第58話 小さなチャレンジ・スピリッツ(みなさんどこへ行かれたのでしょう)
―――――――――――――カメガモ捜索隊暫定本部―――――――――――――――
「よーし、これで全部だな。昼飯の前に準備をしておくぞ。各自配置に付け。」
亀とカルガモの団員達は湖近くの開けた場所で暫定の捜索隊本部を設置していた。本部といっても持ってきた簡素なテントと座れるようにシートを張っただけであったが。次に団員達は木箱から調理道具や食料を取り出して手際よく昼食の準備を開始した。
テントの殆どは調理に使う用と休憩用の物だったが、その中の一つは用途が異なっていた。そこの受付と書かれたプレートが置かれた机にいたのはヴェラザードだ。彼女はギルドの職員としてギルドにあった資料を調べながら冒険者達がカメガモだと次々と持ってくる生き物の鑑定をしていた。
「これはカメアヒルですね。残念ですが少し違います。こちらも一応幻獣種なのですが、特に高値で取引されていると言うことはありませんので報酬はでません。ええ、まったく。こちらは…惜しい。スッポンカモですね。捕まえるときに噛み付いてきませんでしたか?重傷者が二名…応急手当てを終えたらすぐに街へ戻ってください。金貨よりも人命優先です。次の人…これはなんですか?私にはどっからどうみても野鳥の雛にしか見えないのですが。親鳥はきっと怒っていますよ。巣に返してきなさい。」
「うひゃー。やっぱり違ったかー。とりあえずそこに入れとこ。」
ヴェラザードは持ち込まれた生物を鑑定しては冒険者に違いますと突き返し、冒険者は横の柵で区切った候補置き場に捨てて行ったので、柵の中は中々にカオスなことになっていた。
「ピィピィ」「ガウガウ」「ギッロポーン」「ギャロスッケン」「ゴブゴブ」
「あなたたちもおとなしくしていたら後できちんと逃がしてあげますので。今は静かにお願いしますね。」
「やぁヴェラザードさん。調子はどうだい?」
鑑定をしてもらおうと並んでいた冒険者の列が落ち着いたところで、フレンネリックが話しかけてきた。ヴェラザードは目にしていたカメガモの資料をぱたりと閉じると対応した。
「さきほどからひっきりなしにこれだと持ってきているのですが、いずれもカメガモと思わしき個体はおりませんでした。一応キープしておきましたので是非ご確認を。」
「どれどれ…うん。なかなかの光景だね。」
ヴェラザードが指さす先の簡易な柵の内部にはこれまでに冒険者が見つけてきたカメガモに似た生物が幾つも入っていた。フレンネリックはそれを見て怯むこともなく観察する。
「グエッグエッ」「ギャアギャア」「ゲッゲッ」「オッピョロショーン」「ブウブウ」
それはカモの背中にスッポンの甲羅を背負っていたり、亀の甲羅に水鳥の羽が着いていたり、ただの亀であったり…あまつさえ大型のネズミにアヒルの着ぐるみを着せたのもいた。カモじゃないし。亀でもないし。
「あはは…まぁカメガモが亀の甲羅を背負っていると言っても実物はどんな生き物かは目撃者にしかわからないんだ。似たようなのを連れてくるのは想定内だよ。とりあえずはそれっぽい個体はいないみたいだね。」
観察を終えたフレンネリックはポケットから眼鏡拭きを取り出すと顔に掛けた大きな丸渕眼鏡のグラスを拭いてそう答えた。いないことは既にヴェラザードは分かっていたが、それでも依頼主に納得してもらう意義は大きい。この場にいる亀とカルガモの団員の中で最も地位の高いフレンネリックの答えに満足したヴェラザードだった。
「午前の持ち込みはこれ以上ないと思います。先ほどパーティーの一つがスッポンカモを置いて帰ってしまったのでこれでスープでも作ってもらいましょうか。結構良い出汁が取れるそうですよ?」
「そうだね。もうすぐお昼時だから冒険者もちらほら集まり始めている。午前の捜索は打ち切って午後への英気を養おうかな。おや?誰か来たね。」
こちらに一目散に走ってくる小柄な冒険者をカメガモの鑑定に来た冒険者だと思い場所を譲ろうとしたフレンネリックだったが、その少年はフレンネリックの前で立ち止まった。少年がぜぇぜぇと息を荒げている間にフレンネリックは彼が何者かを頭の中で探して答えを見つけた。
「えーと、君はクロノス君の所のザック君だったかな?」
「おう!!クロノス兄貴の所の人間じゃないけどザックだ。それにしても亀とカルガモのお偉いさんに名前を覚えてもらえるなんてこれがS級の恩恵か…!!…じゃなくて、フレンネリックさん聞いてくれよ。実は…」
