第55話 小さなチャレンジ・スピリッツ(カメガモ探しを始めましょう)
「やっとついたね。さぁて冒険者諸君。ここからは自由行動でカメガモの痕跡や本体を探しておくれ。何か見つかったら近くのウチの団員に報告してくれればいいから。太陽が空の真上まで来たら一時集合でお昼にしようか。別にその時は来なくてもいいけどこちらで用意するお昼ご飯を食べ損ねても知らないからね。じゃあよろしく。」
やっとのことで湖に到達した冒険者一同は全身を白いモフモフに囲まれたフレンネリックの声で一時解散する。ここからはお互いカメガモを狙うライバルだ。うかうかしていられないと各々が当たりを付けたポイントに向かった。
「俺たちはどこを探す?やっぱりまずは目撃情報の合った湖周辺か?」「見た目鴨でも生態はまったく違うかもよ?なにせ幻獣様だ。処女厨のユニコーンみたいに会うための厄介な条件でもあるんじゃない。」「もしかしたら湖の中に地底洞窟の入り口があって…」「その仮説面白そうだな…乗った!!」「隣の沼地を探さない?もしかしたらかもよ?」「沼地か…替えのブーツに履き替えておくか。」
あるパーティーは湖周辺を歩いて調べ、ある集団は近くの沼地へと向かう。
「ふん。どいつもこいつもバカだな。情報通りなら羽があるんだから高い所へも行けるに決まっている。お、あそこの木の上…いい感じだな。」「あいつ一人で怪しいぞ?」「着けてみるか。」
とあるソロの冒険者は他の冒険者を鼻で笑って近くにあった大きな木を目指して歩きだし、その後ろをコソコソと別の一団が追う。正体不明の幻獣探し一つとっても冒険者達の行動は様々だった。それぞれの行動をニコニコとほほ笑んで見守るフレンネリック。
「(ふふふ…流石にこれだけの冒険者がいると行動も三者三様だね。ふむ、どうやら本腰を入れて取り組む者達もいるようだ。)」
まずは拠点づくりだとテントを張り始めた冒険者パーティーを見ながらそれもまた作戦の一つとフレンネリックはうんうんと頷いて手に抱くモフモフを撫でた。
「なぁおい!!あそこの湖に飛び込んで僕は童貞ですって叫ぶと泉の女神さまがミツユースの高級娼館に連れてってくれるらしいぜ!!」「なにっ!?幻獣捜してる場合じゃねえ!!」「女神さま自らお相手してくれない所がリアルだ!!カメガモだかカメアヒルだか知らないがそっちの方が信憑性あるぜ!!」「「「ヒャッハー僕は童貞です!!」」」
「…まぁ、ああいうのもいるよね。冒険者だものね…想定内だよ、うん。」
一部は出所不明の噂を確かめるために湖へダイブしていたりもするがフレンネリックは気にしない。冒険者とはこういうものだ。気にしたら負けだ。
「それじゃ僕らも自分の仕事の準備に取り掛かるとしよう。みんな事前の打ち合わせ通りにね。」
「「「「ハイ!!」」」」
フレンネリックの一声で亀とカルガモの団員も冒険者の監視や昼食づくりの準備のために散らばっていった。
「それじゃあ僕も失礼します。S級冒険者に勝ったとなれば僕のパーティーも鼻が高いですから。」
「ああ。お互い頑張ろうぜ。…そこそこにな」
休憩の後クロノスと一緒にいたオルファンはクロノスに一礼をして別れてから仲間の元へ向かっていった。それと同じタイミングでナナミとリリファ。そして女性冒険者達から解放されたセーヌが集まってくる。その後ろにダンツをはじめとするいつもの冒険者達がぞろぞろといるが気にしない。その中にさっきライバルだと宣言して別れたはずのオルファン達のパーティーが一人残らずいたとしてもだ。
「さぁて子猫ちゃんたち。俺らはどこを探そうか?セオリー通りに他の冒険者たちと同じく湖か?近くの沼地か?その辺の木の洞か?いやいやもしかしたら木の上とかかも…それとも大穴狙いで猫亭に戻って庭の池に住み着いた水鳥どもを一匹一匹調べてみるか?もうそれが当たりかもな。うん、そういうことにしよう。帰るか。」
「旦那。帰っちゃダメっすよ。それと俺たちの事無視しないでほしいッス。」
