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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第85話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(迷宮ダンジョン一層目スタート地点での出来事)


 光の中に飛び込んだクロノスとイゾルデは、足が浮いた感覚のふわふわとした空間でねじ曲がったような景色の中を進んでいた。そしてそれが正常な景色になったと同時に足が地に着いた。


「…っと、着いたようだな。」

「ここが…って、あなた、いつまでこうしているんですの!?降ろしなさい!!おーろーせー!!」

「あ、すまない。」


 二人はダンジョンへ飛び込んだ時と同じ状態…すなわちクロノスがイゾルデをお姫様抱っこする形を維持していた。それに先に気付いたイゾルデがクロノスの腕の中でじたばたと暴れたので、クロノスは彼女を落とすように降ろしたのだった。


「一国の王女。それも嫁入り前の乙女になんたる無礼…まぁそれもこれも追いかけてきた人々のせいということで今回は大目に見ますわ。…次は無いですの。」

「悪かったって。でも事の大元を辿れば彼らが集まって来たのも君があれだけの大衆の前でエリクシールの名を出したことが原因なんだぞ。」

「それは…あの方たちもエリクシールを求めてこちらへいらっしゃった方ではないんですの?それにエリクシールの名はキャルロさん達と別れる前にも高らかに叫んでいましたわ。なぜさっきだけあたくしに近づいてきたのでしょうか。」

「道の方は他の連中も騒いでいたから上手いこと聞かれなかっただけだろう。それとおそらく君の情報はエリクシールを求めて迷宮都市に来た連中の中でもかなり精度があるんだと思う。他の奴らはせいぜい「迷宮都市ですごい物が出た。現地の噂をまとめるにそれは伝説のエリクシールっぽい?…たぶん。」くらいにしかわかってない。そこに商人や情報屋が自らの利益のために嘘の情報を交錯させたことによって、お互いに疑心暗鬼のようなものが生まれたんだな。だから直接名を出さずにあえて曖昧にして情報を集めているんだろうな。」

「情報の精度って…あたくしはただ「一週間ほど前に六人の冒険者がダンジョンで死に掛けた際に偶然エリクシールを発見し、それを使い傷を完治させて帰還。残った一本をギルドに提出した後で彼らはギルドに保護された。」…これくらいしか知りませんわ。後は伝えた通り彼らがダンジョンのどこでエリクシールを六人分と未使用一つの大量に見つけたかまではわかっていませんの。ですがその程度少し調べればわかること…」

「それだけ、かも知れないが迷宮都市やその外に飛び交う情報はそれ以上にひどく曖昧だということだ。君に情報をもたらした者に感謝するべきだな。とにかく外に戻ってもエリクシールの単語を出すな。ダンツ達も雰囲気で察してくれているだろう。もしまた喋ったら今度は庇いきれる保証はないぞ?」

「…わかりましたわ。胆に銘じておきますの。あたくしだって他の者にみすみす奪われる機会を作りたくありませんもの。」


 イゾルデはクロノスの忠告を大人しく聞いて頷いて約束をした。それから二人がいた周囲を見回して自分達がどこにいるのかを確認していた。


「ここはもうダンジョンの中ですの?なんだか不気味ですわ。幸い想定していたよりもずっと明るいですが…」


 イゾルデは初めて入ったダンジョンをきょろきょろと興味深げに見回していた。二人がいたのは壁に備え付けられたいくつかの油で燈すタイプの松明の炎が足元を灯した小さな部屋のような空間だった。壁には前と後ろにそれぞれ大きな穴が開いており、おそらくあれが先へ進むための通路だろう。イゾルデが穴から通路の先を覗き込むがその先のダンジョンの中は薄暗く、小部屋と同じように壁に一定間隔で設置された松明の炎で何とかその周囲と足元だけが確認できる程度の物だった。そのために通路の奥の方は真っ暗で何も見えない。時折その暗闇から得体のしれない物音や獣の鳴き声がこちらまで響いてきて不気味さをより一層醸し出していた。


「壁の松明のおかげで何とか周囲が見渡せますの。全てきちんと燈っているようですが…あれにはどなたが油を注ぐんですの?」

「あれは最初からあった物らしい。どういうわけか油が減ってもいつの間にか補充されているんだそうだ。ま、神が作ったとされるダンジョンに常識を求めても不毛だ。さて…ナナミ達はどこだ?」


