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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第77話 ナナミの料理(猫亭には不思議なコックさんがいるのでしょう)


 ある日の朝のことだ。浮浪児の頃の癖もだいぶ抜けて少し遅めに目を覚ましたリリファは裏庭の水場で顔を洗って口の中を濯いでから、いつものように厨房の中にあるテーブルに用意された朝食の席に着いた。酒場の団員専用のテーブルはどうなったって?バカの誰かが壊してしまい現在誠意をもって修理中だ。


「…なんだこれは。」


 リリファの前にあったのはいつものセーヌが用意してくれる美味しい朝食ではなく、浅めの皿に盛られた粒上のなんらかの身だった。粒は茶混じりの白色でそこからは湯気が立ちこめなんだか温かそうだ。リリファがフォークでそれを一つ突いてみるとそれはぷにぷにしていた。


「セーヌが作ったものではないよな…食い物なんだよな…?」

「それは麦飯だよ。それとリリファちゃんおはよう。」


 リリファの疑問に答えたナナミが朝は起きして作ったと得意げに答えてからリリファに朝の挨拶をした。


「麦…?ああ、これは粉にしていない粒の状態のやつか。この大きさは大麦の方か?それとナナミもおはようだ。」

「うんうん。一日の始まりは元気な挨拶からだよね。それは私が炊いて作ったの。最初は小麦を使っても麦飯になると思ったんだけど上手く行かなくて…小麦は水の吸いが悪くて上手く炊けないみたい。パンに使わないならこっちだってアレン君に教えてもらったんだ。小麦はパン向きで大麦は麦飯向き。そんなの初めて知ったよ。それとミツユースって麦を炊く文化が無いんだね。小麦も大麦もみんな挽いてみーんなパンやパスタ用の粉にしちゃうから粒の状態で売ってないの。商店街の小麦屋のおじさんに商人の人が持ってくるサンプルの粒を一袋譲ってもらったんだ。おじさんも何に使うのか不思議がってたよ。」

「それはわかったが…炊く?なんだそれは?」


 この謎の白いぷにぷにの正体はわかった。しかし次にリリファが疑問に思ったのはナナミが大麦の粒を白いぷにぷにに変えた聞きなれない調理法だった。


「炊く…炊くってなんて言ったらいいかな?大麦の粒を食べるために煮込む…いや蒸す?蒸かす?最初に水に入れて茹でながら水分を吸わせて、余計な分を蒸気で飛ばすわけだから…わかんない。それにしてもおもしろいよね。教会の炊き出しとか炊くって言葉はあるのに炊くことを知らないんだもん。不思議。単に私には都合よくそう聞こえているだけなのかもしれないけれど。」

「炊くと言うのがどういう調理法なのか言いたいことはなんとなくわかった。それでどうしてわざわざ麦をこんな形にしたんだ?」

「それは私の居た所の食べ方で食べるためだよ。本当はお米を炊いて白飯にしたいんだけどお米がないから大麦を代用したの。オルファンさんの故郷にもないって言ってたしどこにあるのかなぁ?お米。」

「なるほど。お前はそのうち故郷の料理をこちらで再現するとか言っていたか。それで今日の朝食には何やら見慣れぬ料理が並んでいるのだな。そういえばセーヌは今日は来れないんだったな。」


 ナナミの答えで全てを理解してリリファは改めて食卓に並ぶ料理を見渡した。野菜のごろごろ入った泥のような茶色のスープ。崩れかけた白くて四角い形のプルプルした謎の食べ物。酢の香りがする海藻とキュウリのサラダ。紅い切り身の焼き魚。薄くて黒いごわごわした紙。…紙?リリファは今までにセーヌがこれらを作ったのを見たことが無かったので、おそらくはすべてナナミが作ったのだろうと予測したがその考えは正解だったようでナナミが更に得意げになっていた。…リリファは皿に入った生卵に関してはスルーした。


「これぜ~んぶナナミさんが作りました!!私の居たところで食べられていた古き良き日本の朝の食卓のフルコースだよ。…といっても一部まだ足りないし、私も一から作るのは初めてだから不完全な物もあるけど。」

「この生の卵とかか?」

「それはそのまま溶いて食べるんだよ。とりあえず形は繕ってみたけど衛生とかヤバそうだし、やっぱりダメだよね。…でも冒険者なら多分…いやいや。これは目玉焼きにしてあげる。やっぱ返して。」


 何かの葛藤を理性で抑え込んだナナミはリリファと自分の分の生卵を没収して、フライパンを持ってすっかり使い慣れた魔石コンロの前に立ち、魔術の詠唱をして火を起こしてもう一品作り始めた。


「先食べてて。三分もいらないから。」

「そうか。それなら…」


 ナナミにそう促されてリリファは先に食事を頂くことにした。食べる際にナナミが「やっぱりいただきますとは言わないよね。これが文化の違いか。」と何やら言っていたが、こちらの人間も一応食前に神に恵みを感謝して祈る文化はある。ただそれも神聖教会の人間と真面目な信者のみに限定されているので、そんなもの知ったことかなリリファにはそういった習慣がないだけだ。