「…なんで君達までいるんだよ。オルファンもだ。カメガモ探しはみんなライバルじゃなかったのかよ。金貨欲しくないの?」
「いやぁ、ははは。」
「いやね、俺たち猫亭出入り組は徒党を組むことにしたッスよ。金貨を四百人で奪い合うよりみんなで見つけてそれを山分けしたほうが効率がいいってね。」
「…本音は?」
「カメガモなんて名前くらいしか知らないような幻獣をアテもなく探すより旦那にコバンザメした方が何か見つかる確率は高まるかもって…アイテテテテテ!!」
一同代表で答えたダンツは一同代表で本音まで吐露し、そして一同代表でクロノスにチキンウィングアームロックを掛けられた。
「ギブギブギブギブ…!!ふぅ、旦那は激しんだからもう…もっと優しくしてほしいッス。」
「黙れ。君の性別が男か女かわからん限り俺は男として接することにする。」
「ねぇねぇクロノスさん。一緒に探してあげようよ。多分この人たち無視しても後からついてくるよ。」
「…それもそうか。しゃあねぇ、君達を俺の指揮下に入れてやる。ありがたく思え。」
「「「「あざ~っす。」」」」」
ダンツからギブアップを取ったクロノスはナナミのフォローもあってもう面倒だと出入り組の面倒を見ることにした。冒険者達も喜んでいるようでなによりだ。
「しかしこれだけの人数だ。流石にチームに分けて動きたい。まずは数を数えて…じゅう…にじゅう…さんじゅう…よんじゅう…よんじゅう…よんじゅう…よんじゅう…?…よんじゅう…!!よんじゅう!?」
人数を公平に分けるために冒険者達の人数を数えたクロノスはそこで気付いた。なんか前よりも出入り組の数が増えていることに。
「君達前は三十人くらいじゃなかったっけ?命健組を考慮しても増えてる…だが誰が増えたんだ?わからん…」
「まぁまぁ、これも旦那の人徳ッス。」
「そうかな…そうかも…そういうことにしておこう…」
ダンツになだめられてクロノスはまあいいかと増えたことに疑問を持つことを止めた。その後自分達を含めた冒険者達を公平にチームに分けると最後に一言話す。
「見つかんなくてもいいんだよ。どうせ参加するだけで日当が出るからな。ま、君達も遊びだと思って気軽にやりゃいい。そうだ。もしも見つけたチームがいたら俺がご褒美でもやろう。」
「「「ご褒美!?」」」
クロノスの提案に一同のやる気が最高潮になる。流石はクロノス。冒険者のテンションの上げ方をよく分かっている。特にご褒美の内容が不明なところがいい。
「まず昼時に一度集合。フレンネリックさんは来なくてもいいと言ったが各チームがどういう状況になってるかもわからんし俺たちは絶対集合。この辺には強いモンスターは出ないらしいが冒険に絶対なんてないんだ。くれぐれも気を付けてな。」
「「「「「は~い!!」」」」」
冒険者達の良い声を合図に猫亭組も解散してそれぞれが指定された場所へカメガモ捜索へ向かうのだった。
――――沼地捜索チーム(メンバー一覧 リリファ ニャルテマ クルロ キャルロ エティ)――――
「おっと、ブーツの中に入るところだった…危ないな。」
「にゃにゃあ。あんまりぬかるんだところに近づかないほうがいいにゃあ。沼には人間の血を吸う蛭もいるからそのブーツで歩き回るのは無理があるにゃあ。」
リリファ達のチームは湖から少し離れたところにある沼地を捜索していた。しかしチームの人間は誰一人沼に浸かれるようなブーツを履いていなかったので思ったよりも捜索できていない。今もリリファが沼に足を取られそうになり同じチームの猫獣人の魔術師であるニャルテマに助けられた。
「仕方ないだろう。チームは「公平に」くじ引きで決めたんだから。それにこんな沼地があるなんて思わなかったんだ。」
「ミツユース周辺は本当にいろんな環境があるからにゃ。にゃあも初めてミツユースに来た時はビックリしたもんだにゃ。」
見れば周囲の他の冒険者達はぬかるむ足元などモンスターに比べたらかわいいもんだとブーツを完全に沼に浸けて突き進んでいる。吸血蛭が怖くないのだろうか?
