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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第76話 小さなチャレンジ・スピリッツ(終わり、そして始まるのでしょう)

 

 アレンの挑戦が終わったのではなく始まったその日の夜。猫亭には大勢の冒険者が集まっていた。目的はただ一つ、ついに五人の団員を集めて本格的な活動を開始することがヴェラザードによって伝えられた猫の手も借り亭の冒険者達を祝うためだ。


「猫亭本格始動おめでとうッス!!乾杯!!」

「「「いえ~い!!」」」


 そしてダンツの音頭で冒険者達が一斉に杯を掲げて祝の声を上げ今日の酒盛りが始まった。その前にすでに飲み始めたりつまみの料理に手を出していた者もいるが自分のペースを大事にするのが冒険者というものだ。単に自分勝手なだけかもしれないがいちいち他人の顔色など窺っていたら気が滅入ってしまう。実際は祝うなどただの名目であり彼らは酒を飲む口実が欲しいだけなのだ。


「…プハァ!!一時はどうなることかと思ったが、これで猫亭の存続問題は大丈夫そうだな。」

「ほんとほんと。これでまた美味い酒を飲んで好き勝手集まり続けられるってもんだぜ。お、これ美味い。作ったの誰だ?」「俺だ。そいつは地元に伝わる秘伝のソースを再現したもので…」「…だから夕げ亭の看板娘さんに似合うのはミニスカじゃなくてロングだって言ってんだろ?普段清楚に脚を見せないからこそいざ脱がせたときその御御足に興奮できるんだぜ。脚を普段から見せたらそれこそビッチじゃねえか。」「おまえバカじゃねえの?なにをどうやったらお前があそこの看板娘と付き合って裸にできるんだよ。生脚を拝めるからこそよりその先の想像に全力を注げるんだろうが!!分かってねえのはお前だ!!」

「あの娘なら付き合ってる男がいたはずよ。この間デートしてるの見たもん。」「「マジで!?クソが!!相手の男を闇討ちするぞ!!」」「それはわからないだろ?もしかしたら生き別れの兄弟ということも…」「さっき自由市で店じまいしていたおっちゃんに聞いたんだけど、なんか迷宮都市の方でダンジョンからおもしろいものが出たらしいぜ。」「マジで?金の臭いがする。ちょっと話題作りに行ってきてみるか。」「あ、ずるーい。あたしにも一枚噛ませてよ。」「そうか。なら後はアイツとアイツを誘って…」「もぐもぐ…美味しい。」「チェルシーもゆっくり食べなさい。取られるのが嫌ならお皿に盛ってとっておきなさいな。」「美味しくてお皿に盛る暇がない。家のよりも美味しいかも。」「城のコックはコネで入ったボンボン息子で技術はぺーぺーだったからね。あと得体の知れない料理は食べる前に誰かに毒見させること。」「家と同じだね。わかった。…はいバレルどうぞ。」「おおこりゃすまん…ぶぅー!!なんじゃこれは!?苦い!!辛い!!全身が痛い!!」「…これはやめとく。」「賢明ね。」「おいシュート。なんかゲルンが二匹になってねぇか?俺が酔ってそう見えるだけか?」「お兄いさんの不調ではなくて実際二匹いるんでさ。ゲルンはこっち。」「ならこっちのカエルは?」「なんか裏庭の大岩が壊れた所に穴があってその中に封をされた壺があったんでさ。バーツが開けたらその中にいやした。」「さっきまでは死んだみたいに寝ていたんだけどナッシュが水を掛けたら目を覚まして…」「ふんふん…なるほど。」「なんかわかったかナッシュ?」「きゅい。」「このカエルが言うには自分はとある王国の姫で悪い魔女にカエルの姿に変えられて封印されたそうで。」「王国?カエルの国かな?」「げこげこ煩そうだぜ。痛っ!!ゲルン噛み付くなよ。歯が無くても結構痛いんだから。」「ゲコッゲコッ!!」「わかったって。その子は人間の女の子だよな。」「何か普通のカエルとも違う感じがするし…しゃあねえ。おやっさんに飼う許可をもらうか。」「けろっ。」「ふんふん…個室に天蓋付きのベッドを用意してほしいと。あと女性の従者を一人欲しいと。」「カエルの分際で…」


 仲良く乾杯の後は各々好き勝手に移動して酒の杯を片手に他の者と談笑したり、そうでなければつまみにと用意された料理の数々を味わっていた。その中に未だ猫亭の件について祝い続ける者は皆無であり、

