第83話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(迷宮都市の外壁の前で入場の受付を待つ時の出来事)
そんなこんなで面白おかしく道中を行くクロノス御一行様だったが、特にこれといったトラブルに出くわすこともなく夕方には迷宮都市に到着することができた。後は迷宮都市を囲む巨大な壁から内部へと入り込むために、出入り口の大きな門で入場の申請をするだけだったのだが…
「…うわぁ、すんごい混んでる。」
そう、門の前には夥しい量の行列ができていた。それは皆クロノス達と同じくエリクシールを手に入れて一稼ぎしてやろうと目論む冒険者や、どこぞの主君の命で派遣された騎士や兵士にお抱えの傭兵。それと金の匂いを嗅ぎ取った商人たちだ。
「やっぱりか。むしろ俺らは遅いくらいだと思ってたんだ。」
「ギルドは混乱を防ぐ目的で早期の情報の規制を行っていたようですが、やはり人の口に戸は立てられませんね。ましてや、一つ売れば玄孫の代まで遊んで暮らせると言われているエリクシールですから。もしかしたらと根拠の無い期待を膨らませに膨らませて数多の欲人が来ることは当然なのでしょう。たぶんこれでもまだ少ない方ですよ。」
この現状にさして驚いてもいないのはクロノスとヴェラザード。彼らは迷宮都市に着く前から既にイゾルデにライバルは多いと念を押しており諦めるなら今のうちだと言い聞かせていたが、彼女は断固として譲らなかったのである。
「彼らが…皆エリクシールを狙うライバルというわけですか。」
「ああ。好敵手という意味ではなく、ただ単純な敵だ。奪い合いになって最悪血を見ることになるのかもしれない。」
「構いませんわ。このことは依頼を出す前から想定していましたの。あたくしの決意は変わりません。」
「そうかい。それならさっさと入るか。」
「だがクロノス。入るといってもこの行列に並んで待っていたら日が暮れるぞ。」
「リリファちゃん。そうは言ってもこの調子じゃあ他の入り口もみんな大行列作ってること間違いなしッス。おとなしくここに並んで待つしか…」
そうと決まればさっさと迷宮都市の中に入ってとりあえずの拠点となる宿探しをしたい。しかし話の間にも受付を待つ列は前にほとんど進まず、遅々として動かぬ現状に並んでいる他の人々もかなり苛立っているようだった。
「おい、まだ我々の番にならないのか?このままだと日が暮れてしまうぞ。」
「申し訳ございません。しかしこの数ではまだ…」
「ちょっと!!列を乱さないで!!」
「俺が先だったろ?お前こそ順番を守れよ。」
苛立ちから今にも喧嘩に発展しそうな空気がそこかしこに立ち込めている。門の前にいるの受付の短刀をするギルドの職員も普段より多くの人間が対応していたが、それでもこの人数の処理には難儀しているようだ。
「ええい腹立たしい…!!なぜこの俺様が待たされなくてはならんのだ…!!」
「旦那、落ち着いてくだせぇ。ここでは自国の身分はありません。幾ら旦那がお貴族様だからってここでは…」
「うるさい!!雇われの身で口を出すな!!もう待ちきれん!!おいそこの女!!」
「どうかなされましたでしょうか?受付は列に並んでお待ちください。」
「あっ…ちょっと旦那お待ちを…!!」
やがてもう待てないとお抱えと思われる兵士が囲む豪華な馬車に乗った依頼客と思わしきふくよかな男が堪えきれずに馬車から飛び降りて、雇った冒険者の静止を振り切り列を整えていた女性のギルド職員に詰め寄った。
「どうもこうもあるか!!この俺様をいつまで待たせるのだ!!しかもこんな下賤な輩と同列に扱いやがって…!!俺様が誰かわかってるのか!?」
「これは…隣国ミハルジェイトのドルン子爵様とお見受けします。」
