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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第50話 小さなチャレンジ・スピリッツ(あなたにぴったりのクエストをやってもらいましょう。というかやれ)

「いいぞー。そっと運べ―。落として壊しでもしたら弁償だぞー。」

「こっち終わったわよ。確認して頂戴。」

「港から追加の木箱届きましたー!!」

「ちょっと待て。まだあっちが終わってないからそこに置いておけ。」

「お兄いさん。コレ直射日光厳禁とありやすぜ。これだけ先に倉庫に入れときやしょう。」

「あん…しょうがねえな。倉庫の中にいるお子ちゃまにどっか掃除してもらって入れとけよ。」


 そこらかしこで冒険者達が声を上げていた。冒険者達がいたのは倉庫街にある商業系冒険者クラン亀とカルガモの所有する倉庫とその土地内の庭だった。普段花壇の一つもない殺風景な庭は、今は倉庫の中から出された品や港から運ばれてくる品が所狭しと並べられており、冒険者達は品を並べる傍らで物の数や質を確認していた。


「お、これ結構イケるな…いってえ!!何すんだ!!」

「つまみ食いする暇があるなら早よ働け。どんどん荷物が来るぞ。外からも中からもな。」

「ちっ、さっさと運ぶかー。それにしてもこんだけの荷物この倉庫一個に入るのかよ?」

「入るのかじゃなくて入れるんだ。ここがいっぱいになったらすごく離れたところの第二倉庫まで歩いて運ばなくちゃだぞ。こいつらを持ってな。」

「それはごめんだ。真面目にやろう。」


 港から届いた荷物の中にあった保存食をつまみ食いしていた冒険者は立ちあがるとやれやれと荷物の確認を再開した。彼と同じように倉庫担当の他の冒険者も荷物を倉庫から運び出しては庭に並べていく。それは薬草であったり、何かの鉱石であったり、それらから作られる薬品や武器であったり、魔術の書であったり、物を縛るロープや暗闇を照らすカンテラであったり…と、品の種類はさまざまだ。しかし一件何の関連性も見られないそれらに共通して言えることがひとつ。それはいずれも冒険者達が扱う品であると言うことだ。



 商業系冒険者クラン亀とカルガモの主な仕事は商人に変わって品の買い付けを各国で行うことの他に、各地で活躍する冒険者達に冒険に必要な品を売りつけることだ。別に適当な雑貨屋で買ってもいいのだが、亀とカルガモも同じ冒険者であることから冒険に必要な品に感しての知識が豊富だ。中には品質や使い心地の良さが生命に直結するような道具もあるため、冒険者のだいたいは各地の亀とカルガモの支部やギルド支店内にある出張所で道具を購入しているし、凝った冒険者クランは直接亀とカルガモから買い付けている。実際ギルドの各支店も冒険者へ販売する道具の多くを亀とカルガモに代理で依頼しており、ミツユースに三つある支店のうち依頼者向けの支店である役所前支店を除く港前支店と大通り支店でも窓口の一つを亀とカルガモの出張所にしており冒険者がいつでも利用できるようにしている。かつて小さな商会から鞍替えして冒険者クランとなった亀とカルガモはいつしか冒険者にとって重要な存在となっていたのである。


 

「ここもほこりまみれだ。暗黒通りのスラムよりも酷いんじゃないか?チェルシー雑巾を貸してくれ。ちゃんとよく水を絞れよ?」

「雑巾。捻る。水ぼたぼた。」


 倉庫の中にいたのは荷運びに向かないリリファやチェルシーといった子供冒険者の面々だ。彼女たちは倉庫から荷が運び出され開いた棚や床をきれいに掃除していく。


「…薬草…呪いの剣…保管箱…鳥の脚の干し肉…護石…石鹸…魔術札…おいおい、ゴブリンの唾液なんて何に使うんだ?他にもスライムの内臓とかトロルの尻毛とかもあるし。流石は大陸中に支店を持つ超大手冒険者クラン亀とカルガモの本部の倉庫。なんでもあるな。しかし手広く用意するのは結構なことだが道具と素材をごっちゃにするなし。せめて倉庫を分けろよ。」


