第91話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(続・宿屋の向こうの大通りでの出来事)
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クラン名:バンデッド・カンパニー
所属団員数:806名(内冒険者98名)※所属団員数の規模に対して所属する冒険者はかなり少ないが、これは各地の凶悪性の低い賊をスカウトして傘下の団員としているため。クランの規定に違反しないので特に問題なし。
クランリーダー:ヘルクレス・バーヴァリアン(S級)
クランとしての主な実績:ハ・レーテン街道の管理、ヴィクティム連山と周辺の土地の管理、ハンカージュ地方の盗賊団壊滅、ナナーミシー海賊連合の壊滅、千年マッシュ100個の同時納品、ムーンウッドリーフの市場流通(亀とカルガモとの合同) …等
クランの総合評価(優・良・可・上・並・下・駄・外の八段階査定):可
荒くれ者の冒険者他、各地の山賊や野盗といった賊の類や軽犯罪者を集めて作られたクラン。冒険者クランシステム発足時からの古株のクランで、現在はS級冒険者の賊王ヘルクレスが八代目クランリーダーとしてクランの管理を前任から引き継いで運営している。団員同士の結束は固く、理由なく仲間を傷つけた者は決して許さないと言われている。ただし仲間の裏切りや不義理に対しても厳しく、それを行った団員はその後どうなったのかわかっていない。
彼らの主な仕事は国の管理の十分に行き届いていない街道や森林、草原、海域等に団員を派遣してそこに巣食うならず者を残らず討伐もしくは追放。その後にその地を国に代わりに支配し活動を行う拠点にして、そこを通る旅人や商人、冒険者といった通行人から所謂「通行税」の徴収をすることである。通行税といっても相場をしっかりと弁えたそれほど高く無い物であり、もし払えなくても物品や街道の整備の手伝いなどの肉体労働でも支払いは可能。
その他の仕事として森林や海での食材や素材の採集。民間人が足を踏み入れるのが難しい危険な土地でも専門的な知識や技術を持つ団員がいるので希少な薬の材料となる薬草や高級食材の納品クエストは得意である。
彼らが支配する土地では野盗をはじめとする彼ら以外の賊は住み着かないうえ、彼らが行政に代わって木の伐採や岩の移動などの土地の管理をしてくれるので土地としてはかなり安全になる。その地の正式な所有者である国にもきちんと税金も払ってくれるので街道の警備などに予算を多く割けない小国や貧しい国などからは非常に好まれているクランであり、そういったところを踏まえてのクラン評価。
ここまでなら賊を傘下に引き入れているとはいえそこまで問題のあるクランであるとは思えない。しかし見過ごせない問題がいくつかあり、それは冒険者の中でも特に荒くれ者が多く所属しているため他の冒険者やクランとはなにかと衝突する点。そして荒くれ者構成員が殆ど男で、女性関係に縁が薄い彼らが行う独自の風習…嫁さがしである。神聖な漢のナンパと称され行われるそれは、彼らがひとたび都会へ出れば集団で少数の女性を寄ってたかってナンパして折れた女性を無理やり連れて行き、酷い時には貞操の危機に瀕するものもある。そんなわけで主に女性冒険者や女性ギルド職員からの評判は最低最悪のそれであり、彼らが管理する土地の近くの街や村にあるギルドでは、そこで職員や拠点に活動する冒険者は全て男性なのだとか。いずれの代のクランリーダーも団員たちのそのような行為を黙認しているどころか推奨することもあり、創設時から女性には目の敵にされ続けているクランでもある。中にはそんなワイルドで肉食的な部分が好きと積極的にかかわる女性もいるがその数はごく少数だ。それさえなければ賊や軽犯罪者の更生を行える貴重なクランとして更に高い評価を与えることができるのだが…世の中完璧という物は中々ないのである。
