第92話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(続々・宿屋の向こうの大通りでの出来事)
「いててて…」
「ハヤト無事!?」
「リッツ…!?まだ逃げていなかったのか?」
「アンタを置いて逃げるわけないでしょ!!陰でこっそり見ていたわ!!おかげで助けるチャンスがこうしてきたわけだけど。」
観客を交えて凄まじい喧嘩を繰り広げていたその後方では、赤獣庸兵団によって見せしめにされていた者達が丸太ごと捨て置かれ、そこに彼らの仲間や友人がこっそりと駆けつけて丸太に縛られた彼らを救助したいた。その中の一人ハヤトと言う名の少年の冒険者も、パーティーの仲間の射手少女リッツによって助け出されようとしていた。
「あいつらまた喧嘩を始める前にアンタたちを投げ捨てていったけど…痛い所はない?」
「少し背中が痛い…。でも僕なんかマシな方だよ。だって…」
リッツはハヤトに怪我の有無を確かめられ首を横に向けて他の見せしめを受けていた者達の方を見た。
「兄さま!!無事か?」
「ああ妹よ…俺の美しい顔は大丈夫か?」
「ああ…ぶふぅ!?…だ、だいじょうび…なんともひゃい…!!」
「どうした?俺の顔そんなに変か!?」
「だいじょうびだかりゃ…ぜんぜんおかしくないから…!!」
背中から落ちて丸太が衝撃を肩代わりしてくれたハヤトなどはまだましな方で、多くの者は顔から地面にぶつかってそこを丸太に潰された形になっていたので、顔は泥だらけの血まみれでぐちゃぐちゃに潰れて醜いを通り越して面白い顔になっており、助けようとしていた仲間に笑われていた。普通に考えて大怪我なのだがそれを笑い笑われる余裕があるのは実に冒険者らしい。現にその隣で捕まらなかった私兵に助け出されていたドコゾノ子爵などは痛みで子供の様に泣きじゃくっていた。
「ああうん…アンタの顔が潰れなくてよかったわ。それにもし潰れても私は別に気持ちが替わったりなんか…!!」
「何言ってるんだ?それより縄を切るか解くかしてくれないか?このままだと逃げることもできない。」
「そうね。ちょっと待って…ナイフで切るから。」
リッツはポケットから携帯ナイフを取り出してハヤトの腕と体をそれぞれ縛る縄を切ろうと試みた。しかし思ったよりも縄が固く、斬るのに苦労しているようだった。リッツが不器用なだけかと思えばそうではなくどうやらそれは他の助けようとした者達も同じで、硬く縛られた縄を切るのにも解くのにも苦労しているようだった。
「まだか…?もたもたしてるとあいつらの誰かに気付かれるぞ!!」
「もう少し待ってよ…固くて…全然切れない!!」
「ちょっと貸していただけませんか?」
「え?誰…!?」
固い縄に苦戦していたリッツだったが、その手に誰かが手を添えてきた。リッツが手の伸びてきた方向を見ると、そこに赤い薔薇の模様が一つついている軽装の防具を身に纏った一人の女性がいた。
「私が誰かなど後で…それより、ナイフを貸していただけませんか?これは特殊な縄を傭兵流の縛り方で縛っているので簡単には切れないし解けないんです。私に任せてもらえれば切れますので。」
「え、ああうん…それならお願い…」
女性の提案にリッツは一瞬戸惑ったが、自分ではどうあがいても切れそうにないのでこの女性に任せてみることにしてナイフを手渡した。
「それでは…ちょちょいの…ちょいっと!!」
「嘘…!?こんな簡単に!!」
女性がナイフで縄の何カ所かに切れ込みを入れる動作をすると、あれだけ固かった縄がいともたやすく切れたのだ。女性は同じようにハヤトの両手を縛る縄を切り落とすとハヤトを起き上がらせた。
「ふぅ、やっと解放されたー!!手首がまだ痛むけど…」
「それならば向こうに私の仲間がいるのでそちらに行って治療を行ってください。」
「あなた…何者…?」
「私は冒険者クラン「ワルキューレの薔薇翼」の団員です。弱気を守り悪しきを挫き、女の強さで可能性を模索する。そして愚かな冒険者に規律を与え模範を示すのも私達のお仕事です。さぁ、私は他の人を助けなくてはならないので失礼します。あ、ナイフしばらくお借りしますね?」
女性はそう言ってリッツのナイフを預かったまま近くのまだ縄から解放されていない冒険者の元へ向かって行った。二人はその後ろ姿をポカンと見つめていたが、やがてリッツがハヤトの手を引いた。
「あの人はああ言ったけど…どうする?」
「向こうにいるっていうあの人の仲間のところに行こう。どのみち僕の怪我を見てもらわなきゃだし、またあの傭兵達に僕らが逃げたことがばれたら面倒だ。」
「怪我って…傷があるわけじゃないしその程度大したことないわよ。」
「分からないよ?内出血したかもしれないし…こっちで内出血ってどうやって治療しろってんだよ!!血を抜くのか!?自分で切って血がドバーッて…!!」
「ハイハイ、ハヤトくんは痛がりでちゅねー。」
「なんだと!?リッツだってこの間…」
二人は何やら言いあいながら、助けてくれた女性の言った方向へ向かうのだった。
一方その頃、謎の植物のツルに捕まっていたヘルクレスとマーナガルフ。彼らは目の前で自分達を見下したような醒めた目で見ている長身の女性を睨み付けていた。
「風紀薔薇…その二つ名は聞いたことあるぜ。女だってこともな…」
