第71話 小さなチャレンジ・スピリッツ(試験を受けましょう)
「ふー、これで草むしりはおしまいっと。池の方はどうだ?」
「向こうも直に終わる。今から水を流し込むんだと。」
「酔いも醒めぬうちから労働させられたらきつかったがセーヌの魔術はよく効くぜ。」
「そうだな。おかげで頭が軽いのなんの。今度から酔うたびにかけてもらおうかな?」
「それがいいや。そんでもっと働けよ。」
セーヌによって強制的に酔いを醒まされ午後から荒れ放題だった猫亭の裏庭の片づけをカメガモの命によってさせられていた冒険者達。池の掃除や草むしりなどやることは多かったが人数はそれなりにいたので午後の茶飲み休憩の時間には全てを終えることができた。今は最後の仕上げに池に水を引くところだ。
「こっちの掃除終わったぞ!!水出せー。」
「了解!!取水します。」
指示を受けたオルファンが制御のハンドルを回すと近くの水路に繋がる池の水門が開き、外から水が勢いよく流れてきた。池にたまった水がどこからか漏れていないか周囲の冒険者が確認していく。
「…水漏れはないみたいね。そっちは?」
「こっちも異常なしだ。」
「よし、なら後は水がたまるのを待つだけだな。休憩休憩!!」
そして水漏れがどこにもないことを確認するとこれで終わりだと歓声が上がった。やはり一仕事した後は気持ちいい物だ。池に入ってきた水で顔を洗って汗を飛ばす冒険者達だった。
「なぁ。もう魚を入れてもいいか?」
「こんだけの深さがあればいいだろ。」
「よーし。入れようぜ!!」
池の水がそれなりにたまったのを見た子供冒険者達がバケツの中に入った小魚を一斉に池に放った。遊びに行った子供たちはどうやら近くの川で魚獲りをしていたらしい。バケツをひっくり返す者の中にはリリファもいた。
「リリファちゃんもごめんなさいね。せっかく食べるために採ってきたのを逃がせだなんて。」
「かまわないさ。どうせ浮浪児生活を思い出して少し食べたくなっただけだ。あいつらも故郷の味を偶には食べたかったんだと。」
子供冒険者達は獲ってきた魚を甘煮か何かにして食べるつもりだったらしい。だが生きたまま持ってきたので池に放つことにしたのだ。せっかくの食べるための小魚を逃がしたことのなったが、子供たちはそこまで残念そうではなかった。
「今は食うに困らぬし、池に放したのなら勝手に増えていつでも食べれるようになるだろう。それに…」
「はいはいご苦労様ー。お茶の時間にしよう!!おやつはナナミちゃん特性アップールパイでーす!!」
「私達も手伝ったよー!!」
「愛情いっぱいの味を召し上がれー!!」
リリファの声を遮るようにナナミをはじめとする女性冒険者達が猫亭の扉を開け放ち中から出てきた。手には大量のお菓子と茶を持っていた。どうやら何人かは裏庭の掃除ではなく厨房の労働に回っていたらしい。美味しそうな菓子の匂いに冒険者達は大人も子供も関係なく喜んだ。
「泥臭い魚がさらに甘くて美味しい菓子に変わったと思えば、実に楽な労働だ。」
いの一番にナナミからパイと茶を受け取りにやりと笑うリリファだった。
「人の子らよ。大義でしたよ。しばらくこの池で厄介になるので何か困りごとがあったのなら相談に来なさい。供え物は新鮮な青野菜がいいですね。それと池の掃除と魚の補充は定期的にお願いします。それでは…」
「ぴよぴよ。」
カメガモは冒険者達を労った後で子ガモを伴ってぴよぴよがぁがぁと一杯になった池の中を泳ぎだした。時々池の中に親子共々頭を突っ込んで魚を獲ろうとする仕草はどうみてもただのカモだがやることを終え午後の茶の時間を満喫していた冒険者達には些細な問題だったようで誰一人として気にしていなかった。
「いやー甘いお菓子を齧って甘い酒を呑む落ち着いた昼間ってのもいいもんッスね。」
「ほんとほんと。こんな日々がいつまでも続くと平和だねー。」
「それには同意だけど昨日の報酬はあんたらが今まで貯めに貯めたツケを払いまくったらなくなったから。明日からまた冒険者稼業の日々よ。」
「…俺たちに平和なんてないんだな。」
