第75話 小さなチャレンジ・スピリッツ(改めて宣言しに行きましょう)
「それでさ、結局は何だったの?あの斧槍。」
「おお、やっと聞いてくれたか。あまりにも誰も何も言わないからとうとうどうでもよくなったのかと思っていたぜ。」
クロノス達は試験の後でアレンを伴って商店街への道のりを歩いていた。アレンは試験に合格したので晴れて推薦枠で冒険者に。誰もがそう思っていたのだが特に怪我の一つも見当たらず口元に血をぬぐった跡を残したクロノスが一言。
「やっぱさ、親がいるのならちゃんと冒険者になるってことを言っておけよ。」
渋るアレンにじゃあ俺は面倒を見ないとクロノスが言ったので仕方なしにアレンは渋々とクロノスと供に実家のパン屋がある商店街へ向かっていたのだ。
「母ちゃんとは朝に許可のサインの件で喧嘩したままなんだよなぁ。そんなんでやっぱりサイン要らなかったよ後やっぱりおいら冒険者になるねテヘ♪…なんて言ったらぶっ飛ばされちゃうんじゃないかなおいら…」
「まぁまぁ。お母さんだって男の子が真剣に宣言すれば真摯に受け止めてくれるって。だから元気だしなよアレン君。」
疲れた体で元気なく歩き落ち込んでいたアレンにナナミが元気づけた。その横と後ろにはリリファとセーヌもおり、猫亭団員一揃いだった。後の人間は猫亭で祝いの準備をするのだと言っていたが果たしてアレンが冒険者になる前祝いにしてはは少々大げさではないかと疑問に思うクロノスだった。
「いーや姉ちゃんたちはウチの母ちゃんの事な~んにもわかってない。母ちゃんは元女子格闘技界の女王と呼ばれた人なんだぜ。今でこそおいらがけっこうイイコしてるからただの太ったおばさんだけど、ひとたび本気で怒ると…ぶるる。」
「…そんなにヤバいのか?セーヌを冒険者に復活させる時にシスターに叱られた時よりヤバいのかな?」
「それは知らないけどたぶんそれよりも怖いよ~おいらの母ちゃん。」
「はっはっは。セーヌのとこのシスターなんてなぁ、セーヌと一緒に挨拶に行ったとき初対面の俺になんて言ったと思う?いやはや今でこそセーヌの活動を応援してくれているがあの時は大変だった…」
「それよりもいい加減にその武器の話をしてくれ。また脱線しているぞ。」
「そうそう!!いったいどういう構造で持つと軽くなったり重くなったりするのさ。」
「おっと忘れていた。悪い悪い。」
またもや脱線しかけていた話にうんざりだとリリファとナナミから横やりが入り、忘れかけていた斧槍の話に戻ることにしたクロノスだった。
「これにはな、バクと呼ばれる生物の骨を焼いた後に残った死灰を錬金術で混ぜてあるのさ。」
「…バク?なにそれ?おいら知らないや。」
「私もだ。セーヌは?」
「いえ、私も存じ上げません。」
クロノスの言ったバクと呼ばれる生物についてアレン、リリファ、セーヌは知らなかったようだ。しかし一人だけナナミが何か知っていたようで眉をひそめていた。
「バク?それって人の悪夢を食べるっていう空想上の生き物のこと?それとも黒と白の動物の方?」
「君の方にもいたのか?まぁこっちのは本当に存在する幻獣だが。」
「幻獣だと?カメガモと同じか?」
「ああそうだ。あのカメガモと同じ幻獣の一種だ。もっとも俺は未だにあの亀の甲羅を背負ってがあがあ喚くだけの鳥公を幻獣とは認めていないが…まぁそんなことはどうだっていい。いま大事なのはバクの方。バクも幻獣の多くと同じく人知を超えた力を持っていてな。その代表的な物が人間の夢を喰らい自らの力とすることだな。ただし奴はナナミの言うような悪夢だけでなく良い夢も食う。」
「へぇ~悪い夢だけじゃなくていい夢も食べちゃうなんて食いしん坊さんだね。私といい勝負だ!!」
無い胸を張って得意げにそう言うナナミに自覚があったのかという視線を向けてからクロノスは話を続けた。
「夢ならいい夢も悪い夢も食べる。そしてバクにとって大事なのは夢の量…なぜなバクは食った夢の量に応じて自らの力を増すからだ。そして錬金術で武器にバクの身を練り込むとそれが反映されて特殊な効果を持つ武器へと変わる。」
