第52話 小さなチャレンジ・スピリッツ(交渉の材料を用意しましょう)
「やぁ来たね。できてるよ。あんまりにも君が遅いから僕が自分の足で会いに行こうと思っていたほどさ。」
亀とカルガモの倉庫整理から数日たったころ。クロノスはミツユースにアトリエを構える知り合いの錬金術士の元を訪れていた。目的は以前に頼んでいた品の引き取りのためである。
「別にそれでもよかったが、いいのか?「これ」が君に持ち運べるとはとても思えないがな。」
「確かに。僕では錬金釜から取り出してここへ持ってくるのがやっとさ。来てくれて助かったよ、いや本当に。」
錬金術士の女性は顔中汗だくで、身に纏う漆黒のローブもどことなく湿っていたように感じた。おそらく相当な労力だったのだろう。
「それじゃあお代は…そういえば前の短剣のお代もまだだったね。フフ、合計で十発くらいお願いしようか。僕も頑張るからさ。真昼間から盛るとは君も好き物だねぇ。」
「なにがだよ。」
「いやだなぁ。君と僕の仲だろう?恍けるんじゃないよ。さ、さ、ベッドへれりごー。先にシャワーでも浴びておこうかと思っていたけど、案外汗だくプレイも悪くはないかもね。」
「…邪魔したな。帰るから君は引き続き錬金術の鍛錬に励むといいぜ。」
クロノスは錬金術士の女性から頼んでおいた物を受け取ってカウンターに幾ばくかの金を置くと、挨拶だけして出て行った。建物の中からは「食い逃げだ!!いやこの場合は食わず逃げ?どっちでもいいが僕は諦めてないからね!!君の「ピー」を「自主規制」して必ず立派なホ〇ンク〇スを…」などと聞こえてきたが、クロノスはあえてすべてを無視した。錬金術士の専門用語であるがゆえそのすべてを理解できたわけはないが、前後の会話の内容からだいたい察しはつく。自分の預かり知らぬところでパパになってたまるかと一目散にアトリエのある路地裏から表の通りへ逃げ出すのだった。
「危なかった…追ってきた時はどうしようかと思ったぞ。」
「おかえりなさーい。」
後を追ってきた女性錬金術士からどうにか逃げ切り、彼女の知らぬ自らの拠点である猫亭に帰還したクロノスは、入り口をくぐると出迎えの言葉に迎えられた。誰かいたのかと思えば普段は猫亭に屯する冒険者達が占領する元酒場のテーブルの一つに、ナナミとリリファがいた。
「ただいま。なんだまたそのゲームやってるのか。君もよく相手ができるな。」
「妹がこの手の大好きだったからね。よく相手してたんだ。それとはかなりルールが違うけど、一度馴れれば簡単だよ。」
ナナミはリリファのボードゲームの相手をしていた。リリファは数日前の倉庫の整理で見つけたこのゲームをいたく気にったらしい。それは他の子供冒険者も同じで彼らは暇さえ見つければ猫亭に集まってわいのわいのと遊んでいたのだ。
「えっと今日は二人だから…このその他全員が受ける効果は相手が受ける効果として扱うだったか。」
以前は他の子供冒険者と四人対戦していたが今日は二人対戦用のルールでやっているらしい。リリファは付属のルールブックを捲りながら盤上の駒を動かす。クロノスにはさっぱりルールがわからなかったが、ナナミに言わせれば「タイミングを逃そうとダメステ入ろうと置換効果がどうとかカードの構成とか馴れてしまえば簡単。あとこのゲームの破壊の定義が墓地に置かれたときか場を離脱した瞬間かカードと駒で個別で違って面倒なくそげー。」とのこと。
「手札のカードで盤上の駒に干渉するところまではなんとか理解できたが、後はさっぱりだ。それよりも今日は静かだな。小鳥のさえずりでも聞こえてきそうなほどだ。」
