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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第80話 初めての依頼で迷宮を巡ろう(ミツユースにみっつある、とあるギルドの支店での出来事)


 時を少しだけ巻き戻し朝方の事、ミツユースに三つある冒険者ギルドの支店。その中の一つである大通り支店でのこと。店内はいつものようにクエストの依頼客とクエストを求める冒険者であふれており、受付の前には小さな行列ができていた。受付の美しい女性職員たちは自分の番を今か今かと待ちわびて大人しく列を作って順番を待つ客を、笑顔で出迎え対応している。


「…それでは手続きは以上で完了となります。書類作成後にクエストとしてあちらのクエストボードに張り出しておきますので、クエストを冒険者が受けるまでお待ちくださいませ。…お待たせいたしました。次の方ど…」

「フェンリッタちゃ~ん。俺と付き合ってベイビーをバースさせちゃおう…ぐべえええ!!」


 受付の職員が依頼に来た客の対応を終えて順番待ちをしていた次の客に呼びかけようとしたところに、冒険者の男が列を割って入り彼女へ熱いナンパをしかけてきた。しかしセクハラトークを交じえた口調のナンパ男が受付嬢に手を伸ばして掴みかかろうとしたところで…突然吹き飛ばされ宙を舞ってから地面に叩きつけられた。その目にもとまらぬ所業が誰の仕業かと言えば他でもなくその男にナンパされていた受付嬢であった。


「申し訳ございません。就業中の冒険者からの業務規定外の申し出は一切お断りさせていただいております。そのような申し出は就業時間外のプライベートでの場で…やっぱムリ。私の好みじゃないわ。仕事以外でも絶対に話しかけてこないでくださいね。」


 受付嬢は笑顔を崩すことなく気絶した冒険者の男にややきつめにそう言い放ってから他のお客様の邪魔になりますのでと受付のデスクから立ち上がり男を抱えて支店の出入り口まで向かい、扉から外に向かって男を投げ飛ばした。


「…ふう。これで本日何度目の御片付けになりますかね?まったくこちらは仕事が溜まっているのですからせめて顔と身長と性格と服のセンスと稼ぎの良さを直してから来ていただきたいものです。後ついでに受付の順番も守ってください。はい次の方どうぞー。」

「はいよー。」


 受付嬢はデスクに戻って汚い物を触ってしまったとばかりに手元の手拭きで入念に己の手を爪の先まで拭き、改めて順番を待つ次の客を呼びだした。呼ばれた客の男もギルドの支店でのすっかり見慣れた光景に驚くこともなく、淡々と仕事の段取りをするのだった。


 



「相変わらず冒険者はバカだねー。あんなんで高嶺の花のギルドの受付嬢が釣れるわけがないのにね。」

「冒険者とはそういう人種だ。それにしても俺たちが来てから何人目だよ。」


 そんないつもの有り触れた支店の微笑ましい光景を広間の端の方で椅子に座って暇つぶしにな眺めていた男女の二人組がいた。


「せめてナンパする相手を変えようよ。フェンリットさんナンパされるの今日で四回目だよ?まだお昼にもなってないのに。」


 二人組の少女の方が窓に備え付けられたブラインドを開けてからギルド支店の出入り口を覗くと、そこにはつい先ほど追い出された冒険者の他にも何人もの冒険者が物言わぬ屍へと変えられて地面を転がっていた。勿論死んでなどいない。比喩だ。しかし倒れる冒険者の数は先ほど少女が言った数よりもはるかに多く、果たして何故(なにゆえ)四人よりも多くの屍があるのかと言えば…「リィンディジーさ~ん!!今日こそ君の名前を聞きだして俺と熱いデェトを…」「あらぁん。ごめんなさいね…ふんっ!!」「うがあぁぁぁあ!!」…ご覧のとおりである。新たに加わった屍がさっきの男の上に降ってきたところで少女は哀れな男たちにこの先幸有らんことを祈ってから、窓のブラインドを落として外を見るのを止めた。