「夢を食べてそれを力に…あっ!!」
「気づいたか?そう、あの斧槍は持った奴の夢を喰い、その代償として力を具現化できるのさ。それこそ理想の形へとな。」
武器に望む理想とは何か。例えばが軽くて持ちやすい。振り心地に確かな手ごたえ。持ち主の傷が癒える。どんなものでも貫ける。異常なまでの防御力の相手に肉体の内側からダメージを与える。考えたらキリがないが試験の時起こった不可解な出来事。それらの簡単に思いつくすべてがあの斧槍が原因だったのだ。それは冒険者達が持ったことで彼らの無意識下にあった夢を喰らい武器へ抱く理想を具現化したのではないか。あの時は全員ただ持つか何人かが振ってみただけだったが、もしかしたら他にもいくつかの理想が具現化されていたのかもしれない。
「最初にアレンがそれを持った時、君にはまだ夢がなかった。あっても食い尽くされるくらいにごくわずかな物だった。だから斧槍は軽くなるという理想を具現化するだけの力を持てなかった。それがアレンはウィンという刺激的なスパイスを得て何かその斧槍が満足するだけの夢を生み出せるようになって力として発現したんだろう。」
「でもこれじゃあ兄ちゃんの体は貫けなかったよ?」
「それを使っても硬いのが俺の肉体だからな。君が俺を詰る先方に切り替えた時斧槍もまた理想の形を変えたのだろう。貫くのではなく肉体の裏側から攻撃するという形で。すごい武器さ。普通の人間が奪って使ってもただの武器だが冒険者にとっては御誂えの武器だろう?なんせ夢は自分の中から並々と溢れ出して尽きることが無いのだから。代償がほぼノーリスクで力を得放題なのだからこのことを知っているヤツらなら誰だって欲しい。」
「へえ~そんなにすごい武器だったんだ。」
アレンは持ってきて未だ握っていた斧槍をキラキラした瞳で見つめていたが。横からクロノスに取り上げられてしまった。
「あ、なにすんのさ!!」
「没収。元々俺のだし。あげるとは言っていない。」
「おいらが冒険者になる記念に頂戴よ。これがあれば強いモンスターとも楽々戦えそうだし。」
「だめ。君には過ぎたる力だ。使いこなせる云々の前に他の悪しき冒険者が知れば君から奪いに来るかもしれないぞ?しれないっつーか確実に来る。」
「そんなぁ…それに試験を合格したのに結局おいらはF級なのかよ。これじゃあ普通に冒険者になるのと何も変わらないじゃんか。」
アレンが片手に持っていたのはクロノスがアレンに合格の証だと渡した認定証だった。しかしそこに書かれていたのは「試験合格者アレン・ヴォーヴィッヒをF級相応と認定するby試験管クロノス・リューゼン」と短くお粗末な一文だけであった。確かにあれだけ大層な試験の結果がこれでは不満も残るというものだろう。
「冒険者になりたい優秀なやつにそれまでの実績に応じてランクの飛び級をさせるための試験なんでしょ?これじゃあ何の意味もない。」
「逆だ逆。この試験はな、元々そういったある程度の冒険者以外で経験や実績を積んだ奴らを叩き落とすための物なの。冒険者は過去を問わない。…それまでの実績もな。この試験は君のように覚悟も夢も目標も何もかも中途半端で、それでも冒険者になっても前の立場と同じように上手く行くだろう…そう思っている実績だけの奴らに冒険者のつら~い現実を教えるために存在するのさ。それを冒険者の頂点たる俺らS級がやるのだから文句をいう奴などいない。バレルはたまたま試験をした奴の御眼鏡にかなったんだろ。どうもドワーフとしての鉱物の知識を評価されたようだし。だがそれは運が良かっただけの事。この試験を合格してランク飛ばしで冒険者になる奴は今まで試験を受けた人間の2割がいいところだ。ランクもせいぜいDかF…最大のB級からスタートした奴は俺が知る限りたったの二人。それほどに狭き門だ。そいつらだって最初はどうでもいい雑用をやっていた。それこそ冒険者になりたての奴らと同じ物をな。かつての騎士団のエース?何百人もの弟子を持つとある流派の師範代?…知るかよ。冒険者が過去にこだわるな。全員等しく街中の雑用からスタートだコラ。君だってそんなやつらがやっと手にするF級をこんな簡単に手に入れたんだ。ラッキーに思うんだな。」