 クロノスはそう答えた後で小部屋の中を見渡すが、そこには先に入ったはずの仲間の姿は見えなかった。


「入るのに少しだけ時間差があったからな…俺たちだけエリアの違うところに飛ばされたか…?この部屋には水晶もないし…」

「ええっ!?それでは二人だけで攻略しないといけないんですの?」

「落ち着けよ。どうせ一層目だから対した敵も罠もない。それよりもここには水晶も無いからもたもたしているとモンスターがやって…来たようだな。」

「…!!」


 クロノスが通路の先から気配を感じて、そちらに新調したばかりの新たな相棒の剣を抜いて構えた。それに気づいたイゾルデもスカートを捲ってそこから昨日と同じように大剣を取り出してクロノスと同じ方向に構えた。クロノスはイゾルデの大剣とそれを持つイゾルデを見てあのような巨大な剣をこの狭いダンジョンで振り回せるのか。それ以前に彼女がモンスター相手にしり込みしないだろうか。もし彼女がダメなら自分が守らねば。そんな心配していたが、やがて地面を何かが歩いてくる音が聞こえそれがついに小部屋の手前まで来ると…


「…あ、クロノス。ここにいたか。」

「…なんだリリファかよ。」


 通路から小部屋に入ってきたのはリリファだった。どうやら足音は彼女の物だったらしい。要らぬ心配だったとクロノスは安心して剣を鞘に仕舞った。


「他の連中は?」

「すぐ隣の小部屋に全員居る。ダンジョンに先に入った後、いくら待ってもお前達が来ないから驚いたが、セーヌが多分近くの小部屋にいるだろうと言ったので私が偵察に来たんだ。私達のいた小部屋には通路は一本しかなかったからな。それを辿ってきた。このダンジョンでは同時に入っても違うところに飛ばされる可能性があるんだな。」

「いや、それは入る前に俺らがちょっと手間取っただけだ。全員一緒に入ってしまえばそんなことはない。そっちの部屋には水晶が一つなかったか?あったならそっちが本当のスタートだ。」

「水晶?ああ、あのバカでかい…とにかく合流しよう。皆待っているぞ。通路にはモンスターはいなかったから安心しろ。」


 リリファがそう言って通路に引き返していく。クロノスはイゾルデを伴ってその後を着いていくのだった。






「来たね。よかったー。」

「おうスマン。ちゃんと皆いるな。」

「ご迷惑をおかけしましたわ。」


 細長い通路を五分ほど歩くとすぐに次の小部屋にたどり着けた。中に入ると通路を見張っていたナナミが温かく出迎えてくれた。その後ろではアレンとセーヌが人一人分くらいの大きさがある巨大な青い水晶を見つめていたのだった。


「水晶は…お、あったな。ならこっちが正しいスタート地点だ。」

「あ、クロノス兄ちゃん。これってなんなの?すごく綺麗だし高く売れそうだね。セーヌ姉ちゃんに不用意に触るなって言われたから触ってないけど。」

「これはなんなのでしょうか?他のダンジョンでは見たことありませんが…」

「それについても迷宮ダンジョンの仕組みについてもこれからきちんと話してやる。その辺座るなり楽にしてくれ。」

「見張りを立てなくてよろしいんですの?」

「ここはこの一階層目のスタート地点だ。心配しなくてもこの部屋にはさっき俺らがいた普通の小部屋と違って罠は無いしモンスターも入ってこない。その水晶が目印だ。さて…お、いい感じ。」


 クロノスは小部屋にあった椅子にちょうどいい岩を見つけてそこにどっかりと座りこんだ。クロノスが大丈夫と言ったのでナナミ達も彼に習い近くの石に腰かけたり壁に寄り掛かった。


「迷宮ダンジョンの目的は他のダンジョンとそう変わらん。出くわしたモンスターと戦い道に仕掛けられた罠を回避。そしてどこかにある宝箱の中のお宝を手に入れる…それをスタート地点から繰り返してやがてゴールを見つけたら次の階層へ進むか帰還。普通のダンジョンと違うのは…まずはその水晶だろう。その青いやつは触れるとダンジョンの入り口。さっき入ったゲートに戻される。帰る時に使う物だからまだ触るなよ?迷宮ダンジョンには一日一階しか挑めないからうっかり誰か戻されるとパーティーが崩壊してテンション最悪だ。本当は横に階層間を移動する用の赤い水晶もあるんだがここは一階層目だからな。最初より前はない。」

