第49話 小さなチャレンジ・スピリッツ(猫亭に帰還しましょう)
「あ~やっと帰ってこれた~。」
「しばらく犬は見たくない…」
ポチのお部屋でセーヌに疲れた体を癒してもらったナナミ達はその日のうちに猫亭に帰還した。ダンジョン内のお宝は既にクロノスが最終階層のその先にある守護者の宝含めて回収済みで何も残されていないので、これ以上ダンジョンの探索を続けてもいいことなど何一つない。食料や傷薬もたっぷり持ち込んでいたのでその近くの別のダンジョンに挑戦しても良かったが、正直今日はもう何もする気になれなかった。そのくらい二人にはダンジョン攻略失敗という結果が重かったのだ。まだ実力が足りていないだけで考えすぎだとクロノスやダンツはフォローしてくれたが、セーヌの気持ちがなんとなくわかった二人だった。
「随分早いお帰りじゃない。予定では三日かかるって聞いたけど…忘れ物でもしたのかしら?」
「出発前の荷物確認、大事。」
ナナミ達を猫亭の扉を開いてすぐ正面にある受付デスクで出迎えたのは、ミツユースに滞在する冒険者の兎獣人姉妹ジェニファーとチェルシーだった。二人は汗の臭いを獣人特有の鋭い嗅覚で嗅ぎ取って、しかし怪我の一つも見られない彼女たちが忘れ物をして慌てて引き返したのだと、そう推測した。
「あはは…」
「その顔を見るに失敗したみたいね。無理もないわ。私も以前組んだパーティーと挑戦してみたけど、アレは無理。せめて全員B級以上の実力がいるわ。まぁ死なずに今の自分の底が見えただけよかったんじゃない?」
「全員無事帰還。それだけで儲けものだと思う。」
「デスヨネー。まぁ次に挑戦できるまで半年かかるって言うしもう少し鍛えてから再挑戦します。」
壊れた先代の代わりにクロノスに買ってもらった新たな剣の手入れをしていたジェニファーに、もう少し気を入れてクエストやダンジョンは選ぶとナナミとリリファは報告をしたのだった。
「殊勝ね。それなら留守番はもういいかしら?私達も何かクエスト探してくるわ。宿代も払わなくてはならないし、冒険者にヒマなしよ。まったく、普段飲んだくれてる「まともな」冒険者達の気がしれないわね。」
冒険者の中でもかなりまともな人間であるジェニファーは「猫亭で直接クエストを受けられたら楽なのにね。」と呟いて、今日は休暇だと酒を飲んでいた冒険たちの卓を冷ややかな目で見て言った。
ジェニファーとチェルシーの二人は猫亭の団員ではないが猫亭の拠点であるこの建物に住み着いている。正確には元宿屋であった二階の一室をクロノスに家賃を払って間借りしている状態なのだが。
彼女たちは一月ほど前にミツユースに自分達が泊まるに相応しい宿が無いから幾らかまともなこの建物に住ませてくれとクロノスに交渉してきた。セーヌを助ける際手伝ってもらったということからナナミとリリファの熱い援護もあってその結果折れたクロノスは、猫亭の団員で部屋が足りなくなるまではという条件付きで二人にセーヌに貸す予定だった部屋を貸し付けたのだ。それを聞いたナナミとリリファはあの割と広くてたくさんある二階の部屋が果たして団員で埋まる日が来るのかと疑問に思わないでもなかったが、二人が喜んでいたしまあいいかと一緒になって喜んでいた。それ以来二人は自分達のクエストをこなす傍らナナミ達のダンジョンの挑戦や猫亭のアレコレを手伝ってくれていた。
「結局ここ以外に素敵な宿は見つからないし、しばらくミツユースにいるつもりだからありがたく使わせてもらうわよ。」
「宿と言うが別に冒険者向けの安宿屋じゃなくてもいいじゃないか。幾らか値は張るがそれでもC級冒険者である君に払えない額ではないだろう。」
ナナミとジェニファーに割り込む形で冒険者達に軽い挨拶を終えたクロノスが問うてきた。彼はジェニファーから受付の椅子を取り返すとそこに座ってチェルシーを膝に乗せてほっぺたをむにむにとしていた。
「宿代が安く済むことに越したことはないでしょ。それにミツユースって商人とか一時立ち寄った冒険者向けの宿屋が多いから、長期滞在する客にはいい顔しないのよ。店によっては一週間以上の宿泊が設定されていないところもあるからかなり吹っかけられるのよ?」
