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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第87話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(宿泊する宿屋の一階の食事処での出来事)


「お腹すいたにゃあ…旦那たちまだかにゃ…早くしてくれないとお腹と背中がくっつくにゃ。」

「そろそろ来るんじゃないですか?先に料理の注文とっておきますか。」

「料理が先に来たら冷めちまうぜ。オルファンは旦那に冷や飯食わせる気か?もう少し待ってるッス。」

「だがこれだけの客だ。早めに注文しておかないと来るのを待たされるぞ。」

「そうッスねぇ…お、ちょうど良い。旦那たちがお帰りッスよ。おーいこっちこっち…!!」


 大通りから少し脇にそれた所にあるダンツ達が見つけたイゾルデ御一行の拠点となる宿。ダンツ達はそこの一階の一面の壁が無く外に吹きさらしの酒場の、通りに面したテーブルを二つ陣取りイゾルデ一行と迎えに行ったキャルロの帰りをまだかまだかと待ちわびていた。料理を先に頼もうかどうかと話していたときに丁度よくキャルロ達の姿が通りの人ごみの中に見えて、ダンツは椅子に座ったまま手を振って呼びこんだ。


「ただいま~迷宮ダンジョンいい感じに練習できたよ。これで明日から本格的に挑戦できるね。」

「それはよかったですね。僕らも明日が楽しみですよ。…クルロがどっかに行っちゃったけど。」

「明日になれば戻ってくるだろう。それよりもそっちは何事も無かったか?」

「特には。強いて言うのならキャルロが悪質なナンパを受けて連れてかれそうになったから馬鹿なナンパ男たちをクロノスさんが叩きのめしたくらい?」

「ええっ!!大丈夫だったんですか?」

「オルファン驚きすぎだにゃ。そんなの冒険者のつまらん日常にゃ。依頼者の方に何もなかったならそれでよしにゃあ。」

「そうだな。君達もいい宿を見つけてくれたじゃないか。それよりももう食べ始めていたのか?」

「いや、まだ注文前ッス。さぁ座った座った。話は料理と酒を頼んでからにしようぜ!!」

「そうだね。おいらもうお腹ペコペコだよ!!どこに座ればいい?」

「好きに座れよ。冒険者に席順や礼節なんてないッスよ。あったとしても上座がどうだとか畏まったモンじゃねえよ。」

「良いこと言うじゃないかダンツ。よし、今日は俺が出そう。景気づけに好きな物を好きなだけ頼むといい。」

「やった!!じゃあ私は…!!」


 クロノスがそう言ったので、ナナミ達は二つあったテーブルのそれぞれに思うがままに座った。そして店員を呼んで各々が求める料理や酒を大量に注文したのだった。







「美味しい!!これも美味しい!!あれもおいしい!!全部美味し…いや、魚は微妙かも…。なんか臭みが残ってるし塩辛いし…ミツユースの方が三倍くらいおいしい。」

「ミツユースは港街だからね。いつも新鮮な魚が手に入るから内陸部の保存用の魚じゃ敵いっこないよ。おいらは肉が結構おいしいと思うけどね。味が濃くて味付けのソースも最高だよ。あむっ…!!」

「ミツユースの魚の方が美味いのは当然にゃね。にゃあも魚が美味くて流通都市を離れられにゃいクチにゃし。魚と言えばにゃあの故郷の魚もとっても美味しいにゃ。あそこも海沿いの港街にゃったけどこっちとは違う種類の魚も多くて…」

「へぇ、どんなのがあるんですか?僕の故郷は内陸部だから魚と言ったら川や湖の物が普通なんですよね。」

「あ、私も知りたい!!身を焼くとピンク色になる魚とか知らない!?」

「オルファンもナナミちゃんも落ちつけにゃあ。まず代表的なのは…」

「騒がしいな。人数は少ないがいつものバカ騒ぎと変わらない。」

「でも嫌いではありませんね。」

「そうだな。俺も気に入っているよ。」


 テーブルの一つに大量に置かれた数々の料理をナナミとアレンがガツガツと食べている。そして魚の話題で盛り上がっているニャルテマにオルファン。それをほほえましく見守ってヘメヤとセーヌが静かにそれぞれの飲み物を口にしていた。それが片方のテーブルでの光景だったが、もう一つのテーブルではクロノス、イゾルデ、リリファ、ダンツ、キャルロが話を交えて食事をしていた。


