第66話 小さなチャレンジ・スピリッツ(まだまだ終わりは見えぬのでしょう)
「おそらくそれはS級冒険者「神飼い」のシヴァル・ビートイーター様の仕業かと思われます。」
ヴェラザードはめちゃくちゃに壊れたテントの天幕の中からひょっこりと顔をのぞかせてそう答えた。
「S級…それは確かなことなのでしょうか」
「ええ。セーヌさんの情報から推測するにあの方で間違いないかと。というより他に同じことができる方が果たして存在するのかどうか。…それよりもそちらは大丈夫なのでしょうか?」
「グウゥ…ウウゥ…」
ヴェラザードにことの真偽を問うたセーヌの周りに転がるのは、重傷を負ったトロルの大群だった。トロル達は皆一様に体中に焦げ跡を作り、もう幾ばくも無い余生の中、ただうめき声しか上げられぬくらいに弱り果てていた。
「あら。私としたことがはしたないところをお見せしましたね。今片付けます…えい。」
「…グッ…!!…」
セーヌがしゃがみ込んでトンファーの角を地面に当てると、そこからいくつもの雷撃が地面を走るようにトロル達の下へ吸い込まれていく。そして彼女がトンファーを袖の下に仕舞うと同時、トロル軍団の命の灯火が一斉に消えて肉体も消滅していった。後に残されたのはやはり大量の魔貨だけだった。
「モンスターの体力をギリギリのところまで残して集めてから最後にまとめて倒すとは中々の腕前ですね。流石はクロノスさんが見込んだだけのことはあります。」
「まとめて仕留めた方が後で魔貨を拾うのに効率が良いと判断したまでのことでございます。ダンジョンモンスターは死せば肉体は消滅いたしますので。」
「それにしても見事なお手前です。本当にB級に留めておくのはもったいない。おや、他もだいぶ片付いたようですね。」
天幕から体を出したヴェラザードはこのくらいならできて当然とばかりの顔でセーヌを褒めた。そして向こうに目をやれば同じようにトロルを倒し終えて散らばった魔貨を拾う冒険者達の姿があった。
クロノス達がシヴァルと対面していたその頃、湖近くのカメガモ捜索隊本部にいた冒険者達の下へシヴァルによって差し向けられたダンジョンモンスターのトロルが大量に襲ってきた。数にしておよそ七十といったところ。数の上では二百人いる冒険者が有利に思われるがトロルは図体がでかく力も強い。普通なら5~8人程度のバランスの良い冒険者パーティーでやっと一匹倒せる強力なモンスターを相手に冒険者達は苦戦していた。そしていなくなった冒険者を見捨てて逃げ遅れがでることを覚悟で森から撤退してしまおうかと誰もが考えたその時、冒険者の一人がやけくそ気味に放った一撃がトロルの急所に当たり、そのトロルが消えて魔貨を落とした。それをトロルに壊された天幕の影から見ていたヴェラザードは冒険者達に救いの声を掛けたのだ。
「トロルですか…たしかトロルの魔貨は一枚でも結構な金額でギルドが買い取っていたと思いますよ。レートは確かこれくらい。」
「「「「「マジで!!??」」」」」」
クロノスと同じ内容でヴェラザードが奮起を促したことで冒険者達は一気にやる気になった。そして出会ったばかりの冒険者同士でも即席のチームを作りトロルに果敢に立ち向かったのだ。そのうち何体かのトロルが魔貨へと変えられ戦局が冒険者有利で進み始めたその時に、急に霧が立ち込めて冒険者達を弱体化させたのだ。シヴァルが後発で差し向けた地下霧だ。霧を吸ってしまい冒険者達の殆どがトロルと満足に戦えないようになり万事休すかと思われたとき、彼らの前に現れたのはクロノスの命でアレンを抱え、襲い来るトロルの軍団を次々と退けて本部に戻ってきたセーヌだった。セーヌは霧を確認してから霧を払う効果を持つ雷属性の神聖魔術の「ミスト・パージ」を使い、地下霧を消し去ってから、そのまま前方にいたトロルの頭を雷衝撃で吹き飛ばして冒険者を襲うトロルの特に密集している地帯に自ら飛び込み、そこにいた三十ほどのトロルをわずか一人で相手取って見せたのだ。彼女曰く雷属性魔術は元々一対多の乱戦に強く、数は問題にならないとのこと。
彼女に助けられ戦意を取り戻した冒険者達はトロルの魔貨を独り占めにさせるものかと残りのトロルを取り囲んで袋叩きにしたのだった。そしてなんやかんやあって冒頭の全トロルが倒された所まで戻る。
