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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第65話 小さなチャレンジ・スピリッツ(ダンジョンから脱出しましょう)


 冒険者が生活の糧としているギルドが出すクエスト。その内容の一部がモンスターに関するクエストだ。中でも特に多いのが人に危害を加えるモンスター討伐のクエストで、これは冒険者でなくとも理解できるだろう。


 ミツユースは比較的都市部であるため内部で暮らす住民にとってモンスターの脅威はそれほど有り触れた物ではないが、未発展な地方の小さな街や村では野生のモンスターの脅威に命を脅かされる日々が未だに続いている。畑の作物を荒らすならばまだマシな方で酷い所では人間を餌と認識して群れで襲ってくることもある。それによって滅びた村や街の数はもはや両の指だけでなく足の指まで使っても足りないくらいだ。地方の住人の中には自分の街や村を守るために戦えるだけの力を付けたり、腕に覚えのある冒険者の伝手を作ったりするために冒険者になった者もいるほど。


 一般人にとってモンスターとは無視できない存在だ。しかし自分達では満足に戦うこともできないし、自国の兵力に頼るのも限界がある。そのために頼りにするのが冒険者である。戦えない自分達に代わり勇敢にモンスターに挑み打倒す。一般人にとってその姿はまさに英雄といっても過言でなく、地域によっては旅で立ち寄った冒険者を手厚くもてなす所もあるほどだ。あ?ミツユースでぐうたらしてる冒険者とは比べ物にならないって?その通り。そんな優秀な冒険者は一握りだ。そいつらだって金のためにやっているので金を払えないところには当然来ない。


 モンスター討伐クエストを得意とする実力者の名を挙げるならば真っ先に二本の指に入るのは「滅竜鬼」のアティルと「神飼い」のシヴァル。必ずこの二名だろう。この二人はモンスター討伐クエストの実績で常に上位に立ち、強力なモンスターを討伐するたびに話題になるので冒険者ならば知らぬ者はいない。てゆうか知らないでなんで冒険者やってるの?くらいのレベルの知名度がある。


 ともにS級冒険者のこの二人だが、実は正反対の冒険者である。その理由とは何ぞや?まずはそれを知ってもらおう。


 滅竜鬼のアティルことS級冒険者アティル・ジキンハイスはモンスター討伐を得意とする冒険者クラン「魔砕の戦士」のクランリーダーを務める職業クラス剣士ソーディアンの女性冒険者だ。

 普段はクランの拠点がある冒険都市チャルジレンで団員の指揮を執っているが、ひとたび危険なモンスターが出現した話を聞きつければ大陸のどこであっても優秀な団員を引き連れて自ら剣を取って戦う。そして現れたモンスターを魔砕の戦士のクラン方針である「モンスターは絶対悪。見つけ次第殺せ。逃げたら追って殺せ。許しを請うてもその場で殺せ。最後に全てを殺せ。」に基づきその地から殲滅し尽くす。

 地方の村や街などは大金を報酬に出せないこともあが、それでも必死に集めた金であるならば彼女は決してクエストを選ばない。世のため人のためにモンスターと戦うまさに冒険者の鏡といった人物だ。


 一方で神飼いのシヴァルことS級冒険者シヴァル・ビートイーターはこれといった拠点を持たず、誰の下に付くことも誰かを下に付けることも無い完全なソロ冒険者だ。普段は大陸のあちこちをふらふらと彷徨い、その地でモンスターの被害の話を聞けば気まぐれに手を貸す。

 気まぐれであってもモンスターを討伐してくれるのならそれでいいじゃないかと何も知らない人間は言うだろう。しかし彼は何も世のため人のためにモンスターと戦うわけではない。自分自身のために戦っているのだ。

 シヴァルの職業クラスは「魔物使い(モンスターテイマー)」だ。魔物使い(モンスターテイマー)とは、本来その多くが人に決して懐かない危険なモンスターを調教術や洗脳術。契約術などを用いて半強制的に従え、自分に代わって戦闘を行わせる冒険者自身がまったく戦わないのが特徴の珍しい職業である。

 どうしてモンスターの討伐をしているシヴァルがモンスターを従えているのかって?逆だ逆。シヴァルはモンスターマニアでモンスターが大好きなのだ。それも超が付くほどのド変態の。彼は「魔物使い(モンスターテイマー)」として過去に従えた様々な友達おもちゃを愛し、より強力で凶悪な個体へと昇華させるのが趣味だ。

 彼が大陸中をふらついているのも常に珍しいモンスターの情報を集めていることと、所有しているモンスターの多くが魔物使いであっても所持を認められていない違法なモンスターの数々であるために彼を捕まえて説教したいギルドから常に追われていることに由来する。討伐のクエストを受けるのだって珍しいモンスターを探すためと自分のペットのご飯にするためのモンスターの調達のためだ。彼にとってはモンスター討伐クエストはペットの餌の確保とその他必要資金を調達できるまさに一石二鳥のクエストなのだ。


 とにかくだ。以上の点をまとめればアティルは一般人にとっては英雄のような人物で、シヴァルはできれば会いたくない変人。それくらいの違いがある。冒険者達にもこの評判は伝わっており、アティルに会ったら絶対に名前を覚えてもらえ。一生自慢できるぞ。シヴァルに会っても絶対に知らないふりをしろ。絶対に名を聞くな。教えてもダメだ。それくらいの差がある。以上が二人のS級冒険者についての世間一般と業界での認識である。







「―――それが神飼いのシヴァルだ。いい勉強になっただろう。ま、だいたいの奴は知っていると思うけど。」

「神飼いといえば私も知ってるわ。そう、彼が…サイン貰っておけばよかったわね。S級冒険者と言えば多くの冒険者の憧れの的…売ればしばらく生活に困らなそうだし。」

「やめておいたほうがいい。名前を覚えられたら苦痛。」

「神飼いなんて全然知らないんだけど…それと誰よ滅竜鬼って。」

「お前…知らないでよく冒険者やっていたな。裏街の孤児だった私でも知ってるくらいだぞ。」

「「「「神飼い…ゴクリ。」」」」


 クロノスの話を聞いてただ一人ナナミだけはその名を知らなかったが、彼女は元々この世界の人間なので仕方ない。殆どの冒険者はその名の大きさに恐れおののいてしまっていた。