「そう思うならちっとくらい貯金しておけ。このままじゃ嫁さんももらえないぞ。」
「アイジュってば堅実な生き方してるんだから。でもムリムリ!!だって俺ら…」「「冒険者だから宵越しの金は持たないのだ!!あっはっはっは…!!」」
「…ダメな大人たち。」
「チェルシーは見習っちゃダメよ。」
「迷える愚かな民を導かねば。」
「それは暴君の言葉よ。」
大人冒険者たちはどこからか蜂蜜酒を持ち出して木陰や手入れしたての芝の上でパイを片手に一杯やっていた。殆どの者は昨日の報酬を酒か女か道具かツケに支払ってしまったために財布は再び寒くなってしまい、また忙しい冒険者稼業の日々だと明日への思いを馳せて今のわずかな至福の時を楽しんでいた。
「あら?ハンスはどこへ行ったのでしょう。さっきまでいたはずなのですが…」
パイと茶を盆に載せて運ぶセーヌが探していたのはハンスだった。彼はクロノスがアレンを探しに出て行った後で昼休みが終わってまた授業が始まってしまうからとセーヌに諭され学校に一度戻ったが、やはり心配だったようで放課後ハンナを伴いまっすぐに猫亭へ来ていた。セーヌは周囲を見回ってまだまだ育ちざかりの少年の姿を探したが、見つかるのはいずれもアップールパイを美味しそうに頬張る少年冒険者ばかりだった。
「セーヌお姉ちゃんこれ美味しいね。孤児院でも作ってほしいな。」
「それは喜んで。作り方も教わりましたし今度果実を採りに行ってきます。それよりもハンナはハンスがどこへ行ったか何か知りませんか?」
「お兄ちゃんなら行く所があるってどっか行っちゃった。どこに行ったのかは知らない。」
セーヌは隣でアップールパイを味わうハンナにアレンの居場所を尋ねたが、兄はクロノスに連れられ戻ってきたアレンが決闘をすると聞いてどこかへと飛び出していったが行方までは知らないと答えた。そして戻るかどうかわからないと兄の分のパイも自分の物にしようとして盆にフォークを向けたがセーヌに躱されてしまった。
「仕方ない子ですね。せっかくの焼きたてのパイが冷めてしまいます。ハンスの分は後で焼き直すとしてこれは他の方に譲りましょう。どなたかまだもらっていない方は…」
「姐さん…俺まだもらってないです。」
後ろからのか細い声にセーヌが振り返れば、そこにいたのは裏庭の隅で文字通り転がっていた命健組のナッシュだった。彼は寝転んだままなんとか上体を起こしてセーヌに声を掛けていた。
「ナッシュの奴だらしがないなぁ。掃除程度でへばっちゃうなんて。」
「昨日の酔いはセーヌちゃんが回復魔術で治してくれたじゃん。あんだっけ…ライなんとかで。」
「そのライメイ・スタンピードでこうなったんだよ…」
彼はトイレの便器に頭を突っ込んで寝ていた仲間のシュートとバーツを支えてトイレから戻ってきたところにセーヌのライメイ・スタンピードを受けてしまい、そのデメリットで動けなくなってしまったのだ。
「くそ…俺起きていたのに…なんだよデメリットの健常なやつは喰らうとしばらく動けなくなるって…そりゃ全員が状態に異常を起こすことなんて滅多にないし使い道悪さにマイナー魔術止まりなのは当然か。痛くはないが全身が痺れて動かねぇ…」
「ごめんなさいナッシュさん。私がきちんと確認していれば…」
「いえ、姐さんが心配することじゃございやせん。これはあの雷撃を避けれなかった自分の落ち度でさ。本当ならシュートとバーツを盾代わりにして自分は窓から外に出るべきでした。」
「本当に申し訳ありません。せめてもの償いに食べるのを手伝わせてください。」
セーヌはそう言って座り込み寝転がるナッシュの頭を抱きかかえ、フォークを使ってパイをナッシュの口元へと運んだ。
「はいどうぞ。ゆっくり食べてくださいね。」
「あっすいやせん…もぐもぐ…おお、これは…お兄いさん方が女神だと仰るのも納得の心地…」
セーヌのやわらかい足に時々当たる二つのたわわ。そしてパイを口に運ぶたびに近づくその美貌…ナッシュはその溢れんばかりの母性にすっかり夢中になってパイを貪った。…アップールパイの方な。決してセーヌのパイの方ではないぞ。念のためだ。勘違いするなよ?
