯を沸かせなさいと、もしかしたら言い出しかねないと思っていたので、セーヌは一安心していた。まぁやれと言われたらおそらくセーヌとクロノスはできそうだが。

 

 しかししばらくバタつかせていたイゾルデの足がぴたりと止まる。そして今度は鼻をひくつかせているのだった。どうやら何かの臭いを嗅ぎ取ったらしい。


「お布団も湯船も我慢できますが…でもこの部屋の臭い…少し変わっていますの。なんだか嗅ぎ慣れない臭いがしますわ!!」

「そういえば…そうですね。一体何の香りでございましょうか…?」

「「…」」


 イゾルデに続いてセーヌも彼女と同じく鼻をひくつかせて臭いの正体に予測を立てていた。二人のその行動を黙って見ていたキャルロとニャルテマ。やがてニャルテマは隣のキャルロにひそひそ声で尋ねていた。


「これは…やっぱり秘密にした方がいいのかにゃ?」

「そうして…幸い二人は臭いが何かに気付いていない。このまま寝て明日宿屋を出れば次来る時までには換気とか掃除で臭いは飛んで行っちゃうから。」

「わかったにゃ。しかし言えるわけないのにゃ。ここがラブ…にゃん♪…連れ込み宿だにゃんて♡」

「可愛く誤魔化しても大して変わってないよ…仕方ないだろ…今はどこの宿屋も宿泊客で一杯だから他に大部屋や団体客を受け入れられる宿屋がなかったんだ。クロノスさんにはなるべく一緒の場所って言われたんだし…それが叶うならどこでもいいじゃないか…拠点にする目的でも泊めさせてもらえただけ管理人のおばちゃんに感謝だよ。さっきクロノスさんに謝ったけど知らないやつには隠し通せるならそれでいいって。」

「旦那がいいならいいんにゃが…でもこの部屋と男共の部屋はパーティルームなのにゃ。連れ込み宿のパーティルームっつったら…その…」


 ニャルテマはそこで一度言葉を区切る。そして頭で考え続きを語ることを止めた。それはそうだ。なんせ男女がたくさん入れる連れ込み宿のパーティルームと言ったら…ニャルテマが乙女の口からは出せないと止めた言葉の続きを今度はキャルロが語った。


「間違いなく皆で仲良くミックスでエクスチェンジでドッキングでシャッフルなアレに使う部屋だよ…えっちな方のね…!!たぶん私達が部屋を取る前にどこかの団体が使っていたんだろうね。迷宮都市は迷宮ダンジョンに挑戦する人が多いから生活が昼夜逆転する人も多いし…命の危機に瀕する機会もあるから生存本能で…その…男女ともに(たぎ)るらしいし…それで掃除の人も私達が入るまでに時間が無くて臭いを換気しきれなかったんだろう。」


 そう言って臭いの原因をかなりマイルドに表現して話したキャルロだった。それとどちらの部屋にも最初はいろいろな…アメニティが充実していたのだが(そうだよソッチの意味だよ)、それはキャルロが迷宮ダンジョンから戻ってくるクロノス達を迎えに行った時にニャルテマ達が頑張って宿屋の倉庫にぶち込んでおいた。


「にゃにゃにゃ…ならにゃんで男どもにこっちの部屋を渡さにゃいのにゃ?向こうは使われてから時間が経っていたから臭いがそこまで気にならなかったのにゃ。」

「それはね…さっき外から下の階の間取りと照らし合わせて分かったんだけど…この部屋は下が物置なんだ。それであっちの下はもろカップル室の真上。一回は食堂だけかと思ったけど宿泊部屋も少しあったんだ…今は空き部屋だったけどこの後盛り上がったカップルが来ないとも限らない。もし女衆があっちの部屋にして寝てる時にその声が聞こえてきてイゾルデ様に「下から声が聞こえてきますの!!男女が二人で何やら苦しそうな声を上げていますわ!!いったい何をしているんですの?」…なんて聞かれて、ニャルテマ答えられる…?」

