第73話 小さなチャレンジ・スピリッツ(試験を応援しましょう)
「夢…それがおいらには無いから。たったそれだけのことがおいらが冒険者になれない理由だってのかよ?」
「そうだ。極端な話だがそれがあるだけで冒険者としてやっていける。武器、財産、才能…そんなもの冒険者を目指すのに最初から必要なわけではない。あれば便利かもしれないがそれよか絶対に譲れぬ叶えたい夢の前にはそんなもの塵芥でしかない。少なくとも俺はそう考えているよ。」
「夢…それだけで…」
「ああ。アレンよ君に聞こう。君には何かないのか?もしそれがあるならばこんなくだらない試験ごっこすぐに止めて俺は君が冒険者になるのを認めてやってもいい。…夢があればの話だが。」
「え、ホントに!?だったら…!!」
クロノスにそう問われ、アレンは希望に目の前が明るくなった。どのみち理不尽なクロノスの硬さでただひたすらいい武器が壊れる不毛なこの試験には一切の勝機が見えないのだ。手も痛むしさっさと認めてもらって終わりにしたい。
「だったら…そんなのおいらにだってあるよ!!夢くらい!!おいらはお金持ちになりたいんだ。だから稼ぎのいい冒険者になるんだ。それじゃあダメなのかよ!?」
「それはダメだ。」
アレンは頭の中にすぐに閃いた自分にとっての夢。自分は冒険者になって金持ちになりたい。そのことを語って見せた。しかしクロノスはそれを即座に否定した。
「なんでだよ?兄ちゃんは夢を語って見せろって言ったじゃんか!!それなのに…」
「あのなぁアレン。金ってのは夢への手段であってそれ自体は目的ではない。金が欲しいってのならそれを稼ぐ理由が無くては駄目だ。君は目的を見失うあまり手段が目的と化しているんだ。俺は前に君から聞いたぞ?金持ちになったところで欲しい物はとくに今はないと。」
「金が目的で冒険者になってなにが悪いんだよ。今はお金がないから欲しい物が思いつかないだけで、お金が手元にできればおいらもきっと何か思いつくよ。」
「後から思いつくかもしれない?確かに財布の余裕はそのまま心の余裕に繋がるだろう。そうすればそのうち欲しい物が何か思いつく。普通ならそれでいいのかもしれない。…だがそれじゃあだめだ。アレン。そんな君に少し面白い話をしてやる。」
クロノスはアレンの間近で語ることを止め、少し後ろに下がった。クロノスが離れたことで彼の威圧がなくなり少し楽になったアレンはクロノスの話を聞き取る余裕ができた。
「面白い話?」
「これは一部の冒険者に伝わるものなんだが…まず前提として君と同じように夢も目的もなくただ日々の糊口を凌ぐために、ただ漠然と金を得るためだけに冒険者を志す人間は割といるんだ。」
「ほらみろ。おいらだけじゃないじゃんか。」
「話はまだ続いているぞ。最後まで聞け。…ただな、ただ漠然と生きるための金が欲しいだけ。それ以上は望まない。やりたいことはそのうち見つかるだろう。それを考える前にまず金だ。そんな奴が冒険者になるとな…なぜかすぐに死んじまうんだ。冒険中にあっさりと。これは俺の知り合いの持論なんだが、そういう奴は譲れないと命を張る物が何もないからダンジョンの強力なモンスターや過酷な大自然の洗礼なんかの自分が敵わない敵を前にすると屈してしまうんだと。夢のために意地張って生きることを目の前の恐怖より優先できないからそういった脅威に簡単に命を譲ってしまうんだそうだ。…俺が言いたいことが分かるか?」
「…」
「ある程度の場所まで上り詰め、現状で満足してそれ以上に上を目指さない。いや、目指せないのさ。君はそんな人間だ。おそらく君に許可を出さない君の母親も親として君がどんな人物かをよくわかっているから冒険者になるなと言ってくれたんだろう。可愛い子には旅をさせよとはよく言うが、死への旅路とわかっていて自分の可愛い子供を危険に晒す親などいるものか。」
