第53話 小さなチャレンジ・スピリッツ(カメガモを探しに行きましょう)
カメガモ。正式名称カメノコウラショイガモ。長ったらしいので略してそう呼ばれるのが一般的である。モンスターではなくユニコーンやペガサス等の属する幻獣種の生命体で、その名の通り背中に亀の甲羅を背負った鴨といった風貌をしていること以外詳しい生態は一切不明だ。
商人の間では亀と鴨は商売の繁盛を表す大変に縁起が良い動物とされており、どこの商会にも亀や鴨を模したオブジェが一つは飾られている。これらの特徴を一纏めにしたカメガモはさらにその上をゆくありがたみを持つと言う。
このカメガモを手に入れた商人は人生の勝ち組間違いなしと言われており、そのような経緯から現実主義者の多い商人たちが唯一追い求める最後の浪漫であると語られたほど。どんなに商売が軌道に乗っていてもカメガモが手に入らなければ人生の勝ち組になれないと本気で信じている者さえいる。
瞬く間に急成長を遂げ今や某王室ご用達の大商会であったり、大陸中に支店を持つまでになった商会はこのカメガモを必ず手にしているという噂があり、本人たちに聞けばその噂を肯定せずとも否定もせず、ただニコニコ笑うだけというのがさらにカメガモの信ぴょう性を高めた。
そんな事情もあり商人たちは懐の余裕を見ては時折冒険者ギルドにもカメガモ捜索の依頼を出しているのだった。
「可能な限りの戦力をとは言っていたが、まさかこれだけの人数を揃えるとは…流石は大陸屈指の大型冒険者クラン亀とカルガモ。零細クランリーダーとしてはため息が出てしまうぜ。」
道を歩くクロノスがふと後ろの方を見れば、そこにいたのはぞろぞろとついてくる冒険者の群れだった。数にして約四百人。皆亀とカルガモの出したカメガモ捕獲のクエストを受けた冒険者達だ。中にはダンツやジェニファーに命健組のスーツ姿の冒険者等といったクロノスが見知った顔も混じっており、どうやら本気でミツユース中の冒険者を集めたらしい。
猫亭でフレンネリックにカメガモ探しの言質を取られてから一日たった今日。クロノスは冒険者たちと共にミツユースの郊外にあるとある森の中を目撃情報のあった場所を目指して歩いていた。猫亭の団員であるナナミはこの機会に猫の手も借り亭の名を冒険者達に覚えてもらおうと初めて見る顔に挨拶に行ったし、リリファは同じ年頃の少年少女の冒険者と最近嵌ったボードゲームの話をしながら歩いている。あと一人のセーヌは猫亭に出入りする彼女と仲のいい女冒険者に取り上げられてしまった。彼女たち曰く女神さまを下衆で破廉恥な余所の冒険者達に見せるわけにはいかないとのこと。そんな彼女たちもセーヌと会話を楽しんでいるふりをして、彼女の歩くたびにばるんばるん揺れる二つのおっきなスイカや冒険用のシスター服のミニスカから時折覗かせる御御足の先の太股をチラチラといやらしい眼つきで鼻息を荒くして見ていたので人の事は言えない。セーヌはそのことに気付いてはいたが彼女自身も冒険者であるためかそういうのには慣れっこだったので全く気にしていないようだった。あ、セーヌが女性冒険者の足をうっかり踏んづけてしまったようだ。
「セーヌ様の御御足に踏んづけてくださってございますでそうろうー!?」
「すみません!!痛くなかったですか?」
「ぜんぜんぜ~ん!!幸せすぎて痛みなんか感じないです!!」
「ずるいわよナンシー!!私なんて一ヶ月踏まれる機会を窺っていたのに…!!」
「羨ましい…なら私は…あ~道端に落ちていた石に躓いてしまった~!!」
「ん…あらあら、大丈夫ですか?」
「おっほー!!セーヌ様のおっぱいクッション!!もう死んでもいい…!!」
「ちょっとあなたまで…死んでる。」
女性冒険者の一人がセーヌの胸にダイブしたあたりでクロノスは観察に飽きて視線を前に戻した。後ろで男冒険者達がキマシだキマシの塔が建つぞとわいのわいの言っているが気にしない。
「しかしこいつら雇うのに一体いくらかかるんだ?捜索費に加えてその上見つけて捕まえたやつには金貨まで出して…商人唯一の浪漫とはいえ奮発しすぎでは?」
ならば今のクロノスは一人だけ…かと思いきやその横には二人の人物がいた。
「これはミツユースの他の商人への牽制でもあるんだよ。ミツユース中の冒険者をこちらで手中に収めてしまえば彼らはモンスターの出る森の中を歩き回る術を持たないし、これだけいれば亀とカルガモの本気の度合を察して横取りもしてこないだろうからね。カメガモの噂が一度出るともはや商人の戦争なのさ。先手を打ててよかった。」
「そんなの全然知らなかったぞ。だいたい君達カメカモは商人じゃなくて冒険者じゃないか。」
「いやー、そういわれると立つ瀬がないね。でもほら、僕たちのクランは特殊な立ち位置にいるからさ。半冒険者と半商人ってことで一つ。」