「いーなー。」「ナッシュずるいぜ!!」「そうだぞ相棒!!なぜ俺らを叩き起こさなかったんだ。そうすりゃ今ごろ…」「こうなったら…あ~私も急に頭痛が…頭痛で頭が痛い…」「頭の悪そうなこと言ってるんじゃないよ。」「悪そう、じゃなくて悪い、なんだよなー。」「開き直り…あ、倉庫行ってた連中が戻ってきた。」
セーヌに食べさせてもらおうと信者アホどもが仲良くやっていると倉庫から何人かの冒険者が何かを抱えて出てきた。
「おおい、どいたどいた。…なんだよお前ら。なにうまそうなもん食ってるんだ。」
クロノスに頼まれて猫亭の倉庫から戻ってきた者達が中から運び出してきたのは上蓋を外した樽の中に収まったいくつもの武器だった。武器は剣や槍。斧などの近接系の武器が一通り揃っていた。
「掃除のやつらだけずるい…いーなー…」
「クルロさんはカンカンデスヨ!!よーこーせー!!」
「お前たちの分もあるから安心せい。それよりもなんじゃそれは?」
一際重そうな大樽を苦しげに抱えるクルロに話しかけてきたのは口髭にパイのカスを付けたドワーフのバレルだった。
「なんかクロノスが俺が帰ってくるまでに用意しておけって倉庫の鍵を預けてきて…こっちじゃ酒蔵の錠は開かなかったよ?変な呪いももらっちゃったし。」
「ほっほ。流石に奪いやせんよ。…開けようとしたんか。そういやクルロ、お主背がだいぶ縮んで…それよりもこの武器たち。いずれもかなりの良品じゃな。」
「そうなんですかい?クルロさんは戦えりゃなんでもいいから武器の良し悪しはようわからんのです!!これ命健組の真似!!似てた!?」
「ほっほ、似とる似とる。武器の良し悪しなぞ大抵の冒険者はわかるまい。武器に金を掛けるならその金で酒を飲んで女を侍らすからな。じゃがこの武器はどれもこれもすばらしい。ううむ、ドワーフの血が騒ぐのう…!!」
クルロやキャルロの持っていた樽の中から武器をいろいろと手に取ってこの作りは…とか、こっちの構造は…とか、このモデルは当時流行した…とか、うんちくを語っていたバレルだった。騒ぎを聞き付けて他の冒険者達もパイを齧って茶や酒を啜りながら集まりだした。
「これはなんだい?」
「見りゃわかんだろ。武器だよ。」
「なんか相当良い物らしいぞ。」
「そんなにいいやつなんだ。武器なんてどれでもいっしょに見えるけどな?」
魚を放ち終えパイと茶をもらった少年冒険者のザックが樽の中から剣を一本取出してまじまじと見た。次に壁に立てかけていた自分の短くおんぼろな剣を鞘から抜いて刃を見比べるが、刃渡りと金属の色。そして自分の物にあった傷や汚れ以外では特に大きな違いを見い出せないでいた。
「確かに見た目は綺麗でかっこいいけど…くそっ俺も村長からもらったこんなおんぼろじゃなくてこういうのがあればなぁ…よっと。ハァ!!」
「わぁ!!ザックかっこいい!!おとぎ話の勇者さまみたい。」
「ザックも買い食いとかしなければそのうち買えるさ。」
「そう?へへっ!!」
剣を構えてポーズを決めたザックを仲間が勇者のようだと褒めちぎった。
「ザックよ。それを間違っても落とすでないぞ。それはミツユースでも月に一本出回れば「らっきー」な代物なんじゃ。当然高いからもし落として傷でもつけたらF級のお主では一生懸っても弁償できぬ。」
「げっ…気を付けよう。でもなんとなくは分かったけど、やっぱり俺なんかじゃどう見てもあんまりすごさが伝わらないと言うか…。」
「これじゃから普人のお子ちゃまは…どれ、貸してみい。」
バレルはザックから剣を受け取り、裏庭の隅に置かれた大きな岩の元まで歩いて行った。この大岩は建物を購入したクロノスが前の持ち主の老夫婦からかなり昔から置いてあり邪魔だと聞かされていたもので、いらないなら処分してもいいと言われていた。しかし冒険者が数十人掛かりでもびくともしない重さで、どうしようもないので掃除の際も放っておいたものだ。
