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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第61話 小さなチャレンジ・スピリッツ(ダンジョンを調べに行きましょう)


 しばらく歩いていた三人だったがその中の一人からぐぅと腹の鳴る音が聞こえてきた。一体どの腹からだと思えばそれはアレンの腹だった。クロノスとセーヌが音を聞きアレンの方を見たのでアレンは照れ隠しにてへへと笑った。


「おいらお腹すいちゃったなぁ。セーヌ姉ちゃんの持ってきたサンドイッチはさっきみんな食べちゃったし。」

「腹が空いたのならセーヌに送ってもらって本部に戻れよ。今ならまだ冒険者共の食べ残しにありつけるかもだぜ?」

「それはやだ。だってまだダンジョン見ていないもん。」

「サンドイッチはもうありませんがお腹が空いたのならあそこの果実を採りましょうか?」


 そう言ってセーヌが道の横にあった木の高い所に実っている赤い果実を指さして食べるよう進めるがアレンは首を横にふって断った。


「それは遠慮しておく。八百屋で見たことの無いものだしお腹でも壊したら大変だよ。壊すよりは空いている方がよっぽどマシだ。」

「そりゃ残念。あれはアップールの実だな。栽培しているところがないから滅多に市場に出回らないが冒険者なら喜んで食う甘い木の実なのに。あれに嵌ってわざわざ採集の依頼を出すファンも多いんだぜ。そんなこと言ってたら食べたくなってきた。」

「私もあの酸味の混じった甘さは好きです。これまでクエストはしてきませんでしたが偶に森に行って採ってきていましたよ。あの味は子どもたちも大好きなんです。あ、もう一つ同じ木がありましたね。神よはしたない行いをどうかお許しください…えいっ。」


 クロノスが食べたそうにしていたのを察したのかセーヌが前にあった同じ木を軽く足で小突くと枝の先の果実が二つ落ちてきた。それをクロノスとセーヌは上手くキャッチしてクロノスは豪快に皮ごとバリバリと。セーヌは手刀で皮を剥いて八つ切りにしてから小さな口でかわいらしく齧っていた。


「え…そのまま食べるの?虫がいるかもしれないのに。」

「心配しなくてもセーヌは虫のついていない物を選んでくれた。そうそう、これって火で炙って食べても美味いんだよな…「ファイア・ブレス」。」


 クロノスが口から火属性の魔術を吹いて果実に当てると果実は炎を纏う。しばらくしてから皮に焼け焦げを作って火は消えた。そしてクロノスは美味い美味いと果実に再び齧りついた。


「それは知りませんでした。では私も…「エレキ・サーキット」。」


 クロノスを見ていたセーヌは懐からトンファーを取出して果実に当てた。すると果実は先ほどと同じように炎を立ててから焼け焦げた。どうやらセーヌは雷魔術を果実に通して電熱の力で果実を焼いたらしい。


 アレンは冒険者とは器用なものだなと得体の知れない果実を食べる二人を見ていたがそんな芸当ミツユースでできるのはクロノスとセーヌくらいであろう。魔術の炎は強すぎて実を灰にしてまいかねないし、普通は冒険者だって火を起こして時間をかけてゆっくり炙る。


「本当。とても美味しいです。帰ったら子どもたちにも食べさせてあげましょう。」

「そうするといい。引き返す時にまたいくつか採って行こうぜ。どうせなんでもくんがあるから荷物には困らないし…ん?そういえばそれどうやって借りてきたんだ?なんでもくんはダンジョンに挑戦する時にしか貸してくれないのに。」

「男性の職員さんに冒険者のお弁当を運びたいのだとお願いしたら貸していただけましたよ?今はダンジョン以外でも貸して下さるのですね。」

「男…多分断れなかったんだろうな…気持ちは分かるぜ。今度ギルドに何か頼むときはセーヌを連れて行こう。」


 あれはもはや脅しだとセーヌの歩くたびにばるんばるんと揺れる二つのたわわを横目で盗み見てクロノスは呟いた。


「「「ぴよぴよ」」」

「あら、あなたたちも食べますか?ちょっと待ってくださいね。」


 カメガモの雛たちが自分も自分もとせがむので、セーヌは自分の分の果実をさらに細かく切り分けて一羽一羽の口へ運んでやった。雛たちは美味そうに丸呑みするともっともっととセーヌにお代わりをねだった。それを見ていたアレンは再び腹の虫を鳴かせてしまった。