「ふーん。そういやクロノスさんも推薦枠で飛び級したんだっけ?クロノスさんは何ランクからのスタートだったの?」
「B級。」
「…あーはいはい。聞いた私がバカでした。」
「普通の奴らと違って俺は人より少しだけ優秀だからな。そもそもアレンはそんな奴らよりはるかに格下だというのは考えなくてもわかるだろ。仮に高めのランクをくれたところでまともに戦えるものかよ。自分の実力をわきまえもせず危険なモンスターに挑んであっという間にそいつの腹の中が関さ。」
「ちぇ~残念。まぁいいや。確かに兄ちゃんの言うとおりいきなり高ランクにされてもやっていけるとは思えないしね。おいらが冒険者になってお金を貯めたらウィンを買い受ける前にまずこれを買ってもっと稼げるようになるんだ。だから他の人に売っちゃダメだよ。おいら予約したからね!!」
「へいへい…お、着いたな。」
「ああ…遂に帰ってきちゃった。しかも母ちゃん店先に出てきてるし…」
アレンが目をやったのはすっかり見慣れた実家のパン屋。その軒先で臨時で駆り出された仕事が片付き、帰ろうとしていた店員の子たちを見送る母親の姿だった。
「ほら最後の一仕事だ。気合入れて啖呵切ってこい。」
「大丈夫ですよ。思いは強く願えばきっと届きますから。」
「しょうがないか…じゃあ行ってくるからね!!」
クロノス達に見送られてアレンは母親の前に駆けて行った。
「今日は手伝ってくれてありがとうね。給料ははずんでおくから明日も頼むよ。…おやアレン。バカ息子が帰って来たね。それで?決闘とやらは済んだのかい?」
「…母ちゃん。」
「なんだいそんな重そうな顔して。今日はパンも売り切ったからどこかへ晩飯食いに行くかい?」
「…うん。母ちゃん!!やっぱりおいら冒険者になるよ!!やりたいことができたんだ!!」
「なに…?まーたそんなこと言って。夢の無い現実的なあんたじゃ無理だ…よ?」
帰路に就く店員たちにを手を振って見送りアレンには背中を見せて会話していたべリンダだったが、最後まで手を振っていた店員が見えなくなりアレンの方をうんざりした顔で見てそこでアレンの顔に何かの違和感を覚えた。そして彼の自分譲りのとび色の眼をまじまじと見たのだ。母親に目を見つめられ恥ずかしく思えてきたアレンだったが、ここで目を逸らしたら負けだと自分でルールを作って同じように視線を逸らさなかった。
しばらく目を動かさず相手を見ていたお互いだったが、やがてべリンダの方がため息を一つしてアレンから視線を外した。勝手に決めた勝負に勝てて少し喜ぶアレンだった。
「…その目。あんたは父ちゃんに似ているけど目だけはあたし譲りだと思っていたよ。…子供であること以外はなにからなにまで父ちゃんに生き写しだね。」
「え?父ちゃんの目ってとび色じゃあ無かったよね?」
「アホか。色じゃないよ。その目…アランの奴が冒険者だったころと同じ輝きだって言ってるんだよ。」
アレンの実家から少し離れた商店街の曲がり角でクロノス達はまるで団子が連なるように首を縦に並べてアレンとその母親の行方を見守っていた。ちなみにどうでもいいが首の順番は下から順にリリファ、ナナミ、セーヌ、クロノスだ。年齢順でもあるので背の問題から当然と言えば当然だが。
「そういえばお昼からすっかり聞きそびれていましたが…アラン・ヴォーヴィッヒ氏でしたか。アレン君のお父様はどんな方だったのですか?」
べリンダの話を聞いていたセーヌは昼前に帰ってきたクロノスがアレンの父親であるアランのことをギルド本部のガルンドが知っておりいろいろと聞けたと言っていたことを思い出してクロノスに尋ねた。
「アレンの親父?そういやそっちも話しそびれていたな。まぁまとめて評価するとだな…」
セーヌの問いにクロノスは一から十まで教えるのが面倒だとばかりに頭の中で情報を整理して一つの要約を導き出した。
「…ハレンチナンパ大魔神?」
「…はい?」