そう言ってクロノスは空間を見回すがそこにいつも騒がしい冒険者達の姿は見えず、聞こえてくるのもナナミとリリファの声だけだ。今日は天気がいいので冒険者達は金稼ぎに街の外まで割の良いクエストに行ったのだろう。自分一人だけしかいなかった猫亭結成当初を思い出し少しさびしい気持ちになってもう一度見回してから、クロノスは定位置の受付台の椅子に座った。
「…ここだ!!スペル詠唱。」
「そうそう。優先権はターンプレイヤーにあるから一度詠唱を放棄して相手の対抗を引っ張り出すのもテクニックだよ。」
何故か昨日の今日で始めたばかりのナナミの方が上手くなっているのだが、それは彼女の才能だろうか?そんなことを思いながらクロノスは二人に質問する。
「というか君たちはクエストとか受けなくていいのか?別に俺がいないときでも勝手にやってくれてもいいんだぞ?」
猫亭の団員は自分でクエストをやらせてそれに応じて報酬を支払う歩合制だ。食費と最低限の生活費は別に支給しているので飢えることは無いと思うが、それでも金はあるだけあったほうがいいだろう。特にナナミの方は自由市でなにやらいろいろ買い漁っているらしく、財布が寒いとぴぃぴぃ喚いている。
「私たちは午前中クロノスさんが出かけている間に商店街でやってきたよ。セーヌさんと一緒にね。午後もやろうと思ってたんだけど今日だけで済ませられそうなクエストは残ってなかったから午後はお休みにしたの。セーヌさんも子供たちの面倒を見るって。」
「セーヌもいたなら手は抜いてないか。自分の意志で休むと決めたのなら無理強いはしないさ。そういやセーヌのクエスト恐怖症とやらはどうなったんだ?前やった倉庫整理の時は何ともなさそうだったけど…」
セーヌは過去のクエストの失敗の経験からクエストに対して拒否反応を起こしてしまう難儀な体質の冒険者だ。しかし先日の倉庫整理の時は普通に倉庫を片付けていたし、最後にアレンが口にしていたクエストという言葉にも反応していなかったはずだ。ナナミ達とクエストを重ねたことで症状が緩和されたのだろうか。
「今日は顔を真っ青にしていたの。午後休にしたのもセーヌさんがヤバそうだから。この間のは最初ガクガクしてたんだけど、クエストじゃなくて人手不足の亀とカルガモのお手伝いで、報酬じゃなくてお駄賃ですって言ったらなんとか…あ、幸運の山羊でブロック。ナイトの駒を出世。イベントカードは…あ、ナイト結婚しちゃったよ~。職場にも家庭にも居場所がなくなるから、2ターン後にメンタル6ダウンだ。ちょっとピンチかも。」
「この試合はもらったな。えーと…ああ、最後のアレンの話はクエストと報酬の部分だけ以前お前に教わった「サイレンス」の魔術を使って一瞬セーヌの耳を塞いだんだ。初めて使ってみたが面白い魔術だな。」
「そういやそんなの教えてたっけか。というか仲間に妨害魔術使うなよ。高位の魔術師とかは装備で常に魔術攻撃から身を守ってるから、不用意に使うと跳ね返されて逆にピンチになるぞ。使う相手はよく選べな。」
「そうなのか?気を付ける。…ナナミが捨てた墜陣の盾を回収宣言!!私の村人に装備する。」
リリファはクロノスの警告を聞いた後、またゲームに集中し始めた。セーヌの件は単に彼女たちの対処法が上手くなっただけかと、今度自分でもなにか治療法を探してみようと考えるクロノスだった。そんなことを考えている間に二人の対戦が終盤を迎えていたらしい。
「これで終わりだ!!灼熱の竜でテンプル・ナイトを撃破。ドラゴンの吐息は消滅属性持ちだからいかに装備を整えていても耐えきれまい!!超過ダメージの80点をシールドライフから引いてもらう。」
「ありゃりゃ防げないや。バトルには負けたけど~ハイ駒上がりです。」
「あ!?盤面見るの忘れてた!!これではいくらナナミのライフを減らしても意味がない…私の負けだ。」
