第48話 小さなチャレンジ・スピリッツ(敗北を知りましょう)
「はぁっ…はぁっ…!!」
ナナミは走っていた。それはもう全力疾走で。しかしこれだけの全力疾走はいつぶりだろうか。もしかしたら小学生の頃のマラソン大会で親友のAちゃんと最後まで一緒に走ろうと言っていたのにゴール手前で彼女に裏切られ先に行かれ、させるものかと無我夢中で追いかけた時以来ではないだろうか。そのくらい久しぶりだとナナミは地球の故郷にいた時の懐かしき記憶を胸の引き出しに仕舞った。ここは平和な故郷ではない。今のナナミがいるのはモンスターという怪物に命を奪われるのも珍しくないファンタジー世界だからだ。
ふと隣を見ればそこには自分と同じく全力疾走している猫亭の仲間である冒険者の少女リリファがいた。自分よりも小柄な彼女は歩幅は小さく、身軽な格好の盗賊であることを加味しても苦しそうだった。そして反対には冒険者の先輩のダンツがいた。後ろを見ればダンツの冒険者パーティーの仲間六人と、ここ最近冒険者クランとなった命健組の冒険者二人もまた全力でナナミ達の後を追って走っていた。
ではなぜ彼女たちは全力疾走しているのだろう。答えは最後尾の冒険者のすぐ後ろにあった。というかいた。
「ワオーン!!」「GUGYAAAAN!!」「喰ってやるがう!!」
三つ首の巨大な犬。いわゆるケルベロスと呼ばれるモンスターが一匹。冒険者達を追いかけてきていたからだった。三つの首は冒険者達を喰らおうと全力で後を追ってくる。速度はかなりの物でこのまま追いつかれてしまえば全員ケルベロスの餌となるだろう…え?冒険者なんだから戦って倒せばいいんじゃないかって?ムリムリ。だってケルベロスってB級冒険者くらいの実力があるパーティーが挑んで初めてまともな戦いになるくらい強いんだもん。一番実力のある冒険者がC級のダンツとそのパーティ程度しかいないこのメンバーでは、挑んだところで結果など見えているのだ。実際ケルベロスに遭遇した時点で十人掛かりで歯が立たなかったんだもん。そりゃ逃げるの一択しかない。
ではなぜケルベロスがナナミ達を追いかけているのか?そもそもここはどこなのか?まずはそれらを順を追って説明しなくてはならない。
セーヌを仲間に加えて一か月が経過していた。ナナミとリリファは冒険者のランクを上げるためにミツユースでクエストをこなす傍ら、たびたびミツユース郊外にあるダンジョンに挑戦してそこで冒険者としての戦い方を自分の所属するクランのリーダーであるクロノスや、新たに仲間になったセーヌから学んでいた。二人はいずれも天才肌の冒険者であったためにアドバイスはこう…ぐわーっときてパッとしてドーン!!みたいな感じの非常に大雑把なものでなかなか理解するのに苦労したが、内容自体は非常に有意義なもので一度理解してしまえばあとは楽だった。そんなこんなで何とかやりながら時にはミツユースの冒険者達と協力して幾つものダンジョンをクリア…所謂踏破をしていた。
ここ一か月で街のクエストもダンジョン挑戦も上手く行っていたナナミとリリファは有体に言って調子に乗っていた。自分たちは天才なのではないか?この世は自分達を中心に回っているのではないか?いやそうだきっとそうに違いないと。
そうして調子に乗ったナナミ達が次に挑戦したダンジョンが…今まさに彼女たちを追っているケルベロスがダンジョンの守護者を務めている「ポチのお部屋」だったのだ。