クロノスの横にいた人物の一人で、ニコニコして歩いているのは亀とカルガモミツユース本部人事部長の肩書を持つ男フレンネリックだ。今日の彼は普段身に着けている商人のような服装ではなく、動きやすさを重視した旅人のような恰好だった。肩には戦闘用の大きな槌を担いでおり、それなりにある身長と髭一つないつるりとした口元を抜きにすればドワーフのようにも見え、少し出た腹もその話に信憑性を持たせやすくしていた。そしてもう一人は…
「フレンネリックさんはいいだろう。なんでアレンがいるんだ?もはや冒険者ですらないな。」
クロノスがフレンネリックのいた方と反対の横を向けばそこにいたのは亀とカルガモの倉庫の管理人をアルバイトでしている少年アレンがいた。彼は旅人用のマントとブーツを身に着けており、それぞれにギルドのマークがあったのでギルドの支店で借りてきたのだろう。
「別にいいじゃん。おいら冒険者のクエストに興味があるんだよね。それとカメガモってのにも一目会ってご利益を分けてもらおうかと思って。」
「それは君の勝手だが、モンスターとか出てきたら危ないぞ。おとなしく帰れ。」
「これだけ冒険者がいるんだから問題なくない?それにおいらとそんなに年も変わらない冒険者だっているじゃないか。」
アレンが指さす先にはボードゲーム談議で盛り上がるリリファやチェルシーがいた。確かに彼女たちは冒険者の中でも幼いので、アレンからすれば自分とそう変わらないと思うのだろう。
「あいつらは君と違ってしっかり冒険者なの。見た目は確かにお子ちゃまだがそれなりに戦える。君なんか武器の一つ持っていないじゃないか。」
アレンは見るからに無手だった。もしかしたらマントの下にナイフの一本でも隠し持っているかもしれないが、ただの街の住人であるアレンにそれでモンスターの命を奪えるほどの技量があるとも思えない。
「そんな~ねね、フレンネリックさん。いいでしょ?お願い!!」
「いいじゃない。どうせ今更一人で返すわけにもいかないんだ。」
「仕方ねぇ…絶対に冒険者から離れるなよ?」
「分かってるよ。」
フレンネリックに宥められ仕方なしにクロノスはアレンの同行を認めた。それで話は終わりだとばかりに歩みの速度を戻し前に進む。クロノス達は集団の中でも先頭の方にいたがいろいろ言い合っているうちにだいぶ後ろになってしまった。
「こうして僕自身が街の外を歩き回るのは何年振りだろうか。十年ぶりくらい?現役の頃はこれよりも何号も大きい槌をぶんぶんと振り回していたんだけどね。いやはや寄る年波には勝てないかな。」
「クエストだけ出して本部でおとなしく待っていればいいじゃないか。」
「そうはいかないよ。冒険者達がしっかりやってくれているか見る必要があるし、なにより僕自身もカメガモを一目見たいのさ。僕だけじゃない。カメガモの逸話を知っているウチの団員みんなも同じ気持ちだよ。僕らにとって縁起の良さはダンジョンの宝よりも至高…だから僕たちのクランの名前は縁起の良さを担いで亀とカルガモなのさ。」
カメガモの浪漫は「カメカモ」の商人モドキである冒険者達にとってもあこがれの存在であったらしく、フレンネリック率いるミツユースのカメカモ団員も最低限の人員を店に残してそれ以外は休暇という形でクエストを受けた冒険者達についてきた。
「休みで働くとは本当に奇怪な集団だなカメカモ。まぁモンスターとの戦いになったら離れとけ。流石に客商売と机仕事ばかりの君達では厳しいだろ。」
「いやいや、僕らだって冒険者だ。戦いになったら加勢させてもらうよ。みんなやる気満々の様だしね。よっと…」
森の中の獣道より少しだけ上等な人の道を倒れた大木が塞ぐところをフレンネリックが何とかよじ登って超えていく。他の冒険者達はひょひょい超えており、やはりフレンネリックは他の冒険者と比べて体力が衰えているのだろう。少ししてからクロノスが大木のあったところを見れば大木の下でばてている冒険者の集団がいた。多分あれがカメカモの団員だろう。
「あはは。彼ら久しぶりの冒険でまだ本調子でないみたいだ。まったく、年よりじゃないけどこれが俗にいう最近の若い者は…ってやつかな…?ぜぇぜぇ…積み荷の護衛をする傘下のクランの冒険者ならもう少し腕に自信があるんだけどね…」
「君達は大人しく街で冒険者に必要な品を売っていてくれ。」
「なんのなんの…む、モンスターだ!!」
フレンネリックの声を上げ指をさす方向に目を向ければそこにいたのは一匹の小さな兎だった。兎はプルプルと震えながらキィキィと鳴いて虚勢を張る。
「ザコウサギじゃねえか。冒険者どころか一般人でも素手で勝てるくらいの雑魚だよ。特に危険なモンスターでもないから放っておけよ。」
「へぇーこいつがザコウサギ?生きているのはおいら初めて見るな。」