冒険者向けの宿は安いがサービスが低い基準に設定されており、やや不便だ。それでも粗雑な冒険者にとってはオアシスだと言い張る者も多いので、それに不満を覚えるジェニファーたちはそれなりに高貴な出自なのかもしれない。しかし冒険者の出自は問わないと言うのが冒険者だ。お尋ね者の犯罪者でない限り出自については本人の口から出さない限りは聞かないとうのがルールである。それに則りクロノスもまた彼女たちがどういう出自の人間かは聞いていない。
「それは悪かったな。まぁ家賃はきっちり払ってくれてるんだ。団員で埋まる日まで好きにすればいい。それよりも俺たちがいない間、猫亭に何か問題はあったか?」
「特に何も。今朝からそんなに時間経ってないしね。木端の冒険者クランに客が来るわけないでしょ。」
「やっぱり入団希望者もクエストの依頼客もゼロか…」
「むにむに~」
「冒険者は千客万来で大賑わいなのに不思議なものね。もういっそ猫亭を酒場兼宿屋に戻したら?もとはそうだったんでしょ?てゆうかその子結構いい身分なんだからあんまりそんなことされては困るわ。やめて頂戴。」
「いいじゃん。子どものほっぺたってやわらけーな。ほーれ、お菓子を上げよう。ナナミからもらったチョコとかいう菓子だぞー。」
「お姫様。高待遇。よきにはからえ。」
クロノスから謎の茶色い菓子を受け取って満足そうにしている妹を見て、ジェニファーはやれやれと首を振るのだった。
「おう。ナナミちゃん達帰ってたのか。そうそうナナミちゃん。こいつが自由市で面白い食材見つけたらしいぜ。」
「これなんだけどよぉ、なんか変な味がしてさ。腐ってないとは思うんだけど…」
「どれどれ…」
知り合いの男口調の女性冒険者が声を掛けてきたので、ナナミはそちらのテーブルへ向かっていった。
ナナミは同郷の仲間に会った時のために向こうの料理の練習をしているらしい。曰く自分もそうであったように間違いなく向こうの食事に飢えているから食べさせてあげたいとのこと。今は向こうの食材を集めるため冒険者達に冒険や買い物のついでに変わった食材があったら片っ端から持ち帰ってきてもらっているのだそうだ。
「ナナミの奴冒険者達に食材集めてもらうのはいいが、そろそろ食材庫の整理もしてもらわないと。いくら自分と同じように他の大陸から飛ばされた同胞に食わせたいからって、このままでは食材子がパンクしてしまう。」
「使えそうな食材は私がどんどん調理するので大丈夫ですよ。幸い冒険者の片は皆良く食べるので作り甲斐があります。」
呆れるリリファに大丈夫だとセーヌが抑えた。
少し前に二人はナナミから彼女の出自について聞かされていた。何でもこことは違う海の向こうの大陸の出身で、向こうであった大規模な転移魔術の実験に巻き込まれて付近にいた赤の他人と共にこちらの大陸のあちこちに飛ばされてしまったと。 仲間である二人に嘘をつくことに少々抵抗を感じるナナミだったが、本当の理由である異世界について二人は理解できないのでこればかりは仕方ない。事情を知った二人は自分にできることならと協力を申し出てくれたので、同胞が見つかるようなことがあればいろいろと手伝ってもらおうと思うナナミだった。
「変な食材の味見をさせられる前に私も何かするか…」
「おう。リリファちゃん戻ったな。」
ナナミがいなくなり今日はさてどうするかと暇そうにしていたリリファに、男の冒険者が声を掛けてきた。
「リリファちゃん聞いてくれよ。今市民街で新手の手口の空き巣が頻発してるらしくてな。俺らと警備兵で見回りしてるのに一向に尻尾を見せやしない。この間なんてすぐ近くで事を起こされていたのにまったく気が付かなかったんだ。防犯アドバイザーとして何か教えてくれないか?」
「どれ、ちょっと聞かせてみろ。」
リリファはかつて父から受けた様々な犯罪の英才教育を活かしてアドバイスをしてやると、男のパーティーのいるテーブルに向かっていった。その横のテーブルには冒険者クラン命健組の団員たちが何やら話をしている。
「よう兄弟。底ってのは知れたのかい?」
「いやー俺らにはまだ早かったみたいだ。」
「だよな。一杯やろうぜ。二人の冒険者活動初敗北記念に一杯奢ってやる。」
「やったぜ!!じゃあ俺これ…」
「俺はこっちだ。」
「お前らタダ酒だからって猫亭で一番高い酒取ってるんじゃねーよ!!一杯幾らだと思ってるんだ!!」
「固いこと言いっこなしだぜ?どうせ他よりも安いんだ。」