「冒険者向けの食事というのはもっと荒っぽいというか…豪快な料理を想像していましたが、味が濃い目なだけでとても美味しいのですわね。お酒も中々の品ですし嫌いではありませんの。庶民の料理は出されたメニューを順に食べていかないと言うのはお忍びの出掛けで知っていましたが、やはり好きな物を好きなだけ、ウェイターにやらせるのではなく自分で取って食べるというのは何度体験しても斬新ですの。」


 イゾルデは初めて目にする冒険者向けの器に山盛りに盛りつけられた料理の数々に始めは圧倒されていたが、そこから少しずつ自分の皿に盛ってナイフとフォークを使い分けてゆっくりと味わっていた。クロノス達もイゾルデに美味しくないと言われなくてよかったと一安心だ。なんせここ迷宮都市は冒険者の街。冒険者以外の高貴な者向けの料理を出す店など数少なく、またそういった店も紹介状や身分を開示しての入店が基本であるため、謎の依頼人Iことイゾルデ・ベアパージャストとしてこの都市を訪れているイザーリンデでは入ることはできないからだ。


「高貴な御身分のイゾルデ様に気に入っていただけたのならこの店も光栄だね…ほら、こっちの骨付き肉なんかも美味しいよ。」

「これも美味しそうですわ。…お肉が骨に付いたままですがこれは店員の方を呼んでお皿に切り分けていただくのですの?」

「そうじゃなくてこう手に持って豪快にがぶっと…」

「ええ!?さすがにそれは…フォークとナイフで切り分けますわ。」

「まぁまぁそう言わずに…こういう食べ方が一番おいしいから。」

「まぁ郷に入っては郷に従えとありますから…んっ…!!美味しいですの!!」


 キャルロが見本を示して骨付き肉にかぶりついて見せたが、手を使って食べると言うのがイゾルデには衝撃的だったようでフォークとナイフで食べようとしていたが、キャルロが強く勧めてきたのでおそるおそる手に持って食べていた。イゾルデは高貴な育ちのようだがかなり順応性の高い人物の様だ。彼女の世話はキャルロに任せておけばいいとクロノスとダンツは飲みながら二人で話をしていた。


「それでさっき宿を探している途中でミツユースでしばらく見なかった連中に偶々会ったッス。話を聞くにどうやらエリクシールの噂を聞きつけて俺らに内緒でこっそり来てたみたいッスね。」

「情報は冒険者の大切な武器にして飯の種だ。いくら同じミツユースの冒険者でも教えなかったことを責めてはいけないな。」

「そうッスね。俺だって自分がもしそんな情報を手に入れても旦那にだって何の見返りも無しには教えないッス。まぁ高い酒の一つや二つであっさり白状しそうだが…それより旦那の言うとおり、イゾルデ嬢の情報はかなり精度がいいみたいッス。旦那たちが戻ってくるまでに聞き込みをしていたが情報がとにかく錯綜していて…エリクシールはダンジョンから既に出てきて裏の組織が奪い合いをしているとか、持ち帰った一本はギルドが既に購入者を裏取引で決めていて競売には掛けられないとか、そもそもエリクシールは迷宮ダンジョンではなく近隣で新しく発見されたダンジョンで見つかったんだとか、エリクシールの効能がよく分かってなかったり…酷い奴なんて自分が何捜しているのかよくわかってなくてとにかく高く売れるすごい宝が手に入るチャンスだとか言っていたところもあったッス。」