ナナミが盤上の駒をゴールと書かれた部分に置いたことで勝負がついたらしい。ならさっきまで繰り広げていたバトルフィールドの騎士とドラゴンの熱い戦いはなんだったんだよと問い詰めたくなるクロノスだったが、自分の知らない物事に突っこんでも野暮だろうとそれを諦めた。一勝負して満足したのか二人はボードゲームを片付けだした。
「やっぱり最後の所は駒を動かしてからルーレットで5の目を狙った方が良かったか。しかし確率を上げる引き直しのスキルイベントはザックが全部持って行ったんだよなぁ。どうせスキルカードは2枚までしか使えないのに欲張って…」
「カードは仲良くみんなで分けたんでしょ?リリファちゃんもその分良いカードもらったんだしおあいこじゃない。」
「それはそうだが…そういえばチェルシーの奴も一枚持って行った気がする。だがあいつは今日クエストでいないし…ううむ、ヒマな奴はミツユースのどこかにあるらしいショップを探すと言っていたし、私も手伝うか。」
「本当にどういうゲームなんだそれ…君が何をしようと勝手だが、あの件は良いのか?件っていうか剣。イノセンティウスの能力の解放の練習。」
リリファが所有している短剣イノセンティウスは元は宝剣と呼ばれる世界に百と九十九本しか存在しないと言われる名剣だ。イノセンティウスは彼女の家に代々伝わる宝剣の中でも幻と言われる一品で、過去にそれを巡って宝剣コレクターと呼ばれる大罪人と一戦繰り広げたほどだ。結局その騒動でクロノスが壊してしまったが、知り合いの自称錬金術士の力を借りて今は短剣として蘇りリリファの太股のナイフホルダーに収まっている。錬金術士は元の宝剣の性質を受け継いでいると言っていたので適合者のリリファであればその能力を解放できるハズなのだが、彼女はそれを知らないため今でも上手く扱うことができない。クロノスは解放の方法を彼女の父親である今は亡きファーレン氏に聞かされているがそれはリリファ自身で見つけるべきだと教えていない。
「いろいろやってみているが、まったく上手く行かないからな。最近はクエスト報酬で新しいナイフも買ったからホルダーの中で段々と邪魔になってきているし…どうせクロノスは解放の仕方を教えてくれないのだろ?だったら気長にやるさ。」
クロノスは彼女の実の父親であるファーレンにイノセンティウスの解放は自分で見つけさせるよう釘を刺されているので、迂闊に教えることはできない。いくら適合者といえど見込みがなければクロノスの判断で取り上げてもいいとも言われているので、本人が気長にやると言うのなら自分もまた気長に待つだけだ。
「やる気があるのなら結構。無理に突き詰めても疲れるだけだしな。それよりも戦士探しだ。ギルドに指定された期間も残すはあと四日か。アテはサッパリだし、まるで終わりの見えない迷宮の出口を探して彷徨っているかのよう…おっと。」
すっかり冒険者根性が身に付いたなと頭に手を添え足を組み替えると、受付台に立てかけた荷物に足が当たりそれが倒れてしまう。倒れた時の音が大きかったのでテーブルの上を片付け終えたナナミとリリファも気付いてこちらへ来た。
「何それ?」
「これか?これは戦士をスカウトするのに交渉材料になればいいと思って用意したんだが…まずその戦士が見つからなければ無用の長物さ。見てみるか?」
クロノスが荷物を包む布を取り外せば、そこにあったのは一本の槍だった。しかしただの槍というには少々気になる部分があった。
「これはなんだ?槍…にしては横についてる刃が気になるな。」
リリファの言うとおりその槍は長い柄の先が鋭く尖っている他に、槍先の少し下の横に刃がついていた。
「槍斧という武器だ。見ての通り穂先で突いて横の刃で斬る。斧と槍が合体すれば二つの攻撃手段を持ち合わせられてグレート最強じゃね?っていう考えで作られた武器だ。他にも鉤爪で引っ掛けたりただ単に叩いたりしてもいい。記録では道を切り開くのに草刈り鎌にも使ったとか。いろいろできる便利な武器だよ。」
