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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第90話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(宿屋の向こうの大通りでの出来事)


「ガルルルル…!!」


 赤獣庸兵団の団員がみせしめで冒険者達をつるし上げて立ち止っていたその最前列で、マーナガルフがまるでオオカミのように低い声で唸っていた。その表情には先ほどまでの上機嫌な様子は微塵も残っておらず、これから起こる戦いに挑む一流の戦士の如く殺意の眼差しに満ちていた。


「兄貴!!今日の喧嘩はもう終わったんだ!!だから機嫌を直して…!!」

「おいお前らも!!痛い目会う前にさっさとそこを退け!!」


 ならばマーナガルフの戦意をここまで高揚させている存在はいったい…?その正体は子分の団員たちが口々に声を掛けているマーナガルフの先で道を塞ぐ何十人もの薄汚れた服装の野盗のような恰好の人間たちだった。その数は赤獣庸兵団のこの場にいる面子よりも少し多く、それもあってか彼らはやや強気な様子だった。


「おうおう…オオカミみたいに唸りやがって。」

「赤い髪も合わせてまさしくレッドウルフの二つ名を欲しいままにしているな?別に要らねぇけど。」

「だがオオカミってのは人間に狩られるもんだぜ?げっへっへ…」

「S級相手に随分舐めたクチ利いてくれんじゃねーか…なぁバンデッド・カンパニーのザコっちゃんよぉ!!そこを退けえええええ!!」

「「「…!!」」」


 道を塞いでいた野盗風の集団はバンデッド・カンパニーの団員だった。マーナガルフが挑発をする彼らに怒りの咆哮をあげる。その大声で周囲の空気が震え通り沿いの店や宿屋の扉や窓ががたがたと揺れた。


「ぐっ…これがS級の叫び声…俺ちょっとちびったかも…」

「おいおい何弱気になってるんだ?俺なんか全然平気だし?」

「おいお前…ズボンがびっしょり濡れているぞ。」

「…これは汗だし?今日ちょっと蒸し暑いから汗かいちゃっただけだし?」

「怯むな…!!俺たちにはあの人がいる…!!」

「ぜぇ…ぜぇ…」


 その殺意と怒りの織り交じった咆哮を受けた団員は何人かが得体の知れぬ恐怖で数歩後退(あとずさ)さったが、彼らはそれも道を退こうとはしなかった。マーナガルフはそれを息を荒げながら確認した後で少し心が落ち着いたのか次に静かに彼らに問うた。


「どうして俺様と可愛い子分の道を塞ぐんだ?」

「さぁてね?自分の胸にしっかりと手を当てて考えてみろよ。そんくらいできんだろ?オオカミは賢いって聞くぜ。」

「ほぉ、いい度胸じゃねえか…?こりゃ本日の喧嘩二回戦をやれって言う戦の女神のお告げかよ?そう受け取ってイイんだよな…!?血が真っ赤に燃えたぎるぞコラ…!!」

「兄貴、落ち着いて落ち着いて…あと血は元々赤いから!!」


 マーナルフがコートの内側に隠し持っていた鍵爪の付いたグローブを両手に填めて前へ歩きだそうとしたが、それを丸太を持っていない手が空いていた団員が羽交い絞めにして止めようとした。 


「止めるのなよアルゲイ!!道がなければ全身が真っ赤になるまで挑んで切り拓く…それが俺たち赤獣庸兵団だろ!?先代からの古株の癖にそんなこともわからねぇのか?」

「たしかにそうだが人数はあっちのが多いし、俺らは見せしめの奴ら運んでいて手が塞がっているから勘弁して。勝てないとは思えないけど今日はもう疲れた…」

「あんだお前ら?そんなミミズよりもちっこくて細い理由で喧嘩は嫌だってのか?街の外には本隊がいるだろうが!?いますぐそいつら呼んで…ああいや待て…ここはアイツらの言い分もしっかりと聞こうじゃないか。今日の俺様は喧嘩に勝ってご機嫌だからな。それくらいのサービスはしてやろうじゃないかウン…時には冷静さもS級には大事だってあの人も…!!」

「わっかてくれたか…やれやれ。」


 子分の一人に大人数ゆえに宿を取れず街の外で野営をして待機する他の子分を呼びに行かせようとしたマーナガルフだったが、すぐに手で己を静止して羽交い絞めにしているアルゲイを突き放すと頭をぼりぼり掻いて落ち着こうとしていた。それを見たアルゲイと呼ばれた団員はマーナガルフがひとまず止まったようで安心していた。


