第56話 小さなチャレンジ・スピリッツ(引き続きカメガモを探しましょう)
――――支流周辺捜索チーム(メンバー ナッシュ ゲルン ユニス バーツ グザン)―――――
「お前達何か見つけたか?」
「ゲコッ。」「きゅい。」
「フンフン…特に何もなさそうか。よし、何かわかったら教えてくれよ。」
「「…」」
湖に流れる支流の一つを捜索していたのは命健組の団員の冒険者ナッシュとバーツ。そしてダンツパーティーの一員のグザンだ。彼は手に持ったリードの先にいるスーツを着込んだ大きなカエルとウサギに尋ねた。ウサギとカエルはナッシュの問いに一声鳴いて答えるとまた黙ってしまう。
「おい…おい。」
「皆まで言うな、ってやつですかね。一応聞かせていただきやす。何か御用で?」
ナッシュの後ろにいたグザンはずっと疑問に思っていたことを隣のバーツに尋ねた。
「なぁ、あのカエルとウサギってまさか…」
「グザンのお兄いさん。その通りでございやす。アレ…ウチの団員のゲルンとユニスです。カエルがゲルン。ユニスがウサギでさ。」
グザンに申し訳なさそうに答えたバーツは明後日の方を向いていた。普通ならばふざけるなと叱責の一つでもくれてやりたいがそれはできない。なぜならバーツの言っていることは本当だし、ゲルンとユニスの二人がカエルとウサギになった瞬間をグザンも目撃していたからだった。目撃していてもなお二人は現実を受け入れることができないでいたのだ。
ゲルンとユニスは少し前までは確かに普通の人間だった。しかし遡ること数日前、猫亭で酒の飲み代を支払う集金箱に支払いをごまかして入れたのだ。その前に試しにごまかしてみた冒険者が自慢のストレートがアフロになったこと以外何も問題はなかったので、そこまでひどい罰は受けないだろうと高を括ったのがまずかった。結果はどろんと姿がカエルとウサギになり、人の声も出なくなってしまったのである。この結果には成り行きを見ていた全員が爆笑を通り越して失笑した。
「スーツはクラフトスのおやっさん…いや、クランリーダーが手直しでそれぞれの形に仕立て直してくれたんでさ。なにせ人間の意識はあるっぽいんだ。裸のままというのもかわいそうだ。虫や草を出しても食べないで食卓の肉を不慣れそうに齧っていたのはまた珍しい光景で…」
「ゲコッ。」「きゅい。」
「わかってるわかってる。もう虫や草を食わせようとはしない。さっきもセーヌ嬢のサンドイッチを美味そうに食べていたもんな。」
「戻るんだよなアレ…?」
「クロノスの旦那はそのうち戻ると言ってやしたが…実際アフロのお兄いさんは昨日ストレートヘアに戻っていたんだ。」
自慢の髪が元に戻っていた冒険者が嬉しさで狂喜乱舞していたことを思い出してバーツは語った。
「罰の基準は分からんが、とりあえず絶対に酒代はケチらないぜ。借金してでも適正料金を払う!!」
「そのほうが賢明です。」
酒を飲むのを止めたらいいとはバーツも言わない。だってそれが冒険者だから。この一か月ですっかり冒険者の仲間入りをして生の食材を平気でつまみにして酒を浴びるように飲むようになったバーツだった。
「んで?前を行く飼い主役のナッシュは何をしてるんだ?」
「二人が動物の姿になったことで頭以外のスペックは動物になっているってんで、犬代わりに匂いを探ってもらってるんです。」
「ナイスアイディアと言いたいところだが、あいつ何言ってるのかわかってるのか?俺にはさっきからゲコッときゅいと言っているようにしか聞こえんが。」
「長年の付き合いの俺らもわからなかったんですが、ナッシュにはなんとなくわかるらしくて…」
「ふぅん。ならナッシュは「魔物使い(モンスターテイマー)」の素質があるのかもな。」
「なんですそれ?」