「へぇ、これにそんな力が。ダンジョンの階層間の移動は次につながる穴を梯子で上り下りしたり階段を使ったりしてたのに。ワープなんて不思議な力ね。」


 ナナミはそう言ってクリスタルともいえるくらいに青く透き通った水晶を瞳をきらきらとさせて見つめていた。頭の中ではアレンと同じく売ったら幾らになるのかとばかり考えていたが、そこにクロノスが「壊そうと思っても壊せないぞ。やたら固いし道具で触れても入り口に戻されるからな。昔絶対に持ち帰ってやるとダンジョンに入って水晶を壊そうとして強制帰還してまた次の日ダンジョンに挑んで…それを何百日も繰り返して遂に諦めたやつもいたほどだ。」と言ったので、素直に持ち帰るのを諦めてみるだけにしていた。


「次にどうしてわざわざそんな水晶で移動をしなければいけないのかというと…迷宮ダンジョンは一つの階層に幾つもの種類のマップがあるんだ。この一階層目だけでも百五十以上確認されている。どれに飛ばされるかはダンジョンに入った時点で決まるから選べないし物理的に離れた各マップ各階層を穴だけで繋げるはずもない。だからそうやってワープとやらで移動するんだろうな。迷宮ダンジョンへの挑戦は一日一回のルールは、理想のマップが出るまで挑戦と帰還のループをされないようにするための対策の面が強いんだ。」

「百五十もあるんですの。それは…地図を買っても意味がなさそうですわね。」

「確かに数は膨大だから一つ二つ地図を買ってもそのマップに行きつくとは思えない。しかしギルドは各階層のいろんなマップの情報を買い取っているから買わないでも入ったマップで出るモンスターや罠を記した地図を描いてそれを売ればいい金になる。特にまだ誰も入ったことの無いマップや地図が作られていないマップ。それに珍しいモンスターや宝の発見例があるマップなんかの地図や情報はかなり高く売れる。既に情報がいっぱい集まっているマップでもギルドは正確性を極めるために買ってくれるから無駄がない。」

「なら誰かが地図を描いた方がいいんじゃない?おいら絵は得意だからやろうか?」

「そうだな。だが今日は一階層目。丁寧に地図を描いたとしても報酬は殆ど端金だし、描く労力の方が高くつくから明日以降もっと下層に挑むようになったらにしておけ。地図の購入もやがて先へ進むのが難しくなったら惜しまずにわんさか買うべきだ。階層ごとのモンスターや地形なんかの傾向はまったく違う訳ではなく、結構似ているからな。参考に頭に入れるだけでも命を繋ぐに値することだってある。ま、今の俺らではそこまで危険な下層までは行けないだろう。どうせ一階層目からちまちま一つずつ攻略して進まなくてはいけないのだから。」

「ワープできるんなら階層を飛ばして途中の階層から始められないのか?」

「そうだな。ダンジョンから帰還して次また挑戦する時は入り口の職員に頼めば今までたどり着いた中で一番下層の水晶があった場所までの任意の階層から再開できる。なんでもダンジョンが個人を登録しているんだそうだ。自分で話しても本当に謎の構造だなこのダンジョン。神さまは本当に人間を育てることにお熱らしい。」

「ならクロノスさんがいれば結構下層から始められるんじゃないの?クロノスさんは何度か来たことあるんでしょ。だったらわざわざ一層目から始めなくてもいいんじゃない?」

「いや…パーティー単位で挑む際は一番進めていないやつの階層までしか入れないんだ。だから俺以外迷宮ダンジョン未挑戦の今回は一階層目からちまちま進める必要がある。中にはソロや前のパーティーで下層まで進んだ冒険者が高い報酬で同じくらいの実績のパーティーに招き入れられることもあるらしいが俺らには縁のない話だよ。よし、じゃあ後は伝えることは特にはないか。約束ではニ時間ほどだからさっさと迷宮ダンジョンのコツを覚えて地上に戻ろうぜ。」

「はーい。」

「あ、それとイゾルデ嬢。いくらエリクシールがダンジョンのどこで見つかったかわからないとはいえ、流石に一階層目では出ないと思うぞ?エリクシールが見つかったこの一週間の間にここから始めた挑戦者なんてそれこそ数百組もいる。いくら一階層目でマップが百五十あると言っても全部誰かしらが通ったはずだからな。あるならとっくに見つかっている。」