「先ほどの霧ですが、おそらく一部ダンジョンで発生する冒険者を弱体化させる地下霧であるかと。トロルも消えて魔貨になったということはダンジョンモンスター…シヴァル様もそろそろ収穫の頃合いですかね。」
「やはり私の予想通りでしたね。ミスト・パージを習得しておいて本当に良かった。」
「喰らえにゃ…「キャットクロウ」!!にゃははは、魔貨ゲットにゃあ。」
「お前魔術師なんだから魔術で戦えよ。なんで爪で近接戦やってるんだよ。」
「残念にゃがら魔力切れにゃ。こういう時生まれ持った獣人の肉体に感謝するにゃ。魔術師を目指した時は魔術に適性の低いこの体をひどく呪ったものにゃが…実践にはいつも思い知らされるばかりにゃ。…にゃにゃにゃ?収穫ってどういうことにゃ?」
自慢の爪で死にかけのトロルの一匹にトドメを刺したニャルテマは、メルシェと同じく無事だったダンツの仲間のアイジュのツッコミにそう答える。そしてこちらへと歩いていた時にヴェラザードの収穫という言葉が聞こえ、つい口を挟んでしまった。ヴェラザードは聞かれてしまいましたかと静かに呟いてからその理由を話した。
「ここ最近のシヴァル様の行動はギルドでもある程度把握しておりまして、その、そろそろ大陸の目ぼしいモンスターをすべて手中に収めてしまい興味の対象がいろいろと謎の多いダンジョンのモンスターに向くのではないかと、そう予想していたのでございます。実際最近のシヴァル様は各国やギルドの研究機関に足を運びダンジョンについていろいろ尋ねたり市場で何かに使う素材を大量に買い集めたりとややおかしな行動が見受けられたそうです。」
「にゃにゃ。それで?」
「国家やギルドの条約でダンジョンの調査には特別な許可が必要になるのでシヴァル様のやろうとしていたことは当然違法なのですが…ギルドは放っておくことにしました。面倒だったわけではありませんよ?これは泳がせていたというやつですね。ギルドとしては長年謎の多いダンジョンの解明を少しでも進めてもらっていい感じに研究成果が出たら過去の罪の数々を盾に成果を横取り…おほん。提供してもらおうと思っていたのです。しかし一年前から彼の担当の職員からの定期報告がぱったりと絶えてしまい、その後の足取りが一切つかめなかったのですが…割と近くに居りましたね。山を一つ越えればそこはもう冒険都市ですし。おそらく行方不明の冒険者も彼の仕業でしょう。」
「泳がせた結果がこれなわけだけど。ダンツ達は無事なわけ?」
「おうメルシェ。お前も無事だったか。」
「当然じゃない。大金を目の前にしてやられてたまるかって感じよ。」
メルシェは両腕に大量の魔貨を抱えて目を金の単位に輝かせてそう答えた。だが一応仲間のことは心配らしい。魔貨を地面に落としてヴェラザードに詰め寄った。
「冒険者を攫ったのは口封じか研究の邪魔を防ぐ目的かはわかりませんが、あれでも正義の側の冒険者ですし殺してはいないと思います。おそらく全員無事でしょう。」
「どうするの?こっちから探しに行く?」
「こちらから動くのは危険です。森の中に霧やトロルが残っていないとも限りませんし。」
「許可を得ようにも依頼人があの調子じゃあなぁ…」
そう言って冒険者の一人が向こうを指さした。そこにいたのは…
「カメガモ様じゃあ!!」「これで我がクランは一生安泰だな!!」「ありがたやありがたや…」「踊れ!!祝え!!カメガモ様をもてなせ!!」
そこにいたのはカメガモを前に喜びのあまり泣き、笑い、踊ったり平伏したりしている亀とカルガモの団員たちの姿があった。セーヌが連れてきたのはアレンだけではない。もともと探していたカメガモまで連れてきたのだ。商人の憧れであるという幻の珍獣カメガモ。それも親子セットで見つけたとなれば亀とカルガモの連中はどうとらえるだろうか。答えは容易に想像できた。
「人の子よ。我を崇め讃えなさい。」「ぴよぴよ。」
「「「「「「ははーっ!!」」」」」」
カメガモは木箱の上に立ち、翼をばさりと広げてポーズを取っていた。亀とカルガモの連中はそれすらも尊く直視できないと地にひれ伏す。その中にはザコウサギに取り囲まれ全身モフモフ状態のフレンネリックの姿もあり、話しかけてまともに取り合ってもらえそうな者は一人もいなかった。
