第70話 小さなチャレンジ・スピリッツ(全力でトロルに挑みましょう)
「…やっと見つけたぞ。」
アレンがいたのは、先日冒険者達が大規模なカメガモ探しを行った街の外の湖近くの森の中だった。目的は今し方見つけた前方にいるあいつだ。
「ぐるううう…」
その毛むくじゃらの巨体は木の影から顔を覗かせるアレンに気付くことなく退屈そうに頭を掻いた。そう、先日冒険者を捕えるためシヴァルによって放たれたダンジョンモンスターのトロル。その生き残りである。
「街で冒険者達が森にまだ生き残りがいるかもって噂していたから確信はあったんだ。思ったとおりだ。」
アレンは金を得るためにはやはり稼ぎの良い冒険者になるべきだと思い至った。しかしアレンは保護者である母親に冒険者になることを止められてしまい、書類にサインもしてもらえなかった。どうするべきかと街を走り回りながら悩んだアレンは一つの思い付きをしたのである。
「母ちゃんもギルドもおいらがまだ子供だと思って舐めているんだ。だったらおいらがモンスターとも戦えるってことを実際に証明してやればいい。」
そう考えたアレンは昨日のトロルのことを思い出し、どうせなら獲物は大きい方がインパクトがあると子供心に考えてトロルを狩ることにしたのである。クエストの行われた場所は箝口令が敷かれているため通常ならば市民が知ることはできない。しかしアレンは幸いにもクエストに同行したために知っていた。…トロルの生き残りが野良モンスターとなり徘徊している可能性も含めて。そしてアレンは一度家に戻って母親に気付かれないように物置から薪割用の斧とその他使えそうなものを見繕ってきてから、この森を訪れたのだった。
「ぐおおおお…」
「うぅ、改めてみると大きいな。やっぱりいきなりトロルは難しいかな…くそっ、何ビビってんだよアレン。あれだけのモンスターを一人で倒せれば母ちゃんやギルドもおいらのことを認めてくれるはずだ。わざわざここまで来て森の中を三時間も探し回ったんだ。ここでのこのこ帰れるかってんだ。大丈夫。倒し方なら昨日見ていた。よし…!!」
アレンは臆した体に活を入れるために自分の頬をぺちんと叩いた。トロルに音を聞かれないように弱めにしたが効果はあったようだ。アレンは自らの体から震えが消えたのを感じてから手に持った斧を握り直した。
「あいつを一人で狩れたのなら、もう母ちゃんもギルドも文句を言わないはずだ。いや言わせはしない!!ウィンだってきっと…見てろよ!!…おおい!!こっちだ!!」
「ぐる…!?ぐるうううん!!」
決心したアレンは斧を背中に背負い、木の影から飛び出してトロルに向かって思い切り叫んだ。当然トロルは反応を示しアレンの姿を見つけてご飯が自分から来たぞと遠吠えして向かってきた。でかい図体の割には俊敏な動きで迫るトロル。しかしアレンは動かなかった。そしてトロルが腕を伸ばせばアレンを掴めるかという至近距離まで迫ったところで、アレンは右手に作った握りこぶしをトロルの顔面目掛けて開け放ったのだ。
「喰らえッ!!」
「…ぐうう!?」
アレンの手の中から飛び出した粉を顔に浴びたトロルは突然目に痛みを覚えた。そして顔から粉を取り除こうと必死に掻き毟る。しかしそれは逆効果だったようでトロルは苦しみから解放されるどころかますます苦しむのだった。
「母ちゃん特性のピリ辛スパイスの味はどうだ?サンドイッチの具に混ぜてるんだけどこの刺激が止められないってファンの多い人気商品なんだぜ?間違っても食べた後の手で目とか触っちゃダメだよ。」
「ぐうぅぅ…!!」
「よしよし。効いてるみたいだな…次はこっちだ!!早く来いウスノロ!!」
「…ぐおおおお!!ぐおおおお!!」
アレンはトロルに向かって挑発をしてらまっすぐ走り出した。トロルはアレンの発言を理解してはいなかっただろうがこの痛みの犯人は目の前の餌にあると決めつけ、アレンの後を雄たけびを上げて追うのだった。
