表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
74/163

第74話 小さなチャレンジ・スピリッツ(試験を終えましょう)


 ウィンの突然の行動で時の止まってしまった猫亭の裏庭。しばらく固まっていた冒険者達だったが、池の中にいたカメガモが池の置き石の上によじ登りグエーと一鳴きしたことで我に返り、止まった時が再び動き出した。


「えっ?ダーリンって…どういうことウィン?」


 静寂の空気の中最初に発言したのはアレンだった。ウィンはクロノスの腕に抱きついたままその質問に顔を得意げにして答えた。


「いやねぇ決まってるでしょ。将来のあたしのパトロンになってくれる候補のことよ。確かに見た目はそれなりにいい男なこと以外は胡散臭い冒険者のお兄さんにしか見えないけど…だけど狙った獲物は逃がさない蜘女の異名を持つママの娘の私にはわかる。この人絶対お金持ってるわ!!ママのところによく来るハゲやデブのおじ様達よりもはるかにたくさん!!お久しぶりダーリン!!元気してた?」

「え、ああ…うん?いや、えー。…待てよこの香り…そうか!!君は…!!」

「そうよ!!あなたのウィンよ!!」


 ウィンは腕から腰回りに移動して抱きつき直し激しいスキンシップをしてきたが、クロノスはただ混乱するだけだった。しかし再び鼻を彼女の花の香水の香りがくすぐったことで脳の奥底に仕舞いこんでいた一つの記憶が甦った。


「思い出した!!君は天使の園で一緒に寝た…そうかどうりで見覚えがあると思った!!」


 クロノスが思い出したのは彼女の正体だった。クロノスは一月ほど前に受けた宝剣探しのクエストで、その中の一つ宝剣レッドスティールをとある理由により腕にくっつけた冒険者から宝剣を外すために、彼をミツユースの色町にある超高級娼館の天使の園連れて行った。そこで眠った男が起きるまでにクロノスが仮眠を貪っていた部屋。ウィンはそこで抱き枕になってもらった少女であったのだ。やっと頭の中のもやもやが解消したと少女に微笑むクロノスだった。


「覚えていてくれて嬉しいわ。忘れられたのかと思ってちょっとだけやきもち焼いちゃった。」

「悪かったよ。決め手は花の香水だな。まったく物覚えはいいはずなのに思い出すのに難儀する自分が嫌になる。アハハ…ハハ…?」


 自分のことを思い出してもらい喜ぶウィンとじゃれ合うクロノスだったが背後から。いや、これは周囲全方向から…いやーな視線を大量に感じ取った。そこでクロノスが恐る恐るまるで油の切れた機械のようにぎくしゃくと振り返るとその視線の正体がようくわかった。そこでは冒険者達がクロノスに冷たい視線を浴びせながらひそひそと話し合っていたのである。


「寝た?天使の園ってたしか超高級娼館だったような…そこでその子と寝たってことは…」

「…うわぁ。ロリコンだ。」

「ロリコンの定義ってなんだっけ?」

「正確な年齢は関係ないよ。ただちっちゃい子に欲情したらそれはロリコン。」

「【速報】S級冒険者の終止符打ちはロリコンだった。」

「さっきあんなかっこいいこと言っていたのに…。ロリコンとかないわー。」

「ちょっと待てよ!!なら兄貴がナナミさんとリリファちゃんを団員にしたのは…うわぁ。」

「なんだクロノスはロリコンだったんだな。これは私もいつ襲われてもおかしくはないな。覚悟を決めてきわどい下着を買っておかねばなるまい。くくく…」

「リリファちゃんなんでちょっと嬉しそうなのさ。」

「ロリコンってなに?美味しいの?セーヌ姉ちゃんは知らない?」

「さぁ…?帰ったらシスターに聞いてみましょうね。」

「お兄ちゃん…セーヌお姉ちゃん…」

「「ナカーマ。」」

「先輩死ね。」

「ロリコン犬侍死ねにゃ。つーか自覚あったのかにゃ。」

「「ち、違ぇし!!ロリコンじゃねえし!!あんなのと一緒にするな!!ロリコン最悪!!最低!!女性の敵!!」」


 そこにはクロノスをロリコンであると認定した冒険者たちの姿があった。女性陣はロリコンの意味の分からないセーヌとちょっと嬉しそうなリリファ以外軽蔑の眼差しでクロノスを見ていたし、男性陣も同じく意味の分からないハンス以外は自分がロリコンであるという事実を隠してクロノスを糾弾していた。


「待て君達。誤解だ。寝たと言っても何もない。ただ添い寝してもらっただけだ。ちゃんとお小遣いもちょっと多めにあげたが卑猥は一切ない。俺はロリコンじゃねえ。…ん?」


 クロノスは誤解で汚名を着せられてたまるものかと慌てて弁論した。そして背後に気配を感じてそちらを振り向くと、そこにいたのはたナナミだった。どうやら新たなパイを焼き終えて戻ってきたらしい。地面に落ちた盆の上には美味しそうなパイが鎮座していたが何よりの証拠だろう。それとナナミの目は死んでいた。元々真っ黒な瞳は今はどす黒く染まり尽くしておりまるで深淵を形容するかのようで、一種の美しさの様なものを感じさせた。


「え?なに?クロノスさんロリコンだったの?あはは…まぁ人の性癖なんてそれこそ人それぞれだもんね。うん大丈夫ナナミサンハキニシテイマセンヨ。エエマッタク。」

「おい後半声の抑揚が無くなっているぞ。あと俺はロリコンじゃねえ。さっきも言ったが彼女は俺が天使の園で空いている部屋を借りて仮眠する時に偶然入って来ただけだ。彼女も休憩で仮眠するって言ったんでベッドも一つしかないし、しょうがないから一緒にすやすやと眠っただけだ。もう一度言う。卑猥は一切ない!!」