「いやな、ガルンド爺が言うにはアレンの父親のアランはとある地方で活動する冒険者の中でも飛び切りのナンパ男だったらしい。なんでも訪れたギルド支店の中で女性職員や仕事の依頼に来た女性客。さらには同業者の女性冒険者…既婚未婚関わらず片っ端からナンパしてあまりにもしつこいのでその支店に出禁になること十数店舗。決め台詞は「俺とベイビーをバースしちゃおうぜ!?」と「良いケツだ。きっといい子が産めるぞ。」だとか。あまりにも有名すぎてこのセリフをふざけ半分に使う冒険者はたくさんいるらしいな。セーヌも一度や二度は誰かに言われなかったか?いやだったら俺に言えよ?言ったやつらを見せしめに可愛がってやる。」
「たしかに猫亭で何度かそう言われたこともありますが私は気にしておりません。しかしみなさん知識を間違えておりませんか?赤ちゃんは年若い夫婦が手を繋いで一夜を共にすると天使様が天界から二人の容姿の特徴が似た赤ちゃんを選んでコウノトリに運ばせるのですよ?」
「…はい?」
「まったく冒険者には常識に聊か常識に欠けた人物がいることは重々承知しておりますが、これは一度ギルドに掛け合って冒険者全体での性知識の周知をしっかりとやっていただくべきなのかもしれないですね。不幸な子が生まれてもいけませんし…」
「あ、ああ…いやそれよりもその話には続きがあってだな。」
セーヌが思った以上に純粋な人間でその肝心な知識が間違っていることを受け止めきれず呆けていたクロノスだったが、アランについてはまだ続きがあると何度目かの会話の脱線を回避して続きを話した。
「何度ナンパに失敗してもめげずに続けそのたびに玉砕すること数百回から数千回。しかしその努力は遂に身を結ぶこととなる。なんでもその地方で毎年行われている格闘技の大会に挑戦しに来たとある女子格闘家がアランにナンパされて一目惚れでオッケーしたらしい。それから二人は交際をスタートさせて遂には結婚するからと女性の実家のあるミツユースへと旅立ったそうだ。ガルンド爺が知るのはここまでだけどアランがアレンの父親というのなら…」
「その格闘家の女性がべリンダさん…ということでございますか?」
クロノスの話を聞いたセーヌは驚きながらもアレンをまじまじと見ていたべリンダに目をやった。セーヌ自身どんな理由であれ他人を驚きの表情で見ることなど失礼に当たるとは重々承知であるのだが、理性よりも驚愕の本能が優先されてしまい驚くのを止められなかった。これは仕方ないだろう。過去にアランがナンパに成功した女性がべリンダということではなく今のべリンダが元格闘家とは思えないくらいに、その…ふとまし…いや、デb…違う!!ああくそ、言葉が見つからん。…そうだ。ぽっちゃり…は萌え属性か?うーん恰幅の良い…よしこれで行こう。んんッ!!…今のべリンダはかつての格闘家であった頃の面影など全くないくらいに恰幅の良い女性だったからだ。
「まぁ女から母親になればいろいろと変わるだろう。体型の変化などいちいち気にしていられるか。それよりもアランが性欲の亡者であったのなら…それこそ七大罪宗団の色欲の司徒であると疑いを掛けられるくらいにドエロドスケベであったというのならその息子であるアレンも女性に執着してしまうのはもはや血筋なのかもしれないな。これはアレンの夢も未来のハーレム王とかなのかな?」
「血筋で決めるのはよくないと思うけど…それはなんとなくわかる。」
「ああいうやつは将来タラシになると相場は決まっているんだ。」
アレンの未来を血筋を理由で勝手に決めながらクロノスたちは再び二人を見守るのだった。
「アラン父ちゃんが冒険者だったのは知っているだろ?」
「うん。でも母ちゃんが結婚したいのなら冒険者を辞めろって言ったから引退したって聞いてたけど。」
「それは嘘だよ。アランは自分から冒険者を辞めたのさ。ギルドにライセンスを返還してさ。」
「え、そうなの!?でもそれならどうして辞めちゃったの?おいら聞いたよ。冒険者にはそれぞれ大きな夢があって冒険者はそれを叶えるために冒険者稼業をやっているんだって。父ちゃんは夢を諦めちゃったの?」