「よし、これでトロルはきっとうまく見ることはできないはず。後はこのまま…!!」
アレンはトロルを引き連れてしばらく森の中を走り続け、そして息が切れそうになったところで目の前の木に準備した目印があるのを見つけた。後ろを振り返ればトロルは未だにアレンの後ろをぴったりと追いかけてきている。さきほどの一撃で目がまだ目がうまく見えないようで時々木や茂みにぶつかっていたが、まだまだ元気で油断すれば捕まって奴の胃袋の中だろう。タイミングを誤るなとアレンは心の中で念を押して走りに集中した。
「(目印が見えた。後は数えるだけだ。…いち…にい…さん…っ!!今だ!!)」
歩数を数えたアレンは次の目印があった二本の木の間で勢いよく飛び跳ねた。そして前方に華麗に着地を決める。
「ぐるうううん!!…ぐが…!?」
アレンが飛び跳ねたことで余計な時間が生まれてしまいトロルが追いつきそうになった。そしてトロルが今度こそとアレンを捕まえようと腕を伸ばしたところで…トロルの世界がひっくり返った。トロルはアレンが木と木に縛りつけた縄に引っかかって転んだのだ。トロルはそこからごろごろと大きな音を立てて転がり、三回転もしたかと思うと前に鎮座する大岩にぶつかって止まった。
「ぐお…お…」
「よし、大成功!! へへっ、木と木の間にロープを張っていたんだ!!薄暗い森の中だったから気が付かれずにすんだよ。後は…!!」
岩にぶつかった衝撃で体の自由が利かず大の字になって倒れるトロル。アレンは喜ぶのはまだ早いとトロルがぶつかった大岩を急いで登った。そしてトロルを見下ろす形になると背中の斧を手に構え、岩からトロルに向かって大きく飛んだのだ。
「やあぁぁぁ!!」
落下するアレンの狙いはトロルの首筋だった。トロルの体は全身を毛に覆われており、力自慢とはいえまだ子供のアレンでは倒れるトロルに生半可に斬りつけた所で威力などたかが知れている。だが首筋に向かって高い所から勢いをつけて斬りつけたら…それがアレンの答えだった。トロルに斧の刃が当たる直前、冒険者がトロルを転ばせて首を狙うのを見ていてよかったとアレンは思った。
「がっ…!!」
「(やった…!!)」
アレンは狙い通りにトロルの首に斧の刃をぶつけることができた。ゆっくりに感じ取れるこの一瞬。そこでアレンは勝利を確信した。後は刃を喰いこませて切断…は流石に難しいかもしれないが、それでも命に関わる一撃ならトロルは死に絶え後は魔貨を残すのみ。そう考えていたアレンだったが…
「…えっ!?」
世の中そううまくはいかない。アレンの予想外のことが起きたのだ。なんとトロルの首に喰いこむ斧の刃がトロルの肉体の硬さに押し負けてぱきんと割れてしまったのだ。驚くアレンだったが咄嗟に斧の持ち柄から手を離してトロルの横の地面を転がった。
「くそっ!!きちんと当てられたのに…」
「ぐううう…」
アレンは悪態をついたがすぐに体勢を立て直す。トロルが混乱から回復して起き上がってしまったのだ。そして自分の首からわずかに流れる血を手で拭い取り、それを口に持っていくのだった。
「ぐうう…うががが…!!」
「あ、ああ…に、逃げなきゃ…!!体勢を…」
自らの血の味で恍惚とした表情をしているようにも見えたトロル。それに臆したアレンは体勢を立て直すのだと言い訳して斧やロープをそのままに走り去るのだった。
「…ぐうう。」
背中を見せて走り去るアレンを、トロルはずっと見ていた。まるで絶対に逃がさんぞと言わんばかりの表情で。
―――
「はぁ…はぁ…これだけ逃げれば追ってこないだろ…。疲れたからちょっと休もう…」
しばらく黙って森の中を走り続けたアレンだったが、後ろを見てトロルが追ってこないことを確認すると駆け足を止めてとぼとぼとした歩きに切り替えた。そして先ほどの戦闘に負けたことを完全に受けとめ敗因をふりかえるのだった。
「さっきはびっくりしたな。まさか斧が壊れちゃったなんて…昨日は冒険者達が簡単に倒していたじゃないか。おいらみたいに斧で戦っていた人もいたし、なにが悪かったのかなぁ。」