「少女にお金払って添い寝してもらうってそれだけでアウトだよっ!!クロノスさんってアレ?「中学生はババアなンだよ」って言っちゃうタイプ!?」

「だから違げえって!!ウィン。君からも証言をしてくれ。」

「ダーリンたら照れなくてもいいのに。このあいだはベッドの中で大暴れだったじゃない。」

「それはただ単に君の寝相が悪いだけだ!!起きたら君の足におはようされたんだぞ!!君達もうるせえ!!男なんてなぁ…女の好みは幼いころに優しくしてくれた異性と似たタイプって相場は決まってるんだよ!!どうせみんなロリコンかマザコンかシスコンなんだよ!!」

「あ、開き直った。」


 クロノスは汚名を着せられてなるものかと必死にロリコンであるということを否定していたが既に疑いの目となっていた者達にはそれがかえって怪しくも思え、もはや弁論の余地なしと冒険者達は断定していた。


「なんかもう必死に否定するところからして怪しいよね。」

「既にナナミちゃんとリリファちゃんを団員にした実績もあるし…」

「ならセーヌ嬢は何枠ッスか?カモフラージュ枠?それとも何?」

「あれだろ。いかにロリコンでも偶にはでっかいおっぱいが恋しくなるんだろ?」

「チェルシーも今度からあの人の膝の上に乗っちゃダメよ。お菓子を貰うのもダメ。」

「あの膝の上のお姫様待遇は最高なのに。」

「ダメ。男はオオカミなのよ。ロリコンってのは食べたいお肉の拘りが社会的にアウトなの。」

「あーもうこりゃ有罪ギルティですわ。ハイ皆さんご一緒にどうぞ。」

「「「「ろーりこん。ろーりこん。ろーりこん。ろーりこん…」」」」


 そして始まる手拍子交えたロリコンコールの大合唱。普段は団結力なんて紙に包んで火にくべて燃やしてしまうような冒険者達だったが、この時ばかりは見事に一致団結していた。なぜならば芸術の才が無きに等しく時折妄想の世界へ旅立ってしまうことを除けば弱点らしい弱点の見当たらないクロノスに対抗できるまたとないチャンスだったから。冒険者達は日頃の溜まりに溜まった恨み辛みを晴らすためにこの機会を絶対に逃すものかと手を組んだのだ。この団結力で迷宮都市の迷宮ラビリンスダンジョンに挑戦すれば百層くらい楽に突破できる。それくらいに冒険者達の心は一つになっていた。最も、恨み辛みとは言ってもその原因は街で喧嘩騒ぎを起こした奴の粛清ちゅうさいや猫亭から酒を盗み出そうとした奴への私刑おしおきで、大半どころかほぼ全部は冒険者達の自業自得なんだけどね。


「うがぁやめろ!!俺はロリコンじゃねぇっ!!見るな!!そんな目で俺を見るな!!違うけど、疑いの目で心が痛い!!胸が痛い!!あらぬ疑いで心がはち切れそう!!」


 クロノスにとってはまったく見に覚えのない冤罪だったが、かえってそれがクロノスの純粋ピュアな心に傷をつけた。クロノスははち切れんばかりに暴れる胸を抑えて地面に膝をつくと、次にロリコンコールから逃げるために耳を精一杯に塞いだ。しかしそれでも至近距離で響くロリコンの言葉はまるで脳内に直接響くかのようでさらに苦しむクロノスだった。そんなアホなクロノスをナナミは一人ニコニコと見ていたのだった。


「クロノスさん大丈夫だよ。みんなが何を言おうと私はクロノスさんの味方だよ。アレだよね。クロノスさんが私の胸に構うのは私が半永遠の準ロリを保っているからなんだよね。可愛いからいじめたくなるんだよね。」

「違うのぉ!!オレは普通に年上のお姉さんも好きだよっ!!美人で性格良ければ誰でもウェルカムです!!」

「ならクロノスさんの女性のストライクゾーンの年齢を言ってみてください。それで判定します。」

「えっ?…そうだな。美人で性格良ければ上は40代まで可だな。それこそ下は…」

「下は?」

「…えーと、じゅうさ…女性として立派に成熟していればいけるかも?」

「はい下は10代前半からオッケーと。これは有罪ギルティですね。」

有罪ギルティ」「有罪ギルティ」「有罪ギルティ

「だからそれは好みの話で実際そうだとは限らないだろ!?好きになった娘がたまたま幼めだっただけかもしれないだろ!?」

「ロリコンはみんなそういうんだよ。隠さなくても大丈夫だよ。この世界はそこまで児ポに厳しくなさそーだし。ミツユースに来るまでの村とかでリアル14歳の母にも会ったし。三人くらい。」

有罪ギルティ」「有罪ギルティ」「有罪ギルティ

「女性の好みを語っただけでこの待遇!?ロリコンショタコンでいえば俺はどちらかと言えば被害者の方なのに…こんなの理不尽だー!!」

「…なにやってんのあの人。」


 クロノスが未だにロリコンと罵る冒険者達の相手をしている間、アレンはその光景にすっかり呆れていた。自分はこんな男に負けかけて、それでいて上から目線で物を言われていたのかと。アレンはそれを見て一度は折れ欠けていた闘争心が少しだけ戻ってきた。


「おいらはあんな人に物を言われていたのか…なんか冒険者になるのを止めるにせよあの人に一発は当ててやらないと気が済まなくなってきたな。でも手はまだ痛むしなぁ…アレ?手が痛くない?回復したのか?…まさかそんなことは…」


 さきほどまで血まみれでずきずきと痛んでいた掌。そこから痛みがきれいさっぱり消えていたのだ。アレンはおそるおそる手を開いてみたがそこにあったはずの無残な血豆がきれいさっぱりと消えていたのだ。


