第88話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(続・宿泊する宿屋の一階の食事処での出来事)
「はぐっ…はぐっ…!!うめぇうめぇ…!!」
「まずは食え。食い終わってから話を聞かせてもらうから。」
「ああ…むがっ…!!」
リリファの知り合いらしいゼルと言う名の靴磨きの浮浪少年。彼から話を聞こうとしたクロノスだったが彼はそれに空腹の腹の音色で言葉を返した。飯はいらないと言っていたがどうやらかなり腹が減っていたらしい。仕方ないのでいつの間にかいなくなったダンツの席に座らせてテーブルの料理を食わせることにした。彼の食欲の前にテーブルの料理は次々と消え今ではその半分が彼の胃の中に収まっていた。それくらいの食いっぷりだったのだ。
「ああ、こんないいメシ久しぶりに食ったわ…。兄ちゃんありがとうな!!」
「食ったならさっさとどこへでも行くといい。一刻も早く私の視界から消えてくれ。」
満足したゼルは爪楊枝で歯を擦すっていたが、それに不機嫌そうに突き刺すような口調で述べるリリファ。彼とは対照的に今のリリファには食後の満足感など、彼に再開したことですっかり吹き飛んでしまったらしい。
「そうは言うが昔の知り合いなんだろ?再開が嬉しくないのか?」
「こいつは元々靴磨きなどやっていなかった。こいつはミツユースではあのデビルズの隊長格をやっていたんだぞ。子分を使い捨てにしながら街のあちこちで盗みを働いていたんだ。」
「なんだよファリス…いや、リリファだっけ?そんな硬いこと言わないでくれよ~。俺殺しだけはやってなかっただろ?」
「確かにそうだが、お前は殺し以外ならすべてやったような屑だ。死人が出ていないのも被害者が単に幸運の持ち主で運よく死なずに済んだだけの事…それだけだ。クロノス、こいつはお前も良く覚えているはずだ。会ったことあるだろう?」
「んー?ミツユースに浮浪児なんてたくさんいるからな…いちいち覚えていないぜ。」
「思い出せ。父さんの屋敷の地下で、ダグ…グランティダスが斬ったやつだ。」
「…ああ!!あの時のやつか。そういやそんな顔だった気がする。てっきり死んだかと思っていたよ。」
頭に手を当て記憶を探っていたクロノスにリリファはかつての浮浪児仲間で少年に成りすました大犯罪者の名を出すと、クロノスはすぐに思い出すことができた。
「あの後お前がどうなったか知らなかったし街でも見かけなかったから、斬られた時の傷でもうとっくにくたばっているかと思っていたが…迷宮都市まで逃げ延びてしぶとく生きていたのか。」
「ああ、ゼルに刺されたあの時ばかりは流石に死ぬかと思ったね。だけどあの後目を覚ましたら牢屋の中のベッドに寝かされていてよ。傷の手当てもされていた。運よく警備兵が俺をひっ捕らえて医者に見せてくれたらしいな。」
「ちっ…!!警備兵も余計な気を効かしてくれる。」
「医者は助かったのが奇跡だって言ってたぜ。あんな痛い目に合わせたダグの野郎はどんだけ殴っても殴り足りないがあの後で死んだって聞かされたからな。恨んでも不毛だ。」
「しかしよくお前が釈放されたな。あれだけの罪を犯せば鉱山送りは間違いないだろうに…警備兵を買収でもしたのか?」
ミツユース含めポーラスティア王国では大罪を犯しても極刑にまでならない程度の犯罪者は皆まとめて北の鉄が採れる鉱山へ移送されてそこで被害者やその家族。そして社会への償いの奉仕の名のもとに死ぬまか恩赦が出るまで強制労働に勤めさせられる。それは例え子どもであっても例外は無く大罪を犯せば容赦なく連れて行かれるのでデビルズの幹部格たちも揃って送られたと聞かされていたリリファは、デビルズでもそれなりの出世株だったゼルも生きていたのなら同様に送られたと今の今までそう思っており、なぜここに彼がいてしかも靴磨きをやっているのか…それが全く腑に落ちなかった。
