第84話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(迷宮都市の内部のダンジョンへのゲートの前での出来事)
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クラン名:赤獣庸兵団
所属団員数:274名(内冒険者265名)
クランリーダー:マーナガルフ・ブラスティア(S級)
クランとしての主な実績:ララーフ大盗賊団の殲滅作戦参加 メメリエの森のコボルト大量発生の際のカウラの街及び近隣の村や集落の防衛 ランディエル国のボワス子爵家とカナッゲ男爵家の諍いの仲裁役 …等
クランの総合評価(優・良・可・上・並・下・駄・外の八段階査定):駄(理由は後述にて)
元は同じ名前の庸兵団が大陸に大きな戦争が無くなってある程度平和になったことから、当時の団長の決断で飯の種を得るために冒険者にまとめて鞍替えしたのが始まりのクランである。主な仕事は各地で発生したモンスターや野盗の集まりの殲滅のクエスト…ということに表向きはなっているが、元庸兵団としての面を活かして各地でしばしば起こる貴族同士の小競り合いや農民の反乱に義勇兵と偽って参加してその腕を振るっているらしい。冒険者ギルドでは冒険者が指名手配犯以外の殺人のクエストを受注したり戦争への参加をすることを厳しく禁止しているのでそれらは実績に数えられず、むしろ違反のペナルティとしてクランの評価を著しく下げる要因となってしまっている。しかし団員はクランリーダー含め皆三度の飯より争いで血を見るのも流すのも大好きな根っからの戦闘快楽者であり、ギルドからの幾度の警告も無視してそういった違法なクエストをただ自らの快楽のために受け続けている。そのことについてはギルドも半ば諦めており、多くの荒くれ冒険者を一般人に危害を与えぬようまとめ上げているマーナガルフの手腕と、違反のクエスト以外でそれなりの実績を作っているところを評価してクランとしての存続を一応認めている。…第一にもし解散させて荒くれ団員を野放しにしたらと思うとただひたすら恐ろしい。入団者はまず初めに真っ新な白いコートを団員の証として受け取るらしい。やがてそれが戦いの中で敵の返り血によってどす黒く、そして真っ赤に染まり尽くした時、初めて一団員として仲間に迎え入れられるのだそうだ。
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クロノスの立場であっさりと内部へ入場できたイゾルデ御一行。…あ?さっきはクロノス御一行だったって?イゾルデが雇い主なのだから彼女主体の御一行と呼ぶことにしたの。…さて、門の前では多くの冒険者が列を作っていたが街の中もクロノスが知るよりもはるかに混みあっており、イゾルデ一行は広がらないようにしながらなるべく固まって、その内部に雇い主のイゾルデを守るように置いて歩いていたが、通りでは何度もすれ違う人と外側にいた仲間がぶつかっていた。
「わっ!!スミマセン。…また当たっちゃった。これで三回目だよ。」
「ナナミちゃん。あんまり謝らない方がいいッスよ。ここは冒険者が多い。下手に謝ると実力が下だと舐めて強気になって突っかかってくるヤローもいるッスから。」
「そうかもしれないけど…元いた所の癖がついどうしても出ちゃって。」
「元いたところ?ああ、飛ばされる前の大陸の話かな。とにかく、ここはミツユースとは違うよ。チャルジレン程ではないにせよ冒険者主体の街だから、トラブル起こしてもライザックのおっさんのようなおせっかいな街の警備兵が来て助けてくれることはないんだから…喧嘩沙汰になればさすがに武闘派の職員が仲裁に来てくれるど、そいつらは確実に両成敗と言う形で片付ける。痛い目見たくなければ自分の身は自分で守る。厄介ごとには首を突っ込まない。それがここのルールだよ。」
「そいうことならなるべく言わないように気を付けますキャルロさん。」
「オルファンとヘメヤも気を付けてねー!!おっきなヘメヤはともかく、オルファンみたいな若くてヒョロイ神官見習いににちょっかい出すホモ野郎は多いからね。あとぶつかったふりして財布盗む奴もいるから。ぶつかられたらすぐに財布を確認するんだぞ!!あと尻とか胸を触ってくるセクハラバカもいるから気を付けて。クルロ先生と約束だ!!」