しかしヴェラザードはそんな彼らを気にすることは無く、むしろ探し物が見つかってよかったですねと目的を達した依頼者を祝っていた。
「探さなくてもまったく問題ありません。心配しなくてもクロノスさんがシヴァル様を捕まえているでしょう。あの人とシヴァル様は腐れ縁のお友達ですから…おや、噂をすれば。」
森の中から出てきたのは冒険者の集団。午前中の間に姿を消していた者達だった。そして彼らの隊列の中で二人の冒険者が太めの棒を一本えっほえっほと足並み揃えて担いでいた。その棒の真ん中らへんには一人の男と一匹の兎が紐で縛られていたのである。
「離せ…!!離せったら…!!くそ、この紐なんで切れないんだよ!?さっきからエッジシャークの牙を研いで作ったナイフで切ろうとしているのに傷一つも切れやしない…ブラック君ももっと!!」
「ぎゅ…ぎぃ…!!」
男は手に持つナイフで。黒ウサギは己の自慢の歯で紐をちぎろうと試みていたが全く切れないのである。
「その紐は王蜘の糸を編んで作ったやつだ。ちょっとやそっとじゃ切れないぜ。カメガモを釣り上げた時に捨てずに絡まりを解いておいてよかった。」
必死に抵抗するシヴァルと黒ウサギの横で、彼らを捕えた張本人であるクロノスはそう答えた。
ダンジョンの中をヒャッハーしながら突き進む冒険者に混じって最下層を探索していたクロノス達だったが、そこで収集つかぬと秘密の出口からこっそり逃げ出そうとしていたシヴァルを見つけたのだ。普段のシヴァルならば危険なモンスターを何匹も引き連れているのでクロノスといえど捕えるのはさすがに少しは苦労する。しかし本日のシヴァルは研究のため黒のザコウサギ以外は全て拠点に置いてきた丸腰も同然の身。クロノスは主を守るため襲いかかってきた黒ウサギをあっさりとあしらい、無防備なシヴァルを捕えて件の糸で作った紐でダンジョンの外の木から取った適当な棒に括りつけたのであった。
「さすがは僕の親友。準備がいいな。てかそんなものこんなくだらないことに使うなよ!! 王蜘なんてレアなモンスター倒してるんじゃないよ!!僕にくれよ!!」
「あーはいはい。ギルドに引き渡した後でちゃんとあげまちゅからねー。よちよち。」
赤ちゃん言葉でシヴァルをからかうクロノスを見ていたセーヌ達にヴェラザードは「でしょう?」といった具合の顔をしてから彼らを迎えるのだった。
「おお我が仲間のメルシェとアイジュ。無事なようでなによりッス。」
「まったく、ダンツもエティもグザンもセインも心配したんだからね。」
「そんなことりお腹すいたなー。何か残ってない?」
「心配させたテメェらに喰わせる飯はねぇ!!…と言いたいところだが、元々数日にわたる捜索を予定していたうえに昼には半分も冒険者がいないもんだから食料はまだたんまり残っている。カメガモも見つけた今用もないから今日中に帰るらしい。荷物減らしも兼ねて何か作って食おうぜ。」
「「賛成!!」」
捕えられていた冒険者達は外の仲間と合流して各々の無事を確認して喜んでいた。そして腹が空いたと余った食料を調理して遅い昼食を摂ることにしたのだ。腹が空いていない者は怪我人の手あてや壊されたテントの後片付けをしていた。
「なるほど。おおよその予想通り。クロノスさんも期待通りの働きでお見事です。褒めてあげましょう。」
「いつものことながら君は感謝の気持ちが適当すぎやしないか?S級冒険者を捕まえるなんて芸当できる奴はそうはいないと思うんだがな。」
昼食を作る大なべの近くの焚き木の前を陣取っていたのはクロノスとヴェラザード。そして捕まえたシヴァルと黒いザコウサギだった。そこでお互いにあったことを報告していたのだった。
「それにしてもだ。なんだよ。ギルドでもシヴァルを見張っていたのか。てか被害が出る前に捕まえてくれよ。こっちはいろいろと大変だったぞ。せっかくダンジョンポーションで怪我を治したのにトロルに無謀に突っこんでまた怪我する奴とか出てたし。改造され尽くしてヤバそうだったダンジョン核も結局粉々に破壊してしまった。」
クロノスはそう言って片手で遅い昼食を食べながらもう片方の手でポケットから水晶の破片のようなものを取り出してヴェラザードに渡した。緊急事態なので致し方なしとそれを受け取った彼女もクロノスを責めるようなことはしなかった。