「マジ最悪…今日の占い最下位だっただけあるわ。」

「うわ、聞かなかったことにしていい?」

「あ~あ~聞こえな~い。なんにも聞いてませ~ん。」


 訂正。単にシヴァルと関わり合いになりたくなかっただけの様だ。その気持ちは分かると同意するクロノス。


「違法なモンスターの所持をしてギルドから追われているのならそれはもうお尋ね者ではないのか?」

「いや、仮にもあいつだってS級冒険者だからな。そのモンスターで難しいクエストでも簡単にこなせる地力はある。ギルドだって機嫌を損ねてほしくはないからモンスターの違法所持もギルドからほぼ黙認状態…別に指名手配されてるわけでもないし、探しているのは奴のおおよその居場所を把握するための形だけのアピールみたいなもんだ。最もモンスター達をどこでもお構いなしに暴れさせるもんだからクエストを受けても防衛対象の街や村をめちゃくちゃにしてしまうから結構いろんなところから恨みを買っている。」

「それは…冒険者として活動し辛くなるんじゃないのか?復讐とかされないのか?」

「仮に復讐に来たとして勝てると思うか?S級に。あいつ自身はそこまで強くないが普段お気に入りの魔術や薬品で改造しまくったモンスターを多数引き連れているんだぞ。しかも普段は古代の魔道具を使ってモンスターをポケットに入れているから持ち運びも楽々。特にレッドくんことレッドフレイムサラマンダーとイエローくんことバチバチエレキネズミは俺でもかなり苦労する。」

「字面がアウト臭い…てゆうかクロノスさん倒せないとは言わないんだね。」

「苦戦はするけどな。結局俺のが少し強い。」


 クロノスは得意げに語るが肝心なことをまだ言っていない。なぜシヴァルはこんなことをしているのか。それがわからぬ冒険者一同だった。


「そんな人がどうして冒険者を捕まえているんだろ?」

「さぁな。でも深い理由なんかないと思うぜ。自分以外の人間はとことん無関心な奴だからな。なぜか一部の獣人には少し興味があるらしいが…まぁあれでも一応正義の側の冒険者だから人に危害を加えるつもりは無いとは思うけど…」

「こっちは怪我人続出だけどね。」


 ナナミはそう言って奥で未だ治療を受けている大怪我の冒険者達を見た。これで被害を与えるつもりがないと言われても信ずるに値しないというやつだろう。


「言っただろう。あいつは他人には関心がないと。君達を捕まえたこともあいつは本気で善意の保護だとか思ってるだろうぜ。他人に対する配慮も死ななきゃオールオッケーブイ。みたいな性格してるからな。比較的丈夫な冒険者ならなおさらだ。」

「犯人がわかったようでなによりですがクロノスお兄いさん。俺らここから出たいんですが何とかなりやせんかね?」

「動けるやつらで攻撃してみたんですが、びくともしないんです。」


 猫亭で酒盛りじゃあとワイワイしていた冒険者だったがどうやら今はふざけてないで脱出するべきだと言うことで意見が一致したらしい。クロノス達の話にナッシュとシュートが入ってきた。他にも真面目に戻っていた冒険者は何人もおり、どうでもいいから早く出してくれよって感じだった。


「心配しなくてもちゃんと出してやるよ。とはいえここはダンジョンの最下層だから少し歩いてもらうが。」

「ちょっと待ってよ。結構ひどい怪我人もいるのよ。バレルのお爺さんは腰を打って悶えてるしターナはセーヌの匂い切れで気絶したし…他にも何人も動けないの。置いていくわけにもいかないしトロルが徘徊している危険なダンジョンの中を守りながら移動するなんて無理よ。」


 クロノスが冒険者を檻から解放しようとすれば怪我を負った冒険者を治療していた治癒士にドクターストップを掛けられてしまった。ターナとかいう少女は大丈夫じゃないの?とか思ったがクロノスはあえて言葉に出さなかった。


「トロルか…あいつも守護者クラスのモンスターをどうやって何体も出しているんだか…なんにせよまずはコアを確かめないとか。よし、まずコアを探すことにする。最悪ぶっ壊しちまおう。盗賊の奴と宝探しや隠し通路見つけるのが得意な奴は何人か俺と一緒に…」

「おいおい、それはちょっと勘弁してほしいかな。」

「…なに!?」


 背後からの声にクロノスは驚いた。蟻の足音ですら感じ取れる自分がさっきまでなんの気配も感じなかったからだ。一体どうやって自分の背後に…疑問に思いながらもクロノスが後ろを振り向けば、そこにいたのは一人の男と一匹の黒いザコウサギがいた。噂をすれば影という奴だろう。彼らはクロノスの予想通りの人物だったのだ。


「ダンジョン内のトロルが次々倒されていると報告があったから冒険者の捕獲を一時打ち切って急いで戻ってみれば…終止符打ち。やっぱり君だったね」

「よぉ神飼い…久しぶりだな。会えて嬉し…いややっぱり会いたくも無かったわ。見なかったことにしてもいい?俺が目を閉じてるうちにどっか行けよ。」

「相変わらず酷いな君って。とにかく久しぶり。一年ぶりくらいだっけ?元気してた?」

「とっても元気そのものだったぜ。君に会うまではな。」


 現れたシヴァルの姿を見て後ろの牢で捕まった冒険者達ががやがやと騒ぎ出す。


「あれが…神飼い…初めて見た。」「S級冒険者が二人…こんな絵面滅多に見れないぞ。」「お兄いさん方。そんなにすごいことなんですかい?」「ああ…くそっ、絵描き道具持ってきておけばよかった。」「仲間に話しても証拠が無ければ信じてもらえないぜ。もったいねぇ…!!」


「あれが神飼いのシヴァル…クロノスさんと同じS級。でも…」

「なんというかオーラを感じないな。強者って感じがしない。普段のクロノス以上に。」


 他の冒険者と同じくシヴァルを初めて見たナナミとリリファだったが、見た目普通の街にいる人間と同じ恰好をしている枯草モヤシごぼうの彼がS級冒険者であるという事実がいまいちピンと伝わってこないのだ。


「あんま油断するなよ。こんなナリだがトップクラス冒険者の一人であることには変わりないんだ。もう一度言う。こんなナリだが油断するな。」

「なるほど。モンスターにも見た目で敵を欺くやつがいると聞くからな。こんなナリでも油断は良くないな。こんなナリでも。」

「そうだよね。こんなナリでも見た目で決めつけちゃダメだよね。こんなナリでも。」

「本当にひどいなー。まぁ強そうに見えないのは自覚あるけどね。僕自身が戦えるわけじゃないし実際S級の中では最弱だし。それにしても…」


 シヴァルは冒険者達を見渡してから大きなため息をついた。冒険者達にではない。彼らが旦那や兄貴と呼び慕っているクロノスにだ。

 