「「「はーい。」」」
「まぁ今日は俺がいるから大事になっても一方的に勝てる。でも女だけの時は注意して…いや、絶対に女だけで出歩くな。もし一人ではぐれても大通りを歩いていち早くギルド職員に声かけろ。だが油断するな。中には職員のフリして似た格好をして言葉巧みに裏路地に連れ込むクソ野郎もいるから制服の特徴をよく覚えておいて…ないな宿。よし、なら決まりだ。」
迷宮都市経験者であるキャルロとクルロにそうアドバイスされ、素直に返事を返したナナミとオルファンとヘメヤだった。それに追加する形で女性陣に忠告をしてながら通りの横に建てられたいくつかの宿屋を観察していたクロノスだったがそのいずれも立て看板に「満室」の文字が見え、呼びかけの店員が宿を探す冒険者に謝っていたことから、通りのわかりやすい宿屋に部屋の空きは無いのだと確定した。そして歩きながら全員に聞こえるように声を掛けるのだった。
「さて、まずは滞在するための宿屋を取りたい。今し方さっと通りの宿屋を見たがどれもこれも満室だ。ここは表の大手の宿屋は避けて細い通りの穴場な宿を探して回るべきだ。だが幸いにも俺らは早く入れたから門の前で順番待ちしている連中が来る前に探せばなんとか見つかるだろう。ここは何手かに分かれて宿探しをするべきだと思うんだが。もちろん女性陣は危ないから固めてな。」
「今日はダンジョンに挑戦しないの?ダンジョンの中は時間関係ないよね?」
「おいらもあのくらいの短い旅じゃ全然疲れていないから行っても大丈夫だよ。」
「私も迷宮ダンジョンがどういった所か一度見ておきたい。一層目だけでも今日のうちに見て来れないのか?」
クロノスはそう提案したがナナミ達はあまり疲れていないことから一度ダンジョンに挑戦してみたいらしい。だがクロノスはそれを却下した。
「君達が若い体力を余らせているのは心強いが、その辺のダンジョンと違って迷宮ダンジョンには多くの挑戦者が訪れるからルールがいくつか設けられている。その一つに「ダンジョンへの侵入は午前中のみ。」ってのがあるから今行ってもお払い箱だぞ。」
「なーんだ。残念。」
「クロノスさん。それなのですが…とぉ。」
「ぐえっ…!!」
「君は相変わらず抜け目がないな。だからこそ信頼して外側を歩かせられる。ちょっと待っててくれ…おい、俺の麗しき担当職員に何してくれやがるんだオラッ!!」
「ぐぁぁぁあああ…!!」
そう答え全員で宿を探すことに専念しようとしたクロノスだったが、すれ違う冒険者に尻を撫でられそうになり、素早く足蹴りをしてその下手人を地面に沈めたヴェラザードが口を挟んできた。クロノスは少し引き返し担当に手を出そうとした輩の股間を踏みつけて止めを刺してから、彼女の話を聞いた。
「さっき門をくぐった際に内部の職員が教えてくれたのですが、今はエリクシールの捜索による特需で訪れる挑戦者が大変に多く、午前中の受付だけではとても捌き切れないとのことで特別に午後からの挑戦も認めているそうです。流石に深夜は管理する者がいないのでご遠慮いただいているようですが…夕方の今のうちならまだ挑戦できると思います。」
「そうなのか?ならナナミ達に一回迷宮ダンジョンの勝手の違いを教えておきたいな。だが宿を先に探さないと。そのうち入り口の喧嘩も終わってどんどん冒険者が入ってくるし…流石に依頼客のイゾルデ嬢を野宿させるわけにもいかない。」
「旦那。それなら俺らで宿を探しておくッス。幸いに勝手を知るクルロとキャルロもいることだし。」
「いいのか?君達だってクルキャロ以外はここは初見だろうに。ダンジョンを見ておいた方がいいんじゃないのか。」
「どうせ最初は猫亭と俺らでチームを分けて探索するでしょう?ならその時に二人にいろいろ教えてもらうッス。」
「それには私も賛成だよ。あんまり多人数で別れて探すと今度は何人か道に迷って集まれなくなる…六人やそこらなら私とクルロで大丈夫だから。」
「キャルロがそう言うのならそっちはまかせようか。ならイゾルデ嬢もそちらに…」
キャルロが自分達だけでダンツ達を見ながら宿を探せると言ったので、クロノスは宿探しを彼女たちにまかせて自分の横にぴったりとくっつくように歩きながら通りを見回していたイゾルデにそう伝えようとしたが、イゾルデは首を横に振って断りを入れたのだった。