「ヒャッハ―!!金貨ゲットで娼館貸し切ってやるぜー!!なんか黒い生き物が全身に張り付いてるが気にならないぜー!!」
「きゃっほー!!金貨ゲットでブランド物のバッグ買い漁っていい男を椅子にしてやるわ!!なんかさっきから体中がムズムズするけど気にする暇ないわ!!」
…沼地を突き進むよその冒険者は報酬の金貨に目が眩みその他のことなど気にならないらしい。欲望>>>恐怖とはなんとも冒険者らしい。冒険者達はカメガモちゃん出ておいでと沼地をどんどん突き進みリリファ達は完全に置いてけぼりになった。
「…私は蛭に血を吸われたくないからその辺の植物の下でも探すことにする。」
「そうしとけにゃ。にゃあらは四十人越えの大徒党にゃから気楽にやればいいのにゃ。」
「しかしカメガモはペガサスやユニコーン並みに貴重な幻獣なのだろう?目撃例があったとはいえ適当に探して見つかるだろうか。」
「逆に言えば適当に探しても見つかるかもってことだよ!!わおこれってラッキーだよね!!ハッピーだよね!!」
「そうだね…もう見つからないね…諦めよう…どうせダメなんだ…アンラッキー…アンハッピー…」
リリファの言葉にうり二つの顔を持つ男女の冒険者が口々に答えた。ポジティブに答えるのは男の方。ネガティブに答えるのは女の方だ。
「騒がしい奴らだな。」
「そんなことないよ!!酷いな!!」
「そんなこと…あるかも…ごめんなさい…」
口々に抗議と謝罪の言葉を口にする。彼らの名前は明るく騒がしい男の方がクルロ。暗く静かな女の方がキャルロ。性格も言動も正反対で顔だけ一緒な二人は、一見すると双子の兄妹にも見えるが実は違う。彼らは元々は「彼」だった。
「こいつら仲良いな。本当につい最近まで一人の人間だったのか。私をからかっているだけで実は最初から二人だったんじゃないか?」
「違うよ!!最初は一人!!」
「私たちは…カルロという一人の男の冒険者だったのさ…」
彼らの本当の名はカルロ。猫亭に出入りする冒険者の一人だった。以前セーヌの歓迎会をした時に猟師の冒険者ヘメヤが無毒化した謎の食材から作った料理を口にして物理的に二人になった冒険者だ。最初は何かの呪いの一種で効力が無くなればすぐに元に戻ると思っていたのだが、一月経った今でも二人のままだ。
「不思議だよね!!分裂したときには二人ともはだかんぼ!!でもギルドカードはばっちり二人分!!二枚あったんだ!!カルロの記憶もしっかりあった!!美味しいごはんの味も!!のどごしスッキリな酒の気持ちよさも!!前に抱いた女の肌の感触も!!全部全部!!」
「気が付いた時には…自分達の名前がクルロとキャルロだってこと…すぐに分かった…カルロの記憶もしっかりあった…私の記憶のカルロは…全部女になっていたけど…おかげで私は女ばっかり抱いてたレズ扱い…不幸だ…」
酒の席で彼が彼らになって素っ裸で現れた時、周りの冒険者はカルロがずっと探していたという生き別れの妹をふざけて紹介したと思ったのだ。しかし実際食事を口にしたカルロはどこにもいなくなり、いたのは彼と瓜二つの顔の二人の男女と二枚のギルドカード。
「二人に分裂した理由はクロノスでも知らなかったのだろう?」
「ヒントを得ようにも肝心の食材は誰が持ち込んだのかわからないし、全部カルロが食っちまったからにゃあ。」
なぜこのような不思議な現象が起こったのかは大陸中を旅して珍事にも数多く出くわしたことのある猫亭のクランリーダークロノスにすらわからなかった。ヴェラザードもギルド本部にあるそういった珍事件を取り扱う部署に通話の魔道具で問い合わせた所「あん?一人が二人になった?最初から二人いたんだろ。ヴェラザード…お前疲れているんだよ。こっちは忙しいんだ。」と言われて通話を切られてしまった。仕方なしにヴェラザードが自らの足で本部に出向くも結局満足のいく答えは得られなかった。それどころか対応した男にサンプルとして引き渡せとまで言われる始末。
「いいよね!!二人になってイイコト二倍!!ヤナコト半分こ!!すっごいお得!!戻りたくない!!」
「よくない…カナシミ二倍…クエスト報酬半分こ…すっごい大損だ…早く戻りたい…」
片方はこのまま二人でいることを望んでおり、もう片方は一人に戻ることを望んでいる。しかし解決の方法がクロノスやギルドでもわからなかった以上おそらく今後も長い間は前者の望みが叶うだろう。
「元々感情の浮き沈みが激しい奴だったんだけどにゃ。なんか二人になったらいい感じに別れたからこのままでもいいんじゃにゃあかな?」