「デビルズも無くなって捕まった俺にそんな金があるわけないだろ。それなんだが…実はお前の言うとおり一度は鉱山送りが決まってそっちへ送られそうになったんだ。だけど鉱山へ護送される途中の街道で乗っていた馬車が野盗の集団に襲われてさ、その騒ぎに乗じて運よく逃げ出してなんとかたどり着いたのがここだったのさ。」
「それはもしや…」
ゼルが自慢げに逃走の話をするが、そこで話を聞いていたイゾルデに心当たりがあったらしい。ゼルの話を一時中断させて自分が話した。
「その話ならあたくしも耳にしておりますわ。犯罪者を乗せた護送車が金品の輸送車と勘違いした野盗に襲われたと。おそらくそれですの。幸い警護の兵に重傷者はおりませんでしたが、護送していた罪人の何人かが殺されたり逃げ出したりしたと。凶悪な犯罪者が誰一人乗っていなかったのがせめもの救いですの。」
「この姉ちゃん誰?冒険者?」
「お前は知らなくていい。なるほど…罪を許されたわけではなかったか。ならばお前を再び警備兵の詰め所へ突き出すまでだ。ここにも少しくらいなら詰めている兵がいるはずだからな。」
「わ、ちょっと待て…うわ!!いつつ…降参。俺今ナイフとか持ってないから。靴磨きの道具しか持ってないから!!」
リリファは椅子から立ち上がり太腿に装着したナイフホルダーからナイフを一本取出すと、それをゼルに向けた。それに驚いたゼルは椅子を後ろに倒してひっくり返ると両の手を上げて降参の意思を示した。
「俺は心を入れ替えたんだよ。こっちへ来て新参者の俺はこっちの浮浪児の中でも一番の格下になったんだ。そんで残飯を漁って暮らす本当の底辺を再び体験してわかったんだよ。いつまでもこんなことしていても結局最後にはまたゴミを漁るみじめな暮らし…ならいっそ死ぬ気で真面目に働いてここから脱出してやろうってな。だから見逃してくれ!!後生だから!!なじみの顔に免じて許してくれ!!」
「気づくのが遅い!!お前が気づくまでにどれだけの人間が被害にあったのか…いくらお前が直接殺していないとは言ってもその後で家を失って一家離散になった家族とかもいたんだぞ!?…お前ではなくデビルズ全体の業だが私もその一人だ。」
「ファリス…」
リリファはナイフをプルプルと震えさえせてゼルを睨み付けた。ゼルもそれにはやはり罪悪感があったようで、目を逸らしてばつが悪そうにしていた。
「はーい終わり終わり。辛気臭いのは無し。はい没収。」
しばらくその状態が続いていたがクロノスがリリファからナイフを取り上げて席に座らせた。
「あっ、なにをするクロノス!!」
「いつまでもグダグダ言ってんじゃねぇよ。食後の余韻が台無しだ。冒険者は過去に拘らない物だ。それが例え身内の不幸の原因が目の前にいたとしてもだ。」
「だが…!!」
「お前はデビルズの残党の動向を冒険者になってからも見張っていただろう?そこにゼルの脱走の話とこいつの指名手配はあったか?」
「いや…それは無かったが…」
「なら決まりだ。つまりギルドも国もこの程度の雑魚が一人逃げたところで気にも留めていないということだ。君は何時から勝手に人を裁ける立場になった?こいつを裁きたければ今すぐ警備兵の詰め所の門をたたくことだ。…冒険者を辞めてな。」
「しかし…こいつは…」
「こいつが君を実家から追い出した敵の一人だとか、放置しておくとよくない屑だとか…君のそういう気持ちはようくわかる。だが今日俺らがなぜこの迷宮都市にいるのかを思い出せ…俺らは依頼を受けてここにいるのだぞ?彼女の許可なく勝手なことはできない。なぁイゾルデ嬢。」
「えっ?あたくしですの…?」
クロノスはそう言って時折口を挟んでいたイゾルデに話を振った。いきなり自分が話題の中心に振られたイゾルデはびっくりしながらも返事を返す。