「聞いたことあるっていうか、S級になったときにその時点でいるS級の名前と二つ名を教えてもらえてしかも顔の写し絵まで見せてもらえるはずなんだがな?…もし会った時に変な誤解で揉め事起こさねぇように。頭は実は賢くて物覚えの良いお前がお前よりも古株のSランクのディアナを知らないってことは…さてはお前Sランクに昇格したときの講義で寝ていたな!?」
「さぁね…一年も前の話、覚えちゃいねぇ。だがそいつについては知っている。冒険者クランのワルキューレの薔薇翼を運営していて、拠点のあるチャルジレンで聞かん坊の冒険者をとっ捕まえては冒険者のあるべき姿を説き相応しい教育を教え込むイイ先生だってな?しっかりお勉強を終えた冒険者はとにかくまじめで従順になり…それこそ大のドSが大のドMになるまで変わり果てて、女性に見下されて靴の裏で踏まれるのが大好きになるとか。まったく、自由こそが冒険者なのにそこに風紀を持ち込むなんざ野暮だぜ。」
「何を言うか。私は貴様らに真っ当な更生を求めているだけだ。貴様らの方が傍若無人すぎるのだよ。」
「へん!!俺たち冒険者は誰にも縛られねえ!!お前らみたいに強制する奴の方が害悪なのさ!!」
「おいマーナガルフ、堂々巡りになるからこれ以上は止めろ。どの道あいつも聞いちゃくれないさ。」
風紀薔薇のディアナについて知っていることを個人的な印象を交え話すマーナガルフにディアナは口を挟み、あくまで自分達が正しいのだと言った。それにマーナガルフは怒り吠えるがきりがないとヘルクレスが止めたのだった。
「ディアナ…なんでここにいるんだ?お前本人がチャルジレンを離れるなんて珍しいじゃねえか?」
「知れたこと…教育し甲斐があると前から目を付けていた赤獣庸兵団が先週から迷宮都市に来て毎日のように暴れているという話は耳に入っていたんだ。そこへ今日になってバンデッド・カンパニーの筋肉ジジイが三百人もの団員を引き連れて街へ向かっていると報告があれば…誰だって一悶着を予想できる。しばらくこっちには来ていなかったからな…ついでにこっちの冒険者の乱れきった規律も含めて全員を正してやろうと思ったまでだ。」
「おいおい、お前さん目を付けられていたみたいだな?ガッハッハッハ!!」
「そうみたいだな。モテる男はつらいねぇ!!ギャハハ!!」
「お前もだぞヘルクレス。」
「おりょ?儂にもお声がかかったぞ。風紀薔薇様はお多感じゃな!!ガッハッハッハ!!」
どうやらマーナガルフは元々彼女に目を付けられていたらしい。彼をからかって一緒に大声で笑うヘルクレスだったが、そこにディアナからお前もだとお声がかかり更に大きく高笑いした。
「本来ならこっちに来た時すでに話に入っていた夕方にあった赤獣庸兵団の喧嘩の件でそこのオオカミに会いに行こうとしたんだがな…我々が夕方こちらへ着くと色町の娼婦や女の冒険者が私の元へ詰めかけてきたのだ。バンデッド・カンパニーの団員が悪質なナンパを求めてきて対応に困っているとな。やれ結婚しようやれ子作りしようなどと時と場合とムードを選べ。中には寄ってたかって貴様の子分に襲われたと泣きながら語る娼婦の女もいたぞ?まだ貴様が来ていなかった時の話とはいえこれだけの不純な行い…これはもはや貴様の部下への日頃の統率ができていない証拠だ。」
「ガッハッハッハ!!許せ!!なんせ儂らの拠点近くの未婚の女はみーんな逃げちまったんだ。子分も若いし嫁さんに飢えているんだよ。わずかにいる結婚まで漕ぎ着けた団員の嫁さん寝取るわけにもいかねぇ。嫌なら嫌とはっきり言わねえからそうなるのさ。」
ヘルクレスが悪びれもせず語る様子にディアナは眉をひそめてその張と艶のある肌の眉間と頬には青筋を三つも作っていた。だが決して激昂することなく話を続ける。
「そちらの対応で遅くなって茶でも啜って一休憩してからさて奴らを探そうかと言うところで…貴様らが大通りで激突したと報せが入り、せっかくの淹れたての茶を冷ます覚悟で出向かねばならなくなった。駆けつける途中で空から炎を纏った大岩が落ちてきてそれが砕けて降ってきた時はこのやり場のない怒りの感情をどうしてやろうかと思っていた物だが、この怒りをぶつけるのは…貴様らの教育の場の卓上でだな。ありがたく思え?私自ら直々に教育してやろう。」
「へいへい…教育教育ってお前は教育ママかよ。そう言ってああだこうだといろいろ締め付けて育てた奴に限って何か問題を起こすもんだぜ?…おっと、俺様の子分が来たな。」
「儂の子分もじゃ。」
ディアナに口答えしていたマーナガルフだったが、石畳を鳴らす音を聞き取りそちらに目をやれば、こちらの異変を見つけて喧嘩を一時中断して向こうから集まってくるそれぞれの子分たちのまだ立っていた者達の姿を見つける。数にしてそれぞれ十人程か。彼らは二人に近づき彼らの見に起こっている不測の事態に驚いているようだった。
「兄貴大丈夫ですかい!?」
「親分!!それどうしちまったんだ?」
「いやちょっとな…みっともない姿を見せたな。」
「ガッハッハ!!風紀薔薇にしてやられた!!」
「風紀薔薇ってあの…じゃあこいつが…!!」
「そうだぜ。ムカつくあいつの綺麗な顔に一発入れてやりたいが…体が縛られて動けねえ。ちょっち喧嘩は中断してこれ取ってくんねえか?」
「儂からも頼む。これはどうやっても自分では取れないのじゃ。」