「だがあのフェンリット嬢にナンパをした方の男はいい線行ってた。今までの奴と比べてみろよ。今回はちゃんと出直してこいと言われていたから脈はある。きっと彼女の言うとおり顔と身長と性格と服のセンスと稼ぎの良さを直してからリベンジすればきっと願いは叶うぞ。」

「それ叶えられるのかな…?」

「なるさ。当然彼らだってそれを確信している。これに懲りずまた何度でもここへ戻ってくるだろう。それが冒険者だからな。…それが本人以外の目からはどう見ても滑稽にしか映らなかったとしてもだ。」


 そう言って男の方が紅色そのものと言えるくらいに紅く燃える瞳を輝かせて彼らを笑っていたのだった。


 この男女の名は、男の方はクロノス・リューゼン。少女の方はナナミ・トクミヤという。どちらもミツユースの地に拠点を構える冒険者クラン猫の手も借り亭。略して猫亭の団員の冒険者だ。そんな彼らがなぜ大通り支店を訪れていたかといえば冒険者として理由は一つ。今日受けるためのクエストを探すためだった。


 ギルドの本部に提示された数と職業の冒険者を団員に集め見事正式な活動を開始した猫亭だったが、やはりというべきかクエストを持ち込む依頼客はまったく来ないでいた。正式なクランとなったことでギルドからの妨害はとっくに終わっているハズなのだが…知名度の問題なのだろうか?まだまだ発展途上のクランであった。クランの運営は猫亭が土地含めてクロノスの所有する物件であるため家賃が不要なことと、住み込みの団員がまだ少ないために生活費が少なくて済むこともあって猫亭に訪れる冒険者が酒代に落としていく金で十分間に合っている。それでも冒険者としてのランクがまだ低いナナミ達はランクを上げたいし何かクエストはやっておきたい。そんな理由で彼らは実入りの良いクエストを求めしばしば大通り支店を訪れていたのだ。


「今日はクロノスさんと二人きりだからあんまり無理できないよね。少人数でもできるのを探さなくちゃ。」

「戦闘関連がメインのクエストなら俺は緊急時しか動かないぞ。全部君ひとりで対処したまえ。」

「魔術師一人でソロ戦闘ってどんだけマゾゲーよ。心配しなくても危ないクエストは今日はなしです。リリファちゃん達もいないし出入りの冒険者さんたちも珍しくみんな働きに出ていないからね。」


 今日のメンバーはクロノスとナナミの二人だけだ。他のメンバーのうちセーヌは今日は神聖教会のミツユース支部で行われる聖書の朗読会にシスターと二人で参加するそうで、お昼までは顔を出せないと言っていたし、アレンは普通に学校のある日なのでそちらで勉学に勤しんでいる。リリファは前にミツユースで暴れていたストリートチルドレングループの末端が釈放されてからまた悪さをしていると噂を聞きつけ、探して懲らしめてやると息巻いて朝から出かけていた。そういう訳で今日一日予定もないこの二人がクエストを探しに来ていたのだった。


「…工場での品詰め…海での朝の底引き網の人員…郊外での水路の補修の土運び…うーん。やっぱり簡単でやっすくて疲れそうなのばっかりだね。街の外も実入りがいいのは少ないかな。なんだか最近そんなのばっかり。贅沢いうわけじゃないけど…こういうの冒険者でなくてもできるよね?」


 ナナミは座っていた席のすぐ横に設置されている街中用のクエストボードに張り出された様々なクエストを吟味していたがそのどれもが彼女の御眼鏡に敵うものではなかったらしい。次に隣の町の外のクエスト用のクエストボードも眺めたが、そこにも満足のいく条件のクエストは無かったようだ。残念と一言言ってから席に戻ってきた。