 そして倉庫の汚れを洗いすっかり真っ黒になった水の入ったバケツを外へ運び出すチェルシーの横で倉庫の品の管理帳簿をぺらぺらと捲っていたのはクロノスだった。クロノスは帳簿を読み終えぱたりと閉じると横で細かい物を箱に片付けていたセーヌに帳簿を渡して小さくため息を一つした。


「しかし第二倉庫はここからかなり遠いらしいですから。港近くのこちらへつい持ち込みたくなる気持ちもわかります。」

「本部の倉庫だけあって各地の支店で買い取った品や売れ残った品を回収して集めてもいるようね。いくらかは売れそうなところにある支店に発送するらしいけど、それでも半分以上はしばらく倉庫の置物になるそうよ。」

「仕方ない。後で「亀カモ」の誰かに聞いて売れなさそうな品を集めて、そいつらは第二倉庫行きにしよう。ジェニファー。外の奴らにすぐ片付きそうなのとそうでない物に分けるよ伝えてきてくれ。」

「了解よ。でも彼らにそれがわかるとは思えないけどね。」


 猫亭に間借りしている兎獣人冒険者姉妹の姉の方であるジェニファーはクロノスの指示をその長い兎の耳で受け、ついでに外に持ち出せそうな物を片手に携えて倉庫の外へと出て行った。そうして手持ち部沙汰になったクロノスは息抜きに快晴の青空でも見ようと空を見上げるが、そこにあるのは倉庫の天井だったことに気付きもう一度ため息をするのだった。今度は人に聞こえるくらい大きく。


「おかしいだろ。自慢じゃないが仮にもS級だぞ俺?上から数えた方が早いどころか、最初に来るくらいの。それなのに、この俺が、倉庫の整理って…やっぱ支店で仕事してるヴェラの所に戻って抗議を…グペッ!!」

「元はといえばクロノスさんが悪い。せっかくヴェラさんが持ってきてくれたクエスト全部断るんだから。」


 クロノスに木箱をぶつけたのはクロノスの上にいたナナミだった。彼女は梯子に足を掛けた状態で棚の上をハタキで叩いており、落とす埃で鼻がムズムズしたクロノスはせめて中の物を運んでから片付けてくれと抗議の声を上げるもその願いは掃き捨てられてしまった。ご丁寧にハタキをパタパタと叩く仕草を添えられて。堪えきれずくしゃみをひとつしたクロノスは鼻を指でなぞってから、昼間の事を思い出すのだった。




 女性陣が用意した昼食の後、クロノスはヴェラザードが次々と提示してきたクエストの数々を遠いからやだとか、面倒だからやだとか、あそこの支店長はハゲチビデブケチのおっさんだからやだとか…そんな感じで言い訳がましく断り続けて挙句の果てにはもう全部やだといってそのすべてを突っぱねてしまった。そうして痺れを切らしたヴェラザードが貴方にふさわしいクエストがありますよと渡してきたのが、猫亭で遊んでいた冒険者達にやらせる予定だった冒険者クラン亀とカルガモの所有する倉庫の整理だったのである。


 最初クロノスはこれまで提示されたクエスト以上に嫌な顔をしていたがにこにこと普段以上に妖美に微笑むヴェラザードが怖かったので大人しく受けた。S級冒険者クロノスにとって最も恐ろしいのはドラゴンに単騎で挑むことでも国家に喧嘩を売ることでもない。ただ自分の担当職員の機嫌を損ることだ。


 クロノスのやりますやらせてくださいといういい返事を聞いて満足したヴェラザードは、風呂上りで昼食をつまみ代わりに一杯やっている男冒険者衆と彼らと交代で風呂に入ってすっきりしていた女冒険者衆にも行って来いと声を掛けたのだ。