「持った武器の中に回復効果があるものでもあったのかな?そんな物あるかどうかは知らないけど冒険者の武器だしな…でもなんにせよこれでもう少し戦える。」


 どうして傷が消えたのかはわからないし相変わらず肉体の疲れはそのままだったが、これならまだ戦えそうだとアレンはもう一度立ち上がった。


「…だからこれ以上俺をロリコン呼ばわりすんじゃねえぞ!!わかったな!!…こらそこ、聞こえてるぞ!!もう一度言う。俺はロリコンじゃ、ない!!いいか?絶対だぞ…!!あらぬ噂が街に立った日にゃ必ず噂の出所を見つけ出して終止符打ちの二つ名に懸けてそいつを地の果てまで追っかけて…(以下略)…そして最後に墓の前で鎮魂歌レクイエムを奏でてやるからな?ハイ合掌!!「くろのすはろりこんじゃないよ!!」だ。はい続けて。いっせーので…コラそこずれてる!!もっとしっかり心を籠めろ!!」


 そうしているうちになんとか誤解の9割方を解いたクロノスが向こうから戻ってきた。その顔は誤解を解いたことで晴れやかになっていたがお前の後ろで冒険者達が未だひそひそとロリコン言い続けているぞ。


「…ふぅ、さてお待たせアレン。今どこまでやったっけ?君が諦めるかどうかまで行ってたと思うんだが…。」

「それなんだけどもう少しだけ挑ませてよ。ウィンのこともあるしハンスに応援されちゃったからさ。まだ諦めるには早いかなって。ただ体力も限界に近いから全力での攻撃は後一回くらいしかできなさそうかな。それがだめならお終いだね。」

「そうか。まぁ好きにしたまえよ。最後の思い出を飾る重要な得物をゆっくり決め「お兄いさん。ちょいといいですかい?」…なんだナッシュ?」


 クロノスに声を掛けてきたのはナッシュだった。傍には相棒のシュートや命健組の仲間のバーツ、ゲルン、ユニスなどもおり、どうやら命健組としてクロノスに聞きたいことがあるらしい。


「俺らはお兄いさんがロリコンだとかそういうのはどうでもいいんですけどね。人の趣味なんて人それぞれだし。そんなことよりちと聞きたいことがあるんです。」

「おい待て。その言い方だと命健組の中では俺はロリコンで確定なのかよ。それ絶対クラフトスのおっさんに報告するなよ。で?なんだよいったい。俺は今ロリコン認定されて口から血反吐を吐き出す直前なんだ。次ロリコン呼ばわりされたら今日はもう持たん。」

「まぁ話題はそれじゃないんで聞いてくだせぇ。俺らは最近冒険者になったわけですが…お兄いさん方がわいのわいの言ってる間にちと考えてみてもアレン君のように夢が何も思いつかねえんでさ。シュート達も同じなんですがこれって俺ら冒険者に向いていないってことでやしょうか?」


 ナッシュたち命健組の冒険者が共通で気にしていたのは自分達には夢らしい夢が思いつかなかったことらしい。詳しく聞けばどうやら個人個人で夢らしきものはあるにはあるのだがそれも将来的には修正するかまず叶わないだろうと思っているレベルらしい。ならば自分達もアレンと同じようにクロノスに冒険者であることを否定されるか、さもなくば近いうちに街の外の冒険で命を散らすのでは?そういったことを気にしていたらしい。元は行動的な金貸しをしていた組織の一員であったのに胆の小さい奴らだとクロノスはそう思ってから教えてやった。


「君達は成り立ちが特殊なクランとその団員の冒険者だからな。まだ街の住人としての常識が頭の中に残ってるんだろう。アレンにああ言った手前だし気を落とすのも無理はない。だが君達が冒険者としてやっていけないというのなら君達が冒険者になると言い始めた時点で止めていた。君達全員大丈夫だから安心しろ。それに…君達もあれを持ってみたんだろう?」

「あれって言うのは…あの斧槍ハルバートのことですかい?」


 クロノスが指さしたのは武器の多くが失われ穴だらけとなった武器の闘技場コロッセオ。その中で未だ地面に刺さり続けていた残りの武器の中にあった斧槍ハルバートだった。


「そうだよあの斧槍ハルバートのことだ。さっき俺が帰って来た時みんなで持って遊んでいただろう。君達も当然持ってみたと思ったが。」

「はい。確かに全員持ちやした。なんかやけに軽かったですね。あまりにも軽いんでてっきり見た目だけの武器屋に見本で置いてあるサンプルか何かだと思っていやしたが、振ってみれば抜群の手ごたえでした。ありゃ良い武器だ。剣が専門の俺でもわかりやす。」

「やはりな。それならば君達は大丈夫だ。夢がないと落ち込む必要はどこにもないぞ。それを持てたのならアレンとは違う。自覚がないだけでそのうちすぐにでも自分の冒険者としての夢に気付けるさ。もし心配だったら常識人の思考が完全に抜けきるまで街の雑用でもやるといい。ま、そんなの杞憂だろうけどな。」

「はぁ…?あ、そうだ。」


 クロノスが命健組のナッシュたちをそう評価して気にするなと言っているが、ナッシュたちにはそれがどういう意味かさっぱり分からなかった。だがクロノスとの会話でその斧槍ハルバートが軽くて使いやすい良い武器であったことを思い出し、ナッシュは武器を選んでいたアレンに声を掛けた。


「アレン君!!そこにある斧と槍がくっついたような武器…斧槍ハルバートっていうらしいんだが、それはメチャクチャ軽いんだ。子どもでも振れる。だが手ごたえはしっかりあるからそいつならクロノスのお兄いさんに傷を作れるんじゃないのか?ダメもとでやってみろよ。」

