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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第81話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(ミツユースにある猫亭の中での出来事)

「お、猫亭の団員揃い踏みじゃねえか。しかし見事に女子供ばっかりだな。ナニ話してるんだ?」

「酒の代金の改定交渉じゃないのか?ダンツが代表で話をしておくって前に言ってたろ。たぶんそれだ。」

「あと他にいるのはヴェラザード嬢と…あっちの地味な女は誰だ?新しい団員か?」

「どうも依頼客らしいぞ。猫亭への指名クエストのな。」

「客ゥ!?猫亭に冒険者以外が?ちょっと面白そうだから盗み聞いてみようぜ。」

「賛成。どのみちヒマで酒を飲むしかないし、依頼客ってのもよく見りゃ美人だ。」

「なら決まりだ。今魔術で声を拾うからお前らも静かに…」


 猫亭の一階の酒場。そこのホールの端の方にある来客用と書かれたプレートの乗った他よりも少し綺麗なテーブルを丸く囲む形で、クロノス達となんか流れで話に加わったダンツ。それと依頼客の地味目な女性が席に座っていた。そこから少し離れた位置で酒を飲んでいた冒険者達が聞き耳を立てて話を盗み聞こうとしていたがクロノス達は特に気にしていないようだった。今は外から帰ってきたリリファに事の顛末を教えていたところだ。


「―――とうわけで、逃げ出そうとしたところに受付のすらっと長い手足が魅力的で思わず端から端まで舐め回したいくらいのギルド職員に首根っこを掴まれて逃げられないようにされた後、彼女を押し付けられてしまったわけだ。しかも話を聞けば彼女の依頼を行うためには迷宮都市まで行かなくてはいけないのだそうだ。元々迷宮都市に行こうという話をしていた中でなんたるグッドタイミングということだな。わかったか?」

「なるほどな。だいたいわかった。」


 帰ってきたばかりで事情を飲めないリリファにこれまでの経緯を伝え終わったクロノスは、隣の席に座っていた依頼客の女性の肩を叩いた。しかし女性は手に持つ扇子でクロノスの手をぴしゃりと叩いて払いのけたのだった。


「無礼ですわよ。庶民の立場であたくしの肩を叩くなど無礼千万。恥を知りなさい。」

「さっきからずっとこんな感じなんだよな。ったくツンツンしていてやりづらいったらありゃしない。」

「何がやりづらいんですの。やりづらいのはこっちですわ。この扇子は護身用であたくしに害意がある者を叩けば強烈な電撃の魔術が襲う古代の魔道具なのですけどね。大熊ですら一撃で意識を失すると部下に使って気絶させてまで売り込んできた商人は言っていたはずですが…先ほどからのあなたの無礼な態度。どう考えてもあたくしに害意があるはずなのにどうなっているのでしょうね。やれやれ、紛い物を掴まされましたか。」

「そういうことにしておくといい。後他の子猫ちゃんに使ったら客とはいえ追い出すからな。」


 叩かれた手を擦って慰める素振りをしていたクロノスだったが、扇子を畳んで椅子に当てて遊ばせていた女性にはあまりいい印象を持っていないようだった。女性はそれはあなたの今後の態度次第ですわと言って扇子に興味を無くして背後に投げ捨てた。


「お、なんか高く売れそう。いらないのなら俺が…あがががががが!?」

「おいどうした?それは偽物じゃあ無かったの…がががががが!?」


 一同の様子を見守っていた冒険者の中の一人が彼女が投げた扇子を頂戴しようとしていたが、それを手にした瞬間に全身をスパークさせ、そいつを助けようとした男も痺れる男の手に触れた途端にスパークが襲ってきた。しばらく下手なダンスのように暴れ回っていた二人は、やがて全身を髪まで黒焦げにしてからその場に倒れたのだった。


「…どうやら本物の様でしたわね。彼らはあたくしに何かするつもりだったのかしら?」

「彼らも決して君に害意があったわけじゃない。しかし年若い男子たるもの女性には無条件に劣情を覚えるものなのさ。あの魔道具は君に害意があるんじゃなくてエロい妄想を常日頃している若い男を無条件に襲うだけじゃないのか?俺も若いけどな!!」

