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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第68話 小さなチャレンジ・スピリッツ(少年は突然の衝動に駆られるのでしょう)


「まったく、母ちゃんも頭が固いんだから…おいらが冒険者になってお金持ちになればもう朝から晩までパンを焼いて売るなんてことしなくてもいいのに。」


 片方の手で籠の中のパンを食べながら、アレンは学校への道を急いだ。急いだといっても元々アレンは早めに家を出る習慣があり、今日も寝坊したとはいえまだ十分早い時間だったのでそこまで早足になる必要はないのだが。


「でも母ちゃんに名前を書いてもらえないと冒険者になれないな。どうやって説得するか…いっそ母ちゃんの字を真似して自分で書いちゃおうかな?ライセンスが手に入れればもう冒険者なわけだし…」


 誰にも聞かれぬように悪事を企てるアレンだったが、その企ては成功しないだろう。なぜならギルドは常日頃信用を何よりも重視していることで有名で、職員は筆跡鑑定のスキルを必須で取得している。もし字を真似て書類を提出しても確実にばれるし、文書の偽装の罪でお仕置きされる。世の中そううまくはいかないのだ。そのことは途中でアレンも気付いたようで彼は首を振って即座に却下した。


「ならいろいろ誤魔化してフレンネリックさんに保護者の代理人ってことで…ああいやダメだ。フレンネリックさんは母ちゃんの事知ってるし、母ちゃんに尋ねられたらおしまいだ。保護者のサインさえあればすぐ冒険者になれるのに…」

「ようアレン!!しけた面してどうしたんだ?」

「うわっ!?」


 突然肩に衝撃を覚えアレンが後ろを振り返ると、そこにいい笑顔で立っていたのは自分の友人だった。どうやら肩を叩いたのはこいつらしい。


「よぉハンス。おはよう。いきなりびっくりするじゃないか。」

「おはようアレン。朝から辛気臭いといい日もたちまち最悪な日になっちまうぜ?セーヌ姉ちゃんも言っていた!!ほら笑顔笑顔!!」

「わわっ…やめろって…!!」


 ハンスはアレンの頬を抓ってぐにぐにと伸ばしてアレンをからかう。アレンはそんな彼から手を振りほどくと頬を擦って痛そうな仕草をしたのだった。


「朝から酷いことするなぁ。おいらだって偶にはこんな日があるよ。それよりもハンナは?」

「俺の後ろにいるぜ。」


 ハンスが横に退くと、そこから小さな女の子が姿を現した。ハンスの妹で学年が二つ下のハンナだ。アレンは彼女の姿を見つけてから彼女にも挨拶をした。


「やぁハンナ。おはよう。今日もいい天気だね。」

「…おはようアレンお兄ちゃん。いい天気だね。」


 ぺこりとお辞儀をして可愛らしく挨拶するハンナに、アレンはほほえましく自分にもこんな妹がいたらなぁと、空を見上げた。そして癒しにより今朝の怒りはすっかり吹き飛んでしまっていた。やはりこの世の万病の特効薬とは少女の笑顔なのだ。効かないなどということはありえない。逆に効かないやつがいたらそいつはもう人生に疲れて五感が死んでいるに違いない。きっとそうだ。


「ハンナのおかげで嫌な気分もすっかり吹き飛んだよ。ああそうだ。今日もあるけどいる?いつもの売れ残りだけどね。」

「マジか!!くれくれ!!」


 アレンが思い出したように売れ残りのパンが入った籠をハンスの前に差し出すと、彼は大喜びでそこから二つも取って見せた。アレンが家の売れ残りのパンを腹を空かせたハンスにあげるのはいつもの光景だ。というか初めて会ったのもアレンが普段のように登校中に売れ残りを食べている時にハンスが余ったものを俺にもくれと言ってきたのが二人の出会いの始まりだったのだが。


「うめぇ!!お前ん家のパンはいつも最高だな。毎日食べたって飽きないぜ。」

「ありがとう。おいらはもう食べ馴れた味だけどね。」

「こんな美味い物を毎日食べれるなんてアレン幸せ者だな。幸せついでに先週の宿題見せてくれ。俺遊んでたら忘れちゃっててさ。」

「また?おいらなんてもらった日に終わったよ。」

「さすがは我が学校一の天才児アレン君だぜ。なぁ頼むよ。宿題やってないことがばれたら先生に拳骨喰らって帰りにはシスターとセーヌ姉ちゃんから折檻もらっちまう。頼む!!この通り…!!」


 アレンは呆れつつも仕方ないと学校に着いたらすぐ写せよと自分のノートを取り出してハンスに渡した。


「おお!!神さま女神さまアレンさまだぜ!!恩に着る!!」

「ホント調子いいんだから…そうだ。ハンナもパン食べる?どうせ余ってもその辺の浮浪者にあげるだけだから。」

「いい。朝ごはんの後でお腹いっぱいだから。」


 アレンはハンナにもパンを差し出すが彼女はそれを断ると再び兄の影に隠れるようにして歩くのだった。アレンはハンナの反応を見てからハンスに次を勧めたが、彼ももう食べれないとそれを断ったので、残りのパンを籠ごと道の端のゴミの飛ばない場所に置いた。こうしておくとアレン達が去った後で食い詰めた出稼ぎの日雇い労働者や住処を持たない一日の暮らしにも苦労する浮浪者などが食べて片付けるのだ。そして籠をきれいにしてからアレンの家まで届けに行く。ミツユースで食品を売る人間はこのようにして余った売れ残りを街の貧困層に恵んでいる。売れるに越したことは無いが彼らは逆立ちしたって金は出せないし、普段から飢えて辛い思いをしていることを知っているため商売人なりの善意なのだ。