「いらないと言っていたしこいつなら大丈夫じゃろ。では…」
大岩の前に立ち剣を頭上に構えるバレル。彼が一息入れてから剣を軽く大岩に当てると…岩は真っ二つに斬り裂かれた。
「…こんな言葉生まれて初めて使うんだけど…大岩がバターのごとくあっさりと切れた…」
「…マジ?バレルのじっちゃんがすごいだけでは?」
「まじじゃまじ。儂は殆ど力を入れておらんよ。というか剣なぞ儂は碌に扱えん。優れた武器は持ち主も力も選ばんのじゃ。もしかしたらこれは魔剣の類かもしれぬな。」
「バレルさん詳しいんですね。じゃあこれは…あれ?」
「どうしたんだヒュース?」
「それは槍斧じゃな。クロノス殿もまた珍しい武器を持っているな。」
ザックの仲間のヒュースが手に持っていたのは長い持ち手の先に槍の穂先と斧の刃がついた槍斧という武器だった。ザックはヒュースが見たことの無い武器に驚いたのだろうと考えたのだがどうやらそうではないらしい。
「これ…すごく軽いんだ。魔術師の僕でも軽々持てる。いったい何でできているんだろう?」
「どれどれ…ほんとだ。スッゲー軽い!!」
「私にも触らせて!!」
しっかりした作りの割にまるで張りぼてのように軽い武器を面白がって冒険者達は近くの仲間に手渡し代わる代わるそれを持たせていた。興味を持った冒険者がどんどん集まりだし結局裏庭にいた殆どの冒険者が持ってみて軽いという一致の評価を下してヒュースの下へ戻ってきて、そこへ茶お代わりをしていたナナミが様子を見に来た。
「それこのあいだクロノスさんが持ってきたやつじゃん。そういえばすごい秘密があるって言ってたような…結局聞いてないけどなんだったんだろ?…うん。やっぱり軽い。」
ナナミはヒュースから槍斧を受け取り、その軽さに改めて驚いていた。
「面白い武器ばっかりだな。俺にも試させてくれ。」
「すげぇぜ!!それじゃあこれも?」
「こっちはどう?」
「これ試してみていい!?」
冒険者達の興味は他の武器に移り、槍斧は樽に戻された。そして武器の切れ味を試したいと樽の中から思い思いに武器を取り出して真っ二つになった大岩に攻撃する。バレルの放った攻撃程強力なものはなかったがそれでもかなりの威力を受けた大岩は次々と粉々になっていくのだった。
そんなこんなで全員に菓子と茶が行き渡り、それぞれが好き勝手に午後の茶の時間を楽しんでいたが、裏口の小さな門が開き外から誰かが入ってきた。
「思ったより時間がかかってしまった。こういう事務仕事はいつもヴェラに任せているからな。クランリーダーとしてできるようになっておかねばだろうか…お、良い匂い。」
入ってきたのはクロノスだった。彼はアレンを連れ帰った後で団員と冒険者にいくつかの指示を出してギルドの大通り支店へと出向いていたのだ。手には丸められた紙が一枚あっただけでそれ以外は完全な手ぶらだ。
「クロノスーお帰りー。これでいいんですかい!?」
「おう、そうそう。ご苦労さん。…って君達遊ぶなよ。自分の足を切ったらどうするつもりだ?」
「やべっ。クロノス兄貴が帰ってきた!!」
「戻せ戻せー!!」
「ああいい。仕舞わないでくれ。そのまま地面に置いて。一か所にまとめて寝かせてだ。」
クロノスの姿を見つけ武器を樽に戻そうとした冒険者達だったが、クロノスはそれを地面に置くように告げる。冒険者達は頭にハテナを浮かべていたがやがて一人がその場に武器を置き、他の者も黙って最初に置いた者のところにまとめて置いた。
「それじゃあ役目も終わったし…」
「クルロさん達もお茶の時間だー!!」