「魔物使いってのは冒険者の職業の一つで、その名の通り…ん?あいつら何か見つけたみたいだ。行こう。」
説明をしようとしたグザンだったが、前にいた三「人」が何か見つけたようで話を打ち切って彼らと合流した。
「ゲコッ!!」「きゅい!!」
「どうした二人とも…なんじゃこれ!?」
「何か見つけたか?」
「これは…」
彼らの前にあったのはゴブリンの死体だった。それも一体や二体ではない。十…二十…もしかしたらそれよりもたくさんあったのかもしれないが、正確な数はナッシュたちには数えられなかった。なぜならその死体はいずれも目も当てられないくらいにぐちゃぐちゃだったからだ。あるゴブリンは腹から臓物を引きずり出され、あるゴブリンは頭が正面から真っ二つ。その横の二匹のゴブリンなどは上半身と下半身がくっついて潰されていた。
「うえ…モンスターとはいえここまで無残だと見るに堪えない…あれだ。子どもの頃森の中を探検していたら獣に漁られたカラスの死体を見つけた時を思い出す。」
「いったい誰が…先に行った他の冒険者がやったんでしょうかね?」
バーツはこの中で冒険者稼業が最も長い先輩のグザンに意見を覗う。
「いや…冒険者の仕業ならこれはおかしい。倒したモンスターは素材を剥ぎ取ったとしても残りは地面に埋めるのか燃やすかが基本のマナーだ。残しておくと他のモンスターや獣をおびき寄せるからな。」
「むしろおびき寄せるためにわざと残したんでは?誰かがカメガモは実は肉食かもしれないって言っていたのを聞いた気がする。」
「だな。それなら臭いが飛ぶようにぐちゃぐちゃにしたのも納得できるぜ。」
グザンの意見を聞いてナッシュは別の冒険者が仕掛けた罠だと推測した。それにバーツも同意して傷が荒いのも血の匂いを漂わせるためだとウンウンと頷くが、隣のグザンは納得していないようだ。
「それでも誰もいないってのはどうもおかしいな。もしもそのまま残しておいたのがばれるとギルド職員に「お仕置き」されちまうからな。俺らも一回埋め忘れてそれはもう酷い目に合った。」
グザンは仲間と共に受けたあの日の出来事を記憶から鮮明に思い出し、もう二度とモンスターの処分のし残しは致しませんと再び胸に誓った。一体何をされたんだよ…
「なら他のモンスターがやったんですかね?」
「この辺にそんな強いモンスターいないぜ?ミツユース周辺地域ってモンスターの多様性はあるが強さはそんなでもないんだ。ダンジョンに潜れば手ごたえのありそうな連中もいないことは無いがそれでも…おいどうした?」
「ゲコッゲコッ!!」「きゅきゅい!!」
「おい!!いったいどうした!?」
話の途中でグザンはゲルンとユニスが森の奥に向かって大きな声で泣きわめいているのに気付いた。二人のリードを預かるナッシュはぐいぐいと手綱を引く二人を必死になだめる。
「今の二人はもろ動物だからな。野生の勘みたいのがあるのかも。」
「この奥に…何かいるのか…?」
三人は二人が鳴く森の奥を見た。森の方は道が開けている支流沿いとは違い木々が太陽の光を奪い合いお互いを遮るので真っ暗だ。冒険者とはいえ視力が特別優れているわけではない三人では判別することができない。
「なぁおい…もし森の奥にヤバいモンスターがいたらどうするよ?」
「ゴブリン程度なら冒険者になりたての俺らでも倒せやす。しかしだからってこれの下手人…いや下手モンスターがゴブリンよりどのくらいに強いのかは判別付きやせんぜ。」
「だろうな。ゴブリンを残酷に蹂躙できるモンスターか…よし、引き返そう。ゴブリンの死体の状態は覚えたな?湖の本部に報告だ。」
この場で最も冒険者稼業の長いグザンの指示をナッシュとバーツは頷いて了承した。そしてゲルンとユニスも森の奥に向かって鳴きながら頷いた。