どうやら冒険者達は単に自分達の便利な集会所が無くなってしまうことが問題だったらしい。


「はいはいどうぞ飲んで飲んで~。私特製のおつまみもあるからね。」

「ありがとよナナミちゃん。」

「でもあんたも今日は飲みな、なんたって今日の主役はあんた等なんだからね!!」

「ありがとう。でも私はまだお酒飲めないから今日の所はお酌をしてあげるわ。」

「まぁまぁそう言わずに…おりゃ!!」

「わっごくごく…!!もう、私は未成年…あれ?これジュースか。」


 自分は未成年だからと謎の料理や酒を運んでは他の冒険者が買ってきたり作ってたりしたつまみを口にしていたナナミは、オルファンに渡された杯の中身をうっかり飲んでしまったが、どうやら中身はジュースだったようだ。


「ははは、これでも聖職者の端くれですからね。いかに神聖教会が飲酒を強く禁じていないとはいえ嫌がる子にお酒を無理やり飲ませたりはしませんよ。」

「あ~もうびっくりした。なんか口の中が甘くなっちゃったな。なにかしょっぱそうな料理は…お、焼き魚。これにしようっと。…あれ?もしかしてこの香り…」

「ああ。焼き魚の上のは僕の故郷で作られている調味料でソルソイクリームって言うんです。たまたま自由市に親戚が売りに来ていたのでせっかくだから買ってきました。僕の故郷のある地方は豆が沢山採れるところでしてね。細かく砕いて近くにある塩湖っていう古代の海があった場所の塩を使って発酵…食べられるように腐らせるとできるんです。本来は保存食としてそのまま食べることが多いんですが塩を使っていてしょっぱいから今日はこうして魚の切り身に付けて一緒に焼いてみました。ちょっと塩辛くて臭いが強めですが馴れれば…おわ!!ナナミさんなぜ泣いているんですか!?美味しくなかったんですか!?」


 口直しにと茶色のソースを塗り手繰って焼かれた白身魚を口にしたナナミは、それを用意したオルファンの解説を聞いている途中で突然泣き出したのだ。それほどまでにまずかったのかとオルファンがコップに水を注いで彼女へ差し出すが、ナナミはそれを断った。


「やーい、オルファンが女の子泣かせた~。先生に言いつけてやろうっと!!」

「そんなくっさい料理食べさせるから~。お前からは水ももらいたくないってさ!!」

「子供じゃないんですから…!!とにかくごめんなさい!!」

「違うのぉ…!!やっと見つけた…!!東の地方には無かったし自由市にも無かったからもうこっちには無いんじゃないかと…えっぐ…!!」

「こっち…?確かに東の地方は海に接した地域が少なくいですし豆もそこまでたくさん作っていないからこういう食べ物はあまり見かけないと思いますが…というかナナミさん臭くないんですか?初見の人は臭いに遠慮してなかなか食べてくれないのに。」

「確かに臭いは食べ馴れてるのよりキツメだけど…!!それでも美味しいよぉ…!!おかわり!!」


 号泣しながらもナナミは大皿に乗った焼き魚を次々と平らげていき、とうとうオルファンが用意した全ての焼き魚を一人で食べ尽くしてしまった。やがて先ほど断ったばかりの水をオルファンの手から引っ手繰って飲み干すと、一息ついてからオルファンに質問した。彼の胸ぐらを思い切り掴んで。


「ねぇオルファンさん!!」

「はっ、はい。なんでしょうか!?」

「これまだ売ってるの!?まだ自由市にいるのオルファンさんの親戚の人!!」

「え、ええ。今日はもう遅いので店じまいしてると思いますが宿屋に泊ってまた明日出店すると言っていましたから多分いるかと…てゆうか手を離して…!!」


 ナナミの質問にそう答えたオルファンだったがナナミが手を離すと倒れ込み尻もちをついてしまった。オルファンに申し訳なさそうにしながらもその顔は希望に満ちた清々しい表情だった。


「あったよミソ…!!なら多分…いや絶対ショウユも作ってるはず!!だってが授業で習ったもん。ミソのできた中央に貯まる液体がショウユの起源だって!!しかも豆と塩が沢山あるってことは…もしかしたらトウフとかナットウとかあるいはコメ…!!ふふふ…これは期待が持ててきたんじゃないでしょうか!?」