「いいえ。それには及びませんわ。聞けば迷宮ダンジョンは冒険者でなくても入れるのだとか。だからこそ傭兵や騎士までもがこちらへ赴いているのでしょう。ならばあたくしも一緒にエリクシールを探しましてよ。あちらが六人でそちらは五人。ヴェラザードさんはダンジョンにまでは着いて来られないのですわね?でしたらそちらにあたくしが入ればちょうどいいではありませんの。」
「…依頼客に何かあったら困るんだが。おとなしく宿屋で吉報を待たれてくれまいか?」
「答えはノーですわ。意地でも着いていきますの。あたくしの実力は昨日御覧に入れたでしょう?人手が足りませんので、あたくし自らも働きますわよ。」
「これは…言っても聞き入れて頂けそうもありませんね。どういたしますかクロノスさん?」
「仕方ない…とりあえず今日は一層目だけだし、何とかなるだろう。」
ヴェラザードに尋ねられクロノスは呆れながらもそれに納得して一応あちらのパーティーの代表役ということにしたキャルロに全員分の宿代を渡した。クルロは…なんか信用できない。酒と女に全部使いそう。
「じゃあとりあえず私達は宿探しということで。なるべく一か所がいいんだよね…?」
「ああ。日数は多めに二週間。どうせしばらく混みあうだろうからもし早く帰ることになっても誰かに宿泊の権利が売れるだろ。場所なんだが…どうしてもばらけるなら仕方ない。だがせめて男女でまとまるようにしてくれ。できればでいいぞ。」
「了解しました…。どちらにせよダンジョンの入り口に宿屋への案内役を誰か待たせるから。一層目だけなら二時間後くらいでいいよね…。」
「よろしく頼む。じゃあ行ってくるわ。」
「旦那もイゾルデ嬢をしっかりと守ってくれッス。なんかあったら全員の首が飛びかねない。」
「もちろん承知だ。絶対はないがほぼ確実に守り通して見せる。ほら行くぞ…」
「草の根掻き分けてでもでもエリクシールを見つけますわよ!!」
ふんすと胸を張って空へ向かって叫ぶイゾルデにクロノスは呆れに近い諦めを覚えながらも、雇い主を守らねばと自らの胸に強く、それは強く誓うのだった。
キャルロ達と別れて迷宮ダンジョンへの入り口のあるゲートに向かっていたクロノス達。ヴェラザードは途中まで一緒についてきていたが先ほど支店に顔を出してクロノスの入場を報告しておくと言って消えてしまった。女性一人で歩くなと言ったばかりだが、彼女はその辺の冒険者よりも強いし危険と安全のラインを充分心得ている。最悪のことにはならないだろう。というか最悪の状況を是非一度見てみたい。そんなことを考えて歩いているうちに周囲の建物が消えてあたり一面が広い空地のような場所に出た。そしてついに迷宮ダンジョンへの入り口のあるゲートが見えてきたのだ。
「ついたな。ここが迷宮ダンジョンのゲートだ。入り口は他にもいくつかあるが宿屋から一番近いのはここだ。」
「わぁ、すっごい大きいゲート。」
「だな。ミツユースのダンジョンの物とは比べ物にならない大きさだ。あれをいくつ並べればこれを越せるのだろうか。」
「すごい…こんなのどうやって作ったんだろう…?」
「迷宮都市のゲート…噂には聞いておりましたがこれほどとは…!!」
街の空き地のようなぽっかり空いた場所にどっかりと置かれた天を見上げるほどに巨大な迷宮ダンジョンのゲートに、ナナミ達は感動を覚えていたようだ。それには普段おとなしいセーヌも同意の様で、彼女もまたゲートの天辺を見れないかと首を上に向けて天を見上げていた。
「ははは、どうだすごいだろう?ギルドによればゲートの大きさはダンジョンの規模に比例するらしい。それから考えても迷宮ダンジョンが他のちっぽけなダンジョンに比べてはるかに大規模であることがわかる。俺も初めて見た時は驚かされたものだ。いや懐かしい…」
「あたくしも話には聞いておりましたが…これだけの建造物をこの目で見れるとは…!!着いてきた甲斐があるというものですの。」
「それにしてもこれはすごいよ!!建築技術も中世なんちゃってファンタジーレベルなこの世界で、どんな技術で作ったかさっぱりわからん高層ビル並みの大きさの建築物…これだよこれ!!私は異世界でこういうのが見たかったんだよ!!」
「そんなに騒ぐなよ。他の冒険者に笑われるぞ。」