「酷いもんだな。おおかたエリクシールが欲しい金持ちが情報屋や商人を雇って偽の情報をばらまいているんだろう。そんなことをせずとも誰かが手に入れたらそれを買い取ればいいだけなのに。君達も大きな声ではエリクシールの名を出さぬよう注意しろよ。」


 クロノスは自分の分の果実酒から酒を抜いたような弱い酒を飲んでから、ダンツにそう警告する。それにダンツはもちろんだと頷いて同意した。この会話でもエリクシールの部分は小声にして周りから聞こえないように暈しており、これなら大丈夫だろうと二人は再び会話を続けた。


「何が何でも他人に渡らないようにして自分の手で手に入れたいって奴がいるんでしょう。なんせ飲めば全ての不調が治るんっていうんだから、あらゆる手を使っても完治が見込めぬ大病や事故で失った手足が酒一つ飲むだけで戻ってくるのならそれくらいはやりそうッス。通りを見たッスか。肌に病の跡が残っている奴とか足が義足の奴とかもいたぜ。連中よっぽど最後の手段としてエリクシールに賭けているッス。」

「そこまでして欲しいもんかね…俺は生まれてこの方死に掛けたことなどなく、まさに健康優良児そのものだったから重要性が大して理解できないな。」

「そんなの旦那みたいな崖から突き落としても死にそうにない極一部の強い人間だけッスよ。人間ってのはみんな死ぬのが怖いッス。だから死につながる体の不自由はもっと怖い。」

「そういうもんなのかな?」

「そういうもんッス。俺だって冒険者なんてやっていていつ死ぬのかと思うと、怖くて眠れない夜もあるッスよ。そういうときは朝まで夜通し酒祭りに限るがな!!」

「どんな形でも恐怖を振り切る方法があるのなら大丈夫さ。さ、辛気臭い話は終わりだ!!明日への景気づけに好きなだけ飲め飲め!!」

「あざーッス。じゃあ次はちょいと冒険してこいつを…おーい姉ちゃん!!注文頼むッス!!」

「はーい!!ただいま!!」


 クロノスが話を打ち切ったのでダンツが残っていた酒を飲みほして、次はあれだと酒場の壁に書かれた品書きを見て店員の女性を呼んだ。女性が給仕をしながら元気よく叫んだのを聞いてクロノスは葉野菜で肉を巻いた料理をつまんで食べていた。


「…これもイケるな。野菜というのも中々いいな。そういえば猫亭の裏庭の物置に前の持ち主の老夫婦が置いていった畑道具が一式残っていたはず…あれで裏庭の一角を耕して野菜作りでもしようか。カメガモ公が新鮮な葉野菜が食べたいと言っていたしちょうどいい。リリファもこれを食べてみろよ。…どうした?」


 クロノスが自分が食べた料理をリリファに進めようとしたが、彼女は返事をしなかった。いつものように浮浪児の癖で食い貯めだと口いっぱいに料理を頬張り話す余裕もないのかと思ったが、彼女は手を止めて通りの向こうをただじっと見ていたのだ。


「おいリリファ。どうした?」

「…あ、ああスマン。ちょっと気になっていたことがあっただけだ。葉野菜の肉巻きだな?いただこう。…うん、美味い。」

「なんだよ気になってた事って。」

「いや…こちらにも浮浪者が多いなと思っただけだ。」

「ああ、そういうことか。」


 リリファの答えを聞いてからクロノスは大通りの方に目をやった。そこには通りに出店している他の酒場や食事処のテーブルでクロノス達と同じように食事をしていた冒険者や旅の商人と思われる人々がいたが、そこから少し離れたところでみすぼらしい格好の少年少女がたむろしていたのである。


「迷宮都市には大陸中から多くの人が来る。だが栄光の影に没落はあり…夢を見て迷宮都市に来たはいいが装備と実力のせいで思ったよりも稼げず毎日憂さ晴らしに賭け事や酒で誤魔化す日々。気づけば借金の(カタ)に全てを奪われ故郷にも帰るに帰れずますます落ちぶれる…そんな奴は多い。」