ミツユース近郊にあるダンジョンの一つ、「ポチのお部屋」。冒険者の先輩であるダンツ曰くミツユースエリア最難関ダンジョンだそうだが、ナナミもリリファもいくつものダンジョンを大きな怪我もなく踏破してきた油断からどうせここも大したことは無いのだと思っていた。しかしそれは大きな間違いだった。
意気込んでダンジョンに突入した二人とついてきたその他冒険者達は一層目で簡単な。それこそ欠伸をしながらでも勝てるモンスターと数度戦った後、二層目へと続く階段を見つけ突入した。そうして通路を歩いて少ししたところにあった大部屋で、会っちゃったのだ。このケルベロスに。
「きゃああああああ!!近づいてきた!!もっと速く!!ダッシュ!!」
「ムリムリムリムリ!!これ以上速くは走れるか!!」
「ガウッガウッ!!」「ガルルル…!!」「皆殺しがう!!喰らうがう!!」
「いやー、まさか二層目でこのダンジョン「ポチのお部屋」の守護者、ポチに出くわすとは…このダンツの計算違いッス。」
「言ってる場合か!?早よ逃げないと喰われるぞ!!」
ナナミ達が心配だったから&高難易度ダンジョンのお宝ゲットだぜ!!と息巻いて着いてきていたダンツはやれやれと自分の読み違いを反省した。そして今やることかとリリファに頭を叩かれる。
「えっ!?この子がポチなの…!?ちょいちょいちょい!!この子のどこかポチなのよ!?」
「え?わからないッスかナナミちゃん。ほら見てくれよあの一番右のポチのぶち模様。あの模様でポチと付けずに何と呼ぶッスか?」
ダンツが走りながら指を刺したのは、一番右の首の、三首の中でも人の言葉を流暢に叫んでいた頭だった。見ればダンツの言うとおり顔には可愛らしいぶち模様がついている。人語を解することには強力なモンスターの中にはその知能も並大抵ではなく人語を理解する個体もいるのだと言うことを事前に聞かされており、ポチがそういう固体であることもダンジョンに挑戦する前に教えられていたので、驚くことではない。いや、確かに最初は驚いたナナミとリリファだったが、ケルベロスのあまりにも巨大な体からそちらへの興味はすっかり無くなってしまっていた。できれば奴が巨体であることの方を教えてほしかった。そう思うナナミであった。
「たしかにあのぶち模様はポチっぽいけど!!どちらかといえばブチって名前がふさわしいと思うけど!!普通に犬小屋に三つの頭のあるワンちゃんが「へっへっへ。にんげんさんあそぼ!!このフリスビーであそぼ!!」みたいな展開を希望していたんですけどっ!!ポチめっちゃでかいじゃん!!」
「だから最初に言ったッス。ポチのお部屋はミツユース近郊にあるダンジョンでも一番難易度が高いって。ミツユースの冒険者の間でも何人か死人が出てるッス。」
「というかどうしてダンジョン最下層にいるはずのボスがこんな浅い所にいるんだ?ここは全二十階層のダンジョンだと聞いたぞ!!守護者って護るものだから守護者なんだろ?なんで部屋の外まで追って来るんだよ!!」
「ポチはボスの中でも珍しいダンジョン内をうろつく徘徊型のボスだ。浅い所で遭遇する可能性もある反面、上手く行けば一度も会わないこともあるから周辺のダンジョンと比べても比較的レアなお宝が多いこのダンジョンに飛び込む命知らずは多い。というか俺っち達もそのお仲間なんだけどねー。」
間延びした声でナナミ達の会話に割って入ってきたのは、ダンツパーティーの剣士の冒険者エティだった。手に持つ剣は既に刀身が半分ほど折れて無くなっていた。それは最初にケルベロスに遭遇した際に斬りつけた時、ケルベロスのあまりの硬さから折れてしまったのだ。
