第5話 新規入団者いまだ0(少女が知っているおじさんに着いていくのを止めましょう)
一方その頃、ソロ魔術師の冒険者ナナミは、ミツユースの市民広場を訪れていた。商業系冒険者クラン、亀とカルガモで入団のための面接をしてそこを後にしたナナミは、採用の結果を待つための拠点となる宿屋を探すことにした。
ミツユースにたどり着くまでに財布の中身を使い果たしたナナミは一文無しの身ではあったが、ミツユースまでの道中にいくつかのパーティーに臨時で加入し、その際の戦闘で得たモンスターが落とすドロップアイテムの一部を、もしもの時のために換金せずにローブの裏地の隠しポケットに潜ませていた。
冒険者ギルドは街や村の付近に生息する危険なモンスターを冒険者が狩ることを推奨している。そのためにモンスターのドロップアイテムは、討伐や回収のクエストが無くても常に最低価格を保障しての買取りを積極的に行っていた。そのため、ナナミが懐に仕舞い込んでいた「ローウルフの爪」と「ポイズンスネークの牙」も、そこまで珍しいドロップアイテムではなかったがギルド支店の買取受付へ持っていけば、ギルドの支援を受けている冒険者が低価格で利用できる宿を、2日か3日程度は滞在することができるとナナミは読んでいたのだが…
「ああ、もう!聞いてないっっての!!」
久しぶりに足を延ばし、ベッドで安心して横になれると踏んでいたナナミは、今現在市民広場の噴水前のベンチに座り込み、なにやら狼狽していた。それもそのはずで、ドロップアイテムを持ち込んだナナミは、買取受付で衝撃の事実を聞かされたのである。
「ドロップアイテムの買い取り保証は、そのモンスターの生息域に限定されるなんて知らなかったし!!今まではローウルフもポイズンスネークもありふれたモンスターだったじゃん!!なんでミツユースに限っていないの…」
ドロップアイテムの買い取り保証の落とし穴。ナナミの呟く通り、買取価格が保証されるのは、アイテムを落とすモンスターが生息する地域に限定されることだった。そもそも買取価格の保証の目的が、クエスト報酬も安く冒険者にとってわざわざ狩りの対象にしたくない旨味の少ないモンスターを積極的に狩らせることにある。逆に言えばその地方にとって狩らせる旨味が無いのなら、推奨する必要はどこにもないのだ。
「てゆうか、ポイズンスネークとローウルフはミツユース近郊では要保護観察中だから、あんまり倒すなってどういうことよ!?ギルドがモンスター討伐を規制するなんて聞いたことないわ!!」
ミツユースを訪れた冒険者が驚くことの1つに、モンスターの多様性が挙げられる。街のすぐそばを海に向かって流れる2つの大河は、周辺に様々な環境を生み出し、それが生物の多様性に繋がったのだと学者たちは推測している。その結果どこにでもいるありふれたモンスター達は多様性の勢力に押され段々とその姿を消していった。一応ローウルフもポイズンスネークも皆無という訳ではなく、しっかり探せばいないこともないのだが、何よりもその数が厄介になるそれらのモンスターでは、ミツユースではおおよそ危険なモンスターと言う認識はなかったのである。
それでもと、ナナミは買取を依頼したがその結果は芳しいと言えるものではなかった。その額や宿屋で2、3泊はもとより、1日泊まれるかも怪しい物であった。
「ああ、こんなことになるのなら前の町の支店で換金しておくべきだった。…とりあえず食事はなしでしょ、それから公衆浴場も我慢して…でも臭いきついかなぁ…流石にシャワーも無しは辛い。」
冒険者ギルドでは、ナナミのような無一文になった際、もしくは陥らないための「安全政策」がいくつも用意されている。これは元来荒くれ者の多い冒険者が、食い詰めるあまり安易に犯罪に手を染めないようにするためである。冒険者の欲望とは凄まじいもので、この安全政策が施行される前の話。無計画に酒やギャンブルで身を滅ぼし、窃盗や強盗が頻発した過去を持つ。犯罪を犯した冒険者はギルドの管理する危険人物リストに記入され、罪状の酷い者は指名手配者狩りを得意とする粛清系冒険者によって討伐の可能性すらある。