 ナナミは自分の故郷にあった食材や料理をこちらで探し求めている。彼女の興奮の度合いからしてもこの食材はなんとしても見つけたい一つであったらしい。


「まずはオルファンさんの親戚からこれを買い占めて…それからショウユを探すわ!!まずはこれで…ミソシルを作りたいと思いまーす!!厨房にくず野菜があったよね。それを使えば…!!」


 これからの目的を見つけ高らかに宣言したナナミは、テーブルの上の焼き魚の乗っていた空の皿の隣にあった彼女がミソと呼んだソルソイクリームの小鉢を手に取り厨房の方へ向かっていた。一連を見ていたオルファンをはじめとする冒険者達は頭にハテナを浮かべていたが、オルファンは自分の故郷の食材を評価してもらえて満足だったし、その他の人間も酒のつまみに一品増えるのならまぁいいかと特に気にしてもいなかった。





「ナナミのやつ何をあんなに慌てて…泣きながら料理すると味がしょっぱくなるぞ。」

「そんなに変わらないんじゃないかな?それよりもおいら君に改めて挨拶しておきたいんだけど。」

「ん?ああそう言えばまだ私とお前はまだ面識があまりなかったな。リリファだ。猫亭で盗賊シーフの役割を担っている。」

「おいらはアレンだよ。冒険者登録は明日やりにいくけど昼間の通り戦士ウォリアーでいくから改めてよろしく。」


 とあるテーブルでは子どもの冒険者が酒を飲めないからとジュースや甘い菓子でテーブルを固めて仲良く談笑していた。その中でリリファとアレンの猫亭の子ども組がまだ面識がなかったからと改めて挨拶を交わして握手をしていた。


「アレンは確か十一才だったな。ならば私の方が年上だな。私のことは先輩冒険者として崇め讃えるように。」

「そうなの?ならリリファのことはリリファ姉ちゃんって呼ぶね。」


 リリファは新入りのアレンに先輩風を吹かしていたが彼が冒険者になるまではミツユースで一番の新人であったためついそんな気になってしまうのも仕方ない。少女であるがゆえにまだ無い胸を張り得意げになるリリファに、アレンは素直に受け止め元気よくそう言った。


「…リリファ姉ちゃん…!!良い響きだ…!!私は一人っ子だったからな。裏町でも私より幼い子は皆野垂れ死ぬかどこかへ連れ去られてしまったからそう呼ばれることはなかったんだよなぁ…」

「え、なんかメッチャ重くない…?」

「ん?ああ、私の過去など気にするな。冒険者は未来に生きるものだ。とにかくこれからよろしくだ。」

「うん!!よろしくね。リリファ先輩!!」

「先輩…!!もう一回言ってくれ!!」

「え、ええ…?」


 アレンの自分の呼び方にいちいち感動して酒も入って無いのに彼に突っかかるリリファだった。






「セーヌ嬢も楽しんでいるかい?さっきから料理や給仕で付きっきりじゃあないか。」


 とある冒険者がテーブルの上の空になった皿を片付けていたセーヌに声を掛けた。彼女は宴が始まる前から厨房で大量の料理を作り、宴が始まってからも皿の方づけや酒と料理の追加を一人でやっていたのだ。


「いえ、私はお酒は嗜みませんし料理も余った物を先に帰したハンスやハンナたち孤児院の子たちへあげられればそれで構いません。皆様はどうぞ宴をお楽しみください。」

「…マジかよ。そんなこと言ってないでアンタも楽しみなよ!!ほら一杯…」

「まぁこれはこれは。では一杯だけ…」


 セーヌに感動した男はいつの間にか用意していた空きの杯に弱めの酒を注ぎ、それをセーヌに無理やり手渡した。飲めないわけではないし宴の場でせっかくの好意を無駄にするわけにもいかないとセーヌは杯に手を伸ばすが…そこで飛んできた何かに杯が弾き飛ばされてしまった。驚くセーヌと男だったが横から叫び声が聞こえてそちらを振り向くとそこには何人かの人物が怒りの形相でそれぞれの愛用の武器を構えていた。その中には矢の矢尻を丸くした練習用の弓を構える射手(アーチャー)女性もおり、先ほど杯を弾き飛ばしたのはどうやら彼女らしい。