「そんなの気にする人なんていないよ。それに他の人たちだって騒いでいるし。」
「まぁこれだけの建造物は他では見れないからな…けどなんか騒がしいな。いや、騒がしすぎる…!!」
クロノスが感動する団員たちとイゾルデををほほえましく見守っていたが、ふと周りを見れば少し賑やかすぎることに気付く。始めは他の冒険者たちが単にナナミ達と同じように巨大なゲートを前に感嘆の声を上げているだけなのかと思ったがそうではないようだ。それにしては雰囲気がどこか物々しい。
「これは…元気でよろしいとはいい難い空気だ。」
「そう?たくさん人が来ているからじゃない?」
「たしかにここは挑戦する人間が多いところだ。しかし前来たよりも人がさらに多いことを踏まえても空気がぴりぴりとしすぎているような…」
そう言ってクロノスが周囲をもっとよく観察しているとゲートが光り輝き、中から冒険者の一団が現れた。どうやらダンジョンからの帰還者らしい。そしてクロノスが彼らに気付いて注目するよりも先に、彼らに商人風の装いの男が一人寄ってきた。
「やぁ、お帰りなせぇ旦那。で?何か良い物見つかりましたかい?」
商人風の男は髭面の顔を撫でながらダンジョンから帰還したばかりの冒険者の中の斧を担いだ男に話しかけていた。しかし男は仲間の一人と担架に怪我人を載せて運んでおり、道を塞がれて不機嫌な様子だったのだ。男は商人風の男の呼びかけに不機嫌ながらも応えた。
「仲間が怪我を負ってるんだ。診療所に連れて行かないとだから悪いが後にしてくれ。」
男がそう言って話を打ち切り前へ進もうとしたが髭面の男はへらへら笑って退こうとしなかった。
そればかりか怪我人の担架のあちこちに手を入れ始めたのである。
「おいよせ。こいつはひどい怪我を負ってるんだよ!!すぐにギルドの医者に見せないとなんだ。」
「そんなこと言っちゃって~。もしかしてこの毛布の中に「アレ」を隠したりして…うわぁ!!」
商人の男が何かを探そうと苦しげな表情の怪我人に掛けられていた毛布を捲り、そこにあった血塗れの脚に驚いていた。どうやら男の想像よりもずっと重傷だったらしい。
「これでわかっただろう?こいつの脚が助かるかどうかの瀬戸際なんだ。お前が探している物は無い。どいてくれ!!…どけっ!!」
「へ…へい…!!」
男に怒鳴られて髭面の男はようやく飛ぶように後ろに下がって道を開けた。冒険者は男を睨んでから仲間と共に怪我人をギルドの診療所へ運んで行った。彼らを見送った後でクロノスがナナミ達に視線を戻すと彼女たちもまた彼らを見送っていた。どうやら騒ぎが耳に入り一部始終を見ていたらしい。
「うわぁ…ちょっと見えちゃった。痛そう…」
「今更だけどおいら血とかダメだったかも…」
「あらあら、大丈夫ですかアレン君?苦しけらば治癒術を…」
「これくらい平気だよ。冒険者になったんだから馴れなきゃね。」
「その心意気だアレン。…あの話しかけていた男、商人のようだが迷宮都市のやつじゃないな。たぶん外から宝の買い付けに来た奴だ。」
「そうなの?」
「あの男は冒険者が持ち帰った宝か素材を探していたようだが、ダンジョンのゲート付近のこの広場でそういった物の売買の交渉をするのはここではルール違反だ。今みたいに道を塞がれて怪我人の搬送に手間取った挙句に最悪の場合死にかねないからな。ここの商人は信用に関わるからそういうのは末端の店員に至るまでやらないように徹底している。普通なら職員が止めてくれるはずだが…」
クロノスはそう言い周囲をもっとよく見回してみた。そうするとさっきの髭面の男のようにダンジョンから戻ってきた冒険者に声を掛ける商人と見られる者が話しかける光景がひっきりなしに見受けられたのだ。そればかりではない。広場のあちこちで小さな言い争いが頻発していた。その中の一つを例に挙げる。
「なぁ頼むって。もう一回挑戦させてくれよ。」
「申し訳ございません。先ほど言ったように迷宮ダンジョンへの挑戦の受付は一日一回のみです。帰還したその日に再挑戦はできません。今日はもうお帰りになって、明日また挑戦に来てください。」
「明日じゃ他の誰かが手に入れるかもしれないだろ?「例のアレ」を。今は午後にも挑戦できるんだろ?ならそこもなんとか。俺たちのパーティーはまだまだ元気だ。大きなけが人もいない。だから大丈夫だ。」