「前に会った時は驚いたものだよ。あの時は目の前の君が実は終止符打ちそっくりの赤の他人だとか、もしくは見た目だけそっくりで性格は正反対の生き別れの双子の兄弟だとか思ったものだけど…あの日のことは夢じゃなかったみたいだね。」


 シヴァルは会話を続けながらも表情を変えた。しかし今度の彼の目はクロノスを敬愛する目ではない。まるで侮蔑するかのような蔑んだ色をしていた。


「雑魚冒険者をぞろぞろ引き連れてお山の大将気取って君らしくない。探しているお尋ね者の冒険者のあぶり出しと言った方がまだ言い訳が建つよ。ギルドの寡黙な犬はどこへ行ってしまったんだい?ボクはあのクールな君が超大好きだったのに。」

「ふん、俺は変わったのさ。それにお山の大将ってのも案外悪くはないぞ。モンスターの尻ばかり追いかける万年ソロの冒険者の君では一生分からないだろうがな。」

「君もついこのあいだまでは孤高の一匹オオカミだったのによく言うよ。しかし本当に残念だよ。君とは山ナメクジと冒険者のどっちが賢いかで朝から晩まで語り明かした仲だったというのに…僕の話に付き合ってくれるのは君くらいなんだよ?」

「…それは俺が本当に無口だったのをいいことに君が一方的に喋り続けたんだろうが。それよりもあいつはどこに行ったんだ?ホラ、前に会ったとき君が伴侶だと言って連れていたメデューサ。」


 クロノスはシヴァルが以前連れていた頭髪が生きた毒蛇で構成された人型のモンスターであるメデューサのことを思い出した。その時のシヴァルは「妻たるもの夫の三歩後ろを慎ましく歩かないとね」と言ってかなり短めのリードを彼女の首輪に繋いで無理やり引っ張っていた。あの時は死が二人を分かつまで永遠に一緒だと言い切るほどに熱心だったので今日も一緒かと思ったのだが、シヴァルの隣にいたのはそれよりも前から常日頃一緒にいた黒のザコウサギが一匹だけだった。


「ああ。彼女とは別れたよ。…性格の不一致でね。」

「不一致?」

「夜の生活のことさ。僕は愛さえあれば男女の行為は必要ないのに彼女ったら張り切っちゃって毎晩僕を石化させて丸呑みにしようとするんだもの。いくら僕でも石化プレイと丸呑みプレイはちょっと上級者向けすぎるかな。どうしてそんなことするのって聞いてもいっつもヒステリー起こしてきぃきぃ喚くだけなんだもん。僕もう疲れちゃった。」


 けらけらと笑って話すシヴァルだったが、話を聞いていた者は全員顔が引きつっていた。メデューサはただ単にお前を餌と認識して捕食しようとしていただけだぞ。あと泣き喚いていたのも威嚇していただけだと思う。


「まぁ悪いのは彼女の方ってことで慰謝料代わりにコレを貰っておいたからさ。もう怒ってはいないんだ。」


 シヴァルはポケットから拳大のコインを取り出したが、クロノスはそれがメデューサの魔貨であることはすぐに分かった。以前彼はメデューサとはとあるダンジョンで運命的な出会いをしたことが馴初めだと言っていたので魔貨があるということは…まぁそういうことだろう。二人は宣言の通り片方が死んだことで別れたのだ。


「結局今回もダメだった。僕にふさわしい花嫁はいったいいつになったら現れるのやら…」

「そもそも人間と生活環境が合わないモンスターを無理やり嫁にする君の方が間違ってないか?これで何体目だよ。」

「56人目だよ。歴代の妻は遺品をみんな額縁に入れて飾ってあるから今度見においでよ。」

「いい加減モンスターを嫁にするのは諦めて人間の女を口説け。君の容姿なら引く手数多だぜ。」


 シヴァルはやせ細った枯草のような男だがそれでも顔は決して悪くなく、本性を隠して少しのテコ入れがあればあっさりと街の面食い女を引っ掛けることができるだろう。その後で幸せな結婚生活が続くかどうかまでは誰にも保証できないが。


 クロノスは妥当な落としどころの助言をしたつもりだったがシヴァルには納得してもらえなかったようで、彼はやれやれと聞こえるくらいにわかってないなぁという態度を取った。


「僕が人間の雌に興味があるわけないだろう。顔が獣の顔だとか趣味はモンスターの剥製作りですとかならわからんでもないけど、僕の崇高な趣味を理解してくれないやつは死んでもお断りだね。仮に僕の嗜好を解してもらえたとしても見た目のケモ度が最低でも3くらいは欲しいな。」

「どんだけピンポイントなんだよ。そこまでいったら魔族だろうに。なんでそこまで人間の女が嫌いなんだか。」


 シヴァルに見合う彼好みの女性はおそらくいない。意地でも人間の女性は嫌だと言うことだろう。


「何この人…話聞いてるだけでどんどん頭が痛くなってくる。」

「もしかして地下霧ダンジョンミストの影響がまだ…なわけないわね。私も頭痛いもん。」

「やべぇ…こいつとは例え拳で殴りあっても一生分かり合えないと思う。」

「こんなひどい人間がいたんだね!!クルロさんもびっくりですよー!!」

「なぁシュート。俺たちは冒険者の世界にまだ片足も浸かってなかったみたいだな…」

「そうだなナッシュ。まだまだ世界は広いな…」


 シヴァルの自己流モンスター愛を語り聞かせられた冒険者はたちまちげんなりとしてしまっていた。


「これで分かっただろう。こいつはそういう奴なんだよ。興味の対象はモンスターだけだし、モンスターだって一度でもつまらないと興味を失えばあっという間に殺して秘蔵のコレクション入りだ。まともに話ができると思うなよ。相手にするだけ疲れるだけだぜ。さて…」


 このままだといつまでも不毛な会話が続きそうだったのでクロノスは本題に入ることにした。


「で?君はこんなところで何してるんだ。ここはミツユースの支店の管轄内だが一つ山を越えればすぐに本部のあるチャルジレンだぜ?ギルドが君がここにいると知ったら精鋭揃えて捕まえに来るぞ。主に違法なモンスターの所持とクエストの度にあちこち破壊する件で。」