「ほぉ、しっかりとわかっておるではないか?ならばこの俺様をこれだけ待たせた責任をどう取ってくれるのか…わかっておるのか?」
「旦那、お止めくだせぇ。」
ドルン子爵と呼ばれた男は女性の職員に高圧的な態度で接して、自分は偉い身分なのだから優先的に入れろと詰め寄った。しかし職員は相手が何者であるかを理解しながらも決して態度を崩さなかったのだ。
「お言葉ですが子爵、この迷宮都市はポーラスティアに許可を得て、ギルドが運営と管理を行っております。この土地では貴方様の身分など関係ありませぬ。例え浮浪者だろうが一国の王であろうがここでは同列の扱い…皆等しく迷宮ダンジョンへの挑戦者なのです。それはダンジョンに直接挑まぬ依頼客とて同じこと。ここでは御自国の身分は関係ありません。列にお戻りください。それとも子爵様も「例の酒」をお求めでしょうか?それならばギルドの正式発表までは何も情報を開示できませんので今日はお引き取り下さいませ。」
「帰れだと…!!なんだこの女!!この俺様に向かってなんて態度だ!!お前では話にならん。上を呼べ!!責任を取らせてやる!!」
ドルン子爵は女性職員の胸ぐらを掴んで彼女の顔を自分へ近づけた。その力は凄まじく職員の制服のボタンが二つはじけ飛び彼女の下着を若干露出させた。普通ならそこまでやれば女は泣きながら上司に助けを呼ぶだろう。少なくとも自分の国ではそうなった。子爵はそう思いながら女性職員の胸元を覗き込み不敬の責任を取らせてこいつを自分の寝床に呼び寄せてやろうかと下衆な考えを巡らせたが…
「それはできかねます。なぜなら…ここの入場受付の責任者は私でございます。私の判断ですので、貴方様を優先的に迷宮都市へ入れることはできません。おとなしく列へお戻りください。受け入れられぬと申されるのならばお引き取りを。迷宮都市はルールを守れぬ貴方様を歓迎いたしません。」
「こいつ…!!もう許せん!!おいお前ら!!」
「へ、へい…」
「貴族への不敬は重罪だ。このクソ女に自分のしでかした愚かな行いをその身にわからせてやれ!!」
「えっ!?いくらなんでもそれは…」
「「「はっ!!」」」
きっぱりとそう答えた女性職員に、子爵の怒りは頂点に達した。そして彼女を一度突き放して腰の剣を抜き、その切っ先を彼女へ向けると騒動を抑えようとしていた自分が雇った冒険者と御付きの私兵に彼女をいたぶるように叫んだのだった。それにぎょっとして狼狽える冒険者だったが、御付きの私兵はすんなりと受け入れて女性職員に詰め寄った。
「おや、これはまずいことになりそうですね。」
「ふふふ…ボコボコになった後はたっぷり宿で痛めつけてくれるわ。覚悟しろ!!お前らも行け!!それとも俺に逆らって契約違いの違約金を支払いたいか!?」
「ぐ…仕方ねぇ。恨むなよ。」
子爵に雇われた冒険者たちは迷っていたが依頼客。それも貴族の命令を聞かぬわけにもいかず、仕方なしにそれぞれの武器を構えて子爵の私兵とともに職員を囲むのだった。
「え、ちょっと。大丈夫なんですの!?」
「ありゃりゃ…いくらギルドの職員が強くてもあれはよくないんじゃないの?」
その光景を列の後ろで他の見物客と見ていたイゾルデとナナミは、クロノスに止めなくていいのか尋ねるが、対する彼は涼しい顔をしたままだ。
「確かに大変かもしれないがここでは身分など関係ないと言うのは本当だからな。ああいう馬鹿にはちっとわかっていただかなくてはいけない。…もちろん、馬鹿とはあのお貴族様の方だがな。俺がちょっと行って…あ、だめだ。やめとこう。あいつはやばい。」
「あいつ?あの貴族になにかあるのか?」
「貴族の方でなく…あっちの方。」