「便利な武器というのは分かったが、なんでこんな武器なんだ?戦士といったら斧とか槌とかが良く使われるだろ?」
「あれは安くて特別な技術の要らない…ただ振る力があれば誰にでも使えるから人気ってだけだ。上位ランクの戦士は自分の身に合った優れた様々な武器を選ぶ。いわば上位武器といった所か…もちろんこれもただの槍斧じゃあない。冒険者の、しかも戦士なら聞いて飛びつく仕掛けを一つ…錬金術士に付けてもらった。」
「錬金術士?まーたファンタジー要素がでてきた。もしかして釜に材料を入れてぐるぐるぽーんなんて言い出すんじゃ…」
「詳しいな。大陸のこっち側にゃあんまりいないから知らないと思ったんだけどな。」
「図星かい!!その人後で紹介してください。」
「そのうちな。まぁそれよりもこの武器を持ってみろ。」
クロノスは槍斧をリリファに向かって投げた。いきなりの事で驚くリリファだったが、上手くキャッチできたようだ。それから感じた違和感に気付き驚いていた。
「軽い。」
「どれどれ…ホントだ。私でも持てる。これ鉄なの?材料何?」
二人の反応にクロノスは鼻をふふんと鳴らして得意げになった。
「メインは鉄だがもう一つある物を混ぜてある。それは…」
そしてクロノスが説明をしようとしたところで猫亭の鈴が鳴り響き中に誰か入ってきた。小太りな体格の中年だったので冒険者ではないだろうと侵入者の顔を見ることなくクロノスは答えた。
「いらっしゃいませ。ようこそ猫の手も借り亭へ!!依頼者様でしょうか?素敵な子猫ちゃん達が借りてきた猫の手よりも役に立ちますよ。」
「「「…」」」
猫亭の間にしばしの静寂が訪れた。それは本当に静かな物で耳を澄まさずとも外の通りで老人から餌をねだるハトのくるっぽーという鳴き声まで聞こえてきたほどだった。やがてナナミとリリファが口を開く。
「え…クロノスさんそれ何?ダサい。すごくダサイ。」
「センスないな。ただひたすらに才能を感じない。」
「頑張って考えたんだぞ。これでも前から少し変えて良くしたんだ。我ながら前の力作を超えるな。君たちも受付をする時にはこれを言ってもらうからな。」
「「え~?」」
「酷いな君達…それよりも客はフレンネックさんか。何の用だ。」
「…はっ。」
来客の正体は冒険者クラン亀とカルガモで人事部長を務める男フレンネリック・アラウソだった。彼はクロノスの出迎えの言葉で文字通りハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしていたが、クロノスの呼びかけで正気を取り戻して、トレードマークの眼鏡をかけなおした。
「大変なんだ!!ミツユースの近辺に「カメガモ」が出現したんだ!!」
「「「…は?」」」
フレンネリックの開口一番の言葉に、今度はクロノス達が豆鉄砲を喰らった。
「カメガモってなんだ?カルガモじゃなくて?」
「リリファちゃん。カルガモなら自由市にいっぱい売ってたよ。」
「カメガモ…カモを土瓶蒸しした郷土料理か?」
クロノス達はカメガモと呼ばれたそれがなんなのかさっぱりわからなかったが、フレンネリックはお構いなしに話を続ける
「とにかく亀とカルガモはミツユースの全勢力を挙げてこれを捕まえるつもりだ。もちろん冒険者も雇えるだけ雇う!!クロノス君たちも手伝ってね!!」
「や、俺戦士探しで忙しい…」
「や・る・よ・ね?」
「…やります。」
普段ニコニコしているフレンネリックの珍しくもある気迫にすっかり押されたクロノスは渋々それを了承した。そして絶対面倒なことになるとまたもや大きくため息をするのだった。