「な、なんだよお前ら…いきなりなにすんだよ!!お前らもセーヌ嬢をねぎらえよ!!」

「ほう。労うね…なら酒を注ぐときにこっそり入れていた薬はなんだ?」

「ぎくぅ!?い、いや…これは…そう。栄養剤。栄養剤なんだよ!!セーヌ嬢も疲れているかと思って…!!決して(よこしま)なことを企てていたわけでは…!!」

「うるせぇ!!セーヌ様に手を出す奴はなぁ…みんな粛清なんだよ!!喰らえ!!「襲牙斬しゅうがざん」!!」「アイスクエイク!!」「クロスアタック!!」「スーパーボンバー!!」

「ぐへぇっ…!!」


 怒る女性にそう咎められ男は咄嗟に栄養剤を混ぜたと言い張るがどう聞いても言い訳がましく信憑性に欠ける慌て振りだ。どうやらこの男は宴にかこつけてセーヌに一服盛りそのままどこかへ連れ出してムフフなことになるように画策していたらしい。だがやはりというべきかその言い訳では誤魔化し切れなかったらしく、怒れるセーヌ信者たちから放たれた術技を喰らって男は気絶してしまった。


「なーにが栄養剤じゃ!!俺たちの女神を落としたくばなぁ…自分の力で口説け!!というわけで…セーヌちゃん結婚してー!!子供は十人作ろう!!」「今夜一緒に寝よう!!」「ダメよセーヌは男女で寝たら子供ができると思ってるんだから!!というわけで私と寝よう!!女同士なら大丈夫!!」「セーヌ様後で一緒にお風呂に入りましょう。その麗しきお背中を流して進ぜますわ!!」


 どうやら粛清部隊の連中は自分達もセーヌを口説きたかったらしい。さっきの男とは違い正々堂々と口だけで勝負に出る様は男らしい物で(女も混じっていたが)口説かれたのがただの恋に恋する街娘ならあっさりと了承しただろうとも思えるが…


「あ~こいつらセーヌちゃんを口説こうとしてる!!抜け駆けはずるいぞ!!」

「俺の女神になんたる無礼…!!消さねば…!!」

「クルロさんも狙っていたのに!!」

「横取りさせるかー!!」

「コロコロコロスファックユー!!」

「なーにが男らしくだ。コソコソしやがって…喰らえよ!!」

「何をしやがる!!俺のこの熱い想いは誰にも止められないぜ!!」

「まずはてめえ等を片付けてやる!!セーヌさんもきっと強い男に惚れるはず…!!」


 騒ぎを聞きつけたバカどもが集まってきてセーヌを口説こうとしていた奴らに殴り掛かってきた。

彼らも負けられないと応戦し、酒場の一角で喧嘩騒ぎが始まってしまった。


「あはは、喧嘩だ喧嘩。もっとやれぶっつぶせみんな倒れちまえ!!」

「喧嘩と聞きつけてこのミツユースの喧嘩男と呼ばれたグザン様も黙っちゃいねぇぜ!!」

「俺も入れろ!!おら!!」

「ぐはぁ!!やってくれたな!!おりゃ!!」

「きゃあ!!ちょっと何すんのよ!!お返しよ…ファイヤーボール!!」

「うわっこいつ魔術使いやがった。なら俺は…!!」


 喧嘩騒ぎはいつしかセーヌに興味無い物や巻き添えを喰らった者まで暴れだすまでに発展した。空を食器や杯が飛び交い、床にはリタイアした者達があちこちボロボロになって倒れていく。規模は既に酒場の冒険者の半分ほどを巻き込んでしまっており、もはや収集つかずの状態である。


「あらあら。冒険者とは騒がしいものですね。とりあえず料理が巻き添えにならないように避難させましょうか。ええとこれは孤児院にお持ち帰りで…こっちは普通の人はとても食べられませんから…」


 そんな騒動の中心で暴れる冒険者を避けながらもセーヌはテーブルの上の料理を避難させて家への持ち帰りを冷静に選別しているのだった。






「まったく皆が皆ばらばら好き勝手だな。ダンツも勝手に祝杯を挙げやがって。まぁ別にいいんだけども。それこそ冒険者というものだ。これで全員が静かに祝おうものならどこぞの葬式か何かを疑ってしまう。これくらい騒がしい方が冒険者(おれたち)らしいのさ。」


 酒場の端の方のテーブルに座り、もはや酒とは呼べぬくらいに酒精の薄い果実酒を手に、喧嘩で騒ぐ冒険者達を眺めていたクロノスはやや不機嫌そうだったが、その原因は勝手に取り仕切って今も猫亭本格始動おめでとうの会幹事の特権だと高めの酒を独占しながらそれを奪おうとした男を殴っていたダンツではなかったようだ。なら何に腹を立てているのかと言えばそれは自分の前の席でこの場にあった最も酒精の高い酒をちびちびと煽っている自分の担当職員のヴェラザードにだった。