「少し喧嘩っ早すぎやしねぇか?レッドウルフのワンちゃんよ。」

「ああん!?今そっちでワンちゃんって言ったやつは誰だ!?今すぐ八つ裂きに「兄貴落ち着いて!!」…っと、いけないいけない…ってその声は…!!」


 再びバンデッド・カンパニーの誰かに挑発されて怒りそうになったマーナガルフだったが、後ろからの可愛い子分の呼びかけで何とか我に返ることができた。しかし次の瞬間、彼は目を見開いて驚き道を塞ぐ集団の方を見た。すると集団の中央の人間達が横に逸れてそこに道が一つできる。そして彼らの後ろからのっそりと歩いてくる身長が二メートル強、もしかしたら三メートルはあろうかという筋骨隆々の大男の姿が赤獣庸兵団の前に現れたのだ。その大男はマーナガルフ達を一人一人見回すと、やれやれと太い首を横に振った。


「儂たちゃS級冒険者だぞ?しかも団員を取り纏めるクランリーダーがそんなに聞かん坊でどうする?もっと落ち着けよ。ホラこの爺を見て見習うといい。ガッハッハッハ…!!」

「てめぇ…ヘルクレス…ここにはお前は来ていないと聞いていたのに…俺と同じS級冒険者にして大型クランを総べるクランリーダーの御方が、こんなところに何の用だよ?」


 顔には白い口髭を蓄え短く刈られた白髪の後頭部にはそこだけ伸ばした髪を三つ編みに。頭には牛の頭蓋骨の骨をかぶり、首には青や赤に光り輝く宝石の原石に穴を空けたようなネックレス。そしてずたずたの小麦袋を足からそのまま履いたかのようなズボンと筋肉の大きく張った上半身はシャツ一つ着ない完全な裸。…いや、背中に二つの大きな戦斧(バトルアックス)をクロスさせ、それを縛るベルトを上半身に巻いているので裸とは一概には言えないか…。その姿はまさに蛮族の王…すべての賊の上に立つ男。それがS級冒険者にして冒険者クランのバンデッド・カンパニーを総べるクランリーダー、冒険者ヘルクレス・バーヴァリアンだった。






「おい、ヘルクレスってあの…「賊王」ヘルクレスか…!?S級の…!!」

「ああ、俺も初めて見た。デケェ…!!三メートルはあるぞ…!!」

「なんか最近街で野盗みたいな団員連中をちょくちょく見かけていたからそのうち親玉が来るんじゃねえかって噂はあったが…」

「しかしマーナガルフといいヘルクレスといい…団員かき集めて迷宮都市にまで来て一体何の用だ?どっちもダンジョンに挑戦するような人間じゃないだろうに…」

「やっぱあの不死の霊薬の噂についてかな?」

「バカ。あれは噂だろ?冒険者以外にもいろいろ来ているのは単なる偶然だって!!」

「…」


 二つのクランの集団から少し離れたところで輪を作って彼らを取り囲むようにしてそれを見物していた多くの野次馬達。その中にクロノスはいた。駆けつけた彼はできればあってほしくはなかった現状を直視し、ため息をしながら見ていた。


「ヘルクレス…やっぱりもう来ていたか。しかも初日からマーナガルフとぶつかるとはな…運がいいんだか悪いんだか…天の神様は気まぐれすぎだ。」


 クロノスは野次馬でできた人の壁の隙間からにらみ合う大男とオオカミ男の二人をそれぞれ一回ずつ見てから騒ぎを見ようと後ろから次々殺到する新たな野次馬にその場を譲り後ろへ下がった。


「ここで俺が飛び出たところでそれこそ火に油を注ぐようなものだな…もしかしたらヘルクレスはただ単にマーナガルフに挨拶に来ただけで、何事もなくハイ解散!!…みたいなことになるかもしれないからもう少し待つか…」


 誰にも聞かれないように…この喧騒の中ではクロノス一人の呟きなどたちまち掻き消えてしまうだろうが、クロノスは誰にも聞かれないように呟くと見物を続けるのだった。







「負かした奴の見せしめたぁ相変わらずセコイ趣味だな。…そっちはどこぞのお貴族様と私兵か?舐められないようにって言っても実力がありゃ自然に周りは黙って好きにやらせてくれんだよ。噛み付いてくる奴がいるのはお前らの実力に問題があるんだ。」