「よし。満場一致だ。これは逃げるんじゃねえ。勇気ある撤退だ。」
かくして来た道を引き返す五人。グザンは勇気ある撤退といったがそれは正解だろう。なぜなら例え惨状の犯人と出会ったところでC級のグザンとルーキーの命健組の冒険者では勝てる相手ではなかったからだ。
「…ゲゴゴ」
グザン達が撤退してほどなくしてゴブリンの死体の前に黒くて大きな何かが現れる。そして正体不明の何かは「食事」は終わっていないとゴブリンの死体に齧りついた。
――――林道捜索チーム(メンバー ナナミ ダンツ メルシェ シュート)――――
「コバンザメってこっちにもいるんだ。」
「ナナミちゃん知ってるッスか?海にいるでっかいけどおとなしめのクジラやモンスターに吸盤でくっ付いて食べている餌をちょいと頂戴する奇妙な魚ッス。たまに港に上がるぜ?」
「わぁ、思っているのとおんなじだ。もしかして他にもいるのかな?」
「他にも?まぁ港には珍しい魚が上がることも多いけど…」
「ホント?実は探している魚がいて…」
湖に続く林道へ引き返してカメガモの捜索をしていたダンツとナナミはカメガモ探しそっちのけで海の幸の話で盛り上がっていた。
「ふぅん。赤くてぐにょぐにょで脚が八本で口から墨を吐く…それ本当に魚ッスかね?」
「ダンツさんでも知らないか…魚屋さんにも自由市に出店する店にも売ってなかったのよね。こっちにはいないのかしら。」
「モンスターに似たようなのがいるかもしれないッスけど、俺のパーティーは海は専門外なんだ。すまねえッス。あ、そうだ!!もしかしたら売り物にならないから海で捨ててるだけで猟師なら知ってるかもしてないぜ?今度猟師やってる俺のおじさん紹介してやるッス。」
「ありがとうダンツさん!!助かるー!!」
「いいっていいって。後輩冒険者の頼みだもんなッス。ミツユースの人脈は下町育ちのダンツさんにお任せ…」
「ダンツもナナミちゃんも真面目に探しなさいな!!金貨が懸ってんのよ!?」
無駄話に洒落こむ二人を叱責するのはダンツパーティーの紅一点メルシェだった。彼女は魔術師として愛用している魔法の杖をぶんぶんと振り回して目の前の木のツタを怒り任せに払いのけた。
「ああもう!!ちょっと道を外れると植物が邪魔でしょうがない…!!湖の近くにはダンジョンもいくつかあるんだからギルドもきちんと整備しておきなさいよ!!」
「メルシェさんもいちいち払っていないで火の魔術で燃やしちゃえば?あそーれ、「ヒートブレス」!!」
「ちょっと!!…「バブルブレス」!!」
ナナミが目の前の藪を火の魔術で燃やそうとすれば横からメルシェが水の魔術でそれを相殺した。
「山火事になったら大変でしょ。カメガモまで丸焼きになっちゃうじゃない。金貨よ!?そのカモには金貨一枚の価値があるの!!もはや金貨引換券なのよ!!金貨金貨金貨ぁ!!うふふ、金貨があったら何ができる~♪いいお酒!!大きなお家!!豪華なブランドのバッグ!!何でもかんでも買いたい放題!!下町のチンケな暮らしとはオサラバよ!!ララ~♪」
金貨金貨と欲望を叫びながら歌うメルシェの目はらんらんと輝いていて、まるで金貨のようになっていた。それを見たナナミは先輩の欲深さに呆れを覚え、ダンツはいつもの事だと気にも留めない。
「ナナミちゃん。アレウチの強欲担当ッス。あいつと金の話で揉めても多分誰も勝てないッスから金の話はしないでおくのが正解ッス。ちなみに普段なら木ごと容赦なく燃やす。これはそういう女だ。」
「うん。覚えておく。」
「ダンツのお兄いさんと御嬢さんがた。変なモン見つけたんだが、冒険者稼業の浅い俺にはさっぱり分からないぜ。ちいと意見を聞きてぇ。」