「今日は巡りあいが悪い日なのかもしれないな。今日だけでなくここ最近も含めて。クエストは生物(なまもの)だ。条件の良いクエストばかりで目移りする日もあれば今日のように心の奥底まで響かない時だってある。ま、そういう時は仕方なしに適当な物を無理して選ばず一日暇をつぶすのも良い物さ。」

「そうは言うけどさぁ、私は早くランクをC級に上げたいんだよね。D級だと面白そうなクエストを見つけてもランク制限が掛かって受けられないことも結構あったし。どこかにいいクエストは…ないか。」


 クロノスは今日は安息日でいいと冒険者特有のぐうたら精神を発揮して隣の椅子を巻き込んで横になった。しかしナナミは冒険者のランクを早く上げたいから急がねばと故郷のブラック精神をこれでもかと発揮してテーブルの上の「急募クエスト!!依頼ノ期日近シ挑戦者求ム!!」と書かれた紙からも条件のいいクエストを探したが、そもそも急募のクエストなど他の冒険者が条件が良くないと見切りをつけた売れ残りのクエストばかりというのが相場である。やはり望みのクエストは見つからずナナミは紙を放って足をぶらつかせていた。


「ないなぁ、ランク査定に大きく影響しそうなクエスト。私は魔術師としての昇格条件は満たしたから後はギルドの評価を上げるだけなのに…」

「だから今日は出会いの悪い日なんだって。そこまで急ぐことはないさ。だいたい十六歳でC級目前はかなり早い方だ。焦らずその時を待てばいい。」

「うーん。でもクエストを受けないとなると今日一日は暇だなぁ。今日は自由市って気分でもないし、生活用品は昨日買い揃えたばかりから足りない物もないし…」


 クロノスに諭されてナナミも今日のクエストは諦めてお休みすることにしたようだ。そして代わりの暇つぶしの手段を模索し出した。


「そういえばミツユースに来てから暇な時間ってあんまりなかったかもね。時間があれば自由市で食材探ししたり料理したり、そうでなければ冒険者のみんなとカードとかで遊んでたしな。あーあ、こんな時向こうだったらスマホで適当なサイトでもうろついて暇を潰せたのになぁ…なんかの間違いで元の世界とつながったり…スマホは師匠に預けたままだった。」


 ナナミの元いた世界は魔術が存在しない代わりに科学技術の発展と成長が著しい世界であるそうで、ナナミもこちらへ来た時はあちらの世界の道具や衣服をいくつか所持していたらしい。最初に出会ったこちらの人間である師匠の魔導師に、この大陸にはおそらくない技術で不用意に流出させるとあなたの身が危ないからと言われ、衣服含めてあちらの物はすべて師匠に預けていた。そのことを思い出してがっくりとしたナナミだった。ちなみに師匠もナナミのことを他の大陸から転移魔術で飛ばされたものと思っているそうだ。


「俺としては君の世界の技術の一端に触れてみたいという思いもあるが、聞くに君の師匠の住まいはかなり遠い場所にあるようだ。ま、それはそのうちだろう。」

「別にこっちで使いたいわけではないから返してもらえなくてもいいんだけどね。とにかくクエストが無いのならどうやって今日一日暇をつぶそうかな?」

「クエストに良いのが無いのももしかしたら時期的な理由なのかもしれないな。これは今日だけでなくしばらくは面白いクエストは無いのかもしれない。なんか最近猫亭に来る野良猫にも顔を見せないやつらが何人かいるし、知ってるやつらは大きな仕事を探して余所へ行ったのかも。ミツユースは便利な街だからそのうちひょっこり帰ってくるだろうけど…」

「そうなんだ。通りで最近何人かいないと思った。なら私達もどこかへ遠出に行く?近場のダンジョンとかじゃなくてさ。もっと移動だけで何日もかかるような所。ここからなら迷宮都市が近いんでしょ?私迷宮(ラビリンス)ダンジョンに挑戦してみたい。」