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「ヒャッハー!!覚悟しろぉ!!」
「おっと、そうはいくか!!おりゃあ!!」
「あ?ほいっと…!!そんな遅い攻撃当たるかよ!!じゃあな!!」
「ああくそ…おいおめぇら!!気を付けろよ!!」
始まった赤獣庸兵団とバンデッド・カンパニーの激突。まず最初に前へ出たのはマーナガルフだった。彼は戦斧を振って進路を妨害してきたヘルクレスの攻撃を避け、その横を突っ切って前列の団員たちの方へ一目散に駆け抜けた。
「来るぞ!!」「数で叩け!!いくら奴でもそれならば対応できまい。」「オオカミ狩りだぜ!!」
「ギャハハ…!!」
まだマーナガルフの子分が前にたどり着けてないこともあって、バンデッド団員たちは数で彼を叩こうと十人程がマーナガルフの前に立ちふさがった。しかしマーナガルフはそれを見ても血に飢えた表情を消すことなく狂ったように笑いながら接近した。
「ヒャッハー!!そんな肉の壁でどうにかできると思うな!!「狼飢斬」!!」
「「「ぎゃあああ!!」」」
マーナガルフが斬撃の技を飛ばしてきたのでそれを防ごうとバンデッド団員たちは剣や盾を構えたが、斬撃によってそれごと己の肉体を斬り裂かれるのを感じた。彼らは断末魔を上げて地面に倒れ床に血の染みをつくる。
「ひぃ…!!」「怯むんじゃねえ!!数ではまだこっちが上だ。」「その通り!!あっちの援軍が来る前に終わらせるぞ!!」
斬り裂かれた仲間達を見てバンデッド団員は士気を一瞬低下させるがその中の誰かが皆を鼓舞し、すぐにやる気を取り戻して新たに三人がマーナガルフに向かって行った。そして彼に向かって同時に剣を振るが…
「…あん?弱いぜ。」
「なぁっ!?」「剣が…折れた…!?」「落ち着け…一回撤退して新しい武器を持って来い!!」
「俺から…逃げられるとでも?「背狼突」!!」
「後ろにっ!?」「ぐえええ!!」
確かに手ごたえのある一撃、それをマーナガルフに当てることができたのに…破壊されたのはマーナガルフの肉体ではなく、己の得物だった。三人は刃の半分からその先がぺっきりと折れてなくなったその光景に驚くも、すぐに体勢を立て直すために一端引き返そうとしたが…その隙をマーナガルフが見逃すはずもない。彼らの背後に素早く回ると三人をほぼ同時に斬りつけて地面に倒した。彼は鍵爪に付いた敵の血を少し舐めとるとニヤリと不敵に微笑むのだった。
「ギャッハー!!たーのしー♪さぁて次は…お前らだ!!」
「げぇ!!こっち来るな!!」
マーナガルフは新たな獲物に狙いを定めてそちらへと地面を蹴って飛んで行った。
「いいぞ兄貴!!俺たちも負けてらんねぇ!!」
「ヘルクレスを討って名を上げるぜ!!」
「おっと儂か?わざわざ儂に挑むとは…勇気のある団員じゃな。どれ、相手してやろうか。」
マーナガルフの奮闘を見た赤コートの団員たちは負けてられないと十人程がマーナガルフの戦いを眺めていたヘルクレスに殺到する。それをヘルクレスは好ましく思い二つの戦斧を両の手に構えた。
「まとめてかかってこい。それならもしかすれば儂を倒せるかもしれんぞ?」
「この人数を相手にできるか!!それとわざわざ接近戦を挑むこたぁねぇ…お前ら、同時にいくぞ!!喰らえ投合刃!!」
「「「投合刃!!」」」
十人全員を迎え撃とうとしていたヘルクレスだったが、赤コートの一人はそれに応えず離れたところからナイフを投げ、それと同時に三人がナイフを投げた。突然の不意打ちにヘルクレスは驚きもせず迫る四本のナイフを見ていた。
「ガッハッハッハ…!!卑怯とは言えんな。それもまた戦術じゃ。むしろ賢いやり方よ…だが、「ドロップ・プレッシャー」!!」