「う…美味しそう。」

「やっぱり食べますか?」

「いやいいって。街の中で売られているようなプロの目利きが入っていない果物なんて怪しくて食べれないよ。二人の胃が特別頑丈なだけかもしれないし。」

「まったくえり好みして…ますます冒険者に向いていないな君は。」

「うるさいな。これくらい我慢するさ。」

「なら黙って着いて来い。言っておくがダンジョンの中にまでは入れないぞ?」

「分かってるって。」


 良い匂いを奏でる果実への誘惑を断ち切り歩みに集中するアレンだった。その光景をもはや叱るのも面倒だとカメガモも黙っていたが、そこで何かに気付きがぁがぁと鳴く。


「もうすぐで着きますよ。早くしなさい愚図な人の子よ。」

「「「ぴよぴよ」」」

「はいはい仰せのままに…ん?ここまでだな。」


 話ながら歩いていた一同の中でクロノスが食べ終えた果実の芯を道の外に投げ捨てて立ち止った。何事かと前を歩くアレンと隣のセーヌも立ち止まる。


「森が終わる。ここからは捜索範囲外だな。もっとも俺たちは捜索の対象をもう見つけてしまっているが。」


 捜索範囲とはカメガモの捜索を行う範囲のことだ。通常自然の中での物探しのクエストは埒が明かないと言う理由で捜索範囲を指定してクエストに出すことが多い。また捜索範囲を絞らないでクエストを出すと支払う報酬が倍近く跳ね上がるのでギルドも依頼者には範囲を絞るよう忠告する。今回も予算の関係から出立の前にフレンネリックに捜索する場所を指定されていた。


「まだ森は続いているけど?」

「木をよく見ろ。種類が違うだろ?ここが分け目だ。」

「そういえば…」


 アレンが周りを見渡せば道の横にあった木がこれまでにあった物と違うことに気付く。それに今までは乱雑にただ生えている自然の木というだけだったがここからの木は統一間隔で綺麗に並べられていた。


「この木はこの先にダンジョンがあるという証だ。ダンジョンの近くはギルドが管理しているからわかりやすいようにダンジョンの種類や難易度によって植える木を分けるんだ。この種類は…森林型ソーンダンジョンだな。といっても他のダンジョンのある所より荒れ気味だな。手入れしてもメリットの無いあまり人が来ないダンジョンなのかもな。」


 木に手を這わせて木々の大きさや葉の茂り具合を比べていたクロノスだったが手入れさせているだけましかとその手を木から離した。そしてふとアレンを見れば彼は目がキラキラと少年のように輝やかせていた。少年だけど。


「…ってことはこの先にダンジョンが!!わーい!!」

「やる気を出したようでなによりです。行きますよ人の子よ。」

「「「ぴよぴよ!!」」」

「あっバカ…!!」


 ダンジョンが見れると喜んだアレンは先を行くカメガモ親子と一緒に駆けて行ってしまった。仕方ないとクロノスとセーヌも後を追うことにした。






「…なんだよコレ。」

「あ、いたいた。ったく…」


 クロノスとセーヌがアレン達を見つけると、森の奥で彼が立ち尽くしていた。隣にはカメガモ親子もいる。クロノスはアレンに追いつき彼の肩に手を掛けた。


「やっと追いついた。いいか?ここのダンジョンは森林型ソーンダンジョンといってだな、森とダンジョンの境目が分かりづらいからうっかり近づけばダンジョンの中に…っておい。聞いてるのか!?」

「クロノスさん前を…!!」


 ダンツを叱るクロノスに先に惨事に気付いたセーヌが呼びかけた。何事だとクロノスがアレンとセーヌの見ていた先を見ればそこには…


「おいおい…どうなってるんだこれは…!!」


 クロノスたちのいたところよりも先の森がメチャクチャに荒らされていた。木々という木々はなぎ倒され、地面の草花はひっくり返されところどころ穴だらけ。獣が荒らしたのだろうか?いや、流石にこれを獣の仕業と言い張るのには無理があるだろう。やはり件のモンスターの仕業だろうか?