「ミツユースはでかい街だから外に出る用が無ければ生きているモンスターなんて滅多に見れるもんじゃないよな。言っとくがモンスターといってもピンきりだからな。こいつは最底辺。」
生きているモンスターを生れてはじめて見て興奮するアレンの横でクロノスがそう説明してザコウサギにしっしと手を振って追い払おうとすれば、ザコウサギはその手にびっくりして腰を抜かしてしまったらしい。その場にぺたりと座りこみキィキィと更に金切り声をあげて応戦する。
「何この子!!超かわいい!!」
「ナナミか。見ての通りモンスターだ。」
「モンスター…ただの兎に見えるが。」
後ろのほうにいたナナミがこちらの異変を察知して来たようだ。後からリリファも駆けつけた。増えた人間に驚き更にキィキィと泣き喚くザコウサギ。二人は目の前のザコウサギを初めてみるらしい。
「これモンスターなの!?こんなかわいい見た目の子が!?」
「モンスターを見た目だけで判断するな…と、いつもなら言うところだが、こいつに限っては見た目通りだ。まったく害はない。もちろん噛まれれば病気になるかもしれないからあんまり近づくなよ。」
「ザコウサギって言う名前なのか?クロノスが適当に付けた名前じゃないのか。」
「正式名称は長いのがあった気がするが忘れた。ギルドでもザコウサギで通じるからな。」
「キィキィ!!」
ザコウサギがもう一度泣くと奥の茂みががさがさと音を立てた。別のモンスターかと皆が武器を構えればそこから飛び出してきたのは新たな二匹のザコウサギだった。二匹のザコウサギは先にいたザコウサギの叫びを聞きつけて寄ってきた。
「「「キィキィ!!」」」
「わ、三匹になった。もしかして増えるとパワーアップとかするの?」
「そんなこと全くない。仲間を呼ぶくせに何もできないんだ。肉もまずいから特別狩る奴なんて誰もいないよ。ミツユースどころか大陸中の全モンスターの中で一番の雑魚じゃないのか?」
「それモンスターなの?」
「俺も疑問に思うがギルドがモンスターと言い張るのだからモンスターと認めるほかあるまい。ダンジョンでもしっかりと出現して魔貨まで落とすからな。ダンジョンのはもう少し強いが。」
「「「「「キィキィ!!」」」」」
いつの間にかザコウサギは五匹にまで増えていた。もしこれがゴブリンやコボルトなどのモンスターであれば警戒の一つもするだろうが今目の前にいるのは相変わらずキィキィと鳴き続ける兎だ。
「まぁ雑魚らしく繁殖力は異常に高いらしいからしばしば大量発生で畑の作物を荒らして迷惑を掛けるらしいが…おいフレンネリックさん?」
クロノスの前にフレンネリックが出てきた。彼は肩に担いだ槌を一度地面に降ろしてザコウサギを見据えてから構えた。
「モンスターとの戦いなんて何年もしていないからね。ちょうどいい…準備運動代わりにこいつと戦わせてくれないか?」
「別にいいけど準備運動にもならないぞ。子どもでも棒切れが一本あれば倒せるレベルの弱さなんだぞ。」
「ふふふ、それくらい知ってるさ。ただ技が昔みたいにきちんと使えるか試すだけだよ。」
「まぁそういうことなら…」
邪魔をするまいとクロノス達一同が後ろに下がりフレンネリックとザコウサギ集団の一騎打ちとなる。ブランク持ち冒険者と大陸屈指の雑魚モンスター集団。戦いの火蓋がここに切って落とされた。結果は聞くまでもない…ハズだった。
「あいた!!ゴメ、ゴメンってば!!イタタ…ねえ許して!!」
「「「キィキィ!!」」」
五分後そこにあったのはいつの間にか二十匹程度にまで膨れ上がったザコウサギに袋叩きにされるフレンネリックの姿だった。袋叩きといってもザコウサギは鋭い爪も歯も持たないのでモフモフの全身で体当たりしてるだけだったのだが。もちろんフレンネリックもザコウサギも自分達にとっては生死を掛けた戦いに大真面目に挑んでいるのだが、傍から見ればフレンネリックが飼っている兎とじゃれ合っているようにしか見えない。
「うわぁ、くすぐったい!!僕の負けでいいから!!こうさん、こうさんです。」
「「「キィキィ!!」」」
「「「「…」」」」
五分間クロノス達は黙ってみていた。双方に命の危険があるわけでもないし。その横を冒険者達がフレンネリックとザコウサギのじゃれ合いを見て頭にハテナを浮かべながら通り過ぎていく。
「クロノスさん…置いて行かれちゃうよ?」
「そうだな。でもこのままにして置くわけにもいかないし…危ないモンスターがこの光景を見たら御馳走たちが踊っているようにしか見えないだろう。」
「だな。もう少し見守ってやろう。温かく、温かくな…」
「フレンネリックさんかっこわるい…」
雇主の男に呆れを覚える少年の横でクロノスとナナミとリリファはじゃれ合う兎とおっさんをただ温かく見守っていた。