「そうあなただ。イゾルデとしては、目の前にいるこの屑だとかいう浮浪児…勝手に捕まえて警備兵の詰め所に突きだしてもよろしいのかな?あなたの依頼を後回しにしてでも。」
「…」
そう問われたイゾルデは顎に手を持って行って少し考えると、結論を出したようで答えを続けた。
「本音を言わせていただきますと…正直なところ詰所には行ってほしくありせんの。もしゼルさんを警備兵に明け渡すのなら現場検証と事情聴取が必須になりますわ。それだとここにいるあたくしも立ち会わなくてはならないんですの。もしそこでここに駐在する警備兵の中にあたくしの顔を知る兵がいたら、あたくしが王宮を無断で出たことがばれてしまいますわ。それに根本的な問題として…ゼルさんが逃亡しても指名手配されないほどの小物なら、こちらまで捜索の書類は来ていないでしょう。例え捕まえて引き渡しても信じてもらえませんわ。すぐに釈放されてしまいますの。」
「なるほど。つまり…」
「犯罪者として立件するのが難しいことですし、あなた方を雇ったあたくしの立場として彼を捕えるのはメリットがあまりない…ようするに断らせていただきますの。」
「そうか…依頼者の決定ならばしかたない。…ゼル。命拾いしたな。」
イゾルデの結論でリリファは大人しくなり、クロノスからナイフを手渡されてそれをホルダーに仕舞うと椅子に座り直してコップの水を飲んで昂った気を静めていた。どうやらゼルを捕えるのを諦めたらしい。
「えっと…俺どうすれば…」
「おめでとうゼルくん。ひとまず君は放置ということで決まった。だが俺は…君を覚えたからな。国の方針が変わって君が指名手配されるようなことがあれば俺が捕まえるから。」
「よかった…ひっ…!!」
とりあえず捕まりはしないのだと一安心したゼルはクロノスの方を見ると、彼の紅い瞳がぎらぎらと輝いて見え、そこに恐怖の感情を覚えた。
「…まぁどうせ迷宮都市の外にまで逃げ延びるとは無理だと思うからしばらくは放っておいても大丈夫だろ。俺に免じて今日の所は見逃してやれ。」
「…ああ。」
「クロノスさん話し終わった?」
話がまとまったところで隣のテーブルで食事をしていたナナミが話しかけてきた。
「ああ。どうした?」
「なんかどっかに行ってたダンツさんが大急ぎで戻って来てさ、なんか伝えたいらしいよ。私が聞いてあげればいいんだけど今ちょっと…」
「にゃーにゃーにゃ!!にゃにゃみちゃんどげんしたんこつぅ?もっと飲もうにゃ!!ほら年上をもてなすのにゃあ。にゃあの酒が飲めないってのかにゃ!!」
「わ、ちょっと私未成年だから…!!」
そこまで伝えたナナミの手を、酒に酔ったニャルテマが引っ張っていった。隣のテーブルがやけに騒がしかったので何が起きたのかとクロノスがそちらを見れば…
「はい五番ヘメヤ!!アヒルの物真似やりまーす。…かぁ~ぐぇっぐぇがぁがぁ…品性の欠片も感じられない残念な人の子よ。悔い改めなさい。…ってカメガモ様じゃねーか!!ぶぇーひゃっひゃっ!!ウケる!!もう最高!!」
「ヘメヤ兄ちゃん笑い上戸だったんだね…。ほら頭のキノコから紫色のヤバそうな色した胞子が飛んでるから揺らさないで…!!」
「だ~か~ら~!!なんで古代の貴重なお皿を二つに割って別々の客に売るんですか店主!?…え?そっちのが売れると思った?アホか!!そういうのは綺麗な状態で現存しているから価値があるのであって…聞いているんですか?聞いているのかっつってんだよ店主ぅ!!なんか言ってみろオラァ!!」
「オルファンさん落ち着いてくださいませ。あとそちらは店主さんではなくただの植木鉢でございます。まずはそちらを床へ置いて…」
そこはすっかり酔いができあがったヘメヤとオルファンの独壇場であった。それぞれを落ち着かせようとしていたアレンとセーヌも困り気味だ。何事かと思っていたクロノスだったが隣にダンツが来たので彼から話を聞いた。