「あいつの硬さのせいで我がパーティーの前衛三人は全員武器を失ってしまった。ダンツは予備持ってるけどナイフなんて何本あってもアレには意味ないかなー。これもまだツケが残ってたんだけどなー。えいやっ。」
重いしもう持って帰っても直せないだろうとエティがそれを後ろのケルベロスに投げつければ、ケルベロスはそれを前脚でダンジョンの壁に叩きつけ、粉々にしてしまった。それを見ていた後ろの六人は追いつかれたら自分もああだと速度を速めた。
「おおエティ。追いついて何より。おーい、他の奴ら全員生きてるッスかー!?」
ダンツが自分たちが走る後ろの方に声を掛ければ、そこから六つの返事が返ってきた。ダンツがリーダーを務める冒険者パーティーのメンバー四人と最近冒険者として活動を始めた冒険者クラン命健組の二人、ナッシュとシュートである。ナッシュとシュートは命健組内でも積極的なモンスターとの戦いやダンジョンへの挑戦をしている有望株の人間であり、この一か月でいくつかの簡単なダンジョン踏破に成功していたので、自分たちの底を知りたいと今回のダンジョン挑戦の噂を聞きつけ、猫亭側のパーティーに戦士と剣士として加わっていた。ナナミ達もしっかりとした前衛との連携をリリファに学ばせることができると言う打算からそれを許可していた。しかし二人はケルベロスとの初撃で体力と魔力を使い果たして倒れてしまったため。ダンツのパーティーの四人が運んでいたのだった。
「ダンツ!!てめぇリーダーなら自ら進んで「ここは俺に任せておけ!!」とか言って残りやがれ!!」
「はっは~。アイジュってば冗談きついッス。どこをどう頑張ればたかがC級の俺がケルベロスに拮抗できると思ってるッスかね?」
「勝てなくてもポチのご飯になって時間稼ぎできるだろうが!!」
「えっ、酷くないッスか?これでも俺、お前と幼馴染なんだけど!?」
「知るか!!こっちは四人でナッシュとシュート運んで逃げてるんだ!!せめて代われよ!!」
「アイジュ~。お前は文句言ってばっかで二人を運んでないでしょ?セインが一人で頑張ってるよ。」
「成人の男抱えて逃げるのは限界…」
「わ、ちょっと!!こっちに寄りかからないでよ!!バランス崩して共倒れじゃない!!」
アイジュに文句を言うのは、ナッシュをパーティーの紅一点メルシェとともに運ぶグザンだった。その隣でシュートを担いで走る小太りの男セインはもう限界だと呟いた。
「エティ、アイジュ、メルシェ、グザン、セイン。よし、こっちは全員居るな。そっちのパーティーはどうッスか?」
「私、ナナミ、後ろのナッシュ、シュート…アレ?クロノスはどこ行った?そういえばケルベロスに遭遇した時点でいなくなってたような…」
猫亭側のパーティーを数えたリリファはそこでリーダーのクロノスの姿がないことに気付く。もしや既にケルベロスに喰われたのか踏みつぶされたかと割と酷い予想を立ててそちらへ目をやるが、ケルベロスの三つの頭はどれも食事をしてはいないようだった。まさかS級がやられるとも思っていないが、とりあえず喰われて無いようで良かったと一安心したリリファだった。
「クロノスの旦那なら二層目に入ったところででヤバくなったら呼べって言ってどっか行っちゃったッス。」
「あいつ…いくら手を出さない約束だとしても仮にも指導者なんだから逸れないでくれよ…」