「そうしろそうしろ。さて…待たせたな。君も茶の時間にしていてよかったんだぜ?」
「…」
クロノスは残りのお菓子と茶に群がる冒険者達を見送った後で、草むしりを終えてすっかり小奇麗になった裏庭の中央でずっと一人立ちっぱなしでいたアレンの下へ向かった。彼も茶や菓子を勧められていたが、クロノスが森で帰り際に言った決闘という言葉が頭から離れずに何もできないでいたのだ。
「なんだ?緊張しているのか?」
「そりゃそうだよ!!いきなり決闘するぞなんて言われたらお茶も喉を通らないよ!!」
「クロノスさん。何があったか知らないけど決闘なんてアレン君がかわいそうだよ。クロノスさんがアレン君をいじめやしないかナナミさん心配で…もぐもぐ…我ながら美味しい!!砂糖不使用でこの甘さ!!アップールの実って甘味お化けすぎる!!これもうリンゴとは別の果物だよ!!」
「…本当に君は心配しているのか?まぁアップールの実を気に入ってもらえたようでなによりだ。」
「あの…アレンお兄ちゃんが何か粗相をしたのなら私も一緒に謝りますから…ひどいことは…」
クロノスが来たことで口を開いたアレン。そしてその横で製作者特権だと一番大きなパイを頬張るナナミが彼をかばった。ハンナもいてほほえましく兄の友人と一緒に謝ると言ってきたのだ。
「別に変なことはしないから安心してくれ。それよりも君達。ちょっと俺とアレンから離れてくれ。…もっと下がって…もう少し…うんその辺でいい。」
クロノスの言葉を素直に聞き入れ後ろへ歩くナナミとハンナ。そしてそれを見た近くの冒険者もクロノスにいいと言われるまで下がるのだった。
「動くんじゃねぇぞ。ええとこのくらいだから力加減は…よし。…おりゃさ!!」
「うわなに…!?地震!!」
「おい、武器が…!!」
冒険者達の位置を確認したクロノスは脚を振り上げて、その脚をいきなり大地に向けて思い切り蹴り付けた。直後地響きが起こり驚く冒険者達。そしてその衝撃で地面に置かれたいくつもの武器が空高く舞い上がったのだ。剣や斧は地面が揺れた際にロックが外れたのか鞘やカバーが外れ刀身がむき出しになって大変危険だった。武器は空中をしばらく回転しながら中を舞ったがやがてピタリと静止し、回転しながら降り注いだ。
「おい、武器が降ってくるぞ!!」
「こっちに来る!!」
「動くな!!大丈夫だ。」
武器から逃げようとした冒険者だったが、クロノスの叫びで動きを止めてしまった。このままでは地上で何人かが串刺しだ。しかし降り注ぐ武器はその一つも冒険者達には当たらず、地面にたどり着いた武器はそれぞれがクロノスとアレンの周囲を取り囲むように大地に突き刺さり、その全てが刺さり終えると武器で二人を中心とした円形ができていた。それはまるで即席の闘技場にも見えた。
「滅竜鬼直伝の「創世震神脚」。上手く使えたぜ。…語呂の悪さが玉に瑕か。」
「クロノスさん。いったいなにを…?」
「パイでも食べてそこで見ていな。さて…これより冒険者推薦試験を執り行う。試験受験者の名はアレン・ヴォーヴィッヒ。試験担当官の名はクロノス・リューゼン。この二名だ。」
「推薦試験…?決闘じゃなくて?」
「すまん。決闘と言ったのはその場のノリだ。実際決闘みたいなものだし。」
そう言ってクロノスは手に持つ丸まった紙を開いてその表面をアレンに見せた。
「冒険者を志す者は毎年たくさんいる。その中にはどこぞの国の王に使えた騎士とか多くの技を身に着けた剣豪などもいる。そんなやつらにまさか一から街中の雑用や薬草摘みをさせるわけにもいくまい。そんな連中のためにギルドが俺らS級に与えているのが…この冒険者志望者への推薦権だ。」
「推薦権?」