「最近は君やリリファやアレンも実力をつけてきているからな。野営や移動の練習を二人にさせるのもいいだろう。許可は出してもいいがセーヌとアレンの都合がつくかどうか…アレンなんて結局亀とカルガモの倉庫管理のバイトまだやってるし。」

「そういやそうだったね。引き受けちゃう人の良いアレン君もだけど人手が未だに足りてないフレンネリックさんも大変だよね。」

「カメガモに会いに来たフレンネリックさんがアレンを見つけて泣きついてきた時はどうしようかと思った。アレンがいいと言っていたから倉庫管理のバイトを続ける許可を出したとはいえ、使いたいときにいないのは面倒だな。しかし迷宮都市の方となると…」


 クロノスは手元にあったメモ用紙を手繰り寄せて先ほど書いていたカエルとウサギがチャンバラしている落書きがあった面に別れを告げ、裏の何も書いていない真っ新な面を表した。そして何やら日にちや金の計算を書き始めたのである。


「迷宮都市はミツユースからはかなり近い。馬と馬車を借りて朝にここを出ればばゆっくりめでも夕方にはあちらに到着できる。だが行くのならせめて馬と馬車の借り代と向こうに滞在する宿泊費や食費。それと本来こっちで働いた時の稼ぎを日数分掛けただけの稼ぎを超えないとだめだな。迷宮(ラビリンス)ダンジョンはしばらく滞在して稼ぎの総計を伸ばさないと効率が悪いから、宿を取って何日か滞在するとして…パーティーに何かあった時のメンバーの入れ替えのために同じ役割の人間をもう一人ずつ…今の俺たちならば最低でも十人は欲しいな。…ああ、後はそいつらへの報酬を別口で考えないと。」

「そんなに?でもそんなにたくさん集められるかなぁ。ただでさえもここの所冒険者の集まりが悪いし…第一に利益なんてそんなに出るの?」

「出るのか?ではなく出すんだ。この程度の出費は俺にとっては端金(はしたがね)だが、クランのリーダーとしてクランに収益をもたらさなくてはヴェラに叱られてしまう。彼女にはしっかり金銭の管理をしないと俺の口座を凍結してクランの収入だけで運営させるぞと脅されてるし…」

「えーそうなの?ならしっかりやらないとね。」

「だが俺は金の管理など生まれてこの方やったことがないんだ。全部彼女任せだったからな。収支比較とか帳簿の記載とか税金の計算や役場への申告とか、本当に勉強することだらけになりそうだ。金の管理をやってくれる団員とかいないかな?」

「私はそこまで計算できるわけじゃないし…セーヌさんとかは?そういうの得意そう。」

「俺もそう思ったんだがな、本人に聞いたらそういう専門的な細かいのは流石に無理なんだそうだ。子どもたちに最低限教えるために孤児院で必死に覚えた分が限界だと。」

「へー、なんか以外。でもまぁセーヌさん子供のころから冒険者なわけだし以外でも何でもないか。」

「そうだな。アレンに扱わせるには流石に大金すぎるし、どこかに金の計算が強い冒険者がいないもんかね?いっそフレンネリックさんに打診して会計処理の人員を貸してもらおうか…」

「うーッス。旦那たちも来てたッスね。なにか実入りの良い話は…そっちもなさそうッスね。まぁ当然か。」


 クロノス達が迷宮都市での活動の段取りを考えていると、そこで一人の男が声を掛けてきた。猫亭に出入りしているミツユースで活動する冒険者の一人ダンツだ。


「ダンツさんおはよう。当然ってどういうこと?」

「この時期のミツユースは余所から出稼ぎ労働者が多く来るから、そいつら向けの誰でもできるような簡単な仕事が多くなるッス。本来はそいつらにやらせるもんだが、でかい工場や土木作業屋が出稼ぎ労働者をみんな引っ張ってっちまうッスから人手を集められなかったところが冒険者へのクエストっていう形でギルドに持ってきてそればっかりってパターンが多いッス。ギルドもそういったやつを前面に押し出して期間に余裕があるいつものクエストは奥へ隠しちまうから真面目に探しても冒険者が満足するようなのは無いッスよ?」