 貧困層には神聖教会が時々募った寄付で炊き出しをしているが、それも不定期なうえ十分な量とは言えない。行政には景観を損ねるから余り物を道に置くのは控えるようにと言われているが、それでも止めないのはミツユースの人間は金以外のことにはだいたい優しいためである。行政もそれを知っているので見て見ぬふりだったりする。中には恵みを偽善だと言う輩もいるがそれで誰かが飢えを一時でも凌げるのならばやらないよりはいいと言うものだ。


「これでよし。今日こそはゼルガの爺ちゃんに食べてもらいたいな。」

「どうだろうな?あの爺さん浮浪者の癖に街の人間から施しは受けないなんて強がっちゃってさ。まだ生きてるってことは何かしら口にしてるとは思うけど。」

「それでも心配だなぁ。直接あげたいんだけどあの人昼間は街中をうろついているからどこにいるのかわからないんだよね。」

「アレンお兄ちゃんって優しいよね。」

「そ、そんなことないよ!?ただちょっと心配だっただけで…!!」

「ふふっ、そうだね。心配しただけだよね。」


 アレンが顔見知りの高齢の浮浪者の心配をしていると、その横でハンナがアレンを褒めた。アレンは褒められたことに気恥ずかしさを覚えて照れ隠しにごまかすがそれすらもからかわれてしまった。


「ハンナちゃんもすっかり調子が戻ったみたいだね。おいら安心したよ。」

「いやいや、まだまだ怖がりは戻ってないんだぜ?このあいだも夜に一人じゃ眠れないって俺のベッドに…」

「お兄ちゃん!!それは秘密って言ったでしょ!?」

「あいたっ!!くそ…いってぇ…」

「大丈夫?そうか、ハンナちゃんまだ…」

「…ああ。昼間のうちは問題ないんだが、夕方になると俺やセーヌ姉ちゃんからあんまり離れたがらないんだ。くそっ、俺があの時ちゃんとしていればなぁ…」


 アレンの質問にハンスは悔しそうな顔をして拳を思い切り握って答えた。

 ハンスとハンナは市民街の中にある孤児院兼託児屋で暮らす孤児の兄弟だ。一月ほど前、ハンナはとある騒動に巻き込まれ放課後に他の子どもたちと公園で遊んでいるところを突然スーツ姿の男達に攫われた。妹を攫わせるものかと一緒にいたハンスは必死に抵抗したが大の男数人と子ども一人では多勢に無勢。突き飛ばされて気を失ってしまい他の子供たちに起こされた時には妹もスーツ姿の男たちも姿はそこに無かった。結局どうすることもできず泣く泣く住処である孤児院に帰って管理者のシスターとちょうどよく帰ってきたセーヌにそのことを伝えたのだった。セーヌとシスターが飛ぶように施設を出て行き、他の孤児の子たちと腹を空かせて彼女たちを待っていると、夜になってから二人がハンナを連れて帰ってきたのだ。セーヌとシスターは遅くなったことを謝罪した後でいつもよりも豪華な夕食を振舞ったことで子供たちはそのことをすっかり気にしなくなっていたが、妹を何者かに連れ去られたハンスだけは何かがあったことを疑問に思って仕方なかったのだ。しかしその後二人に尋ねても終わったことだと窘められ、今日に至るまで何があったのかは教えてもらえなかった。


「あのとき何があったのかはシスターもセーヌ姉ちゃんも教えてはくれないし、ハンナも言わないように言い聞かされているみたいで…でもそれから孤児院の飯が前より良くなってセーヌ姉ちゃんも妹たちを連れて朝早くどっかへ行くし孤児院にいない日も増えた…もしかしてとんでもなくひどいことさせられているんじゃあ…!!」

「違うと思う。」


ハンスの行き過ぎな妄想にアレンは即座に否定を入れた。セーヌと妹たちが朝早くどこかへ出かけるのは猫亭の面々と朝まで飲んだくれていた出入りの冒険者に朝食を作るためだし、セーヌが留守にする日が多くなったのも単に冒険者の活動を再開しただけだ。昨日の件でセーヌと知り合いになり、セーヌがハンスが普段話すセーヌ姉ちゃんであることや、その他にもいろいろ聞けたアレンはそのことをハンスに今日会ったら伝えるつもりだったが今朝方のこともあってすっかり忘れてしまっていた。


「それ以来俺はハンナを攫ったスーツ姿のやつらを探してるんだ。セーヌ姉ちゃんは気にするなって言ってたけど今度会ったら…「ようハンス。学校か?サボんなよ?」…おう、命健の兄ちゃんおはよう!!…奴らを必ず見つけ出してぎったぎたにしてやる。とうっ、とうっ!!」

