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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第67話 小さなチャレンジ・スピリッツ(お母様とよく相談しましょう)

「我が息子アレンよ。男に生まれたのなら…いや、男に生まれたからこそ一度きりの人生。どんな時も最後まで諦めてはならんのだ。ガッハッハ!!」


 いつかの時のどこかの場所。なんだか全体的にふわふわした空間で、アレンは自分に語りかけてきた男と向き合う。それはもう何年も前、自分がまだ幼いころに死んでしまった父アラン・ヴォーヴィッヒだった。


 高身長に鍛え上げられた肉体と、それに立派な顎髭を蓄えた濃いめの顔の男。それがアレンが覚えていた父アランの特徴だった。


「ガッハッハ!!諦めるとは何のことかって?ふん、決まっているだろう。」


 語るたびにガッハッハと大声で笑うアランは肩に大きな斧を背負いどこの山賊だと問い詰められても言い訳できない感じの風貌だった。


「おい何か言ってみろ!!俺にばっかり喋らせるんじゃねえ!!…わからない?しょうがねえなぁ…!!」


 自分は何も言っていないし声を出そうとしても声が出なかったのだが父は得意げに語り続けた。


「男なら…大きな「―」を持て!!その「―」はきっと生きるためのしるべとなるであろう。だからそれを忘れてはいけない。母ちゃんに尻に敷かれても、夫婦喧嘩でマウント取られまくっても、挙句負けて後片付けを一人でやる羽目になったとしても…とにかく「―」持て「―」!!」


 何を言っているんだコイツはと、実の父に尊敬の念の欠片も抱けないアレンは、なんで自分と母親を置いてさっさと死んでしまったんだ。お前の「―」はどうしたコラ。なんてことを言ってやろうかと思ったところで、ふわふわした空間が崩れ出す。


「最後に頼りになるのはいつだって「―」なんだぜ!!だからまず「―」に向かって進め!!」


 どんどんと崩れていく空間。やがて辺りが暗くなり自分も父親も見えなくなりそうになったところで、アレンはようやく声を取り戻した。


「もしも…おいらに「―」なんてなかったら…?」


 最後に父は笑っていたが、何も言わなかった。もう一度口を開こうとしたところでアレンはこれが夢なのだと気づき現実に戻った。



―――


「…ううん。…あ、朝…?」


 ぱちりと目を覚ませば、アレンは自分が机に突っ伏して寝ていたことに気付いた。ここがどこだったかと寝ぼけ半分で周囲を見渡せば、元々は死んだ父親が使っていて、今は自分の物になった部屋だったことを思い出した。


「なんか懐かしい夢を見ていた気がするな…あのおっさん誰だっけ?…いけない!!」


 アレンは辛うじて残っていた男の正体を記憶を探って考えていたが、突然机からがばっと飛び起きて机の上を探る。そして寝相でくしゃくしゃになった紙の中から見つけた奇跡的に無事だったそれが目当ての紙であったことに気付きほっとする。


「涎ととかも…ないよね?よかったぁ…ダメになっていたらどうしようかと思った。ええと昨日寝る前に全部書き終えていたとは思うけど…」


 アレンはそう呟き、紙を手に取って昨晩書き込んだ内容を確認した。書き間違えた所はないか。まだ書いていない空白の箇所はないか。そんなことを何度も確認してからアレンは書き終えた用紙を満足げな表情になった。


「…よし、できた。これでおいらが書く分に問題は無し。あとは…」


 最後にあえて書き残しておいた一箇所に目をやる。


「あとはここだけ…母ちゃんを説得して書いてもらわないと。」

「アレン!!いつまで寝てるんだい!!学校に行く時間だよ!!」

「起きてるよ!!今行く!!」


 部屋の外からアレンの母親が怒鳴る声を聞いたアレンは、ちょうどいいやと用紙と足元に転がっていた勉強道具を入れたカバンを持って部屋から出た。そして階段を下りて一度裏庭に出て井戸から水を汲み顔を洗ってから、建物の一階にあるパン屋に顔を出すとそこには陳列台に所狭しと並んだパンと、そこから今日の朝食や昼の分のパンを選ぶ何人かの客。そして声の主であった恰幅の良いふっくらした自分の母親がいた。