「S級の冒険者はギルドから公平の立場のサポートを受けるために冒険者の代表としてギルドの運営に口を挟める権限がいくつかある。その中の一つがそれだ。それを使って見どころのある奴に推薦試験をさせられる権利があるわけだ。」
「具体的には…どうなるの?それを使うと。」
「分かりやすい例としてはだな。試験を合格した奴の実力に応じてランクの「飛ばし」ができる。通常冒険者は誰もが称号無からのスタートでクエストやダンジョン踏破の実績に応じてF、E、D、C、B、A、Sとランクが上がる。しかしこの試験に合格して冒険者になると最大でB級からのスタートを切れるんだ。」
「えっB級!?B級って上から三つ目だよね?冒険者が現役中に半分もなれればいいっていう…すごい…!!」
「だろだろ?実は何を隠そうこの俺も推薦試験を合格して冒険者になった口でな。おかげで最初の方は人より楽をさせてもらった。詳しくはここに…」
「おいちょっと待てよ!!」
アレンに紙を読み上げて説明するクロノスだったが闘技場の外から声が掛かって説明を止めた。どうやらそれを聞いていた冒険者達にも疑問があるようだった。
「そんな制度初めて聞いたぞ?」
「そうそう。そんな制度があるなら俺らも受けたのに。」
「いや…確かにある。実際に儂も受けた。」
疑いの声を上げる冒険者達の中から出てきたのはバレルだった。
「あれは儂がまだケツも青いガキじゃった40半ばの頃…家業の鍛冶師を辞して冒険者となるために故郷のギルド支店を尋ねた時、受付の嬢ちゃんにさすがに戦闘の経験も無いその年齢では…と冒険者になることを止められそうになったことがあった。そのときたまたまビルギーンに武器の修理に来ていたS級のとある冒険者に面白そうだからと例の試験を出されたのじゃ。そして試験に見事合格した儂は晴れてD級からのスタートとなったのじゃよ。」
「バレルのじっちゃんにそんな過去が。じゃあマジなのか。」
「ギルドもS級もそのことをあんまり吹聴していないからな。実力のない希望者がたくさん試験に来られても困る。S級は忙しいんだ。それに実際は権利持ちがクランの団員やパーティーの人員にふさわしい人物を探してスカウトをするために使うことが殆どさ。そもそも試験内容だってS級がそれぞれ自分で考えて出題するんだぞ。君達受けたいのか?」
クロノスにそう問われ冒険者達は考え込んだ。例えば先日の騒動の犯人である神飼いシヴァル。彼ならばどんな出題をするだろうか。「ちょっとさーアイスドラゴン一匹捕まえてきてよ。もちろん生け捕りでね。え?アイスドラゴンの生息地に行くための旅費の経費?そんなもん下りるわけないだろ。君達が受けたいって言うからわざわざやらせてやってるんだぜ?そこは黙ってありがとうございます!!…だろう?くくく…」…間違いなくこんな試験をさせられる。冒険者一同は同じ答えにたどり着いて頷くのだった。
「…やっぱ無理。シヴァル以外にも無理難題を吹っ掛けられそうだ。」
「むしろ俺らみたいな実力のないやつを追っ払うために無茶苦茶言いそう。」
「だろ?俺もそう思うぜ。それを考えたら俺の試験なんて一番楽だぞ。…挑戦するだけだったらな。」
「試験の内容はどうするんじゃ?儂の時は鉱石の採掘と鑑定じゃったぞ。かなり難しかったが得意分野なおかげで儂は高得点を出せたが…」
「もう決めてあるよ。そういう面倒なのはしない。」
クロノスは再びアレンの方を向き周りを囲む武器を一つずつ指さして示した。
「アレン。ここにある武器…その中から一つ選んで俺に一撃当ててみろ。で、俺が負傷したら君の勝ち。君の敗北条件は…君が戦闘を継続できず諦めたらにしようか。」
クロノスが提示した試験内容。それは好きな武器を使ってクロノスに一撃当てよというものだった。これでもかとわかりやすい条件を提示したクロノスだが、そこで外から抗議の声が上がった。