「そういうことか…しょうがねえな兄貴は。」
「待ってろ親分。今助ける!!…固いが切れないほどではねぇな…!!」
二人の子分たちはそれぞれの親分に集まりナイフや剣でツルを切ろうと頑張っていた。そんな彼らにディアナは狩場を見つけた猛禽類のように狙いを定めるのだった。
「生き残りが集まったようだな。ちょうどいい。まとめて一網打尽にしてくれようか…ピィー!!出番だ私の可愛い部下たちよ!!」
「「「ハッ!!」」」
ディアナがそう言って指を咥えて口笛を大きく吹くと、建物の影や屋根から次々と彼女のクランの団員である女性の冒険者達が現れた。数にしておよそ三十人ほどおり、彼女たちは皆装備はバラバラで武器も異なり違うクラスだったが共通する事項として装備のどこかに薔薇の紋様が付けられていた。
「なんだこいつら!?」
「そういやアイツ、我々とか言ってたな…じゃああいつらがワルキューレの薔薇翼の団員か。」
「ガッハッハッハ!!見事に女だらけじゃな!!何人か儂の子分の嫁さんに分けてほしいものじゃ!!」
「あいにくだが貴様ら下等生物にくれてやる部下は一人もいない。くれてやれるのは…愛のお縄だ!!お前たち、奴らをまとめてひっ捕らえろ!!」
「「「ハッ!!」」」
「来るぞ…!!親分助けるのは後回しだ。」
「兄貴の手を煩わせるまでもねぇ…まとめて返り討ちだぜヒャッハー!!」
ディアナの指示を受けた団員の女性たちは地上にいた者がまとまっていた彼らの元へ殺到する。二つのクランの団員はクランリーダーの救出を一時中断して迫りくる冒険者達を迎え撃った。
「不埒な駄男が…喰らえ、「瞬双突」!!」
「なんの…そりゃ!!」
まず最初に動いたのは薔薇翼の団員の双剣使いの女性だった。彼女は赤獣庸兵団の赤コート団員の一人に狙いを定めて二本の剣をまっすぐに突きだして技を放つ。対する赤コートはこの喧嘩を生き残ることができた恩人である左腕に備えたスモールシールドを構え攻撃を斜めに受け流した。小さな丸いシールドで点の攻撃である突きの一撃を防ぐのは難しく思えたがそこは流石は戦闘狂として数多の戦いを生き残った赤獣庸兵団の天性か。完璧に攻撃を受け流し、勢いに乗っていた双剣使いの女性は体勢を崩した。
「ぐっ…!!」
「ヒャッハー!!攻撃の隙がでかすぎるぜ?俺の一撃を喰らえ…「シールド・アタック」」!!
体勢を崩してそれを立て直そうとする双剣使いの女に、赤コートの男は攻撃を防いだシールドで思い切り殴りつけようとした。しかしそれを見ていた双剣使いの女は…不敵に笑っていた。なぜなら…
「そこ…たぁっ…!!」
「げぇっ…!!なんだ…後ろ…!?」
女性に技をぶつける直前に男は背中に衝撃を受けて前のめりに倒れて盾の軌道を逸らしてしまった。当然その攻撃は双剣使いの女に当たらず地面に叩きつけられる。男は背中に痛みを覚えながらも身を起こして自分の背中のあった場所を見ると…そこにいたのは戦っていた双剣使いの女性とは違う、口をマフラーで隠して手に針の様なものを持った女性がいたのだった。
「悪いが私は囮だ。隙を見せれば必ず大技を撃って仕留めようとすると思ったよ。」
「二対一なんて…ひ…きょ…ぐ…!!」
卑怯だと吠える赤コートの男だったが、だんだんと自分の喋る呂律が回らず体が痺れてくるのを感じた。どうやら後ろから攻撃した女の針に毒薬が塗ってあったらしい。全てを言い切る前に気を失った。そんな気絶した男を、双剣使いの女性は見下す視線ではなく憐みにも似た視線で見ていた。
「さっき賊王に不意打ちしていたお前達が言えた事か。それに卑怯ではない。これは貴様ら暴れるだけの冒険者を安全に捕えるための戦術だ。…って気絶しているのなら聞こえていないか。」
「リューシャの針…即効性だから。受けると丸一日は目を覚まさない。作り方は…」
「わかったわかった。ほら、手筈通り他へ助勢するぞ。」
「了解…この人は寝ているからいいよね…」
二人の女性はそんな会話を二言三言交わし倒れた男は後で捕縛することにして、彼を置き去りにしたまま他の男と戦っている仲間へ加勢するのだった。
「おいおいどうした…俺様の可愛い子分たちが…!!」
「むう、これは見事な連携…!!」
薔薇のツルに縛られて動けなかった二人は子分たちがあちらの団員と戦う様を見ていたが、その戦局に驚きを隠せなかった。なぜなら数は相手よりも少ないがいずれも対人戦には実力のある子分が一人、また一人と次々と討ち取られていったからだ。ある者は二対一や三対一で押し負けたり不意打ちを受け倒され、ある者は相手を壁際に追い詰めたと思ったら屋根の上にいた他の女から攻撃を当てられ倒され…そうして倒された男と戦っていた女達は手間取っている戦いに加勢して有利となりまた倒される。そんなことを繰り返され気が付けば二つのクランの生き残りは、わずかに一人二人となっていた。驚きながらも新たに討ち取られる子分を見ていた二人にディアナが話しかけた。
「我々ワルキューレの薔薇翼の団員は皆女だ。お前達男の力に任せた…いや、頼りきりの力任せの戦いとは違う。私達は体力で劣る分、知恵と勇気と連携を持って互いをカバーしあうのだ。だから不意打ちや二対一…それこそ貴様らが討ち合って数を減らすのを待つことを卑怯な戦法とは思わん。より卑怯で弱いのは…貴様らの意思の方だ。もちろん個人戦でもそれなりに強いがな。」
