表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
59/163

第59話 小さなチャレンジ・スピリッツ(あの人はどこにいるのでしょう)

――自由行動チーム(メンバー ??? ???)―――


「カメガモちゃーん。出ておいでー。るーるるーるるーるるるーーるー。」


 ある冒険者が棒切れの先にセーヌのサンドイッチの残りを紐でぶら下げて下手くそな歌を歌ってカメガモをおびき寄せようとしていた。誰だよそんなことしてるアホと思うかもしれないが、その正体は皆さまご存じクロノスだった。ではなぜ彼がそのようなアホ極まりないことをしているかといえばだ。少し前に他の冒険者達と別れる前にナナミに言われたことが起因となっている。


「あれだよね。探すって言ってもみんな同じ場所で同じことをしているからいっそ誰もやらないくらいアホなことをやればカメガモちゃんも興味を持って近づいてくるんじゃない?例えば…セーヌさんのサンドイッチの残りを棒切れの先にぶら下げて下手くそな鼻歌を歌うとか。」


 ナナミは冗談のつもりで言っていたしそれは名案だと言っていた仲間達もそんなこと微塵も本気にしていなかった。こんなの本気で信じるバカなどいないと。しかし一人いた。それがクロノスだった。


「いやー、赤子の進言とは言うがナナミもなかなかいいアイディア出すじゃないか。もうね、ビンビンと来る。カメガモが尻尾ふりふりしてぞろぞろと集まってくる様が脳裏に浮かぶようだぜ。」


 この方法はS級冒険者としてのクロノスの感性に訴える何かであったらしく、すっかり気に入ったクロノスはさっきからずっとクロノスは中腰の姿勢を保ってカメガモを誘う歌声を奏でていたままだった。バカじゃねえの。


「あの…クロノスさん。」


 後方からの声にクロノスが振り向くとそこにいたのは冒険者にサンドイッチを配り終えてすっかり空になったバスケット型のなんでもくんを立派な二つの胸で抱きかかえるように持ったセーヌだった。胸に埋まるバスケットは埋まると言うよりもはや食い込むと言った方が正しくも思え、もしもなんでもくんに男の心があるのならきっと素敵な瞬間を味わっていることであろうと思うクロノスだった。


「君も呆けていないで一緒にカメガモを探したまえ。チェルシーがいなくなったことを抜きにしても俺たちのチームは二人しかいないんだぞ。あいつらも酷いな。あのくじ偏りすぎじゃね?グザンは公平だって言っていたけど絶対作為的だよ。俺は学習したんだ。この世の全てのくじは操作されてるってな!!」


 クロノスのチームのメンバーはクロノスとセーヌだけだった。本当はここにもう一人、猫亭の居候で人見知りの激しい少女の冒険者チェルシーがいたのだが、彼女は姉のジェニファーと離れ離れになることを嫌がり姉のいた湖周辺の捜索チームに加わってしまったのである。


「あの…」

「どうしたセーヌ。何かカメガモの足取りでも見つけたか?」

「いえ、そうではなく…」


 淀んだ物言いに何事かとクロノスが何事かと思えば、そこには真面目な顔のセーヌがいた。ならば自分もふざけるわけにはいかないなと少しだけ真面目な顔をしてみた。クロノスが話を聞く気になってくれたことを察したセーヌは語りだした。


「クロノスさんとは一度二人きりでお話ししておくべきかと思いまして。これはいい機会です。施設の…シスターの借金。あれは無効になったわけではないのですよね?」


 セーヌが切り出したのはセーヌが住み込みで働いている孤児院兼託児屋の施設の運営者で、神聖協会所属のシスターの事についてだった。シスターには借金があり、またそれが違法な内容の物で今はどこかへ消えたセイメーケンコーファミリー若頭ポルダムにとの間に交わされた契約により借金の返済に苦しめられていた。一月ほど前に騒動があり契約に使われていた絶対契約の証である女神の契約書をクロノスが破棄してしまったので契約は無効になった…わけではなかった。実はセーヌの加入祝いをした後日にクロノスは命健組の拠点を尋ねクラフトスに幾ばくかの金を払っていた。シスターの借金がいくらあったかは契約書の書面をよく読んでいなかったのでわからぬが、それでも足りないと言うことは無いほどだ。関係ない人から受け取れぬと断りを入れて突き返そうとする命健組のリーダーであるクラフトスに、命健組発足の祝い金と準備金だと言って無理やり渡したのだ。