 冒険者達はそれを聞いて「せっかく風呂上りの酒でいい気持ちなのに~。」「セーヌお姉さまのお風呂上りの高貴な匂いをスンスンしてたいです。」「ちょっと待ってお風呂上りですっぴんだからせめて化粧を…」「今日はもう何もしたくないッス。」「冒険者の安息日は週5です。」などと言ってみるからに面倒そうな感じだったが、ヴェラザードに行けと一言だけで圧倒され、その微笑みの裁きの天使から解放されるために一目散に倉庫まで向かったのだった。


 そんなこんなでクロノス達が倉庫街へ向かってみれば既に先に来ていた支店でクエストを受けた他の冒険者達がおり、彼らと合流して倉庫の片づけと港からの荷運びに分かれて作業をしていたのだった。回想終わります。




「そもそも冒険者に倉庫整理させること自体間違っている。冒険者といったら街中で力仕事やったり街の外でモンスターと戦うのが仕事だろ。なんでこんなことさせてるんだよ。市民のバイトでも雇っておけよ。」

「しょうがないよ。亀とカルガモは深刻な人材不足らしくてバイトの募集しても全然足りないんだって。それに亀とカルガモの扱う品は冒険者向けの物が多いんでしょ?中には取扱いに困って普通の商会から引き取られた呪いの装備品とか見ただけで発狂する絵画とか危険な物とかあるから一般人が触ったら何があるかわかったもんじゃないし、それなら私たち冒険者が駆り出されるのもわかる気がするけどな…あ、セーヌさんこっちに薬草あったよ。投げるからねー。はーいよっと!!」

「よっと…ありがとうございます。ええと…これで五十束ですね。これでこの項目はチェック完了です。ではダンツさんこちらを…」

「了解ッス。っと、結構重いッスね…」


 ナナミは棚の上で見つけた薬草の在庫が入った木箱を下で在庫確認をしていたセーヌに箱ごと投げ渡した。中身は軽い薬草とはいえ木箱自体は保管のための特別な構造になっているためか重く硬い。それだけのものを出るとこ出て締まるとこ締まっているとはいえ華奢な体格のセーヌでは受け止めるのにさぞや難儀するであろうと思われるが、あいにくセーヌは冒険者である。天井から降り注ぐ薬草の入った木箱を難なく受け止めその中身を確認していた。そして中身の確認を終えると外へ並べている他の品と合流させるために運搬係のダンツに手渡した。ダンツは普通の体格とはいえ成人男性だ。自分が持ってもそれなりに重さがある荷物を軽々と持ち上げた華奢なシスターのセーヌにどこにそんな力があるのかと彼は疑問に思ったが、彼女があらあらうふふな見た目にそぐわずB級冒険者であったことを思い出し、すぐに疑問を頭から消した。C級である自分にはまだ縁がない存在だが、冒険者というのはB級あたりから軽く人間をやめ始める。そんな存在にどんな疑問を持ったところで「B級以上の冒険者だから」の一言で全て片付いてしまうからだ。考えるだけ無駄だ。


「まぁ冒険者といっても全員が品に関する知識を持っているわけじゃなさそうだしね。きっと何かあった時のために丈夫さが優先されたんだと思う。だってほら…」


 ナナミが倉庫の窓から外で荷物を運ぶ冒険者達を眺めれば、彼らが持っていた木箱を落としてしまい蓋が開いて、中から謎のツタがにょきにょきと現れ近くの女冒険者を足から捕まえて逆さまに持ち上げた。