「うっせーよ。こいつらから売ってきた喧嘩を買ったまでだ。前のクランリーダーからリーダーの座を引き継いで最初からなんの苦労も知らないコネだけおじいちゃんの癖に。」

「おう、ヘルクレスのおじいちゃんだぞ。だがお前も前のクランリーダーからリーダーの座を譲り受けられただけだろう?儂と一緒じゃ。」

「違ぇよ!!元々一匹狼の俺様はクランリーダーの座もその他諸々全部も自分の手で勝ち取ってきた!!ガルルルル…!!」

「おお怖い怖い。おめぇ本当に獣人の子じゃねぇのか?せめて母親が犬獣人だったとか…」

「無い!!オヤジもオフクロもご先祖様を十代前から遡っても純粋で混じりっ気ナシの普人族だぜ。」

「マジか…」

「マジだ。」


 マーナガルフは獣人族ではない。その事実を知ってはいたが本人に改めて告げられて驚くヘルクレス。しばらく二人は黙ったままだったが、やがてマーナガルフが口を開いた。


「で?どうしてヘルクレスのジジイがここにいるんだ?俺様の子分たちは親玉は来ていないって言っていたが…山とか街道の管理はいいのかよ?」

「お前さんに心配されんでも現地には他の優秀な子分をたんと置いてきてある。たかだか三百人やそこら連れてきたくらいで儂のクランの運営は傾かん。」

「クラン団員総数八百人の超大手は違うねぇ…帰った時に部下に乗っ取られていても俺は知らねぇぞ。」

「お前に心配されるまでもないわ。それに…もし奪われたのなら奪い返してみせるまでよ!!それが賊の流儀!!ガッハッハッハ…!!」

「アハハ…それでこそウチの親分だぜ。」「ああまったくだね…くく…」


 またもヘルクレスが高笑いをして、後ろの団員たちもそれぞれ笑っていた。


「…迷宮都市にはさっき来たばかりだ。お前らが見ていたのはウチの先発隊じゃよ。」

「ああナルホド。そういうことか。それは俺様の足りない頭でもまとめりゃ理解できる。それでもまだわかんねぇのは、なんでお前は団員使ってまで俺様の道を塞ぐのかってことだ。お前の可愛くない子分に聞いてもさっきからうんともすんとも言わずにオオカミちゃんハロー御機嫌ようときたもんだ…一応理由を聞いてやるぜ。一応な。」

「がっはっはっは!!お前が話を聞く!?面白れぇ冗談を言うなぁ…!!」

「案心しろ。俺のジョークに比べたら…アンタの顔の方が百倍面白いぜ!!」

「「ギャ(ガ)ッハッハッハ!!」」


 集団の先頭に立つマーナガルフとヘルクレス。ヘルクレスがあまりにも巨体であるため大人と子供にも見えるくらいに体格に差のある二人だったが、彼らは一歩も引かず冗談を言いあいながら笑いつつも互いを睨み合い続けた。それは大手のクランを総べるクランリーダーとしての威厳を守るためかS級冒険者のプライドに賭けてか…単にお互い本当に目の前の相手が怖くないだけかもしれない。空を割るかのような大声でしばらく笑いあっていた二人だったが、やがて同時にそれを止める。そして先に口を開いたのはヘルクレスだった。


「俺としても面倒だしマーナガルフの坊主の道を塞ぐつもりはないんだ。しかし西から団員を集めながらえっちらほっちらして迷宮都市まで走ってやっとの思いでさっき辿り着き、さぁ後は飯を食って寝てしまってそれから明日からダンジョンだ!!…そう思っていたんだがなぁ、ついさっきのことだ。先発隊として迷宮都市に送っていたかわいい子分たち。その中の特に若ぇのが五人、ダンジョンのゲートの前で神聖な(おとこ)のナンパをしていたら、それを誰かに邪魔されてボコられたっていうじゃねぇか。…お前らの仕業じゃねえだろうな?」