得意げにそう語るディアナを二人は見ていなかった。なぜなら彼女がそれを語っている間に、彼らのそれぞれ残っていた最後の二人が加勢で膨れ上がった十人もの集団の女性に袋叩きにあって倒されたからだった。気を失った彼らを見届けた後でマーナガルフとヘルクレスはようやくディアナの方を向くのだった。
「俺様の可愛い子分たちを…よくも…!!」
「おお怖い怖い。落ち着けマーナガルフ。誰も死んではおらん。しかし儂の方もマーナガルフとぶつかることを想定して対人戦に強い者だけを街の中に連れてきたのに…ディアナの部下もようやるわい。若いとはいいのう…」
「安心しろ。お前達もああなれるようにきっちりと教育してやるさ。外にいる残りの手下も後日協力しているクランとの連携で残らず捕える予定だ。」
勝ち誇った口調でディアナは彼らを見下すのだった。
「いててて…あ!!おい、ストップ!!喧嘩ストップ!!あそこにワルキューレの薔薇翼の団員が来ているぞ!!」「ホントだ!!やべぇ…更生させられる…俺いち抜~けた!!」「私もパス。相手が悪いわ。」
元観客だった参加者の一人が見知らぬ冒険者と殴り合いをしていたが、向こうに女性の冒険者の集団を見つけて手を止めろと周囲の人間に聞こえるように叫んだ。それに気づいた者達は彼と同じように女性たちの姿を見つけると、すぐに手を止めたのだった。それを建物の影で見ていたイゾルデ一行+シヴァルと黒ザコウサギのブラック君。その中からリリファが口を開いた。
「あの女たちはなんだ?ギルドの職員ではないようだが…なんでみんな喧嘩を止めたんだ?」
「あれはワルキューレの薔薇翼の団員だ。ほら、あっちのマーナガルフとヘルクレスを縛っているのがあそこのクランリーダーにしてS級冒険者の風紀薔薇ことディアナ・クラウンだよ。」
「またSランク…?もうナナミさんお腹いっぱいなんだけど。」
「それは俺もだから安心していい。彼女は正義の冒険者…冒険者を裁き更生させる冒険者だ。見ての通り過ぎた行いをする冒険者を捕え相応しい冒険者へと再教育する。」
「ふさわしい冒険者の定義ってなんですの?」
「それは誰にもわからん。おそらくディアナ本人にもな。だが行き過ぎた喧嘩を抑えてくれるから俺としてはありがたいな。これでこの騒動も連中がチャルジレンに連行されてお終いだろう。さ、俺たちは帰って寝るとしよう。」
「お待ちなさい。」
クロノスが仲間たちを促して宿屋へ戻ろうとしたが、その手をイゾルデが引いた。クロノスが何事かと彼女を見れば…彼女の瞳はキラッキラと星のように輝いていたのだった。
「せっかくだから最後まで見ていきましょう!!S級冒険者の共演などめったに見れるものではありませんの。特にあのディアナさん…凛々しくて思わず女惚れしてしまいそうですわ!!」
「おいおい…」
「にゃあは別にいいにゃよ。」
「おいらも。Sランク冒険者なんて滅多に会えないよ!!もしかしたら後でサインがもらえるかも!!」
「S級のディアナと言えば冒険者の中でも飛びきりの美人だとか…噂もバカにできた者ではないな。」
「帰ったらみんなに自慢してやりましょう。」
「…しょうがない。もう少しだけだぞ。」
「「「はーい。」」」
喧嘩は直に片付くだろうと全員を宿に変えそうとしたが、雇主のイゾルデがもう少し見ていきたいと申し出てきた。彼女は女優のような整った顔立ちのディアナに見惚れてしまったらしい。それは他の仲間も同じだったようで彼らは断固として動かなかった。特にもう危なくないだろうし今のクロノスはイゾルデの命令は絶対の立場だ。もう少しだけと自分に言い聞かせて三人のS級冒険者の動向を見守ったのだ。
「さて後は…来たか。」
ディアナがそう呟くと同時に通りの向こうから一人の団員がこちらに向かってくるのが見えた。彼女は道中で会った気を失っている赤獣庸兵団とバンデッド・カンパニーの団員を縛り上げていた仲間に労いの言葉を掛けながらディアナの姿を見つけると、こちらにまっすぐ走ってきた。
「隊長!!捕まっていた見せしめの者達の救出が完了しました!!怪我の酷い者は救護部隊が手当てをしております。」
「うむそうか…ご苦労。君も大変だったな。連れてきた団員が少なかったから一人で救出作業は骨が折れただろう。」
「いえ、実働部隊に比べたらこの程度…もったいない言葉です。その言葉は他の仲間へお願いします。」
「ガルルル…!!…見せしめ…?」
ディアナが報告をした団員に労っているとそこでガルルと彼女を威嚇していたマーナガルフが違う反応を見せた。どうやら彼はそこで自分達が本来見せしめの街巡りをしていたことを思い出したようだ。
「おいおい…まさか俺様の捕まえた獲物を横取りまでするとは…そいつらは一応俺らに喧嘩を売ってきた言わば加害者なんだぜ?」
「それは知っているが貴様はいくらなんでもやりすぎだ。救出した者には手当てを終えた後でしかる処罰を与えるさ。貴様の出る幕はもう残されていない。援軍も来ないことだし大人しくしいろ。」
「ギャヘヘ…そうか、もう終わりか…」
ディアナに睨み付けられ少し大人しくなったマーナガルフだったが、その目に諦めの色はまだなかった。それどころか打つ手なしだと言われ彼の闘争心はより一層燃え上がっていたようだった。
