表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
63/163

第63話 小さなチャレンジ・スピリッツ(二人は誰と出会ったのでしょう)


 オルファン達とはぐれたジェニファーとチェルシーの二人は大きな木の根元で身を寄せ合って霧が晴れるのを待っていた。


「ダメ。足音も聞こえなくなった。」

「しょうがないわ。もういいわよチェルシー。」


 チェルシーは大きな兎の耳を地面に着けてオルファン達の位置を探っていた。姿は見えなくなったが足音だけはなんとか聞き取れていたのだ。しかしその音もついには聞こえなくなりチェルシーはジェニファーに諭され地面から耳を離した。


「ヘメヤにかけてもらった霧に対処する付与魔術も切れたし、下手に動き回らない方がいいわね。さっきより霧が濃い。今度は軽い眩暈程度では済まないわ。それに…」


 言いかけた言葉を飲み込み押し黙ったジェニファー。長くて大きな兎耳を澄ませば遠くでトロルの咆哮と足音が聞こえてくる。それなりに距離はあるようだが油断はできないだろう。あのモンスターはかなり執念深い性格だったしまた遭遇すれば二人だけになった今、万が一にも勝ち目はないだろうからだ。



 やがてトロルから発せられる音が二人の耳でも聞こえないくらい遠くに行ったのを聞き届けてから安心して一呼吸した。


「消えた冒険者はこうやってバラバラになってから一人ずつあの毛むくじゃらにやられたのかしら。私達も誰かやられてなきゃいいけど。」

「しばらくは様子見?」

「そうね。私達は誰かが本部まで戻ってこの異常性を伝えてくれるのを待ちましょう。他にも消えた冒険者がいるようだからそのうち本部の耳に入る。…そういえばお昼を過ぎているわね。あのモンスターと連続で戦っていたから気付かなかった。」


 ジェニファーは空を見上げて太陽の位置を確認してから呟いた。深い霧だったが太陽の強い光までは遮れなかったようだ。


「チェルシーはお腹空いてない?保存食なら少し持っているわよ。」

「いらない。そこまで空いてないし保存食はあんまり美味しく…待って。誰かが来る。数は一人。」


 ジェニファーが渡そうとした保存食の受け取りを拒否しようとしたチェルシーは手を止めてピコンと両耳を立てた。そして周囲の物音を探ると新たに人の足音が聞こえてくると言い出した。


「一人?オルファン達の誰かかしら。闇雲に動いても危険なのに…」

「一緒にいた人たちの足音。どれでもない。」

「なら他の仲間からはぐれた冒険者かしら。こっちに来るの?」

「このままだと。」


 どうやら足音の主はこちらへ向かってきているらしい。敵か味方か完全に安心できない二人は大木の根の隙間から音の方向を見張った。


 三分ほどが経っただろうか。霧の中にシルエットが浮んだ。そして少しだけ霧が晴れるとそこにいたのは魔術用の杖を持った一人の細身の男だった。いや、一人というのは語弊があったか。その男の横にいたのは…


「(ザコウサギ?)」

「(黒いのなんて初めて見た。)」


 そう。男の隣には兎のモンスターである黒い色をしたザコウサギが一匹、男に寄り添うように歩いていたのだ。しかもそのザコウサギの目元はやる気に満ちたようにきりっとした感じで、フレンネリックにくっ付いていた普通のザコウサギと比べても異常に感じられた。


 観察を続ける二人だったが、男は二人が隠れていた木の根元の手前でピタリと止まった。そして大げさに手を振る仕草をして空へと叫んでいた。

 

「まったくまったくまったくもう!!普段は人なんて冒険者ですら碌に来ない場所なのに。なんで今日はこんなにたくさん冒険者が来るんだよ!!あれですかぁ?今日は冒険者のぱーちーですかぁ!?街の中でやれよ!!チャルジレン以外で街の中に冒険者が大騒ぎできるような酒場があるかは疑問だけどな!!」