「だが通りにいるのは私と同じくらいの子どもばかりだ。大人がいないな。」

「君も浮浪者生活経験者ならわかるだろう?子どもの浮浪者は被害者だ。親に捨てられたり親が死んで住処を追われたり…そんな悲しい理由があるから人は浮浪児にはある程度優しいが、大人の浮浪者に向けられる視線は侮蔑と自己責任のそれだ。今の時間帯は裏通りで人目につかぬようみじめに寝転んで誰もが寝静まった深い真夜中になってからゴミを漁ったり酒に酔って寝ているバカから金品を盗んでいるさ。」

「大人の浮浪者はそうだろうな。ならあいつらは何をしているんだ。」

「あいつらは()()がまだできないくらいに幼い連中だからな…今日の飯を探しているのさ。客が残した食べ残しを狙ってるんだ。ほらそこの四人の客…今席を立つぞ。」


 クロノスがそう言って通りの反対の店のテーブルで食事をしていた四人組の男たちを指さす。


「ふぃ~、飲みすぎちまった。」

「おいおい、明日もダンジョンだぞ?そんなんでだいりょうび…あれ、俺もだ。やべぇ、あはは…」

「ハッハッハ…こりゃひでぇ。帰りに強盗に襲われそうだぜ。」

「そうなる前にこの辺でお開きにしようぜ…おい店員。俺ら帰るから片付けといてくれ。ごっそさん!!」

「毎度あり~さて片づけて「注文頼むわー!!」…おっと注文か。片付けは後だな…はいよ~!!」

「…!!」 


 酔っぱらった四人の冒険者風の客が店員に声を掛けて足をふらつかせながら通りの人ごみの中へ消えていく。店員の男は客がいたテーブルの上の開いた皿や食べ残しを片付けようとしたが、自分を呼ぶ声でそちらへと向かった。その隙を浮浪児の少年少女は見逃さなかったようで、素早くテーブルに駆け寄って皿の上のまだ食べられそうなものをパッと持ち去っていったのだ。遠くにいてテーブルに辿り着くのが遅かった浮浪児は何も得られなかったようで、舌打ちをしてからまた自分の定位置に戻った。その横で戦利品をなんとか獲た浮浪児は齧り残しの肉がついた鶏の骨を誰かに盗られる前にといそいそと齧っていたのだった。


「浮浪児はどこも大変だな。皿ごと住処に持っていくと思ったが、皿は持っていかずにこの場で食ってしまうんだな。そのへん元同業者のリリファさんはどう思われますかね?」

「皿まで持っていくと店に叱られて警戒されるし、持ち帰る途中で年上の浮浪児や大人の浮浪者に奪われるかもしれないからな。それに一度ヘマをやらかしてもう食べ残しを食わせてもらえなければ他の仲間も食い扶持を失うわけだから怒りで袋叩きに会いかねない。ここでは幼い浮浪児だけがテーブルの残飯を持って行っていいルールらしい。店員もゴミ捨ての手間が省けるし客がまだ食べているのを盗まないのであれば見て見ぬふりさ。」

「そういうことか。浮浪児はどこも世知辛い思いをしている。」

「ああ、だがここは特に酷いな。」


 浮浪児たちは時折客がいなくなった席から食べ残しを持って行っていたがそれでもたくさんいる彼らが全員満足に飯を得られるわけではない。運悪く食べ残しに何一つありつけなかった少年の一人が、まだ食事をしていたいかつい顔の冒険者の齧る骨付き肉を美味しそうな目で見ていが、見られていた男はそれが面白くなかったようで吠えるように少年を怒鳴りつけていた。