「そうなんだ。道理でそんな仕事しかないはずだね。」

「君も稼ぎを求めてクエストを探しに来た口か?リーダーってのは大変だな。」

「旦那程ではないッス。それに今日の俺はソロの冒険者としてクエストを求めてきたッス。」

「ソロ?他の五人はどうした?」


 ダンツはミツユースの出身の六人で結成されたパーティーのリーダーを務めている。今日もそのリーダーとして受けるクエストの選別に支店を訪れたものと思っていたがどうやら違うらしい。


「セインの親戚がミツユース郊外にある村で果物の農場を運営してるッス。んでそこの収穫で人手が必要ってんでセインはアイジュとエティを連れて昨日からそっちに出かけていて四日は戻らないッス。グザンは用事があるから何日か一人にしてくれ。メルシェはお家の事情があって一週間は来れないと。見事にしばらく俺一人ってわけだ。」

「君も予定がないのならセインについていけばよかったんじゃないのか?」

「いやーその果物ってのが俺ちょっと見るのも苦手で…仕方ないから家でゴロゴロしながら酒でも一杯煽ろうと思ってたら母ちゃんに暇なら一人でも稼いで来いって言われちまって。実は俺成人しても家を出ないで好き勝手やってるもんだから自分の実家に家賃を払うことになってるッスけど…もう三か月滞納しているからそろそろ本腰入れないと本気で家を追い出されるッス。家でだらだらしていると妹にも白い目で見られるもんだから大変だぜ。」

「君も君で大変だな。しかも妹に白い目で見られるとか羨ましい。今度兄の立場を俺と替わってくれ。俺が代わりに叱られてきてやろう。」

「クロノスさんのアホなジョークは置いておいて…ダンツさんも暇なら話に乗らない?今迷宮都市に行こうって話をしているんだけど…」

「なんだい?美味い話ッスか?」


 ナナミの誘いにダンツが興味を持ち二人の談笑に加わってナナミの説明を聞いていた。


「ほぉ、迷宮(ラビリンス)ダンジョンッスか。そういや俺あっちの方には一度も行ったことがなかったな。」

「そうなの?ミツユースからはだいぶ近いと思うけど。」

「近いからこそいつでも行けるもんだから無理して行く気が起きなかったッス。個性的で身勝手でマイペースで愉快な仲間たちの同意をいちいちとるのも面倒だしな。それにチャルジレンの方は冒険者の気質がここよりも荒っぽいらしいし、比較的落ち着いた気質であるミツユースっ子の俺じゃあな。」

「ダンツさん達ミツユースの冒険者が?落ち着いた気質?あれで?どこが?」

「こらそこ、疑問に思わないッス。そうか…この機会に行ってみるのもいいかもしれないッスね。噂じゃダンジョン周辺は得たお宝や素材を換金して羽振りのいいやつからすぐに金を巻き上げるために娯楽施設や商店が充実しているらしいし、遊びに行くのも悪くねぇか。」

「お、乗り気だな。それなら他に暇そうな奴を知らないか?できれば俺たちとは別にバランスのいいパーティーをもう一組作れるくらい欲しいんだ。」

「そうッスね…そういやオルファンとヘメヤがいたな。それと魔術師ならニャルテマが一人で暇だって喚いてたっけ。後は前衛が何人か欲しいッスね。今朝は猫亭に誰かいたッスか?」

「どうだったかな…ジェニファーとチェルシーは昨日からいないし、後の奴らは寝ぼけて折り重なってたから細かくは見ていない。まぁ一度猫亭に戻ってみれば誰かが暇つぶしに来ているかもしれない。」