クロノスの話をアレンは言い返すことができなかった。今度はクロノスの威圧に屈してしまったわけではない。クロノスが言ったことに痛いほど心当たりがあったからだ。
「もちろん冒険者ギルドは誰が冒険者になろうと気にはしない。出自や身分を問わないのが冒険者の売りの一つだからな。君が大人になって母親からの許可が必要なくなったら冒険者になるのは簡単だと思う。だが君に夢がないと知ればギルドも他の冒険者も、たぶん誰一人君には協力してくれない。冒険者として生き残る見込みがないやつに、誰だって協力はしたくはないからだ。もしかしたら過去に夢や目的もなく最後まで冒険者をやりきった奴も一人くらいいたのかもしれないが、少なくとも俺は前例を全く知らない。だから俺はこれまでの勘と経験からそういった漠然と金が欲しいと思っているような奴には実力に関わらず冒険者になることを諦めていただくことにしている。」
「そんな…。じゃあどうしておいらに試験をしてくれたのさ。おいらを冒険者にしようとしたんじゃないのかよ。」
「逆だ逆。俺は君を冒険者にならせないために試験を行ったんだ。というか君を冒険者にするつもりならこんなお遊びではなくもっと難しい内容にする。冒険者になる前の実力を測るのが試験の目的なんだからな。俺だったらそうだな…森にいたトロルを十匹素手で倒せ!!…これくらいは要求する。」
「そ、そんな…あんなおっかないやつ十匹も相手にしろだって!?そんなのできるわけないじゃないか!!」
「君には無理だろうな。本来それができると簡単に言えるくらいの実力者に受けさせるための物なんだし。これでも俺は君の冒険者になりたいという決意を同じ男として受け入れているつもりだ。だからこそ譲れないそこを徹底的に叩く。叩いて、希望を打ち砕く!!そして俺の考えだけが立ち残る。だからこの試験は決闘の様なものだと言ったのさ。…さて、今の今までの話を聞きそれでもまだ君に金持ちになりたい以外の夢があるのなら今ここで言ってみろ。どんなことでもいいんだ。内容によっては君が冒険者になるのを認めてもいいぞ。ほら、他には何もないのか?金持ち以外で。」
「…えっと、待って。夢…お金以外で…何か何か…!!」
クロノスにそう促されアレンは必死に考えた。何かないのか?この場しのぎの嘘でもいいんだと自分の心に訴えかけて答えを探した。しかしいつまでたっても全く何も思いつきもしなかったのである。それは当然だろう。アレンは今までの人生でやりたいことや手に入れたい物。そういった夢や目的をただの一つも心に抱いたことが無かったのだから。思いつくのはただ漠然とパン屋の息子として働かなくても済むような大金を手にしたいということだけ。しばらく立ち尽くして考えていたアレンだったがそれでもやっぱり何も思いつかず、待っていたクロノスが遂に痺れを切らして考えさせるのを手を叩いて打ち切った。
「無かったんだろう?今の君はやりたいことも何もなくただ単にパン屋の跡取りという立場を嫌がり、自立の名を借りた現実からの逃避を図ろうとしているだけ。そして逃げるための手段として冒険者を選んだ。…本当にそれだけだ。」
「うぅ…。」
クロノスがアレンに彼が冒険者になろうとしていた真の理由を看破して責め立てた。まさしくその通りだとアレンはただ口ごもるだけだった。そしてクロノスの冒険者に対する夢への意識を聞かされていた観客の冒険者達はと言えば…。
「なぁ、私は冒険者になったばかりだからよくわからないんだがお前達にもあるのか?夢。」