「ギルドもひどいよね。悪いことしてる自覚はあるからそのモンスターを使って各地でクエスト頑張っているのに。まぁ僕は生活費と友達のご飯を確保したいだけなんだけど…ああ。何をしているのかだっけね。君になら教えてもいいか。ブラックくんちょっとごめんね。」

「ぎゅう…」


 シヴァルは抱きかかえて撫でていた黒いザコウサギを床へ降ろした。ブラックくんは名残惜しそうにしながらも主の命とあるならばと彼の後ろへ引っ込んだ。


「僕はね、ダンジョンを作っているんだ。」

「あ?」


 シヴァルの言葉にクロノスは間抜けな声を上げてしまった。それくらいにシヴァルの言っていることの意味が理解できなかったのだ。モンスター愛が強すぎてついに頭がおかしくなったのかと思えたほどに。


「ここのダンジョンは元々あったやつだろう。それに未解明の技術の塊で遙か過去に神が人類に与えた試練と言われるくらい訳の分からんものをどうにかできるはずが無い。」

「ああごめん。勘違いさせてしまったね。作っていると言っても元あったうすのろの休憩室を改造しているのさ。最初この場所を知った時びっくりしたよ。本当に誰も来ないんだもんこのダンジョン。僕一年くらい前からここに住み込んで改造やっているけど、その間に誰一人来ないんだよ?ミツユースの支店もまともに管理してないみたいだし…すぐ近くにギルドの本部があるのに、灯台の下暗しとはこういうときのために使う言葉なんだね。」


 いい物件を見つけたと笑って話すシヴァルだったが、話を聞いていたクロノスには彼の改造という言葉が分からなかった。


「改造だと?いったいどうやって…」

「ダンジョンのコアは色々と謎に包まれている…ってことになってるけど、僕みたいな趣味に情熱を注げる変態にとってはある程度の解明も難しいことじゃない。ギルドに居場所を把握されずに一年間こつこつと研究を続けて最近になってようやくいろいろわかってきたのさ。ほい、ぽちっと。」


 シヴァルが持っていた杖の先のボタンを押すと、檻の中の壁から霧が噴き出てきた。霧を浴びた冒険者達はここへ捕まる前と同じように次々と不調を訴え出した。


「これって…地下霧ダンジョンミスト…!!」

「またかよ!!おえっぷ…」

「頭痛い…」

「また眩暈めまいが…!!」

地下霧ダンジョンミスト!?さっきの君達の話では似たようなパチモンの何かとしか思ってなかったがまさか本物とはな…なんでそんな罠がこんな簡単ダンジョンの中にあるんだよ。」


 リリファの言葉に驚いた様子のクロノスだったが、不調の冒険者の様子を見てこの霧が本当に地下霧ダンジョンミストであると断定したようだった。


「クロノスさんはなんともないの…?」

「この程度なら地下霧ダンジョンミストでも軽い方だ。顔に出るほどじゃない。」

「やっぱ君には効かないよねこの程度じゃ。この地下霧ダンジョンミストも元々ここの核が持っていたんだよ。ただコストが重すぎて設定されていなかったんだ。…ああごめんね。今消すから。」


 シヴァルが再びボタンを押すと霧は瞬く間に消えてなくなり冒険者達も正常になった。


コアが元々持っていたってのがよくわからないんだが…」

「うん。ダンジョンのコアにはダンジョンに設置できる機能の情報がいくつも入ってる。ダンジョンの修復機能とかモンスターの自動生成機能とかもその機能の一つなんだ。でもそれらを設置するにはダンジョンコアのエネルギー…いわばポイントというべき数値が必要でさ。ポイントの消費が大きい仕掛けを設置しようとすると他の機能を動かすだけのポイントが足りなくなっちゃうんだよね。」


 ポイントが足りない。その言葉でクロノスは一つ疑問に突き当たった。ダンジョンの修復やモンスターの生成にもポイントが必要というのならもしかすると…


「…もしかしてそのポイントってはコアごとに持ってる数値が違うのか?」

「察しがいいなぁ!!さすがは僕が親友と認めた男だ。君の言う通りでここみたいな難易度の低いダンジョンのコアは持ってるポイントが少ないみたいなんだよね。いや逆だな…持ってるポイントが少ないから簡単な仕掛けとダンジョンを維持できる機能くらいしか設置できないんだ。」


 そう言ってシヴァルは杖の先のボタンをこつんと叩いて見せた。


「その杖の先のボタン…それがここのコアか。」

「うん。外への持ち運びは難しいけどダンジョン内だったら自由に動かせる。たぶん壊されるのを阻止するためなんだろうけど…」

「ちょっと待ちなさいよ!!」


 クロノスとシヴァルの会話に入り込んできたのはジェニファーだった。彼女は鉄格子に手を掛けて叫んだ。


「あなたはさっきダンジョンの外で私と会ったわ!!そのときもその杖を持っていた。ダンジョンのコアは外に持ち出せないんじゃなかったの?」

「君とはさっき会ったね。君の疑問に答えるのは簡単だよ。君達がいたところ…あそこがダンジョン内だったのさ。ここ、うすのろの休憩室のね。」

「え…?」

「ポイントで設置できる仕掛けにはダンジョンの範囲拡大もあってね。それを使うと周りの空間をダンジョン化できるんだ。それをポイントを限界まで目いっぱい使ったら、外にある湖周辺の森全部をダンジョンにできたんだ。」

「マジかよ…」

 

 つまりは捕まった冒険者達は最初から全員、カメガモを探しに森に入った時点でダンジョンの中にいたと言うことだ。


「ダンジョンに入った感覚はなかったんだけどなぁ。」

「それはそうだよ。ダンジョン化を薄く広くしたって感じだからほぼ半分ダンジョン。半分外界みたいな感じだし。感覚は普通の外界と何一つ変わらないよ。範囲を広げてそこにトラップを置けるようになったくらいしか恩恵ないし。」