「よぉアレン坊主。いつもは真面目なお前がお寝坊なんて珍しいな。おねしょでもしたのか?」

「あんたじゃないんだから。アレンみたいないい子はおねしょからはもう卒業したんだよ。」

「大工のおっさんもレアッタ婆さんもおはよう。それにおねしょなんかしてないよ!!おいらもう十一なんだから!!」


 アレンの姿を見つけて声を掛けてきたのは近所に住む常連客だ。彼らはアレンにいつものように冗談交じりの挨拶を交わして朝食の選別に戻った。他にも何人か声を掛けてきた常連客がいたがアレンはそのすべてと何気ない朝の挨拶を交わした後で売れ筋の商品の補充をしていた母親の元へ向かった。起きた時にたまたまいた常連客と挨拶を交わして最後に母親の元へたどり着くのはアレンにとっていつものことだった。


「やっと起きたね。あんたが寝坊なんて珍しいじゃないか。昨日は冒険者に着いて行って街の外まで行ったらしいけど疲れていたのかい?」

「ごめんごめん。今日は朝の仕込み手伝えなかったけど大丈夫だった?今日はバイトの人もいない日でしょ?」

「今日は客が少ない日だし大丈夫だ。子ども一人に手伝ってもらえなくて回らなくなるような店じゃないよウチは。」


 アレンの母親であるべリンダはそのふっくらした体を揺らして答えた。先ほどは怒鳴っていたべリンダだったが、特に怒っていると言う訳ではなさそうだ。彼女の反応にアレンはホッとした。これからのことを考えればここで機嫌を損ねてほしくはない。


「ずっと起きていたよ。ただちょっと書くものがあってさ。」

「書くもの?アルバイト先の契約の更新かなんかかい?」

「うん。それでここに母ちゃんの名前を書いてほしいんだよ。」

「そういうのは忙しい朝じゃなくて夜のうちに持って来いと言っているだろう?しょうがない子だね。どれどれ…」


 そう言ってアレンはべリンダに持ってきた紙を見せつけ、記入欄の所を指さした。べリンダはアレンが行っている亀とカルガモの倉庫の管理のアルバイトの更新か何かだと思い、前に言ったようにしないアレンに呆れを覚えるも、客の前で朝から不快な空気を見せても面白くはないかと妥協して会計台の裏からペンを取り出して持ってきた。そして一応と内容を確認していたところで動きが止まる。


「ん?これ亀とカルガモのとこの契約書じゃない…?冒険者ライセンスの申請…!?」

「うん。おいら冒険者になることにしたんだ。」


 隠しても仕方ない。こっそり冒険者になったところでどうせいつかはばれてしまうのだ。アレンはあっさり白状した。


「ここに母ちゃんの名前を書いてほしいんだ。昨日外から帰ってきた後ギルドに行って申し込みの紙を書いて出したんだけど、受付の人に「未成人は保護者に名前を書いてもらってきてください」って言われてさ。書き損じがあるとかで元のは没収されてまた家で書き直す羽目になっちゃった。」

「…冒険者。」

「そう!!おいら冒険者になってお金を稼ぐことにしたんだよ!!昨日冒険者がモンスターを倒していっぱい報酬をもらうとこを見たんだ!!あんなに稼げるなんて冒険者ってすごいよね!!」


 アレンがいい笑顔でそう答えたが、べリンダは無表情のまま。契約用紙をビリビリと破り捨てた。


「ああっ!?なにすんのさ!!せっかく早起きして書いたのに!!」

「ダメだよ。冒険者になんてならせるか。お前はパン屋の息子だよ。将来はここを継いでもらうんだからね。馬鹿なこと言ってるんじゃないよ!!」


 先ほどまでの客向けの愛想はどこへ行ったのか。客がまだいるというのにべリンダは不快な表情を隠そうとしなかった。


「う…」


 母親の睨みに怯んで一瞬体が知事困ってしまうアレンだったが、ここで引き下がれるかと心に喝を入れて言い返した。


「それが嫌だから冒険者になるんだよ!!毎朝の寝る前の仕込みや荷運び。それに一日中接客して終える小さなパン屋の跡取り息子なんて生活おいら嫌だよ。おいらお金持ちになるんだ!!母ちゃんだってその金で面倒見るし、それなら母ちゃんも辛い仕事をやらなくてもいいだろう!?」

「普段街で飲んだくれて万年金欠であちこちにツケだらけのあいつらが金持ち…?はん、笑わせてくれる。とにかく冒険者はダメだ。絶対に認めない。だいたいお前が冒険者になってみろ。近所中で笑いものにされちまうよ。」