「もちろんッス。リリファちゃんが「立派な冒険者になる」という夢を持つのと同じで旦那の言う通り俺ら冒険者は普段はだらしないが夢だけはちゃんと持ってるッス。俺の夢は「大陸中の全ての酒を飲んでコンプリートしてみたい」ッスね。なんせ冒険者になる前から無類の酒好きなモンで。」
「全ての酒って神聖教会が秘匿する不老不死万能霊薬なんかも入るんじゃないか?お前にゃ無理だダンツ。ちなみにお俺の夢は「美人で気立ての良い嫁さんゲット24歳の春までに」だ。」
「は?アイジュってば俺の事バカにしてるッスか?いくら幼馴染でも夢を否定されたら我慢ならないッス。このナイフで斬り刻んじゃうッスよ?だいたいお前こそその夢あと一年しか期限ないじゃんか。お前今年で23ッスよ?お前の方こそ誇大妄想だから諦めろ。」
「あんだとコラ!!表に出ろや!!俺の夢を否定することは誰であろうと許さん!!」
「ちょっとやめなさいって。みっともないわよ。あ、私の夢は「金でできた豪邸に住むこと」ね。だからお金は必要だけどそれはあくまで手段でしかないというのはそのとおりね。」
「そうだよねー。真面目なのは夢見ること「だけ」だし。そのための努力とか何もしてないもんねー。夢みること「だけ」は諦めてないけど。僕エティの夢は「大陸一甘いお菓子を作って食べてみたい」かな。そのために何かしているわけではないんだけどねー。まぁせいぜいクエストの稼ぎでお菓子の買い歩きをしているくらい?」
「ナナミは一緒に飛ばされた同胞の手助けがしたいとか言っていたな。セーヌは?」
「私の願いは一つだけでございます。ここにいるハンナや兄のハンス。孤児院の妹や弟に立派に育ってもらう。そのための支援をするために私はお金を稼ぐ冒険者稼業を再開したのですから。」
「…女神だ。そんなこと言われたら喧嘩していることがアホらしく思えてきた。ごめんよダンツ!! その夢はきっと…ぜったいに叶うぜ!!」
「…目が。目が涙で見えねぇッス…!!アイジュもごめんッス!!お前も来年までに美人の嫁さんゲットできるッスよ!!」
「せっかくだ。俺の夢も聞いてくれよ!!俺の夢は…!!」
「あ、じゃあついでに私も私も!!」
抱き合ってお互いの夢をたたえ合うダンツとアイジュに触発されて冒険者達は口ぐちに自分の夢を語りだした。
「俺の夢は高級娼館を三日三晩貸し切って店の娘全員に相手してもらうことだぜ!!」「大陸一の力持ちになるのさ。」「儂は自分の理想の国家を創設し、そこの初代王になるんじゃ!!」「私はイケメンのドS男を椅子にしてほくそ笑んでやるの。」「夢はでっかく勇者だぜ!!」「高級スイーツ店の全メニュー大人買い。」「全ての書物を閲覧したい。」「不死身、不死身の男になりたい!!」「新種の生物を発見して自分の名前をつけたい。」「金貨でいっぱいにした湯船に浸かってみたい!!」「新発見の最難関ダンジョンに仲間と共に挑戦して踏破。そしてダンジョンに名前を付けてやる!!」「ドラゴンに乗って大陸を散歩したいなー。」「雲のベッドでお昼寝して空を遊覧飛行。雲は摘んで食べるととっても甘いの。」
冒険者達が語った夢はそれぞれがてんでばらばらで欲望にまみれたものばかりだ。しかしそんな夢の中にも共通することが一つだけあった。それに気づいたアレンが皆が語り終えるのを待ってから全員に聞こえるくらいの声を出して聞いてみた。
「そ、そこまでの具体的な予定とかは?てゆうか叶うのそれ?」
「「「「ううん!!何も考えていない!!でも必ず叶うさ!!叶えるために冒険者になったんだから!!」」」」