赤コートたちが選んだ戦い方を貶すことなくむしろ褒めたヘルクレスは、自分にナイフが刺さる寸前で魔術を詠唱して飛んできたナイフを地に落とした。その光景に攻撃を仕掛けた何人かが驚いた。
「なんだ今の!?ナイフが地面に直角に落ちたぞ!!」
「慌てるな…あれは飛び道具を無力化する地属性魔術のドロップ・プレッシャーだ。」
「あの爺さん魔術使えるかよ!?」
「知らなかったのか?あの人魔導戦士のクラスだぞ。筋肉デカブツに見えて魔術もばっちりだ。」
「ガッハッハッハ!!そういうことじゃ!!矢や投げナイフなんかの小細工は儂には効かん!!「ならこいつはどうだ!?」…お?グハァッ…!!」
ヘルクレスが高らかに笑っていたところにナイフ投げ要員が作った隙を突いて一人が斬りかかってきた。背後からの攻撃で防御が間に合わずに、ヘルクレスは仰け反った。
「よくやったぞ!!」「さすが団員内不意打ちチャンピオン!!」
「やめろよその呼び方!!だがこれでヘルクレスを討ち取って…あれ!?」
「ガッハッハッハ…若いのにようやるではないか!!若者の成長は年寄りにとって何よりもうれしい物じゃ。しかし…まだ浅いな。出直してこーい!!」
「ぐあっ…!!」
よせよと喝采する仲間に照れる不意打ちを仕掛けた赤コート。しかしその攻撃はヘルクレスには全く効いていなかったのである。彼は上半身の斬られたところ(かすり傷一つついていなかったが)をさも痛そうに擦った後、動けなかった不意打ちをした赤コートを素手で殴った。ヘルクレスの巨大な拳で殴られた赤コートは宙を飛び、地面を何度かバウンドした後でその先にあった商店に頭を突っ込んで起き上がってこなかった。
「ウチの店がー!?」
「店長!!これじゃもう明日は開店できないですよね?お休みください!!」
「それどころじゃねー!!うわーんまだローン残ってるのにー!!」
「おっとスマン…次はなるべく当たらんようにするから。」
「次はだと…!?へん!!これ以上ぶっ飛ばされてたまるかってんだ。」
騒ぎを見ていた破壊された店の長が悲痛を上げたのでヘルクレスは彼に思わず謝罪してしまう。そして次はもう壊さないと言ったところに、赤コートの団員達は一人やられたことに怯むことなく九人でヘルクレスを取り囲んだ。
「飛び道具が使えないのなら数で押して押しまくる!!ヒャッハー!!」
「次は接近戦かのう…?その元気を儂の子分にも分けてほしいの。どれ、見てやろうかい!!」
「言ってくれるじゃねえか!!胸を借りるぜジイさん!!かかれぇ!!」
「「「うおおおお!!」」」
再び二つの戦斧を持ち直したヘルクレスに、赤コート達は突撃していくのだった。
「うりゃ!!」「なんの…喰らえ!!」「ここだっ!!」「おっと…危ない危ない…!!」「痛っ!!俺に当たったぞ!?あれ…なんか目が回って…しかも吐き気が…!!」「へん、その矢には速攻性の毒が塗ってあるのさ!!死ぬほど強くはないからせいぜい苦しみな!!」「剣が折れた!!」「ヒャハハハ…俺もだ!!」「「なら…うらぁ!!…ぐへっ…!!」」
マーナガルフともヘルクレスとも交戦していない団員達は相手の団員と戦っていた。剣で斬り合い、弓を打ち合い近くの団員に当たり、武器が無くなれば殴り合いの白兵戦だ。それを間近で見ていた逃げていなかった野次馬は興奮気味にそれを応援していた。もちろん離れたところにいるそれぞれのクランリーダーへの応援も忘れない。
「すっげぇ…レッドウルフの奴、武器を構えた十人をまとめて斬り裂いたぞ!!」「いいぞーレッドウルフ!!もっとやれー!!」「おおっ!!あっちは賊王が三人まとめて抱きしめてベアハッグにしてる!!」「すごいわ!!私おじいちゃんのファンになっちゃいそう!!抱いて!!」「そこの赤コートもやるじゃねえか!!後で一杯奢らせてくれー!!」「うら赤獣ぉ!!お前らに銀貨二十枚賭けたんだからな?しっかりやれー!!」