ダンツの話を納得して聞いていたナナミだったが、先の様子を見に行っていたシュートが自分の方へナナミ達を呼び寄せた。
「金貨!?見つけたのね金貨を!!さぁ早く私に寄越しなさい!!…アゥ!!ちょっとダンツ酷いじゃない。幼馴染の頭を叩くなんてサイテー!!」
「お前が人間としてサイテーになりかけていたのを止めてやったッス。むしろ感謝しろッス。それよりも…」
先を急ぐシュートにダンツは何を見つけたのかと尋ねた。しかしそれは直接見てくれとシュートは答えなかった。
「もしかして大富豪の隠し財産でも見つけたッスか?それならこのアホも喜んでくれるだろう。」
「そんなんならミツユースに残って空いた冒険者の穴を埋めてクエストに勤しんでいる他の命健組の同志達にも顔が立つんだけどな…ほらここ…」
シュートが自分の前の巨大な木の根元にあった深い洞を指さして導く。そこにあったのは…
「骨…だよね?」
洞の中には無数の骨があった。骨は洞の中の奥の方にまとめられており大きな山ができていた。ナナミ達は洞の中に入りこみ山の中からそれぞれ骨を手に取った。
「これ…何の骨?人じゃなさそうだけど…」
「こいつは鳥だな。カモではなさそうだけど…こっちは狼ッスか?このちっちゃいのはネズミかな?」
「こっちの骨は…臭っ!!多分モンスターの骨ね。ゴブリンかしら。」
骨は様々な動物の物だった。ネズミ、鳥、カエル、狼、ゴブリン…角ばっていたり丸みを帯びていたり集めれば森中の動物の骨格標本が完成するのではと思うくらい種類があった。流石に人間の物と思われる骨は見つからなかったので安心する一同。
「前に来た冒険者が食べた後に骨を片付けたのかな?」
「前から思っていたけどあなた結構食いしん坊ね。ただ答えはノーと言っておくわ。」
「どうして?」
「この骨…一つも焼き跡とか焦げがないッス。食べたのだとしたら生で行ったんだろう。冒険者はバカだがさすがに現地で調達した食いモンに火を入れないとは思えないぜ。」
「前は猫亭で生の料理口にしてたくせに…」
「うるせえッス。あの時は酒の席の悪乗りだよ。シュートも最近じゃイケるイケるって言ってたじゃねえか。」
「そりゃ…新しい世界の扉は開いたけどよ。どっちにせよこれだけの量、昨日今日で何人冒険者が宴会やったら出るんだ…ん?コレ…」
シュートが手にした骨にはまだ肉が残っていた。それを見てシュート以外の冒険者が頷く。
「…離れよう。早急に。」
「ッス。」「ええ。」
「どういうことだいナナミの御嬢さん。おい置いてかないで…!!」
疑問に思いながらもその場を離れようとする三人をシュートは追う。シュートが追いついたのでナナミは離れる理由を説明した。
「あそこ、モンスターのご飯のゴミ捨て場なんだよ。クロノスさんが前に言ってた。モンスターの中にはゴミを一か所にまとめてテリトリーを強調するのもいるって。それにあの量…長い間使っているか、たくさんいるか、そうでなければとにかく大きいいか…後者二つなら私達じゃ太刀打ちできない。危ない橋は渡らないのが私よ。」
「その通りだぜナナミちゃん。俺らにできることはあの骨の仲間入りをする前にここから撤退して仲間達にこのことを知らせること。案外他のチームはもう出会っているかもな。」
「ゴミをまとめる礼儀正しさを持ちながら、食べる物に優劣を付けない。そんな健啖家にね。」
メルシェの呟きを最後に走ることに集中した一同。それでよかった。判断は間違っていない。
「…グルウゥゥン」
なぜなら彼らが離れた後にまだ新しい人間の腕を咥えた何かがここに戻ってきたからだった。何かは洞の中に複数の覚えのない臭いを嗅ぎ取るが、それは後だと先ほど手に入れた戦利品の人間の腕に喰らいついたのだった。