ただの薪割用の斧でダンジョンの守護者のコピーであるモンスターを倒せるはずが無い。アレンが見ていた冒険者もおそらく対モンスター用の丈夫な戦闘用の斧を用いて戦っていたはずだ。しかし冒険者でないがゆえに、その事実が頭からすっかり抜け落ちていたアレンは少し考えればわかることを思いつけずにずっと悩んでいた。
「斧もなくなったしどうやってあいつを倒そう…。やっぱり街に帰ろうかな…ん?うわ、やっちゃった…。はぁ…」
これからどうするかを考えながら歩いていたアレンは足元で水っぽい何かを踏みつけるのを感じた。どうやら考えごとの余り足元の水たまりを踏むまで気づかなかったらしい。アレンはズボンの裾に泥が飛び跳ねるのを感じ取りため息をした。
「くそっ、こっちがイラついているって時に…泥はねなんて残ってたら母ちゃんに怒られるじゃんか。帰ったらこっそり水場で洗って…あれ?」
片足を持ち上げて裾を確認したアレンはあることに気付いた。ズボンの裾にべっとりと着いた泥。その色が真っ赤であったことに。
「なにこれ?あっ土の色が水に溶け込んだのか。でもこんなに赤くなるものなのかな…?」
アレンは泥を見ながら悩んだ。元々がこの辺の土が赤褐色気味の色でそれが水に溶け込んでこの色になったというのならまだわかる。しかしこれは赤褐色を通り越して濃い赤色だ。これはまるで、本物の血のような…
「えっ…?」
アレンはそこでやっと気付いた。無理も無かった。アレンはトロルのことで頭がいっぱいだったのと薄暗い森の中だったゆえに…立ち止ってよく見るまで気付かなかった。アレンが立ち止った周囲は全て、赤い水たまりになっていたことに。
「こ、これって…うわぁ!!」
紅い水たまりに恐怖を感じて後ずさりをしたアレンは、足元にある何かに躓いて後ろに転んでしまった。あわてて立ち上がろうと地面に手を置いたところでそれに触れた。
「これ…枯れ木かな?でもなんかぶよぶよしていて…あ…あわわ。」
それを持って確かめたアレンだったが、そこで薄暗い森の中にちょうど日が射してそれをよく見ることができた。そしてその正体にようやく気付くことができた。それは…ズボンの切れ端を纏った人の足だった。
「人…。人のした…しし死体…!!あ…こっちにも、こっちのも…全部…!!」
アレンの周囲の赤い水たまり。その中に無造作に転がっていた枯れ木か何かに見えたのは全てばらばらになった人間の死体の一部だった。一番大きな胴体と思われる死体は引き裂かれ、ばらばらのぐちゃぐちゃ。中身が飛び出しており子どものアレンが見るには耐えがたき状態だった。どれくらいの人数かはわからぬが、血と肉の量や右手と思わしき物が複数かろうじて確認できることから見ても、一人や二人ではないだろう。
「え…なんで?なんでこんなに…」
「ぐっるううううん…」
「うわ…トロル…!!でもさっきのと違う。」
混乱の中で腰を抜かして座りこむアレンの前に、一匹のトロルが現れた。始めはさっきのトロルかと思ったが、体毛の色合いが若干違う。おそらくは他のトロルの生き残りだろう。
「もう一匹いたのか…でもおいらに興味ない…!?」
「がちゅ…ぐちゅ…」
突然の乱入者にアレンは尻もちをついたまま身構えるがトロルはアレンに興味が無いようで、そのまま自分の近くに転がっていた死体を手に取り、それをがじがじと美味そうに齧った。トロルの口元から滴る死体の血はアレンの理性を粉々に打ち砕いてしまった。
「がう…がう…がちゅ…」
「あ…あ…こいつが、こいつが…やったの…?食べるために…?あわわ…!!」
「…ぐああああ!!」
ただ死体が食われていく様を見るしかできなかったアレンだったが、背後に雄たけびを感じ取りそちらをなんとか振り向くと、そこにいたのは先ほどアレンが戦ったトロルだった。見間違えるはずが無い。なぜならそのトロルの首元にはアレンが斬りつけた血の跡が残っていたのだから。どうやら時間を置いてアレンを追ってきたらしい。