 猫亭は依頼客は来ないもののミツユースを活動の拠点としている冒険者達にとっての集会所と化している。最近ではパーティー勧誘や情報入手の場としても使われ噂を聞きつけた街の外から来た連中がチラホラ訪れるようになっており、彼らへの対応のために常に誰かしらがいる。対応と言ってもクロノスが命じているわけではなく、仕事を休みにした冒険者が誰かしら飲んだくれていると言うだけなのだが。

 とにかく近頃のクエストがこのような調子では皆遠出したか休業期間のどちらかだろう。猫亭にいる奴らは確実に暇だ。仮に例え誰もいなくても猫亭と提携関係にある命健組から迷宮都市に行きたい連中をリーダーであるクラフトスに頼んで何人か貸してもらえばよい。命健組はクランの方針として活動をミツユースとその周辺に限定しているが強制というわけでもなく、強化遠征の一環だと言えば誰かが手を挙げるだろう。


「それなら善は急げッスよ。猫亭に行って適当に探しましょうぜ。」

「そうだな。とりあえずここにいても今日は得る物は何もないだろう。これからすぐに戻って…ん?なんだ?」


 迷宮都市に行く人員を探すために猫亭に戻ろうと言おうとしたところでクロノスは受付の辺りが騒がしいことに気付いた。そちらを見れば誰かが受付けの嬢と言い争っているようだった。冒険者の誰かがまた懲りずにナンパでもしているのかと思えば、口論の相手は女性だった。


「女の人?じゃあナンパじゃなさそうだね。」

「いやいやナナミちゃん。性別だけで判断してはダメッスよ。もしかしたらソッチの気があるとか。」

「そうなのかな?でもナンパじゃないでしょ?見た目も冒険者って感じではないし…街の人がギルド職員相手に無謀なナンパをするとは思えないし。」

「ソッチの気がある可能性は何も冒険者だけではないと思うッスけどね。街の女にだって一人や二人いるさ。ああいうおとなしめの奴に限って夜の方はお姉さまお姉さまとドロッドロだったりして。ただでさえも最近セーヌ嬢を取り囲む女衆の中にも彼女を見る目が怪しい奴がいるからそういうのには敏感になっちまったぜ。…だからこそあの女は違うってわかるんだけどな。」

「なによ。結局は関係ないじゃん。普通に普通のお客さんでしょ。」


 客の女性は紺色のワンピースを着こんで頭にはグレーの帽子を被っていた。おとなしめな目立たない色合いだがごく普通の街の女性の恰好といった感じであり、雰囲気からしてもプライベートの冒険者とは考えにくい。そう考えたナナミだった。


「昼は淑女のように可憐で清楚。夜は娼婦のように蠱惑的で貪欲…男の理想だな。だが残念なことにあの女性はただの依頼客だと思うぜ。いや…「ただの」ではなさそうだな。」

「クロノスさんなんか言った?」

「いや、とにかく少し聞いてみよう。」


 クロノスが一人女性の正体を雰囲気で感じ取ってからナナミの予想を否定し、三人は二人の会話を盗み聞くことにした。盗み聞くといっても客の方は大声で怒鳴っているし相手の受付嬢も負けじと声を張り上げていたのでその声がホールいっぱいに響き渡っていたために聞き耳を立てる必要もなかったのだが。




「どうしてあたくしの依頼を受けないのよ!!この通り書面はきちんと書いたし、報酬もこれだけ出せば十分でしょう!!何が不満なわけかしら!?答えなさい!!」

「申し訳ございません。確かに依頼の内容には何の問題もございませんし報酬も相場の倍以上…正直に申しても破格でございます。しかし、それだからこそ万が一のことを考えてお客様の身分とお名前をきちんと把握しておかなければならないのでございます。ですので…依頼者のご指名が「匿名希望」でギルドにもクエストの受注者にも明かせないでは困るのです。ご理解くださいませ。」