これだけの救済策を張り巡らせているにもかかわらず、無一文となり食い詰めてしまう冒険者も一定数いる。女性冒険者などは食い繋ぐために冒険を辞めその地で身を売ってしまうことも少なくない話である。ナナミは最悪の手段としてそのことを頭によぎらせたが、心の中の天使に即座に否定させた。
「そんなのはなし。第一やったことないし…それにこんな時代遅れのファンタジー世界で性病や妊娠を完璧に防ぐ手段があるとも思えない。」
いつかの時のため、自分は心身健康でい続けなければいけないのだ。そう言ってナナミは頭を抱え他の手段を模索しようとした。
「おおい、探したぜ!!やっと見つけた。」
自身を呼ぶ声にナナミが振り返ると、そこには大柄で筋肉質の男が1人と、特に特徴のない2人の細身の男がいた。男たちは冒険者のマントを着込みフードを深くかぶって顔を隠していて、ナナミは怪しんだがその様子に男たちが気づき慌ててフードを取ると、ナナミはその正体を知ることができた。
「えっ…グリジャさん!?それにヴァイグさんとピサロさんまで!?」
男たちの正体にナナミはひどく驚いた。それもそのはずで、グリジャ達はナナミがミツユースを訪れる前に最後に臨時のパーティーを組んでいた。つまり、ナナミからクエストの報酬をだまし取った者たちだからである。
「いったいミツユースまで何の御用ですか?わざわざ私に声をかけていったい何が目的なの?」
グリジャ達に質問するナナミ。しかしその顔には金銭をだまし取られたことに対する、怒りよりも、恐怖が色濃く映っていた。詐欺に成功したのならもはや自分に用などないハズ。それなのにわざわざ接触するとはどういうことか?こちらがか弱い少女1人であることに慢心して、さらなる略奪を行うつもりか、はたまた力尽くで押さえつけ、暴力をふるい奴隷として裏の外道に売り捌くつもりか。可能性を考えればいくらでも考えられる。年頃の少女は想像力豊かなのだ。
「(パーティーを組んでいた時、嫌な視線は確かにあった。3人は知り合いだというし、あの時はよそ者に対して警戒していたのかと思ったし、旅の途中でいやらしいことは何もなかった。だから最後まで組めたんだと思っていたけど…まさか3人がかりで私を…!?エロ同人みたいに!!)」
グリジャが手を振りながら近づいてくる。昼下りの公園で人も多い。まさかこんな公衆の面前でことは起こさないだろうとナナミは思っていたが、自分の目の前まで来た。
「いや、悪かった。まさか報酬が支払われていなかったなんてな。ここへ来るまで大変だっただろう?」
グリジャの放った言葉は衝撃的なものだった。グリジャ達がミツユースとは別のギルド支店でパーティーを解散してナナミと別れた後、3人で別のクエストを行い、それを終えてからもう一度ギルドを訪れると、ナナミへの報酬が自分たちへ支払われていると聞かされたのだ。
「そんで俺たちナナミちゃんにこの報酬を渡すためにわざわざこっちまでお前を追ってきたわけだ。せっかく知り合いになれたのに、騙されたと勘違いされちゃたまらねぇからな。」
そう言って報酬の貨幣が入った巾着をお手玉のように、右手に左手にと投げ渡しているのはヴァイグ。臨時パーティーで盗賊の職業を務める彼は、ナナミにダンジョンのトラップについての知識を教えてくれた人物だ。
「おい、ナナミちゃんの金だぞ?もっと大事に扱えよ。」
ヴァイグの頭を殴りつけ、巾着を奪った治癒士の冒険者ピサロは紐を緩め「…何枚か盗ってないだろうな?なんせ盗賊だからな。」と、独り言のようにつぶやき中身の貨幣を数えると、正しい枚数だったのだろう。紐を締め直しナナミへと受け渡した。
「おいおい、そりゃないぜ!!いくら短い間だったからって、仮にもパーティーを組んだ仲間にそんなことするわけないだろ!?」
ヴァイグの言葉にナナミは思わず笑い出した。先ほどの緊張はどこへやら、グリジャ達の利益よりも冒険者仲間たちへの信頼を優先した行動にすっかり気をよくしたのである。
「本当にありがとうございました。おかげで一文無しにならずに済みそうです。」
グリジャ達はナナミに早く追いつくために、大きな街道にある公衆馬車の中でもとびきりの早馬を貸し切ってきたのだそうだ。いくら義理のためとはいえ、特別稼ぎの良いとは言えないグリジャ達ではたいそう割に合わなかったのではないだろうか?そう考えたナナミは彼らに何かの例をしたいと申し出た。
「いいんだって。そもそもはこっちが原因なんだから。」