「しょうがねぇな…集金箱に金入れてくるから。」
「ごまかすんじゃねーぞ?しっかし注いだ酒の分設定された金額を入れないと罰ゲーム起こす集金箱なんてクロノスの旦那面白い物を持ってるなー。」
「この間なんて冒険者のお兄いさんの一人が金額ごまかそうとしたら爆発して、ご自慢のロングヘアーがアフロになっていて受けたぜ。ほらあそこ…」
「まだアフロのまま治ってないんだ。アレ?てことは…」
「「髪型をコストにタダ酒召喚!!よし…!!」」
命健組のナッシュとシュートは猫亭にいた同じ組の仲間の卓に加わり一杯やるようだ。以前はドン引きしていた料理の数々を自分達で作って味わっているあたり、だいぶ冒険者に染まってきているらしい。仲間からつまみを受け取って口から火を吹く二人と集金箱に金額をごまかして酒代を支払おうとした仲間がカエルとウサギに変身したのを眺めてからクロノスは最後に残ったダンツパーティーに声を掛けた。
「それじゃ予定より随分早いが解散ということで。ダンジョン挑戦は失敗とはいえご苦労だった。これは少ないがナナミ達の面倒見代だと思ってくれ。」
「あざッス。いやー、旦那は金払いがいいのが最高だぜ。よーし、じゃあ分けるッスか。」
クロノスは今回のダンジョン挑戦を手伝ってくれた謝礼として、幾枚かの銀貨をパーティーのリーダーであるダンツに渡す。ダンツはそれを受け取り自分のポケットに入れる前に仲間達に幾らもらったかを伝えてから全員に等分した。曰く冒険者の報酬分配は後回しにするとどう頑張っても信用できないので、もらってすぐにさっさと分けてしまうのが正解らしい。以前は一人でクエストを受けていたクロノスには金を仲良く公平に分け合う冒険者達の美しき友情に感動した。…と思ったら、ダンツが余った一枚の銀貨を仲間の隙を見てポケットに隠したので殴って没収した。
「痛いッス!!旦那は力加減遠慮してくれッス。頭が凹んじゃうぜ。」
「俺が本気を出せばもっといく。このくらいで済んでよかったと思っておけ。ホラ銅貨六枚だ。これできっちり分けられるだろう。」
「さっきよりも減ってるッス。」
「本来なら失敗して宝を持たずに逃げ帰れば銀貨どころか銅貨すらないぞ。これだけもらえるだけ喜んでおけ。」
「まぁその通りッスね。あざッス。」
ダンツの抗議を一閃して仕方のない奴だとクロノスは首を振った。そしてその騒ぎでダンツが余りをちょろまかそうとしたのが仲間にばれてしまったようだ。
「ダンツってばまたポッケナイナイしてー。いつもこうなんだからまいっちゃうよねー。」
「ホントホント。やっぱりパーティーのリーダー変えた方がいいんじゃない?」
「ハイハイ!!俺、俺自身に推薦します!!」
「私はアイジュとグザンとセインの票を私に入れるわ!!」
「「「せめて自分のを入れろよ。」」」
五人の冒険者はリーダーを変えるぞとわいのわいのと言い出し始めた。
「おめーらもっとひどいじゃねえか!!金の管理に関しては俺が一番だからしかたなくリーダーやってるッス。」
「それもそうか。じゃ引き続きリーダーよろしく。」
「俺も人の事言えたタチじゃねえッスけどね。ほら銅貨一枚ずつ。」
「よろしくー。あ、クロノスの旦那。風呂貸してくれ。」
銅貨を受け取ったエティが猫亭の風呂を貸してほしいと言ってきた。猫亭の浴場は宿屋らしく広めなので少ない団員しかいないクロノス達は普段街の中にある公衆浴場に行くのだが、自分も湯を組みたいのでいいだろうと許可を出した。
「どうせここにいる他の冒険者共も入るだろ。」
「ひとっ風呂して汗流した後の酒は格別だからな!!」
「なになに?風呂入れるの?俺も入っていい?」
「儂も儂も。」
「いいと思うぜ。だがまずは風呂を沸かさにゃあ。薪割するぞ。ほら裏庭に行った行った。」
風呂の話を聞きつけて飲んでいた冒険者達も集まってきた。ダンツパーティーはこれ幸いと薪割をさせるために冒険者達を誘導した。
「ちょっと!!女衆が先よ!!汚いあんたらの残り湯なんて何が浮いてるかわかったもんじゃないわ!!ほら、ナナミちゃんとリリファちゃんも抗議なさい!!」
「え~お風呂とかめんどい。どうせ夜にまた入るじゃん。」
「だな。浮浪児時代なんかシャワーは浴びていたがそれだけだ。人間湯船に浸からなくても死にはしない。」