具体的なそこまでの道のりは誰一人決まっていなかった。それでも一様に必ず叶うと根拠もなく決めつけてお互いの夢を馬鹿にして笑いあっていた。
「なんだよこいつら…なんだよその夢…そんなのが叶うわけが…一部はお金さえあれば叶いそうだけど、いくらなんでもふざけすぎてる。そんなの夢というよりただの妄想だ…!!こいつらバカじゃないの…?起きたまま寝てるんじゃないの?」
「その反応が正常だ。君の考えは正しい。」
冒険者達の夢を聞かされもはや呆れるを通り越した何かとなっていたアレンだったが、クロノスはそれでいいのだとアレンの考えを否定しなかった。
「街の常識的な一般人ならまず夢を見つけてそれからそこへ至るまで道のりを考え、まずは一つ目の目標を果たそうとする。そしていくつかの過程を得たのち高すぎた夢に挫折して現実を見て自分の叶えられる範囲で妥協したり、さっさと諦めて別の道を模索する。だが冒険者の夢は何もしていない今の自分と叶った後の幸せな自分。始まりと終わりしか見えていないのさ。そこまでの過程は冒険の間にきっと手に入ると思っている。そして夢が叶えばまた誇大妄想気味な次の夢が待っている。いいんだよそれで。それが冒険者なんだから。常識で考えていたら頭の考える部分が足りなくなる。」
「そんな…」
アレンは何も言うことができなかった。未だくだらなかったり叶うはずもない夢を絶対に手に入れるのだと意気揚々と語る冒険者達。そんな彼らをアレンは憎たらしく、同時に羨ましく思えてきたのだ。なぜならさっきからずっと考え続けてもアレンには金持ちになること以外の何かが本当に何も思いつかなかったのだから。
「こんなロクデナシの冒険者達にはあっておいらには夢がないなんて…痛ッ!!くそう、また掌が…」
アレンはさきほど少し引いたはずの手の痛みが戻ってくるのを感じた。それは最初の痛みよりもよっぽど痛く思え、まるでこれ以上は時間の無駄だから諦めろと自分の肉体が説得してくるかのようだった。アレンが痛みで手を抑えたのを見て、クロノスは彼に最後の一手を決めた。
「そんなに落ち込むことは無いと思うぜ?さっきも言ったが実際の所夢を見る才能がないと言うことは、逆に言えば現実をしっかり捉えた常識人としては素晴らしい人間ということではある。君の母親もそれをよくわかっているからこそ君が冒険者になることに反対したのだろう。アレンよ。君は賢いようだから経営を学んで普通に家業を継いで真面目にやっていればそのうち店もおっきくなるんじゃないか?そしたら街に幾つも店を増やして自分は商会長の椅子に座って毎日の稼ぎを待ちわびるだけ…。ただ金が欲しいだけならそっちをお勧めする。てかそっちの方が確実に効率はいい。冒険者に効率とか稼ぎを求めるだけ無駄というものだぞ。普段の冒険者の日常を考えてみろ。あれが金に満ち溢れた生活と言えるのか?いいじゃないかパン屋。人間が毎日必ず食べるものを取り扱うんだぞ。需要がないなんてことはあり得ないからよほど杜撰な経営をしない限り生活が傾くこともないと思うが。むしろそんな安定職の選択肢があるなんて羨ましすぎるぞ。」
君には他に素晴らしい才能がある。だから君にはあっちの方が向いている。そこならばきっと人生成功する。そんな甘い逃げ道を会話に織り交ぜて、クロノスはアレンに試験を諦めさせようとした。アレンはと言えば自分にない才能をはっきりと言われたことで既に心が折れ欠けていた。
「確かにおいらには夢なんてないから冒険者になってもやっていけないかもね。なら試験もこれ以上やっても意味なさそうだしもう降参…」
クロノスに傷一つ付けられない状況に意気消沈していたアレンにはその言葉がまるで天の神からの贈り物の様だった。次に手に取ろうとしていた武器から手を離して俯き、降参を宣言しようとしていたアレンだったが…