「これのこと?戦いの間何度か目に入ったけど見たことない武器だったから使い方がわからなくて放っておいたんだよね。そんなに軽いの?」

「それはここにいる冒険者がみんな持ってみたんだ。君と同じ年頃のザック君やリリファちゃんでもいけたからたぶん大丈夫だ。」

「まぁ他に残っている武器もクロノス兄ちゃんには効き目がなさそうだし別にいいか。どれどれ…。」


 ナッシュに太鼓判を押され物は試しだとその斧槍を手に取ってみたアレン。痛みが引いた手でしっかりと掴んでそれを地面から引き抜こうとしたが…


「…うわ!!何コレ!?すっごい重い!!こんなの持てな…んぎ~!!」


 逆手も加えて両手で力いっぱいにそれを引き抜こうと試みるアレンだったが、斧槍はまったく動かず、ついに根負けしてアレンはその場にへたり込んでしまった。その光景を見た冒険者は一様に不思議に思っていた。


「なに言ってるのアレン君。そんなことないよ!!私達みんな持てたもん。すっごい軽いハズだよ。」

「ムリムリ!!こんな重い武器絶対持てないって。みんなしておいらをからかってるんじゃないの?さっきみんなが持っていたっていうのは冒険者の付与魔術でもつけて軽くしてたんだろ?」

「そんなこたぁねえけどな?第一付与魔術が使える人この中にいやすか?」

「それはないにゃ。付与魔術って結構面倒くさい上に軽量化の付与は覚えられる奴が限られるからにゃあ。付与魔術師エンチャンターでもいれば話は別にゃが、ここにはいないしにゃあ。」

「ですよねニャルテマの姐さん。でもどうしてだろうな?俺たちには持てたのになんでアレン君だけ持てないんだ?」

「…く~!!はぁ、やっぱり無理だ。こんな重いの持てるはずが無い…他の奴にしよう。」

「…なぁおい。」


 アレンは先ほど軽々と持っていた冒険者達はその中の誰かが武器に軽量化の効果がある付与魔術を掛けていたのだと言い張り、もう一度引き抜こうとしてみたがやはり斧槍はピクリとも動かない。やがて諦めて他の武器を選び直そうとそれから手を離したアレンに試験最初の宣言通り再び動かずアレンが武器を手に取るのを待っていたクロノスが口を挟んできた。


「現役の冒険者が軽いと言い、アレンはそれを重いと言った。それが何よりの証拠なのさ。君には夢がない。冒険者の才能がない。それを証明するためのまさに動かぬ証拠がそれだ。どうせ試したところで意味がないからまだ戦いを続けるつもりなら君が考える通り他の武器にしな。手に取ろうとしても体力の無駄だぞ。」

「はぁ!?これを持てなかったからってなんでそうなるのさ。さっきの話よりも説得力がないよ。」


 地面に刺さった斧槍を引き抜けないから冒険者としての資質に問題がある。さきほどの話よりもよっぽど突飛した話にアレンは思わず喰いついてしまった。だがアレンの疑問をよそにクロノスは斧槍を見つめ語りだした。


「いいや、それには…その斧槍には俺の言葉なんかよりも重い確かな説得力があるのさ。いいか?すっかり話しそびれてしまったがそいつはただの斧槍じゃない。そいつはな…。」


 持つ者によって重さの感じ取り方が異なる不思議な斧槍。それの正体をアレンに教えようとしたクロノスだったが、腕の裾を引かれるのを感じそちらをみれば未だくっ付いていたウィンが呼びかけてきた。


「そういやまだ君がいたな。見ての通り俺は今アレンとバトっていてな。危ないから外に出てくれないか?」

「ねえダーリン。あたしがアーハンに行く前にママに会ってよ。ママってばダーリンとの前のときのことを話してもまったく信じてくれないんだもの。私にパトロンがいると知ればアーハンで学ぶ内容も変わってくるかもしれないし…。こうなりゃ直接あたしとダーリンの愛をママに見せつけてやりましょう。」

「だからなんだよダーリンって。なんだよパトロンって。俺は知らん。だが…よく見れば中々可愛らしい顔立ちをしているじゃないか。前の時は仮眠で部屋が薄暗かったからな。顔ははっきりとは覚えてなかったんだよね。」

「えへへ、そうでしょ。ママもあたしのことを自分が子供の頃にそっくりだっていつも褒めてくれるの。自分で言うのもなんだけどあたしは女として優良物件よ?ウッフ~ン。」


 ウィンはそう言ってクロノスにしなを作って見せたがそこには子どもゆえ色っぽさの欠片も無い。しかし元大物娼婦の娘ということもあってその所作には洗練された物を感じさせたし、他にも幾つもの技術を習っているのだろう。それに自分と同じく燃え上がるように紅く輝くルビー色の自信に満ち溢れた瞳は実にクロノス好みだった。本人の言うところの優良物件というのはあながち自称でもないのだろう。これならばいい女になるのも時間の問題でしかない。そう評価するクロノスだった。


「そうかそうか。突然の登場に驚かされたが、確かに見れば見るほどに引き込まれる可愛らしさだ。君は将来のパトロンを探しているとか。たしかに今からハゲやデブの男を引き込んで人生に絶望したくはないだろう。これならば未来への投資だと思って君を予約しておいてもいいかもしれないな。」

「え?ホントに!!嬉しいわダーリン!!」

「やっぱりロリコンじゃん。」

有罪ギルティ」「有罪ギルティ」「有罪ギルティ

「いつまでもねちねちうるさいな君達は。だいたい未来のウィンは大人だろ?それはもはやロリコンとは言えないのでは?」

「クロノスさん知ってる?モノホンのロリコンやショタコンってね…対象者の年齢に関係ないの。その子の子供の頃を見て恋に落ちて…おいしーくなるまで自分で育てるの。そんで食べごろになったら収穫。私の故郷じゃそれを光源氏計画って言うんだけど…あ、ショタコンは逆光源氏ね。」