「…変わった味だがどれも食えないものではないな。」

「そこは美味しいって言おうよ。まぁみんなまだ未完成だけどね。」


 食べれるだけましだと評価するリリファにナナミが完成したと焼いた目玉焼きをフライパンごと持ってきて空いていた皿に移した。


片面焼き(サニーサイドアップ)で許して。両面焼き(ターンオーバー)はやったことないから失敗したら怖いし。」

「きちんと火が通ってるならいい。お前は時々半焼けの中がどろっとしたものをだすからな。」

「半焼けじゃなく半熟だよ。こっちの人は卵料理は完全に固まらないと食べるの嫌がるのは困るんだよね。どう考えても半熟の方が美味しいのに…いくら異世界でも私は卵を半熟で食べる。衛生なんて気にしないことにしたの!!いただきます。」


 ナナミはフライパンを洗い場に置きに行ってから一緒に焼いて半分ほどの焼き時間で皿に移して置いておいた自分の分の目玉焼きを持ってきて朝食を食べ始めた。なおナナミは細い木の棒を二本もって食事をしているがハシというナナミの故郷の食べるための道具らしい。以前自分で木材を削って作っている時にリリファにそう語っていた。


「うんうん。やっぱり目玉焼きにはショウユだよね。でも他は…うーん、食べれないことは無いけどやっぱりまだ完成には程遠いなぁ…」

「これでか?見た目は気になるが味で文句をいう奴はいないと思うが…」


 作った料理はリリファにとってはいずれも変わった風貌とはいえそれなりの味に感じられたが、作った本人であるナナミには不満が残る物だったらしい。


「焼き魚は身が紅い魚ってだけで魚屋さんで適当に選んだからサケとは違う味だし、海苔はミツユースが海沿いの街というだけあって普通に煮物やスープ用のが売ってたわ。流石にワカメや昆布みたいに天日干しする人はいなかったみたいだから乾燥海苔は自分で試していかないとだけど。豆腐も原型っぽいのがあったから豆を買って自分で海水を煮詰めてにがりを作って満足いくのができるまでトライすればいける。漬物もあるけど大根は見かけなかったから探さないとだし、キュウリとかナスは西洋風のがあったけど糠漬けにするのには(ぬか)がいる。…これも小麦で代用できないかな?小麦の糠って(ふすま)だっけ?うーん…今の所完成されてるのはキュウリとワカメの酢の物くらい?全体的に評価して30点くらいかな?」

「随分評価が厳しいな。形だけでも揃えられたのならもっと高くてもよさそうだが。」

「全然!!こんなのじゃ日本人は食べてくれないよ。海外の勘違い日本食店って感じでとにかくひどい。味付けを変えればこっちの人は満足かもしれないけど私が食べてもらいたいのは私と同じ所の人だから。」



 ナナミは異世界の人だ。チキュウと言うところのニホンという国である日謎の巨大な女性に導かれ、同じく導かれた同胞と共にこの世界に飛ばされたのだそうだ。ミツユースに来るまでの旅で同胞を探しながら元の世界へ戻る方法も探したが、その間同胞も帰る方法も見つかっていない。しかもこの世界の人間はナナミの出会った人物でクロノス以外では異世界と言う概念を誰も知らなかったというのだからお手上げだ。仕方がないので帰ることはひとまず諦め、周りの人間にはとある国が研究していた転移魔術に巻き込まれてこことは違う遠い所からこの大陸に飛ばされたので同じく飛ばされた被害者を見つけて彼らをサポートしたいのだと言ってある。とりあえずの目標としてこの世界で元の世界の料理を再現することにしたらしいが、まだまだ前途多難であるようだった。



「とりあえず味噌と醤油が手に入ったのはでかいわ。売ってくれたオルファンさんの親戚に感謝しかない。味に関しては私の実力不足が原因なだけだから上手くできるまで練習あるのみ。さしあたって探さなきゃいけないのが食材かぁ…お米、大根、サケかサバ…欲しいのはまだまだあるなぁ。」

「慌てることは無いんじゃないか?私のイノセンティウスの扱いの練習が長い目で見なくてはならないのと同じで、お前もゆっくりやっていけばいいさ。」

「…そうかもしれないね。よーし、ご飯を食べたらナットウづくりの続きしよう!!頑張って麦わらでナットウ作るんだ。リリファちゃん毒見役ね。」

「げ、お前あの臭いやつまだ諦めてなかったのか。あれはどう考えても腐ってるだろ。どこをどう頑張ればあの糸を引いた腐った豆を上手く発酵していると言い張れるんだ?」

「あれで間違いなく発酵しているの!!でも納豆と言えるだけの粘り気が出るまでもうちょっとってところからそれ以上はカビが生えちゃうんだよね…麦藁も藁なんだからできると思ったんだけどなぁ…こっちに飛ばされた人にそういうの詳しい人いないかな…?結局ミツユースに滞在して三か月近く経つけど、未だに日本人が訪ねてくる気配がない。」