「でもわざわざミツユースまで来て完全に赤字でしょう?お金はあまりありませんができることなら何でもさせてください?」
「…なんでも?」
「?」
ナナミは自分の発言にグリジャがなにか食いつくような反応をしたことに少々気になった。わずかな金銭を大損してまで届けるような義理堅い男にしては少々、下卑たような…
「そういうことなら、さ。俺たちとちょっと食事に付き合ってくれよ。」
ナナミが考えるよりも早くヴァイグが声をかけたので、ナナミは先ほどのグリジャの表情をひとまず置くことにした。
「俺たちナナミちゃんを追いかけてしばらく飲まず食わずでさ。街に入ってから何か食おうとしたけどもグリジャの奴がナナミちゃんを見つけてからって聞かなくてさ。」
「グリジャもすっかり腹をすかしているだろう。こいつ、普段から人の倍食べるのだからな。戦士が食わずして何になるか、などと言って。」
ヴァイグとピサロの言葉で、ナナミはグリジャがただ単に腹をすかしていらだっているだけなのだろうと考えた。
「そういえばグリジャさん。結構な量を食べてましたよね。いいですよ、食事に付き合うくらいなら。どこへ行きますか?」
といっても、私も先ほどギルドの食堂での食事が初ミツユースランチですが。と、ナナミは付け足した。思えば食事もこれからは1人で食べないといけない。ならば最後くらいこのパーティーで食事をして解散、というのも悪くはないのかもしれない。
「…それなら、この先の裏通りに行こう。以前知り合いがうまい店があると教えてくれたんだ。」
グリジャの提案にナナミは対応に困った。貿易都市として豊かなミツユースだが、当然闇を抱えたよくない所というのは確かにある。例えば浮浪者や孤児の吹き溜まりになるスラムであったり、地元のマフィアが取り仕切る色町やカジノであったりだ。1人でいるときはそういうところ、特によく知らない街の裏通りには決して行ってはいけない。仮にも可憐な少女なのだから。そう教えてくれたのはグリジャ達よりも前に組んだ臨時パーティーで仲良くなった女性の冒険者だった。彼女は自分のかつて冒険者仲間が興味本位にそういったところへ顔を出し、ひどい目にあって冒険者を引退せざるを得なかったと悔しさ混じりにナナミに話してくれた。そういった体験から、ナナミは今まで立ち寄ったどの町や村でも余計な所にはいかないようにしていたのだ。
「大丈夫だって!!その店は俺らも知っているし、それにこっちは大の男が3人もいるんだ。変なことを考えるやつなんかいねぇって。」
「…そうですね。きっと大丈夫ですよね。」
ヴァイグの言葉でナナミは少しばかり油断した。確かに冒険者を相手にわざわざ喧嘩を売る相手などいないだろう。大丈夫。「仲間」信じよう、と。
「決まったようだな。一応俺が後ろに付こう。グリジャとヴァイグはナナミの前だ。」
まるでダンジョン攻略の隊列のようにナナミを中央に挟み込む形で4人は裏通りへと続く道を歩き出した。
道は徐々に狭くなり、昼時の日差しを建物の壁が遮り、道を進むごとに足元は薄暗くなっていった。やがて道幅がナナミが2人並んで埋まるほどの狭さになった辺りで、ナナミ達は立ち止った。目の前に1人の人間が道を遮る形で立っていたからだ。彼、もしくは彼女は麦わら帽子を目深にかぶり、顔を見ることはできなかった。
「よぉ、そこにいられると通れないんだけど?悪いけどあんた…」
道を塞ぐ者にヴァイグが語りかけ、グリジャとピサロが身構えた。ナナミが何事かと彼らを見れば既にそれぞれが所持する武器に手をかけており、いつでも戦闘を行える状態だった。
「ちょっと、みなさん。いきなり何を…!!」
ナナミは驚きながらもグリジャ達へ声をかけた。冒険者である彼らが街中で武器を構えるなどそうあることではない。ただ道を譲ってもらうだけにしては少々大げさである。
ヴァイグの言葉に目の前の者は何も反応を示さない。聞こえていないわけではないだろうが、3人の冒険者が殺気を見せ武器を構えても、その者は驚く様子もない。
「気を付けろ。こうやって油断させて仲間が後ろから襲ってくることもあるんだ。…おい、何が目的だ。金か?それともこの女か?残念だが…」
「残念だが、この女は俺たちの物だってか?」