女性職員を助けるために前に出ようとしたクロノスだったが、何かを感じ取り足を止めてしまった。そして行かなくていいのかと囃すナナミ達を抑えてしばらく様子を覗うことにしたのだった。
「…たしかにこれでは多勢に無勢。五人くらいまでなら何とかなりそうでしたが、流石に二十人もいられると骨が折れるを通り越して砕け散ってしまいそうです。」
「何を虚勢を張りおって。行け!!服を剥いで全裸にしてしまえ!!」
「「「ハッ!!」」」
子爵の命令で職員を辱めようと、私兵と冒険者が彼女に殺到した。そして最初の一人が職員の手を掴もうとしたところで、その手が宙を舞って地面に落ちた。
「え…!?う、うわぁぁぁああ!!俺の腕が!!痛ぇ!!」
「な、なんだ?どうした?」
片腕が無くなり切断面から血を垂れ流していた私兵。彼はその事実を受け止められずしばらく目を白黒させていたが、すぐに痛みの信号が頭に伝わり痛みで地面をのた打ち回ってもがき苦しんだ。その叫びを聞いた子爵は混乱したのだった。
「な、なにが…いったいどうなっている。」
「おや、片腕が無くなってしまいましたね。綺麗な切断面ですこと。今すぐならば治療を受ければくっつけられそうですが…」
「お、お前がやったのか!?」
「いえ、これは私では…あ。」
「…俺がやった。弱い。弱いぞ。」
答えようとした職員だったが、前を何者かに塞がれて声を失った。そこにいたのは一人の男だったのだ。男は肩までかかるボサボサなくすんだ赤い髪の持ち主で真っ赤に染まるコートを着込んでおり、その姿は髪の色と相まってむしろメインカラーを統一しすぎて若干不恰好にも見えた。手の甲には長く鋭利な三本の鉄の鍵爪がついたグローブを装備していて、そこからは新鮮な赤い血がぽたぽたと地面に垂れている。おそらくこれで私兵の腕を斬ったのだろう。その予想は正しかったようで男はそれに肯定を返したのだった。
「お前は何者だ!!答えろ!!」
子爵の男はを振ってそう答えた男に誰何した。しかし赤髪の男はボサボサの髪を首で一振りしてからこう答えたのだった。
「あん?ギルドのお嬢に無礼を働く狼藉モンに名乗る名なんてねぇよ。しかも全裸にしてその後は皆で犯すだと?俺だってそんなことやったことねぇぞ?羨ましい…!!」
「何を言って…おい!!何をしているお前ら!!まずはアイツをやれ!!子爵のこの俺様を馬鹿にしたこいつを許すな。」
「し、しかし…」
「旦那ぁ、勘弁してくだせぇ…」
一人で羨ましいだの俺がやりたいわボケだのぶつぶつと呟く赤髪の男を指さして、子爵は彼を倒すよう私兵と雇いの冒険者に指示した。しかし彼らは腕を失った男が痛い痛いと地面を転がってもがき苦しむさまを見て、男に向かうのを躊躇していた。子爵はそれに苛立ち自分の剣を抜いて前に出てきたのだった。
「ええい、だらしない奴らめ…!!高い金を出して雇ったと言うのにこのザマか。お前らクビだ!!我が兵もこれでも俺様の家に長年仕えた精鋭か!!この俺自らが青き血に不敬を働く輩がどんな報いを受けるのか見せつけてくれるわ…!!おらぁ!!」
子爵はでっぷりとした重い体を引きずりながら、あまり速くない動きで赤髪の男に剣を構えて走り出した。そして男の目の前までたどり着くと剣を振り落として彼の体に向けて思い切り斬りつけた。…が。
「なっ…!?」
「おあ?」
子爵は目の前の光景に驚いた。その斬撃は確かに男の肩口をしっかりと捕えていた。しかし剣は男の方でピタリと止まり、それよりも先に喰いこまなかったのだ。
「な、なぜ切れない…?」
「あーナルホド。それで俺を斬ろうとしてたってワケか。だがそんなナマクラの剣じゃあな。もっとイイモン持ってきな。」
「こいつ…我が家に代々伝わる名剣を…!!もう許さん!!お前達もいつまで狼狽えているのだ!!こいつを倒した者には金貨を出すぞ!!」
「金貨…!!」