「…あ、そういうことか。トロルもダンジョンの外に出ていたわけじゃないんだ。森の中までダンジョンになったからそこに出現できるようになったんだ。」

「うんうん。ダンジョンモンスターにダンジョン内限定のトラップ…外ならおかしいことだけどダンジョン内であるのならなんらおかしいことは無い。たださっきも言ったように薄く広くだから不完全でモンスターは元の出入り口からしか出せないんだよね…しかもポイント使いすぎて元のダンジョンの部分の修復機能と宝箱の生成機能が使えなくなったから大陸一不毛なダンジョンになってしまったんだ。おかげで最初いろいろ持ち込むときに出入り口の外壁ぶっ壊したまままだ直せてないし。」

「そうだったのか。ここに入ってから宝箱一個もないのは変だと思ってたんだ。」

「地下霧も強力なぶんコストがすっごく重いしね。まじダンジョンとして価値ないよ。」


 うんうんと頷いて語るシルヴァを見てただただ呆れるしかできない冒険者。これがS級冒険者か…スケールが違う。バカの方向で。


「いろいろすごい話を聞かせてもらったが、肝心なことをまだ聞いていない。何故君はトロルを大量に生み出して冒険者を捕えている?むしろダンジョンに挑戦してもらっていろいろデータを取ってみたりみたりしてもらえばいいじゃないか。」

「違う違う。そうじゃないんだよ。」


 クロノスの言い分は最もだ。ダンジョンの研究をしたいのなら冒険者達に改造したダンジョンに挑戦させてそちらの視点からいろいろ調査ができる。もしかしたらシヴァル一人では見つけられなかったことが見つかるかもしれない。しかしシヴァルはそれは勘違いだとクロノスの案を即否定した。


「あのねぇ、僕は別にダンジョンの謎を解き明かしたいとかそんな崇高な理想を掲げているわけじゃないの。僕はただダンジョンのモンスターが欲しいだけなんですー。」

「…やっぱりか。そんな事だろうと思った。」

「だってそうじゃない?核を自由に制御できればレアなモンスターとかも出し放題だし。」

「それだけなら私達を捕まえる理由ないじゃん。出してよ。」

「そうだそうだ。」

「だからそれはできないんだって。君達がいると調整が乱れるんだ。」


 調整?と頭をひねる冒険者に向けてシヴァルは話を続けた。


「どうも核は外部からの生命の動きに敏感に反応するらしくてね。君達が動き回ると苦労していじくった核の設定が乱れて台無しになるんだ。結構微調整が難しいから核が反応しないように助手のブラックくん以外もみんな拠点に置いてきたんだよ。」

「ぎゅうぎゅう。」


 シヴァルの後ろで「俺はご主人様の一番助手なんだぞ!!すごいんだぞ!!偉いんだぞ!!」とでも言いたげな表情で黒ザコウサギがドヤっていた。


「助手って何するんですか?ザコウサギに器用なことができるとは思えないんですが。」

「僕の癒し。もふもふ要員。」

「ああ…納得。」


 つまり研究では何の役にも立っていない。自分の意義を全く理解していない黒ウサギはいまだにドヤっていた。


「話を冒険者を捕えている理由まで戻すんだけど、僕が研究中に冒険者が動かれると困るんだよ。それに今解放すればここの誰かがギルドに僕の所在を話すかもしれない。そしたらまた人がたくさん来て台無しだ。さっき言ったとおり森もダンジョンになっているからそっちで動いてもアウト。午前中は何百人も動くもんだから狂いっぱなしでもう大変。僕としてはモンスター関連のやりたい実験や調査が終わればそれでいいんだよ。だから…それが全部済むまで大人しくしていてくれないかな?」

「済むまでってどれくらいだ?」

「えーっと…ちょっと待ってね…」


 クロノスの問いを受けたシヴァルは手帳を取り出すと、ページをペラペラと捲って項目の確認をし出した。あれをこうしてその前にあれがアレだからだったらそれなら…やがて計算が終わったようでシヴァルは手帳を仕舞った。


「えっと…だいたい一年くらいかな?」

「よし帰るか。」

「旦那―。へるぷみー。」

「早よ助けてー。」

「わーちょっと待って!!」


 クロノスが鉄格子に手を掛けた所でシヴァルから制止が掛かったので面倒だと思いながらも手を離して話の続きを聞くことにしたクロノス。


「なんだよ?俺は早くこいつら連れて帰らなきゃいけないの。」

「だから動かれると邪魔なんだって!!何が不満なのさ。檻は一時的な拘束が目的なだけで後でちゃんと全員分部屋を作っておくから。食事も面倒見るし…あ、もしかして誰かトイレ行きたい人でもいた?それならそっちにおまるを…」

「ふざけるなッス!!俺たちは忙しいんだよ!!」

「お前の一方的な都合で捕まりっぱなしでたまるか!!」


 檻の中の冒険者達がふざけるなと鉄格子をがんがん叩いて抗議するが、シヴァルはあーはいはいと鼻糞をほじって流していた。


「その檻は魔力の波長を乱さないようにするための特性の金属でできた檻なの!!硬さも並の冒険者じゃ壊れないくらいあるからちょっとやそっとじゃどうにもできないよ。てゆうかもうちょっと優しく扱ってよ。お金かかってるんだからね!!」

「ふざけんな!!俺らを出せ!!」

「君達のために言ってるんだよ?外はトロルがうようよしていて僕の合図一つで一斉に集まってくる。君達の中には怪我人もいるしこの数を庇いながら叩くのは難しいんじゃない?死人が出ても僕はそこまで知らないよ。」

「お前がやってくれたんじゃねーか!!」

「やってみなければわからないっていう素敵な言葉があるぜ?」

「やりたきゃ勝手にやれよ雑魚冒険者共。ブラックくんの午後の運動にちょうどいいや。むしろ出てこいし。」

「ぎゅい!!」 

「あんだとこの枯草モヤシごぼう変態モンスターマニア!!」

「はん、僕にとっては半分は褒め言葉だよバーカ!!」


 険悪なムードになって口喧嘩を始め出す捕まった冒険者とシヴァル。悪口の応酬がしばらく続いていたがなにやら考えていたクロノスが口を挟んできた。


「なぁシヴァル。ひとついいか?」

「ん?なんだい。」


 別にこいつのわがままは今に始まったことじゃない。クロノスとしては別に命に関わるわけではないし自分の団員と預かりの冒険者だけ返してもらえれば正直後はどうだっていいのだが、一つだけ尋ねるべき疑問が出てきたのだ。