「違うよ。アランの夢はね…アレン。これはあたしがアランと結婚した後で聞いたことだよ。ようくお聞き…」
べリンダはアレンに父親アレンのことを語って聞かせた。
アランは天涯孤独の身だった。子どもの頃は孤児院で育ち実の両親も知らず姉妹も親戚もいない。ただ物心ついた時から一人さびしく生きてきた。孤児院では血の繋がらない仲の良い兄弟もいたしそこを出て生きるために冒険者になってからは馬の合う冒険者の仲間等もできたが、それでも自分の中に空いた穴を埋めるには足りなかった。冒険者仲間の語る夢らしきものも自分には見つけられずそのうちどこかのモンスターに屈して命を落として人生が終わるのだろう。そんな風に考えていたそうだ。
「ところがね、ある時ふらっと訪れた街で自分の生き方を変える物に出会ったそうだ。なんだと思う?…楽しそうに手を繋いで歩く親子連れだったんだって。」
その光景を目撃したアランの頭に電流が走った。孤独を埋めるのは家族だ。そして家族がいないのなら自分で作ればいいのだと。そこからアランは未来の妻を探すためのナンパ生活を始めたのだった。
「アランは顔はそこそこ男前だったからね。ナンパすればだれかしら馬鹿な女が釣れただろう。だがナンパってのは軽い男が同じように軽い女を捕まえるための…いわば遊びだ。捕まって話を聞いてみれば結婚しようだ子供は何人欲しいだなんていきなり言われたら…まぁドン引きされるだろうね。」
家族を作るために未来のパートナーとなってくれる女性を求め片っ端からナンパしたのアラン。何十回何百回失敗して時には成功することもあったがそれでも妻となるほどに親密な関係にもなれず時は立ち、とうとう一千回目のナンパで声を掛けたのが…目の前にいるべリンダだったというわけだ。
「驚いたもんだよ。あたしが試合で相手と戦っている時にいきなりリングに入ってきて「そこの女!!真に良いケツをしているな!!俺と将来結婚を前提にお付き合いしてください!!」なんて言った来たんだよ?あたしゃ酒に酔ったタチの悪い観客が入り込んできたかと思ったのさ。」
「それでどうしたの?」
「そりゃ神聖な試合中だよ?すぐに対戦相手と組んで必殺のダブルラリアット喰らわせてリングの外に吹っ飛ばしてやったよ。いやぁあの時は観客も大盛り上がりだったねぇ!!」
当時のことを思い出してかんらかんら笑うべリンダの前で父親の自業自得だと遠い星となった父親にそう思うアレンだった。
「でまぁあいつもこれほどの逸材を諦められないとあたしが大会で向こうに滞在している間に何度も声を掛けてきたんだ。さすがに試合中は痛い目に合うと学習したようであたしが試合を終えた後や始まる前とか試合のない休みの日に来たのさ。最初はあたしもうざったく思ってたんだけど、あいつの挑戦にある時ついに根負けしてね。一日だけ思い出にデートしてやることにしたんだよ。でさ、結局…楽しかったんだよ。別に面白い所に連れて行ってくれたとか美味しい物や高級な物を食べたってわけでもないのにね。それであたしも思っちゃったわけよ。格闘家を引退してこいつと夫婦になるのも悪くないかなって。」
「なんかだんだんと母ちゃんの惚気話になってきてない?おいら両親のなれ初めとか聞いていていたたまれない気持ちなんだけど…」
「良いじゃないか。そういうのって恥ずかしくて近所には言えないんだよ。それからはとんとん拍子さ。大会が終わってアランが正式にプロポーズしてくれてあたしとアランは一緒にミツユースに帰ってきた。それからはアランは冒険者を辞めてあたしの実家のパン屋を手伝ってくれてそのうちアレンが生まれて、アランは昔の古傷が祟って死んじまってあたしは隠居したあんたの爺ちゃんと婆ちゃんに手伝ってもらいながら女手一つであんたを育てて…それから今に至ると言う訳だ。いやぁ長くなったね。というわけでアラン父ちゃんの夢は「家族が欲しい。」だったんだと。」
「ふぅん、父ちゃんと母ちゃんってそういう風に出会ったんだ。…アレ?でも父ちゃんが冒険者を辞めたのは母ちゃんに言われたからじゃなくて自分の意志でだよね?それならどうして父ちゃんは冒険者を辞めちゃったの?冒険者って夢が叶ったら次の夢を探すんじゃ?」