「もしかしてクラフトスの爺さんか命健の誰かがこぼしたか?」

「はい。先週ナッシュさんとシュートさんがお酒によってうっかりと。」

「あちゃー。あいつら守秘義務とかないのかよ。いや、いい感じに冒険者に染まったことを喜ぶべきか。」


 クロノスは頭を抱え自称命健組への連絡役だと猫亭に居座ることの多くなった二人の団員に恨み節の一つでもくれたい気分になった。


 正直なところセーヌには知られたくなかった。彼女はかなり義理堅い女だ。借金を肩代わりしたことが知れたらせっかく自由の身なのにまたそれに縛られてしまうかもしれない。クロノスは冒険者が立場や制約に縛られることを良しとしない人間だった。


「不義理な契約だったとはいえ元手はセイメーケンコーファミリーの金だったわけだし、一方的に無効にしては命健組の奴らが割を食うからな。だが気に病むことは無い。これはそう…セーヌという冒険者の再発と命健組という冒険者クラン発足の祝い金だ。」


 クロノスはセーヌが冒険者として活動を再開するのだとシスターに宣言した場にクランリーダーとして立ち会っていた。セーヌが恐怖症を発症するのでクエストを受けるのに反対していたシスターだったが、セーヌが真剣に冒険者稼業に取り組むのだと言い放ったのを聞いてから一度決めたことなのだから投げ出さず最後までやり遂げなさい。命に関わらない範囲でね。とセーヌを抱きしめて送り出してくれたのだ。まぁ送り出したと言ってもセーヌは毎日施設に帰ってきているが、心持ちというやつだ。うん。


「俺は君という優秀な冒険者が心置きなく活動できるように出資したんだ。融資じゃないぞ?君が冒険者として成功してくれるのなら俺は返済を求めない。」

「それでも何も返さないというわけには…私に返せる物があればいいのですが…」


 言い淀んで体を丸め魅惑的な肢体を無意識に強調するセーヌにクロノスは言いたかった。言ってやりたかった。「君の体で返してくれ」と。けどそんなこと言った日には真面目なセーヌは本気で「ご奉仕」してくるだろうし、セーヌを女神だと信奉する冒険者共に知られたら明日の朝日すら拝めないだろう。クロノスがS級として強靭な肉体を持っていることと冒険者達が相手にするまでもない雑魚であることを踏まえてもだ。この世で人が最も力を発揮するのは恨み、妬み、嫉み、怒りなのだ。クロノスは握りこぶしに血をにじませて口から洩れそうになるその言葉を飲み込んだ。


「…っ。ぐっ…何か返したいと言うのなら猫亭での働きで返してくれるといいさ。いやそうだそれがいい。きっとそうなんだいやそうに違いない。決して他の事なんて望んでいないこれっぽっちも。うん。」

「クロノスさん…」


 クロノスの本音を抑えた口調にセーヌは何か勘違いしていたようだった。そして決意を改めたように一つ頷き前を見た。


「以前リリファちゃんが仰っていました。貴方のことを弱きを助け悪を挫く力になってくれる素晴らしい冒険者…まさに英雄だと。貴方はその通りの人物でございます。」


 そんなことはない。クロノスは現在進行形でセーヌの二つのスイカがどうにかして自分の物にならないかなーとか考えているし、自分の物になったとしてどんなプレイに使ってやろうかとこの会話の間にもあれこれ10パターンくらい考えている欲望まみれの冒険者だ。あとリリファが何か言っていたらしいがリリファはそんなこと言ってないと思う。セーヌの中で美化されているようだ。


「あの…英雄とかむず痒いからやめてくれ。マジで英雄ギルドのあんな連中と一緒にしないでくれ。どうしてもというならまずは冒険者の活動でしっかり示してくれたまえ。」

「ありがとうございます。私…精一杯やらせていただきます!!」


 セーヌはクロノスの手を掴み意気込んだ。顔を近づけるセーヌの良い匂いと大きな胸。そしてかなりの美人であるセーヌに真剣な顔で見つめられ、目を逸らすわけにもいかずしばらく見つめて合っていたクロノスとセーヌだったが、しばらくして後ろから槍が飛んできた。横槍という名の言葉の槍が。