「な~ぜか俺は商店街にいたはずなのに目を覚ましたら猫亭にいて、、アレンをウチの団員にする流れで話が進んでいたんですけどね?どういうわけだか前後の記憶が綺麗に抜け落ちてしまっているんだが?その辺どうなんすかねヴェラさんよ。」

「どうもこうも私はクロノスさんの担当職員としてあなたの活動を円滑にサポートしただけですが?例えそれがクロノスさんの心意に反するものであったとしてもです。」

「どうして俺をサポートして俺の全身が痛いと悲鳴を上げるんですかね?まぁいいやそんなこと。」


 クロノスにそう文句を言われたヴェラザードだったが、そんなものどこ吹く風とクロノスではとても味わうこともできないような強めの高級な酒をきれいなグラスでちびちびと嗜んでいた。その態度に対して自分の部屋に連れ込んで小一時間説教かましてやろうとも考えたが、そもそもクロノスではヴェラザードを言い負かすことはできそうもないし、第一にクロノスは小一時間もの間説教ができるくらいの語彙も持ち合わせてもいない。なので仕方がないと諦めて杯の中の果実酒を飲み干した。冒険者は過ぎ去った過去にはこだわらないのだ。


「だがこれで揃ったな。五人の団員。面倒なことだらけだったがなんとか形にできたぜ。」

「確かにあなたの言うとおりこれでギルドは文句を言うことは無いでしょう。しかしまだこれからですよ。」


 自らもグラスの酒を飲み干して新たな酒を注ぐヴェラザードはクロノスにそう忠告したが、クロノスはそれは分かっていると頷きを返した。


「アレンも結局自宅通いの身で学校や家の手伝いなんかの仕事もあるから常に動かせる人員とは考えにくい。セーヌも孤児院の手伝いがある。万が一の遠出のことも考えるとまだまだ人員が揃っていないな。」

「団員の中でなんとか戦いに使えるのはセーヌさんのみ…アレン君は言わずもがなでナナミさんとリリファちゃんも本格的な戦闘ではまだまだ実力不足でしょう。実力はランクが語ってくれています。」


 今回クロノスがギルドに課せられた試練はあくまで冒険者クランとそれを運営するクランリーダーの資質を試すためのもの。これはまだスタートにすぎないのだ。これからもっとクランを成長させ団員の質も量も高めていかねばならない。


「まぁここ最近はあいつらの社交性のおかげか常にダンツ達のような外部の冒険者がいるようになったからな。しばらくは彼らに力を貸してもらうことにするさ。」

「賢明な判断でしょう。クロノスさん一人では決してたどり着けない選択肢でしたね。団員にふさわしい方がいたらスカウトをするのも続けてください。まだ所属していない職業の方はもちろんのこと、もういる職業の方も何人いても足りないということはありませんから。それと…」


 そこまでで一度言葉を止めテーブルの下にある物置を漁り始めるヴェラザード。クロノスが何事かとそちらを見やれば彼女が取出したのは二冊の部厚めなノートであった。表紙にはそれぞれ「クラン収支帳」と「クラン活動報告書」と書かれていた。


「それはなんだ?表紙を見れば聞くまでも無いとは思うが…一応聞いておく。」

「おやおや、クランを統べる者としての自覚がようやく出てきましたね。今までならすぐに何も聞かず適当に書き始めていたでしょうに。見ての通りクランの収入と支出を記載する収支帳とクランの活動を記録しておくための活動報告書ですよ。今までは猫亭がまだクランとして正式に活動していなかったので私が代理で記述しておりましたが、これからはあなたがクランリーダーとして書いてください。先に言っておきますがこれはギルドの本部に提出する物なのでしっかりと書いてくださいね。…遊んではいけませんよ?」


 ヴェラザードの説明の間にぺらぺらとページをめくって代わり映えしない真っ白な紙を眺めながらではさっそくとペンでウサギとカエルの芸術的な落書きをしてやろうとしていたクロノスだったが、彼女にそう言い含められてしまい手が止まった。