「君の居た所未来に生きてるなぁ…。それはさておきこれだけロリコン呼ばわりされたのだからもういっそ開き直ってウィンのパトロンに「ダメだ!!」…なんだ?」


 もうなんでもいいやウィン可愛いしとクロノスが思っているとアレンの大声に言葉を遮られてしまった。クロノスが不機嫌にそちらを向けば、そこにいたのは呼吸を荒げ怒るアレンの姿があった。


「アレン?」

「ウィンは…渡さない。」


 ウィンのことになり面白いように尖った反応を見せるアレン。クロノスはこの反応を見て何かに思い当たったようだ。次にそれをアレンに質問した。


「…どうしてそう思ったんだ?これだけのこだわりを見るに君の行動はもはやウィンという少女を娼婦にさせないだけではないように思えてしまうんだが。考えてみれば大金を稼げると思い冒険者になるためにトロルのいる森まで突っ走るというところからして常識人の君にはありえない行動だし…いったいウィンのなにが君を惹きつけるんだ?」


 クロノスの疑問はもっともな物だった。金を稼ぐために儲かると勘違いして冒険者になろうとしたところまではいい。しかし今朝にウィンに関わってからのその後のトロルに単騎で無鉄砲な作戦で突っ込むという行動は常識人のアレンには少々異常だ。


「え?どうしてってそりゃ…うーん、どうしてだろう…」


 クロノスはアレンのおかしな行動を本人に直接聞いてみたが、当のアレンはと言えばただ頭を抱えるばかりで何も答えようとしなかった。答えようとしなかったというよりは自分の頭の中に答えが見つからず混乱しているようにも見えた。


「おいらにもよくわからないんだ。でもウィンに初めて会ったときからよくこうなるんだ。ウィンのことを思うと胸がずきずきする。痛くて、苦しくて…それでウィンが娼婦になるって今朝聞いていてもたってもいられなくなったんだ。その後であんな普通に考えて上手く行くわけがない作戦でトロルに挑んだのもバカなことだったと思う。今こうして考えてみてもなんでそんなことをしたのかわからない。ねぇ兄ちゃん。この気持ちは何なの?子供のおいらにはこれがなんなのかわからないんだ。人生の先輩として教えてよ。」


 やっと考えをまとめクロノスの質問に質問で返してきたアレン。クロノスは質問を質問で返されるのがあまり好きではないのだが、アレンの悩みに何か引っかかるものを感じていたので、それを答えとして返してみた。


「…アレン。君はもしかして今こう思っているんじゃないのか?「ウィンはおいらが先に目をつけんたんだ。だから誰にも渡さない」って。いや違うな…「こいつはもうおいらのものだ!!」…こんな感じか?」

「えっ!?そうなのかな?自分でもよくわからないや。でもウィンがどこかへ行ってしまうのはやだ。おいらの物ってわけじゃないけどウィンがクロノス兄ちゃんに盗られるのも…なんかやだ。」

「アレンお兄ちゃんやっぱり…!!」

「それってもしかして…!!」


 クロノスの考察で既にアレンの気持ちが一体全体なんであるのかになんとなく気付いていたハンナと未だ続いていたロリコンコールに飽き始めていた女性冒険者が色めきだった。


「えーマジ?うわぁ青春だなぁ…」

「子供の頃を思い出すねぇ。甘酸っぱーい!!」

「あん?なんだよ女性諸君。そんなにお目目をキラキラさせてまるで演劇でも見ているかのような興奮っぷりだぞ。」

「もう、クロノスさんってば女心がわかってないんだから~。これはね、女の子の必須栄養素なんだよ。女の子は人の物でもそれを適度に補給しないと枯れちゃうんだよ。」

「女性の必須栄養素…?ああ、そういうことか。」

「なるほどね。アレンも立派に男だったってわけか。」


 ナナミの言葉にアレンの気持ちに気付いていた女性陣はうんうんと首を振って同意した。男性陣の中でも勘のいい者はそれに気付いたようで、口々に自分にもあんな時代があったとか、結局実らなかったがいい青春だったとか言いながらしみじみとしていた。


「青春…実らない…ああなるほど。つまりはアレンはウィンのことが…」


 いくつも出されたヒントを経てクロノスもその正体に気付いたようだった。


「クロノスさんもわかったよね?アレン君はウィンちゃんのことが…」

「わかってる。つまりアレンはウィンに欲情しているってことだろ?」

「そうそう。アレン君は欲情して…じゃない!!違う!!恋愛だよ!!アレン君はウィンちゃんに恋しているの!!」

「「「そうよその通り!!」」」

「そうよ!!あっさり欲情なんて言わないでよロリコン!!」

「ロリコン言うなし!!後一回くらいが限度なんだぞ耐えるの。俺の心は繊細なんだ。いいか君達。アレンはウィンに欲情してはぁはぁしているの!!それが正解!!つまり性欲だよ!!」

「「「え、えぇ…?」」」


 アレンがウィンに抱くものの正体。それが恋愛であると女達が声を揃えて宣言するがクロノスはそれを否定してハッキリと性欲だと言い放った。それには一同困惑するばかり。あまりに困惑していたのでそれを見たクロノスもまた困惑していた。


「なんだよ君達。アレンがウィンに性欲のまま欲情の感情を持っているってことだろ?違うのか?」

「えっと、クロノスさん?それはいくらなんでも…」

「性欲じゃなきゃなんなんだよ。恋も愛も本能から来るものだろ?なるほど、アレンは確かにそういうものを理解するにはまだ早いお年頃なのかもな。ミツユースの男児はそっち方面の教育は女児に比べ遅れがちと聞くから自分の中で生まれたこの感情を理解できなくても当然と言える。」

「あ…あはは…」


 何か違う解釈でまとめてしまい勝手に納得したクロノス。これには女性自陣も苦笑い。この場にいた女性の中でただ一人セーヌだけが何の反応も示していなかったがこれはただ単に意味を理解していないだけだろう。