「そうだね。案外近くにいるかもしれないね。…本当近くに。」


 ハンスはゴミ拾いの慈善活動をしていた最近売出し中だと言う冒険者クランの団員に挨拶を交わしてから下手人を見つけたらこうだと両の手で交互に空を殴った。ハンスの敵の一端はまさに今通り過ぎた男なのだが…まぁセイメーケンコーファミリーの中でも悪事に加担していた者は既に自首したか逃げ出しているので、命健組の団員たちには飛び火しないだろう。


「まぁ無事に戻ってきたのならもう大丈夫でしょ。二人もハンナちゃんのことをハンスに任せてるんだよ。ハンスはお兄ちゃんなんだからしっかりやんなよ。」

「おう、もちろんそのつもりだぜ!!…しかしお前にお兄ちゃんなんて言われると若干気持ち悪いな…」

「えーそう?…お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん…」

「ぐわーやめろ!!むず痒い!!…あれ、ちょっといい感じに…いや待てやっぱ気持ち悪いわ!!耳が腐りそう。」

「友達に向かってひどくない?」

「友達だから遠慮なく言う。さて…」


 ハンスはアレンからもらったパンの最後の一つを齧ってまたしても美味いと褒めた。


「やっぱりお前ん家のパンは焼きたてじゃなくても美味いな!!お前がパン屋を継いでも俺はあの店のファンを続けるぞ!!大人になったら自分で働いた稼ぎで買うぜ。」

「ありがとう…でも残念だけどおいらがあの店を継ぐことは無いよ。おいら冒険者になることにしたんだ。といってもそのことで今朝母ちゃんに怒られたんだけど…」

「なにかあったの?」


 アレンは今朝のことをハンスとハンナに話した。


「ふーん…冒険者になんてならなくても普通にパン屋やってればいいじゃん。」

「でもパン屋の仕事は辛いよ。母ちゃんの仕事を毎日見てるし、仕込みの手伝いや店番をすることもあるから大変さ。」

「仕事が辛いのなんて当然だろう?むしろ根を上げずに女一人で切り盛りするお前の母ちゃんが羨ましいよ。俺とハンナの親なんて色々好き勝手やった挙句に借金まみれで俺たち置いて夜逃げときたもんだ。あーあ、どうして同じ親って生き物でもこうも違うのかね…」

「アレンの両親は屑だってことはこの間クラス全員の一致で決まったじゃないか。親なんて関係ないさ。そりゃ母ちゃんのことはおいらだって大好きだけど…だからこそおいらが冒険者になって一山当てて楽させてあげるんだよ。えっへん。」


 アレンは得意げに背筋を伸ばして威張り散らした。なお一山当てて返してやると言うのは冒険者の常套文句であり、よく使う奴ほど街の店にツケがある。冒険者の界隈かいわいでは非常に信用の無い奴という例えにもなっていたりするのだがアレンはまだ冒険者ではないのでそれを知らない。


「真面目なお前がそんなこと言うなんてなぁ。そこまでして冒険者になりたいってことは目標でもあるのかよ?」

「目標って?」

「そんなの決まってるだろ。冒険者になってからの目標だよ。高難易度ダンジョンに挑戦したいとか伝説の武器を手に入れたいとか…S級冒険者になるってのも面白そうだな。美味い酒と飯をたらふく食うってのもいいな…!!ハンナだったらどんなものが欲しい?」

「私は家が欲しいな。借家じゃなくて一括払いで買った広い庭の中にはおっきな犬が駆け回ってるような一軒家。そこで自分の部屋を持つの。孤児院の部屋はレイチェとスンとバニルで共同だから。」

「おお!!それもいいな!!俺もセーヌ姉ちゃんみたいに冒険者になろうかなぁ。」

「目標なんてないけど?」


 いろいろと想像を膨らませるハンス兄妹の横で、アレンは目標などないときっぱりと否定した。その言葉を聞いて顔を見合わせた兄妹だった。


「マジで?真面目なお前が冒険者になるなんて言い出すもんだから何か飛び切りのプランがあるのかと思ったけど…」

「あ、もしかしてべリンダおばさんに楽をさせたいってのが目標?」

「目標っていうかそれはおいらがお金持ちになったら自動的に達成する結果というか…目標とはちょっと違う気がする。あえていうのならお金持ちになることが目標かな?でもそのことを冒険者を束ねているちょっと偉そうで胡散臭い冒険者に言ったら君は冒険者に向いていないって否定されてさ。おいらその時マジギレして前に倒したオオカミの素材見せちゃった。」

「お前あの時マジで街の外にまで行ってたのか…あの時は冗談だと思っていたのにまさか本当に戦いに行ってたとは…倒したってことは実力はあるってことだろ?なら何がいけないんだろうな?」