「ミツユースの冒険者に猫亭はすっかり有名になった。最近はよそからの冒険者が情報収集を兼ねた挨拶に来るようになったしミツユースに来れば猫亭の名を一度は必ず聞く。まだ君の同胞が誰一人ここまで辿り着けていないだけなんだろう。」


 二人とは違う声が厨房の裏口へと続く扉の方から聞こえ、にナナミとリリファがそちらを向くとそこにいたのは昨日から出かけていたクロノスだった。


「あ、クロノスさんお帰り。朝帰りなんて罪な男だね。」

「どうせ色町の娼館にでも行っていたんだろう。ロリコン。」

「ただいま。…だからロリコンじゃない。俺が出かけていたのは野暮用だよ。決して女の子を侍らせていい気になっていたわけじゃない。むしろアレンとウィンの仲を取り持つ愛のキューピットさんだぜ。俺は。」

「ふーん、まぁいいけど。クロノスさんも食べる?私が作った向こうの朝ごはんだよ。まだ30点くらいだけど。」

「いただこうか。色々と後学になる。」

 

 クロノスが欲しいと言ったのでナナミはクロノスの分を用意して、彼は料理の一つ一つをあれこれ考察しながら食べていた。なお生卵に関しては猪の一番に割って中身を生のまま飲み込んでいた。それについては「俺は冒険者だぞ?美味ければ素直に美味いと喜び、不味くても食えるだけましだと神に感謝する。時には例え腹を下すとわかっていても食わねばならぬ時もある。冒険者の死因に冒険中の飢え死には未だ多いんだ。良い冒険者とはなんでも食う奴のことさ。」とのこと。冒険者としての心構えが無駄に高いのか、それともただひたすらいい加減なだけなのか…冒険者とは紙一重である。


「それにしても君のところは色んな料理があるんだな。今こうして食卓に並ぶ料理を見てもそうだしこの間もいくつか聞いたがどれもこれも面白い料理法だ。火を使うだけでも焼く、煮る、炒める、蒸す、茹でる、揚げる、炙る…これだけいろいろ。特に興味があるのは毒を持つ魚の卵巣を数年間糠に漬けると毒が消えるとか…誰が最初に食べようと思ったんだよ。料理に興味のない俺でも興味が沸くよ。しかも国民全員がデフォルトで使いこなすなんてどんな教育を受けているんだ。」

「さすがに全員ってわけではないけど…私のいた国は食とエロスに関しては他国に変態国家と言われるレベルで国民全員が上級者だったのよね。ブラック気質故に寝ることと働くことに関しては素人以下の残念っぷりだけど。一応国のレベルも先進国っていうだけあって二百近い国の中でも上の方みたいだけど、その辺は私は専門家ではないから知りたいのならそのうちそっち方面に詳しい日本人に会えたら聞いて。」

「そうだな。その方が俺も君の同胞探しにやる気が出せる。後の楽しみにとっておくさ。本当に恐ろしいところだな異世界…君の同胞の誰かが君以上の知識や技術を持っていたらそのうちこっちで何かやらかしてくれそうだ。」

「そうかもね。他の人がどんなチートをもらったかわからないし私みたいに曖昧な知識から探り出すようにしていかないとだけどあの場に偶然なんらかのプロがいなかったとも限らないし。もしかしたらミツユースで今流行っているクリームケーキも誰かがミツユースに来た時に教えたのかもね。」


 ナナミは最近ミツユースの女子の間で流行っている甘いデザートの数々を思い出してそう言った。あの甘味の誘惑にはナナミも抗えず時々大金を払って買っているが、製法については店員もごく一部しかしらないらしく聞き出せなかった。もしかしたらナナミがミツユースに来る前に誰かが来ていたのかもしれない。


「それよりも今は食材だよ。色々な物が全然足りないんだ。オルファンさんの親戚から買ったミソとショウユも自分で作れるようになりたいし、細かな代用品からも卒業したい。」

「慌てなくても金さえ出せば何でも手に入るのがミツユースだ。そのうち大陸のどこかの誰かが似たようなものを売りに来るさ。同胞の行方も縁ができれば話が巡ってくるだろう。ミルクだって大量に仕入れるアレンの家から安く売ってもらえるようになったじゃないか。まずは一年。腰を据えてこの街で流れてくるもの全てを待ち構えてみるといい。」

「そうだよね。今できることは料理の腕の他にも冒険者としての実力をつけていろんな人の縁や話を集めることだよね!!よーし、ナットウ仕込んだら今日もクエスト頑張ろうっと!!」


 右手を振り上げてえいえいおーとするナナミの横で、クロノスがあの臭いのは勘弁してくれと苦い顔でため息をついていた。



 なお昼ごろに学校が午前で終わったアレンとハンスが遊びに来て、ナナミが作った朝の残りをつまみ食いしたのだが、食後しばらくして腹痛を訴えてトイレに籠ってしまった。やはり強靭な胃袋を持つ冒険者以外ではナナミの料理はまだまだ合わないようだ。冒険者としてアレンの胃を鍛えねばならないと今後の育成を考えるクロノスだった。

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