「「「ひぃ…!!」」」


 ヘルクレスがマーナガルフの後ろにいた赤獣庸兵団の団員に目を向けて静かに、けれど威厳ある声で尋ねると、彼らは驚き手に持つ丸太を思わず手放しそうになった。


「知るかよ。俺様の子分に人の恋路を邪魔するお邪魔虫はいないぜ。それにお前らもナンパとか言って断られたら無理やり路地裏に連れ込むじゃねえか。一昨日もお前らの誰かに六人掛かりで犯されたあげく賤貨一枚ももらえなかったかわいそうな娼婦をいっぱい慰めてやったぜ。犯人捜して関係ない奴十人は再起不能にしたが…正義のための尊い犠牲だ。どうせナンパされてた女ってのもお前ら好みの芋女だろ?なおさら横取りなんかしねぇよ。俺たちゃ女グルメだからな!!ゲヒャヒャ…!!」

「ふん、心で落とせないなら体で落とす。それが真の漢のナンパだ。」

「ナンパっつーかそれ完全にレ○プじゃねえか!!これだから賊ってのはタチが悪いねぇ。…とにかく、俺はそんなの知らないし子分達からもそんな話聞いていない。そもそも俺らは見ての通り見せしめで街中を夕方からずっと歩いていたんだからそんな暇はないぜ。」

「そうか…だが一応検分させてもらうぞ。おい…!!」

「へ、へい…!!」


 ヘルクレスが後ろの団員に呼びかけると、そこから男が一人前に出てきた。


「そいつは?」

「誰かさんにやられたかわいそうな子分の一人だよ。他はまだ目を覚ましていないから証言できるのはこいつだけが…おい、この中にいるか?お前らをやったやつは。」

「は、はい…えーと…」

「適当言ったらブッ殺すぞ?」

「ヒィ!?や、やります!!真面目に見ます!!」


 二人のS級に板挟みにされたかわいそうなナンパ男。彼は一人は味方なハズなのに刺すような目線でこちらを見てくる二人に緊張しながらも、マーナガルフとその後ろにいた赤コートの団員たちを一人一人間違いがないように慎重に見て自分達を襲った犯人を捜す。疑いを晴らすためかマーナガルフもこの時ばかりは静かに動向を見つめていた。しかしその中に見覚えのある顔はいなかったらしく、彼は首を横に振っていないことをヘルクレスに伝えるのだった。


「いないです!!こいつらの中には居ません。」

「そうか…いないのか。」

「一応言っておくが、他の子分はダンジョンの中かそうでなければ外で野営の準備をしている。お前の子分がやられたのがさっきの話でそれが俺らの中の誰かってんなら、間違いなくこの中にいるぜ?」

「いや、いないと言うのなら本当にいないのだろう…呼びつけて悪かったな。下がっていろ。」

「へ、へい…!!失礼しました!!」


 犯人が見つからなかったことを残念そうにしながらも、ヘルクレスは犯人探しをしてくれた子分の労を労い彼を後ろへ下がらせた。子分はそれに応えながらも逃げるように子分の集団の中へ消えて行った。





「ヘルクレスが部下を下がらせたぞ!!どうやらあの中に犯人はいなかったみたいだ。」


 彼らのやり取りを周囲で見ていた野次馬達。その中の一人が後ろの方にいて状況を見れない乗り遅れた野次馬に光景を伝えた。


「おいおい…奴らのナンパを邪魔した奴っていったい誰だよ?」

「マーナガルフが嘘ついて団員を庇っているんじゃないのか?」

「そんなわけない。いくら奴だってヘルクレスの前なら素直に答えるさ。だいいちあいつらは見せしめで街封を歩き回っていたのは本当のことだ。」

「バンデッド・カンパニーって八百人の団員がいるっていうクランだろ?しかも身内には優しくそれに手を出す輩には絶対に容赦しないって…」

「マジかよ?まさかお前じゃないだろな?お前そういうのには結構厳しかったじゃないか?」

「違うよ…いくら僕でもあそこの団員とわかっていて手を上げるものか。」

「その犯人…俺たちで見つけられないかな?もし捕まえてヘルクレスに渡せれば強力なコネが作れるぞ。」

「いいなソレ。だがどうやって…」

 

 赤獣庸兵団の団員たちはバンデッド・カンパニーのナンパしていた男たちに手を出してなどいなかった。ならば犯人は誰か?野次馬達はひそひそと話し合って候補を探すが誰もがそれを絞れずあいつがやったこいつに違いないと情報がどんどんと錯綜していたのだった。その後ろの方でクロノスは一人でその犯人を考えていた。