「クロノス兄ちゃん。おいらのこの気持ちは…性欲ってやつなの?というか性欲ってなに?」

「いや違うから。アレン君のその思いはウィンちゃんに恋しているんだよ。だから、断じて、性欲などと言い切ってはいけないわ。いくらなんでもそれは駄目。」

「この人胡散臭いから言ってることも適当に決まってるわ。」

「ロリコンの言葉なんて信じちゃダメ。」

「またロリコンって言った!?もう心が限界だぞオイ。」


 クロノスの言葉で勘違いした方向で話をしていたアレンを女性陣は必死に説得した。このままでは目の前の少年の甘酸っぱい青春が、ただの性欲だったで片付けられてしまう。それではあまりにも不憫だというものだ。だが勘違いしているクロノスの言葉は止まることを知らない。


「アレン。君が心に抱くもやもやとした気持ち。それは君がウィンを「ピー」したくて「ピー」が「自主規制」になっちまって「自主規制だから」せずにはいられない。そんな感情なんだよ。そんで「自主規制だってば」なら次は「自主規制だっつってんだろ」か?まったく「自主規制です!!」をしたいだなんて最近の子供は進んでいるな?」

「そうなのかな…?よくわかんないんだけど。このドキドキは性欲ってやつなの?」

「違うからぁ!!恋とか愛の気持ちだから!!この人の言うことを真に受けちゃダメー!!」

「そんなことないぞアレン。男の恋の始まりはなぁ、同時に性欲を覚える始まりでもあるんだよ!!ならば胸のドキドキ=恋=性欲=欲情!!この公式にぴったり当てはまるのさ!!」

「あ、あれ…?じゃあ俺の十歳の頃のミィちゃんへの思い。あれは性欲だったのか…!?」

「そういえば…俺もあのとき近所の初恋のお姉さんの胸ばっかり見ていた気がする…!!」

「そうか…俺が幼馴染のルゥちゃんの着替えにドキドキしたのも性欲だったんだな。」


 クロノスの熱のこもった説得に観客の男性陣までもが自分の初恋の思い出を性欲だったと置き換えていた。仕方ないのだ。冒険者というのはアホだから!!バカだから!!ナメクジと頭を比べられるような連中だから!!自分達よりも上の立場の人間の言うことをあっさりと信じることもあるのだ。なら仕方ないよね。あーちかたないちかたないでちゅねー。


「そうだったんだね…「ぴー」とか「ぴー」がどういうものかわからないけど…これだけはわかった。おいらはウィンに夢中ってことなんだよね!!ウィンを誰にも渡したくない!!そういうことなんだよね!!」

「そうだぜアレン…君は少しだけ大人になったのさ。」


 面を上げるアレン。その顔は神妙な面持ちながらウィンに抱いていた長年の感情の正体を理解してすがすがしい気持ちになっていた。冒険者達も性欲に目覚めたアレンを祝うぞとアレンを讃えていた。


「冒険者に必要な夢ってのが分からないけど…「自主規制」とか「自主規制」ってのがどんなのかはまだわかんないけど…おいらは決めた。おいらは必ず試験に合格して冒険者になる!!そして稼いだ金でウィンを買って娼婦なんかにならせはしない!!おいらはウィンを「―――」して「―――」して「―――」するんだ!!意味はわからないんだけどきっとそれがおいらの求めることなんだ!!」


 伏字の部分など全く理解していないアレン。しかし人前でのその堂々とした宣言をするアレンに男性陣はホンマモンの男やでぇ…と恐れ慄き、女性陣はアレンに本当のことを伝えることをとっくに諦めていた。そして娼婦の娘であるがゆえ進んだ性知識を持っていたウィンは、アレンが自分に拘っていたのは自分を性的な目で見ておりそれで自分の物にするのだと聞かされさぞやドン引きしていると思われたが…


「はい…ウィンなりましゅ。アレン様の肉奴隷になりましゅ…」


 なんとガン堕ちだった。気の強い少女は自分よりも積極的にがっつく男が好みだったようだ。てか女の子が肉奴隷とか言わないの。


「あ、あれ…?なんか普通に受け入れてる…?」

「ふむ、やはり堕ちたか。ただ恋愛なんて言っても子どものアレンには理解なんてできないだろうからな。ウィンの方が性知識を知っているのならそちらで押し込めば想いは伝わると思ったのさ。おませな子供にはこれが一番効く。」

「あれ!?クロノスさんわかってるんじゃん!!アレン君がウィンちゃんに恋していたって。なんで性欲なんて言っちゃうの!?」

「別に。ただなんとなくそっちの方が面白そうだから。でもやっぱり性欲は偉大だよ。若い男女をくっつけちまうんだからな。」

「たしかに!!性欲は大事だよな!!」

「俺なんて女性の第一印象は胸と尻で決めるもん。性格と顔はどうでもいいや。」

「何言ってんだよお前。女はヤれるかどうかだろ?」

「クルロさんもそう思います!!キャルロもそう思うと思いますよ!!」

「え、ちょ。勝手に私を巻き込まないでよ…!!」


 クロノスは気付いていた。アレンがウィンに抱く想い。それが恋心であったことに。ならばなぜクロノスはそれを性欲であると嘘をついたのだろうか。…彼の言うとおり恋愛など性欲から来ることには違いないので決して嘘ではないだろうが。


「(よっしゃロリコン呼ばわりされるの回避!!バカどももアレンのことと性欲談義で俺のことなんて忘れるはず…!!本当に良かった。あと一回ロリコン呼ばわりされたら俺の心は限界だった。)」


 なんとこの男。自分のロリコン呼ばわりをどこかへ飛ばすためにアレンの方に注目を集めさせたのだ。狙いは上手く行ったようでアレンとウィンの恋の行方に観客たちはすっかり夢中になっていたのだ。