「なんでこんなことになってるんだ?」
「いやそれが…オーダーミスで頼んでいない強い酒が来たらしくてそれを間違えて飲んじまったみたいッス。ニャルテマはまだマシな方だがオルファンとヘメヤはそんな酒に強い方じゃなくて飲みすぎると笑い上戸と怒り上戸が出ちまうッス。」
「まぁそれくらいなら…それよりもダンツ。話ってなんだ?」
「ああそうそう…旦那、大変ッス。俺ちょっと腹ごなしにその辺散策していたんだがそっちの通りで…あ、来たッス!!」
「…なんだあれ?」
ダンツに指で示されて大通りに続く道の方に目をやると、やってきたのは赤いコートに身をつつむいかつい男の冒険者の集団だった。あのような目を引く共通の恰好を見間違えるはずもない。赤獣庸兵団だ。彼らは二人一組でなにやら長い丸太を天に掲げており、その先にいたのは…
「くそぉ…おろせ…俺を誰だと…」
「うう、恥ずかしい…」
「いっそ殺せ…」
丸太の先に縛られていたのは夕方ごろに入場門の前で赤獣庸兵団に挑んでいた冒険者や傭兵だった。その中に彼らを赤獣庸兵団の連中に仕掛けた張本人のナンタラ子爵とその私兵も混じっていたので間違いないだろう。丸太には彼らが一人一人縄で縛られていて、彼らは体中のあちこちに傷を作りながらゴメンナサイだの降ろしてくださいだの呟いて下で自分を持っている団員たちに謝っていたが、彼らはさして気にも留めていなかった。
「なんだありゃ?」
「お兄さんどうした…げ、赤獣庸兵団…!!あいつらまた見せしめやってんのかよ。」
「見せしめ?どういうことッスか?」
「通りを見てみろよ。驚いている奴とそうでもない奴らがいるだろう?」
「そういえば…」
ゼルにそう言われてリリファが周囲を確認していたが、周りの冒険者達も自分達ろ同様に驚く者もいればゼルのようにまたかとうんざりした様子で見守っていた者がいた。前者はクロノス達と同じくここ数日の間に迷宮都市に来た者達だろう。
「あいつらいつもこんなことやってるのか?」
「ああ…あいつらここ最近迷宮都市に来たんだがとにかく喧嘩っ早くてな。他の冒険者や傭兵なんかと些細なことでトラブル起こしてすぐ喧嘩始めるんだ。しかもそれを面白がって見物していると俺らの喧嘩にギャラリーはいねぇとか訳わからんことまで抜かして見物人にまで突然殴り掛かってきたりするんだぜ。冒険者や傭兵が巻き込まれるなんかはともかく、依頼客の貴族や商人なんかもお構いなし。あいつら報復とか怖くないのな…」
「迷宮都市は冒険者の街の一つだからな。自分の国の身分はここではあまり通用しない。しかしてっきり今日のあの子爵だけかと思ったが他にも犠牲が出ていたか…流石にあれは少々やりすぎだな。で?それは分かったが見せしめとは具体的に何をしているんだ。掲げられているのは夕方に彼らと喧嘩をしていた連中のようだが。」
「あれは喧嘩に負けたやつを見せしめに吊るし上げているんだ。ああやって縛って街中を奴らが飽きるまで連れ回される。そうすると負けたことを吹聴されながら顔を街中の人間に覚えられるもんだからから恥ずかしくてもうここじゃ活動できないから逃げるように出て行くしかない。一応あいつらも殺しはご法度らしくて喧嘩で出た重傷者は吊るさずに手当てをしてくれるし、具合が悪くなったやつも先に降ろしてくれるらしいが…」
ゼルが丸太に張り付けられた冒険者の一人に哀れな目を向ける。向けられた男は顔を真っ赤にしてばつが悪そうに横を向くのだった。
「ギャハハ!!今日の喧嘩も絶好調!!者ども凱旋じゃあ!!ウオオォォォン!!」
そんな集団の先頭を上半身裸で闊歩していたのは彼らを取りまとめるクランリーダーのマーナガルフだった。彼は今日も喧嘩に勝って絶好調だとご機嫌にオオカミの遠吠えを真似ていた。