「ああ、それはね…」
アレンの疑問にべリンダはゆっくりと優しき母の声でゆっくりと答えた。
「アラン父ちゃんは次の夢を考えたんだけど…これ以上の幸せは思いつかないってんで辞めちまったのさ。今はこの夢を大切に育みたいんだってね…。ったく、手前は夢を叶えた癖にその夢を置いてさっさと逝っちまうんだから夫として、父親として失格さね。」
べリンダは過去を語り終えて疲れたとばかりに大きく背伸びしてから店の軒先に出ていた看板やパンの棚などを掃除しながら言った。
「お前の冒険者の件だがやりたきゃ勝手にやりな。言っとくがあたしはあんたが冒険者の活動に必要なお金は出さないからね。やりたいのなら自分の稼ぎでやんな。」
「え、いいの!?母ちゃん反対していたじゃないか!!」
「アランにも死ぬ前に言われていたんだ。「アレンは俺の息子だ。将来きっと大きな夢を抱き旅立つ日が来る。だからその時はそれを止めないでやってくれ!!」ってね。だいいちその目。それはあたしが父ちゃんと初めて会ったときの目だ。夢に向かって挑み戦い冒険することを諦めない不屈の目…色が違うだけであれと瓜二つじゃないかい。止めても無駄さね。ただし家の手伝いと学校へ通うのは続けること!!それと…」
軒先の片づけを終えて出していた物を持って店の中へ戻ろうとするべリンダは最後に大きな背中をアレンに向けてこう言った。
「…必ず生きて帰ってきて顔を見せな。遠出の時は手紙を出せ。あんたにまで死なれたらあたしには老い先短い両親しか家族はいないんだ。あたしに寂しい思いをさせるんじゃないよ。」
「う、うん!!おいら勉強も手伝いも頑張るよ!!ありがとう母ちゃん!!」
店の中に入っていくべリンダの背中は、成長した我が子を喜んでいる様にも旅立つことに寂しさを覚えているようにも感じた。その背中に向かってアレンは大きな声で約束するのだった。
「…ええ話やでぇ…!!アランさん。いやアランのオジキぃ!!さっきはハレンチナンパ大魔神とか言ってごめん!!君は男の中の男やでぇ…!!」
パン屋から少し離れたところでわんわん泣いていたのはクロノスだった。彼はべリンダの話を聞いて男の中の男…すなわち漢のアランにすっかりと敬愛の念を持つようになっていたのだ。
「やっぱり男たるもの諦めずに何度も挑戦し続けやっと釣れた魚を大切に面倒見るものだよなぁ…!!」
「クロノスさんの言ってることはイミフだけどアレン君のお父さんとお母さんメッチャいい人じゃん。ナナミさんも感動もんですよ!!あれだよ。ご両親のエピソードで映画一本作れちゃうよ!!」
「映画がどんなものかさっぱりわからんが安心しろアレン。ミツユースの陽気でおしゃべりな猫さんとして君のケツは俺がしっかり持ってやるぜ!!だから君は安心して冒険者稼業に勤しむといい!!」
セーヌから受け取ったハンカチで涙を拭き、ついで鼻をかんだクロノスは、高らかにそう宣言するのだった。
「お待たせ!!母ちゃんに言ってきたよ。冒険者もなっていいって!!まあこの距離なら聞かれちゃっていたか。」
そうこうしているうちにアレンが戻ってきた。
「うんうん。頑張ったねぇ。これからよろしくね。」
「さてと…苦節あったがこれでようやくそろったな。」
「ええ。これで本格的に始動できますね。」
「…なにが?」
「もうもう恍けちゃって~。そんなこと言わずもがなでしょ。」
アレンが来たことで泣くのを止めたクロノスは喜ぶ猫亭の面々に疑問を覚えていたがそこにナナミがツッコミを入れた。
「さっきの試験で使った武器はどれもこれも戦士が使う武器だったはずだ。それらはクロノスには効かなかったとはいえアレンの扱いは非常に良かったと現役の戦士職達も言っていた。」
「そうだな。俺もアレンが冒険者になるのなら戦士をお勧めする。アレンは魔術は使えないっぽいし戦闘では前面に立つ危険な仕事だがアレンならきっと大丈夫だと思う。そこから自分に合った武器を見つけていけばいいさ。」
「ならアレン君は戦士で確定ってことでしょ。ならこれで揃ったってことじゃん!!」