「この間別件のクエストでここの近くの森に行ったとき知らないダンジョンがあったんだ。俺はミツユースに来て日が浅いからてっきり俺の下調べ不足かと思っていたんだが…合成猫キメラキャットが出るダンジョンなんだが何か知らないか?」


 クロノスが尋ねたのは前に行った宝剣探しのクエストの途中で遭遇した謎のダンジョン。その時は目的の宝剣を手に入れたのでさほど気にしていなかったが、シヴァルの話を聞いて関連性を疑わずにはいれなかったのだ。


「ああそれ?僕がダンジョンの試験運用をしていたんだ。核にはいくつか違うモンスターの生成能力もあったからね。拡張の機能をそっちに向けてそれで遊んでたの。ちょっと目を離したすきに森がハゲ野原にされていたのは君がやったのかい?おかげでダンジョンが崩壊しちゃったよ。」


 自分の仕業だとシヴァルが素直に認めれば、クロノスの表情がどんどんと険しい物になっていった。


「…人夫を雇って片っ端から森林伐採してもらったんだよ。おかげで金がかかってガルンドの爺さんに怒られちまった。それ以外なら言い訳も経ったがあるはずもないダンジョンが理由になるかってそれはこっぴどく…そうか、君は俺にとっても因縁のある相手だったと言うことか。うん…おりゃあ!!」


 クロノスは足元で転がしていた石の塊を踏んで真っ二つに分けると、それぞれをシヴァルの方に向かって蹴り飛ばした。一つはシヴァルの頭部に。もう一つはその横の何もない空間に。


「あーらら。」

「ぎゅう!?」


 ブラックくんは突然の主への強襲に対応できなかった。その主もニコニコとほほ笑むばかりだ。


 しかしシヴァルの頭部に命中するかと思われたその時、なんと彼の頭を空を切るように貫通してしまったのだ。そして二つの石はそのまま後ろの壁にぶつかり壁のその部分ごと粉々に散った。貫通したシヴァルの頭には傷一つない。


「…!?どういうことだ。」

「もークロノスってば。いきなり何すんのさ。僕はS級でも最弱のか弱い存在なんだぜ?万が一死んだらどうするつもり?」

「うるせぇ。俺は考えるよりも先に手の出ることに定評のある冒険者なんだよ。これはガルンド爺に不必要に怒られた憂さ晴らしだ。しかしそれはどういう魔術だ?幻影対策に横にも投げたのにそっちにも当たらないし…」

「あっはっはっは。どんな仕掛けだと思う?当ててごらんよ。…っておい。石を投げるのを止めて…!!」


 クロノスが確認のためにその辺の石を次々と投げていく。シヴァルには一切のダメージは無かったが、その後ろでどんどん壁が破壊されているのだ。今のうすのろの休憩室はダンジョンとしての修復機能を停止させられている。これ以上壊されたらたまったもんじゃない。


「だめだ当たりやしない。これもダンジョンの罠を改造したものなのか…?」

「クロノスさん!!それ立体映像だよ!!」


 足元の石の欠片も遂になくなるがそれでもシヴァルに当たらぬ理由がわからない。さてどうしたものかとクロノスが悩んでいると背後の牢の中からナナミが叫んできた。どうやらナナミはこれの正体を知っているらしい。


「立体映像?なんだそりゃ?」

「足元から色のついた光を照らしてそれで遠く離れた所の人や物を映し出すの!!そいつの足元の変なパネル…多分それが装置なんだと思う。」

「これか?…おおっ!?」


 クロノスはナナミの言うとおりにシヴァルの足元にあった他とは違う作りの床に足を置くと、その上にあったシヴァルの体の一部分が消えてなくなったのだ。そしてクロノスが床から足をどけるとシヴァルの欠けた部分は元通り。


「おもしろいなコレ…どうなってるんだ?古代文明の遺産ってのはどうにも心踊らされるメンツが揃ってるな。」

「このパネルもダンジョンのポイントを使って起動させたんだ。元々入り口に置いて「よく来たな冒険者よ!!さぁこのダンジョンから生きて帰れるかな?ガハハハハ」って感じに使うみたい。捕まえた冒険者と話をする時に物を投げられたらたまったもんじゃないから余ったポイントで檻の前に置いてみたんだけど…いや本当に良かった。実際に命盗られそうになったし。ブラックくんも驚かせてごめんね。おーよしよし…ぐへっ!!」

「ぎゅいっ!!」


 シヴァルが済まなかったとそれを知らずにいた黒ザコウサギを撫でてやれば、ウサギは「本当に心配したんだぞ」と言いたげな表情でシヴァルに頭突きをお見舞いした。


「あいたたた…ブラックくんてば愛が重いんだから。それにしてもこの道具を知っている君、詳しいんだね。どこぞの研究機関で働いていたのかな?知らない顔だけどクロノスの新しいおもちゃかい?」

「…っ!!」


 興味が湧いたとシヴァルに見つめられて、ナナミは固まってしまった。


「(背筋が凍るってこういうときに使う言葉なのかな…!!この人、本当にS級冒険者なんだ…怖い…!!)」


 最初はモンスターに向ける変態的視線が自分に向けられたのだと思った。しかしそれが違うとすぐに気付いた。あれはS級冒険者としてのドラゴンすら怯ませると言われる威圧プレッシャーだ。それが人に向けられるとここまで恐ろしく感じるのか。このときになってナナミはようやく彼が間違いなく強力な冒険者であると認識させられたのだ。


「どうしてこれを知っているのかなぁ?君面白いなぁ。」

「あわわわわ…!!」

「困るな。ウチの団員を威圧してくれるなよ。」

「ゴメンゴメン。女の子に慣れていなくてね。何年かぶりに真剣に見つめたら思わず威圧しちゃったよ。今解くよ…」


 牢の前にナナミを隠すように立ちふさがったクロノスだったが、シヴァルがナナミから興味を無くすとすぐに構えを解いた。彼から威圧されなくなったことでナナミも一安心した。


「とにかく君は今ここにはいないということか?」

「そうだね。ブラックくんも含めて君達の目の前にはいない。きちんとこの最終階層のどこかにはいるよ。そこから話しているんだ。どこにいるのかは教えてあーげない♪だって知られたら核を奪いに来るだろう?君の性格的に。」