「…ちょっと~!!おいらのこと忘れてない?二人していい感じにならないでよ。森の中でおっぱじめる気?」

「アレンよ。空気を読め。」


 クロノス班は二人しかいなかったはずだ。そう、「冒険者は」だ。一番安全そうだという理由で民間人のアレンは二人についてきていたのだ。


「はい?おっぱじめるとはどういう…」

「あれ?セーヌお姉ちゃん知らないの?おっぱじめるってのはね~あいたっ!!」

「こらマセガキ。セーヌにはそういった耐性が無いの。」


 意味を理解していない初心うぶなセーヌにアレンがからかい気味に教えようとしたところで。クロノスが注意がてらアレンにチョップをお見舞いしてその痛みで悶えるアレンだった。


「あいっつ~。もう、子供相手に大人げないなぁ。」

「黙れエロガキ。セーヌは俺たち冒険者の女神ってのが猫亭では定着している。俺だからチョップで済んだがこれが他の連中だったらと思うと…」


 言葉を途中で打ち切って最近勢力を伸ばしているセーヌファンクラブの面々を思い出して少しだけ身震いするクロノスだった。


「いや本当に良かったよ。俺たちのチームがここの三人だけで。」

「そんなにヤバいの…?てゆうか女神を信奉するなら神聖教会の信者になればいいじゃん。」

「冒険者ってのは立場とか所属に縛られちゃダメなんだよ。自由に挑戦するから冒険者なんだ。」

「冒険者ってホント身勝手でいい加減なんだから…父ちゃんも昔はこいつらみたいだったのかなぁ…」

「あ?父ちゃんがどうしたって?」

「あ、何でもないよ。」

「あの…一つ聞いてもよろしいですか?」

「え?ああうん。なあに?」


 頭を抑えてなんでもないと答えたアレンに質問してきたのはセーヌだった。セーヌの言葉に戸惑いながらも許可を出すアレン。


「私の記憶違いだったら申し訳ないのですが、アレン君のお家は商店街のパン屋さんではないですか?」

「ありゃ?おいらのこと知ってるの?昼間はバイトと学校でいないのに。」

「あのお店は私も常連ですからあなたのお母様に何度かお話を聞いております。最近は学校をサボって冒険者に話を聞きに行ったり、家の手伝いもせずに亀とカルガモのアルバイトに勤しんで困っていると。そう窺っていたものですから今日も何も言わずに来てしまったのではと考えてしまいまして…」

「もう、母ちゃんったら余計なことばかり言うんだから。」

「学校ってなに?」


 クロノスが喰いついたのは「学校」という聞きなれないワードだった。教えてくれたのはアレンではなくセーヌだ。


「ミツユースの子供たちを集めて字の読み書きや数字の計算を教えるところです。他にも地理や天気の見方といった生活に役立つ知識を得ることができます。施設の子も大きな子が何人か通っていますよ。」

「そいつらならおいらも知ってるよ。一人はクラスメイトなんだ。ミツユースは商売の街だから読み書きや計算ができないと仕事に雇ってもらえなくて生きていけないんだよ。」

「ふーん。ジルドクニックの学園みたいなものか…」

「そんな感じ。でもジルドクニックやヴェスバナヴみたいな貴族や金持ちの子供が通うお上品なものと違って庶民向けで一日に数時間くらいで家の手伝いもばっちりさせられる。やなもんだよ。」

「そうなのか…それならリリファにもそっちに通わせればよかったかもな。」


 クロノスは今は別行動をとっている猫亭の少女の事を思い出した。彼女はとある騒動で家族を失いミツユースのスラム街を一人で生きていた。生きることに精いっぱいであったためか文字の読み書きや数の計算は苦手で看板に書かれている内容を雰囲気で当てるのが精一杯で、長い文章や二桁を超える数の足し引きは全くできなかった。彼女を仲間にしてからここ一か月の間計算にやたら強いナナミ(あっちの世界では常識の範囲らしい)や文字を書くのが上手いセーヌに暇を見ては教えさせていたのでそれなりにはできるようになっていたが、それでもまだ毛が生えた程度の物だった。


「リリファって兄ちゃんの所のボードゲームの女の子?よせって、学校といっても教師は隠居した爺ちゃん婆ちゃんが暇つぶしにやってるようなやつばっかで、いっつもぐちぐち煩いんだ。やれ昔はよかったとか、それ最近の若い者はとか。うるさくしたら拳骨だし、通わせるなんて知られたら裸足で逃げ出すよ。勉強なんて家でもできるし行くだけ無駄さ。みんな思ってるよ。」