リリファはどこかへ行ってしまったリーダーに呆れを覚えるが今は少しでも気を抜けばケルベロスの餌食だと足に意識を集中した。
「でもいつまでも走り続けられないわね。このままだと階段前まで戻って行き止まりよ。階段から一層目に戻ろうにもあの階段けっこう大きかったから多分追って…ん?そういえばセーヌさんは?」
「心配いらない。セーヌなら先に行って詠唱をしながら待ち構えて…お、いたな。」
ナナミの視線の先、通路の先の階層スタート地点付近にいたのは、全身から電流を迸らせ足元に何重にも及ぶ魔法陣を煌かせた猫亭の治癒士の女性セーヌだった。通路は薄暗かったが雷属性の魔力で全身を光らせるセーヌは容易に見つけることができた。
「あ、先に行って攻撃の準備してたんだ。でも私たちも全力で走ってたのに先にたどり着いて詠唱する余裕があるってセーヌさんどんだけ足速いの…」
「それは流石はB級冒険者ってことで片付けておいた方が楽だよー。上位ランクの冒険者のやることなんていちいち理由考えてたら頭が持たない。」
「同意同意。お、詠唱のストックは終わってるみたいッスね。しかしあれだけの光を見るに結構な魔術…多分上級だな。このままだとこっちまでもらっちまいそうだ。」
「そういうときの盗賊だ。みんな!!私が合図をしたら一斉に横に避けろ!!」
こちらに向かってくる十人の冒険者とケルベロス。その姿を確認したセーヌは、その中のリリファに視線を向けて一回だけ瞬きをする。それが合図なのだろうとリリファは盗賊の術技である一時的に視力を上げる「シーイング・アップ」を終了させ今だと叫んだ。
「バウバウッ!!」「GUAAAA!!」「追いついた!!喰う殺す!!」
「大地を穿つ稲妻よ…「クラッシュ・サンダー」!!」
「「「ガアアア…!!」」」
冒険者達が横に避けて立ち止ったので、追いついたケルベロスが鋭い爪の斬撃を繰り出そうと前足を振りかぶるが、そこでセーヌの足元から発生した雷が地を這ってポチに向かっていった。雷は見事にケルベロスに当たり、その衝撃で通路に土煙が舞い上がる。
「セーヌさんナイス!!よぉし、皆援護を…!!」
「「「ガウウ?」」」
「えっ…!?」
ナナミがケルベロスに魔術をぶつけるために詠唱しようとしたが、そこには平気そうな三つの顔を並べるケルベロスがいた。どうやらセーヌの魔術があまり効かなかったらしい。
「うそでしょ…?だって今の上級魔術…」
「さすがはミツユース最難関ダンジョンの守護者だ。これだけの威力の魔術を物ともしないとは…」
「あらあら、あまり聞いていないようですね。この子地属性なのかしら?困りましたね。 私は雷属性の魔術以外ちっぽけな聖属性のヒールしか使えませんのに。うふふ…」
セーヌの魔術の効き目が薄かったことに絶望するナナミとリリファだったが、魔術の使い手であった当のセーヌ本人は自慢の雷の魔術が属性の相性の悪さゆえにあまり効いていないことに臆することもなく、余裕の微笑みが消えていなかった。そしてならば今度はと両腕の裾に隠したトンファーを取り出してケルベロスの元へてくてくと歩いていく。それを見たC級以下一同は、セーヌさんあんた冒険者の中の冒険者やで。と彼女を褒め称えた。
「ガッガウ!!」「BAUUUUN!!」「噛み砕くがう!!」
ケルベロスの三つの頭は御馳走が自分から歩いてきたぞと、それぞれ歓喜の雄叫びを上げて共有する鋭く長い爪の伸びた前脚を振り上げ、セーヌへ向かって振り下ろした!!