「なんだよ。せっかくこのクソつまらん純白の雪景色ように真っ白な紙を俺色に染め上げてやろうと思ったのに。」

「描きたければどうぞご自由に。ただしこれの最終的な閲覧者はガルンド様になりますが。」

「…な~んか急に描く気が萎えちゃったな~おかしいな~?描きたいはずなのに手が動かない。」

「あ、もしいっぱいになってもバインダータイプになっているので後から紙を追加できますので。どうぞたくさん書いちゃってください。」

「返してもいい?こういうのは君の仕事だろ?」


 なぜか気が変わったと二冊の分厚いノートをヴェラザードに突き返すクロノスだったが、ヴェラザードは再びそれをテーブルに滑らせて渡してきた。どうやら意地でも受け取ってもらうつもりらしい。クロノスは諦めてやれやれと受け取った。


「記載の仕方は後で教えますので。ノートの話はこれで終わりです。あと一つ伝えなくてはならないことがありますので。これは私個人からの忠告の様なものなのですが…クロノスさんは剣士役を務めてもらっていますがそれも新たな剣士(ソーディアン)の団員が入るまでの話です。」

「わかってるよ。誰かが入ったら違う職に変更しろって話だろ?心配しなくても君が知っているように俺は他に幾つもの職業(クラス)を所得「違いますよ。」…違う?なにが?」


 クロノスの冒険者としての職業は剣士だがそれはあくまで足りない団員の穴埋めだ。そのうち新たな剣士が所属したら職業を変更してパーティの際の役割を調整せねばなるまい。彼はそう考えていたつもりだったがどうやらヴェラザードの考えは違うようだった。


「クロノスさんの本来の御役目は猫亭の…猫の手も借り亭のクランリーダーです。あなたのお仕事は現場で団員の指揮をしたり、また今までのように現場で自らが剣を奮うことではありません。あなたのお仕事はこの猫亭でどっしりと構えて団員を顎でこき使うことなんですよ?それこそが冒険者クランのクランリーダーに与えられた使命なのです。その辺を良くご理解されていますか?」

「リーダーが現場に出向くなんてよくあることじゃないか。アティルだって自分でモンスター退治に向かうじゃん。」

「それは彼女でなくては対応不可能なモンスターを相手にするからです。彼女だって自分が行くまでもないクエストは適切な団員を選んで派遣しています。あなたの場合まず自分の足で見に行ってそれから自分で片付けてしまうではないですか。」

「そんなこと言われても俺はデスクに座っているのより動き回って剣を振った方が性分なんだがな。人を使うことなんざやったことないぜ。」

「それはあなたの担当を務めあげてきた私がようく知っておりますとも。しかしこれからのあなたはクランリーダーという人の上に立ち人を使う立場の人間なのです。今までのようなやり方は過去のものとしてください。そのうちにナナミさん達だけでミツユースの外に出てもらうこともあるでしょう。団員たちがまだ子供であるために過保護に寄りすぎる気持ちもわからなくないのですけどね。」

「へいへい。覚悟はしておきますよっと。ヴェラは厳しいな。だがギルド職員の身で俺たちをそこまで考えてくれるのは嬉しいよ。」

「私はクロノスさんの専属担当職員ですから。あなたが興したクランの面倒を見るのも業務内容に含まれるのです。残念なことに。それに…」


 そこで一回区切ってヴェラザードは再び空の杯に新たな酒を注いだ。今度はさっきのものよりも更に強力な奴だ。クロノスなどにおいを嗅いだだけで鼻と喉が焼け付いてしまいそうになるほどの強い酒を一気に飲み干してヴェラザードは続きを話した。


「本音を申しますとですね。あなたにこれ以上ウロウロされると私の婚期がますます遠のくのです。クロノスさんがクランをここに作ると申しました時、正直私は心の中でガッツポーズを取っておりました。やっとクロノスさんを探し回ってあちこちをウロウロする生活を終えてどっしりと構えた実のある婚活ができるのだと。実家からの手紙もうるさいのです。やれいい人はできたのかだとか、それ孫の顔が見たいのだとか、さてそろそろその年で独り身は厳しいぞとか、あら下の弟と妹もとっくに結婚して後はお前だけだぞとか…もううんざりなのです。この間の手紙なんてそれはもう酷いありさまで二十枚の内容のうち早よ結婚しろという内容は実に十九枚を占め…」