「ギャハハ…子分は全員やられて他の子分も来れない…後はダンジョンの奴だが、そう都合よくもいかねぇか。しかしこのまま賊王にも風紀薔薇にもこれだけやられて大人しく引き下がってはギルドから頂戴したSランクのレッドウルフの二つ名が面目丸つぶれだぜ…こりゃ最後にどでかく一発ぶっ放して大逆転を狙うしかないか…?」
ぶつぶつと呟いて未だ敗北を認めていないであろうマーナガルフ。ディアナに報告に来た団員はそれに苛立ち彼の方を向いてポケットから布を取り出した。
「何を言っているの?そのディアナ隊長に縛られたその体で何ができると…すみません隊長。今猿轡をしますので…」
「おいよせ。あまり近づくな。そのツルも万能ではないのだ。ましてや相手が同じSランクなのだから油断はできない。維持にもけっこう集中力がいるのだから…だから私は戦わなかったんだ。」
「それはやっぱりお前の魔術なのか?地属性だったりするのか?適性は?儂にも使える?」
「賊王は少し黙っていろ。覚えたいのなら連行した後の座学で教えるから。」
「おおそうか…!!楽しみじゃな!!」
「そうかそうか…万能でない…ギャヒヒ…!!」
ツルの正体を知りたがるヘルクレスの相手をディアナが面倒そうにしていたが、団員の女性が睨む中でマーナガルフはそれを聞いて気持ち悪く笑っていた。流石にそれには二人とも君の悪さを覚えて彼を見るのだった。
「確かに、今の俺は手も足も動かせねぇ…だがそれは体に巻きついたツルのせい…毒とかでまったく動けないなら諸手を挙げて諦めるしかないが、関節の自由を封じられただけなら…な。ああ、そうだ。完璧なんて言葉は所詮言葉の上でだけ…実際には存在しねぇのさ…」
「マーナガルフ…お前まさか…!!」
「さっきから何をごちゃごちゃと…いい加減に負けたことを認めなさい…!!」
「いかん…お嬢ちゃんマーナガルフから鍵爪を取り上げろ!!」
「…ガウウウゥ!!」
「え!?…きゃあ!!」
女性団員が警告するヘルクレスを無視してマーナガルフを静かにさせようと猿轡をはめるために近づくと、そこで彼女を一閃の斬撃が襲った。なんとマーナガルフが右手を天に向けて鍵爪を口元に寄せ、それに噛み付いて無理やりグローブから引きちぎったのだ。そして取れた鍵爪を口にくわえて振い、近づいた女性団員に向けて一閃見舞わせたというわけだ。
「痛い…目が…熱い…!!」
「…ルーシェ!!」
「チャンスだぜギャッハー!!」
攻撃を受けた女性は両手で目を覆いその場に座りこむ。それを見たディアナは驚き気が緩んでしまう。それが一瞬の隙となった。マーナガルフは体の内側から力を爆発させてツルを力任せに引き裂いた。
「出られた―!!ギャハハ…!!」
「得物を破壊してでも諦めないとは…流石は賢く執念深いオオカミか。」
「くそ…せっかく捕まえたのに…だが!!ピィー!!」
「口笛…?ってレッドウルフ逃げてんじゃん!!」
「しかもルーシェがやられてる!?」
「捕縛一時中断!!隊長の元へ全員集合よー!!」
ツルから出られて締め付けられていた体のあちこちを揉んだりしているマーナガルフ。ディアナはそれに慌てることなく口笛を吹いて団員を呼びよせた。そこらで倒れていた二つのクランの団員達を縄で縛っていた女性団員達はそれに気付いて続々と集結した。
「すまない…油断した。」
「狼狽えることはありません隊長!!我々がサポートしますので隊長は…!!」
「ああ、S級を討ち取れるのは同じS級だけだ…ルーシェの敵は取るぞ!!」
「まだ生きていますけどねルーシェ!!誰かルーシェを診てください!!」
「ギャヒヒ!!」
ディアナが腰に下げたレイピアを引き抜きそれをマーナガルフに構えた。それと同時に団員達がマーナガルフを円状に囲みその中の一人がルーシェと呼ばれた蹲る女性団員に近づく。それをマーナガルフは見ながらも不敵に笑って動かなかった。
「ギャハハ…その通り。S級を倒せるのは同じS級のみ!!そしてそれに加えて他に冒険者を並べられたら俺のアドバンテージは圧倒的に不利…!!そんな不利な喧嘩だからこそ…俺は…燃えるんだよぉ!!多弾狼飢斬!!」
「来るぞ!!」
笑っていたマーナガルフは三本の鍵爪が壮健な左手の方を振って斬撃の技を発した。団員達はそれに警戒して武器を構えたが…その斬撃はいくつかに分かれると空高く昇って行ってついに星々の輝く夜空へ消えてしまった。
「なんで空に…?」「もしかして…失敗した?」「…フフ、きっとそう。カッコ悪い。」
「「まだ終わってない!!」」
技が失敗したのかと一瞬安堵していた女性団員たちだったが…彼女たちに怒るように叫びかけたのは、ディアナと彼女からツルを外されていたヘルクレスだった。
「ディアナ隊長…?」「どうしておじいちゃんの方まで解放するの…?」
「まだ終わってないからだ。アレを防ぐにはこいつの力が不可欠だ。」
「マーナガルフの坊主暴走しやがった。ここは喧嘩している場合じゃねえ!!」
「アレ…?アレとは一体…」
「お嬢ちゃん。上を見ろ。さっきもあったなこんなこと…「でじゃびゅ」ってやつか…」
「デジャビュ…?上って空?空なんて見て…まさか斬撃が戻って…え!?」