「やっぱりおいらを逃がす気はなかったんだ。うう…。」
「があああ!!」
「がう…?」
「がああ!!ぐうう!!」
「…ががう。ぎゅうぅ…」
「…がう!!」
アレンを追ってきたトロルの雄たけびを聞いた死体を貪っていたトロルは食事を中断して、もう一体のトロルに向き合う。そして会話の様なものをしてから片方のトロルは食事を再開した。アレンにはモンスターの言葉など理解できないがおそらくはこう言っているのだと思った。「なんだ?」「これ俺の獲物なんだけど喰っていい?」「…ふん、勝手にしろ。だがこの辺のは全部おれのだからな。」「おけ。」…と。え?やけに細かくないかって?ニュアンスニュアンス。
「があああ!!」
「来たー!!」
アレンを追ってきたトロルは許可は得たぞともう一度雄たけびを上げてからアレンに襲いかかってきた。アレンはもう一度逃げようとしたがトロルに臆して腰が抜けていたことと恐怖でうまく立ち上がれなった。
「(おいらの人生ここで終わり…?そんなの嫌だ!!でも…神さま助けて…!!)」
「がううう!!…がう…?」
「…なんだ?」
目に涙を浮かべ最後の神頼みをしたアレンだったがここで奇跡が起きた。もちろん神の助けがあるわけなどない。トロルがアレンを掴もうとしたところでその伸ばした腕が弧を描いて吹き飛んだのだ。直後に痛みの信号が頭に回り苦しみ暴れ出すトロル。
「があううああ!!ががが…!!」
「がう!?ががが…」
苦しみのた打ち回るトロルに異変を覚え死体を貪っていたトロルは苦しむ仲間の元へ駆けつけようとしたが…その頭が突然消えてしまったのだ。そして胴体も塵となって消えて魔貨が落ちた。そうしている間に腕を失ったトロルも体力が尽きたようで消えて魔貨になってしまった。
「一体なにが…」
「よぉ。どうやら無事…みたいでもないが、死んでいないのなら大丈夫か。生きているのならそれでよしってやつだ。」
一連の出来事をただ黙ってみるしかできないでいたアレンだったが、後方に人間の、それも聞き覚えのある声が聞こえて振り返ってみれば、そこにいたのは…
「クロノス兄ちゃん…?」
「その通り。誰が呼んだか呼ばないか。「ミツユースのおしゃべりな猫」こと、クロノス・リューゼンその人だ。」
「…どうしてここに…?」
「おいなんか反応しろよ。無視はセンスを否定されるよりもつらい。…こほん。君には見張りをつけていてな。まぁそいつは君を見失ってしまったがその失態は今作っているであろう美味しい菓子で相殺してもらうとしよう。そしてどうしてここが分かったかといえばだ…」
クロノスは血の池に落ちた魔貨を二枚拾い上げてからアレンの方へ向かってきて話を続けた。
「君が昨日トロルの魔貨が大金になると聞いて目の色を変えたあたりから、もしかしたら自分でも倒せるんじゃないかと勘違いしていると思ったんでな。いなくなったと聞いた時ここへ向かったんだろうなとすぐにわかった。それよりも…」
クロノスは足元に転がる死体の肉片と真っ赤な血の池に目をやった。そしてぼろぼろの衣服の切れ端の一番大きなものを掬い上げてポケットをまさぐって、中から一枚のカードを取り出した。
「それはなに?」
「ん?ギルドの発行する冒険者の許可証だよ。死体を片付ける前に名前くらい確認しておかないとギルドの行方不明者リストが増えて面倒になる。ただでさえも生きてるのか死んでいるのかわからんやつは多いからな。…ブーフォン・ザンゴット。C級冒険者か。他の連中はどうですかねっと。おいおい…」
アレンの疑問に答えたクロノスは手にしたカードを読み上げて、それから他に転がっていた衣服の残骸からもカードを探して同じように読み上げた。
「カマセリート…D級…アテマウゴ…こっちはF。それとこれは…マジかよ。称号無!!こいつらバカかかよ。トロルは仮にもダンジョンの守護者だぞ。こんな雑魚パーティーで倒せるわけがない。…街でトロルの生き残りの噂を聞きつけて狩りに来た連中だな。どうせ借金の返済が迫っていたとかそんなところが相場のオチだろう。」