「ヘルクレスの所の団員に手を出すなんて奇特な輩いったいどこのどいつだ?もし知っていて手を上げたなら相当に勇気のあるイイ男なんだろうな…一度あってその雄姿を拝みたいものだぜ。」

「クロノスさん!!」

「きっと背も高くていい感じに筋肉の付いた細身の優男…顔もそれなりに良く、だがそれを鼻に掛けない遠慮と確かな自信…ついでにきっと芸術のセンスと女性を見る目もいいんだろうな…もし会えたのならぜひウチの団員に…」

「クロノスさん!!わーたーしー!!」

「…お、なんだナナミか?」


 妄想で現実から切り離されていたクロノスの耳元で、駆けつけたナナミが大声で叫び、それによってクロノスは現実へと帰還した。


「君も様子を見に来たのか?他の奴らは?」

「すぐに来るよ。ニャルテさんたち酔っ払いはセーヌさんが強制的に酔いを解除しているし。シヴァルさんに聞いたの。「たぶんS級冒険者が二人子分を引き連れて睨みあっているだろうから見に行くと面白いと思うよ。」だって。」

「なるほど。見たいか?そら!!」

「きゃあ!!肩車なんて小学生以来…けっこう怖い!!」

「動くなよ。そらあっちだ…」

「どれどれ…うわぁ人がいっぱい。アレ全部二つのクランの団員なの?」」


 ナナミから事情を聴いたクロノスは彼女の下に潜り込んでそこから勢いよく立ち上がりナナミを肩車して野次馬の向こうを見させた。ナナミは睨みあう両陣営を見てその数に驚いていた。


「そうだ。片方の赤いコートの連中が君もさっき見ていた通りS級冒険者マーナガルフが率いる赤獣庸兵団。んでもう一つの野盗みたいな恰好している集団がバンデッド・カンパニーで、真ん中の上半身裸の大きなおじいちゃんがクランリーダーにしてS級冒険者「賊王」…ヘルクレス・バーヴァリアンだ。どちらのクランも数百人単位の団員がいる超大手のクランだぞ。今そこにいるのは五十人程だが、連れてきた三百人の残りはおそらく街に入りきらなくて門の近くに野営でもしているのだろう。来られても泊められる宿がないからな。どうやらマーナガルフの方もそれは一緒なようだ。」

「猫亭みたいな超零細とは比べ物にならないわね…もしかしてこのまま喧嘩が始まる流れだったり…?」

「ああ、実は…」


 クロノスはナナミを肩車した状態で両者が睨みあう事になった顛末を彼女に話した。


「なるほど…そのナンパを止めた人勇気あるね。」

「そうだな。きっとできた人間なのだろう。赤コートの連中の中に犯人がいればそれに落とし前付けるヘルクレスとそれを庇うマーナガルフですごいことになったのだろうが…違うのなら後は解散するだけだな。」

「そうだといいけどね…あれだけの人数ぶつかりあったら怪我人じゃすまないわ…あれはもうちょっとした戦争だよ。」


 ナナミはクロノスの頭上で二つのクランの動向を見守り、クロノスも野次馬の隙間から様子を覗うのだった。







「犯人はいないってんなら儂らの勘違いだ。道を邪魔して悪かったな。ほらお前ら、道を開けろ!!」


 犯人は赤獣庸兵団の誰かではなかったようだ。ヘルクレスは素直にマーナガルフに謝罪して子分たちに道を開けさせた。そして自分もまた道のわきにそれて彼らを先に行かせようとしたが、マーナガルフはそこをピクリとも動こうとはしなかった。


「…どうした?お前らがさっさと行ってくれないと儂らが犯人探しの続きができないだろ?儂らの大半は強行軍でさっき着いたばかりだから早く外の野営拠点に戻って寝たいんだ。…ああ、お前らとは反対の場所にいるからそこは安心しろ。」

「…ヘルクレスのおじいちゃんさぁ…」


 バンデッド・カンパニーの拠点の場所を伝えて警戒は不要だと告げるヘルクレス。そんな彼に対してマーナガルフは噤んでいた口をようやく開いた。その声には怒りでも疑いを晴らした案心でもない…まるで狂気に憑りつかれたかのような恐ろしいまでの口調だった。