「それはあなたのパーティーがダンジョンに侵入後すぐに危険なモンスターに遭遇して逃げ帰ったからでしょう。さっき会話をしているのを聞きましたよ。」
「そ、それは出た場所が悪かったんだよ。もう一度挑戦すればもっと奥まで…!!」
「職員さん。私からも頼むよ。」
「あなたは…これはどうも。」
「おや、私のことを知っていたか。なら話は早い。彼のパーティーは私も応援していてね。どうだい?入れてくれれば礼はそれなりに…」
「申し訳ございません。いくら某国の某伯爵の頼みと言えど規則は曲げられません。」
「おっと私に逆らうのかい?悪いことは言わないよ。おとなしく従っておけば…」
「そうだぜ。旦那さんの言うことを素直に…」
他のギルド職員もゲートの門番に至るまで全員が先のようなルールを守れない厄介な客の対応に追われており、ルール違反をしている商人を咎める余裕がないようだった。そうしている間に先ほどの髭面の男も他の商人風の者達と共に新たに戻ってきたパーティの一人に突っかかっていた。
「いつもはこんなんじゃないんだがな。どうやら情報が交錯してしまっているようだ。」
「やはりエリクシールの影響ですの?皆探して躍起に…」
「あ、イゾルデ嬢。それはまずい。」
「どうしましたの?…え?」
咄嗟に止めようとしたクロノスに疑問を覚えるイゾルデだったが、そこでふと周囲を見てそこで初めて気づいた。周囲にいた冒険者や商人。その他の雇い主や情報の売り買いをしている者までもが、皆イゾルデに注目していたのだった。数多の視線を向けられてイゾルデは思わず立ち竦んでしまった。
「な、なんですの…?」
「ちっ、君達!!見物は終わりだ。ダンジョンに入るぞ。」
「なんで?どうしてみんなこっちを見てるの?」
「いいから早くゲートまで走れ!!」
動けないでいたイゾルデの手を取ってクロノスはナナミ達にも呼びかけた。視線を向けられたことを理解できないナナミ達だったが、クロノスの命を聞き入れて早歩きでダンジョンのゲートに向かうのだった。そして早歩きでゲートに向かうクロノス達に何人もの人が焦ったような目をして声を掛けてきたのだ。
「なぁちょっと御嬢さん。今あんたらエリクシールって…」「よければ情報交換でもしようぜ!!」「おや?あなたどこかで…?」「少し話に付き合わないか?」「情報高く買い取っていますよ。是非…!!」
「ああ悪い!!俺たちこれからダンジョンだから…職員!!六名入場だ!!ゲートを開けてくれ!!一層目から!!」
「…了解。六名の挑戦です!!転送陣の起動をお願いします。」
クロノスがイゾルデを抱きかかえるように守りながら殺到する人々を押しのけてゲートを守る職員に叫んだ。それを聞いた職員は事情を察したように部下に指示をしてゲートを開けさせるのだった。
「よし準備オッケー!!全員飛び込め!!」
「いえーい。初めての迷宮ダンジョン。どうかお手柔らかに!!」
「よし…行くぞ!!」
「神よ…試練への挑戦お受けいたします。」
「よーし、頑張るぞ!!」
巨大なゲートとはいえダンジョンへの侵入の勝手は同じだ。ナナミ達はゲートまでたどり着いた者から躊躇することなく一人ずつ中へ飛び込んでいった。
「挑戦前に不幸でしたね。健闘を祈りますよ。」
「ありがとう職員君。帰ったら礼でもさせてくれ。さぁイゾルデ嬢。俺らで最後だ。」
「えと…みなさん消えてしまいましたわ。この光に飛び込むんですの?」
「早くしろ。時間差ができるとあいつらと違う場所に飛ばされるぞ。」
「で、でも…」
「ああもう。そらっ…!!」
「え、きゃあ…!!」
そして最後に残ったクロノスとイゾルデ。ダンジョンへ入ったことの無いイゾルデが入るのを若干躊躇していたので、クロノスは仕方なく彼女を抱きかかえて…それも文字通りお姫様抱っこの形で、光の中へ飛び込むのだった。
「…六名全員の同エリアへの転送を確認。続いて帰還者の申請を…」
「ああくそ、取り逃した。」
「なんかいい情報もってそうな奴らだったのに…」
「あのグレーの帽子の女…顔がちらっと見えたがどこかで見たことあるような…気のせいか。」
全員が飛び込んだ後で光は一層強く輝いてから消えてなくなった。クロノス達を追っていた人々はそれを残念そうに見つめてから、すぐにまた冒険者やギルド職員へ詰め寄るのだった。