「始点を示す木は…あった。ならここがダンジョンで間違いないな。」

「じゃあ奥の歪んでいるところがダンジョンの入り口なの?」


 アレンが指を刺した先は、空間がいびつな感じに捻じ曲がっていた。


「その通りだ。」

「人の子よ。あなたたちが見てもやはりこれは異常なのですか?」

「もちろん。あの奥の歪んだ感じの空間。あれが外界…つまりこちらの世界とダンジョンを繋ぐ唯一の入り口なわけだが、普段は硬い外壁に囲まれている。ダンジョンに入るにはそこへ入るための細工をしなきゃならない。冒険者だったらライセンスで入れるがな。」


 クロノスはポケットから自分の汚れだらけで折れ跡の残るライセンスを取り出して、外壁のあったと思われる歪んだ空間の手前にかざしてみるがうんともすんとも反応は無かった。


「外壁の機能が完全にない。むき出しのままなら外からも中からも誰でも自由に出入りできるだろうな。たとえ中のモンスターでも。」

「誰かが入るために壊したのかな?」

「そんなわけあるか。いいかアレン?冒険者にとってダンジョンは大切な飯の種の一つだ。それにダンジョンには修復機能ってのがあって中で冒険者やモンスターが暴れて壁や床を壊してもすぐに修復するんだよ。特に入り口の外壁と階層の境目はな。ならなぜそういった修復が行われるのかといえばそれは最下層にあるダンジョンの「コア」が…」

「クロノスさん大変です!!」


 アレンに講釈を垂れ流すクロノスをセーヌが呼んだ。クロノスがセーヌを見れば彼女は自分のトンファーで石造りの何かの破片を砕いていたところだった。


「これは…外壁の破片か?」

「ええ。しかしまったく修復の様子が見られません。」

「本当だ。いつもなら壊してもすぐに集まってくっつくのに。」


 セーヌが砕いた破片を観察していたクロノスだったが、何の変化もみられず本当にただの石ころになっていることに気付いた。壊れているとはいえ硬い外壁を砕くなど普通の冒険者は絶対にできないがそれはB級のセーヌだからこそなのだと外壁の性質を良く知るクロノスは気にしなかった。良く知ると言ってもクロノスも入り口で手順を踏んで入るのに面倒だからと一人の時はいつも外壁を破壊して入ってたりしたからなのだが。


「しかもこの傷痕…昨日や今日でできたものではありません。ここ、だいぶ乾いています。」

「そうみたいだな。なら壊されて時間が経っていると言うことか…」


 折れた木々や壊れた外壁に付いた泥や土の具合から破壊された時期を特定した。その結果この惨状があったのは少なくとも一か月以上前のことだと判断する。


「これだけメチャクチャならここを訪れた冒険者が見つけてギルドに報告を入れると思うが…いや、ここはあんまり人が来ないダンジョンっぽいしなー。」

「人の子よ。そちらの事情の考察も構いませぬがまずは現場の修復をお願いしたいのですが。」


 クロノスがあれこれ考えているところにカメガモが袖を引っ張って注意を惹きつけた。


「話はわかりました。つまりはこの外壁とやらが修理できればとりあえずこれ以上はモンスターが溢れてこないということですね。」

「ああ。だが普通に壁を作り直してもまた壊されるだろう。維持するためにはダンジョンの一部である外壁でないと。」

「そもそもどうして直らないのさ。」


 アレンの質問にクロノスは目を閉じ手を顎に当てて答えを探す。やがて何か思い当たりがあったのか閉じていた目を開いた。


「もしかしたら…」

「紅き瞳の人の子よ。心当たりがあるのですか?」

「まあな。もしかしたらダンジョンのコアが壊れているのかもしれない。」


 ダンジョンのコアとはその名の通りダンジョンの核となる存在だ。形や色はダンジョンによって異なるがだいたいの場合人の頭ほどの大きさの玉状の宝石であることが多い。この核によってダンジョンの構成内容は決まるのだ。


 ダンジョンコアはダンジョンの最深部のどこかに隠されており、壊すとダンジョンは機能を失い事実上崩壊してしまう。内部は危険な罠やモンスターが生み出され続ける空間だが今回のようなことが無い限りモンスターは外へ出られないので近隣の集落に危険性は無いし、冒険者は飯の種を取り上げられることになるので積極的に壊すことはギルドでは禁止している。そのため冒険者達は最深部にたどり着いても核を探そうとしないし仮に見つけても壊さない。もし壊したことが知られてしまえば同業者に袋叩きにあうだろう。