フレンネリックに話しかけてきた冒険者の一団はクロノスの傘下の冒険者達だった。彼らは本来のパーティーとはバラバラのメンツのようだったが、クロノスがカメガモの捜索を考慮して編成したのだろうとフレンネリックは思った。実際は考慮もクソもあったものでは無いがそれは言わぬが花というやつだろう。
フレンネリックはその中の一人であった少年冒険者ザックから話を聞き終えると怪訝な顔をした。なぜならザックの話がよくわからなかったからだ。
「は?ゴブリンの群れと遭遇して倒したらゴブリンが何匹か消えた?まさかダンジョンでもあるまいに。君達の数え間違いじゃないかな。」
「いいや間違いない。最初に見た時は確かに十五匹いたんだよ。俺いつも戦闘の最初に敵の数を確認する癖付けていたから間違いないよ。そりゃ一匹や二匹くらいなら数え間違えるかもしれないけど…でも戦闘を終えて数を数えてみたら十匹しかいなかったんだ。流石にそれは気付く。」
「僕らも正確には数えていないけど多分それくらいだったと認識しています。」
ザックの説明に後ろのヒュースとその他の仲間が同意した。それを聞いたフレンネリックはそれならばと別の可能性を提示する。
「なら戦闘中死んだふりして隙を見て逃げたとか。」
「ゴブリンにそんな頭あるかなぁ?それとゴブリンの死体に紛れてこんなものが…」
ザックが手渡したのは一枚の硬貨だった。フレンネリックはそれを受け取ると両面を確認してそれから日の光にかざして鑑定をした。
「これは…魔貨だね。それもこれはゴブリンのだ。」
「魔貨ってダンジョンのモンスターを倒すと落とすやつでしょ?それが何でこんな森の中に。」
「誰か他の冒険者が落としたのかな。でも魔貨なんて持っていても使い道ないし、ダンジョンから持って帰ってきたのならすぐにギルドで換金するだろう。」
「ならカメガモを探して誰かがダンジョンに潜ったのかな?」
「そんなことわざわざするかな?だいたいこの辺にダンジョンは一つだけだしそれもカメガモの捜索範囲からは少し外れるからね…」
フレンネリックとザック達があれこれ考えていると、森の中から騒がしい声が聞こえてきた。冒険者が騒がしいのはいつもの事だが少し声の様子がおかしいとフレンネリックが声の方向を見つめていると森の中から冒険者の一団が飛び出してきた。
「にゃにゃにゃ…リリファちゃんどこ行ったにゃあ!?ついでにクルロとキャルロとエティもどこに…!!正直三人はウチのパーティーじゃにゃあしどうでもいいけど、リリファちゃんはまずいにゃ!!何かあったら旦那にシャミセンにされちまうにゃあ!!」
「ちょっと!!ダンツとナナミちゃんとシュートの奴どこに消えちゃったの!!…ハッ、まさか私に内緒で隠し財宝を回収に…させるかぁ!!この世の宝はすべてこのメルシェ様の物よ!!」
「ゲコッゲコッ!!」
二人と一匹の集団は団子状に固まって我先にと飛び出して、やがてテントの一つにぶつかって止まった。
「それで何があったんだい?君達は複数人のチームで行動していたようだけど他のメンバーはどこに行ったんだい?」
フレンネリックとヴェラザードとクロノス傘下の冒険者たちは昼食を摂りながら情報の整理をしていた。クロノスの傘下の他のチームは結局昼になっても戻らなかった。
「「「霧が立ち込めたと思ったらみんな消えていた!!(ゲコゲコゲコゲッコ!!)あとこのスープ美味しい!!(ゲーコッコ!!)」」」
スープを飲み干してお代わりを所望する二人と一匹の冒険者達の答えは皆同じだった。それぞれカメガモを捜索していた場所で異変を発見し、それを本部に報告に行こうとしたところで突然霧が発生し、霧が晴れた途端に一人(一匹)だけになっていたらしい。
「モンスターの気配は感じなかったにゃあ。でも霧が出ている間なんかいつもより鼻と耳の調子が悪かったような。今は戻ったにゃ。」
「霧が出る直前、まっすぐ走っていたはずなのになかなか道に戻れなかったのよ。霧が出たら方向が全く分からなかった。」
「ゲコ!!ゲコゲッコ!!ゲゲゲーゲゲーゲゲ!!」
メンバーを失った冒険者達は霧の前後であった状況を身振り手振りも交えて説明する。一匹は正直何を言っているのかこの場の誰にもわからなかったが、大変だと言うことは伝わった。フレンネリックはそれぞれの証言を聞いてからまだ手を付けていなかった自分のスープを飲み始めた。
「…ほう、これは中々の出汁だ。料亭や食堂に卸せないだろうか…冒険者の叫び声…ぐちゃぐちゃのゴブリン…骨の溜まり場…足りないモンスターと足元の魔貨…そして消えた冒険者達。これは何もないと言う方が無茶があるかな。さてさて、カメガモ探しは大事だけどこのまま午後も同じ調子で冒険者に消えられでもしたら厄介だな…」