「確かにその通りですわね。今日の所はダンジョンの歩き方を学ばせていただくとしますの。」


 納得していたイゾルデに満足して小休憩は終わりだとクロノスは立ち上がり、仲間も同じく準備をするのだった。






 来た道をまた引き返してクロノスとイゾルデが最初に着いた小部屋まで戻った一行。そして本来のスタートまでつながる一本道とは違う方の穴に入ると、その先からモンスターの鳴き声が聞こえてきた。距離はかなり近そうだ。


「どうやら迷宮ダンジョン初戦闘の幕開けの予感がするぞ。準備はいいか?と言っても対した敵ではないと思うが。」

「油断はよくないよ。冒険に絶対はないって普段から言っているのはクロノスさんじゃない。気を引き締めて行かないと。」

「そうだったな。それじゃリリファ、照らしてもらっていいか?」

「まかせろ…トーチング!!」


 リリファが前に行き光球を生み出す魔術を唱えると、彼女の横に小さな光の玉が現れた。それはリリファが指示をするとふわふわと浮いて通路の奥まで移動して松明と松明の間の暗くて見えにくい部分を照らして足元をはっきりと写す。


「これでよく見えますね。」

「ああ、今回はこうやってリリファが光源を確保できる魔術の使い手だからそういうことができるが、もしメンバーにいない際に何かする時は必ず松明の近くか小部屋で行うことだ。暗い所に敵や罠が隠れているかもしれないからな。」

「ええと、もし分が悪くて逃げたくなったらどうすればいいの?」

「それはパーティーごとの作戦によるな。だがどうしようも無いときに一番役に立つのはスタート地点まで引き返すことだ。水晶のある小部屋にはモンスターは入れない仕組みらしいし罠も無い。そこで体勢を立て直せばいい。もしも誰かが大怪我を負って治療しきれないときもそこまで戻れれば水晶から外へ帰還できるしな。」

「わかった。スタート地点への道のりは必ず覚えておくことだね。」

「それでいい。ただ状況によってはスタートに引き返すよりもゴールを目指すのが手っ取り早いことももある。ゴールにも帰還用の水晶があるし次挑戦する時に次の階層の直前から再開できるわけだし。だが欲張って危険なのにゴールを探してそのまま絶えたという前例もいくつもあるからそこは時と場合によりけり…よく考えて動け。」

「はい。皆さん心得ておきましょう…あら、モンスターが来たようですね。」


 治癒士の役目のため編成の後ろにいたセーヌがそう言うと、通路の当たりにある曲がり角の先から何か近づいてくる足音が聞こえてきた。それぞれが手元をやや緊張させて構えているとそこから三匹のゴブリンが走ってきたのである。


「「「ギャッギャッ!!」」」

「ゴブリンか…拍子抜けだな。しかも緑の一番弱い奴…」

「油断はダメだよリリファちゃん。私なんて最初は怖かったんだからね。小さなお猿さんくらいの生き物が二足歩行で武器を持って本気で殺す気で襲ってくることなんて今まで体験したことなかったから、それはもう驚いて足がすくんで…」

「おしゃべりは後だ。ゴブリンならちょうどいい。ここで一度イゾルデ嬢のモンスターに対する腕前を見ておきたい。あとの方ではそんな余裕ないかもしれないからな。」

「わかりましたわ!!それでは…」


 クロノスがイゾルデに一人でやってもらいたいと伝えると、彼女は力強く了解の声を上げて大剣を引きずりながら一人でゴブリンに向かっていった。


「まずは…ピアッシング・ローズ!!」

「ギャッ…!!」


 イゾルデは向かってきた三匹のゴブリンに怯むことなくその中の一匹が三歩先に入ったところで大剣の切っ先をそのゴブリンに向け、それを迫るゴブリンにまっすぐに突きたてた。ゴブリンは切っ先を喉元に受けると、そのまま大剣が傷口を広げていき遂には首がすっぱりと切断されてしまったのだ。だが仲間のゴブリン二匹はそれに驚くことなく剣を振りきって隙のできたイゾルデの後ろにまわって襲い掛かった。


「「ギャヘッネ!!」」

「させませんわ!!ローズ・セイバー!!」

「ギャン…!!」


 イゾルデに隙は無かった。ゴブリンの一匹に突きたてた大剣を翻し頭上に持っていってから後ろのゴブリンの一匹に向かって振り落とした。その勢いでゴブリンは哀れにも縦に真っ二つに切断されて地面に崩れるのだった。