「待てよ!!諦めるんじゃねえ!!」
「…!!」
どこからか待ったの声が掛かり、アレンは口を閉じた。そして声はどこから聞こえてきたのかと周囲を見渡すと裏口の門から入ってきたのはアレンの決闘の前にどこかへ消えたはずのハンスと彼に連れられた少女だった。アレンはハンスに気付きすぐにその横にいた少女も誰なのかが分かった。
「ハンス…それにウィン…!?どうして…!!」
「俺が連れてきたんだ。本当はべリンダおばさんにも来てもらいたかったけど店が忙しいから自分の事は自分でなんとかしろって。」
ハンスはそう言ってウィンの手を引き裏口の門の前から観客の波を掻き分けて闘技場の一番前の所まで来た。
「最後の方だけ聞かせてもらったぞ。おまえ、冒険者になるんだろ!?夢がない!?あんだろ。大金稼いでウィンを買うんだって言ったじゃないか!!男なら一度決めた事を結果が出るまで諦めるんじゃねえ!!男なら女が他の男に取られそうになったら奪い返せ!!それが強そうな冒険者であったとしてもだ!!えっと…クロノス…だっけ?お前アレンをバカにするなよ。アレンは強いんだぞ!!お前みたいな冒険者並べていい気になってる胡散臭い野郎とは全然違うんだよ!!」
ハンスはクロノスに向かって指を立てて挑発した。しかしクロノスは特に気にしていないようで、「威勢がいいな。威勢の良さだけだったらこっちのが冒険者に向いてるんじゃね。血のつながりは無いとはいえ流石はセーヌの弟。」とハンスを余裕の表情でほめていた。
「まさかウィンを連れてくるなんて。ハンスめ…余計なことばっかしやがって。」
「ウィン?あぁあっちの子か。ふぅん、あれがアレンがお熱と話題の少女…ん?どっかで会ったことがあるような…?」
未だクロノスに向かって吠えるハンスの横にいた少女に目をやって見定めていたクロノスは、ウィンが纏う花の香水の香りが少しだけ鼻まで届き何かに気付いたようだった。
どこで会ったんだっけかなーとクロノスが首をひねって考えている間に、面白半分で観戦していた冒険者達が突如現れた二人についてわいわいと盛り上がる。
「あいつ…俺らがセーヌに叩き起こされたときにいたガキじゃん。一度帰った後でまた戻ってきて旦那がアレンを連れてきたときにどっかに行っていたが誰なんだ?」
「私は知ってるぞ。セーヌが住み込みで働いている孤児院にいるハンスだ。去年一番年上の男の子が独り立ちしたから今はあそこにいる男の子で一番年上なんだ。冒険者となり猫亭や街の外でセーヌを見守るようになったためしばらく会ってなかったが…以前と同じで元気そうだな。」
「詳しいな。流石はセーヌのストーカー。」
「違う!!前にも言ったが私の名は…私の名などどうでもいい。私は栄えあるセーヌを見守り隊の一人だ!!会員番号2番!!」
「ああ、なんか最近男共と一部の女共の間で流行ってるやつか。…俺も入れる?」
「もちろんだとも!!歓迎するぞ同志よ。」
「そんなくだらないことよりも「くだらないだと!?女神の守護者を侮辱するか!!」…訂正。それが超重要なことだと思うけど、ハンスのやつ何か勘違いしてない?」
「そうでやすね。ハンスのやつアレン君とクロノスのお兄いさんが女を取り合ってると勘違いしてるっぽい?」
「そういや旦那は最初決闘とか言っていたしそれを聞いて勘違いしたのかな。それじゃ隣の娘は…?」
「ウィンさん?まさかアレンお兄ちゃん本気でウィンさんの事を…キャー!!どうしよどうしよ!!」
ハンスは一番前まで来て自分の事のように手を頬に当てきゃいきゃい言って妄想していた自分の妹のハンナを無視して冒険者達に呼びかけた。