「そんなのアレン君が超不利じゃん!!」
「そうだな。狭いとはいえクロノスがアレンから逃げ回り続ければやがて子供のアレンの体力が尽きて満足に剣も降れなくなる。」
「そうなりゃアレンは降参を宣言するしかないね。」
「それ以前に旦那に攻撃されたらアレンなんざ再起不能だ。」
「うんうん。素手でも何でも壊せる人だからな。」
「心配しなくても俺はただアレンの攻撃を受けるだけだ。突っ立ったまま特に何もしない。あ、呼吸とか瞬きくらいはさせてもらうけど…それくらいはいいだろ?」
「子供の屁理屈じゃないんだから…でもそれなら大丈夫かな。なんか怪しいなぁ?」
クロノスからは決して攻撃をせず、動かない。挑戦者側の敗北条件も自分で降参を認めたら。大変に有利な内容だったが何人かは何かあるはずだとクロノスを疑っていた。しかし特に何も思いつかなかったようでとりあえずは納得して引っ込んでくれた。
「何があるとしても決めるのはアレンだ。まぁここまで用意しておいてなんだが、アレンが受けないと言うのならそれでもいいさ。おとなしく家に帰って母親から決して得られぬ冒険者の許可を延々と待ち続けるがいい。」
「なんでそんなことまで知って…そういやハンスがいたな。あいつ全部言ったな…。一つ確認があるんだけど、それがあればおいらは冒険者になれるの?」
「ああ。通常の申し込みと違ってこっちは保護者の許可はいらんぞ。実力を認め一人前の戦士として扱うのだから当然と言えば当然だが。」
「そうか。なら…!!いいよ。受けてやる。」
クロノスの答えに満足したアレンは一回頷き試験に同意した。そして緊張気味だった顔に一発張り手をして気合を入れてクロノスをきりっと睨むのだった。
「どのみち兄ちゃんにはおいらの力を見せつけてやりたかったんだよね。なんか初めて会った時からそのスカした態度が気に食わなかったんだ。大人の余裕ってやつ?なんかむかつく。」
「その反骨心。子どもならではって感じで実に結構。好感触を覚えるぜ。…そうそう。武器は気に入らなかったり壊れたりしたら途中で変えてもいいからな。時間制限もないから好きな物をゆっくり選ぶといい。」
「それじゃあ…これ。これにする。」
アレンが選んだのは自分のすぐ後ろにあったバレルが大岩を斬ってみせた剣だった。アレンもバレルが振っていたところを見ていたのでこれならば間違いはないと考えたのだろう。それを手に取り何度か降って感触を確かめると良い反応だったようでアレンは気が強くなった。
「重さは…うん。これくらいならおいらでも大丈夫そうだ。」
「決まったようならさっさと始めようか。茶の時間の後の昼は短い。もたもたしてたらあっという間に夕方になってしまう。」
「随分と余裕だね?これから無抵抗で斬られるってときに。」
「別に?どんな怪我をしてもここには優秀な治癒士がいるからな。大抵はなんとかなるだろ。」
「クロノスさんたら…何かあったらすぐに止めに入りますからね。」
闘技場の外で一番前で行く末を見守っていたセーヌがやれやれとため息をついたがクロノスは彼女によろしくと手を振って応えた。
「セーヌは本当にいい女だな…ああ、どうにかして彼女の心を俺の物にできないだろうか…っと、今はアレンだったな。いつでもいいぞ。なんなら腕出して待ってようか?」
クロノスは挑発気味に左腕を広げて地面と水平に並べた。それを見てアレンはさらに苛立ちを覚えるのだった。
「へぇ…なかなか舐めてくれるじゃん。そっち逆手だよね?もうどうなっても知らないよ。動かせなくなってもそっちの責任だから…ねッ!!」
剣を頭上に構えたアレンはまっすぐにクロノスの差し出した左の手に向かう。そして軽く跳躍して腕を斬りつけた!!