「喧嘩の後の飯は美味い!!酒も当然美味い!!そして夜中には女の子も…ギャハハ!!今晩は娼館を丸々貸し切ってハッスルしちゃうぜ!!二ダースは孕ませちゃうぜ?ゲヘヘ…」
そんなことを呟きながらマーナガルフはオオカミの毛皮を頭にかぶったようなぼさついた赤髪をわしゃわしゃと掻いて道を突き進む。彼の姿を見た街の人間は相手をしない方がいいと彼から目を逸らすのだった。
「あんなことして誰も止めないのか?」
「それなんだよな。冒険者が暴れるとギルドの制圧人員が出てくるって俺も聞いたんだけど、あいつらが来てからそんなこと一度も無かったぞ。」
「止めないんじゃなくて止められないんだろうな。マーナガルフはS冒険者だ。ギルドの職員でも止めるのは難しいし職員はギルドに手を出さない冒険者同士の諍いはやりすぎでなければ動かない。貴族にまで手を出すのはかなりグレーラインだが…ギルド的にはまぁ手を出さなくていい範囲なんだろう。」
「…S級?あいつが…?そうは見えないが。」
クロノスの発言に驚いたリリファは座っていた席から見えなくなりかけていたマーナガルフをもう一度よく見る。それほどに彼は、その…冒険者の頂点に立つほどの大物には見えなかったからだ。
「冒険者は見た目で選ばない方がいい。特にA級以上は見た目が強さに比例しない。考えても見ろ。今はもう冒険者を辞めたがミツユースで監視員をしているジムも元A級だぞ?あのジムが。」
「…そういやそうだな。あのジムがA級なんだものな。」
「そのジムというお方…どれだけ実力者に見えないんですの…今ごろその方もくしゃみをしているに違いありませんわ。」
「でもジムだし…地味だし…だが冒険者の見た目が実力に見合わないという説には納得しかないな。ジム以前に目の前にどうしてもS級に見えない実例がいるしな。」
「ということだ。イゾルデ嬢も大変ショックな光景かも知れないが縛られているあいつらを助けたいなどとは思うなよ。あいつらは欲に目が眩んだとはいえ自分の意志で向かって負けた連中だし、マーナガルフはああ見えて頭がいい。各国の大臣や王族貴族の顔と名前を隅々まで知っているから前に出ると君の正体に多分気付くから。」
「…ええ、気を付けますわ。」
「おいファリス。S級ってなんだよ?冒険者の戦闘力かなんかか?」
「知るか。これでも食ってろ。」
「ん?こりゃどうも…これもうめぇ!!」
マーナガルフがS級であることをなんとか納得していたリリファとクロノスから警告を受けていたイゾルデのその横で、冒険者のランク制度をよく知らないゼルが首をかしげてリリファに尋ねていたが、リリファは答えるのにめんどくさがってクロノスの真似をしてゼルに料理を勧めていた。
「兄が不手際をしたことは詫びよう…そちらが求めるのなら慰謝料も払う。だから兄者を解放してはもらえないだろうか?」
「こんだけやりゃ恥ずかしくてもう街にはいられねぇ…明日にはおとなしく出て行くから返してくれな。仲間なんだ。」
「…あーはいはい、後でな。」
「そんな…せめてそちらの大将と話を…!!」
しばらく丸太を持った庸兵団の行列が道を通って歩いていくのを観察していた一行だったが、列の後ろの方では見世物にされる喧嘩に負けた者の仲間や身内が集まって彼らを解放するように説得して丸太を持っていない団員に抑えられていた。しかし団員たちは聞き入れてはくれない。それどころか仲間がこいつだと名前を教えると「俺らに刃向かって見事敗れた○○くんでござーい!!」などと叫び丸太を持った仲間に丸太を振らせて更に注目を集めるのだった。そうしているうちに捕まった仲間の解放を求めて冒険者と見られる一人の少女が新たい前に現れ、顔に痣を作る少年を丸太に縛って掲げていた一組の団員の元へ駆け寄ってきた。
「ちょっとハヤトを離しなさいよ!!」