「ダンジョン核の機能は主にモンスターや宝箱、罠の生成。ダンジョン内で死んだモンスタ-の片付け。そしてダンジョン内の壊れた箇所の修復だな。もちろん外壁も例外ではない。中にはダンジョンの構造を変える特殊なコアもあるそうだが…ま、そんなレア物こんなところにあるわけないから誰かが盗み出そうとしたとかはない。」

 

 ダンジョンを構成する全ての要素がダンジョン核にあるというのはわかっている。ならばこの核を何らかの手段で他へ移せばそこをダンジョンができるのではないか?そういった愚かな考えを企てる輩が時々いる。ダンジョンからはお宝が手に入るので、もしそれを自国で安定して収集できるのならその国の国庫は潤うからだ。


 だが多くの国が研究しても結局ダンジョンの構造を人の手で変えたりダンジョンを移動させる方法は分からずじまいだった。それでも利益に目のくらんだ国の密命を受けたスパイや冒険者がダンジョン核を盗み出そうとする事例は後を絶たない。


「まぁ入り口が残っているのだから核はまだこの場に残っていると考えるべきだろう。その線は考えなくていい。無関係だ。しかしわからないのが修復の機能が働いていないのにモンスターが出てくるということ。カメガモよ。確認しているモンスターの数ってのはどのくらいなんだ?」

「百五十ほどであると記憶しております。数え間違いや同個体のカウントによる間違いが無ければの話ですが。」

「うぇ、そんなにいるの…先に教えてよ。」


 カメガモの言葉にアレンは投げやりな気持ちになった。しかしその横でクロノスはあり得ないと首を横に振る。


「ならおかしい。木を見る限りこのダンジョンはそれほど多くのモンスターが存在できる規模ではないぞ。仮に十五層程度で各フロアの広さが中くらいと仮定してせいぜいが五十体くらい…生み出されたモンスターが生きている限り新たなモンスターの生成も止まるから出続ければいつかは打ち止めだ。それだけの数が存在できるとは考えられない。」

「でしたら誰かが意図的にダンジョンの修復機能とモンスターのカウント機能だけ停止した可能性はありませんか?それで制御を失った生成機能がどんどんとモンスターを生み出しているとか。」

「核のどこにどういう機能があるのかわかる奴なんていないと思うけどな。そんな必要な機能だけ活かして何かできるような奴がいたらそいつはかつての魔王かダンジョンマスターと呼べる存在だろうな。…お、中から何か来るみたいだ。」

「またモンスターが…」

「えっ、隠れなきゃ!!」


 クロノスがダンジョンの入り口の先から何かの気配を感じ取ったので、全員近くの倒れた大きな木の影に隠れて入り口を見張った。少しすると歪んだ空間が震え中から巨大な体のモンスターが現れた。


「ぐるうううぅぅぅん。」


 そのモンスターは二足歩行で体を丸めて歩いてきた。全身は顔まで含め茶緑色の長い毛で覆われており、地の肌の色が見えなかった。顔には大きな鼻とぎらぎらした目があり、その目で周囲を見渡しては時々大きな口を開けてよだれを垂らしている。モンスターに品と呼べるものがあるかは怪しいが、あるとしたらこいつはまさしく下品の部類に入る。そんな醜いモンスターだった。


「間違いありません。あれが森を荒らしているモンスターです。」

「あれは…トロルか。結構きついな。」

「トロルですか。実物は私初めて見ます。」

「そんなに強いモンスターなの?」


 モンスターの正体を看破したクロノス達はトロルに聞こえないようにひそひそと話す。アレンはその横でトロル気圧されてしまっていたようだった。体がブルブルと震えていた。


「ああ。その辺の雑魚モンスターならこの俺なら逆手の小指一本で倒せるが、あいつには薬指も必要になるな。」

「それ本当に強いの…?」

「強い強い。だって俺が指二本だぜ?普通の戦いに馴れたパーティーが五、六人掛かりでやっと一体…二体同時なら即戦線離脱レベルだ。一度見つかればしつこく追いかけてくるから奴がダンジョンに戻るかどこかへ行くかしてから…」


 そう言ってトロルの様子を確認していたクロノスだったが、トロルは一向にこの場を離れる気を見せない。それどころかクロノス達が隠れている倒れた大木にどんどん近づいてくるではないか。