「それでも読み書きくらいはできた方がいいですよ。不利な契約を背負わされなくて済むし、お店でお釣りを誤魔化されることもありません。世の中善人ばかりではありません。少しの努力で人生の選択肢を誤らないようにできるのなら積極的に取り組むべきです。世の中には教育を受けたくても受けられない子供がたくさんいるのですから。」


 アレンの否定気味の意見をやんわり嗜めたのはセーヌだった。やや説教じみているのは施設の子どもたちにも普段使っている台詞回しだからなのかもしれない。


 しかしセーヌのありがたいお言葉はアレンにはあまり伝わっていないようだった。アレンは手を頭に回し口笛を吹いてハイハイと納得したふりをした。


「勉強なんて小さいころからやってるからありがたみが分かんないよ。冒険者なんだからそんなことしてないで最低限の読み書きができたらクエストやったほうがいいよ。クエストって稼げるんでしょ?」


 説教交じりで語るセーヌから逃げるようにアレンはクロノスに話題を振った。


「確かに冒険者の中には戦いは一流でも文字は全く読めないし金の計算ができないってやつも結構いるが、そいつらの中にだって努力して字や計算を覚えようとする頑張り屋はいる。大人になってから覚えようとするのって中々大変らしいぞ?」

「でもお金があれば優秀な部下を雇ってそっちに計算や読み書きを任せるってこともできるでしょ?」

「まぁ…確かにそういうことをしている奴もいないことは無いが…」

「ほらね。やっぱり冒険者だったらクエストやってダンジョン攻略して…他には何かあるの?冒険者のやること。」

「なぜそんなに冒険者の活動にご興味がおありで?もしや先ほどのお父様のことと何か御関係が?」

「ばっちり聞こえてたんだね。まいったなぁ…」


 セーヌの問いにしばらく狼狽していたアレンだったが、やがて観念したのか身の上をポツリポツリと語りだした。


「実はおいらの父ちゃんも冒険者だったんだ。アランっていうんだけど…二人とも知ってる?」

「アラン。アラン・ヴォーヴィッヒ…」


 アレンの言葉にクロノスとセーヌは互いに顔を合わせて考えた。しかし二人とも頭の中に思い当たる人物がいなかったようで次の瞬間には無造作に答えを返した。


「知らん。」「存じ上げません。」

「やっぱり?まぁもう十年も前に引退したらしいし。活動していたのもミツユースとは違う地方らしいしね。現役時代も大して強くなかったって自分で言っていたしね。」


 二人の答えにアレンは最初から期待してなかったかのような口ぶりで対応した。


「引退?」

「そ。母ちゃんと結婚する時に母ちゃんに危ないことはやめてくれって。それで結婚を機に引退して冒険者の時の力を活かして母ちゃんの実家のパン屋の手伝いをしていたんだ。」

「お父様は今はどちらに?」

「死んじゃった。もう何年も前に。多分セーヌ姉ちゃんがミツユースに来るよりも前だよ。」

「あっ…ごめんなさい…」

「いいっていいって!!もう吹っ切れたし。それに冒険者時代の古傷が祟ってらしいから自業自得さ。でもさ、父ちゃんの現役時代ってあんまり聞かなかったんだよね。どんなところを旅したかとか、どんなクエストをこなしてきたのかとか…なーんにも。」


 昔を懐かしむようにアレンは空を見上げて呟いた。


「なるほどな。冒険者に興味あるってのは父親について詳しく知りたいからか?」

「違うよ。」

「違うのかよ。」

「別に父ちゃんの現役の話はどうだっていいんだ。大事なのは冒険者の活動がどれくらいお金になるのかってこと。おいらお金持ちになりたいんだ。」

「どうしてお金持ちになりたいのですか?」

「知ってる?パン屋って朝は早いんだよ。太陽が昇るよりも早く大量のパンを仕込んで朝一番のお客が来る前にそれを全部焼いて…それからそれの繰り返しで日の暮れるまで働いてやっと生活できるだけさ。朝は眠いし手は豆だらけ。こんな生活大人になっても続けるなんて御免だ。おいらそんな生活とはオサラバしたいんだよね。パン屋の跡取り息子なんかになってたまるか。おいらは自由に生きたいんだ。」