「…勝手に疑いました。勝手に俺様の可愛い子分を犯人呼ばわりしました。そんで勝手に疑いは晴れたからもういいよハイサヨウナラ…ってのは、ちょっち都合がよすぎるんじゃねえの?」

「…何が言いたい?」

「つまりはだ。このままノコノコ引き下がったら俺らはお前らバンデッド・カンパニーよりも格下のクランってことを認めなくちゃならないってことだよな…?」

「それが?当然だろう?儂らのクランの団員はおよそ八百人。対するお前の赤獣庸兵団は三百人を下回る…どちらが上か比べるまでもないだろう?」


 マーナガルフに対しては同格の冒険者として接していたヘルクレスだったが、クランとしては明らかに相手を見下していた。彼の発言で周囲の空気が一瞬凍りつく。


「…数が多いからこっちのが格上?少数精鋭って言葉を知らないのかねぇ?どうせお前らのクランは各地の野盗でや賊で数を水増しした薄っぺらクランじゃねぇか…!!」

「あんだぁ…!?」「俺らを馬鹿にするのか!?」「いいぞ兄貴!!」

「なんだと…!?ウチの子分を馬鹿にするなら、たとえお前でも儂は許さんぞ…!!」

「そうだ親分!!」「言っちゃってください!!」「オオカミは一度学ばせてやらないとわからないんだ。」



「あ、これマズイ流れだ。」

「だよねクロノスさん?」



 二人の睨みあいを交えた口喧嘩にいいぞもっと言ってやれとそれぞれ相手を罵りあう二つのクランの団員たち。野次馬の中の賢い者たちはそれが口喧嘩で済むのはあと数十秒もないのだと気づいて生唾を飲む。この二クラン…間違いなく次の瞬間にはぶつかり合う。そう断定していた。


「下衆な赤獣が!!獣臭いんだよ!!風呂に入れよきったない!!」

「おい馬鹿…それはまずい…!!」

「なんだと!?俺様は綺麗好きだ!!もう許せねぇ…ワオオオオオオン!!死ね…「裂空飢狼撃」!!」

「わ、こっちに…あれ?」


 バンデッド・カンパニーの団員の一人がマーナガルフに汚い臭いと悪口を言うと、隣の仲間が慌ててそれを止める。しかしその言葉はマーナガルフにばっちりと伝わっていたらしい。彼は怒りの遠吠えを上げて両手の甲に填めた鍵爪を勢いよく振い斬撃の技を生み出してそれを飛ばした。悪口を言った団員はその斬撃が自分の方へ飛んでくると思い身構えるが…マーナガルフはそれを大空の彼方へと飛ばしたのだった。斬撃は星々が煌く空高くへと昇り、やがて肉眼では見えなくなった。その光景をしばらく見ていたバンデッド団員達だったが、次の瞬間には爆笑の嵐でマーナガルフを笑いだした。


「ノwーwコwンwすwぎwんwだwろ!!受wけwるw!!www!!」

「こんなもん草生えてまいますわ!!」

「オオカミちゃ~ん、技はちゃんと前を見て放ちましょうね。先生との約束だぞ♪」

「ぶえひゃひゃひゃひゃ…!!」

「お前らもこんなノーコンバカオオカミの子分で大変だな?同情するぜ!!」

「「「「…」」」」


 空を見上げてマーナガルフとその子分を笑うバンデッド団員たちだったが、笑われているはずの赤獣庸兵団の人間は誰一人して彼らに怒ることは無かった。それどころか彼らに哀れな視線を送る。それはまるで…これからすぐに死がやってくる人間を見つめる死神のような…そんな眼差しだった。だがバンデッド団員たちはそれに気づかずに未だに笑い続ける。そのうちに一人がなぜかただ一人こちらで笑っていないヘルクレスに声を掛けた


「親分…!!親分は何もおかしくはないんですかい!!こんなバカが目の前にいるのに…!!」

「おい子分たち…気を付けろ。降ってくるぞ。」

「親分またまた~何が降ってくるってんですか…まさかあの斬撃が降って…降って…え?」


 親分の冗談だろうと腹を抱えていた子分がそれに乗って空を見上げるが、そこにあるのはやはりキラキラ輝く無数の星々だった。今日は天気もいいので星の一つ一つの輝きがはっきりと見え、自分の真上にあるあそこのとびきり大きな星なんかはとても大きく光り輝いている。その光の色は他と違い随分と炎のような色に似ていてなぜかそれはどんどんと大きく…大きく?空を見上げていた団員はそこでようやく気付いた。そこにあったのは…