「あん?お嬢ちゃんこいつの彼女かなんかか?お熱いねぇ!!」
「なっ…違うわよ。パーティーの仲間よ。こいつのことなんか全然…!!」
「リッツ…離れてろ…僕なら大丈夫!!」
「ハヤト!!大丈夫って酷い傷じゃない!!ハヤトはあんたらが私に絡んできたのを止めようとしただけよ。あんたらには手を出してないわ。ねぇお願い解放してよ…!!」
「わかったわかった。でもすぐには無理だ。兄貴が言うにはこの見せしめは自分達を舐めて掛かるような奴がいないようにするために絶対しなきゃいけないんだと。俺らはこっちではあまり活動していないから知らないやつに思い知らせるんだってさ。あとついでに俺たちの足腰を鍛えるためとか。」
「そうそう。こんなに長い丸太に人間一人付けたのをたった二人で持って街中を歩き回るのはかなり大変なんだぞ。だがサボったら俺らが兄貴に殺されちまう。」
「知らないわよそんなの!!あんたらが聞いてくれないならその兄貴ってやつに直接交渉してくるわ!!」
「悪いことは言わないから止めとけってお嬢ちゃん。兄貴は上機嫌の時にそれを損ねられるのが何よりも大嫌いなんだ。時には嬢ちゃんみたいな女でも容赦はしねぇ。心配しなくてもいつものようにそのうち飽きるだろうから、そうしたらこっそり解放してやるよ。そんで手当てして仲直りに一杯奢ってやるから。」
「でも…!!」
少女は団員にそう宥められていたが、やはり納得いかないようで再び仲間の少年の解放を求めるのだった。
「はぁ…あいつらがいると今日はもう商売できないな。面倒なことになる前に俺帰ろうっと。んじゃお兄さんごちそうさん。…ついでにこれとこれとこれももらっていくわ。それじゃ…あ、そうだ。ファリス…じゃなくてリリファ!!」
商売あがったりだとゼルはテーブルの上に置いた売道道具のブラシやクリームの完をポケットに仕舞い込み、残った料理のいくつかを懐から出した紙におみやげに包んで去っていく。そして歩き始めたところで振り返ってリリファの名を呼んだ。
「俺帰るけど会いたきゃこの辺で毎晩靴磨きしているから!!何か用があったらその時に頼む!!それじゃ!!」
「お前に用などない。二度と顔を見せるな」
「そう言うなって、これからもごひいきに…おっと、すまねぇ。…おい旦那?すまねぇって。」
「ん…ああ…」「ぎゅう。」
挨拶をしてから前を向いて歩き出そうとしたゼルだったが、そこで前にいた肩に真っ黒なウサギを乗せた細身の男にぶつかり謝罪した。しかし細身の男はぶつかったことも気にせず通りをぼーっと突っ立っていた。
「なんだい…む…!!あれは…!!まさかここに彼がいるとは…!!」「ぎゅっぎゅう!!」
「何言ってるんだ?今向こうは赤獣庸兵団の連中が歩いているから行かない方がいいぜ。」
「ハハハ、あんなのに興味はないよ。だけど君にぶつかったおかげで僕はすごく会いたい人に会うことができたよ。どうもありがとう。」「ぎゅぎゅーう♪」
「…?それじゃ俺行くから。…肩にウサギなんて乗っけて変な奴。」
何故かぶつかったのに礼を言われ変に思うゼルだったが、早くこの場を去りたい感情がそれを上回りいそいそと帰路を急ぐのだった。
「ニャルテマさん堪忍してやぁ…私お酒飲めないから。」
「にゃはは!!にゃーにゃみちゃんのイイトコ見てみたい!!あそれ…!!」
「あっはっはっは…!!なんか視界がぐるぐるで目がまわーる。」
「酔いすぎて前後不覚になってるんだよ。水でも飲んで…あれ?なんかおいらまで目が回る…もしかしてこの胞子のせい…?あ、これまずい…」
「おおっ!!これは古代スーケイン文明の秘文書…まさか直にお目に掛かれる日が来るとは…ん?おい店主!!端にソースの染みが付いてるじゃねぇか!?どんな適当な管理してるんだこの野郎!!」
「オルファンさん。それは秘文書ではなく手拭きでございます。あとそちらは店主ではなく蛾ですのであまり強く握られますと…生き物はどうか大切にお願いいたします。」