「…おい、見せモンじゃねぇぞ。()ね!!」

「おいおい、たかが浮浪児のガキ相手によせよ。」

「放っておけよ。今日ダンジョンで見つけた宝箱がミミックだったから気が立ってるんだろ。」

「あの目がムカつくんだよ。そんなに欲しけりゃ…そら持ってけ!!」

「ギャハハハ!!それじゃ野良犬に餌をやるのと何が違うんだよ?こりゃいいやそーれ!!…外れだよバーカ!!」


 男は殆ど肉の残っていない骨を遠くへ投げた。それを浮浪児は何人も必死に追って奪い合う。それを見た男の連れも面白がり、自分の食べ終わった肉の全くついていない骨を違う方向へ投げ飛ばして遊んでいた。


「…ああいう下品なのは好かないな。」

「ああ、私も少し前までああだったから同情するよ。私の場合はスリもさせてもらっていたが。」

「ミツユースは浮浪児に優しい街な方だからな。商店街の奴らに売れ残りを食わせてもらえるし財布を()っても小銭入れの方なら大目に見てもらえる。だがここではそうもいかない。なにせ道行く人々の大半は迷宮ダンジョンに挑むためにここへ来た冒険者をはじめとする猛者共だ。ここに住むそいつらを客に商売している連中だって腕はそれなりに立つ。もしそいつらから財布を盗んで捕まったら見せしめに腕の一本や二本叩き折られかねないし、命の保証だってない。武器の試し斬りに恰好の餌食だ。」

「どうしましたの?…ああ、そういうことですの。」


 クロノスとリリファが見ているとそこに大きな果物をくりぬいて中にフルーツの盛り合わせを入れた料理をスプーンで掬って食べているイゾルデが来た。彼女は通りの向こうを見て納得して顔を歪めたのだった。それはまるで汚いものを見て目が穢れてしまったという感じの眼差しだったが、その目が見ていたのは浮浪児ではなく、彼らに食べ残しを投げて遊んでいる下品な冒険者達だった。


「まったく、浮浪者と食べ物で遊ぶなどと…下品にもほどがありますの。」

「お、意外だな。てっきり浮浪児たちの方を見て「下品な物を見てしまいましたわ!!目が穢れましたの!!」と言うかと思った。」

「失礼ですわね。彼らとて生きるのに必死であるのにそれを嘲笑うなんていたしませんの!!ああ、今叶うならパーフェクト・ローズであのお下品な連中を叩き折って…!!ああでも、そしたら今度はパーフェクト・ローズの方が汚れて…いったいあたくしはどうしたら…!!」

「落ち着けよ。ほらこれも美味しいぞ。」

「んぐんぐ…まぁ、これも素敵ですわ。」


 イゾルデは浮浪児をからかうのに飽きて席を立つ冒険者を睨み料理を持ったままわなわなと怒り心頭のご様子だったが、クロノスがとっさにリリファにも勧めた葉野菜の肉巻きを差し出してそれを食べさせ機嫌を直していただいた。彼女は「立ったまま食べるのは流石にマナーがよろしくないですわ」と言って咀嚼を手で隠して自分の席へ座り直す。そして口直しにコップの水を飲むと男たちが去った後のテーブルに殺到する浮浪児たちを哀れな視線で見つめるのだった。


「浮浪者の問題はわが国でも有史以来続く永らくの課題ですわ。王都の方のポーラスティアでもそれなりに浮浪者はいて彼らが居着いてできた小さなスラムが何十年もの間王都の一角を占有している状態ですの。彼らとて日々を生きるのに必死なのは承知ですが悪臭、汚水、疫病の蔓延に治安の悪化…どれもこれも大問題に発展しかねませんわ。お勉強の一環でお忍びの出歩きの際に護衛を連れてそちらの近くまで行ったことがありますが…あれを一度見れば誰でもなんとかしたいと思いますの。一応国の方でも神聖教会に寄付を行い炊き出しをしていただいたり孤児院の増設を依頼してはいるのですが…どれもこれも抜本的な解決に至っていませんわ。他にも問題はいくつもあってまず一つは…」