「…そういうことにしておきますわ。」


 女性は事の端末を見届けてから興味を無くして正面を向きなおした。


「おーい誰かそいつら医者に運んでおけ。…ギルドによるとこの客人は俺たちで完全に預かっていいのだそうだ。苦節世節あったが遂に我らが猫亭に直接来た指名依頼のお客様第一号だぞ。ほらもっと喜びたまえ。」

「わーいうれしいなー(棒)」

「初の依頼客…本当に大丈夫なのですかこのクラン?第一にあなたは本当にS級冒険者なのですか?未だに信じられません。」

「さっきも見せただろうに。俺のライセンスカード。」

「冒険者が偽名を使えないことは存じておりますし、ギルドのカードまで見せたのなら否定はできないのは百も承知ですが…納得いきませんわ。あなたが、あの、正義に名高き冒険者である終止符打ちだなんて。」

「それには子猫ちゃんも野良猫ちゃんも一同が激しく同意ッスけどね。」

「そうだね。でもそれが真実なんだよね。残念ながら。私は終止符打ちってのがどんな冒険者なのか知らないけど。」

「お仲間にもこの言われよう。まったく認められません。…まぁ、お茶のセンスだけは認めますわ。」


 女性はそう言って帽子を外してあらわになった長く透き通った銀髪を掻き分けてクロノスに出された自分の茶を啜った。茶のセンスがいいと言っているが彼女が今飲んでいるのはかれこれ三杯目になる。なるほどこれだけ飲んでしまえばセンスがいいと認めざるを得ないのだろう。


「で?私はこの依頼客の名前も、迷宮都市でいったい何をすればいいかもまだ聞いていないのだが。早く教えてくれ。」

「いやそれなんだがな、俺とナナミとダンツは依頼内容については支店で先に聞いているが、肝心な名前のほうは皆の前で教えてもらった方が二度手間にならんと思ってまだ名乗ってもらってない。さて、最後の一人が来たところでそろそろ教えていただこうか。」

「あと一人来るから待てと言われて待ち続けてようやく名乗れますわね。あたくしの名は…イゾルデ・ベアパージャストですわ。二度は名乗りません。下々の身分のあなた方にあたくし自ら名乗っただけでも光栄に思いなさい。…なによ?ギルドの条件通り名を明かしましたわ。…何か文句でも?」


 さぁ名乗ったのだから依頼の話を続けさせろと三杯目の茶を飲み干した女性イゾルデだったが、クロノスが向けた懐疑的な眼差しを睨み返した。


「それ偽名だろ?冒険者は初見の客に偽名は使ってほしくないもんだ。依頼主とは雇用の関係ではあるが立場上は対等だ。何よりも信用が重視される中で正々堂々と名乗った冒険者に名前は明かせません。どうしてもというのなら偽名で。ってのはちと不義理だな。強欲で金に目がないバカばっかりの連中だがこればかりは大体の奴が優先する大事なことだ。ギルドは名を明かせと言ったのにその態度でいるのなら悪いが帰ってくれ。」

「あたくしの名が偽名だと?言ってくれますわね。自分の実力がS級に満たないことを誤魔化すための虚言ではないのかしら?」

「ですがイゾルデもベアパージャストもあまり聞かない名前でございますし…」

「おいらも聞いたことないよ。ミツユースは色んな地方から人が来るから結構珍しい名前や姓でも知ってる人は多いけど…」

「俺も聞いたこと無いッスね。」

「それはただあなたたちの知識と見識がスープ皿よりも浅いだけですわ。世の中には珍しい名などいくらでも転がっておりますの。お馬鹿さんな冒険者にあたくしがわざわざ自分で依頼に来たのですわよ。しかも名乗りまであげて。ギルドに怪しくて胡散臭い男をS級冒険者だと紹介された上に偽名だなんだと言って喚かれてもこれ以上は時間の無駄…」

「おいあんた…さっきから黙って聞き耳立ててりゃ言ってくれる。」


 会話を後ろで聞いていた冒険者の中からスーツ姿の冒険者が三人出てきた。命健組のナッシュとシュート。それとバーツだ。彼らは自分達の冒険者としての兄貴分でもあるクロノスがあれこれ否定されていたのが気に食わなかったらしい。