「わぁっ!!何コレ!?ぬるぬるするんですけど!!」

「気を付けろ!!それは「エロドージンツタ」だ!!常温の倉庫で芽を出したな!!」

「具体的にはどうヤバイの!?聞くまでもなさそうだけど!!」

「こいつは温かい所を好むんだ。根を張らないタイプの植物でツタを這わせて移動する。今日はちょっと海風で冷えるからな。多分人肌が恋しいんだろ。」

「だから人間に…なんでそんなやばそうなものがあるのよ!!」

「刻んで煮詰めるといい薬になるんだ。体がポカポカして…その、なんというかえっちな気持ちになる。」

「それ媚薬じゃない!!公衆の面前でらめえええなんて言ってたまるか!!こんの…「ヘブンズフレイム」!!」

「ああ!!もったいねえ!!結構高いのに!!」


 捕まった女冒険者が逆さまに吊るされたまま炎の魔術を詠唱してツタを焼き尽くす。そして足を掴むツタまで焼け落ち解放されたので空中で器用に半回転して受け身を取った。女冒険者が解放されたことに近くの男衆が落胆していたので、燃え残った生き残りのツタをそいつらへ投げた。ツタは新たなぬくもりを求め、ぬたぬたした体を男冒険者達に這わせ彼らはんほおおおと見たくもない絵面になっていた。その横では布にくるまれた発狂する絵画を興味半分で見ようと布を解く冒険者の集団が…


「見たら発狂するってどんだけ不細工な絵なんだ。どれどれ…」

「お兄いさん止めときやしょうよ。」

「なんだ命健の。ビビってんのか?ま、冒険者になりたてのルーキーちゃんなら尻の穴締まっちまうのも無理もないか。」

「カッチーン。ああいいでやしょう。見てやんよ。男見せちゃる…貸しな!!」

「おおそれでこそ冒険者だ。どれ俺も…」

「アレ?これって…」

「どうしたお前ら。絶叫どころか沈黙する酷さなのか?…」

「…」

「…」

「…」

「あんたら何やって…ああ、これは。」


 固まる冒険者一同の前を通りかかった女冒険者は気付いた。確かにこの絵は酷い。常人が見れば思わず発狂してしまうだろう。しかし冒険者というのはモンスターの能力で容易に発狂してしまわないようにそれなりに鍛えてあるのでただの呪われた絵を見たくらいでは何ともない。ただこの絵は…おヌードの女性の絵だった。しかも首から下はとてつもなくえっちな。男冒険者達はこの絵にすっかりと魅了されてしまったのである。発狂するくらい酷い顔が上に付いていることを考えなくてもいいくらいに。


「男って本当にわかりやすいわねー。そんなに見たいのなら…ほーら、ピラッ♡」

「「「あ、同業者のパンツは興味ないです。」」」

「なっ…!!」


 スカートをめくって男衆の興味をこちらに惹かせようとしていた女性冒険者(25歳恋愛経験なし彼氏募集中)はその言葉を受けて固まってしまった。まるで砂漠に棲む睨まれただけで体が石化するという鶏と蛇がくっついたようなモンスターであるコカトリスのように。あ、睨まれて石化するのはコカトリスの方ね。あいつシャイなモンスターだから人に見られるとすぐ固まって死んだふりするんだ。人間に危害はないモンスターです。危ないのはバジリスクの方。間違えやすいから気を付けてね。


「せっかく恥ずかしい思いしてまでがんばったのに…!!男なんて、男なんてみんな絵に欲情してればいいのよー!!」


男衆が女性冒険者を「チラリズムが大事。」「ロマンを分かってない。」「自分で捲るとかただのビッチじゃん。」などと口々に罵ってきたので、女性冒険者は悔しさの余り泣きだして向こうへ駆けて行った。


 男冒険者がそのような体たらくなので女性冒険者達はその尻拭いで真面目にやっているかと思えばそうでもなく、例えばあちらの装飾品の整理をしていた女性衆などは装飾の宝石や綺麗な石に目が眩み、これは予約したとかこっちは私がツケで買うのだとか売り物に勝手に所有者を決めているし、別の所にいた女性冒険者の集団は倉庫から出した冒険用の衣装で即席のファッションショーを始めてしまっていた。見渡せば実は真面目に作業をしているのはヴェラザードの恐ろしさを知っている猫亭に出入りしている黒猫のマークのアクセサリーを付けた冒険者達くらいだった。