「なんかどんどんこっちに近づいてきてない?」

「臭いを嗅ぎつけられたのでしょうか?トロルは大変鼻の利くモンスターであると学んだことがあります。一応風下を選んだつもりですが…」


 セーヌがこちらへ近づいてくるトロルに注目すれば、トロルは立ち止り鼻をひくつかせていた。そして自分の鼻は間違っていないのだとばかりに足を速めてどんどんと迫ってきた。


「そういやさっきアップールの実を食べたな。あれはモンスターも大好物だ。それに横にはカメガモの親子…あれから見たら鼻だけで御馳走だとわかるくらいの良い匂いなのかも…」

「ええっ!?どうすんのさ。」

「余計な戦いは控えたかったがしかたない。先手必勝…!!」


 クロノスが大木から飛び出してトロルの前に降り立った。トロルはクロノスに気付いてぎらついた目で確認して歓喜の声を上げる。


「うろおおおおおぉぉぉん!!」

「はいごめんよ。」

「うろっ…!?」


 トロルには理解できなかった。御馳走が目の前に飛び出してきてさぁ独り占めだ。そう思ったところで視界が歪んだのだ。そして次の瞬間、自分は大地とキスしていた。


「うろろろ…!?」


 最初は転んだだけかと思った。しかし体がまったく動かない。どうしたものだと目を動かしてみればその先にあったのは…自分の首から上の無い体とその横で砕けた剣を片手に立つクロノスだった。その光景を最後にトロルは意識を失った。


「あーあ、また壊しちゃったじゃねぇか。トロルって無駄に硬いから嫌になるよな。さて…」


 トロルの意識がなくなると同時に、トロルの首と体に分かれた肉体が透明になって消滅した。後に残ったのは拳大のトロルの魔貨が一枚。クロノスは折れた剣を仕舞い魔貨を拾い上げ確かめる。


「消えたってことは確かにダンジョンのモンスターの様だな。あいつがダンジョンの雑魚ならここは間違いなく難易度A超えで上級冒険者パーテイーに大人気のダンジョンになっているはずだけどな…」

「クロノス兄ちゃん強いんだね!!」

「紅き瞳の人の子よ。見事な手際です。」

「お疲れ様でございます。ティルダンを倒した腕前は流石としか言いようがございません。」


 クロノスが魔貨を見て呟いているとアレン達が大木の影から飛び出てきてクロノスを褒める。クロノスは魔貨をセーヌに渡してセーヌはそれを手に持つバスケット型のなんでもくんの中へ入れた。それを見届けたクロノスはもう一度ダンジョンの入り口の歪んだ空間に目をやった。


「まずはダンジョンの規模の確認からだな。木だけじゃ細かい広さはわかんねーし…よぉし、君達耳塞げ…いや、セーヌ以外は無理だな。「サイレンス」。」

「え…?なにも聞こえなくなった!?」

「人の子よ。何をしたのですか?」

「「「ぴよぴよ?」」」


 クロノスが使ったサイレンスの魔術でわずかの間聴力を失ったアレンとカメガモ親子。そしてその横でクロノスの命令を忠実に遂行して耳を塞ぐセーヌ。それを確認したクロノスはセーヌ以外の混乱していた者達に答えることなくダンジョンの入り口と向き合いすぅと息を大きく吸った。そして…


「わあああああああぁぁぁぁぁ!!」


 ダンジョンに向かって吠えた。アレン達は聴力を失っていたためにクロノスが何かを叫んでいることしか分からなかったが、自分達の肌がピリピリと痺れ地が震えていたことからかなりの音量なのだと推測した。


「…十三…十四…十五…うん。全十五階層か。やっぱりたいしたことないな。もういいぞ。「カースブレイク」。」


 森に叫び声が木霊ししばらくの間反響する。そして反響し続けた最後の音が小さくなりすぎてクロノスにも聞こえなくなったあたりでクロノスはアレン達に掛けていたサイレンスの魔術を解呪の魔術である「カースブレイク」で解除して彼らに世界の音を返した。


「あ…聞こえるようになった。」

「いきなり悪かったな。鼓膜が破れないように君達には「エアシールド」の防壁も貼っておいたが…セーヌには使わなかったが大丈夫だったか?」

「はい。一応耳は塞ぎましたが念のため全身を「サンダーバリア」で守っていましたので。」

「雷撃で音って防げるのか…?防御魔術を期待していたがそこまで使えるようになっていたとはな。帰ったらチームワークのために使える魔術を整理しておくか。それよりも…」


 その話は後だとクロノスは屈んで自分の靴の紐を結び直す。そしてもう一度立ち上がりダンジョンの入り口を見てからアレン達に伝えた。


「この程度の規模のダンジョンでトロルが雑魚ってのはやっぱりありえない。間違いなくコアに異常があるんだと思う。俺は最下層の核を調べてくるから君達は本部に戻って報告してくれ。」