「俺はバンデッドに三十枚も賭けたんだぞ!!負けてるんじゃねえ!!」「もう見てらんない…俺も混ぜろ!!」「いいね!!なら俺はそっちに加勢した!!」「なぁおい…うりゃ!!」「やりやがったな?くそがっ!!」「おのれ…迷宮ダンジョンで貯めた金でやっとの思いで建てたウチの店をよくも…お前ら全員覚悟しろ…!!」「贔屓の店が…!!あそこの店長は婆ちゃんで戦えないから敵は俺が討つ!!」
胆の据わった野次馬の内訳は殆どが冒険者だった。彼らは逃げ出さず滅多に見れないカードの喧嘩だと率先的に賭け事に勤しんで自分が賭けた方の応援をしていた。他にも辛抱たまらない者はどちらかの陣営に飛び込み加勢したり、隣の見知らぬ冒険者をいきなり殴り新たな喧嘩を始める者もいて、喧嘩の波はどんどんと観客を巻き込んでいつしかこの場にいた殆ど全ての者は観客から参加者となっていたのである。その中で数少ないまだ観客だったクロノスとナナミはその辺に転がっていた木箱をいくつか積み上げて時々飛んでくる飛び道具の盾にして影で一緒に観戦していた。
「見えるか?これがマーナガルフの普段言っている冒険者の喧嘩に観客はいないって言葉の正体だ。白熱したした喧嘩はいつしかただ見ているだけの他人を興奮で巻き込みさらに大きくなる。そして気が付けば場の全てが喧嘩の舞台…冒険者の悪癖の一つだな。」
「冒険者って馬鹿なのか単に胆が据わってるのか…怖いもの知らずだよねぇ。痛いの嫌じゃないのかな?」
「冒険者にとって怪我など日常茶飯事だし…まぁ喧嘩という退屈な日常に刺激を与えてくれるスパイスみたいなもんの方が欲しいんだろ。さらに滅多にぶつかることが無いS級冒険者の運営するクランでの大喧嘩だ。彼らとしてはまだ外にいるというそれぞれの本隊がいないこの合わせて百人程度の戦い…むしろ物足りないくらいだろう。だからこそ観客も自ら積極的に参加してもっと盛り上げようとしてくれているんだ。迷惑なことにな。」
「あ、そういえばあの人たち他に仲間がいるんだよね?その人たちが来たらもっと大変なことにならない?」
「そうだな…幸い各陣営も戦うことに夢中で誰も呼びに行っていないようだから騒ぎを聞きつけて援軍がやってくる前に俺が出て「クロノスさん!!」…お、俺たちの仲間の方が先に来たようだ。」
クロノスが振り返ると、宿の方からイゾルデを先頭に仲間達が駆けつけてくるのが見えた。後ろの方ではニャルテマとヘメヤとオルファンが頭を抑えてこちらに来るのが見え、どうやらセーヌが治癒術を使って酔いを醒ましてくれたらしい。彼らも飛んでくる物や人間を避けながら木箱の影に入った。
「これは…何事ですの!?」
「何って…S級が運営するクラン同士の…スキンシップ?」
「なるほど…ってそんなわけありませんわ!!どう見ても大喧嘩ですの!!」
「アハハ…やっぱり賊王が来ていたんだね。」「ぎゅい!!」
「シヴァル…君も来たのか?てっきり面倒事はごめんだと帰るかと思っていたが。」
「うん、そうしたいのはやまやまだったんだけどね…君に伝え忘れたことがあってね。」「ぎゅい。」
全員が激しくぶつかり合う二つのクランの壮絶な喧嘩を目の当たりにして息をのむのも忘れてそれを見ていた中、シヴァルだけはへらへら笑っていた。
「伝え忘れたことってなんだよ?」
「いや、その…やっぱり伝えたら君怒りそうだからなー。どうしよっかなー?」「ぎゅいぎゅーい?」
「いいから早よ教えろ!!」
「ちょっとシャツを掴まないでよ。おっぱい見えちゃうよ。それとも…見たいの?」
「男の胸に興味はない!!早よ教えろってことを…おっと。」
クロノスがシヴァルの胸ぐらを掴んで揺すっていると、彼らが隠れていた木箱に飛んできた赤コートが突き刺さりその上に積まれていた木箱が崩れてきた。クロノス達はそこから逃げて今度は通りの端の建物の影に身を隠す。