「(おいちょっと…これもしかして難しい話が始まる流れ?)」

「(たぶんそうだ。面倒な…)」

「…といわけで…しかし法律の壁が…税金にだって限りが…」

「ああわかった。ストップストップ!!君の講座は大変勉強になる!!ああそうだとも…」


 イゾルデは国の問題や法律を語り食後に頭の痛くなりそうな座学を初めた。正直クロノスとリリファはイゾルデをイゾルデ係りとして彼女と食事をしていたキャルロに投げようとしたが、同じテーブルにいたはずのキャルロはいつの間にか椅子ごとナナミ達のテーブルへ逃げていた。ならばとダンツへ投げようとしたが彼もまた席に姿は見えず、どこかへと消えてしまっていた。二人はしばらくイゾルデの話を聞いていたが、クロノスがイゾルデの話の丁度境目になるタイミングを見計らって言葉を出し、彼女の話を打ち切ることに成功した。


「君がいろいろと考えてくれているのはよくわかった。しかし貧困層というのは文明が起こればどうしても生まれてしまうものだ。ここもそうだしミツユースもだがポーラスティアの貧困層支援はよくやれている方だよ。酷い国では浄化と称して新兵をスラムに送り込んで浮浪者相手に殺しの練習をさせるところだってあったからな。」

「まぁ、それは酷な…!!いったいどこの国ですの!?あたくしが直接出向いて国家主導者のお尻を蹴り飛ばして差し上げますわ!!」

「落ち着け。あくまで極端な例だ。それにそこはもう滅んだよ。悪政敷いて王族大臣その家族みんな処刑台送りになったから。どうどう…!!」


 椅子から立ち上がって暴れるイゾルデをクロノスは暴れ馬をあやすかのように落ち着かせようとした。しばらく暴れていたイゾルデだったが、一頻(ひとしきり)暴れたことで気分が楽になったのか席に着き直した。


「はしたない姿をお見せしましたの。ごめん遊ばせ…」

「落ち着いたか?だがおかげで君が貧しい民のために立ち上がれる人間だと言うのがよくわかったぜ。為政者(いせいしゃ)としては少々感情的かもしれないが…俺個人は君のような王族の方が好感が持てるね。」

「ありがとうございますわ。国の政には殆ど関わらせてもらえていませんが、帰ったらお父様に浮浪者への救済方案でも提出してみますわ。あたくしの考えとしてはとりあえず差別なくお仕事を与えられればいいんですの。お金を自分で稼げれば住むところとパンと水を得られますから。参考に…あの子たちは他にどうやって生活の糧を得ているんですの?」

「そう。それは私も聞きたかった。スリや盗みがダメならあいつらはどうやって稼いでるんだ?」

「ん?そりゃ仕事するしかないな。合法的に違法なやつを。」

「合法的に違法?なんだそれは。」

「さっぱりわかりませんの。あら、そこの子…こちらにいらっしゃいな。これをどうぞ。内緒ですわよ?見つからないようにこっそりと食べるんですのよ。」

 

 首をひねるリリファのその横で本日まだ何もありつけていなかったようで腹を空かせてこちらを見ていた浮浪児の中でも特に小さい子どもを呼び寄せて、まだ殆ど手を付けていない料理とパンを手渡していたイゾルデ。彼女の行いは少々偽善者のそれに思えるが、通りのテーブルを見ればイゾルデと同じように仲間の目を盗んでこっそりと料理をあげていた者もいたので、今更だとクロノスは気にしないで話を続けた。


「あそこにいる連中は浮浪者の中でもまだ幼いからああやって残飯を漁るか、そうでなければゴミ捨て場の方から金に換えられそうな物を探して小銭を稼ぐ。そして飢えと病と寒さを耐えきってなんとか成長して小銭を集めたやつは次に道具を買う。靴磨きとか浴場や工場の煙突掃除に使うやつを。」