 父親はどうでもいいと適当な口調で語るアレンだったが、自由になりたい。その言葉だけは真剣だった。食べていけるだけの仕事が街の中にあるのならそれに越したことは無いとセーヌはアレンを説得しようとしたが、クロノスがそれを止めた。アレンはそれに気づくことなく話を続ける。


「だからそのためには大金がいるんだ。何をやるにしてもお金は必要だよね。家の手伝いをしたところで手に入るお金なんてお駄賃と毎日のおやつ代くらいだ。だから亀とカルガモでアルバイトしてるんだよ。冒険者と接する機会が多いから話すチャンスもあるしね。ねぇねぇ冒険者って稼げるんでしょ?しかも身分とか出自に関係なく実力が物を言う世界だって。おいら学校では一番の力持ちなんだぜ。パン屋の手伝いしてるんだから当然だけどね。こういっちゃなんだけど同じ年頃の冒険者の子たちよりも強いと思うね。」


 自信満々にシャツを捲って腕に力こぶを浮き上がらせたアレン。しかしクロノスはそれを冷ややかな目で見ていた。


「なるほど。君は金が欲しいと。その金で何を買うかは決めているのか?」

「え?まだ決めてないよ。お金ができてからゆっくり考えるさ。」


 アレンの答えがクロノスの中の何かの基準満たしたらしい。クロノスは首を横に振ってきっぱりと答えた。


「率直に言おうか。君は冒険者には向いていない。」

「え…?」

 

 クロノスのきっぱりと言い放ったその言葉に一瞬放心するアレンだったが、次の瞬間には抗議の声を上げた。


「何でさ!!さっきも言ったけどおいら学校じゃ上級生よりも力はあるし、勉強してきたから文字の読み書きや計算だってできる。同じ年頃の冒険者と比べても差は歴然じゃないか。…あ。もしかしておいらがモンスターと戦うことになってもビビると思ってる?そんなことないよホラ!!」


 アレンがポケットから取り出したのは薄汚れた獣の牙だった。クロノスとセーヌはそれが森に出現する狼系のモンスターの森ウルフの物であることを見抜く。


「アレン君…あなたモンスターと戦ったのですか!?」

「うん。前にこっそりと町の外の森に出かけてそこでね。最初はびっくりしたけどウルフって案外とろいんだね。薪割用の斧を持って戦ったら一発だったよ。モンスターと戦ったことがばれるから素材は取らずにこの牙だけ取って捨て置いたんだけど、あれはもったいなかったかなぁ…」


 その時のことを悔やむように語るアレンだったが、それを聞いていたセーヌは内心怒っていた。モンスターは国の兵士や冒険者以外は戦ってはいけない。単純に一般人は弱いので命の危険があるからだ。ギルドも冒険者以外の素材の持ち込みは禁止しているしモンスターの出現する危ない所に立ち入らないように十分な警告をしている。それなのに自分からのこのこと会いに行って何かあったらどうするつもりだろうか。


「アレン君あなた…」


 今度こそ説教してあげましょうと意気込むセーヌだったが、前に出ようとしたところでクロノスに腕をがっちりと掴まれてしまった。セーヌは止めてほしくなかったがクロノスは猫亭のクランリーダー…自分にとっての主だ。猫亭の団員として精一杯やると先ほど宣言した後で従わないのはよくないだろう。その行為はそのままクロノスの顔に泥を塗ること何ら変わりないのだ。


「…」

「心配するな。俺が君の分まで言ってやる。」

「そういうことでしたら。お願いします。」


 クロノスはクロノスでアレンに何か言いたいことがあったらしい。それならばとセーヌは納得して下がった。


「森ウルフを倒したと言うが君の倒したのは多分獣とモンスターのざりだろう?あれはどちらの群れからもはじき出されるからそれほど強くない。」

「そんなことないよ!!帰る時に他の狼の声がしたもん!!そりゃ最後はちょっとだけ怖かったけどさ…」

「なら年を食って群れから離れて死に場所を求めて彷徨っていたはぐれだろうな。普通の森ウルフは君ひとりじゃ逆立ちしたって倒せやしないし群れで行動するから生きて帰ることはまずできない。まぁ君が倒したのが獣だろうがモンスターだろうがどうだっていい。」