「アレンはなぁ、俺たちの中で一番喧嘩が強いし優しいんだぞ!!そんなアレンが負けるわけがねぇ!!この間だって赤ん坊の捨て犬を見つけて家じゃ飼えないからって飼い主になってくれそうな人を捜して…」
二人がウィンを取り合って決闘していると勘違いしているハンスは額から汗を流して鼻息を荒げてアレンがどれだけいい男かを語り、気を落として地面に膝をついていたアレンを奮起させた。そしてハンスの発言にアレンの金を欲する経緯をハンスから聞いておらず知らない冒険者一同は驚いた。
「何だって!?アレン君が彼女を買う?でもまだまだ子供じゃないか。」
「思い出した。あの子ホラ、天使の園のママの娘さんのウィンだよ。ほら、色町の超高級娼館の…」
「そういえば歓楽街で娼婦の姉ちゃんに一杯奢ったとき言ってたな。天使の園の主の娘がアーハンに風俗の勉強をしに行くって。」
「それ俺も噂で聞いたぜ。昔も今も超美人で現役の頃は某国の王まで虜にしたというママの娘が将来娼婦になるから十年後が楽しみだって。」
「もしそんな子を身請けするならいったい幾らすることか…アレンのやつ、結構啖呵切ったな。」
「結構かわいいじゃん。こりゃ確かに将来が楽しみ。」
「それには同意だな。フッ。」
「先輩死ね。」
「黙れにゃロリコン犬侍。」
「将来の話じゃん!!今は違うじゃん!!それに俺は愛する妻が…!!」
「なんだと!?貴様だってショタコンの癖に!!」
「―――というわけでアレンはすごく強くて優しい男なんだよ!!どうだ参ったか!!」
ハンスはアレンを応援するついでにアレンの感動エピソードを周りに語り聞かせていたが、それを聞いていた冒険者達は泣いていた。いい大人がガチ泣きだった。
「うう…アレン。ええやつやでぇ…!!さすがは生粋のミツユースっ子。情に厚いぜ…!!」
「儂は猛烈に感動したぞーー!!」
「こんなやつが冒険者になってくれるのなら俺は喜んで応援するぜー!!」
「俺もだー!!アレン勝って!!」
面白半分でアレンの試験を観戦していた冒険者達は次々とアレンを本気で応援し始めた。それを見てハンスは得意げに指で鼻の下を擦った。
「どうだアレン。みんなお前の味方だぜ。あとは…ウィン。お前も何か言ってやれ。」
「…」
ハンスは自分の役目が終わったとそこを退き、隣で様子を覗っていたウィンを前に出した。
「ウィン…。」
「アレン。あんたの覚悟は認めてあげるわ。でももういいのよ。」
ウィンの下へ疲れもあってよろよろと歩いてきたアレンに、ウィンは首を横に振ってそう答えた。
「あんたのようなお人よしが冒険者になったところで稼ぎなんてたかが知れてるわ。お店のお手伝いをしている時、湯組みをする冒険者のお客さんの体を何度か見たことがあるんだけど…みんな体中傷だらけだったの。あたしのためにそこまでしてくれる人に危険な目にはあってほしくはない。決闘のお相手さんも言ってくれていたでしょう?あんたはパン屋の後継ぎの方が向いてるって。」
「でもウィン。おいらは君に娼婦になってほしくは…!!」
「言ったはずよ。娼婦になるのはあたしの夢だって。でもあんたがそれだけあたしに入れ込んでくれたのは純粋に女として嬉しいわ。だから私が一人前の娼婦になったらいの一番にあんたの相手をしてあげるわ。お金なんて気にしなくていいの。最初くらい記念にタダでやらせてあげるわ。」
「そんなつもりじゃなくておいらは…!!」
騒いでいた冒険者達は男女のムードを感じさせる二人の会話を今度は黙って聞いていたが、その中から堪えきれずハンスが口を開いた。
「やらせる?よくわかんないけどタダ酒を大人になったウィンと飲むのかな?」