「(どうせハッタリに決まってる。あの余裕…きっと冒険者の付与魔術で防御してるんだ!!なら遠慮はいらないよね。)」
冒険者の魔術がどれほどの物かは知らないが、この剣の威力はかなりの物だ。どんな魔術でもおそらく完全には防げないだろう。防御したらしたで重傷は防げるのだからむしろ遠慮なく斬りつけられると言うもの。アレンは剣の刃がクロノスの腕に吸い込まれていく一種でそう考え、剣に更に力を入れた。後はこのままクロノスに負傷を与えて晴れて冒険者だ。そう思っていたアレンだったが…
「えっ!?」
アレンは目の前で起こったことに驚いた。なんと斬りつけた剣の刃がぽきんと音を立て折れてしまったのだ。森で戦ったトロルの時と同じような出来事を見てアレンは武器の不調を考えたが、これはさっきバレルが大岩をあっさりと斬ってみせた剣だ。最初に持って見た時も刃に痛みは皆無に等しく、壊れたのは武器が弱いせいではないだろう。
「あんなに強い剣が一撃で…付与魔術ってこんなにすごい強さなの…!?」
刃のなくなった剣の先を見つめたアレンだったが、周囲の大きな音に気付き武器で組まれた闘技場の外を見てみると、そこでは冒険者達がワイワイと騒いでいた。
「ぬおおお!!業物の剣があああ!!あんなの滅多に出会えないのに勿体ない…!!」
「決まったー!!旦那の「S級バージョン我金剛」!!名前は今俺が付けた。使いたきゃ俺に使用料払えよ!!」
「これがティルダンに致命傷を与えた…俺あのとき気絶してたから見るのは初めてなんだよねー。」
「動かないし手も出さないって言ってたけどやっぱりカウンター狙いだったな!!俺の思った通りだ!!」
「いえ…違う。」
アレンの一撃を破ったクロノスの技を評価する冒険者だったがそこで妹のチェルシーを抱えて座って観戦していたジェニファーが待ったをかけた。二人はちゃっかりクロノスとアレンの分のパイを頬張っていたが今はそれどころではないと誰も気づかないふりをした。
「違うってなんだよジェニファー。」
「…ああ!!もしかして我金剛の上位版の防御技とか?確かに前と構えが少し違うような?」
「お前そんなことわかるのかよ?」
「うっせーバーカ!!」
「…クロノスさんは防御技なんて一切使っていないわ。あれは…単に生身で受けただけよ。」
「マジで?子供のアレンとはいえ剣は大岩すら難なく斬り裂く業物だぞ?」
「マジよ。」
闘技場の中からジェニファーたちの会話を聞いていたアレンはぎこちなくクロノスの方を向きなおした。クロノスはさっきから変わらずに不動の体勢のままだったが、今になってアレンにはそれがひどく恐ろしく見えだした。
「え…嘘…だよね…?」
「だから言っただろう?俺は何もしないって。」
驚くアレンと冒険者。それを見てクロノスは両の目の紅い瞳を輝かせ下手くそに笑うのだった。
頑張れアレン。試験はまだまだ始まったばかりだぞ。