「あなた方には関係ないでしょう。何か用ですの?」

「あぁあるね。旦那は強いぜ。それはこの間も稽古付けてもらってボッコにされた俺らがようく知ってやすよ。」

「おい馬鹿どもよせよ。客だぞ?」

「お兄いさんは女性と子供にちとお優しすぎるところがありやすからね。こういう相手を舐め腐った奴はボロが出るまで脅したほうがいいんでさ。ここは俺たちにお任せを。」

「なんですかこの元筋者の金貸しにスーツを着せて形だけでも繕ったつもりが内面を隠し通せてないような荒くれ者は。どこのどなたですの?無礼ですわね。」


 女性は椅子から立ち上がりナッシュたちの方を向き、彼らに誰何した。そこへバーツがお帰り願おうとイゾルデの肩に手を触れた。


「いやまさしくその通りなんだが…とにかく、あんまり旦那を悪く言いなさんな。これ以上言うのなら外に出て…はりゃ…?痛っ!!」


 手を伸ばしたバーツがイゾルデの肩に触れようとしたら、彼が突然宙を一回転して床に叩きつけられた。何が起こったのかさっぱりと言った表情でバーツはぶつけた背中を擦っていた。


「あいたた…いってぇ、何が起こって…俺ひっくり返った…?」

「噛み付こうとしてきた躾の鳴っていない犬に教育して差し上げただけですわ。」

「おいバーツ…!!このアマ、本性見せたな…何をしたかわかんねえが俺たちに喧嘩を売るとはな!!」

「俺らがここから追い出してやる!!」

「追い出すとか俺が決めるからやめとけって。君達ではこの女性に勝て…」


 ナッシュとシュートはバーツの惨状を見てイゾルデが危害を加えてきたのだと決めつけクロノスが全て言い放つ前に彼女に襲い掛かった。襲うと言っても流血沙汰を避けて無手なのは思いやりの心に満ちているような気もするが、言いがかりをつけてから掛かるのはまさに筋者の元金貸しらしいやり方である。


「やれやれですわ。これだから躾も碌にできていない冒険者は…はっ!!」

「な、なんだ…?」「大剣…?」


 迫ってくる二人にイゾルデは臆することもなくワンピースの裾を捲って見せた。そこにあったのは彼女の麗しいパンツ…ではなく、パンツも脚も隠れて見えなくなるくらいの大きな大剣だった。大きい剣だから大剣なのにそれを大きな大剣だとは…とにかくそれほどまでに大きな剣だったのだ。


「さぁいらっしゃいな。少し遊んであげますわ。」

「こいつ、あんな大きな剣を…ホントに女か?」

「つーかどこに隠していたんでしょうかね?」


 イゾルデがそれを両の手に取って構えて見せたが、その剣の長さは彼女の身長と等しいくらいあり、どう考えてもそれがスカートの中に隠し通せたとは思えない大きさだ。突然のゲストの登場に思わず驚く一同。ナッシュたちも立ち止ったままだった。


「来ないのならこちらから行きますわよ。さっさと終わらせますわ。喰らいなさいな…「ローズ・ダンス」!!」

「クソが…おらぁ!!」


 イゾルデが大剣を軽々しく降って見せた後、驚くナッシュとシュートにくるくると回りながら斬りかかった。それを二人は咄嗟にそれぞれの武器を取り出して同時に受け止めようとした。


「その程度…やぁっ!!」

「うっ!?」「ぐぁっ!?」

「…速い。それにあの威力。流石は大剣だな。」


 …が、大剣の力強さに推し勝てず武器を弾かれてしまう。しかし回転するイゾルデは手を加えることを止めずに二撃目を無手となった二人の肉体にぶつけるのだった。大剣を当てられた二人は吹っ飛んで直線上にあったテーブルを二つほど巻き込んでから酒場の壁にぶつかり床に倒れ込んでしまった。


「ナッシュさんにシュートさん!!大変!!早く手当てを…!!」

「大丈夫だ。彼女は剣を当てる直前に刃を背けた。当たったのは平らな面だよ。」


 驚いて二人に駆け寄ろうとしたナナミだったが、冷静に戦いを観察していたクロノスに止められてしまう。心配するナナミだったが彼の言うとおり二人は重傷ではなかったようで、起き上がり頭や腹などを擦っていた。