 客人の対応をしていた受付嬢は前にリリファの冒険者登録に対応していた人物だった。どうやら依頼客が名前を偽っていることで話を次に進められなかったらしい。


「別にいいでしょう!?報酬は相場以上に払うのだからこれくらい大目に見なさい。こちらにも名を明かせぬ理由があるのよ!!」

「しかしこれは流石に…せめて理由をお話し下さい。そうでなければこの依頼は認められません。」


 受付嬢の話にも一理ある。報酬が美味しいからとのこのこ出ていき依頼とは違う内容。例えば犯罪の片棒を担がされたなどがあってはたまったものではない。実際にいくつかの支店で年に何軒かそういった事件が起こっているのだから。報酬に目が眩んでほいほい引っ掛かりかねない馬鹿な冒険者に変わって依頼をよく精査するのもギルド職員の仕事の一つだ。だからこそこういった問題にも口を挟まずにはいられない。まして冒険者はギルドにとって大切な財産。何かあってからでは遅いのだ。例え目の前の人物が何者であったとしてもだ。受付嬢の笑顔を崩さないままでの反抗的な態度に客人は眉間に皺を寄せて拳を握ってぷるぷると震えさせていた。


「この…あたくしを誰だと思って…!!」

「もちろんお客様が何者かは存じております。しかしお客様が自ら何者であるかを仰られないので私どもギルド職員は知らぬふりを通すしかないのです。お客様…いえ、あなた様がこちらへいらっしゃるとのご連絡は私の耳にも支店長の耳にも入ってはおりません。お父上からの正式な書状はお持ちでしょうか?それがあれば理由をお話ししていただかなくても結構ですよ。」

「そ、それは…!!…うぐぐ…お父様はお忙しいの!!あたくしに構う暇などないんですの!!」

 

 態度を崩さずに書状を出せと迫る受付嬢に客人の女は押し黙ってしまった。どうやら受付嬢は彼女が何者かを知っていたらしい。しばらく黙っていた客だったが、再び口を開いて受付嬢との口論を再開するのだった。





「依頼の申請のトラブルッスかね?それよりもあの客の女…大通り支店じゃあ見たことない顔ッスね。」

「見るのは初めてってだけじゃない?ミツユースって広い街だし普段は他の二つの支店を利用しているのかも。」

「それは無いッス。ミツユースの客は支店が三つあるからこそ仕事の段取りが進めやすい普段贔屓にしている支店以外は滅多に利用することは無いんだ。それこそ普段使う支店の職員全員と喧嘩したとかでないと支店を変えるなんてこともない。それに支店同士でも客の情報は共有しているから何か問題がある客ならとっくにお帰り願い出ているはずッスよ。」 


 ダンツがそう言って受付嬢の近くにいた他の職員たちを見るが、その中の誰もが動かず自分の仕事を進めていた。おそらくこの問題も言い争う受付嬢一人で対処できると考えたのだろう。


「まぁ何かの偶然に偶然が重なって俺が見たことない客なのかもしれないから一応…おい、お前たちは見たことあるッスか?」

「いや、俺も初めて見るな。」

「帽子でよくわかんないけどたぶん美人かなー?」

「儂も普段は港前支店に顔を出しているがあんなお人初めて見るのう。」


 ダンツは隣で二人が言い争う光景を眺めていた他の冒険者にも声を掛けて女性について尋ねていたが、ダンツと同じくその中の誰もがその女性を見たことが無かったようだった。他にも何人かの冒険者から意見を聞いてから聞き込みを打ち切ってダンツが話に戻ってきた。


「誰も知らないってさ。こんだけ聞いてもわかんねぇなら決まりだ。他の支店の利用者ではなさそうだし普段大通り支店を利用している俺らの誰もが知らないってことは間違いなく余所からの新規の客ッス。」