ヘルクレスに促され星空を見上げた女性団員そこで気付いたのだ。空の果てからこちらに向かって降り注ぐ真っ赤に燃え盛る無数の大岩を。その岩一つ一つはマーナガルフの狼星群・輝よりもずっと小さく、一番大きい物で1メートルに満たないくらいの物だったが…とにかく数が多かったのだ。
「ううん…兄貴…?喧嘩はどうなって…ええ!?」
騒動の中気絶から目を覚ました赤獣庸兵団の団員の一人が寝ぼけ眼で星空を見ていると、そこからこちらへ向かって降ってくる数多の岩が見え、すっかり目が覚めてしまった。
「ようアルゲイ。おはようさん。ギャハハ…」
「おはようございます…って兄貴、何だよアレ!?」
「何って…決まってるだろ?俺の技♪」
「んなこと言ってる場合か!!あれを街中で使うなって言ったじゃん!!あんなん落としたら全員ぺちゃんこだぞ!!…自分もろとも味方まで巻き添えにする気か!?」
目を覚ました団員のアルゲイがそう言ってマーナガルフに詰め寄るが、彼は悪びれる様子もなく笑っていた。
「心配しなくてもこんなんでくたばるほどヤワな鍛え方してないだろ俺たちは。むしろこんなんでくたばるくらいなら赤獣庸兵団の団員じゃないね!!」
「兄貴のアホー!!」
アルゲイはしれっと答えるマーナガルフの胸ぐらを掴みただそう叫ぶのだった。
「また岩が降ってくるぞ!?今度はたくさん!!」「逃げろ!!潰されるぞ!!」「逃げるったってどこに…!?」
ワルキューレの薔薇翼の団員が来てから喧嘩を取りやめ状況を見守っていた人々だったが、空から降ってくるたくさんの岩に驚き逃げ惑い始めた。しかしその範囲は広くどこへ逃げたらいいのかわからない。軽く周囲にパニックに陥っていた。それを同じように驚きながらも幾分か冷静でいられたイゾルデ一行の中のクロノスが大岩を見て不意に呟いた。
「マーナガルフのバカ…!!暴走しやがったな。」
「あれなんなの!?さっきの大きな隕石よりはずっと小さいけど…数も多いし範囲も広いよ!!」
「あれは狼星群・翔。一発集中の輝よりは岩が小さいゆえ一つ一つの威力は弱い…しかしその分広範囲に分散した破壊をもたらす。多弾式の斬撃を飛ばして岩を細かく削ってから落とすんだ。全部でたしか108発くらいあったはず…」
「まさかの煩悩!?威力が弱いって言ってもあの大きさじゃ殆ど変らないよ!!」
「こうしてはいられない…アレに潰される前に早く逃げるぞ!!」
「まぁ待てよリリファ。どの道あれからは逃げられない。」
リリファが逃げようと走り出そうとしたところにクロノスがそれを引き止めた。
「だが何もしないわけには…」
「一応あれ一つ一つは小さいから術を打ち込めば壊せるぞ。」
「数が多いんだって!!一つ二つ壊せても残りでメチャクチャよ!!」
「なら防ぐ方向で考えようか。ニャルテマ。君は確か召喚魔術の「戦描の大盾」が使えたな?あれならどうだ?」
「むりにゃ!!あんなにたくさん防げないにゃ!!」
「ならオルファンとセーヌで魔術の効果延長をする「マジック・スロウ」と魔術の効果強化をする「サンダー・マスケーション」で盾を強化して…」
「「ムリです。」」
「…だよな。流石にあの数は俺でも厳しいし…おい、シヴァル。どこへ行く?」
クロノスが仲間にあれこれ隕石を防ぐ手段を提案してみるが、そのことごとくが却下された。そうしている間にも隕石の先兵がどんどんと地上に迫り、クロノスは面倒だが自分とシヴァルでどうにかしようと考えてシヴァルを探すが、そこにはシヴァルの姿は無く、少し離れたところで帰る準備をしていた。
「あーあ、これじゃあ迷宮都市は滅んで無くなっちゃうね。迷宮ダンジョンのゲートが無くなればクエストなんて知ったこっちゃないしアレには僕は耐えられないから退散しよっと。」「ぎゅい。」
「おい待て。逃げんな。」
「なんだいクロノス?君ならあれくらい楽に耐えられるだろう?壊す必要はないと思うけど。」
「俺は大丈夫でも仲間と迷宮都市とその他の住人とかがアウトなんだよ!!ほら、さっさとどうにかするのを手伝え。」
「え~?他人がどうなろうと知ったこっちゃないよ。」
クロノスはシヴァルに手伝わせようとしたが、彼は非常にうっとおしそうにしていた。だがシヴァルは元々こういう男なのだ。彼にとって大事なのは自分と友達のモンスターの明日だけ…クロノスのような人間の数少ない友人は助けなくても自分で何とかする。あとはどうでもいいや。そんな人間なのだ。
「あれが落ちてくる前に僕は空を飛んで帰るよ。ダンジョンの土を調べるために連れてきたけど、大きすぎて狭いダンジョンの中では出せなかったからあんまり役に立たなかったんだ。ちょうどいいや。よーし出てこ…」
「あ、コラ待て…!!」
「うわぁ!!ちょっとやめてよ!!繊細な魔道具なんだから乱雑に扱うと壊れちゃう!!」
「魔道具なんかより今は迷宮都市の命運を…命運を…ん?」
シヴァルがポケットから取出したのはガラスのような半透明の輝きを持った古代の魔道具だった。シヴァルは普段それにモンスターを入れて持ち運んでいる。クロノスはシヴァルがモンスターを出すのを止めようと手で魔道具を抑え込んだ。そこでふと中にいた魔道具の力で小さくなっているモンスターが目に入り、押さえつけていた手が止まる。
「…いるじゃねえかなんとかできそうなやつ!!くくく…なぁ、シ・ヴァ・ル・くぅ~ん♡」
「…うわぁ…いくら親友でもそれはちょっと気持ち悪いよ…見てくれよコレ。サブイボができちゃった。」