「いてて…なんつー強さだ。これが女の腕っぷしかよ。」

「まったく、世界は広いな…完全に負けたぜ。」

「おう君達。大事ないか?気にすることは無い。大事なのは時に負けを認めて生き残って人生の駒を次に進めることさ。それともう一つ…疑いを解く事かな。」

「く、クロノスさん…ちょっとそれ…」


 彼らに労を労って椅子に腰かけたまま茶のおかわりをしようとしていたクロノス。ナナミは彼に驚きと戸惑いが混じった声を掛けた。なぜなら彼の首元にはナッシュとシュートを倒したイゾルデによって大剣の切っ先が突きつけられていたのだから。


「この三人、あなたが仕向けたのではなくて?依頼客に手を出すなんてはしたないどころではありませんわね。あなたも躾が必要かしら?」

「知るかよ。彼らの独断だ。冒険者のことを知っているのならこれくらいのバカやるバカヤロウだってこともわかるだろう?やんごとなき身分か知らぬが君の対応が悪い。もう少し歩調を冒険者に合わせろよ。」

「口だけならなんとでも言えますわ。それにあたくし、わざわざあなた方のような野蛮な冒険者に合わせる脚をあいにく持ち合わせてはおりませんの。」

「そうかい。なら無理やりにでも矯正していただこうか。」


 新たな茶をリラックスして飲んでいたクロノスを上から冷ややかな視線でイゾルデは睨み、大剣の切っ先をクロノスの首元に触れるかどうかの距離まで近づけた。しかしクロノスは慌てることもなく手に持つカップを一度テーブルに置いてから…空いたその手で大剣の刃を掴んだのだ。素手で。


「なっ…!?動かない…!!」

「猫亭ではくだらない喧嘩は好きなだけやってもいい。どうせあいつら止めても聞かないし。だが一応抜刀禁止だからな。あいつらはまだ冒険者として新人だからハンデってことで一つ。」

「くっ…このくらい…ぐ、ぎぃ~!!」


 イゾルデはクロノスの手を外そうと大剣に力を込めるが、大剣はピクリとも動かない。対するクロノスは動こうともがく刃を握りしめたままだが出血の一つもない。しばらくその状態が続いて冒険者達は行方を見守っていたが、先に根負けしたのはイゾルデだった。彼女は疲れたような顔をして大剣の柄から手を離したのだった。


「はぁ…はぁ…いったいなんですの。座ったままでこれだけの力どこから…?」

「終わったか。さ、席にお戻りくださいませお嬢様。これも返すから。」

「あなたもしや本当に…いえ、そんなわけありませんわ。何かの間違いですの。はぁ…。」


 ここは穏便にとクロノスは彼女に大剣を返還すると、イゾルデは大人しく大剣を受け取り最初とは反対にスカートの中に仕舞って、ため息を大きく一つついてからどかっと席に着き直したのだった。


「冷ややかな視線というのは馴れてるんだ。特に特定の個人からのはな。俺の担当のはとびきり強烈だぞ?瞳からの眼差しはそれこそ一面銀世界の氷の大陸がごとく蒼く冷え切っていて、口から紡がれるため息はそこを吹き抜ける全ての命を奪う冷風そのもの…」

「それ普通本人の目の前で言いますかね?後でお仕置きです。」

「いやん。ちょっと待ってヴェラさん。これは物の弾み…ではなく、物の例えなんですよ~。」

「おふざけはもういいですわ。それで?話を続けてもいいかしら?あたくしが仮に自らの名を騙ってると言うのなら、それはきっとあたくしがあなたの実力を未だに疑っているのでしょう。クロノス・リューゼン。まずはあなたがS級であることを証明するべきではなくて?」

「なるほど、名乗れないのではなく名乗りたくないのだというわけか。それは俺が信用できないから。いやまぁ、それは当然だろうけどな。だいいち俺は終止符打ちじゃないし。「港街の華麗な芸術家」だし。」

「前は「ミツユースの陽気なおしゃべり猫」じゃなかった?」

「またの名をそれとも言う。さて、ギルドの推薦とライセンスカード。それにさっきのだけでは信じてもらえないとなると、後はどうやって証明したものか…あ、君達。三人追加でよろしく。帰ってきたらチップを弾むから面倒そうにするな。ナッシュたちも重傷でないとはいえ肋骨のニ、三本持ってかれたかもしれないぜ?よく診てもらっておけよ。でないと俺が後でクラフトスのおっさんに怒られる。」