「だよねだよね!!ヒャッホウ!!」
「勘弁してよ…この世の終わりだ…」
「本人たちが満足と不服で正反対というのが…申し訳ないがちょっと面白い。」
二人の反応にリリファがくすりと笑うとニャルテマの猫のようなツリ目がきらりと光る。
「にゃにゃにゃ…リリファちゃんは本当にカワイイにゃ。まさに「花より可憐な妖精さん」って感じにゃ。」
「お前…!!その名で呼ぶなといっただろう!!」
リリファは己の名を古代魔術語で訳した際の意味を知る数少ない目の前の獣人魔術師の女性冒険者ニャルテマにナイフを向けた。
「お前とはいつぞやの喧嘩の決着が着いてなかったからな…!!私はあのときよりも強くなった。お前のヘンテコな防御魔法も今なら砕ける!!今日こそは…」
「わーい喧嘩だー!!どっちも勝て勝てー!!」「うわぁ喧嘩だ…どっちも負けろー。」
「シッ…!!」
自信満々にナイフを構えるリリファとそれを囃し立てるキャルロとクルロ。しかしニャルテマはそれに応えることなく指を口元に寄せて皆に黙るよう仕向けた。ニャルテマがまじめな顔だったのでしばし黙る一同。
「…ううん。だめにゃ。みんなもういいにゃ。」
「…プハァ!!もうもうもう!!クルロさんは黙りすぎて死ぬかと思いましたよっ!!」
「…嗚呼、もっと沈黙が続けばよかったのに…終末のその時まで…」
しばらく頭の猫耳をピコピコと動かす黙ったままのニャルテマだったが数分がたった頃に首を振って静止を止めても良いと仕草をした。一同の中でも耐えきれなかったキャルロが騒がしく鳴いた。
「何をしていたんだ?」
「獣人の聴力で周りの動物の音を聞いていたにゃ。でも聞こえてくるのは他の冒険者の足音や声ばかり…肝心の動物の音は殆どしにゃあて。しかし鳥の鳴き声一つしないとは妙だにゃあ…」
「そうか?冒険者が四百人も探し回ってるんだ。動物たちは驚いて森の奥へ逃げたんじゃないのか。よっと…いるわけないか。」
カメガモまで逃げられたら困るがなとリリファは目の前の石をひっくり返すがそこにいたのはナメクジやミミズばかりで、やはりお目当ての幻獣はいなかった。
「いにゃいにゃ…鳥肉大好き猫の獣人魔術師ニャルテマ・ニャオニャオさんがレクチャーしてやるにゃ。鳥ってのは自分が空を飛べるせいか随分傲慢な動物でにゃ。自分よりもおっきくて強い奴が縄張りに入ってもピーピー騒いで威嚇したり仲間に伝えたりするもんにゃ。あいつら絶対に喰われないと高を括ってるのにゃ。冒険者が何百人来襲してもそれは同じにゃ。」
「それじゃあ鳥の声一つないと言うのは…」
「おそらく鳴いたらヤバい。見つかったら絶対食われる…そんなやばい奴が近くにいるにゃ。」
「いやいやーそれっておかしくないー?」
疑問を口にしたのはさっきからずっと黙っていたダンツパーティーの剣士エティだった。
「どうしてだ?」
「そんだけヤバいモンスターがいたら誰かがとっくに出くわしてるよー。僕たちよりも先によその冒険者達は探し回ってるんだし。」
そういえばとリリファは自分達のチーム分けのくじ引きがずいぶん時間がかかっていたことを思い出す。沼地を訪れた時も念入りに探していたさっきのわずかな冒険者が残っていただけで後は既に奥の方へ行っていた。
「様子見で隠れているだけじゃないのか?賢いモンスターは必ず勝てる状況でしか仕掛けてこない奴もいるとクロノスに聞いたぞ。」
「うーん…でもこのへんにそんなやばいモンスター居たっけかなー?湖周辺は湿地帯に生える薬草を探しに地元の冒険者や猟師がよく来るんだけど、危険なモンスターの話なんて一度も無かったよー。あるとしたらダンジョンくらいだけどー。この辺りにあるのはかなりマイナーなのが一つだけ。確か名前は…」
「きゃあああああああ!!」
エティがダンジョンの名前を口にしようとしたところで沼地の向こうから人間の叫び声が聞こえた。
「今のなんだ?叫び声か?」
「誰かがすっ転んだだけじゃない!?」
「それともそのモンスターのご飯になっていたり…へへ…」
何が起こったのか確認したい一同だったが、声のした方は沼地の中でもとくに深そうな沼のある先だった。このチームには沼を渡れるブーツを履いていた人間は一人もいないので見に行くことはできない。
「エティ。この中ではお前が一番年上だったな?判断してくれ。」
「そう?なら…一回戻って報告しようねー。」
エティの判断に一同が了解と言って来た道を引き返す。リリファが最後に冒険者達が消えた先をシーイング・アップで視力を上げて確認したが、戻ってきた冒険者は一人もいなかった。