シヴァルが袖を捲ってその下の青白い痩せこけた肌を見せたが、クロノスは無視した。それ以上に彼が持っている魔道具の中にいたモンスターが重要だったのだ。
「俺なんか急に君の友達見せてもらいたくなっちゃったんだ。見せてくれないかなぁ?」
「え?本当に!?いいよいいよ見て見て!!君にだったらいつでもどこでも大歓迎さ!!いやぁ、君もついにモンスターのよさを分かってくれたんだね。嬉しいなぁ…!!チャルジレンでなら好きなのを見せてあげられるんだけど今はこれしかいないから…どれにする!?」
モンスターを見せてほしいと頼んできたクロノスに喜んだシヴァルはポケットから残りの四つの魔道具を取り出してクロノスに見せた。普段彼は六匹のモンスターを連れ歩いているがそのうち一匹は肩に乗っているブラック君なのでこれ以上は出てこない。しかしクロノスはそっちはどうでもよかったのだ。用があったのはシヴァルが一番最初に出した魔道具の中にいたお友達…
「最初のでいい。なんつったっけ…デカイケツムシだっけ?」
「む!!いくら君でも友達の種族名を間違えるのは許さないよ!!今出すからその雄姿を拝んで思い出すといいよ!!」
「わかったから早よ出してくれ。喜べ君達!!この状況を何とかするとともに以前見れなかったシヴァルの力を見れるぞ!!」
「はぁ…?どうにかなるの?」
「まかせてよ。大岩はどうでもいいけどここに残るのなら何とかしないと僕もぺちゃんこだからどうにかしてあげる。さて…」
状況がさっぱりわからない仲間達の前で、シヴァルは魔道具をごしごしと擦ってから空を見上げ、魔道具を持って大きく振りかぶった。
「いくよ…出てこい僕の友達!!…君に決めた!!」
シヴァルがそう叫び魔道具を空高くへと投げた。その後ろでナナミが「いろいろアウトだよっ!!」などと言っていたが気にしない。魔道具はぐんぐんと空を昇りやがて投げた力でたどり着ける頂点でピタリと停止すると眩い光りを纏って輝いた。そして現れたのは…
「ところでディアナよ。あれをどうするつもりだ?」
「お前はさっき大きなのを壊していただろう?それと同じ要領でできないなか?」
「…ムリだな。あちこちに落ちてきているし一つ二つ壊しても他まで間に合わない。」
「そうか…ならばせめて外にいる者を建物の地下室にでも逃がして…」
「ムダムダァ!!俺の翔はなんでもかんでもぶっ壊しちまう。諦めて耐えることを考えてせいぜい生き残りな!!」
「兄貴は黙ってろばーか!!」
「一回暴走するとすぐこれなんだから…!!」
「バーカアーホドージマヌケ!!」
「いててて…何すんだ子分たち!!もっと俺に愛をくれよ!!」
「「「ならもっと慈悲の心を持てよボケ!!」」」
岩が落ちてくるわずかな時間で対抗策をあれこれ模索するヘルクレスとディアナだったが、彼らの横で諦めろとマーナガルフは笑っていた。ついでに目を覚ました子分たちに罵られながら袋叩きにあっていた。
「おい赤コート共。あれをどうにかできないか知らないか?マーナガルフをぶっ殺せば止まるとか。」
「それはないぜ風紀薔薇。なぜならアレは兄貴の技ではなく、技によって落とされた自然物だからな。てゆうかこんなんでも俺らのかっこいい兄貴だから殺すとか言わないでくれ。」
「そっちの団員は義理堅くて兄想いの良い団員じゃな…さて、元はと言えば儂らが勘違いでレッドウルフを炊きつけたことが原因じゃし、ちと辛いが老腰に鞭打って頑張ってみるか…およ?空が…」
降り注ぐ岩を一人でどうにかしようと腰を叩いて奮起していたヘルクレスだったが、不意に空が暗くなるのを感じた。まだ大岩ははるか上空にあり自分の真上を隠すほどではないが…月が雲に隠れたのか?そう思い彼が空を見上げるとそこにあった…いや、いたのは…
「GYAAAAAAA!!」
「な、なんじゃありゃ!?毛虫…!?」
そこには羽の生えた大きさ30メートルはあろうかという巨大な茶色の毛虫がいて大空を自由に飛び回りながら猛々しく吠えていたのだ。ヘルクレスの驚きの叫びでディアナや周囲の人間も空を見て彼と同様に驚いていた。
「なんだアレは…!?」
「毛虫…だよね?」
「…毛虫って飛ぶのかな…?吠えるのかな…?」
「そんなこと今はどうだっていい…おい!!岩があの毛虫に当たるぞ!!」
マーナガルフの子分が飛び回る巨大な毛虫に迫る大岩を指さしてみなに伝えた。そのまま岩は毛虫に直撃するかと誰もが思ったが、毛虫はくねくねと身を捩じらせると全身から糸を吹き出して近づく大岩に巻きつけたのだ。そしてそれを口元に運んでさぞ美味しそうに食べだした。
「毛虫が…岩を食ってる…!?」
「毛虫って岩食べるんだね。勉強になるな。」
「んなわけないだろ。もはやアレ毛虫じゃねーよ。」
「GYAAAAAAA!!」
ヘルクレスたちに見つめられていた毛虫は大岩を喰らい尽くすと、新たに降ってきた岩にも糸を絡ませて口へ運んで行く。そして次々とあちこちに降ってくる岩の全てを糸で器用にキャッチしていた。
「GYAAAAAAA…GEPPU…!!」
そしていつしか全ての落ちてきた岩を捕まえて食べ尽くし、満足気にゲップを一回するのだった。
「お、俺様の翔が…毛虫に全部食われた…!?これは夢か…ぎゃは…」
その光景を見届けて、マーナガルフはがっくりと地に膝を付けるのだった。