「こんにゃろう…俺の事きちんとわかってるじゃねえか。」

「そりゃそうだ。だって君と僕は親友だもん!!」

「「AHAHAHAHA!!」」


 シヴァルのお友達発言で二人して大爆笑。


「まぁ少し待ってくれよ。もうじき新しい人も増えると思うからそれまでゆっくりしていておくれ。多分今の倍くらい来るよ。後でお茶と茶菓子でも持っていくよ。」

「おいおい、俺はアソジャニア産の茶しか飲まないんだけど。それにこれから倍に増えるって牢屋は足りるのかよ…って倍?」


 シヴァルの何気ない一言でクロノスは固まってしまう。


「倍…二百人…まさか!?」

「そうさ。カメガモ探しだっけ?それで来ていた残りの冒険者も捕まえるよ。彼らがいる湖近くの場所…そこにトロルの精鋭たちを送ったのさ。もちろん霧をセットでね。さっきまでの不毛な会話は時間稼ぎだよ。」


 今この森はシヴァルによってダンジョンの範囲を大きく広げられてしまっている。湖周辺も例外ではないだろう。トロルと霧を送り込むのは造作もないことだ。


「なるほど…やってくれるじゃないか。」

「君に感づかれなくてよかったよ。途中で気付かれたら阻止されていた。でも一度捕まえてしまえば便利な人質になってくれるから君は手出しできないだろう?それにしても万が一を考えて牢屋を超大きく作っておいてよかったよ。」

「卑怯者!!」「ヘンタイ!!」「滅竜鬼を見習え!!」

「なんとでもいいなよ。そこからじゃ負け犬の遠吠えにしか聞こえない。さっさと残りの冒険者も捕まえて研究の続きでもするかな。さてクロノス。君にも大人しくしてもらいたいな。君が何かするならそこの牢屋の床に大穴開けて中の冒険者を更なる地獄にご招待するけど?」

「やれやれ…しかたない。」


 シヴァルの脅しにクロノスは両手を挙げて降参の体制を取った。


「シヴァルよ。君のやりたいことはよく分かった。ただこのまま冒険者を一年間もここに閉じ込めておくってのはいただけないな。このままだとミツユースの街が冒険者不足でクエストが溜まってしまう。それに君がこれから捕まえようとしている湖の方の人間には俺の担当のヴェラや勝手についてきた一般人の少年もいるんだ。君はそいつらを怪我させないようにトロルを操れるのか?冒険者ならともかくギルドの職員や一般人に手を出してギルドが黙ってると思うか?ここを実質的に所有して研究をしたいと言うのならギルドには俺が口添えしてやるから。ギルドだって君のような一大戦力の機嫌を損ねることはしないと思うぜ。」

「マジ?なんでそんな奴ら連れてきてるんだよ…うーん。他人なんてどうだっていいけど僕だって静かに研究できるならそうさせてもらいたいよ。これ以上人が立ち入ったらもしかしたら死人が出るかもしれないし…」


 クロノスはシヴァルに冒険者を解放するように要求した。シヴァルはこれでも人の死を良しとしない正義の側の冒険者だ。多少…いやかなりわがままな部分はあるがそれでもここまで迷惑なことをするはずが無い。きっと冒険者を人質代わりにしてギルドとダンジョンの所有に関する交渉でもしたいのだろう。うんそうだ。きっとそうに違いない。そんなバカなことをするわけがない。


「んーでもなー。モンスターの研究もやりたいしなー。このまま解放しても百害あって一利もないからなー。」


 うーんうーんと唸って考えるシヴァルだったが答えが出たようで何かを決心したようでうんと頷いた。


「やっぱりいやだ。僕は自分のやりたいようにやるのさ。死人がでない限り自分の欲求に素直に従うよ!!だってそれが冒険者だし。」


 ダメでした。こいつは本物のバカでした。


「そうか…なら君は俺の敵と言う訳か。」

「そうなるね。久しぶりに喧嘩する?今日はブラックくんしか連れてきてないけどこのダンジョンにはポイント使って量産したトロルがいる。トロルはここの守護者なんだぜ?君がたくさん倒したみたいだけど撃ち漏らしを合わせれば君でも…」

「いや、いい。」


 うきうきと語るシヴァルにクロノスは右手を挙げて制した。いいとはどういう意味だろうか?


「俺が手を下すまでもない。ここにいる冒険者だけで十分だ。」

「はぁ?兄貴兄貴ってもてはやされて遂におかしくなったのかい?ここにいる雑魚冒険者二百人が僕のトロル軍団に勝てるわけないだろ?勝てなかったからここに捕まっているわけだし…ん?クロノス何してるの?というかアレ?なんで檻の中にいるんだ?」


 嘲笑っていたシヴァルはそこで檻の外にいたクロノスがいつの間にか中にいることに気付く。檻を壊して入ったのかと思い鉄格子を確認するがそこには相変わらず傷一つない見事な銀光りがあるだけだ。


「どうやって入ったんだい?まぁ君もおとなしくしてくれれば僕としてはそれで構わないけどさ…」

「さーてどうしてだろうな?ナナミ達は終わったか?」

「うん。ばっちりです!!」

「十分な量があったから全然足りたぞ。」

「は?いったい君は何をして…」


 シヴァルがクロノスを調べれば足元に大量の何かの瓶が転がっていた。


「クロノスさん。怪我人にダンジョンポーション使い終わったわ。私も使わせてもらったから。」

「全員全快。体力満タン。」

「ありがとうな。ダンジョンポーションはダンジョン内の死以外の負傷を治せる。逆にダンジョン以外ではただの苦い水だが…シヴァルの言うとおり森中を不完全とはいえダンジョンに変えたのなら森の外でトロルから負わされた怪我にも効くと思ったんだ。アタリだったな。」

「クロノス…君まさか…」

「そのまさかさ。君が大がかりな時間稼ぎをしてくれたから、こっちも時間稼ぎ返しさせてもらった。さぁ動き出すぜ…!!」


 クロノスの言葉に応えるように檻の奥から歩いてきたのは先ほどまで重傷を負っていた冒険者達だ。中には穴からの落下の衝撃で腰を打って動けないでいたバレルもいた。


「しかしセーヌは本当に準備万端な女だな。ダンジョンに潜る予定もないのにこれだけのダンジョンポーションをなんでもくんに入れてきているとは…俺にはもったいない存在だぜ。」

「まさか怪我人の治療のためだけに中に入ったのか?どうやって入ったかはわからないけどもしそうなら終止符打ちの名も落ちぶれたね。そんな奴ら何人回復させたってトロルに勝てるはずが無い。」