「調べてくるって一人で!?武器も無くなったのに!?」


 クロノスがダンジョンに一人で挑戦すると聞き、クロノスの実力を知らないアレンは大変驚いていたが、その横でセーヌは頷いて了解の意思を表していた。


「紅き瞳の人の子よ。あのトロルというモンスターは熊ですら一撃で倒し頭から食す恐ろしいモンスターです。先ほどの手並みは人の子にしては見事でしたが、大丈夫ですか?」


 カメガモは今までで始めてクロノスを心配している素振りを見せていた。


「大丈夫だって。それにこのままだとダンジョンの安全神話が崩壊しかねない。そしたらダンジョンが近くにある街がダンジョンを封鎖しろって言い出すかもしれないし…冒険者としては飯の種が一つなくなるのは面倒だ。タイムアタックするから君達はお邪魔です。セーヌ。こいつらをしっかり守って送ってくれよ。あ、なんでもくん貸してくれ。」

「クランリーダーの命、確かに承りました。」

「…」

「人の子よ。どうかしましたか?」

「…ああいや、なんでもない。それじゃ行って来るぜ。」


 セーヌはクロノスに持っていたバスケット型なんでもくんを渡してから修道服の短いスカートの端を摘んで一礼をした。忠誠の意味を込めたカーテシーという奴だろう。クロノスはもう少しで下着が見えただとか今度こっそり丈のさらに短いスカートにすり替えておくかとかいやいやメイド服とかも最高かもシスターメイドって斬新?それとも邪道?とか一頻ひとしきり妄想トリップした後、すぐに真面目な顔に切り替えてダンジョンに飛び込んでいった。







「さて、私たちは本部へ戻りましょう。」

「そうだね。フレンネリックさんにこのことを伝えなきゃ。」

「他にも人の子が来ているのですね。姿を見られることはもはや仕方ありません。助力を願い出ましょう。」

「「「ぴよぴよ」」」


 クロノスを見送ってから残されたセーヌ達は来た道を戻る準備をする。どうやらカメガモ親子もおとなしく着いてきてくれるようだ。


「それにしてもさっきのトロルにはビビっちゃったなぁ。もう全身毛むくじゃらでうおおおお、だもんなー。あれ?うらああぁ、って感じだったかな?うーん、どんな鳴き声だっけ…「ぐるうううぅぅぅん。」…そうそう。こんな感じ。セーヌ姉ちゃん鳴き真似美味いね…あれ?」

「小さな人の子よ。前、前を見なさい。」


 セーヌを褒めるアレンだったが、セーヌの姿が声がしたのとは違う方にあったことに気付く。なら自分の前で本物そっくりな鳴き真似をしているのは誰だろうか。カメガモの言うままに前を見るとそこにいたのは…


「「「ぐるうううぅぅぅん!!」」」

「本物だーーーーーー!!」


 目の前にいたのは本物のトロルだった。しかも三匹。どうやら先ほどのクロノスの叫びを聞きつけて駆けつけたらしい。その威圧でアレンは腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。


「「「ぐるうううぅぅぅん!!」」」

「いやー!!食べられるー!!もう終いだ…!!あわわ…!!」

「あらあら。」


 腰を抜かしたアレンを掴もうとトロルの一匹が大きな手を伸ばしてきた。もうダメだとアレンは視界を覆う巨大な掌を見つめていたが、そこで巨大な手が引いたのに気付いた。アレンとトロルの間にセーヌが割って入ってきたのだ。セーヌはあららうふふと片手を頬に付けて微笑んでからトンファーを袖から取出して構えた。


「クロノスさんは指二本と仰っておりましたので…私なら全力出せばまかり通るでしょう。せっかくの主命で恥をかくわけにはいきませんね…ああ神よ。そういえば私は本物の修道女ではありませんでした。ですので、しばしの野蛮な行いをどうぞお許しくださいませ…」


 アレンにはその後ろ姿が女神の背中に見えた。一方トロルには前からの姿がどう見えた事だろうか…その答えを皆が見つける前に次の瞬間には空間が稲妻の光に包まれた。



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