「責任は全てシヴァル様持ちということで大丈夫でしょう。それよりもなのですが…シヴァル様。ひとつお尋ねしたいことが。」
「ん?なんだい?僕に答えられることならなんでも答えちゃうよ!!…だからこれ外して!!お願い!!アツゥイ!!」
「きちんと真面目に答えてくれたら考えておきます。」
ヴェラザードが隣で棒に巻きつけられて焚火でぐーるぐると回され炙られていたシヴァルに問うた。ちなみにヴェラザードの故郷で「考えておく」というのは「お断りします」という意味なので多分解放する気はない。
「ゴラトゥードはどこにいるのですか?ギルドがあなたの担当にと付けた職員です。こういうことにならないように常にS級冒険者の同行をすぐそばで見張る担当職員であると言うのに。彼女の姿が先ほどから全く見えませんが…」
ヴェラザードはシヴァルの担当に決まり彼の下へ赴く直前に「S級冒険者なんかには絶対屈しない!!ギルドを舐めるなよ!!」と決意を固めていたきりっとしたツリ目の横に泣き黒子が特徴的なセクシーさ溢れる女性の専属担当職員の所在を尋ねた。もちろんゴラトゥードというのは彼女の姓である。
「あぁあいつ?それならとっくに調教を終えて僕のカワイイ手駒ちゃんだよ。今は僕の帰りを待ってアジトで全身からいろんな汁を垂らして絶賛放置プレイ中だぜ。」
「あのバカもダメでしたか…」
シヴァルの晴れやかな答えにヴェラザードは頭を抱え、主の帰りを待ちながら「S級冒険者には勝てなかったよ…ご主人様早く帰ってきてトゥードをいじめて…」と呟いている同僚を想像して深くため息をついた。
「モンスターと心を通わせようとしている僕にそれよりもはるかに簡単な同族の雌の心を落とせないわけがないだろう。てゆうか君達も学習しないよね。僕を籠絡させるのを期待してカワイイ女の子を送ってくるのはいい加減やめなよ。なんで男の職員送ってこないんだい?」
「実は男性職員の派遣希望者もいないことは無いのですが、どうやらあなた様の手綱を握るどころかアレをソレして突っ込みたいらしく…「僕が悪かった。今後も女の子を派遣してくれたまえ。」…はい。畏まりました。本部に戻って次の候補の選定をしてもらいませんと。私の権限で彼女のシヴァル様担当の任を解くので彼女には本部に帰還するか職員を辞してこのままシヴァル様の豚になるのか聞いておいてください。…尋ねるまでもないと思いますが。」
彼女もシヴァルの手綱を握るどころか己の手綱を握られ馬のように跨がれている状態になっていたとしても決して恥じることは無いのだろう。なぜならシヴァルの下に過去派遣された担当職員全てはシヴァルの調教テクニックに屈して彼の哀れな雌豚に堕ちてギルドを辞めてしまったのだから。今頃は元担当職員の先輩たちに混じって楽しくモンスター達のお世話に勤しんでいることだろう。ヴェラザードはゴラトゥードの控えめな笑顔を思い出し、そして元同僚となったであろう彼女と縁を切ることにした。類は友を呼ぶのだ。呼応して馳せ参じる新たな友に自分まで同類扱いされたらたまったものではない。
「兎にも角にもこれでシヴァル様をチャルジレンまで連れていけます。普段連れているモンスターが今日は黒のウサギ一匹というのも好都合。」
「ええ…!?いやだいいやだい!!チャルジレンは嫌だ!!てゆうか滅竜鬼が嫌いだから行きたくない!!研究の成果ならいくらでも紙に書き写してやるからそれは勘弁してー!!」
「わが友よ諦めよ。…なんつってな。今回の件はどう考えても君が悪い。違法なモンスターの所持とダンジョンの不法な占有にそこでの研究。さらに冒険者への傷害、誘拐、監禁に…これだけの罪があって言い訳できる奴がどこにいる。」
「いるさっ!!ここに一人な!!だいたいモンスターの件は今まで黙認してくれたじゃないか。少しは乗除酌量の余地を考慮してくれよ。こちとら全財産叩いて開発したダンジョンが見事にぶっ壊されて素寒貧だぜ?これ以上は例え逆さまにしたって賤貨の一枚も出やしないよ。既に逆さまだけど。あ、今正位置に戻った。あーまた逆さに…アッツイ!!」
「言い訳などさせません。それと今回の件でトロルの魔貨のレートが随分と落ちることでしょう。損害はシヴァル様に払っていただくので向こう一年は本部直属でタダ働きです。」