 嵐の合間にと黒焦げの冒険者二人を運ぼうとしていた冒険者にナッシュたちも連れて行くよう伝えてから、またもや空になったカップにポットから新たな茶を注いでからうんうんと頭を叩いて考えるクロノス。その合間にイゾルデの空のカップにもお代わりを注いでやった。ちなみにこのポットは見た目以上に中身が入る古代の魔道具であり、クロノスが冒険者の活動で過去に手に入れた物の中でもかなりのお気に入りだ。


「思いつく範囲でいろいろ考えてみたが…とりあえずはここにいる俺と君以外の全員を足の先の小指だけで屠って見せようか?ヴェラも含めて。」

「旦那。それは流石に…いや、できそう。もしかしてできちゃうかも?でも悪いことしたわけでもないのにそれは止めてくださいッス。お願いするッス。」

「私からもお願い。クロノスさんの実力はよくわかってきたから。…よくわからないという方向で。」

「なんだよ、せっかく君達団員の成長を確認しておこうと思ったのに。冒険者なんだから挑めよ。格上に。」

「クロノス。無茶と無謀は意味が違うから違う言葉なんだぞ。そして私達はそれくらいはわかる賢い冒険者だ。」

「その提案には生産性が感じられません。却下です。あと私も一緒に屠れるとはいい度胸ですね。裏庭へ行きましょう。」


 ダンツ達の懇願でクロノスはつまらないと一言言ってからそれを諦めたようだった。


「なら彼女にどうやって俺がS級だって認めて頂くんだ?もう一回ギルドに行ってギルド側から確認取ってもらうか?そろそろあのヘッドがシュガーな支店長が帰って来ている頃だと思うぞ。」

「そんな面倒なこと致しませんわ。あなたが今ここで自らの実力を証明できなければ、あたくしはあなた方への依頼を取り下げてあのペテン師職員にクレームをつけに行くだけの事。」

「結局支店に戻るんじゃねえか。」

「それが嫌なら今すぐ何か片鱗でもいい。あなたが冒険者最高峰である証。それを見せてみなさいな。なれば…」

「それ以上は結構。押し付けられたとはいえ勝手に勘違いしてお帰り頂いたのでは俺のプライドが許さん。そら、茶でも飲んで少し黙ってな。」

「また…?さすがにお腹いっぱいですの…」


 イゾルデはその口元にクロノスが手を伸ばしてきたので咄嗟に黙ってしまう。そしてクロノスはティーポットを手に取って中に残った最後の一杯分を彼女のカップに継ぎ足して話を始めた。


「一つあるにはある。俺が推理して見せよう。君が何者であるかを…知識や洞察力の面で当ててやる。」

「面白いですの。やってみなさい。」

「それじゃあ…君がさっき使った技。その年で見事な腕前じゃないか。だがローズというのだからくるくる回りながら薔薇の花でも散らしてくれるのかと期待していたが…まぁいい。あれはこの国の騎士団が御令嬢向けに教えている礼儀作法を交えた護身用の技の一つだな。だがあれは本来片手剣専用だ。大剣で使う者がいたことが驚きだが…あ、いや…ライザックのおっさんが使ってたわ。筋肉モリモリの中年が汗を飛ばしながら薔薇の花びらを撒き散らしていたのはそういう嫌がらせだと思っていたよ。」

「えっ!?ローズ・ダンスで薔薇の華を生み出せる方がどこかに…!!…ごほん。そんなことどうだっていいでしょう?それで?それだけならこの国の人間ならば少し見識があればわかることですわ。他にはないんですの?」

「それだけでいい。その技と君が使った偽名…それで君がどこの何者なのかわかってしまったからな。後は答え合わせだけだ。」

「へぇ…ではお聞かせ願いましょうか?チャンスは一度。二度目は無いですわよ?」


 クロノスに正体を看破したと言われ少し固まったイゾルデだったが、すぐに得意げで高圧的な態度を取り戻して、答え合わせを申し出た。クロノスはポットを振って中身が本当にもうないかを確認してからポットを置いて答えるのだった。