「…はぁ。冒険者ってこんな人たちばっかりなのかなー。半年間旅をしていた時はもっとまじめそうな人たちだと思ったんだけどな…一般人から見れば私もアレに分類カテゴライズされているんだろうか。」


 外の惨状に呆れを覚えたナナミは一つため息をして窓から目を離して梯子を降りる。そして梯子の途中から飛び降りて下にいたクロノスに受け止めてもらった。お姫様抱っこの形で。


「いきなり飛びこまれてもこっちは準備できてないんだけど。」

「大丈夫。アドリブでお姫様抱っこできるなら合格点間違いなしだよ。それよりもこのままだと日が暮れるまでに倉庫整理終わらないんじゃないの?」

「君もそう思う?俺もだ。しかし普段協調性の欠片も持たないわからんちーの冒険者共に声を掛けた所で真面目に聞くのは多分猫亭に出入りしている奴らだけだぜ?実際今も真面目に作業続けているのは俺の知っている顔触れだけだ。」


 クロノスがナナミを抱えたまま倉庫の外に出た。そして当たりを見渡して真面目にやっていたのは自分の知る顔だけだったことを改めて再確認するとナナミと一緒に再びため息をついた。後の冒険者は謎の品に苦戦していたり魅力的な品に気を引かれていたりでもはや作業になっていない。


「やっぱヴェラ呼んで叱ってもらおうぜ。あいつらヴェラの事知らないだろうけど一度はあの恐怖を身をもって体験するべきだと思う。

「それ名案。でも最後の良心の私達までいなくなったらダンツさん達までふざけそうで…亀とカルガモの人誰か来てくれないかなー。」


 ナナミがそんなことをしてクロノスの腕から脱出して足を地に着けたところで、向こうから小太りの中年男性が歩いてきた。目を凝らせば顔には眼鏡が見え、クロノスとナナミはその男に覚えがあったことを思い出した。


「やぁ。倉庫整理と届いた品の確認は順調…とはいえないようだけど、どうせ死人なんか出やしないんだ。だって冒険者だものね。この惨状は期待通りさ。」


 中年の男性の正体は亀とカルガモミツユース本部で人事部長を務める冒険者フレンネリック・アラウソだった。彼は周囲で掃除と荷運びをしていた冒険者達に挨拶をすると、眼鏡をかけ直す仕草をして奥にクロノスの姿を見つけてやってきた。


「やぁ。ナナミさんも調子はいかがかな?クロノス君に酷いことされていない?」

「あ、えっと。ども…」


 フレンネリックがナナミに気さくに挨拶をするが当のナナミは目を逸らしてばつが悪そうにしていた。ナナミは猫亭に所属する前、亀とカルガモに入団しようとしていた過去があり目の前にいる人事部長に面接もしてもらっていた。結局入団は無かったことになりその後フレンネリックも過労で倒れてしまいそれ以来合わずじまいだったのだ。空気が悪くなるのも仕方ない。


「入団の件に関しては気にしていないから大丈夫。そもそもミツユースにいる以上今日のようにクエストという形で手伝ってくれるだろうし。」


 ナナミの心境を知ってか知らずかフレンネリックは気にしていないとにこりとほほ笑む。あいにくと顔のつくりが泣く子も黙る色男…と言う訳ではないが、それでも客商売の亀とカルガモの団員として精一杯の微笑みを試みて何とかナナミに安心してもらえたようだ。


「S級冒険者に倉庫の掃除をさせているなんてチャルジレンの冒険者ギルド本部が耳にしたら、ひっくり返って驚くかもしれないね。」

「聞いて驚けよフレンネリックさん。このクエストを出したのはほかならぬ本部の人間であるヴェラなんだぞ?」

「あはは。彼女もいい性格してるからね。でもまぁクエストを出した本人である僕としては真面目にやってくれるのならS級だろうとルーキーだろうと構いやしないさ。」

「それはそれで俺の立つ瀬がないが…まあヴェラに逆らったところで勝てる見込みもないから大人しくやることにするさ。フレンネリックさんは調子大丈夫そうかい?一か月前に倒れたと聞いたときは驚いたぜ。」