「お兄ちゃん黙って!!せっかくいい感じのムードなんだから。」
「まだまだ子どもには早いわよ。なんか甘酸っぱいなぁ。」
「…?よくわかんねぇ。セーヌ姉ちゃんはなんかわかる?」
「それが…私もよくわからないのです。ウィンさんがなりたいと言う娼婦というものがどのような職業かもあまり知りませぬゆえ…それと甘酸っぱいムードとは如何様な…」
「嘘…!?セーヌお姉ちゃんまで…!!かまととぶってるわけじゃないの?」
「?」
知らないふりをしているのではとハンナが言っても、セーヌはハンスと同じく首を可愛らしく傾げ頭にハテナを浮かべるだけ。二人のその姿は血のつながりはないとはいえやはり姉と弟なのだと万人を納得させるものだった。それを見ても未だ解せぬハンナに隣にいた命健組のバーツが話しかけてきた。
「え、あの…」
「ああ驚かせちまってすまねえ。ハンナちゃんっていったっけ?セーヌ姐さんは結構純粋らしくて…。最近わかったんだけどどうやら男連中のセクハラ発言も半分以上は意味が解ってないみたいで。」
「…マジ?」
「マジでやす。」
自分を過去に攫った男達と同じスーツ姿のバーツに始めは驚いたハンナだったが、すぐにどうでもよくなった。バーツの発言はそれほどまでに衝撃的なものだったからだ。二人の会話に近くの冒険者もそうなんだと頷いた。
「そうそう。この間なんてこいつが俺とベイビーをメイクしてバースさせちゃおうぜ?って冗談半分でセーヌに言ってさすがに怒られるのかと思ったけど…」
「なんて言ったと思う?「作る?面白い冗談ですね。赤ちゃんは結婚した男女が一夜を共に明かすと十月十日くらい経った頃に天使様が夫婦の特徴が似た赤子を天界より運んできて母親のおなかに中に入れるのです。」だってさ。母親の腹が大きくなるのは赤子を入れる準備をしているからで、どちらにも顔が似てない赤子は天使様が間違えたからなんだと。」
「一夜を共にするってのもセーヌちゃん的には大人の男女が夜に一緒のベッドで寝ることだって。…そうだよ寝るってのは直球でそのまんまの意味だよ。暗喩とかないよ。グースカスピーだよ。」
「セーヌ姐さん純粋カワイイ。」
「激しく同意。つまりセーヌちゃんはまだ綺麗な身で過去に男もいなかったってことになるのでは?」
「「「そういやそうだ!!イヤッフ~!!」」」
男の冒険者達がセーヌは純粋カワイイやったー!!と大声で喜びを分かち合った。それを見たハンナと女性冒険者達は今度セーヌに徹底的な教育をしてやろうと結束して胸に固く誓うのだった。
「…とうわけで、何度目になるのかしら。余計なお世話なのよ。あんたがあたしのために冒険者になるのかそうでないのかなんて関係ないの。」
「でもおいらは…!!」
冒険者達が道を外れた会話に勤しんでそんなこんなしているうちに、アレンとウィンの話が終わりを迎えようとしていた。話はどうやらウィン優勢で進んでいたようだ。ハンスに元気づけられていたアレンはまたもやしょんぼりとしてしまっていた。
「それにその人は多分優しい人だからあたしがいつかあんたと一晩過ごしてもきっと嫉妬しないわ。ね、そうでしょ?ダーリン!!」
「「「「「…えっ!?」」」」」
ウィンの突然の行動に頭を下げていたアレンも、冒険者達の会話がよくわからなかったハンスも、ずっと黙って二人の会話を聞いていたクロノスも、余計な話ばっかりしていた観客の冒険者も、間抜けな声を出して驚いた。
武器の殆どは地面から引き抜かれ鉄くずと化して転がり、もはや体を失っていた闘技場。その中に侵入したウィンが思い切り抱きついたのは…目を白黒させて皆と一緒に驚くクロノスの腕だったのだ。