「君が偽名というのは君の態度や表情でわかったわけではない。イゾルデっつーのはな、古代の聖騎士物語に伝わる主人公トリスタンの妻と浮気相手の女それぞれの名前だ。結構マニアックな話だが西の方に熱心なファンは意外と多い。こっちじゃマイナーな話だから偶々誰も知らなかったんだろう。」

「それならきっとあたくしの名付けの親が数少ないこっちの地方でのそのお話の愛好家だったのでしょうね。もちろん不貞な浮気相手の方ではなく貞淑な妻の方のような女になることを願って。」

「へー、こっちにも円卓の騎士の話ってあるんだ。ランスロットとかガヴェインとかもいるの?」

「その話はまた今度な。話は戻るが君の名付けの親が物語の大ファンだと言うのならそれはおかしい。なぜなら妻のイゾルデは黒髪。浮気相手のイゾルデは金髪なんだよ。ファンもそれを承知だから名前を付けたい子がいてもその子が黒髪でも金髪でもないのなら絶対に付けたりはしない。マニア間の暗黙の了解みたいなものだ。もしタブーを破ってつけたならマニア界隈で一生素人呼ばわりされるからな。それ以外の理由でイゾルデなんて珍しい名を当てずっぽうにつけるわけないし…だから君のその美しい透き通る銀の髪でその名はおかしいと言ったんだ。」

「…!!」

「おお、なんか探偵ものっぽい推理!!それによくそんなこと知ってるね。」

「あの物語は昔読んでもらったことがあるんだ。登場人物がことごとく屑か不憫なヤツしかいないから結構壺に嵌まって何度も自分で読み直したから覚えていたんだよ。…それと君がイゾルデの名をまるで本当の名前のように正々堂々名乗っていたのは本当に身近にその名前の持ち主がいて、昔から呼び親しんでいたからだろう?人にとって呼び馴れた女性の名前というのは…おそらく母親。君は高貴な雰囲気を漂わせているな。なら君をずっと育ててきた優しい従者の可能性もあるな。とにかくそのどっちか。あるいは…その両方。」

「…!!」


 話に一区切りをつけて自分の分の茶を啜るクロノスだったが、その紅い目はイゾルデから視線を離さなかった。どうやら偽名であると言うのは本当だったようで何も言えないイゾルデは誰とも視線を合わせず下を向いて拳を握っていた。


「…その通りですわ。偽名であることを含め、あなたの予想が全て正解であることを認めますわ。」

「やったぜ当たり。」


 しばらく酒場が静かになっていたがその中でクロノスが急に申し訳ない表情を見せてイゾルデから視線を逸らしたのだった。


「まぁそんなのはどうでもいい。俺としては正直君の名前がイゾルデなのかとか偽名を使って依頼をしようとしたとか…実はどうだっていいのさ。」

「…え?」

「いいッスか?偽名の件をギルドに報告すればこの女の依頼を蹴ってもよくなりそうだが。俺も偽名で依頼を出そうとした客なんてちょっと勘弁してほしいッスね。」

「受けると言った以上面倒見るのが猫亭だからな。気の強さも演技だろう?安い演技にしか見えないぞ。歓楽街の劇の役者の方がもっと上手いぜ。それに問題なのは…お?茶がないな。アレン。ちょっと茶を淹れてきてくれ。」


 クロノスは話を続けながら自分の分の茶のおかわりをしようとしたがさきほど最後の一杯分をイゾルデのカップに入れてしまったのを思い出して途中で言葉を切った。そしてポットを厨房にいちばん近い席で話を聞いていたアレンに手渡して茶の追加を所望したのだった。


「えーなんでおいら?ナナミ姉ちゃんかセーヌ姉ちゃんに魔石コンロだっけ?それでやってもらいなよ。」

「さっきの茶は味を出すのに手間を掛けないと美味くならないんだ。魔石コンロで適当にやると灰汁が出て不味くなる。大丈夫だ。箱に手順の説明書が入ってるから君でもできる。」

「ちぇ~雑巾の搾り汁入れてやろうっと。」


 渋々ながらもアレンは席を立ってポットを受け取ってから厨房へ消えていった。さきほど不穏な言葉が聞こえたがアレンはイイコなのでそんなことはしないだろう。…しないよね?…昨日冒険者(バカ)が床に酒吐いた時に拭かせた雑巾片付けたっけ?