「ぎゅうぎゅう!!」


 男が何やら文句を言うと隣を歩く真っ黒なザコウサギはぎゅうと鳴いて賛同していたようだった。その奇怪な光景を見ながらひそひそと話す二人。


「(あいつ…何を言っているの?冒険者…には見えないわね。)」

「(あの人。冒険者っぽくない。)」


 ジェニファーとチェルシーが男に疑いの目をかけるのも無理はなかった。男の服装は街の中にいるかのような軽装でとても深い森の中を歩く恰好とは思えなかったからだ。


「しかもさっきは自慢のモンスターが四匹もあっさり倒されちゃうし…ま、倒した連中はまとめて捕まえたから多分これ以上は減らされないとは思うけどね。」

「ぎゅう。」

「(オルファン達が捕まった…!?)」


 杖をくるくると回して遊ぶ男の言葉でジェニファーは仲間が捕まったことを知った。何故捕えられたかは知らぬがモンスターに喰われていないのなら一安心か。とにかくこの男は霧やモンスターと何か関係がある。そう思って男と接触するかこの場で隠れているか考えていたジェニファーだったが、杖を降ろした男がくるりとこちらを向いて見つめてきた。


「さて…そこのお二人。隠れてないで出てきなよ。じゃないと僕は君達を不意打ち狙いの野盗の類と勘違いしなきゃいけない。」

「っ…!!」

「十数える間に出ておいで。でないと…煉獄の鬼炎よ…我が呼びかけに…」

「出るわ。出るわよ!!詠唱を止めなさい。」

 

 男は二人の存在にとっくに気づいていたらしい。男が杖を構えて魔術の詠唱の仕草を見せたので仕方なしにジェニファーはチェルシーを連れて木の根元から姿を見せた。本当はチェルシーだけでも隠したかったが、奴は正確に隠れている人数まで言い当てた。出て来なければ魔術を放つと脅された今は隠す方が危険だ。


「お、やっと出てきたね。…なんだ兎の獣人かー。がっかり。」

「…?私達はクエスト途中の冒険者よ。あなたもカメガモ探しに参加している冒険者なの?参加者の中にはいなかったと思うけど…」


 ジェニファーは男にそう言ったが自信は無かった。なにせカメガモ探しは報酬の金貨に釣られてミツユースにいた何百人もの冒険者が参加しているのだ。猫亭のチーム以外で参加している冒険者など知らない顔の方が多い。仮にこの男が参加者だったとしてもジェニファーにはわからないだろう。


「カメガモ…?ああ、あの幻獣の。モンスターならともかくボクはそんなの興味ないよ。そうか、それで今日はこんなに冒険者が森にいたのか。」


 ジェニファーの話を聞いた男は何かに納得したようで一人でウンウン頷いていた。


「カメガモ探しの冒険者ではないのならあなたこんなところで何してるの?冒険者…じゃないわよね?そんな恰好で森に入ると危ないわよ。」


 チェルシーを自分の後ろに隠しながらジェニファーは先ほどの疑問を男に直接問いかけた。それを聞いた男はムスッと不快そうな顔を見せる。


「僕のファッションセンスなんてどうでもいいだろ。それよりも君と後ろの君、さっきトロルを倒してくれた冒険者のパーティーの一員だろ?数が足りないと思っていたらやっぱりばらけてたんだね。霧ってのは仲間がはぐれちゃうから使いにくいったらありゃしないよ。よくもやってくれたねぇ…」