 酒をぐびぐびと飲みながら愚痴を続けるヴェラザード。遂にはまたもや杯を空にして今度は下品にも酒瓶を持って中身をそのまま飲みだした。所謂らっぱ飲みというやつである。普段は清楚なヴェラザードが豪快に大きな酒瓶をひっくり返して中身をどんどん減らしていく光景はかなり珍しいのだが、その貴重な光景を見ている者はクロノス以外皆無で、他は皆喧嘩に参加するかそれを見ているかしていた。むしろ誰も見ていないからこそこの不作法なのかもしれない。そう思うクロノスだった。


「しかしなんだ。美人は下品に酒瓶をラッパ飲みするのも美しいのだから世の中は理不尽で不公平極まりないな。こんなやつを嫁にする未来の旦那様が羨ましくもあり、同時に哀れにも思え…やっぱ疎ましく思えてくるね。こんな素敵な女を嫁にやるものかよ。まだしばらく俺が使わせてもらう。さてと…宴も盛り上がって来たしここらで一つ催しでもやるかね。」


 クロノスはそう呟いて二本目の酒瓶に手を伸ばすヴェラザードに別れを告げ、喧嘩で騒ぐ冒険者の集団の中に入っていった。そして何人かの道の邪魔になっていた冒険者を殴り飛ばしと蹴飛ばしでどけて騒ぎのちょうど中央あたりにあったテーブルの上に飛び乗った。


「おら聞けバカども!!手が忙しいのなら耳だけでもこっちに向けろ!!」


 クロノスの叫びで冒険者達の手が一斉に止まる。クロノスは耳だけでいいとは言っていたが、全員がこちらを見ていた。


「よしよしイイコだ野良猫共。さて…猫亭の子猫ちゃん達全員集合しろ。」

「どうした?」「なに?」「何用でございますか?」「ミソシルできたよー。飲みたい人いる?」


 クロノスの号令で猫亭の四人の団員が集まってきた。全員の顔を確認して人数を数えたクロノスは満足して話を続ける。


「なんだよ。文字通り女子供ばっかりじゃねえか。しかもたったの四人。こんなんでやっていけるのかよ俺のクランは。…いや違うか。これからやっていくのか。ものは考えようだ。まだ蒔いた種に芽が出たところなんだろう。どんなプロの農家でも芽だけで実が判別できるものかよ。」


 クロノスがまず最初にしたのは自分のクランを酷評することだった。だがすぐにそれを自分自身で否定して団員たちはこれからの成長が楽しみな人間なのだと評価した。

 

「君達。君達にはそれぞれ胸に秘めた夢がある。目標がある。もちろんこの俺にもだ。一人で叶えることは難しくとも集まって力を出し合えばそれは大きな力となる。それをするのがクランの役目だ。君達がやりたいことがあれば仲間達はきっと力を貸してくれる。もちろんこの俺もだ。君達はなんて幸せ者なんだろう。なんせこのクランには借りてきた猫の手よりも素晴らしく役に立つこの俺がいるのだから。そして横には餌欲しさにやってくる野良猫たち。ああなんて素晴らしい…!!」


 演劇か何かのようにテーブルの上でくるくると大げさに回ってアピールするクロノスだったが、それを見ていた者達の中にそれを馬鹿にする者は一人もいなかった。


「…というわけでだ。わがクラン猫の手も借り亭。略して猫亭。ここのクラン方針は…とにかく人の役に立つことだ。曖昧で適当じゃないかって?…それでいいんだよ。それが冒険者なんだから。誰よりも冒険者らしく冒険者をする。それがこの猫亭ということでまぁ一つよろしく。団員に限らず君達出入りの冒険者もなんかあったら相談に乗ってやるから悩みごとも困りごとも…なんでも持って来い。その代り、君達野良猫にもそれなりに働いてもらうから覚悟しろ。誰もがが見限ることでも俺だけは必ず助けてやるから。」


「まじッスか?じゃあ今日の酒代のツケ払ってくださいッス。」「これから娼館に行こうぜ!!全部旦那の奢りな!!」「酒が無いから追加してー。」「料理もついでに。」「明日港の船員と決闘があるから立会人…」「贔屓の娼婦が孕んで俺の子に違いないとか言ってきたから助けてー。まだ結婚したくない。」「新しい剣が欲しいわ。カンパして。」「ユニスの呪いを呪い師に解いてもらったけど中途半端で顔だけしか戻らなくてキモいんで何とかしてくだせぇ。」「この間街道に祀ってあった置き石を転んでひっくり返してそのまま逃げてきたから戻すの手伝って。一人だとなんか怖い。」「とあるお店で幼女が酒盛りしてくれるらしいんだが今度一緒に行こうぜ同志よ!!」「魚を生のまま食べる調理法があるらしいんだけどなんか怖いから実験台になってくれにゃ。」「明日のデートで身につけるベルトの色が決まらないんだ。」