「あーそれは…ムリにゃ。キャルロナ~イスにゃ。」

「でしょ?高貴で穢れを知らないイゾルデ様のためにも…臭いは妥協してこっちで寝ようってわけ。幸いこっちは角部屋で隣の男衆の音しか聞こえないし、明日に出かけた後はまた掃除が入るだろうし今日を凌げば知らぬが存ぜで通せるよ。」


 キャルロに隣の部屋にしなかった理由を伝えられとりあえず最もよい選択肢だったと彼女へグッジョブしたニャルテマ。手厚いグッジョブを受けたキャルロは今日一日の我慢だとニャルテマを励ますのだった。


「ついでにあっちの隣の部屋は神飼いが借りている部屋だったにゃ。壁の向こうからにゃにが聞こえてくるかわかったもんじゃにゃいにゃ。下のカップルも神飼いも男共にプレゼントしてやるにゃ。つーか神飼いの奴は一人で連れ込み宿に泊まるってどんだけハードなのにゃ…恥ずかしくないのかにゃ…?」

「泊まれる宿が無くて一人でも堂々と連れ込み宿の部屋借りている人は結構いるみたい。むしろ普通に泊まるよりもずっと安いし…それにシヴァルはそんなのいちいち気にしないと思う。」

「そうにゃね…せいぜい男子どもが下の階に部屋を取ったカップルのイチャイチャの声を聞いて眠れない夜を過ごさないことを祈るのにゃ。どうかあっちの部屋の下にカップルが来ませんよ~に…!!」

「私も一緒に祈ってあげるよ…ここが連れ込み宿であることもばれないようにって…特にセーヌにそんな臭い嗅がせたことがばれたら私達がターナに殺される…」


 布団にもぐりこんで普段お祈りの一つもしない神様にどうか二人がこの部屋の正体に気付きませんように…と祈る二人だった。




「…準備よっしと。さて、私も寝ますか!!」


 そんな布団でもぞもぞやっていたキャルロとニャルテマとは反対の壁際で着替えの準備を終えて布団に乗っていたのはナナミだった。彼女は最後に普段中途半端に黒髪が根元から出ている髪の毛を隠すために愛用している麦わら帽子を着替えの上に置いて布団にもぐりこんだ。


「…やっぱり変な臭いだなぁ…まぁ普段他の冒険者も利用するならこんなもんだよね。それよりも髪が…砂埃でごわごわ…シャワーもまともに浴びられなかったミツユースに来る前の過酷な旅路を思い出すよ…明日は本格的にダンジョンか…クロノスさんがダンジョンに入る前になんでもくん借りてきてそこに荷物入れるって言ってたけど…ギルドの保存食食べずに済めばいいな…あとは…誰も危ない目に合わないといいかな…ま、こっちはクロノスさんいるから最悪なことにはならないだろうけど。ねぇリリファちゃん…あれ?いない…トイレかな?」


 ナナミは寝る前に隣のリリファに声を掛けようとしたがそこに彼女はいないことに気付いた。もしかして寝る前にトイレにでも行ったのかと話すのは明日にしてさっさと寝ることにした。


「あ~寝よ寝よ。みんな~、明かり消すのはリリファちゃんが戻ってからでいい?」

「にゃあ。」「どうぞ…」「かまいませんよ。」「ZZZ…」


 ナナミが皆に声を掛けると三つの声と一つの整った寝息が返ってきた。三つの返事はどれも特徴的なので寝息の正体は容易に判別できるが…なんとイゾルデ嬢。この高貴な身分の者には少々悪い環境でもあっさりと眠ってしまったようだ。元々寝つきが良いのかそれとも今日の旅とダンジョンで疲れたのか…とにかく寝られないよりは良いだろうとナナミはわずかな明かりの燈るランプと反対を向いて明日への英気を養うためにしばし夢の世界へ旅立つのだった。 




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