ナナミはそう言って空に字を書く仕草で語る。猫の手も借り亭が冒険者クランとして本格的に始動し、尚且つ解散にならないようにするためにはと冒険者ギルド本部から出された条件。それは指定した期日までに猫亭に五人の団員。剣士、戦士、盗賊、治癒士、魔術師(ソーサラ―)を入団させよというものだ。このうち剣士は最初からいたクランリーダーのクロノスが担当。
盗賊はリリファ。治癒士はセーヌ。そして魔術師(ソーサラ―)はナナミが入っている。ならばあとの一つである戦士は…
「アレン君が冒険者になったら猫亭に入れるんでしょ?これで猫亭は五人の団員を揃えて解散を阻止!!そしてクランは本格始動!!いやぁ何とかなるもんだね。古参メンバーとしてナナミさんも「なんで?」…え?」
全員揃ったと喜ぶナナミ達に対して人一倍団集めに奔走していたはずのクロノスが欠伸をひねっていた。
「えーと、クロノスさん。アレン君を猫亭に入れるって話でいいんだよね…?」
「だからなんで?どうしてアレンを猫亭に入れなきゃいけないんだよ?」
「え!?むしろこっちがなんでだよ!!アレン君の面倒を見るってさっき言ってたじゃん!!」
「そりゃミツユースの冒険者として面倒は見てやるよ。ダンツ達出入りの冒険者と同じようにな。だがアレンが猫亭の戦士枠?それはない。なぜなら…その枠にはもう入る奴が決まっているからだ!!」
クロノスのどこか芯の通った物言いに、誰かが緊張して生唾を飲み込んだ。まさかチャルジレンで誰かをスカウトできたというのか。神妙な面持ちでその人物の名が出るのを待つ一同に、クロノスは紅い二つの瞳をぎらつかせて答えた。
「猫亭の戦士…それは…ビキニアーマーの筋肉質長身褐色の美少女だー!!」
「「「「…はい?」」」」
クロノスの答えに一同固まることしかできないでいたが、その中からナナミが恐る恐る質問した。
「えーと…その人は今どこに…?」
「まだ見つけていていない!!これから探す!!」
「「「「ええ~!!」」」」
クロノスの元気の良い答えに一同ただクロノスを残念そうに見つめるばかりこの時ばかりはやはりクロノスも冒険者の一員なのだということが非常によくわかるいい加減具合だった。
「君達が入る前から決めていたんだよ!!猫亭の団員は俺の各職業で理想の女性たちで埋めようってな。なのにどうしてこと理想と違うやつばっかり団員になるの!?アレンに至っては男だし!!大人の女性じゃなくて子供の男の子だし!!理想に近いのはリリファぐらいじゃねーか!!」
「私はお前の理想の女に近いのか…!!フフ…理想の女…!!」
「はいはいリリファちゃんもちょっと嬉しそうにしない。クロノスさんの理想はどうでもいいけど猫亭解散の期日までもう間もないんだよ?あと三日かそこらしか残ってなかったと思うし。ここはひとまずアレン君に頭下げて猫亭に入ってもらおうよ。」
「解散…?よくわからないけどこれから面倒見てくれる人がいなくなっちゃうのはおいら困るかな。だからおいらとしてはクランに入るのは別にいいけど…」
「ほら来た!!後はクランリーダーのクロノスさんの許可が出るのを待っているんだよ!!出待ちだよ出待ち!!」
ナナミはそう熱弁するがクロノスはやはりアレンを団員にするのに乗り気でないようだった。それどころか決意したようにはっきりと宣言する。
「三日じゃねぇ…ガルンドの爺さんにシヴァルを捕まえた報酬代わりに更に期日を三日伸ばしてもらった。こうなりゃ時間ギリギリまでとことん探してやる。時間が足りなくなりそうならシヴァルのやつをわざと逃がしてまた捕まえれば伸ばせるだろう。くく…せいぜい有効に利用してやるぜ親友…!!とにかくだ。男たるもの一度決めた目標を最後まで諦めてたまるか。挑み戦い求めて探す…それが、冒険しゃあっあああ…!!」
拳を天に掲げ神に誓おうとしたクロノスだった、最後まで言い切る前に何故か間抜けな声を出して前のめりに倒れだした。そしてクロノスが倒れ彼の後ろから出てきたのは…。