「…こらこら。さっそく厄介ごとを持ってくるんじゃねぇ。しかもいくつか聞き捨てならないのがあったんだが…いやまぁいい。とにかくウチの団員も明日からしっかりと働いてもらうからな?ナナミ、リリファ、セーヌ、アレン。」

「了解!!」「ああ!!」「うん!!」「畏まりました。」


 早速厄介ごとを持ち出してきた冒険者達を抑えクロノスが四人の団員にそう告げれば、四人はそれぞれ好き勝手に返事をした。だがそれはどれも了承の意を含んだ物でありクロノスはその答えに満足だった。


「よしよし…改めてよろしくな。さて前置きはこのくらいにして…君達。喧嘩するのは結構だがなぁ。何か勘違いしていないか?」

「「「「「…何を?」」」」」

「セーヌは猫亭の団員だぞ?つまり何を隠そう他の誰の物でもない。この俺のおもちゃだ。他にはやらん。」

「なんだと!?」「ふざけるな!!」「おいみんな!!まずは旦那を倒すぞ!!」「俺の女神になんてことを…悪魔の化身か。粛清せねば。」「正直セーヌはどうでもいいが…普段の憂さ晴らしをしてやりるぜ!!」「S級冒険者に挑むなんて面白そー!!」「私も参加する!!」「私達はどうしようか?あ、これ飲む?結構おいしくできたよ。」「こんな時にもお前は食うことしか考えていないのか。」「また喧嘩…おいら冒険者の生活になれる日が来るのかな…」「そのうちきっとなれますよ。ささ、避難してあっちで料理を味わいましょう。」

「おうこいこい。偶には大暴れしてやるぜ。君達の勇気と根性を示してみろよ。」

「言ったな旦那…!!みんないけぇ!!」


 それぞれ武器をクロノスに一斉に飛びかかる冒険者達。クロノスはテーブルから飛び降りてそんなバカどもを迎え撃つのだった。




「そこだーいけー!!」「ああ体が疼く…俺も入れろ!!」「あははがんばれー。」

「まったく冒険者というのは騒がしい。クロノスさんだけは違うと今まで思っていたのですが…残念なことに例外などないのでしょう。遂に化けの皮がはがれましたね。期待して担当になると決めた過去の若い自分に恨み言の百や二百は言いたい気分です。…今でも若いですけどね。ええぴちぴちです。水から揚げられた魚よりも。」

 

 酒場の殆どを占めていた冒険者のバカみたいなくだらない喧嘩騒ぎ。わずかに残った安全地帯で観戦組の冒険者に混じって何本目になるかもはや数えるのも面倒なくらいの空き瓶を手元や足元に転がして次の酒瓶の攻略に取り掛かるヴェラザード。彼女は見慣れた冒険者の騒ぎをその整ったまつげが美しい目の中の薄青色の瞳で騒動の中央で冒険者を返り討ちにするクロノスをただ冷静に淡々と見ていた。


「まぁ昔よりもほんのちょっとだけ…ほんのちょっぴりいい男になったことは認めざるを得ませんがね。遂に始まった小さなクラン。これからどうなるのかは…まさに神のみぞ知ると言ったところでしょうか。何が起こるのか決してわからぬ未来など考えずに今をせいぜい楽しんでください。」


 後ろから頭にバケツをかぶせられそこから袋叩きにされながらも笑ってそれを喰らい続けるクロノスを見てヴェラザードは誰にも気づかれないように少しだけ…くすりと妖絶にほほ笑むのだった。







猫の手も借り亭団員数――――五人

…ミッションクリア

…次のステップへ進みます

読んでくださっている皆様ありがとうございます。部とか章ごとに分けているわけではないのですがとりあえず第一部はこれで終了です。書き始めたころはこれだけの長文生まれて初めて書くのでここら辺で終わるかなーとも思いましたが、まだまだ書けそうなので連載は続けようと思います。文章が下手なのは勘弁してください。あと今回からワードで書くのを止めてなろうの執筆機能を使っています。初めて使いましたが便利ですねこれ。そのうち活動報告とかも利用していきたいです。年末は忙しいので次の投稿は年明けになると思いますがもしよろしければ応援お願いします。それでは失礼いたします。


by年内に一部終わってよかった…

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