「トロル…あの毛むくじゃらのモンスター名前ね。それよりもトロルを倒してくれてどうもありがとう!!って感じではなさそうね。」


 男はトロルを倒したことを喜んでいると言うよりは怒っているようだった。ジェニファーの言葉に男は一層怒りの表層をあらわにした。


「当たり前じゃないか。だれだって自分の作品を台無しにされたら怒り狂うもんだろ。」

「作品…もしかしてこの霧とトロルはあなたが…!!」

「お姉ちゃん…!!」


 そんなことがあってたまるかとジェニファーは自分の後ろにチェルシーを隠して剣を鞘から取り出して構えた。それを見て男は怒りを何とか抑えて今度はニヤニヤと笑い出した。


「ははっ。今日は結構な数の冒険者を捕まえたつもりだけど僕に会うところまで来れたのは君が初めてかな。いやー運がいいね君。サインでもあげようか?自分で言うのもなんだけど結構価値があるんだぜ?」

「捕まえた?もしかして姿を消した冒険者というのはあなたが…」

「いえーす。ぽちっとな!!」


 ジェニファーの次の質問を無視して男が自分の杖の先端にあったボタンを押すと、突然ジェニファーたちの足元がぱかりと開いた。


「甘いわ!!」

「わっ!!」


 突然の出来事であったがジェニファーはチェルシーを抱えて横に飛んで避けることに成功した。深い穴は獲物を食うことができなかったことを悔やむかのように空気が震える音を響かせるとゆっくりと閉じていった。


「あーらら。流石は兎獣人だ。中々の瞬発力。じゃあ少し大人しくなってもらってから捕まえようかな…」

「これは危害を加えようとしたとみていいわよね。覚悟してもらおうかしら。」

「私も手伝う。」


 ジェニファーは大義を得たりと剣を構え直し、それを改めて謎の男に向けた。その後ろではチェルシーが弓に矢を番えていつでも打てるように準備する。しかし剣を向けられてもなお、男は自分の杖を構えようともせずニヤニヤを止めなかった。


「くくく、可愛らしい御嬢さん二人に負けるわけにはいかないかな。そもそも獣人っていっても普人に獣の耳と尻尾が付いているだけじゃないか。ケモ度が足りないよ。ケモ度3くらいになってから出直してよ。僕もそこまでいったら魔族とかなのはわかってるんだけどさ…浪漫が足りてないよねこの大陸。」

「さっきからゴチャゴチャと何を言っているのかしら?時間稼ぎでトロルを呼ぶ気なの?」

「ああゴメンゴメン。そんなつもりはないから怒らないでくれ。せっかくの美人が台無しだ。最も、君は人の基準だと美人の部類かも知れないけど僕には興味ないね。」

「奇遇ね。私もあなたみたいなモヤシ男好みじゃないわ…ねっ!!」


 挑発のつもりか男が放った言葉はジェニファーには効かなかったようだ。そしてジェニファーは言葉を返し切るまえに男に向かって飛び込んで剣で斬りつけた。


「おっと!!危ない危ない。」

「まだよ!!喰らいなさい!!」 


 しかし男はその剣撃をいともたやすくひらりと躱して奥に飛び退いてしまった。負けじとジェニファーは更に踏み込んで一閃二閃と斬り込むがそれも男には躱されてしまった。


「ハイショット!!」

「おっとっと…」


 男がジェニファーの最後の剣撃を避けた所でだいぶ奥に置き去りにされたチェルシーが必殺の一撃を放ったが、それも男に避けられてしまう。もう一発とチェルシーが矢を補填したがジェニファーが手で制した。無駄打ちは避けろと言うことなのだろう。


「あら、なかなかやるじゃない。そんなほっそい枯草みたいな体つきでいい動きをするわね。」

「ふーん、冒険者の中では中々実力がある方じゃないか。君C級くらいだろ?といってもその程度ならわざわざ僕が相手してやるまでもないかな…新しいトロルを呼ぶのも面倒だしブラック君よろしく。」

「ぎゅうぎゅう!!」


 男は足元の黒いザコウサギに呼びかけるとそいつは待っていましたとばかりに張り切ってぎゅうと鳴いて前に飛び出してきた。


「ザコウサギ…?舐めた真似をしてくれるわね。兎獣人に兎のモンスターを当ててくるとはからかっているつもりかしら?黒い色のは珍しいけど所詮はザコウサギ。普段なら弱すぎて相手もしないのだけど…新しい剣の試し切りがまだ不満足なの。付き合ってもらうわよ!!」