「それはミツユースでもそうだ。道具があれば業者が雇ってくれる。…労働環境は少々ブラックだが。あいつらは達者でやっているだろうか…」


 リリファはそう言ってかつての浮浪児時代に小銭を集めて道具を買い、靴磨き職人や煙突掃除人として職を得て裏町から旅立っていったかつての知り合いの浮浪児を思い出す。彼らの殆どとは再び顔を合わすことは無かったが、どこかでよろしくやっていればいいと回想を打ち切り現実に戻ってきた。


「とはいえそんなに稼げる仕事でもないからな。人生一発逆転を狙うならば後は俺たちと同じように冒険者となって迷宮ダンジョンに挑んで一発当てるか…そうでなければここなら運搬人(ポーター)という手段もあるな。どちらも一歩間違えればそこで命が終わるくらい危険だが当たれば大きい。」

運搬人(ポーター)?初めて聞くが冒険者の職業(クラス)なのか?」

「いや、それは違う。ここでの俗称さ。運搬人(ポーター)ってのは「お兄さん。ちょいといいかい?」…誰だ話の腰を折る奴は。飯が欲しければやるから持ってけよ。」


 話を逸らされうんざりした様子のクロノスが声をの方を見るとそこにはボサボサの髪で顔が隠れたみすぼらしい格好の少年がいた。クロノスはしばらく話に夢中で料理に手を付けていなかったので、それを余らせたと勘違いした浮浪児が集りに来たのかと思って料理の残った皿を一つ差し出すが、彼は首を横に振ってブラシと靴用のクリームが入った缶を見せつけてきたのだった。


「お兄さんの靴泥だらけじゃないか。靴磨きどうだい?」

「…靴磨き屋か。ほら、こいつが例の職を得た浮浪児だ。ちょうどよく来てくれたな。」

「まぁ彼が…仰っていた通りあまり景気はよろしくはないようですのね。」

「なんのことだい…?それより懇切丁寧ピカピカにさせてもらうよ。お安く…はちょっと無理だけど、迷宮ダンジョンのやっかいな土汚れもばっちり落としてみせるよ!!」

「結構だ。夜の靴磨きはクロが多いからな。磨くふりして客から預かった靴を持ってくんだ。俺も昔騙されて以来夜に靴磨きはさせないことにしている。」

「そんなこと言わずにさ~。昼は先輩の靴磨きたちが大通りの仕事を取り仕切っているからやっても場所代持ってかれちゃうんだ。そうすると儲けなんて殆どないから夜中にこっそりやるんだよ。」


 クロノスがなぜ真夜中にと思えば彼の言い分によると昼間は自由な商売が難しいらしい。だが夜ならばそれを規制する連中もいないし、クロノスのような迷宮から戻ってきたばかりで靴が汚れたての客がいる。ライバルが多い仕事ゆえの知恵というやつだろう。


「君の言い分は分かった。だが着替えはいくつか持ってきたが靴はこれ一つだけ。仮に君が真っ当な靴磨きだったとしても万が一の可能性を考慮して預けるわけにはいかない。」

「そう言わずにさ~。お兄さん子分に飯奢ってただろ?その羽振りのよさを俺にも見せてくれよ~。」

「こいつ…最初から俺にターゲット絞ってタイミング覗ってやがったな…!!」


 クロノスはやってきた靴磨きの少年を追い返そうとしたが、少年はしつこく場を離れようとしなかった。なぜこんなにしつこいのかと考えればどうやら少年はクロノスが隣のテーブルやこちらのテーブルに来る料理や酒の代金を全て出しており、そこを見ていたのだという結論に至った。今まで話しかけてこなかったのはクロノスがダンツと真面目な話をしていて取りつく島が無かったからだろう。ダンツがいなくなりイゾルデやリリファと話をしている様子が彼にはチャンスだと思えたようだ。こんな面倒なことになるのなら奢らなきゃよかったと一瞬後悔するクロノスだった。


「なぁ頼むよ~。病気の妹が家に居るからいいもの食わせてやりたいんだって。」

「まぁ…クロノスさん、そういった事情ならば仕事を与えてもよろしいのではないですの。靴磨きの相場をあたくしは存じてはおりませんがそこまで高い物ではないと思いますの。」