「この程度…はぁっ!!」
ケルベロスの前脚の爪の斬撃をセーヌは物ともせず、腕をクロスさせてその先のトンファーで受け止めた。そして一瞬の隙を突き片方のトンファーを上に移動させて爪を挟んだ。
「ぐぎゃ…!?」「GAUUU!?」「動かないがう!!喰えないがう!!」
爪を挟まれたことで脚の自由が効かなくなったケルベロスは前脚に力を入れてセーヌを振りほどこうと試みた。しかしセーヌはその華奢な体からは考えられないくらいの力で爪を抑え続ける。やがてトンファーに挟まれた爪がその圧で静かにペキペキと鳴り始め、ついには大きな音を立てて割れてしまった。
「「「ががうっ!?」」」
割れたのは爪であった故に本体のケルベロスには痛みどころか痒みすらあり得ない。しかし自分の硬く鋭い爪が餌であるはずの小さな人間の雌に傷つけられ、たいそう驚いているようだった。そしてその一瞬が命取りとなる。
「空へ登る稲妻…「天衝撃」!!」
「GUWAAAAAAN…!!」
「からの…呪言解放「オーバーロード・サンダー」!!」
「……!!」
セーヌはケルベロス「達」が混乱している隙に中央の首の真下に潜り込み、そこから天へ向かって勢いよく跳ねた。跳ねただけとはいえ冒険者の術技を織り交ぜての跳躍だ。弾丸となったセーヌはそのまま中央の首を貫き千切りダンジョンの天井へ到達する。そして天井を足で蹴って跳ね返り、胴体から離れて地面へ落ちようとしていた中央の首へ、ストックしていた雷の魔術を放った。胴体から離れていた時点で息絶えていた中央の首だったが、追加の一撃を喰らい黒焦げになってぷすぷすと煙を立てて墜落した。
「ケルベロスの再生力はとても高く、首が千切れたくらいではすぐにくっつけて再生してしまうと聞きます。ならば二度と戻らなくするまでのこと。さて…後は二つ。同じ要領でサクッとお相手させていただきますね。」
地面と再会したセーヌは黒焦げの中央の首が二度と再生できないくらいにダメージを受けたことを確認して、残る二つの首に向けてにこりとほほ笑みトンファーを構えた。そして後ろでポカンと見ているだけだったナナミ達一同はブランク有りとはいえ流石は天才B級冒険者だとさらに彼女を褒めるのだった。
「セーヌの奴。最初の魔術だけでなく他にも魔術をストックしていたのか!!しかもあれだけの威力…さっきのよりも強力だ。」
「あれって最近セーヌさんが覚えったってやつでしょ?雷属性とありえないくらいに相性がいいとはいえ、あんなだけポンポン上級魔術習得されると魔術師の立つ瀬がない。」
「すっごい魔術だけでなくあんな近接戦闘までできるなんて…B級冒険者すげー!!」
「いいぞーセーヌ嬢!!このままやっつけてくれ!!」
「ナッシュとシュートの敵を取ってくれー!!」
「「先輩方。俺ら死んでないです。」」
「お前たちは序盤に魔力使いすぎ。魔術ほどではないが冒険者の技もそれなりの魔力を使うんだ。普通なら自己責任で置いて行かれるぞ?」
「「胆に銘じておきます。」」
「まぁまぁ、とにかくセーヌ嬢がさくっとポチを倒してくれたら残るダンジョンのモンスターは雑魚だけだし、残りの階層のお宝ゲットしようぜ。」
「賛成!!治癒士のセーヌさんに一人戦いを任せるってのもアレだけど、私たちにはまだ早かったね。あれレベルのモンスター。」
「まったくッス。でもこれでダンジョンクエスト「ポチを倒せ!!」は見事クリア!!報酬ザックザクだぜ!!」
「え」
「あわわわわわわ…クエスト…失敗…もうおしまいだぁ…」
ダンツのクエストという言葉を聞いて、セーヌのクエスト恐怖症が再発してしまった。彼女は二つの首になってしまったケルベロスの前で膝から崩れ落ちて項垂れる。