「うわ…あっという間に二匹。しかもゴブリンだって骨はそれなりに硬いハズなのにそれをまっぷたつにするなんて…すごい腕力だ。」

「だな。一国の可憐な姫君がいったいどんな訓練を受けたのか…お、三匹目も終わるな。」

「ギャウ…!!」


 立て続けに二匹の仲間を失ったことでようやく不利を悟って狼狽える最後のゴブリンだったが、次の瞬間後ろに吹き飛んだ。どうやらイゾルデが蹴りでゴブリンを吹き飛ばしたらしい。そして立ち上がろうと頭を出したゴブリンに向かって剣の面を思い切り打ちこんだ。


「ローズ・プレッシャー!!…ですわ!!」

「グヒャ…グゲ…!!」


 頭頂部を重い大剣で思い切り叩かれたゴブリンは、つぶれた頭で一言二言聞き取れない断末魔を上げて後ろに倒れた。そしてそこでゴブリンが消えてその場に魔貨が一枚落とされたのだった。その戦いを見ていたクロノスは、イゾルデを拍手で褒めるのだった。


「もう終わりですの?あっけないですわね。」

「ゴブリン相手に全力すぎるような気もするが…いやお見事。人とは勝手が異なるモンスターに躊躇してしまうかとも思ったが、その威勢の良さなら大丈夫だろう。これなら戦わせられる。」

「本当ですの?なら前線で思い切り戦わせてもらいますわ!!」

「ああ、そのでかい剣で通路の中を立ち回れるかと不安を抱いていたが、それなら問題ない。「基本の三撃」もきちんとできていたからな。」

「基本の三撃…?なにそれおいら習ってない。」


 イゾルデの放った技を評価するクロノスだったが、そこでアレンから疑問が飛び出てきた。クロノスは首を傾げるアレンにそういやまだ教えてなかったと言ってそれが何かを教えることにした。


「モンスターと戦ううえでの近接戦闘職の技のパターンみたいなものだ。次また何か来たら俺が見せて…お、ちょうどいい。」

「「「ギャギャ!!」」」


 どうやらイゾルデの戦いの騒ぎを聞きつけて通路の先から他のモンスターが集まってきたようだ。種類は先ほどと同じく三匹の緑のダンジョンゴブリン。クロノスはイゾルデよりも前に出て走ってくるゴブリンに向かうと、壁や地面を蹴って移動して松明の明かりで生まれたそれぞれのゴブリンの影を踏みつけた。するとどうしたことだろうか。さっきまで威勢の良かった三匹のゴブリンがまるで時が止まったかのようにピタリと静止してしまったのである。


「ゴブリンが…止まった…!?」

「ギャ…ギ…!!」

「止まった訳じゃなくて単に動けないだけみたい?本人は動きたいけど体が動かないみたいな…何をしたの?」

「「影縫い」っつう特殊な技だ。影を踏んでしばらく動きを止めることができる。弱い敵ならまず何もできない。こいつらでアレンに基本の三撃を見せてやろうと思ってな。ほら、もっと近くまで来い。返り血が飛んでも死ねば消えるから。」


 クロノスは後ろにいた皆を呼び寄せてから腰の剣を抜いて固まるゴブリンの一匹に近づいていく。


「まず一つが突撃。つまり突きの攻撃だ。さっきイゾルデが使ったピアッシング・ローズがそれにあたる。」


 クロノスが剣の切っ先をゴブリンと水平になるように向けて、それを勢いよくゴブリンの胸目掛けて突き刺した。ゴブリンは動けないまま口から血を流し絶命。そして消えて魔貨を落とした。


「突くは急所を狙う一点集中型。文字通り点の攻撃だ。剣でもなんでも尖った武器であれば上手くやればある程度はできる。ただ少しでも斜めに突くと力の入れようによっては武器があっさり折れてしまうから槍とか以外では使わない方がいいかも。」


 クロノスは足元の魔貨を拾い上げてセーヌへ投げ渡してから次のゴブリンの前へ行った。


「続いてこれは斬撃。剣とかでおなじみの代表的な攻撃手段だな。」


 クロノスが剣をゴブリンに水平に振るうと、ゴブリンは真っ二つに斬れて上半身を地面に落とし魔貨になった。


「イゾルデの場合はローズ・セイバーだな。これは傷を広げる線の攻撃。普通はこうやって刃物で斬って繰り出すが、逆に刃の無い武器では絶対出せない。そして…」


 説明の途中でクロノスがすぐ横にいた三匹目のゴブリンと向き合うと、剣を傾けて両の手で頭上に持ち上げそれをゴブリンの頭に向けて思い切りたたき込んだ。


「グべ…!!」

「これは打撃。極端な話力任せにぶん殴って敵の肉体の広範囲を破壊する面の攻撃だな。本来剣とかでやるもじゃないから使ったら壊れるんだが…よし、少し手加減したら大丈夫だったな。イゾルデ嬢の剣はあんな力任せで殴っていたが大丈夫なのか?」