「冒険者になっても女を捨てないで!?大変なことになるから!!取り返しのつかないことになるから!!元だらしない女冒険者筆頭のこの私が保証するから!!」
メルシェがそれぞれ自分の話に夢中になっていたナナミとリリファをひっぱって来ると、自分達を先に入れろと男冒険者達に抗議した。それに続き私たちも入りたいと、何人かの女冒険者も声を上げる。
「別にいいけど…いいの?女の入った残り湯なんて俺たちにとってはご褒美だぜ?」
「もう飲み干しちゃうぜ。それはもうごくごくと。」
「…お先にどうぞ。炎魔法で暖めてあげるから、水汲みしなさい。」
「「「おい~す。」」」
冒険者たちは入る順番が決まり男たちは各々準備のために出て行くのだった。
「女衆はどうするの?セーヌさんもお風呂入る?」
「私はせっかくなので昼食でも作ってから帰ろうかと。本来ダンジョンで食べる予定だった食料が随分と残っていますので。皆様も食べていかれますか?食材庫の日にちの経った物を片付けてしまいたいです。」
「わ~い。セーヌお姉さまのご飯美味しいから楽しみです!!」
「じゃあ女衆は昼食づくりの手伝いで。」
「厨房へゴー。」
「怪しい食材は男衆に食わせちゃろ。」
男性陣に一番風呂を取られてしまった女性冒険者達も昼食を作るためにぞろぞろと厨房へと消えて行った。後に残されたのはクロノスと膝の上で転がす小さなウサギ。そしてその姉だった。
「さて…俺は汗を掻いてないから後でいいな。…決して女衆の残り湯に入りたいとか女湯を覗き見したいとかそんなわけではないからな。ちゃんと俺は湯船を張り直すぜ?疑っているわけじゃないが一応だ。それよりセーヌの美味しい昼食を食べたらヒマ「果たして暇でしょうかね?」…お、その声は…」
誰かに言い訳をするクロノスは風呂と昼食の後は自分は午後になにをしようか。屋根裏の物置から屋根に登って日にでも当たって昼寝するか。そう考えていたが、二階へ続く階段から聞きなれた声が聞こえたのでそちらに目をやると、そこにいたのは自らの専属担当職員ヴェラザードの姿があった。
「ただいま。君も戻ってきていたんだな。」
「ええ。今朝帰還したのですが、どうやら入れ違いになってしまったようですね。ところで…」
本部への定期報告だとか言って少し前から冒険都市チャルジレンに行っていたヴェラザードは階段をつかつかと降りてきてクロノスの前までたどり着き、そしてニコリといい笑顔で問うてきた。
「私の耳がきちんと使い物になっているのならば、先ほどヒマ、とおっしゃられましたよね?…猫亭の戦士探しはどうなりましたか?」
「…いや、あはは。」
ヴェラザードの見る者すべてを魅了する悩殺的な笑顔に、クロノスも引き攣った笑で返した。ヴェラザードはそれを呆れるでもなくため息をつくでもなく、ただ冷淡な目で冷ややかに見た。
「ミツユースを発つ前に、私はきちんと申したはずです。ギルドが提示した猫亭の団員探しの期間はもう残り少ないのだから、そろそろ真面目に探してくださいと。それにあなたは答えたはずです。君が帰ってきたらビキニアーマーの女性が出迎えてくれると。」
「…明日から本気出す。」
「明日明日とそう言っていつまでも先延ばしにするから良くないのです。」
最初の頃は割と真面目に探していた。しかしナナミ、リリファ、セーヌと順調に団員を見つけられたのに、ここで神の初心者優遇期間が終了してしまったらしい。団員になってもいいと言う戦士の冒険者も素質のある一般人もばったりと絶えてしまったのである。釣りは釣れないのもまた一つの楽しみだと玄人は言う。しかしいつまでも魚が釣れなければやはり釣りはつまらない。団員探しという釣りにいつの間にかやる気を無くしてしまったクロノスは明日明日と団員探しを後回しにして、ダンジョンに挑戦するナナミ達の面倒を見たり命健組の冒険者へモンスターとの戦いの指導をすることに係きりになってしまったのである。そしてギルドの上層部と交わした約束の期限がついに一週間前にまで迫ってきたのだった。
「あと一週間ですよ?その間に戦士をスカウトできなければ約束通り猫亭は解散。クロノスさんは各地にクエスト行脚に行ってもらいます。」
「ちょっと待てよ。俺が聞いたのはクラン解散だけだぞ?なんでわざわざ遠くへクエストしに行かなくちゃならないんだ。」