「ところで知りたいことが一つあるのですが…」
「なんだ?」
ゼルが去った後で料理の殆ども片付いたので、向こうのテーブルの混沌が未だ続くのを肴にこちらは静かに食後の余韻を楽しんでいたが、そこにイゾルデがクロノスへ質問してきた。
「冒険者の頂点であるランクSの人物…クロノスさんもそうですが、いったい何人くらいいるんですの?」
「あ、それ私も知りたい。」
「そういや俺も知らないッス。」
「私もだ。何人いるんだ?」
イゾルデの些細な質問に反応を示したのはダンツとリリファ、そしてやっぱりあちらは自分には無理だと戻ってきたキャルロだった。彼らはイゾルデの質問に興味を示して同じようにクロノスに尋ねるが、彼は食後の水を一杯飲むと苦そうな顔を見せた。
「特定のランクの冒険者が果たして何人いるのか…その質問に答えるのはかなり難しいな。特にS級は。実はギルドはランクごとの冒険者の人数を正確には公表していない。そういった情報も武器になるからだろう。なんせ高ランク冒険者は一人一人が決戦兵器の様なものだ。迂闊に情報を出すと各国からも警戒されかねない。別にイゾルデ嬢がポーラスティアの人間であるから教えたくないわけじゃないぞ?本当に俺は知らないんだ。俺だってS級全員と知り合いなわけではないからな。」
「でしたらクロノスさんの知るS級冒険者だけでも教えて頂けませんの?あくまで個人的好奇心によるもので利用したりなどしませんわ。」
「わかった。まずは…「君の親友、神飼いことシヴァル・ビートイーターだよね!!」「ぎゅうぎゅう!!」そうそう。シヴァル。神飼いのシヴァル。それとさっき通って行ったレッドウルフのマーナガルフ。滅竜鬼のアティル。…影夜叉…暗闇姫…九重狐…風紀薔薇…ポーションジャンキー…賊王…熱血銀…飴祭…ハッピー&トリガー…武神…破界坊主…は降格処分になったっけ…」
「出るわ出るわ大物の二つ名。旦那もコミュ症の癖に結構顔が広いッスね。」
「なんだとダンツ?たしかに俺はミツユースに来てクランを作ってからはしばらく一人だったが…」
「結構いるんだな。既に十人以上出たぞ。」
「少ないくらいだよリリファちゃん。この広い大陸に十数人だよ?こないだのクロノスさんとシヴァルの時みたいに二人以上のS級がなんの予定もなく巡りあうこと自体かなりレアケースだよ。」
「その通りだぜ。何人か住んでいるチャルジレンならともかくそこ以外で出会うことなんて滅多に…ん?ちょっと待て。」
二つ名を口に出して指を折り、折る指が無くなればまたそれを開いて知り合いのS級を数えていたクロノスだったが、途中でその手が止まる。
「今最初にシヴァルの名を出した奴は誰だ?」
「さぁ?」
「知らないうちに自分で言ったんじゃないッスか?なんせ二人はお友達だと言うし、心の奥底で会いたい気持ちが口に出たんじゃないッスか。」
「バカ言え。あいつとは年に一回、会いたくないのにどうしても会わなきゃいけなくてしかたなしに会いに行けばゴメンやっぱり予定が会わないからまた今度…それくらいの仲でちょうどいいのさ。あいつに頻繁に会っていたら俺の胃が持たない。得にあいつとは先月会ったばかり「やだなぁ、僕は毎日だって君に会いたいぜ?」「ぎゅい!!」…え?」
クロノスが目を瞑って椅子にもたれかかり足を軸にして椅子を後ろにゆらゆらと揺らしていると、後ろから声が聞こえ、クロノスは首を後ろに向けながら目を開いた。そこにいたのは…
「やぁ親友。会いたかったよ!!」「ぎゅう!!」
「よぉ親友。会いたくは…ない。絶対にない。先月会ったばっかりぞ?今すぐ帰って。お家へゴーして。」
背後にいた肩に黒いウサギを乗っけた細身の男。それは紛れも無く話題の中心をかっさらうクロノスのお友達であった。