「ご心配なくですわ。女の華奢な力で壊れるほどあたくしの愛剣「パーフェクト・ローズ」は脆くはございませんの!!」


 自分の剣の無事を擦って確認し安堵していたクロノスはイゾルデに彼女の大剣の無事を確認するが、イゾルデは大丈夫だとリリファが生み出した光球の光を剣に当てて、剣をきらりと輝かせていた。


「基本の三撃って真面目に言うもんだからなんか畏まっちゃったけど、ようは突く、斬る、叩くのことなんだね。それならおいらにもわかるよ。」

「基本だが大事だ。武器によって出し易い技に違いがあるしモンスターによっては利く攻撃を選んで的確に使い分けなければならない。冒険者が相手にするのは人間よりもモンスターの方が圧倒的に多いからな。例えば全身がぬるぬるした粘液に覆われたモンスターやもこもことした柔らかい毛で覆うモンスター。他には硬い甲羅で弱点を守るモンスターなんかにはどうやって対抗するべきだと思う?君ならどんな攻撃を仕掛ける?」

「え?んーと…前衛は相手が動かないように行動を制限してその間に後ろから魔術師が魔術で攻撃…とか?」

「それはあくまで魔術師がいるときの話だ。魔術師ばかりではない。他に誰もいないたった一人の時にはやはり自分の技で致命傷を与えなければならない。出くわしてから戦い方を考えていては遅いんだ。相手に何が効くか、自分の持つ武器でどんな技を使えるか。しっかり考えておかなくてはいけないぞ。」

「そうは言ってもおいら武術の覚えがあったとかじゃないしな…」


 アレンはついこの間までごく普通の街の少年だった。今は冒険者だがやはりそういった危険な出来事に殆ど遭遇した経験がないので技を選ぶ重要性が上手く理解出来ないのだろう。


「確かに君には武の才もこれまでの切磋琢磨の努力があったわけでもない。だが、だからこそ柔軟に戦い方を選ぶことができるんだ。そのために君にその武器を与えたのだから。」


 クロノスが指さした先にあったのは、アレンが肩に担いだハンマーだった。それはクロノスが昨日のうちに猫亭でそれまで斧やハンマーなどいろいろな武器を試していたアレンに渡していた物で、ダンジョンに入る前にも彼に持たせていた物だった。

 

「持って来いって言うから他の武器を置いて持ってきたけど…このハンマーと斧と槍をくっつけたみたいな武器なんなの?」


 アレンが言うようにそのハンマーは普通の持ち手の先に金属や木製の頭部が付けられたハンマーではなかった。細長い柄の先に金属の頭部が片面にだけ取り付けられており、反対側には斧の刃が付いている。そして柄の頭部側の先には細くて鋭い穂先があった。


「特に名前などない。あえて言うのなら「超初心者向け基本の三撃練習セット戦士用」とか?」

「うぇ~…なんかダサイ名前。斧槍(ハルバート)みたいなかっこいいのないの?」

「仕方ないだろう。本当に作ってくれた奴が名前を決めなかったんだから。それには見ての通り突く、斬る、叩くのそれぞれが得意な武器を組み込んである。先端はカスタマイズ性で自由に取り外し可能。パーツを変えていろんな戦い方を楽しめるぞ。しかも錬金術の応用でとにかく軽くて振り易い。」

「何それ!?かっこいい!!…わ、取れた!!」


 クロノスの説明を聞いたアレンは目を輝かせてパーツの取り外しをして楽しんでいた。


「まずはそれでいろんな技を使ってみろ。そして君が使いやすいと思った武器や技を見つけたらどんどん試していけ。そうすればそのうち君自身が向いていると思うバトルスタイルを見つけられるだろう。」

「うんわかった。おいらやってみるよ。…あ、また来た!!」

「ギャッギャッ!!」

「よーし、さっそく使い心地を…覚悟しろゴブリン!!」

「あ、おい。一人で前に出るな!!」


 アレンに講釈をしている間に通路の向こうからまたもやゴブリンがやってきた。それを見つけたアレンはさっそく武器を試そうと一人でゴブリンに立ち向かって行く。それをほほえましく見守って後を追う一行だった。




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