 フレンネリックは一ヶ月ほど前に度重なる労働による疲労からある日突然倒れてしまったのだそうだ。不在であることが多いクランリーダーに代わってミツユース本部の運営を担っていた人事部長の突然の休養に亀とカルガモは軽くパニックだったらしい。その騒ぎは各地の支部を渡り歩いているクランリーダーが一時帰還して指揮を執っていたほどであったそうが、クロノスはその間ナナミ達や命健組の団員達への指導が忙しく、結局クランリーダーには会えずじまいだった。


「体は見ての通り元気さ。仕事もせずに10日間ベッドの上というのは退屈すぎて新しい世界が開きそうだったね。一週間意識が戻らずに目を覚ましてみればなんだか知らないうちにミツユースの冒険者が百人も増えていたのには驚いたよ。」

「命健組の奴らだろ?地に落ちた組の名を取り戻すために頑張っているようだが評判はどうだい?」

「街の住人の一部には不信感を覚える者もいるようだけど、今と未来の利があれば過去なんて軽く水に流すのがこの街の良い所だからね。元々冒険者なんて荒くれ者の集まりだし僕らとしては長年頭を悩まされた人手不足が少しは解消されていい気分さ。彼らも今日こうして手伝ってくれているし僕らとしては本当にありがたい限りで…いやはや、君には足を向けて眠れないな。」


 クロノスに感謝して頭を下げるフレンネリックだったが、クロノスとしては冒険者達が勝手に騒いでその後始末を猫亭の代表として行った結果にすぎない。命健組は今後も君達でうまく使ってくれとクロノスはフレンネリックの肩をたたき彼の姿勢を元に戻すのだった。


「それで?復帰して貯まった仕事もあるだろうにわざわざここへ来たのはどうしてだ?まさかただ俺らに挨拶するためじゃないだろう。」

「ああそうそう。僕がここへ来たのは彼を紹介するためだったんだ。」

「彼?」

「ここの倉庫の管理をしてくれている子さ。今日は休みだったんだけど無理言ってきてもらったんだ。」

「そりゃ助かる。管理者なら倉庫の中のアレコレ知ってるだろうし、整理がはかどりそうだ。今のままじゃとても夜までには終わりそうも無かったからな。それでそいつはどこにいるんだ?」


 クロノスがキョロキョロと周囲を見渡すが目に入るのは掃除と軽い物を運ぶ子供冒険者達ばかりだ。フレンネリックの横にも一人の少年がおり、クロノスは見たことの無い顔だったが、きっとフレンネリックが追加で雇った冒険者なのだろう。


「どこもなにも。目の前にいるじゃないか。」

「あん?目の前にいるのは君と追加の冒険者のガキだろ?」

「何を言ってるんだい?ここにいる彼こそがこの倉庫の管理者さ。」


 フレンネリックが隣にいた小さな少年の肩をポンとたたくと、少年はビクリと身を跳ね上げた。


「はっ、初めまして!!おいらアレンって言います!!亀とカルガモに雇われている一般市民…まぁようはアルバイトだぜ。よろしくな。」

「…彼が?大陸中に支店を持つ超大手冒険者クラン亀とカルガモの。その中でも大陸中から運ばれる品を置く倉庫の。管理人。冒険者でも専門職の人でもなく。」

「なんだか残念そうな顔をしているけど、その問いにはイエス以外に答えを持ち合わせていないね。少なくとも僕は。」


 フレンネリックの慈悲亡き答えにクロノスとその隣で黙って話を聞いていたナナミは思った。このクランもうダメかもしれないと。


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