 クロノスは一歩前に出てアレンに近づいた。アレンはクロノスから得体のしれない威圧を感じて一歩下がる。


「実力が物を言う世界と言ったが、それは単純な力だけじゃない。勿論、勉強ができると言う意味でもな。知識、経験、勘、さらには時の運…そういうものを全部ひっくるめて冒険者の実力だ。そして仮に君がそれらを満たしたとしてもだ…君には冒険者として足りない物が一つある。」

「…足りない物。」


 アレンはクロノスがS級冒険者であると言う事実を知らず、その辺にいる冒険者の一人だと思っている。しかしクロノスの言葉に重みのようなものを感じ、すっかり反論の余地を無くしてしまっていた。


「それって何さ?」

「それはだな…うん?あ、ちょっと待ってくれ。糸がたるんでる。」


 アレンの質問を手で制しクロノスは近くの天然のため池に垂らしていた糸を手繰り寄せた。


「クロノスの兄ちゃんはさっきから何をしているの?」


 アレンの疑問は最もだった。クロノスはアレンの話を聞いていた間ずっと棒切れの先のサンドイッチを近くにあった天然のため池の中に沈めていたからだ。普通ならば釣りを連想したいところだがサンドイッチは単に紐で括っただけである。獲物が喰らいついたとしてもサンドイッチを持っていかれるだけだろう。


「いや、こうすればもしかしたらカメガモが釣れるかと。」

「そんなんじゃダメでしょ。せめて釣り針を付けなきゃ。」

「釣りなんてやったことないし。でも生け捕りが前提だしなぁ。貴重な生物をうっかり死なせでもしたら洒落にならん。やっぱり俺はこういう生かして捕えるっていう仕事は向いていないな。…ん?」


 クロノスがサンドイッチを引き上げようと竿に手を伸ばすと、先ほどまでよれよれだった糸がピンと張っていることに気付いた。ためしに竿を握って上に上げてみるがその先の糸は張ったままピクリとも動かない。最初は水底に沈んだ木かなにかにサンドイッチを引っ掛けただけかもしれないと考えた、それは違うとすぐにわかった。何故なら糸が勢いよくため池の中に引っ張られ出したからだ。


「うおっ!!引いてる引いてる。なんかかかってるぞ。」


 釣り針もついていないのに釣られるとはマヌケなやつめ。そう思いながらもその正体を暴いてやろうとクロノスが棒を引っ張ってそこに糸を巻きつけた。引く力は強い物だったが使っている糸はクロノスが猫亭の倉庫から持ってきた蜘系モンスター最強種である王蜘キングスパイダーの糸だ。そう簡単に切れるはずもない。


 糸はどんどん回収されてやがて残りもわずかというところで得物が自ら飛びだしてきた。


「グェ~!!」


 顔を出したのはなんと鳥だった。しかも特徴から見ればカモだろうか。カモは餌のサンドイッチを咥えていたが首に糸が絡まっており、逃れられなかったのはおそらくこれのせいだろう。


「これは…カモか?なんで水の中に。」

「水の中にいた魚とまちがえたんじゃないの?」

「もしかしたらということもありますので一応確認してみましょうか。」


 念のためにと後ろに回ったセーヌは暴れ回るカモがある特徴を持っていたことに気付き二人に叫んだ。


「クロノスさん。アレン君。この子背中に亀の甲羅が!!」


 セーヌが指をさす方にあったのは立派な亀の甲羅だった。甲羅はカモの背中に張り付いているわけでも、亀がカモの背中に引っ付いているわけでもない。カモの背中と完全に一体化していた。


「これがカメガモか…うっわ。マジで見つけちゃったの。」

「なんだよおい。せっかく冒険者共にご褒美で釣って探させていたのに。自分で捕まえても面白くないな。」

「…よ。」

「あん?」

「…人の子よ。」

「アレン、何か言ったか?」

「いやおいら何も。」

「私でもありません。」

「他には…誰もいないよな?」

「人の子よ。無礼ですよ。」


 ならば誰が。三人は顔を見合わせるがそこでもう一度自分達を呼ぶ上から目線の声がしたので横を向いた。


「ああ、やっと気づきましたか。まったく、人の子は愚図で鈍間で愚かなのですから。もはや可愛げもありませんね。」


 喋ったのは目の前にいる首に糸を巻きつけて亀の甲羅を背負ったカモだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