「また赤コートが飛んできたぞ。まったく賊王の爺ちゃんハッスルしすぎだ。」
「あれが賊王ッスか…初めて見たけどでっけぇッス…」
「ひゃああ…ミツユースで喧嘩する人たちはまだ穏健な方だったんだね。おいらミツユースに暮らせていてよかったよ。」
駆けつけたダンツ達は、赤コートの団員を次々と投げ飛ばしたり地面に叩きつけて倒すヘルクレスを見て恐れおののいていたが、それは同じ冒険者として敬意に近い物だった。建物の端から彼を見る視線を外さなかった。
「うらぁ!!これで…三十人目ぇ!!」
「ぎゃあ!!」
「おっしゃ次!!」
野次馬が囲んだ領域内を駆け回って戦っていたマーナガルフは一人で二十人以上を討ち取って、今その数が三十台に乗った。記念すべきキリ番のバンデッド団員は彼に真正面から縦に斬り裂かれ口から血を吹いて倒れた。
「これで…三十一人目じゃあ!!喰らえ!!」
「ふくご…!!」
そのすぐ近くでヘルクレスは三十人目の赤コートを捕まえるとそいつが持っていた大剣ごと力強く抱き絞めた。その攻撃で大剣は見るも無残に折れ曲がり、団員は全身の骨をメキメキと嫌な音を立てて白目を剥いて気絶した。ヘルクレスはその赤コートを投げ捨てると、近くで三十一人目を斬り裂いてこちらへ目を向けたマーナガルフの方を向いた。
「おい爺さん…あんたは何人俺の子分を倒してくれちゃったんだ?俺は三十一人だぜ?」
「奇遇じゃな。儂も三十一人じゃぞ。」
「そうか。お互いの子分もだいぶ減らされたし…ウォーミングアップはもういいよな…?俺はお前と戦いたい。」
「ふっ、お前とはつくづく変なところで考えが一致するな…儂もお前と一度やりあってみたいと思っておったのじゃ。」
「よぉし相思相愛だな…じゃあ…行くぜっ!!」
「来い、若オオカミよ!!」
互いにそう言って不敵に笑う赤いオオカミと蛮族の爺。彼らは自らの武器を構え直してマーナガルフがヘルクレスへと吸いこまれるように突っ込んでいく。そして後数メートルで一撃目の攻撃を交差させるといったところで…二人の動きがぴたりと止まったのだ。二人が動きの読みあいかなにかで止まったかと思えば、その状態は二人にとっても不本意だったらしい。驚きが顔にあらわれていた。。
「な、なんだこりゃ…!!」
「動けん…!!これは…植物…?」
動けないでいた彼らが自分の体を見回すとそこにあったのは…太い植物のつるだった。つるはどこからか伸びてきており二人の体にがっちり巻きついて離れない。表面には無数の小さな棘があり、それが締め付けられる二人をさらに苦しめた。
「いででで…体に刺さってやがる。」
「よく見れば表面に小さな棘が無数にあるな…それとこの匂い…これはツル薔薇のツルか?」
「薔薇?花なんてどこにもないが…ああ、匂いだけでわかったのか。よくわかるなそんなの…匂いなんてぜんぜんしないぜ?」
「その鼻は飾りか?…いや、お前は純粋な普人族だったな…なんかスマン。」
「謝んなよキモチワルイ…」
暴れるほどに肉体に喰いこむ棘を痛がってさらにもがくマーナガルフに対し、ヘルクレスはそのツルと周囲からわずかに漏れる微かな香りを冷静に観察して、それがツル薔薇の物であることまで見抜いた。そこは自然と戯れる機会の多いバンデッド・カンパニーのクランリーダーのなせる技か。対するマーナガルフはヘルクレスに指摘されるまでツルの正体に全く気付けていなかった。見た目はオオカミの獣人そのものであるのにやはりそこは普人族か。
「おい爺さん、お前は裸なのに痛くないのかよ!?」
「痛いは痛いが…普段から鍛えておるからこの程度では根を上げん。若者は堪え性が無くてだめだな。」
「なんだと!?お前の痛覚が死んでいるだけじゃねぇのか!!」
「ガッハッハ!!そうかもしれんな!!」
「くそ…なんでこんなモンが俺様の体にくっついているんだ?しかもどんだけ硬いんだこのツル…まったく斬れねぇ。…おい子分ども!!誰か、これ取ってくれ!!」