「最初の一杯はアレンを労って彼にくれてやろう。…さて、さっきの話…どこまで話したっけ?」

「イゾルデさんのお名前が偽名であることは冒険者業界で問題だとしても自分にとっては問題ではないというところまででございますクロノスさん。」

「ありがとうセーヌ。そうだそうだ。そこまでだった。いいか?俺が気になったのは君の名乗った名の姓の方。ベアパージャストだよ。」

「それが?たしかにそっちも珍しい姓だが…」

「珍しいもなにもそんな姓あるわけないだろう?俺たちの姓って古代文明に生まれたものが文明崩壊後もわずかな生き残りの人類によって細々と継承され続けてきたものらしいんだが、ベアパージャストを古代語で直訳すると「ピッタリ嵌るクマさんの大きなお尻」だぞ。そんなものつける奴はいない。」

「クマさんのお尻って…罰ゲームでもそんな姓使いたくないわ。」

「そしてベアパージャストを少し置き換えてから直訳すると…「疑問無く広がり続ける頭熊(カシラグマ)の威光と栄光」って感じにできる。読みはポーラスティア。騎士団から術技を直々に教わるほどの身分を持つポーラスティア嬢。俺の知る限りこの国には…いや、大陸中を探しても一人しかいない。」

「ん?それって…!!」

「おいおいまじかッス!?」


 ポーラスティア。クロノスが言ったその言葉に、クロノスとイゾルデ。それとあと一人を除きこの場にいた全員が驚いていた。酒場の隅からこちらの話を盗み聞きしていた休みの冒険者達も含め全員がだ。ならばあと一人は誰かだって。それは…


「なになに?みんななんでそんなに驚いているの?」


 ナナミだった。


「ポーラスティア…だっけ?それが何かあるの?」

「お前…本気か…?また変な物食べたんじゃないだろうな。」

「失礼な!!私は食べられるものしか食べないよ。」

「それは口に入らない大きさの物って意味ではないのか?まぁいい。」


 驚くリリファにこいつ何をそんなに驚いているんだといった視線を投げかけるが、次に彼女はリリファによってこいつなんでそんなに驚いていないんだといった視線を投げかけられてしまった。


「いいか?ポーラスティアってのは、この国の名前だ。」

「リリファちゃんなに言ってるの?ここはミツユースでしょ?」

「お前は何寝ぼけたこと言ってるんだ。ミツユースは街の名前だろう?」

「え?ミツユースって独立商業都市とかじゃないの?」

「なんだそれは…そんなわけあるか。このミツユースも冒険都市も迷宮都市も一つの国の領地だぞ。そう…ここから東に行ったところに王都があるポーラスティアのな。そんなこと元浮浪児の私だって知ってることだ。」

「へー、ミツユースの入ってる国ってそういう名前だった…ん?…えっ!!ポーラスティアってことはお客さん…!!」

「イゾルデ嬢。本当に依頼を出したいのなら今ここできちんと本名を名乗りな。全部…ああいや、長いのは聞くのも呼ぶのも覚えるのも面倒だからミドルネームだけでいいや。後知らないやつのためにも俺に話してくれた依頼内容も改めてだ。」

「…イゾルデは母の名前ですの。だからこそ偽りの心を隠して堂々と名乗れたと思ったのですが。ベアパージャストも友人の古代文明学者がこれなら絶対にわからないと教えてくれたのに…御見それしました。実力を見せて頂かなくともその見識の広さだけで充分ですわ。」


 イゾルデは観念して自らの本当の名を名乗ることにした。その口調にさきほどまでの高圧的な態度はすっかり消えてしまっていた。


「では一部省略させていただいて…あたくしの名はイザーリンデ・カルヴァン・ポーラスティア。ポーラスティア国の現国王であるカルヴァンお父様の第一王女ですの。依頼したいのは不死の霊薬…エリクシールの入手ですわ。」


 何かの間違いであってくれと期待していた一同の望みは、神の間違いか何かでここへやってきたイザーリンデによって見事に打ち砕かれたのだった。





 え?それよりミツユースがポーラスティアなんて国に属しているなんて初めて聞いたって?そりゃそうだ。だって私はそんなこと一度も君達に言ってないもん。君達だってミツユースがどこの国に属するかなんて聞いてないだろう。だから、これはお相子というやつだ。決して後付ではない。



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