「それがわからないんだ。おいらは自慢するつもりじゃないけど頭も力も学校で一番だよ。ま、冒険者になるのなら学校に通うのも終わりかもしれないけどね。」

「学校を辞めるってお前それべリンダおばさんに聞かれないようにしろよな。でもアレンの何がダメなんだろうな?ハンナは何か…ハンナ?」

「あそこ…」


 ハンナが指さす方をハンスが見ると、そこにあったのは学校までの道のりでいつも通る市民公園だった。ハンスが公園の中にさらに目を凝らせば公園に植えてある大きな樹木の根元に三人の自分達と同い年くらいの男女がいた。三人はなにやら言い合っているようだが、二人の男子が一人の少女を追い詰めているようにも見える。


「あん?いじめか?そういうの感心しないんだけど俺。施設じゃいじめは徹底粛清って相場が決まってるんだよな。犯人は…んだよ。ブッセンとコルモンかよ。ツマンネ。」

「またあいつら?あいつらも弱い者いじめ大好きだよね。そんなことの何がいいんだか。相手は…ウィン…!!」

「まじか。」


 行われていたのがいじめだと判断し、いじめている二人の顔を確認したハンスは面倒そうな顔をして見せた。いじめを行っていたのは二人の隣のクラスの問題児ブッセンとコルモンだった。常習犯の二人に飽きを覚えるアレンだったが、彼らがいじめていた相手がアレンとハンスの知り合いだったことに気付き焦った。


「よりにもよってウィンかよ。助けるか?聞くまでもないと思うけど。」

「もちろん。ハンナはちょっと後から来てね。」

「二人とも気を付けてね。」


 力の強い二人がいじめられっ子を助けるのは今に始まったことではない。二人の鞄を預かったハンナに手を振って、アレンとハンスは公園の中に突入していった。




「やーい、お前の母ちゃんでーべそ!!」

「お前の母ちゃんアバズレ〇ッチ!!」

「うっさいわねマザコンどもが!!」

「ウィンめ生意気だぞ!!」

「娼婦の娘の癖に!!」


 二人の少年が一人の少女を木に追い詰めてなにやら言論の暴虐を行っていたが、少女は意に介さずそれを流していた。


「その程度じゃあたしは何ともないから。もっと他に思いつけないの?そんなに語彙ごいが足りなくて恥ずかしくならない?」

「うぐ…」

「はん!!二人掛かりで小娘一人言い負かせないのかしら!?本当これだから自分の言葉を持てないマザコンは…」

「こんの…お前なんてこうだこうだ!!」

「いたっ!!…ちょっと、やめてよ…!!」


 一人の体格の大きいいほうの少年が拾った太めの枝を振り回してきた。どうやら言葉だけで言い負かせなかったことに腹を立てて実力行使に出たようだ。少女もさすがに肉体への暴力はたまらぬと頭を手で守って防御する。


「いいぞブッセン!!やーい何もできないでやんの!! さっすが娼婦の娘!!」

「卑しくも身を丸めるしかできないのか!!どうせお前も将来は売れない場末の娼婦…あれ?」


 少女にもう一度枝を叩きつけようとした大き目の少年だったが、振りかぶったところで手に軽さを感じて手の先を見れば、そこに枝は無かった。どこへ行ったのかと枝を探して振り返ると…


「よぉブッセン。それにコルモンも。おはよう。」

「朝からいじめとは精が出ますなぁ。」


 そこにいたのは枝を真っ二つに折るアレンと拳からポキポキと音を鳴らして構えるハンスがいた。


「げ、隣のクラスのアレンとハンス。」

「やべーのに見つかった。」

「二対一とかちょっと卑怯じゃない?ウィンにおいらたちで加勢していい?」

「う、うぐ…」


 何か言い返したそうなブッセンだったが、横のコルモンと顔を見合わせ相手が悪いと首を振って意見を一致させた。そしてその場から逃げ去るのだった。


「ひ、卑怯者め!!」

「バーカバーカ!!」

「学校でちくってやるから覚悟しておけよ!!」


 学校で一、二を争う力自慢の二人に臆して、いじめっ子二人は大して珍しくもない捨て台詞を吐いてから去って行った。その背中にハンスが叫んだところで二人の影は見えなくなった。


「まったく卑怯はどっちだか…はい。ウィンのかばん。」


 アレンは地面に落ちていたウィンと呼ばれていた少女のかばんを取り、土埃を叩き落としてから彼女に返す。ウィンは遠慮がちにそれを奪い返し抱きしめた。


「…助けなんて頼んでないけど一応お礼を言っておくわ。ありがとう。」

「どういたしまして。」

「ねぇ俺は?俺にはないの?」

「はいはいありがとう。」


 投げやりな礼だったがそれでも感謝の気持ちは伝わったらしい。ハンスは照れ隠しに口笛を吹いて見せるのだった。そしてもう用はないぞとばかりに去ろうとするウィンだったが、アレンが呼びかけて止めた。


「待ってよ。よかったら一緒に学校に行かない?ハンナもいるよ。」

「あんたらも私に関わらない方がいいわよ。娼婦の娘とつるんでるなんて噂になったら大変だわ。」

「別にそんなの気にしないよ。誰も悪くなんて言わないさ。」

「あんなマザコン共の話なんて聞き流すに限るぜ。」


 アレンとハンスの通う学校で別のクラスに在籍する同級生の少女ウィン。男勝りで強気な彼女は娼婦の子どもだった。

 娼婦といえば男たちに一夜の恋人を提供する職業である。大都市であるミツユースにも一定数居り、中でもミツユースの西にある巨大な歓楽街の一角を占める色町では、羽振りのいい男は三歩歩くたびに通りや建物の窓から甘い声をささやかれるほどにたくさんの娼婦がいた。