「マジですかい…!!」
迷っていた冒険者と私兵だったが、子爵自ら果敢に斬り込んだことと金貨という分かりやすい褒賞を提示されたことで、途端にやる気と欲望に満ちた目になっていた。そして我先にと赤髪の男に挑もうと前に出たのだ。
「おお、兵士さんもバカな同業者も途端にやる気になったか。まったく、金の力ってのは偉大だねぇ…!!これはもう俺に喧嘩売ったってことでイイんだよな?」
「もう少し穏便に抑えたかったのですが…仕方ありません。好きにしてください。どのみち私ではあなたを止められません。」
赤髪の男に尋ねられた女性職員は地面に落ちた私兵の片腕を拾い上げ、腕を失い蹲る私兵の一人に肩を貸してその場を離れていく。子爵は負け犬の私兵と事の発端の女性職員に目もくれず、私兵たちの後ろに戻っていくと、男に剣を向けて叫ぶのだった。
「くくく、一人で二十人に勝てるものか。この俺様に恥をかかせたこと後悔しても遅いからな。あとで見せしめに街の中で磔にしてやる。」
「ここはあんたの国ではないのだからそんなことしたらよくないと思うが…まぁ元気があってよろしいですな。よっしゃよっしゃ…戦うのなら双方のやる気が肝心だ。それでこそ潰しがいがあるってもんだぜ。エリなんちゃらを手に入れるために契約を打ち切って貴族同士の小競り合いからサヨナラしてきた時はつまらん仕事だと思ったが…これくらいのサプライズがあるのなら来たかいがあったってモンだぜ。おう野郎共!!餌の時間だ!!ウワオオオォォォォン!!」
赤髪の男がまるでオオカミのような高く大きな遠吠えを上げる。子爵と私兵はそれを虚勢だと始めは笑っていたが、すぐにその笑いは苦笑に変わる。ある者は見物客の中から、ある者は街の中から、ある者は近くの茂みや木の影から、またある者は近くに泊められた馬車の中から…赤髪の男の声を聞きつけてぞろぞろと男と同じ赤いコートを着込んだ者達が駆けつけたのだ。
「おうアニキ。喧嘩ですかい?」「…なんだ。たったの二十人ぽっちかい。つまらねえ。」「俺が一番屠ってやる。」「お前じゃ一番は無理だ。一番はこの俺。」「雑魚どもが。一緒に噛み千切ってやろうか?」「あんだとこの野郎。」「血、血、血…」「ガルウウゥン…!!」「野ネズミよりは喰いごたえがありそう。」
「な、な…」
次々と集まる赤いコートの男達。始めは援軍が来てもたかが知れていると余裕だった私兵たちも相手の数が三十を超えたところで、戦意がすっかり失墜していたのだ。赤髪の男は集まった男たちを見て、その中の一人に声を掛けた。
「おい。この俺が呼んだのにこれっぽっちたぁどういうことだ?」
「みんなダンジョンに潜る準備で忙しんですぜアニキ。お言葉だがこれっぽっちの相手にわざわざ集まるような暇人ウチにはいやせん。これだけ集まったんだからむしろ感謝してほしいね。だいたいこの程度アニキ一人で充分だろうが。」
「おまえ、せっかく俺が可愛い子分のために餌を分けてやろうってときに…まぁいい。ならいる奴らで楽しもうぜ。」
「くっ…そうだ!!おい、お前ら!!周りのお前らだよ!!」
赤髪の男が男たちに呼びかけ、私兵と子爵へじりじりと詰めよっていく。子爵は始めは驚いていたがすぐに何か妙案を思い付いたようで周りの様子を覗っていた冒険者に叫んで呼びかけるのだった。
「俺様の味方をしてそいつらを叩きのめせ!!あの赤髪の狼男をやったやつには同じように金貨を払う!!周りの子分は一人につき銀貨三十枚だ!!」
「なんだと…!?」「銀貨三十枚…悪くない。」「俺は参加するぞ。」「金貨は俺のもんだ!!」
「そうだそうだ…しっかりと働け!!ふふふ、形勢逆転だな。」