 落ちぶれた親友の無様な姿を見てほくそ笑むシヴァルを無視してクロノスは手を叩いて冒険者達の注目を集めた。そして檻の中にあった大きめの石の上に立つと演説を始める。


「君達。カメガモの件は本当に残念だった。しかし手ぶらでは帰れないだろう。そこでだ。そんな残念な君達にひとつ特別ボーナスをあげようじゃないか。」


 クロノスはなんでもくんの中からトロルの魔貨を一枚取り出した。どうやらダンジョン攻略の際にちゃっかり集めていたらしい。


「これはダンジョンにいたトロルの落とす魔貨なんだが…結構貴重な物でな。ギルドに渡すといくらになると思う?答えはこれくらいだ。」


 クロノスが指を使って金額を提示すればそれを見た冒険者が湧き上がる。


「そんなに…今月の家賃払える…!!」「飲み屋のツケが返せる…」「新しいバッグが買える…!!」「弟の学費…!!」「姉ちゃんの結婚の結納金…!!」


 目を虚ろにしながらぶつぶつを何かを呟く冒険者達。それを見て掴みは十分だと確信したクロノスだった。


「いったいなにをさせるつもりか知らないけどまた怪我する前にやめた方が…」

「はい開店でーす。いらっしゃいませー。」


 シヴァルの静止を完全に無視してクロノスがどこぞの店の店員になりきって中から檻を店の扉に見立てメキメキと折り曲げて出口を作った。特注性の硬い金属?そんなのS級のクロノスに壊せないはずがない。


「ああ!!わざわざビルギーンに行ってドワーフの職人に作ってもらったのに!!高かったのに!!」

「今ならまだ床に穴を空ければ冒険者を落とせるんじゃないのか?」

「そんなもんブラフに決まってるだろう!!冒険者を特に何かに使う予定はなかったんだし。」


 俺が俺がと我先になどということはなく大人しく一人一人クロノスの作った出口から抜け出す冒険者達。そして最後の礼儀にとクロノスに同じことを尋ねるのだ。


「「「「本日のメニューは?」」」」

「レアモンスタートロルの魔貨狩り放題。限定二百人の早い者勝ちでございますぜお客様。」

「何を言ってるんだ?檻からのこのこ出てきやがって…そんなに痛い目にあいたきゃ好きなだけ喰らえよ!!カモーントロル共!!」

「「「「ぐおおおおお!!」」」」


 杖のボタンを押してシヴァルが叫べば通路の奥から何匹ものトロルが走ってきた。どうやらダンジョンモンスターを操れるのは本当のことらしい。


「行け!!トロル共!!殺さなきゃどうだっていいからね!!派手に暴れてぶっ壊せ!!」

「「「ぐるううううん!!」」」


 我先にと檻から抜け出た冒険者に殺到するトロル達。このままでは冒険者達はせっかく治した体がまたボロボロだ。しかしそんなことにはならなかった。なぜなら…


「ひゃっはー!!」「邪魔だ!!」「魔貨寄越せオラー!!」


 冒険者達は何人かで一匹のトロルを囲んで倒していった。そしてトロルが消えた後に残った魔貨を俺の物だいや自分の物だと奪い合う。


「あれ?なんでトロルが負けてるんだよ。こいつらなんで連携が取れるんだ?」

「武器を取り上げなかったのは君の失策だったな。」


 通路からどんどんトロルが出てくるが檻の中からも冒険者がどんどん飛び出してくる。しかし優勢なのは冒険者だ。一匹また一匹とトロルは倒され魔貨に姿を変えてゆく。


「え、ちょ、なんでだよ。このダンジョンの守護者のコピーだぞ!?」

「シヴァル。君は他人に興味なさすぎ。冒険者のくせに冒険者の事何も知らないんだから。」


 冒険者とトロルの乱戦の中で一人立っていたクロノスは立体映像越しに頭を抱えるシヴァルに話しかける。


「トロルは確かに俺でも疲れる強いモンスターだ。…一人で戦ったならな。だがジェニファーたちのようにきちんと協力し合える仲間がいるのなら問題なく倒せるのさ。そしてこの場には金という強力な共通事項でくっ付いて一致団結した二百人の冒険者…こいつらにとってトロルが強いかどうかは関係ない。大事なのはそう…金になるかどうかだ。」


 クロノスの話が終わった辺りで檻のある大部屋に歓声が巻き起こる。どうやら侵入してきたトロルを全て倒してしまったらしい。


「次だ次ィ!!」「はっはー!!」「お宝寄越せー!!」「百匹倒してやるぜ!!」


 トロルがいなくなったことで次の得物を求めて通路へ我先に飛び込んでいく冒険者達。通路の奥からはあちこちを破壊しまくる音とトロルの醜い断末魔が聞こえてきた。それを聞いてシヴァルは焦った。


「え…いやまさか…おいおいやめてくれよ。ここは僕が今までコツコツ集めた大切な全財産をはたいて作ったんだぜ…?修復機能も切ってあるんだからやめて…くそ、地下霧ダンジョンミスト…エネルギー切れ!?こんな時に…おい待てって。トロル一体作るのにいったいどれだけ素材が必要だと…ちょ、ちょっと待って!!今そっち行くから…あれ?くっ、デバイスが外せない!!一回つけると取るの大変なんだよコレ…ここをこーして…後二分…いや三分待って…!!すぐ行く。飛んで行くから…!!」


 シヴァルのいた制御室からは他の場所も見えるのかもしれない。目の前にいた立体映像の慌てた様子のシヴァルが消えていくのを見届けるとクロノスは背伸びをひとつした。隣にはナナミとリリファもいる。それ以外の冒険者はダンツやジェニファー含めみんなトロルを求めて通路の奥に消えてしまった。


「あれだね。冒険者ってお金かかると強いねー。」

「トロルが何体いるのか知らんが二百人の冒険者も異常な数だからな…ところで地上の方は何もしなくていいのか?」


 リリファがそう言って湖周辺にいるであろう他の冒険者達を心配していた。


「大丈夫だろ。あっちにはセーヌを送っておいたし。勘違いしている奴が多いがセーヌはB級の中でもA級に片足突っ込んでるからな。ま、トロル殲滅はあいつらにまかせて俺らはゆっくりあのバカを探そうぜ。」


 何も問題はないとクロノスは二人を伴って大部屋にあった通路の一本を適当に選んで進むのだった。


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