 冒険者は確かに頼りになる存在だ。だがもし自分の身内に野蛮で粗雑でイイカゲンでわからんちーで酒飲みで喧嘩を見るのも参加するのも大好きな暴れん坊がいたらどうだろうか。正直嬉しくはない。実際冒険者という職業はギルドが二十年ほど前から独自に大陸中で行っているアンケートの「息子になってほしくない職業」と「娘を嫁に出したくない男の職業」を二十年連続ぶっちぎりナンバーワン!!だったりするのだ。(一回名誉の殿堂入り扱いにして選択肢から除外したのだがそれでも冒険者と皆書くし、書くなと言うとじゃあアンケートに答えないと言い返されるので選択肢に戻すしかなかった。)


「父ちゃんが死んで女手一つで育ててきた一人息子が大きくなって真面目にやっているかと思って放っておいたら…いつの間にか街の冒険者どもに毒されていたか。母ちゃん泣いてしまいたいよ。」


 べリンダはエプロンを持ち上げて女の涙を拭く仕草をしてみせるが、アレンは生憎子ども。女の涙で狼狽えるほど男ではない。反論を続ける。


「おいらの父ちゃんだって冒険者だったんだろ!!なんでおいらが冒険者になっちゃダメなのさ。」

「アラン父ちゃんはあたしと結婚する時に冒険者稼業は引退しただろ。アレン、お前は真面目でいい子だよ。そりゃ学校の成績もいいし他の子供よりも力持ちなのは母親であるあたしがようく知っている。でもお前には冒険なんて無理だ。お前は街の中でパンを焼いて売ってそのうちいい嫁さん見つけて慎ましく生きていくのがお似合いだよ。そもそもお前は冒険者に向いていない。」


 べリンダはすっかり紙ふぶきに使えそうなくらい破かれた契約用紙を丸めて一つにまとめてからゴミ箱に投げ捨てた。


「どうしてそんなこと言うのさ!! 父ちゃんが大したことない冒険者だったから!?確かに父ちゃんは冒険者としては並レベルの実力しかなかったかもしれないけど、おいらは学校で一番の力持ちだし勉強もそれなりにできる!!知らない人と話すのだって得意だし、なにがダメなのさ!!」


 一度誰かに否定でもされているのだろうか。アレンは向いていないという言葉に過剰に反応を見せた。


「何がダメかは自分でよく考えてみな。自分のことは自分が一番知っているハズさね。ほら、バカな夢から覚めたら朝飯食ってさっさと学校へ行きな。あたしは食べたからね。」


 べリンダが会計の後ろの棚から昨日の売れ残りのパンが入った籠を取り出してアレンに強引に手渡す。これがヴォーッヴィヒ家のいつもの朝食だ。


「また売れ残り…母ちゃんのケチ!!ふん、帰ってきたら絶対に書いてもらうからね!!またギルドでもらい直しだ…!!」


 アレンはお怒りの様子で籠を引っ手繰るように受け取ってから店を飛び出していった。店にいたパンを品定めする客たちは始めは二人の大声の問答に驚いたが、日常の些細な親子喧嘩であると気にもせず自分の朝の食事選びを再開した。








「べリンダさんや。あの年頃なら安定した仕事よりもああいった仕事に憧れるもんさ。これ一つおまけしてくれ。」

「アレンはあんたの旦那さんと違って真面目な奴さ。現実に気付いたらすぐに戻ってくる。これちょっと他より小さくないか?割引して。」


 アレンが店を去った後で常連客が自分の食い分を会計にいるべリンダの所へ持ってくるついでに彼女を慰めた。その時にちゃっかり負けるのを忘れない辺りしっかりとミツユースの住人である。


「ありがとうよアンタら…それは銅貨四枚でどうだい?そっちはそれが小さいんじゃない。他がいつもよりでかいんだ。」


 べリンダは先ほどの親子喧嘩も気にせずいつもの調子で励ましてくれる常連客に礼を言ってそれから交渉をしっかりとやった。それを聞き彼女がいつもの調子に戻ったと喜びつつも「ならこれは…」「よしそれなら…」と応戦する常連客だった。


「はいはい。ただでさえもウチは商店街で一番お得と看板をあげさせてもらってるんだ。ちょっとやそっとじゃ負けないよ!!」

「「望むところだ!!」」


 べリンダは常連客と交渉や何気ない話をしながらも会計台の裏から一枚の額に入った小さな絵を取り出し、そして交渉に過熱する常連客に聞こえないように小さく呟いた。


「…アラン。やっぱりあれはあんたの子だよ。でも冒険者なんてあの子には無理だ。あの子には冒険者としてやっていけるとは思えない。だって…」


 べリンダはふくよかな体でもう何年も前に先立った自分の夫の絵をそっと抱きしめたのだった。



ポケモンが楽しい…更新がががが…

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