目の前の人物がついに口を開いた。声は若い男の物である。その声を聞き、ナナミはそれがどこかで、それもつい最近どころか、ちょっと前に聞いたような声であるようなと思案した。そしてあることに気付いたのだ。
「あれ、というかそれ。その麦わら帽子!!私のじゃん!!なんでそっちにあるの!?どゆこと!?」
ナナミは若い男の声の持ち主が顔も見えないほどに、目深にかぶるやや大きめの麦わら帽子が自分の物であると気づき、冒険者としての営業用に使っていた敬語も忘れて叫んだ。
「なんでアンタが持っているのか知らないけど、大事なものなの。返してよ!!」
「へぇ、ならお前はコソ泥ってわけか。コソ泥はお仕置きしないとなっ!!」
ナナミの言葉を聞きそれが赦免状だと思ったのだろう。ヴァイグが左手に持つ鞘から短剣を右手で引き抜き、それを男に向かって勢いよく斬りつけた。
「喰らえよ、「先制撃」!!」
ヴァイグが繰り出した冒険者の技。それも速度だけなら並みの剣士の斬撃をも上回ると言われる「先制激」。もしこれがヴァイグの言うとおり、街の中のコソ泥程度であれば、まず躱すこともできずに深い痛手を負うことは間違いないだろうと思われた。…彼がただのコソ泥であるならば。
「とう。」
ヴァイグの剣技を帽子の男が喰らうと思われた瞬間。男が何とも間の抜けた声を発したと思うと、ヴァイグの手に持つ短剣がカキィンと響くような音を立て爆散した。
「―――ッ!!痛ってぇ!!」
ヴァイグが右手を抑えてその場に蹲る。呆然と立ち尽くす仲間たちがハッとその手を見れば、ヴァイグの右手の指は青く変色し、大きくふくれあがっていた。
「あれ?武器だけを砕いたつもりなんだが…やっぱ訓練サボると技術落ちるな。まぁ猫亭で客待ちに出ずっぱりだからしょうがないか。団員もだけど、代わりに店番してくれる受付嬢とか欲しいなぁ。」
「ヴァイグ!!くそっお前、何者だ!?」
グリジャが男を誰何する後ろで、ピサロがヴァイグの負傷した右手を持ち上げ、治癒の魔術を行使する。ナナミは目の前で起きた傷害事件に、頭を混乱させながらも、ローブの中に隠し持つ短杖を取出し、グリジャを援護する形で短杖を構えた。
「ふぅん。戦士が注目を集めてその裏で治癒士が怪我人を回復。こっちが動けば魔術師の魔術がぼかん、か。即席の臨時パーティーにしては良い動きだな。なるほど、ヴェラが言っていたバランスのいいパーティってのは、こういうのなんだな。」
「つい最近まで、これで戦っていたからね!!」
短杖を構える手を保ちながらも、ナナミは答えた。営業用の敬語混じりの言葉遣いは無くなっていたが、大事な帽子を盗られた上に仲間の1人を傷つけられた。そんな相手に、敬愛もリスペクトも必要ないのである。
「おとなしくしろ。じきにピサロとヴァイグも復帰する。4対1で勝てるわけないだろう。今投降すればヴァイグの分のお返しで勘弁してやる。」
頼むよ、腹が減って気が立っているんだ。と、グリジャは付け足し、謎の男に投降を呼びかける。
「…そうだな。確かに4対1では分が悪いぞ。まぁ今3体になりそうだが。」
「?」
男がナナミを見つめ、そこでナナミは男と初めて目があった。薄暗い裏通りのせいで顔つきまではよく見えなかったが、男の赤い色の瞳は、自分をなんだかひどく同情的に見ているようだった。
「意味が解りませんが、あいにくと私は仲間を裏切るつもりはありませんよ。」
男の視線を「命は助けてやるからこっちにつけ」という意味に受けとったナナミは、それを拒否という形で返答した。
「ナナミ…そうだな。がんばってここを乗り切ろう。」
ナナミの言葉を聞き、グリジャは口角を上げた。最も、グリジャの後ろにいたナナミは、グリジャの顔がとても暗く、欲望に忠実な物を描いていることに気付くことは無かった。
「仲間、ねぇ…そう思っているのは、ナナミ。たぶん、おそらく、いや絶対に君だけだと思うぜ。」
そう言った後男は麦わら帽子を頭から取った。麦わら帽子を取ったことで薄暗い中でも顔を確認できたナナミはその正体に驚いた。
「…クロノス、さん?」
ナナミ達の道を塞ぐ形で現れ、ヴァイグを返り討ちにした麦わら帽子の男の正体。それは無一文でギルドに横たわっていた自分に食事を奢り、当面の面倒を見てくれそうな冒険者クランの紹介をしてくれた冒険者。クロノス・リューゼンだった。