「な…岩…!!しかもでけぇ…!!」「燃えているぞ!!」「どんだけでかいんだよ…直径で100メートルはある…!!」「ふん、レッドウルフの若いの…随分なご挨拶じゃねえか。」


 空の彼方にあったのは、こちらに向かって降ってくる炎を纏う大きな大きな岩の塊だった。まだ空高くにあるゆえ正確な大きさは分からぬが、おそらく直径で100メートルはあるだろう…。一人の団員の叫びで同じく空を見上げていた団員たちも次々にそれに気づき、いつしかマーナガルフ達を笑っていた者は誰一人いなかったのである。その中でヘルクレスは、降ってくる大岩を見ることなくこちらを冷酷な眼差しで見つめるマーナガルフを見ていたのだった。






「なんじゃありゃ!?」「こっちに降ってくる…?」「なんであんなもんが…!!」

「ええー!?なにあれ!?岩!?しかも燃えてるし!!」

「あれは…マーナガルフの奴、いきなり大技で喧嘩の幕を切ってくれたな。」


 野次馬たちと一緒にナナミも空を見上げて振ってくる巨大な岩塊を見て驚いていた。だがクロノスはその横で冷静にそれを見ていたのだった。彼はその正体を知っていたからである。人は未知を既知に変えると恐怖と混乱がだいぶ和らぐとは誰かの言葉。彼の頭の上でその正体がわからないナナミは、クロノスに問うた。


「あれなんなの!?マーナガルフさんの技なの!?」

「ああ、あれはレッドウルフを象徴する彼の技の一つ…「狼星群・(カガヤキ)」空高く空気も無い場所へ斬撃を飛ばしてそこに漂う大岩の塊を少しだけ削り取って地に落とす技さ。」

「はぁ!?なんで斬撃が宇宙まで届くの!?どうしてこんな正確にこっちにあんなに大きな隕石を落とせるの!?」

「宇宙?隕石?君の所では名称があるのか?まぁどうしてそんなことができるのかと言われたら、S級冒険者だからとしか言いようがないか。だがあれは(カガヤキ)…マーナガルフの持つ(カガヤキ)(アマカケル)(テントドロク)(キメルゼマイソウル)の中でも一番弱い奴だ。」

「あれで一番弱いって…ていうか最後のなんか変じゃない?でもあんなの地面と衝突したら街が吹き飛んじゃうよ!!…ってかあれあっちのでかいおじいさんの下に落ちて行ってない…?」

「多分そうだろ。マーナガルフはあいつに落とすために使ったんだろうからな。」


 ナナミはどんどんとこちらへ近づいてくる巨大な隕石の軌道がヘルクレスを中心にバンデッド・カンパニーの方へ落ちていくのをしっかりと確認していた。





「子分の無礼は親分の責任でもある…親子仲良く潰れちまえよ!!」

「ガッハッハ!!なかなかいい技出してくれるじゃねえか!!相手にとって…不足無しだぁ!!」


 自分の真上に迫る大岩の塊。ヘルクレスはそれに怯むことなく背中から二つの戦斧を取り出すと、地面を強く蹴り飛び上がったのだ。…百メートルくらい軽く。



「なんであんなにジャンプできるの!?」

「S級だから。」

「百メートルは飛んでるよねあれ…?」

「S級だから。」



「喰らえ…「岩砕(がんさい)爆破(ばっぱ)ぁ」!!」


 飛び上がったヘルクレスは自らの体に大岩がぶつかる直前に両腕の戦斧を岩へ突出し叫ぶ。すると岩が戦斧にぶつかった次の瞬間、それが木端微塵に砕け散ってしまったのである。そして砕けた破片が次々と地面に落ちてそれは赤獣庸兵団もバンデッド・カンパニーも野次馬も周囲の建物も…すべてを等しく襲った。



「おい!!なんでこっちにまで…!!」

「大丈夫か!!」

「ウチの店がぁ!!」

「一人下敷きになったぞ!!助けろ!!」


「なんであんなんであんなに大きな岩が砕けるの…」

「あれは岩砕爆破。「ばくは」ではなく「ばっぱ」だから間違えないでな。あれは元々鉱石系のモンスターを砕く技だし…S級ならできるんじゃない?」

「もういい…スケールが違う。」

「そんなこと言ってないで…そろそろ始まるぞ。さぁ降りた降りた。」


 スケールの違うぶつかり合いにナナミはついていけぬとため息をしてからクロノスから降ろされた。



「案の定砕いてくれたか…それくらいやってくれなきゃ面白くねぇ…!!」

「なんのこれしき…そら返すぜ!!」

 