金の魔力は偉大だったようで子爵の徴兵に応え、我先にと冒険者や傭兵が列を抜けて殺到した。人数があちらを上回り子爵は自信を取り戻し再び下衆な笑みを浮かべるが、一方の赤髪の男とその子分と思わしき男達はむしろ喜んでいるようだった。
「いいねぇ、喧嘩と戦争は不利なほど面白い。んで、逆転して恐怖にゆがんだ顔の司令官を血塗れにするのは最高でハッピーさ。お前らもそうだよなぁ!?」
「ヒャッハー!!返り討ちだぜ!!」「そうだそうだ!!血最高!!殺し合い最高!!」
「何を寝ぼけたことを…者どもかかれぇ!!」
眉間に青筋を立てて子爵は私兵と膨れ上がった冒険者を向かわせた。それを迎え討つ赤髪の男と子分だった。
「うわぁ、喧嘩はじまっちゃったよ。貴族に刃向かってあの赤い髪の人無事なのかなぁ?」
「それは大丈夫だと思う。それよりも喧嘩に巻き込まれないうちに早く中に入るぞ。」
「でも乱闘は門の前だよ?アレを避けて行くのは…」
「それなら大丈夫だ。ほらあっち。」
大丈夫だと諭したクロノスは大門の横まで向かうと、そこにいた担当の職員や門番と何やらやりとりしていたのである。そして懐から冒険者のライセンスカードを取り出したところで相手は納得して、大門の横にある小さな関係者用の門を開いたのである。それを確認したクロノスは、職員に挨拶してから戻ってきた。
「おい、馬車から荷物を降ろせ。あそこから入るぞ。」
「入るって…並んで順番を待たなくてもいいの?」
「ライセンス見せたら優先してもらえる。これぞS級冒険者の特典だ。」
「マジかにゃ?S級すげー便利にゃ。」
「迷宮都市はダンジョンだけでなく街全体をギルドが管理しているからな。上位ランクの冒険者はいろいろ優先してもらえるんだ。流石に宿は自分で探さないとだが…さぁ入った入った。馬と馬車は職員が引き取って業者に渡しておいてくれるってさ。」
クロノスはそう言って仲間達を準備のできた者から門に呼びこみ次々と通していく。そして最後にイゾルデが通ろうとしたところで乱闘の渦中に目を向ければ、そこには何人もの冒険者や私兵を相手取って笑いながら戦う赤髪の男とその子分がいたのだった。子爵側には既に多くの怪我人が出て地面に倒れていたが、一方の赤髪の男たちにはおそらく一人の犠牲者も出ていないだろう。そのくらいの実力差があった。
「ぎゃははは!!喧嘩ってたーのしー!!冒険者クラン「赤獣庸兵団」のクランリーダーであるこの俺「レッドウルフ」のマーナガルフに喧嘩を売って、生きて帰れると思うなよ!!一人残らず鮮血の刑だ!!ヒャッハー!!」
「ぐぁ…!!」
「ハーイ地獄に一名様追加ァ!!次はどいつだ!!ワオオオォォン!!」
赤髪の男は斬り付けてきた剣士の冒険者の一撃を受け止めて鍵爪で深く斬りかえして、またもや強く遠吠えするのだった。
「…やっぱりあいつだったか。あーやだやだ。あいつとは会わぬが正解だな。さ、行った行った。これ以上王女様に血生臭い光景など見せられない。」
「あの方…かなりの実力ですわね。お知り合いですの?」
「知り合いってほどではないが…あいつは冒険者クラン赤獣庸兵団のクランリーダーのマーナガルフだ。三度の飯より喧嘩と殺し合いが好きな根っからのバトルジャンキーだよ。あのオオカミのような見てくれと行動だが本人は決してオオカミの獣人などではなく、ごくごく一般的な普人族だというのだから驚かされる。クランも二百人を超える大規模な集まりだし、S級同士顔を合わせてもいいことなんざ一つもないぜ。」
「マーナガルフ…って。ええっ!!S級!?今S級っておっしゃいましたの!?」
クロノスは驚くイゾルデの質問に答えを返すことなく行った行ったと彼女を押して無理やり壁の内側へ引き入れる。直後職員によって門が閉じられてその壁にマーナガルフが鍵爪から飛ばした誰かの血が掛けられて大きな赤い染みを作ったのだった。