 娼婦の中には時に最初から連れていた子やどの客の種ともわからぬ子を連れた者がいる。そういった子供は母親の職業のことについて何かとバカにされそうなものだが、ミツユースの男ならば誰しも一度は娼婦のお世話になるので娼婦のことを悪く言う男はいない。アレンも母親からまだ早いと思うがもし娼婦で遊ぶなら自分の金で入れ込みすぎない程度にしておけと言われている。

 そんなわけで娼婦たちも母親なりに子供たちに勉学を学ばせたいとウィンのようにミツユースの学校に通わせることもあった。


 しかし遊びと割り切っていても男たちが他の女に入れ込む姿を見て、彼らの妻や恋人はきっといい思いをしないだろう。彼女達は思うはずだ。そんな女と遊ぶ金があるのなら家に入れるか私にプレゼントでも買えと。そんなわけで彼女たちは娼婦の悪口を井戸端会議の話題に出し、酷い者は子どもにも娼婦は卑しく醜い職業だと言い聞かせるほど。子どもたちも娼婦という職業がどのような物かあまり理解していないと言うこともあり、悪口をそこまで信じてはいない。が、中には先ほどのブッセンとコルモンのような母親の言葉を真に受けるマザコン野郎もいる。そうしてそいつらは母親が言っていたことだと免罪符を得たとばかりに娼婦の子供をいじめることがたびたびあったのだ。


「あいつらみたいなのは少数だからマザコン野郎って言っておけば大抵何とかなるのさ。」

「そうそう。だからウィンもあまり気にせず…」

「それが大きなお世話だって言ってるのよ!!」


 アレンとハンスはウィンが傷ついていると思いフォローを試みたが彼女は大声を出してそれを否定した。あまりの大声に喧嘩は片付いたと公園の外から様子を見てから入ってきたハンナも驚いていた。


「私はママが娼婦をやっていることをむしろ誇りに思っているわ。自分の体一つで稼いだお金で父親が誰かもわからない私をここまで育ててくれたし、大きなお店も何軒も持っていて何人ものお金持ちのパトロンのおじ様を虜にして操っている。ベッドの上はいつも上物の服や宝石のプレゼントだらけだし本当に羨ましいわ。娼婦の娘だから私も将来は娼婦ですって?上等よ。むしろ売れっ子になって頭を下げてお願いに来たお前らの童貞を切ってやるわ。切るっていうか斬り刻んでやる!!お前たちの童貞を!!」

「ちょ…ウィンってば誰かに聞かれるよ!!」


 アレンは叫ぶウィンを慌てて止めた。いくらミツユースの住人が娼婦という職業にある程度理解があったとしても公衆の面前で朝っぱらから少女が童貞と連呼する光景はいささか刺激が強すぎるだろう。例えそれにむしろ興奮を覚える変態がいたとしてもだ。

 アレンが止めても童貞童貞としばらく叫ぶウィンだったが、やがて疲れてしまったのか叫ぶのを止めた。


「ふぅ…少し叫んだら気持ちが楽になったわ。聞いてくれてありがとう。お礼にあたしが売れっ子になったらあなたたちの童貞も格安でもらってあげるわ。」

「余計なお世話だ!!てゆうか童貞ってなに!?美味しい物!?」

「お兄ちゃん…授業サボってばかいるから…」

「おいらも良く知らないんだけど童貞て何?母ちゃんも時々童貞卒業するなら自分の金でやれって言ってるけど意味が分かんなくさ。」

「うそ…!!アレンお兄ちゃんまで…!?もしかして男の子の方そういう授業やってないの…?」


 バカな兄はともかく学校でもかなり優秀なアレンすらそれを知らぬと言う事実にハンナは戦慄した。そういうのも教育の一環だぞ。学校何やってんの、と。女の子の方は結婚や妊娠に関わる大事なことである上、性犯罪の危険からも女性教師がおしべとめしべが…という感じで最初から最後までしっかり教育する。当然ハンナも教育を受けていたので知っていた。

 一方で男子が受けるミツユース式大人になるための秘密の授業…それはシンプルイズザベスト!!少年が異性が気になるお年頃になったら父親や兄などの年上が、自分がオススメだと思う娼館に連れて行ってこれまたオススメのお姉ちゃんのお仕事部屋に投げ込んで一晩泊まらせるのだ。こうしてミツユースっ子は少年から大人になるのである。当然まだまだそういう年齢に達していないアレンとハンスは男と女の逢瀬を知らず、娼婦というのもエッチなのはなんとなくわかるが露出の多い服を着て男に酒を飲ませて持て囃していい気分になってもらう…そんな感じの仕事だと思っている。それはキャバクラだ。