「やだね。病気の身内が…は乞食の常とう手段だぞ。こいつらは平気な顔していない父親と母親を百回は殺すんだ。」

「なら靴を盗まれるのが心配ならばお金だけ恵んであげればよろしいんですの。」

「それはもっとダメだ。仕事に対して報酬を与えなければこいつは味を占めるぞ。そうしたらこの先一生あの手この手で集り続ける!!中途半端な優しさはこいつらのためにならない。君がさっきやっていたように働けないくらい幼い子に恵むのならともかく、一度働くことを決めて手に職を付けているのなら妥協するべきではない。」

「私もやめた方がいいと思うぞ。こいつは…面倒な臭いを感じる。一度甘やかすと明日も来る。強い者に媚を売って弱い者を平気な顔して踏みにじる…そんな感じの屑の臭いだ。今はクロノスが金を持ってそうだから媚を売っているだけ。相手が変わればすぐに態度を変えるだろう。悪いことは言わないからやめておけ。」


 自分もそうであったゆえ浮浪児について詳しいリリファのお墨付き。もはやクロノスにこの靴磨きの少年に仕事をさせる気はさらさらなくなっていたのである。


「そういうわけだ。いないであろう架空の妹に食わせる飯が欲しければテーブルの上の飯を分けてやる。冒険者を恐れることなく話しかけたその度胸に免じてな。…だから君達にはやらんぞ?」


 クロノスはテーブルのまだ大量にある料理を指さして少年にそう提案した。その時おこぼれにあやかろうと近くで待機していた他の浮浪児に牽制するのを忘れない。機会を窺っていた少年たちは期待できないと離れて行った。


「ちぇ~。お兄さん意外とケチンボだな。」

「何が意外だコラ。俺と君は初対面だろうが。」

「え~そんなことないよ?俺あんたとどっかであったことある気がするんだよね…お兄さんどこ出身?」

「出身…ではないが、俺たちはミツユースから来た。」

「やっぱり!!やっぱり俺あんたと会ったことあるよ!!俺もちょっと前まではミツユースにいたんだ。いやーなんたる偶然!!どこで会ったんだっけ?えーと…待って…そういえばそっちの俺の少し下っぽい子とも会ったことあるような…ちょっと待って…顔をよく見れば思い出すから。」


 クロノスとの話に夢中になっていた少年は汚れた顔をリリファに近づけた。そして彼の何日も体を洗っていないような不快な臭いが鼻をくすぐり、リリファは顔を歪めていた。


「あまり近づくな…その臭いには慣れているが久しぶりに嗅ぐとやっぱり臭いものは臭い。」

「久しぶり…?お前も浮浪児だったのか?そんなわけないか…俺の知り合いに女はいないし、第一にお前みたいな女の子が裏町にいたら瞬く間に襲われるか連れ去られるかして…いや待てよ?そういや一人いたな。いたって言うか今まで男だと思っていたのが実は女だったって…なんかそいつに似ているような…似てるっつーか…」

「おい、さっきから何をぶつぶつ言っている?私はお前の様なやつ知らん。それに男がそんなに前髪を伸ばして邪魔じゃないのか。そらもっとよく顔を見せ…ろ…?」


 リリファはいらつき混じりに少年の胸ぐらを掴むとぶつぶつ呟く少年の髪を掻き分けて顔を出現させた。そこで二人の目が合ったかと思うと二人とも固まってしまったのである。


「こいつ…!!」「お前…!!」

「どうした?恋の電撃でも落ちたのか?」

「誰がこんなやつに心を落とすものか。…お前、ゼルだな?」

「お前…ファリスか?」

 

 少年の胸ぐらを掴んでいたリリファは、彼をかつての浮浪児仲間でストリートチルドレングループのデビルズの下っ端だった少年の名で呼ぶのだった。


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