「…ぎゅう。」


 そう言ってジェニファーはザコウサギに目標を定め、勢いよく飛び出した。対する黒いザコウサギは一鳴きした後ピタリと止まったまま、まるでまな板の上に乗った食材のようにジェニファーを待ち構えていた。


「負けを認めていても許してあげないわ。真っ二つになりなさい!!「クリティカル・ブレード」!!」


 ジェニファーがザコウサギの正面に放った渾身の一撃。普通ならばザコウサギなど真っ二つとなり地に打ち捨てられることだろう。…普通だったならばだ。


「ぎゅいっ!!」

「なっ…!?」


 なんということか。ジェニファーの斬り込みが体に当たる直前、ザコウサギはそれを受け止めてしまったのだ。しかも振り上げた自身の脚一本で。どんなからくりか脚からは一滴の血も流れたおらずジェニファーの剣撃を完全に相殺してしまったらしい。


「く…放しなさい!!こんどこそ…!!」

「ぎゅっぎゅう!!」

「え…きゃっ!!」

「お姉ちゃん!!」


 突然の事態に取り乱すことなくザコウサギの脚から剣を放し二撃目を放とうと剣を構え直すジェニファーだったが、剣を放したザコウサギがジェニファーの剣を持つ腕目掛けて渾身の蹴りを放ったのだ。あまりの勢いにジェニファーは剣を手放して地面に叩きつけられてしまった。その一連の動きはあまりにも素早く奥のチェルシーでは対応できなかった。



「お姉ちゃん大丈夫!?」

「う…!!」


 地面に転がる姉を心配して離れてみていたチェルシーが駆けつけた。姉の利き腕を手に取ってみれば、そこには痛々しい青色の大きな痣ができていた。幹部は少し膨れておりおそらく内出血もそれなりにしている。これでは剣を再び握ったところでまともに振れないだろう。


「…剣士の命ともいえる剣を戦いの最中に取り落とすばかりかザコウサギに負けるなんて…屈辱よ。」

「お姉ちゃん逃げよう。あいつらただ者じゃない。」

「そうしたいけど…果たして彼らがそれを許してくれるかしら。」

「おーよしよし。流石はブラック君だ。偉いぞー。」

「ぎゅぎゅう♪」


 二人が先を見ればゆっくりと歩いてくる杖を持った細身の男。そして黒いザコウサギは主の元へ駆けより褒めて褒めてと体を男の足へ摺り寄せた。


「良い子良い子~。ほれほれうりうり~。」

「ぎゅうぎゅう♪」

「あはっくすっぐたいよブラックくん。残りのご褒美は後でね…さぁてと。」

「…妹は許して。あなたにはこれ以上危害は与えないから。」


 飛び跳ねて顔にすり寄る黒いザコウサギをどけて男は二人を見つめた。ジェニファーはせめて妹の安全だけでもと懇願する。


「悪いけど冒険者は一人も見逃せないんだ。特に君達には僕がトロルと霧を操っていることを知られてしまったし。まぁしばらくの間、僕の目的が達成するまで大人しくしていてくれればいいんだ。別に命なんてとりゃしないよ。それじゃあ…ドーン!!」

「「え…!?」」


 男が再び杖の先のボタンを押すと、ジェニファーとチェルシーの足元に先ほどと同じ大きさの穴が開いた。どうやら穴は男の任意で作ることができるらしい。


「きゃ…!!」「うわぁ…!!」


 穴から地下深くへと落ちていくジェニファーとチェルシー。最後に二人が見たのは穴を覗かせて「受け身には気を付けてねー。」「ぎゅう。」と言って手を振る男と黒いザコウサギの姿だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