ちくちく刺さる棘にマーナガルフが辛抱たまらないと団員達を呼びよせるが、誰一人返事をしなかった。
「おい、誰か…!!」
「ガッハッハッハ!!皆それぞれの戦いに夢中か、そうでなければもう倒れたかのどっちかじゃ!!儂らが互いに半分以上倒してしまったから、もう殆ど残っていないだろうしな。」
「おいおい…じゃあ援軍待ちかよ。それまでこんなかゆい思いしなきゃってか?ああくそ…外の誰かが騒ぎを聞きつけて様子を見に来ねえかな…」
「だがそっちが来る前に儂の子分が来るかもしれないぞ?そうすればお前とわずかに残った子分はまとめて袋叩きだな!!」
「いいや俺の子分が先に来るね!!俺様の可愛い子分たちは皆気が利くんだ。この間だってビーガンとクチャイスのやつが水を汲みに行って…」
「なんの儂の子分も可愛いさなら負けておらんぞ?前に街道に植える花の種類で団員達が揉めている時にドルジとエーハイの奴が…」
「援軍なら来ないぞ?今私の可愛い部下がギルドから許可をもらい門を封鎖しているからな。」
謎のツタに絡みつかれながら団員自慢を始めた二人だったが、そこへどこからか声が掛かった。自慢話を止めて声の元を探す二人だったが、マーナガルフがふと自分の子分が三人ほど突き刺さった雑貨屋の屋根を見上げると、そこには一人の女性がいた。女性はやせ形の長身で数値にして180センチはあるだろうか…腰には薔薇の紋様を刻まれた持ち手の細長く両刃のない鋭さだけが取り柄に思えるレイピアを下げていた。
「おい誰だ?てめぇの仕業か?」
「あいつは…」
「とうっ…!!騒がしいぞ。品性の微塵も持ち合わせぬ下品なサルが。」
女性は雑貨屋の屋根からひらりと飛び地面に何事もなく降りると、自分に向けて誰何したマーナガルフをサル呼ばわりして、彼を罵った。サルだと言われたマーナガルフは怒りで眉間に青筋を作る。
「なんだと…!!人をサル呼ばわりするとはいい度胸じゃねえか…!!女と言えど喧嘩に参加したいなら容赦はしないぜ?俺は男女平等を理想に掲げているからな!!ゲヒャヒャ!!」
「その錆びた剣を引いたような笑い方も品性が無いな。男ならもっと高らかにクハハと笑えない物か?」
「いきなりやってきて笑い方まで指図するたぁイイ女だねアンタ。今すぐこのツル掻っ切って喉元に喰らいついてやる。ガルルル…!!」
「止めといたほうがいいぞマーナガルフの坊主。お前でも簡単にはやらせてくれまい。」
「何言ってんだ爺さん?この女と知り合いか。」
吠えるマーナガルフを横からヘルクレスが止めた。マーナガルフは若干不機嫌になりながらもヘルクレスの言葉に耳を傾けたが、目の前の長身の女からは目を逸らさなかった。そしてヘルクレスもその女に目を向けたのだった。
「なんでお前がここにいる?チャルジレンで阿呆な冒険者の教育で忙しいんじゃないのか…なぁ、「風紀薔薇」の姉ちゃんよ…」
静かに女に語りかけるヘルクレスを、女は静かに見ていたのだった。
「おいシヴァル…君が言おうとしていたこと…今更遅いかもしれないが言ってみろ。怒んないから。」
「うーんと…それじゃあ…」
建物の影からツルに捕まった二人と突如現れた女性を見て、クロノスは額から汗を流してシヴァルから自分に伝えたかったことを話させようとした。クロノスに促され仕方ないかとシヴァルは面倒くさそうにしながらも話した。
「夕方頃にね、チャルジレンに近い入場門から別のS級が部下を引き連れてやってきたってギルドに教えられていました。それはあそこにいる…「風紀薔薇」のディアナさんでーす!!くくく、S級が三人も同時に同じ地に現れるなんて…ああ、僕と君を合わせりゃ五人か。今日は何のパーティだろうね?」
相変わらず他人事のようにヘラヘラ笑うシヴァルを解放して、クロノスは今日は地獄のパーティーの日だったんだなと空を見上げるのだった。