「うう…アレン…」


 先ほどまでずっとクロノスに引っ付いていたウィンはよろよろと申し訳なさそうにクロノスから離れ、そして一礼をして謝罪した。


「ダーリンごめんね…あたしあなたの女になれなくなっちゃった。アレンに心を盗られちゃったの。だからパトロンの話とあの夜のことは無かったことにして…」

「いいんだよ。君は君の道を行け。というか君が離れてくれないと俺がまたロリコン呼ばわりされてしまう。本当に後一回で心が限界なんだ。それに一緒にお昼寝したのは文字通り真昼間の話だろう。俺は気にしてないから早よ行った行った。」

「うん、ありがとう。あたし幸せになるね。」


 ウィンはクロノスに別れを告げよろよろとアレンの下に向かった。片方は勘違いしているが晴れて思いが繋がった二人。邪魔するものは誰もいない。興奮交じりにアレンに近づくウィンだったが、それをアレンが手で制した。


「え…?アレン…?」

「ごめんウィン。けどまだ君に「ピー」とか「ピー」するわけにはいかないんだ。まずは…この試験を終わらせて正々堂々冒険者になってやるんだ。」

「そう…あたし待ってるからね!!試験だっけ?頑張んなさいよ!!絶対合格してあたしを迎えに来なさい!!」


 ウィンはアレンに叫んで激励してから闘技場コロッセオを出て行った。それをアレンは見送ることもせずにただ目の前の斧槍と向き合った。


「やってやる…誰が何と言おうとこの気持ちに嘘はつけないんだ!!今ならこの重い斧槍だって持ってみせる!!はぁぁぁ…てやぁっ…あああ!?」


 今度こそととアレンは斧槍ともう一度向き合い、そして深呼吸して力を貯めてから斧槍に手を掛けて勢いよく引っ張った…のだが、なんと先程まではどれほど力を入れてもピクリとも動かなかった斧槍があっさりと地面から抜けてしまったのだ。そのまま手に収まった斧槍はアレンの腕を支点に弧を描いて半回転した。それを自分で引き抜いたはずなのにアレンはまるで他人事のようにそれをまじまじと見ていた。


「軽い…どうして…?さっきまではあんなに重かったのに。」

「おいおいマジか。恋する男は竜をも制す…あながち間違いではないのか。いやでもこれは…!!え、嘘。マジで!?」

「なんでかわかんないけどこれなら…!!」


 何故軽くなったのかと一瞬考えたアレンだったが考察は後だと、向こうでアレンが斧槍を持てたことに驚いていたクロノスに向き合った。


「…まさかそれを持てるなんてな。君じゃあどうやっても持てないはずなのに。」

「これがなんなのかとかもうどうでもいい。使えるなら使うだけだよ。」

「…そりゃそうか。悪かったな。さて、随分時間がかかったがやっと始まるのか。いや、これで終わりになるのか。準備はできたか?ならば全力で来い。それこそこれがダメならもう戦えぬ。それくらいの全力でだ。それでだめなら冒険者の件はもちろんなしだ。」

「うん。なら…行くよっ!!」


 斧槍の穂先をクロノスにまっすぐに向けたアレンはそれを右手に構え左手はそれを支える形でクロノスに向かって思い切り駆けた。斧槍の先端の槍はクロノスの体の中央をしっかりと狙っており、どうやらアレンは斧槍を槍として扱い刺突の一撃を与えることに決めたようだ。それを迎え撃つクロノスは自分に向かって真っすぐ走るアレンに怯むことなくその一撃を待った。


「それを持てたのなら、十分資格ありだ。思い切り来い。君の夢…君の想い。全部俺が悪の親玉代わりに受け止めてやろう。だから…遠慮はするな!!」

「うん!!うおぉぉぉ…!!」


 やがてアレンはクロノスの間近まで迫り、斧槍の穂先はクロノスの胸に吸い込まれていく。そして穂先はクロノスの服を貫通した。


「やった…!!」

「まだだぜ?俺は見ての通り負傷してないが?」

「そうだった!!…おりゃあ!!」


 後は服を貫いて肉へと突き刺すだけだ。それですべてが終わる。アレンは斧槍に残る体力を全て加えてそのまままっすぐ駆けた。しかしどれだけ力を入れても服から先へ穂先が入り込まない。どうやらアレンはこれ以上力を込めることができないようだ。クロノスは今までとは違う一撃に驚きながらも傷をつけることができない穂先を残念そうに見ていた。やがてアレンに限界が来たのか穂先の威力が徐々に弱まっていくのを感じ、これで終わりなのだと悟るクロノスだった。


「ああ残念。あとわずか、ほんのわずかでも君に力が残っていれば結果は「まだだ!!喰らえ!!」…なに!?」


 次にアレンが取った行動にクロノスは驚いた。なぜならアレンは斧槍を手放してクロノスにまっすぐ向かってきたからだ。そしてアレンはクロノスの真正面までたどり着き、とび色の瞳でクロノスの紅い瞳をしっかりと見つめてから大きく息を吸って…


「や~いロリコン。」


 アレンの最後の一撃。それは謎の斧槍をクロノスに突き立てることではなかった。クロノスが冒険者達に蔑まれ、なじられ、見下され…さんざん無実の汚名を着せたその言葉。限界が近く後一回聞けば今日はもう立てぬとさきほど当人の口から言っていたその言葉。ロリコンの四文字。それを聞かせることだった。

 

 そんな言葉でどうにかなるわけねーだろと見守っていた観客一同であったが…


「…ぐふっ。」


 クロノスはその言葉を聞き…吐血した。それほどに精神の方の防御力は限界だったのだ、耐えきれぬとクロノスは地面に大の字になって倒れるのだった。


 ありえぬ光景にしばらく周囲が静寂の空気に包まれるが、石の上で毛づくろいをしていたカメガモが「うるさいですよ人の子よ。もっと心に余裕を持ちなさい。」との一声で我を取り戻し一人の冒険者が口を開いた、