「そんなぁ…」
「ぎゅーい…」
ぴしゃりとくるくる回されるシヴァルへの判決を下したヴェラザード。彼女に沙汰を下す権利はないのだが長年のギルド務めの勘からおそらくそう違わない罰を受けるだろうと知っている。火炙りにされてもなお元気なシヴァルとブラック君だったが、その言葉を受けてげんなりとしていた。その光景を昼食のスープを飲み干してくっくっくと下手くそに笑うクロノスだった。
「…すごい…これが…」
クエストに着いてきて騒動に巻き込まれた少年アレンは目の前の光景に目を奪われていた。その光景とは高く積み上げられた何百枚ものトロルの魔貨であった。冒険者達が各々手にしたトロルの魔貨は一応クエスト中の取得物ということで亀とカルガモが全て回収していた。ただ彼らはカメガモを手にした時点でそれらには全く興味が無かったので集計してギルドで換金した後、今回クエストに当たった冒険者達に均等に分配するのだそうだ。
「魔貨ってギルドが買い取ってくれるんだよね…トロルの魔貨は高いってみんな言ってるしこれだけの数、いったいいくらになるんだろう…あ!!ねぇおっさん!!」
「ん?アレンか。どうした?」
大量の魔貨に感動するアレンは壊された本部のテントの片付けで近くを通った亀とカルガモの知り合いの団員に声を掛けた。
「これだけの魔貨いったいいくらくらいになるの!?」
「そうさなぁ…冒険者は四百人いて均等に分けなきゃだから…これくらいだろうかな。」
「そんなに…!?一人あたりの報酬なんだよね!?」
目をキラキラと輝かせて男に問うアレン。男が計算をしてこれくらいだと指を使って伝えると、その輝きはより一層強くなった。
「…やっぱり、冒険者って稼げるんだ…!!」
「そんなことよりついてきたんだから片付け手伝ってくれ。カメガモ様も見つけたし日が暮れる前に街へ帰るぞ。」
男が片付けの続きに戻ってもアレンはずっと魔貨の発する輝きに目を奪われていた。そこに食事を終えてあたりの様子を覗っていたクロノスとナナミが来た。
「よぉアレン。トロルの大群はおっかなかったろ?まぁこれに懲りたら冒険者になるなんて言わないで街でおとなしく実家のパン屋を…「おいら、なる…!!」…あ?」
「おいら絶対に冒険者になるぞ!!モンスター倒して大儲けして必ず大金持ちになるんだ!!」
天に向かって大声で叫ぶアレンを見たクロノスは思った。こいつ全然俺の言っていたことを理解できてねえと。
「(これは…動き出すのも時間の問題か。正直動向を見張りたいがヴェラとシヴァルをチャルジレンに送らなければならないからな。ここからなら一度ミツユースに戻るよりも直接チャルジレンに向かった方が早い。…一日だけなら大丈夫か。)」
「アレン君冒険者になるの?好きでなるものじゃないと思うんだけどなぁ。人それぞれなのかな?」
「ナナミちょっといいか?」
「私達も早く帰ってご飯にしようよ。魔貨を渡した冒険者はみんな帰り支度を始めているし。ご飯ってのは準備する時間もあるからお腹すいたと思った時に作り始めても遅いんだよ?早く…」
「俺ちょっとチャルジレンまで行って来るわ。ヴェラとシヴァルの護送だ。ま、山ひとつ越えればすぐにチャルジレンだしその程度なら明日の朝には戻る。ついでに猫亭の団員探しの期間延長のお願いと戦士探しもしようか。だが俺がいない間に一つ頼まれてくれ。」
「いきなりだなぁ。ところで頼みってなにをすればいいの?」
「…アレンから目を離すな。」
クロノスはそれだけ言って首をかしげるナナミと未だ叫び続けるアレンの元から去って行った。来た道を戻る途中で怪我人の手当てとその手伝いをしていたセーヌとリリファにもナナミへ言ったことと同じことを告げてからシヴァルとブラック君を縛る木の棒を釣竿のように肩に担いで、ヴェラザードを伴い跳ねるように野山を掛けていくのだった。
さて、ボスのシヴァルも無事に倒したしこの後はカメガモ発見の成功祝いに猫亭で一杯。…というのがいつもの流れかも知れないが今回はまだお預けだ。シヴァルは今回のボスでは決してないのだから。小さなチャレンジ・スピリッツ。どうか後少しだけお付合い願いたい。なぜなら「彼」の魂に、熱い挑戦の想いの火は未だ灯ってはいないのだから。