「よくわかんないけどさ。多分女の子がそうやって言いふらすような言葉じゃないと思うよ。ウィン…そんなこと言わないでよ。君が娼婦の娘だからって君も娼婦になると決まったわけじゃないよ。ミツユースにはいろんな仕事があるし、今勉強を頑張ればきっとなりたい仕事に付けるさ。」


 先ほどまで学校を辞めると言っていたのはどこの誰だったか。アレンは自分の事を棚の上に置いてウィンを説得した。しかしウィンはアレンの言葉を聞き流して相手にもしていなかった。


「だから別に私は娼婦になることを嫌がってなんかないわ。それとあなたたちの童貞を切ってあげるのはもう少し先になりそうだから大事にとって…とっておかなくてもどうせ残ってそうね。」

「それは意味が分からないんだけど、もう少し先ってどういうこと?」

「私も娼婦になることにしたの。もう決めたのよ。」

「なんだって!?」


 ウィンの告白にアレンだけでなくハンス兄妹も驚いていた。その反応に満足したようにウィンは話を続ける。


「もともとそのうちなろうって思っていたんだけどね。予定を早める運命的な出会いをしちゃったの!!」

「出会いって?」

「パトロン候補のことよ。やっぱりバックには偉くてお金持ってる人についてもらいたいじゃない?この間ママのお店のお手伝いをしていた時にたまたま会ってね。子分の童貞にお店の三番人気の娘を躊躇なく奢ったすっごい羽振りのいいイケメンのお兄様。いくらお金持ちでも流石にママのパトロンみたいなお腹の出たデブやツルッツルのハゲは御免よ。とにかくお近づきになろうって後を追って子分がことを終えるのを待っていた彼の部屋に行ったら…ここは秘密よ。きっとロリコンなのよ彼。逃がすものかと帰り際に香水を頭からかぶってマーキングしてやったわ。うふふ…」


 子どもながらに妖絶な顔つきで微笑む少女に、アレンは獲物を捕まえた子蜘蛛の雰囲気を感じた。


「とにかく、私は娼婦に…それも一流の娼婦を目指すことにしたの。中途半端は嫌だからね。だから近いうちにミツユースから引っ越すの。色の国アーハンへ留学へ行くのよ。」


 留学と聞いてアレンとハンスはさらに驚いた。色の国アーハンはいろいろと有名な国だ。性知識があいまいな二人でも留学というのはえっちなことを学びに行くのだとわかる。


「留学って…ウィンはまだおいらと同い年じゃないか!?」

「あら?色事に早いも遅いも無いわよ。むしろ遅すぎるくらい…「ホンバン」をしなくても覚えられることはいくらでもあるわ。」

「ホンバン…?露出の高い衣装で男に酒を注ぐのか?確かにウィンくらい子どもじゃあな…」

「お兄ちゃんは黙っていて!!」


 よくわからない部分を適当に補って男性客と楽しく酒を飲みあうウィンを頭に描いていたハンスは、妹のハンナに頭を叩かれて気持ちいい音を鳴らしていた。


「というわけで私は娼婦見習いになって近いうちにさよならよ。あんたたちも「…だめだ。」…え?


 話を続けていたウィンだったが、そこにアレンが待ったを掛けた。


「確かにウィンが娼婦になろうがなるまいがそれは君の勝手だ。でもそういうのはおいらよくないと思うんだ。なんでか知らないけど…」

「良くない?ならどうやってあたしを止めるの?言っておくけどもう決まったことなんだからね。ママにも許可をしてもらったし、ママもアーハンに子どもを送れないと面目丸潰れだから私がアーハンに行くのは確定事項なのよ。」

「でも…」

「そもそもね、物心ついた時からずっと娼婦であったママに育てられたあらしにとって一流の娼婦になることは夢だったの。卓越した話術と魅惑の躰。それを鍛え上げて世の金持ち権力者を男を虜にする。そしていつしか夜の女王に…素敵な話じゃない?あんたはあたしの夢の邪魔をしようっていうの?」

「そんなつもりじゃ…」


 ウィンは娼婦になることが夢の一歩であるときっぱりと断るが、やはり納得いかないと渋るアレンだった。皆はしばらく黙っていたがやがて何かを思いついたのかウィンが発言した。


「なら私が勉強を終えてミツユースに帰ってきたら、あんたに身請けでもしてもらおうかしら?」

「「「身請け?」」」


 ウィンに提案されたアレンとさすがに業界の言葉を知らないハンナとついでにハンスに、ウィンは娼婦の身請けというシステムについて説明した。

 身請けとは娼婦が店に持つ身の代金や前借金などを女に惚れた男が代わって払い、娼婦の仕事から手を引かせることである。


「あんたの女になればあたしはあんたの言うことを聞かなくちゃいけない。それならあんたが娼婦になったあたしを買い取ってもう娼婦は辞めろっていえばいいのよ。」

「身請け?ああ、男が店から女を買い取って自分の物にしちまうことだっけ?…アレンが!?ウィンを!?…どうなるんだ?」

「それってもしかして…キャー!!」


 意味の良くわかっていないハンスと脳内御花畑な妄想をしていやんいやんと首を振るハンナ。


「そうか!!それなら…!!」


 一抹の希望が見え、そうすると言おうとしたアレンだったが、次にウィンによって絶望の一言が添えられた。


「でもあんたお金はどうするの?私はママの娘だから借金とかないけど、私の価値に応じてあんたはママに身請け金を支払わなきゃいけない。私がどれくらいの価値になるのかはまだわからないけど色事の国アーハンで英才教育をしてきたらきっととんでもないことになるはずよ?街のパン屋の息子に払えるのかしら?」