「フレンネリックさん!!」
「なんだい?今ちょっと立て込んでいるから後に…何かあったのかい?」
情報を頭の中でまとめてこれからをどうするか考えていたフレンネリックに新たに話しかけてきたのは亀とカルガモの団員だった。後にしてくれと流そうとしていたフレンネリックだったが団員が何か真面目な顔つきをしていたので手短に聞くことにした。
「それが…いくつものパーティーでメンバーが消えてしまったと。これだけいるから逸れただけかと思ったんですけど、みんな森の中で霧が立ち込めたと思ったら消えてしまったらしくて…昼食を食べている冒険者も二百人くらいしかいません。」
部下の言葉にフレンネリックは驚いた。二百と言えば最初に連れてきた冒険者の半分くらいしかいない。みんな昼時であることを忘れてカメガモ探しに夢中になっているのだろうか?いや違う。昼食は亀とカルガモが善意で用意した言わばタダ飯。宵越しの金も持たない貧乏冒険者がタダ飯を逃すはずが無い。来ないと言うことは来れない事情があるのだろう。それがもし全員同じ理由だったとしたら…
「謎の霧に攫われて二百人の冒険者が行方不明とかちょっとシャレにならないね。」
笑ってごまかそうとするフレンネリックだったが、今はその時ではないと顔を引き締める。そして控える部下に今後の予定を伝える。
「カメガモ探しは続けるよ。下手に中止にしたらそれこそ混乱するだろうし、何よりどこかへ行った冒険者達を置いていくことになっちゃうからね。信用第一のウチとしてはそれはちょっとできないな。」
「分かりました。皆に現状維持と伝えてきます。」
部下はフレンネリックの指示に不快を示すでもなくそう言って一礼してから去って行った。こういう時普通の商人ならば真っ先に冒険者を見捨てて逃げるのが常套だろうがフレンネリックたちの所属する亀とカルガモは商会ではなく冒険者のクランだ。そこに所属する冒険者達も客商売がメインとはいえ未知に対する多少の胆は据わっている。そういった危険と未知の先に莫大な利益があると確信しているのだ。今回の場合は商人の憧れカメガモがそれにあたる。
部下を見送ったフレンネリックはくるりと前を向くと、食事を採っていた冒険者達に告げる。
「じゃあそういう訳だからカメガモ探しは続けてもらうけど、現状で一番怪しい霧とやらには気を付けてね。あ、怖かったら帰っていいからね?」
フレンネリックがそう告げると、冒険者達の食事をする手がピタリと止まった。フレンネリックは冗談で言っただけのつもりだったが、どうやら冒険者の逆鱗に触れてしまったらしい。
「あん?俺らがモンスターや未知の現象にビビるわけないだろ。やってやるぜ。消えたやつら見つけてカメガモゲットして、クロノスの兄貴のご褒美も頂きに決まっているだろう!!みんな行くぜ!!」
「ああ!!」「にゃあ。」「ええ。」「ゲコッ!!」「「「よっしゃあ!!」」」
少年冒険者ザックの呼びかけで猫亭預かりの冒険者はチームを再編成して出発した。フレンネリックは挑発したつもりはなかったがやる気があるのは結構なことだと自分の器とスプーンを食べ終えた器を回収する木箱の中に投げ入れて立ち上がる。
「さぁて、僕はどうしようかな。まずはクロノス君と連絡を取りたいな…ヴェラザードさん。彼はここにいないようだけど無事かな?」
フレンネリックはさきほどから黙って昼食を食べていた隣のヴェラザードに知り合いの高ランク冒険者の所在を尋ねた。思えばこの場に彼の姿がどこにもない。ここに預かりの冒険者達がいるのだから普通であれば合流するのが筋だろうがいないということは何か事情があるのだろうか。もしかしたら他の消えた冒険者達と同じように彼も消えてしまったか。
「…ふぅ。ごちそうさまでした。スッポンガモはいい出汁でしたね。」
ヴェラザードは立ち上がり自分の食べ終えた器を木箱の中に丁寧に置いてからフレンネリックの方を向いた。
「無事も何もS級冒険者にバッドステータスがあるのかどうか疑問ですね。消える?消すの間違いでしょう。」
その目は何言ってんのコイツという感じの目つきだったが、その答えはフレンネリックの予想と同じ物であり、彼を心配するのは無粋だったかとフレンネリックは自分の仕事へ戻っていった。
「…ぐおおぉぉぉ…」
しかしこの場の誰もが気づいていなかった。渦中の霧が本部の近くまで迫っていたことに。そしてその中に冒険者達を見つめるいくつかの眼差しがあったことに…