「…マジで?アレンがクロノスの旦那を倒した?」

「オイオイオイ。俺夢でも見てんのかな…」

「でもルールは…確かにクロノスは負傷したけど武器で怪我を負わせたとは言えなくない?」

「俺は覚えてるぞ。旦那はこう言ったんだぜ。「ここにある武器…その中から一つ選んで俺に一撃当ててみろ。で、俺が負傷したら君の勝ち。」ってな。」

「お前声真似上手いな。そういやそんな風に言ってた気がする。」

「でもそれならやっぱり勝ちっていうわけじゃ…」

「…そうか!!旦那は武器で攻撃しろとは言ったがそれで負傷させろとは一言も言ってない。どんな方法でも旦那に攻撃した後で血を吐かせりゃ勝ちなんだよ。俺たちもアレンも旦那に武器で攻撃することばっかり考えていたからルールの穴を見落としていたんだ!!アレンはそれに気づいたんだよ!!」

「ということは…」

「勝ったんだよ!!アレン君が!!クロノスに!!」

「すごいぞアレン!!やるじゃねえか!!」

「よーしみんなでアレンを讃えようぜ!!せーの…」

「「「「アレン!!アレン!!アレン!!アレン!!」」」」


 アレンがクロノスに勝ったことを悟り観客はアレンを讃えた。アレンはそれに応え腕を挙げようとしたが力が入らず転びそうになったところを再び駆け寄ってきたウィンに支えられた。


「あんたが勝ったのよ!!大好きよアレン!!愛してる!!」

「愛してる…か。へへ、おいらもだよウィン。」


 ウィンの愛しているという言葉に自分もだと返すアレンだったが、たぶん意味を理解していない。好きのちょっと上バージョン程度にしか考えていない。


「ご褒美にもうなんでもさせてあげるわよ!!「ピー」がいい?それとも「ピー」とか?まだ早いかもしれないけど…アレンになら「ピー」でもいいわよ?」

「結局それがなんなのか分からないんだけど…それってどういう意味なの?」


 知識を持ち合わせていないアレンは抱きつくウィンにそう尋ねるが、ウィンはと言えばアレンに夢中で全然教えてくれなかった。聞こえなかったのかともう一度ウィンに尋ねようとしたアレンだったが、闘技場コロッセオの中に入りこんだ冒険者達がアレンを取り囲んでウィンから離してしまった。


「みんなでこれからの俺たちの仲間…真の男アレンを胴上げじゃあ!!」

「「「わーっしょい!! わーっしょい!! わーっしょい!! 」」」

「わわ、ちょっと…!!「自主規制」とか「自主規制」ってどう意味なのさー!!誰か教えてー!!」


 クロノスとの戦いの後で疲れ果て体の自由が利き辛かったアレンはなすがままに冒険者にもみくちゃにされていた。彼の必死の叫びは感動と興奮で騒いでいた冒険者達には聞き入れられなかったのである。





「おーいクロノスさーん。大丈夫?」

「吐血しているということは内臓が傷ついてしまったのかも。早く治療を…」

「ロリコン呼ばわりされて口から血を吐くってどんだけ精神が弱いんだ。」


 アレンとウィンを祝う冒険者達。その中に混じらずに猫亭の団員三人は口から血を流して仰向けで倒れるクロノスの下に集まっていたのだった。


「くくく…これが若さを武器にした青春の一撃か。甘酸っぱいぜ。もう思い残すことはなにも…ないわけないだろ。」

 

 三人に心配されていたクロノスだったが口から血を流しむくりと起き上がった後で何事も無かったかのように立ち上がった。


「あ、起きた。てゆうか大丈夫なの?口から血が出ているけど。」

「別に。セーヌの言うとおり臓腑に傷はついたがもう治った。」

「それやばくない?治るもんなの?」

「治る。というか治す。S級冒険者舐めんな。それに俺が血を吐いたのはロリコン呼ばわりが原因じゃあない。」

「違うのか?それで臓物がはち切れたのだと思った。」

「君達にとって俺はどんだけ精神が貧弱なんだよ。…俺が傷ついたのはアレンの力じゃない。アレンが持っていたあの斧槍だよ。九割九分九厘あれの性能のおかげだ。」


 クロノスの視線の先にあったのはアレンが手放し地に転がる斧槍だった。


「結局あれってなんだったの?」

「あれは…いや、アレンが来たら話す。あれがなんであるのかは使った当人が一番知りたいことだろうからな。同じことを二度も説明したくない。だが例え九割九分九厘が武器の性能のおかげだったとしても冒険者達からの助言を受け取りそれを選び使って見せたのは他ならぬアレンだ。そのアレン自身の一厘が戦いに勝たせた…そんなことはどうだっていいんだ。それよりもアレンにはちゃんと夢があったじゃないか。いや、今まさに生まれたのか。」

「夢って?ウィンちゃんを買うってこと?」

「それとは違うと思うぜ。多分それは夢への過程に過ぎないだろう。本人にもまだ自覚は無いはずだ。だが確かにあの眼の色は…冒険者の物と同じだ。」


 クロノスは先ほどの斧槍の一撃をぶつける前に一瞬だけ交差させたアレンの瞳を思い出した。あれこそが何かを追い求め必ず得るのだと決心したときの目。クロノスはあれが見たかったのだ。あれならば夢のために命を賭け、その命を脅威に譲らず持ち続けられる。


「小さな小さな挑戦の火種。それが大きな火炎となるかいつしか水を掛けられくすぶって消えてしまうか…それは当人のこれから次第。今日はいいものを見せてもらった。まったく、これだから冒険者はやめらんねぇぜ。」


 意味が分からないと首をひねるナナミ達の横でクロノスは未だに冒険者達に胴上げされてなすがままされるがままの少年に目をやり微笑んだ。


「さぁて、面倒な試験ごっこはこれにて終了。あとは日が暮れる前にやることをやらなければいけないな。」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