 ウィンの言う通りで身請けの金額は決して安くはない。もともとの金に加えこれから稼ぐはずの金額にそれ以外にかかる準備や祝の金。それらを合計すればとても一般市民が払える金額ではない。実際高級娼婦の身請けなど金持ちの商人や貴族が自分だけのおもちゃとして飼うケースがほとんどだ。一応格の下がる末端の娼婦ならば年を取って娼婦を続けられなかったり劣悪な環境下で働き病を患ったりしているので娼婦としての価値が低いので金額は市民でも払えるくらいに安くはなる。しかし今回はその条件には決して当てはまらないだろう。


「ウィンの言ってることは間違ってはいない…お金か…くそ…!!」

「フフ、冗談よ。あんたがあたしを身請けなんてできるはずもない。ムリムリ。ま、今からでも頑張ってコツコツお金を貯めれば…帰ってきたあたしを一晩くらい買えるようになるかもね。さて、すっかり長くなっちゃったわね。残り少ない市民学校を満喫でもしないと。あんたらも遅刻しないようにね。」


 ウィンは頭を抱えるアレンとハンス兄妹を置いて先に公園を出て学校へ向かってしまった。そしてウィンが去った後でアレンは膝から崩れ落ちた。


「お金…お金か…」

「なぁアレン。俺たちも学校に行こうぜ。このままだと遅刻まっしぐらだ。ウィンのことは残念だけど本人が嫌がっていないことなら応援してやろうぜ。あいつの言うとおり今から金を貯めて大人になって再開したら一緒に酒でも飲もうぜ。」

「アレンお兄ちゃん元気出して。学校に行こう?」

「…」


 ハンス兄妹はアレンを励まして学校へ連れて行こうとした。しばらくその体制のアレンだったが、やがて小さく息をして思い切り立ち上がった。


「いいさ…稼いでやるよ!!もう許可がどうとか言ってられない。やっぱり必要になるのはお金なんだ。ウィンにも母ちゃんにもギルドにもあの胡散臭い兄ちゃんにも…実際に稼いでおいらが優秀な戦士だって認めさせてやる!!」


 そう叫んだアレンは公園を出てきた道を引き返していった。その光景にポカンとしていたハンスだったが、そのことに気付き後を追って公園から出た。


「おいアレン!!学校は!?」


 アレンの背中に向かって叫ぶハンスだったが、その声はアレンには聞こえなかったようだ。アレンは実家への道のりを引き返す。まずは糧を得るための得物を手にするために。




―――



「なぁおい、聞いたぜ。お前らひと儲けしたらしいな?」

「おうよ!!とあるS級様の御蔭で財布があったかいぜ!!」

「希少なトロルの魔貨をたんまりゲットしてそれを山分けたぁ景気がいいな。」

「だろう?おかげで貯めこんでいたツケも返せた。殆どの報酬はそれで無くなったがしばらくは休みを取って酒を飲むスローライフさ。ほらてめぇらも飲みな飲みな!!」

「ありがとよ。俺たちは他のやっすい報酬のクエストで出掛けていたから羨ましいな…噂じゃまだトロルの生き残りがうろついているとか。」

「マジか!!おい、クエストをやった場所教えてくれ!!」

「あ…?だめだめ。カメガモ様の居場所が他の商会に知られちまうからってフレンネリックさんに箝口令かんこうれいが敷かれてるんだ。それにお前らのパーティーの実力じゃあ…」

「いいから頼むって!!借金がそろそろヤバいんだ。礼はたんまりするからよぉ…おい店主!!こいつになにか一杯高いの奢って!!」

「ふわーあ…へいよー!!」

「おおこいつは…!!しょうがねえなあ…秘密だぞ?場所は…」


 街の酒場では朝から冒険者達でにぎわっていた。普段なら夜の営業をとっくに終えて店じまいとなり冒険者達も店主に追い出されるだろうが、カメガモ探しのクエストでかなりの収入を得た誰かが酒場を貸切にしたらしい。普段なら簡単な後片付けを終えてひと眠りしている店主も、この儲け時を逃すまいと眠い目を擦って給仕を続けていた。

 カメガモ探しのクエストに参加した冒険者達の間では、その報酬とトロルを倒して得た魔貨を分けた臨時の収入でちょっとした好景気が起こっていた。そして噂を聞きつけたクエストに参加しなかった冒険者が酒場を訪れ、タダ酒にあやかりながらあの手この手でその場所を聞き出そうとしていた。どうやらカメガモやトロルの狩り残しを狙っているらしい。冒険者達には亀とカルガモのフレンネリックによりクエストの実施地を他に教えないように箝口令が敷かれていたが、クエストに参加してその場所を知っている冒険者達は何百人もいる。しかも酒に酔った冒険者の口がそこまで固いはずもなく…結果あちこちで話が流れ出していた。