「おや?どうやら約束に認識違いがあったようですね。しかしギルド側は先ほどの通りでクロノスさんと約束したと認識しております。どう頑張っても覆らないので認めてください。というか諦めてください。」
「仕方ねぇか。冒険者ギルドの本部の連中は頭が固くて一度言ったことを覆さないんだから嫌になっちまう。ったく…猫亭解散して俺がいなくなったらナナミ達はどうするんだよ。」
「大丈夫ッスよ。もし猫亭が解散なんてことになっても、ナナミちゃん達にはこの建物で冒険者向けの宿屋兼酒場を運営してもらいやしょう。んで、旦那には各地からいい酒を仕入れてもらうッス。」
「君なぁ…」
クロノスの問いに答えたのは風呂の準備の人手が間に合ったので手持ち部沙汰となりいつのまにか引き返してきたダンツだった。クロノスはダンツの言葉に抗議でもしてやろうかと思ったが、面倒だったので止めた。なによりこいつはミツユースに滞在する冒険者の代表みたいな感覚の持ち主なのだ。その彼がそう言ったと言うことは他のミツユースの冒険者も似たような考えだろう。
「君達が俺の事を尊敬しているのか、それとも貶しているのか。まったくわかりはしない。」
「なんだかんだで。旦那が住み着いて二ヶ月くらいしかたってないッスけど、皆旦那がいい人だと思ってるッス。安く酒売ってくれるし。」
「やっぱそういう方向なのね…しかたない。ではその評価をより良い物へと昇華させるため戦士探しによろっと本腰入れるとするか。ヴェラ。君が警告してきたと言うことは何かアテがあるのだろう?君は昔からそういう奴だ。というか俺はもうまったくアテがないから何かプリーズ。」
「仕方ありませんね…これを。」
ヴェラザードはいつものため息を一つついてから、紙の束をクロノスへと差し出した。紙はそれなりの量がありヴェラザードはそんなもの階段から降りるときには持っていなかったと思うのだが、こんな量の物をどこに隠していたのか…。横で驚くダンツと場を経つタイミングを失ったジェニファーだったが、隣のクロノスが平然としていたのを見てS級の専属担当ならばそんなものかとそう思うことにした。
「これは?」
「チャルジレンの冒険者ギルド本部にクロノスさんの近況報告をする際にガルンド様のところにも顔を出したのです。「クロノスの奴はどうじゃ?」と聞かれたのでやっぱりダメそうですねと答えた所、やっぱりダメかと言われてこれを持たされました。せっかく荷物を少なくして向かったのにとんだお土産になってしまいましたね。」
「だからこれは何なんだよ。」
「不良のクエストです。各地の。」
ヴェラザードの言うとおり、各地で現れたモンスターや目撃情報の合ったお尋ね者の討伐依頼だった。
「だからやらねえって。こんなもの地元の冒険者にやってもらえよ。」
「その地元の冒険者が投げてしまい誰も受けてくれなくなったからこそこうして本部に持ち込まれたのです。幸い報酬は良いものばかりが厳選してあります。これをこなせば前のように期限を延ばしてくれるかもしれませんよ?」
「どれどれ…うわぁ、銀貨二千枚。銀貨三千枚。これとか金貨二十枚もでるッスよ。俺なんかにはどうやっても稼げるとは思えないッスね。むしろ俺らが代わりに…無理だな。全部A級越えのクエストばかりッス。」
「これなんて地竜の単身討伐よ?ドラゴンってどうやって一人で戦うのよ?畑を荒らすモグラの駆除の間違いじゃないの?」
「ジェニファーよ。どこをどう頑張ったら一匹のモグラが街一つ分くらいの巨大野菜畑を荒らし尽くすッスか?どんなモグラなら一匹倒しただけで金貨四十枚出るッスか?戦わなくちゃ現実と。」
「そうね。受け入れないとね。」
「どれどれ…なんだ。デカモグラじゃん。名前が御大層なだけで、ただやたらでかいだけのモグラだよあんなん。穴から顔を出したら力いっぱい柄でえいやーってな。そういやあいつ全身鱗まみれでトカゲみたいな目をした変わったモグラなんだよな。倒した後に引っ張り出した時に尻尾が長いのには笑ったぜ。」
「「(この人全力で地竜をただのでかいモグラと間違えている…)」」
横でクロノスから依頼書を何枚かひったくり眺めていたダンツとジェニファーは格が違うと椅子に座って小さなウサギに新たなお菓子を与えていたクロノスに、改めて呆れに似た尊敬と畏れを抱くのだった。