「ふぅん、初めての来店であの調子じゃあその後がやり辛いだろうに。」

「受付の人も大変そうだよねー。朝から無駄なナンパを受けまくるし面倒なお客さんの相手もしなきゃだし。私はこういうのパスだなー。クロノスさんは…アレ?」


 ナナミが隣にいたクロノスに尋ねようとしたが、先ほどまで発言していたはずの彼の姿はそこに無かった。どこに行ったのかとホールを見渡せば、クロノスは外への扉の近くにいた。


「いよーし諸君。早い所我らが拠点猫亭へ行こうじゃないか。時は金なりと偉い人も言っていたからな。さ、さ、はりーあっぷ!!」

「「…」」

「な、なんだよ君達その目は?だってどう考えても面倒じゃないか。何かの間違いでこっちに飛び火したら大変じゃないか。もし彼女がギルドを通さずに俺たちに直接仕事をしろと言ってきたりしたらどうする。」

「いや、確かにそうだけどさ…」


 冒険者クロノス。彼は厄介ごとがあったら俺の所に持って来いとか普段は言うくせに、自分に利がなさそうなあからさまな厄介ごとからは逃げようとする悪癖があった。彼を白い目で見ていたナナミとダンツだったが、その女性が明らかに厄介であると言うクロノスの意見には二人とも同意であった。女性の容姿がそれを物語っていたからだ。


「あの女が着ている服…普通の物を装っているがかなり質のいいやつッス。それこそ豪商の身内や貴族がお忍びで街を出歩く時に着ているようなやつだぜ。町人はそれに気付いても見て見ぬふりをするのが暗黙の了解ッス。」

「だよね。私は服とかよく知らないけど遠目で見ても街の人が着ている服とは違うってわかるもん。というかこのあたくしにって言ってたもん。受付の人もあなた様のお父様って言ってたもん。ギルドの人が依頼客にお客様以外の二人称言うの初めて聞いたもん。勿論名前以外だけど。たぶん偉い人だよ。」

「だろ?俺のS級的感が彼女はマズイ。彼女は危険だとビンビン告げてくる。早く逃げ…いや、猫亭に戻って迷宮都市に連れて行く人員を探そうぜ。」

「わかりました。でしたらこれは提案なのですが…」


 ナナミ達が話しているうちにあちらの口論が一区切りついたようだ。どうやら受付嬢の方が先に折れたらしい。女性客になにやら条件の提示をしていた。


「提案?何かしら?」

「支店長は本日ミツユースの行政議会に出席していて不在ですので、これは私の権限で出せる精一杯の譲歩なのですが…我々が紹介できる一番の冒険者。そちらをあなた様の依頼に派遣しましょう。それならば名前を伏せる理由をお聞かせ願えますか?」

「…一番の冒険者?ミツユースにはこちらと同じくらいのランクの冒険者しかいないと聞いていますわ。実力者と言ってもたかが知れているのではなくて?」


「こちら…?やっぱりあの女この辺の人間じゃねえな。」

「ちょっと静かに。声のトーンが下がって聞こえづらいんだから。」


「ご安心ください。高ランクというかS級の実力者なので。最近一人、偶然この街を拠点に活動をするようになりまして。ああなんという幸運でしょうか。彼を紹介できるとはわが支店も鼻が高いです。」

「S級!?知ってますわ。冒険者の中でも一番上の実力者ではありませんの!!普段は指名の依頼がひっきりなしに来て忙しく、噂では予約の手数料だけでも金貨が飛ぶとか…都合がつくのですか!?」

「その方の担当の職員からも遊ばせていても勿体無いから好きに使ってくださいと申しつけられています。それには私も概ね同意ですのでこの際有効に使わねばと思いまして。」

「その方はどこにいるのですか!?紹介なさい!!」

「どこと言われましたら…そちらに。」


 受付嬢が指した指の先。女性がそちらを見ればそこにいたのはホールの出口のドアに手を掛けて今まさに支店から出て行こうとしていたクロノスだった。


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