「なるほど…湖の近くの森か。今からなら日帰りで行って帰ってこれそうだ。」

「ああ。地下霧ダンジョンミストは操っていたシヴァルが捕まったから止まったらしいが、それでもトロルは野良モンスター化しているとか。」

「一応帰る前に元気な奴が生き残りを探してみたがあの時は霧が少し残っていたし、見逃しがいたかもしれないぜ?」

「トロルの魔貨かぁ…それがあれば…くく。」

「おいおい、止めておけよ。トロルは近くのダンジョンの守護者のコピーだとか言ってたし…実際俺も一回足が折れたんだ。メチャ強いぞ。」

「そうそう。もうあそこはダンジョンでなくなったからダンジョンポーションも効かないし、ギルドも勝手に入って怪我しても保障しないって言ってたぞ。」

「分かってるって。…そうだ。ちょっと用事を思い出した。仲間の所へ行かなきゃ。じゃあな!!」


 酒に酔った冒険者の一人が挨拶をしてから早足で酒場の扉を潜り抜け大通りに出た。そして急げとばかりに走り出そうとした所で、前を歩く一人の少女にぶつかってしまった。


「きゃ…!!」

「おう悪い!!急げ急げ…!!」


 男は軽く謝罪してその場を去った。後に残された少女は走り去る男を目で見送った後、酒臭さに鼻を抑えてしまった。


「くさっ!!もう…収入があるからって昨日から夜通し飲んだくれるとか私にはわからないわ。…あっ、盗まれてないよね?」


 そう言って自分の体をまさぐっていつぞやのように財布が盗まれていないか確認した少女。やがていつもしまっているポケットにいつものように自分のがま口財布があることを確認して安堵した。


「よしよし…虎の子が無事なようでなにより。虎の子なら部屋に隠しておけよとはあえて言わないのですよこのナナミさんは!!」


 あーっはっはと変なテンションで笑う少女の正体は猫亭の魔術師ナナミだった。ナナミは一笑いした後で周囲をきょろきょろと見渡して目的の場所を探していた。


「さーて、学校ってどこにあるのかなー?セーヌさんに聞いておけばよかった。」


 ナナミは昨日クロノスからアレンを見張れと言いう感じの命を受けていたのだ。しかしナナミはアレンの家を知らなかったので朝まで猫亭で飲んだくれていた冒険者達の分まで朝食を作りに来たセーヌに彼の家である商店街のパン屋の場所を尋ねてからそこへ向かった。しかしそこにいたアレンの母親だという恰幅の良い女性店主にアレンなら学校に行ったと聞かされ、礼がてら焼きたてのパンを一つ買ってから学校へ向かうことにしたのだ。だがナナミはミツユースにある市民学校の場所が分からず立ち往生して今に至る。


「はむっ。うーん朝ごはんの後の間食ってどうしてこうも美味しいのかしら…じゃなくて、クロノスさんもアレン君を見張れだなんてよくわかんないことを言うよね。仮にもクランリーダーの命だから受けることにしたけど。」


 買ったパンをちぎりながら食べていたナナミだったが、辛抱足らず残りを丸ごと飲み込んでしまった。こいつはきっと飴とか最後まで舐めないで途中で噛み砕くタイプだ。私は詳しいんだ。ちなみに尾行とかが得意そうなリリファは同じ年頃の子ども冒険者ともらった報酬を握りしめて遊びに行ったし、協力してくれそうなセーヌは猫亭で二日酔いした冒険者あほどもの看病中だ。猫亭には他にも暇そうな冒険者の知り合いが何人かいたがナナミも街の中の素人相手の尾行だし、見つかったところで幾らでも言い訳できそうなので問題ないだろうと思い特に協力は求めなかった。


「こうなるんなら街を知っている誰かに着いてきてもらえばよかったな。この街めちゃくちゃ広いから一月暮らしても全然道覚えられないのよね。…あ、あった。」


 ナナミはそんな独り言をつぶやいてから遂にお目当ての市民学校と書かれ矢印で方向を示す表示板を見つけた。


「後は学校に向かうだけだけど中に入れてもらえるかな?まぁ行ってみればわかるでしょ。早くアレン君の様子を確認して私はリンゴ…じゃない。アップールの実を使っていろいろ作りたいのです!!他の果物は大体売ってるのにリンゴだけなかったのは何でかなと思ったけど、普通に栽培している農家がない野生の果物だったのね。名前とか流通の違いとかも念頭に置かないと地球の食材コンプリートってわけにもいかないか。…ん?アレは…」


 ナナミはこちらへと走ってくる人影を見つけると、それがアレンであると気づいた。


「よかった。まだ学校に行ってなかったみたい。おーい、アレンく…「絶対にならせるかああああああああああ!!」…あれ?」


 ナナミがアレンに声を掛けようとすると、アレンはそれを無視して通り過ぎて行った。ナナミがアレンの走って行った方を向くと、そこに見えたのは薪割用の斧を肩に背負って叫びながら全力疾走するアレンの姿だった。


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