 ヘルクレスは着地した後で降ってきた大岩の破片を(それでも直径五メートルはあるが)、戦斧を振ってマーナガルフの居る方へ飛ばした。彼は突然自分に刃向かってきた技の残滓を見て、さして焦ることもなく鍵爪を装備した腕を十字に二回軽く降ると、その岩は四辺に割れてマーナガルフの横と上を飛んで行き後ろにあった宿屋に衝突した。飛んで行った岩の行く先を見届けて、それから見つめ合う二人。


「さて…こんだけ派手な挨拶をしてくれたってことは…これはもう喧嘩しますってことでいいんじゃな?…儂らと!!」

「当然。むしろこれで喧嘩しませんってなったら俺はなんなんだよ?お前らもそうだよな…?」

「はぁしかたない…」「楽しそうだし俺はやるぜ!!」「ひゃっはぁ!!」


 マーナガルフに呼びかけられ面倒だとは言ってもやはりそこは三度の飯より大好きな喧嘩。それを抑えられる団員などここにいるはずもない。彼らは持っていた丸太を放り出してバンデッド・カンパニーの集団へ武器を構えて走り出した。


「あっ、おい馬鹿…せめて優しく…ぷぎゃ!!」

「あーやめやめ止めて…ぐえっ!!」

「何するか!!俺はあの…痛い!!」


 では丸太の先にいた一戦目の喧嘩に負けた連中はどうなったか。支える者がいなくなった丸太は横に倒れ哀れな彼らは地面に落ちた。背中から落ちた者は丸太が衝撃を代わりに受けたので背中を撃った程度で済んだが、ナントカ子爵をはじめとする前から落ちた運の無い者は地面に叩きつけられた衝撃と背中の丸太にサンドイッチにされて顔が潰れてぐちゃぐちゃになっていた。




「親分来るぜ!!」「俺らも行っていいのか!?」「獣狩りだフッフ―!!」

「ああ、馬鹿には年上に対する礼儀ってもんを殴って教えてやらなきゃならん。好きなだけ暴れろ!!そして…すべてを奪うのじゃ!!」


 向かってくる赤獣庸兵団に怯むことなく武器を構えるバンデッド団員たち。彼らに出撃の許可を出すとヘルクレスもまた巨体で地を揺らして走り出した。


「儂を誰だと思っている!?儂はなぁ…盗賊、山賊、海賊、空賊、砂賊、迷賊、その他の賊諸々…すべての賊を率いる賊の中の賊の王…賊王ヘルクレス様だぞー!!可愛い子分たちよ!!礼儀知らずな若造に、自分でしでかしたことの愚かさと浅はかさを思い知らせてやれ!!」

「テメェら!!これから本日二度目の喧嘩じゃあ!!勝ったあとの飯と酒と女はもっと美味くなるぞ!!賊王がなんだ!?所属団員数八百人がなんだ!?時代はいつも若者が作るんだってことをあの老害ジジイに思い知らせてやれ!!」


「「「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」」」


 二人のS級による大技の応酬。それが開戦の合図だった。二人のクランリーダーのそれぞれの掛け声で、団員たちは相手へと一斉に向かっていくのだった。 




「やべぇ…どっちも動き出したぞ!!」

「これもう犯人探しとか言ってる場合じゃないな…」

「逃げろ!!巻き込まれるぞ!!」

「ちょっと待て…岩の下敷きになった仲間を助けるのを手伝ってくれ…!!」

「もうこれ傭兵と賊の激突だよね…?あの人たちどの辺が冒険者なの?」

「そんな君にいいことを教えてあげよう。冒険者の定義は…ライセンス持ってればみんな冒険者だ。たとえどう見ても傭兵や賊の類に見えなかったとしても…な。見てくれがあんなでもきちんとクエスト実績はあるから立派な冒険者だよ。」

「あきれてものも言えない…」


 逃げ惑う野次馬達の中で、クロノスとナナミはその場を離れることなく彼らの激突を見ていた。



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