クロノスは分部不相応で死体へと変わった冒険者たちを失望の目で見てそれから神聖教会の祈りの所作をした。それが彼なりの死者への礼儀のつもりなのだろう。
「街の噂はでたらめ混じりのちぐはぐだったが、それでも情報を精査すれば必要な物は全て手に入ったはずだ。…自分達じゃ手に負えないレベルのモンスターだったことも含めてな。おそらく目先の金に目が眩んでそこまで考えていなかったんだろ。まったく、ギルドに頼んでこれ以上バカが入り込まないよう監視してもらわんと。山狩りはできるだろうか…?誰が責任を取るんだよ。」
「でもトロルが徘徊しているのはシヴァルってやつのせいなんだろ?そいつがいなけりゃこんなことにはならなかった。そいつに責任を取ってもらえば…」
「アレンよ。それは違う。」
アレンの意見を聞いたクロノスはそれを真っ向から否定した。
「確かにシヴァルは大元の原因。全ての元凶といえるのかもしれない。だが自分達の実力も弁えずトロルがいるかもしれないと知っているのに森に入った時点で「責任」はこいつらの物になるのさ。それが冒険者ってもんだ。君は古代の遺跡に忍び込んでそこにあった罠で怪我をしたら罠を設置した古代人に文句を言うのか?もしくは強盗に斬りつけられたら次の日にその武器を作った鍛冶屋に罪を償ってもらうと?」
「い、いや。そんなことは…」
「むしろシヴァルは冒険者が利益を得る数少ない機会を作ってくれたんぜ。これだけ残忍に人間を殺めるモンスターを曲がりなりにもあれだけの数操れた奴を褒めるべきところかもしれないな。二百人の冒険者の一人も死人を出さずに命令することができたのだから。まったくS級冒険者というのは変人だが無駄に優れているのだから扱いに困る。」
自画自賛と同時に自己批判を気が付かずしていたクロノスだったが、もう一度死体に目をやった。
「結局こいつらは高すぎるリスクに挑んでみごとに敗北して全滅…それだけのことだ。アレンよ。君は冒険者が非常に稼げる仕事だと言ったが、現実はこうだ。リターンを求めれば求めるほどリスクは跳ねに跳ね上がり、挑戦の度に毎度命を賭け続けなければならない。昨日はたまたま運が良かっただけで命を張りたくないのなら後は安報酬の街の中の雑用だ。それでもアレン。君は冒険者になりたいと言うのか?最終的にこいつらのようになってもおかしくないぞ。現実を見たのなら安定した街の中の仕事が天職に見えてくるんじゃないか。」
「…でも、おいらは…」
クロノスの問いに言い淀み答えることができないでいたアレン。やはり未練があるのだろうか?クロノスはいつまでも答えないアレンをから目を離して他に何かないかと冒険者の死体をまさぐった。
「こいつらの武器は…ダメみたいだな。金がないからって安物ばかり使いやがって。借金するなら酒や賭け事じゃなくて武器に使えよ。どうせ金も碌に持っていないだろう。一緒に送ってやるからあっちで使いな。というか探すの面倒くさい。…さて、こんなところか。」
他に回収できそうなものがないことを悟ったクロノスは死体の頭部からそれぞれ髪の毛を束にしてナイフで切り取った。これは死んだ冒険者の死体の代わりに墓場に埋葬するための物で、冒険者の流儀の様なものだ。クロノスは髪の束を大事に仕舞ってから黙ったままのアレンに血の池から出るよう促した。
「とりあえず街へ帰るぞ。みんな心配している。…アレンよ。もし君がまだ冒険者になりたいと言うのなら…」
「…?」
死体の転がる血の池から脱出したクロノスとアレン。そしてクロノスが炎の魔術の詠唱をすると血の池は炎に包まれ、全てが灰に変わっていった。やがて炎は消え灰だけが残り、燃え残りが無いことを確認した後でクロノスは言葉を続けた。
「―――街に戻ったら、ちょっと俺と決闘でもしようか。」
再び静かになった森の中で、クロノスの声が木霊した。