「まったく、一般市民の子供に決闘の真似事を挑んだ挙句に手抜きして負けた?私の許可がいるのに勝手に推薦試験をした?更にはその子を冒険者にするのに自分の理想ではないからと団員にするのを拒んだ?私が団員になってくれそうな方を見つけられずに申し訳ない気持ちでチャルジレンから帰って来て猫亭でなにやら宴の準備をしていた冒険者達に話を聞いて急いであなた方の後を追ってきてみれば…クロノスさん。貴方は一体何時からそんなにお偉くなったのでしょう?」
クロノスの頭があった場所。そこにすらりと伸びた美しい脚を構え、神の降り立つ神聖なる大地に相違ないおでこのすぐ下の眉間に三つの青筋を作り、舐め回したくなるほどの蠱惑的な口元で静かに微笑みを作るヴェラザードがいた。この光景を目撃していたナナミは後に語る。「あれだよね。眉間におっきな青筋をいくつも作ってもやっぱり美人は美人。世の中不公平だよね。」と。
「くそが…ふぁっくゆーだぞ我が愛しのヴェラ。俺は諦めないぞ。必ずやおっぱい褐色ビキニアーマーを…ぐみゅ!!」
「はいそこ五月蠅いですよ。」
地面に顔を埋めていたクロノスだったが、やがて顔を上げ抗議の声を上げるが、ヴェラザードの麗しき御御足を収める赤いヒールのピン先で頭を踏まれまたもや地面と濃厚なキッスをするはめになってしまった。
「クロノスさん。私のギルドの職員としての存在意義を言ってください。」
「…S級冒険者専属担当職員として冒険者クロノス・リューゼンの活動を円滑にサポートすることです。」
「はいよくできました。そこで問題が一つあります。くえすちょんです。猫亭解散まであと一週間ありません。しかし目の前には都合よく戦士の素質を持つ市民が…なんと彼は猫亭に入ってもよいと言ってくれているではありませんか。さてどうするべきでしょう?」
「…君がその暴力的なばでぃで戦士になってくれるといいと思うよ。背が低いのはどうしようもないから百歩譲って勘弁してやるとしてどこかのリゾート地で肌をこんがり小麦色になるまで焼いてきてくれ。あとそこでプロのインストラクターに就いてもらっていい感じに鍛えてもらって来い。費用は俺が出す。」
「はい不正解です。答えは…みなさんちょっと待ってくださいね。なにすぐに済みますので。」
「おい、俺をどこへ連れて行く聞いているのか君。おい話を聞けやデカパイ…!!」
ヴェラザードはそう言ってクロノスを華奢な体で引っ張って裏の路地まで運んでいった。しばらくしてそこからはこの世のものとは思えない断末魔が鳴り響くのだった。
「ウンウンアレンクンハネコテイニハイッテクレルンダネ!!カンゲイスルヨ!!ヨロシクコネコクン!!」
「わ、わーい。ありがとうヴェラザ…クロノスさん。」
「ヴェラザード?オレノナマエハクロノスダゼ。ウシロノクールデパーフェクトデプリティーアンドセクシーデビューティフォーナショクインハキニスルナ!!」
しばらくして戻ってきた二人だったが、クロノスの方は糸が切れた操り人形のようにぐったりとしており意識もなく、それを抱きかかえるように持ち上げてヴェラザードが後ろから操縦していた。口をパクパクと開閉しては身振り手振りでぷらぷらと。元々クロノスは旅芸人ヴェラザードの唯一の相棒だったかのように。それくらいに上手く操っていた。
「(この人怖えぇ!!なに?ギルドの職員ってこんなに強いの!?)」
「(そんなアレン君に先輩冒険者ナナミさんからアドバイス。ギルド職員は冒険者が好き勝手に暴れても鎮圧できる程度には強いよ。今度一日ギルドの支店の中で暴れ出す冒険者が出ないか観察してみるといいよ。良くわかるはずだから。まぁヴェラさんはその中でも異常だと思う。)」
「(大人しくして余計なことをしなければ危害は無いから安心しろ。クロノスはわざとちょっかい出して遊んでいるだけらしいから。)」
「(冒険者とギルド職員。どっちか一方を信じることになったのなら、迷わずギルド職員の方を信じてくださいね。基本あちらが正しいですから。)」
「(胸に刻んでおきます…)」
新たに冒険者となる少年アレン。彼はこの先何があっても絶対にギルド職員には逆らわないようにしよう。そう固く胸に誓うのだった。