「ハーッハッハッハ!!最高だぜストーン君!!」
「あの岩を全部喰らうとはな…なんて食いしん坊だ。」
岩を食べた巨大な毛虫の背中に乗っていたのはそれを操るシヴァルと特等席で遊覧飛行を体験させてあげると無理やり乗せられたクロノスだった。彼らはこの巨大な毛虫を操り降ってくる炎を纏う大岩をひとつ残らず毛虫に食べさせたのだった。
「どうだい親友!?これぞストーン君の力!!ストーン君の大好物は硬くておっきな岩だからね!!」
「ああ…久しぶりに見て驚いたぜ。砂漠に棲みそこの鉱石からわずかに採れる栄養を得るため糸を吐く力と鉱石を消化する能力が進化したモンスター…オオイワグライデカケムシ。前はもっと小さかったと思ったが…」
「そうだね!!野生種の本当の全長は僕の掌くらいさ!!栄養をたくさん上げると逆に弱っちゃうし中途半端でもさっさと成虫になるんだけど…育てたのはこの僕!!幼虫の姿そのままに羽を生やして巨大化させてみましたー!!」
「相変わらずモンスターに関しては変態的な奴だ。…あ、そこで降ろしてくれ。」
「はいはーい。またのご利用をー!!戻れストーン君!!」
「GYAII!!」
シヴァルは満腹で満足げなストーン君に指示して高度を少し落とさせると、魔道具を使ってその場から消した。そうして足場が無くなった二人は、ストーン君を見上げていたディアナたちの元へ降り立つのだった。
「よっと…!!」
「ハーイナイス着地!!」
「お前は…!!」
岩を喰らった毛虫が消えたと思ったら自分達の目の前に降りてきた二人の男。ディアナは二人のうちシヴァルの方を見て驚くのだった。
「はーいディアナさん♪こんばんは。」
「隊長…こいつは一体…!?」
「こいつは…神飼いのシヴァルだ。…S級のな。」
「なっ…!?」
団員の女性に尋ねられディアナが考えるまでもなく答えると、女性はとても驚いていた。それは他にいた女性団員や赤獣庸兵団とバンデッド・カンパニーの団員も同じだったようで、一緒に驚いていたのだった。それもそうだろう。だって…
「うえ~!!神飼いに会っちゃった…最悪…。」「なんてこった。神はなぜ俺にこんな試練を与えるんだ…」「おい、俺の目を潰してくれ…こいつを見た事実を消し去りたい。」「わかった…だがまずは俺の目からつぶせ…」
団員達は皆してシヴァルに会ったことを心底残念がっていたからである。ある団員などは持っていた剣で自分を刺し貫こうとしていたほどだ。それほどまでにシヴァルの評判は冒険者中で最悪だったからだ。それを見たディアナやヘルクレスが慌てて彼らを止めていた。
「おい待てお前ら…早まるんじゃない!!」
「なぁに、これくらいどうってことない。人生生きてりゃいろいろあるさ…だから、気を落とすな。」
「僕評判悪すぎじゃない?」
「自分で蒔いた種だ。実った芽を見て文句を言うな。」
しばらくして彼らは落ち着いたようでディアナやヘルクレスはようやくシヴァルの前に戻ってきた。
「シヴァル。どうして貴様がここに…岩を喰ったモンスターは貴様のか?おかげで助かったが…」
「人に無関心なお前が人助けなんて珍しいじゃねえか。どういう風の吹き回しだ?」
「俺様の技を台無しにしてくれやがって…なんだよあのデカ毛虫。」
突然現れたシヴァルにディアナとヘルクレス。それに再び縄でがちがちに縛り上げられていたマーナガルフまでどうしてだと問うていた。
「僕も仕事だよ。岩の除去は親友に頼まれたついでのサービスさ。」
「親友?そういやもう一人いるな?飼育員以外で人間と関わらないお前が、それも男と一緒とは珍しい。」
「はぁ…君達。」
そう言って彼らはシヴァルの横にいたクロノスに一斉に視線を向ける。視線が集中したクロノスはやっと俺に気付いたかとため息を小さくしてから彼らに向けて声を発した。
「まったく…君達は暴れすぎだ。マーナガルフ。S級になって他の冒険者に舐められないようにしたい気持ちもわかるがここには一般人やそこまで強くない冒険者もいるんだぞ?もっとSランクという立場を自覚しろ。ヘルクレス。君も団員の管理行き届いてなさすぎ。それに格上のクランと言うならもっと余裕を持ってわざわざ格下と張り合うな。そしてディアナ。冒険者の捕縛はもっとスマートにやれよ。こんなカッコつけないで君ならばもっと他の方法を考えられるはずだ。まったく…S級冒険者が三人揃ってなんてザマだよ。自覚が足りないぜ頂点としての!!俺の機転でシヴァルを動かさなきゃ今頃迷宮都市は滅んでいたぞ?今は各地から客が来ているんだからそいつらがこれを見たらギルド全体の評価が落ちる。全員反省しろ!!」
クロノスは普段自分が受ける機会の多いガルンドやヴェラザードの説教を真似て彼らを叱った。その顔はしてやったりと言った感じで、普段彼らが言われ馴れてないことを言ってやったぞと非常に充実した心境だった。これを聞いた彼らはさぞ己の醜態を恥ずかしがってこれからは行動を改めてくれるだろう。そう思いクロノスが彼らの方を見ると、彼らは目をぱちくりさせてからお互いを見合い、そしてもう一度クロノスの方を向いたのだった。それから三人は同時に口を開いて声を発する。クロノスは謝罪の言葉が出るのかと思って前を向いて彼らの言葉を聞こうとしたが…
「「「えっと…だれ…?」」」
「えっ。」
なんかもう、いろいろと残念だった。