「うふふ…いつもそうなの。かっこつけて、調子に乗って…気づいたらいつもこう…失敗失敗失敗…ごめんなさい依頼者様ごめんなさいギルドのみなさんごめんなさい冒険者のみなさん私の旅はもうここで終わりです終わり終わり終わり終わり終わり終わり…」
崩れ落ちたセーヌはこの世の終わりのような呪詛の言葉を撒き散らしていく。実はあの呪詛の言葉には呪いの追加効果でもあるのかと一抹の希望を胸にケルベロスの方を見た一同だったが、ケルベロスは何ともなく、むしろ危険な敵がいきなり動かなくなったことで再び食べる気満々になっていた。
「ちょっとダンツさん!!あれほどついでのダンジョンクエストは受けるなって言ったじゃない!?」
「俺のせいじゃないッスよー。アイジュの野郎が勝手に受けていたッス。」
「すまん。目先の報酬に目が眩んで…だって銀貨30枚だぜ?猫亭の酒代何杯分だ?普段の俺らじゃ絶対に手に入らない金額、つい受けてしまうのも仕方ない。」
「ならせめて最後まで黙っててよ!!どーすんのこれ!!」
「おいまずいぞ!!ケルベロスが動き出した。」
セーヌが全く動かなくなったのをいいことにケルベロスは彼女に鼻先を近づけ危険のない美味しいごはんであると認識してあおーんと遠吠えした。
「まずい…あの遠吠えの後は捕食動作に入る。早くセーヌ嬢を助けねば。」
「今から言っても追いつけないじゃない!!」
「もうだめだ…クロノス!!降参、降参だ!!助けてくれ!!」
「あいよっと。」
リリファが降参だと叫んで両手を上げる動作を見せた。そしてセーヌに食らいつこうとするポチの前にどこからか飛び出してきたのは、猫亭のクランリーダークロノスだった。突然現れた一人の男にケルベロスは驚き後ずさる。
「やーハローハロー元気してるかポチ公よ?その女が美味しそうと言うのはこの一か月理性も本能も天使も悪魔も抑え続けて神紳士対応した俺も同意だ。だがそれは君のご飯じゃない。俺のだ。横取りはよくないぜ?」
「グルルルル…!!」「こいつやばいがう!!まずはこいつ殺すがう!!」
新たな獲物を前にしたポチはクロノスの危険性を本能で嗅ぎ取り、食事から戦いへ優先順位を切り替える。その巨体の体中からは汗が滴っており、ポチもあんな汗を掛けるんだなと感心するC級以下冒険者一同だった。
「ギャウギャウ!!」「俺喰う!!オレサマオマエマルカジリ!!」
ポチの二つの首が俺が喰うのだいや俺が喰らうのだと我先にクロノスへ首を伸ばす。そしてポチの口がクロノスの鼻先まで触れようとしたところで…二つの首が宙を舞った。
「「ギャウ…!?」」
ポチの二つの首は何が起きたのか理解できないまま意識を失った。ずどんと大きな音を立てて地面に沈む二つの首が透明になって消えて行いく。それに続いて胴体が地面に倒れるとじわりじわりと消えて行った。クロノスは硬いケルベロスを斬りつけたことでまたも壊れた自分の安物の剣を鞘に仕舞い奴がいた所まで歩いていくと、後に残った人間大もある巨大な魔貨を拾い上げて自分のなんでもくんの中へ詰め込んだ。
「―――とまぁ、ケルベロスというのは首同士あまり仲が良くない。首を前に出したところでまとめて斬りおとすのが効果的だ。胃袋は共有なのに脳が三つあるから自分で喰わないと満腹にならないらしい。今回は二つだけだったが、三つでも要領は同じだから大丈夫。」
「「「「そんなのできるかぁ!!」」」」
クロノスの抗議を否定で返すC級以下冒険者一同だった。それを聞いたクロノスはふんと鼻を鳴らして一同を冷ややかな目で見た。
「ふん。こんなモンスターはチャルジレンの迷宮ダンジョンじゃあ中の下程度の敵だ。セーヌは流石はB級冒険者と言ったところだが、今の彼女のパーティーでの役目は治癒士としての後方からの仲間の支援…前衛が実力不足で下がって治癒士をノコノコ前に出す戦い方がどこにある?まぁどこかにもしかしたらあるのかもしれないが…とにかく、今日のパーティー連携の練習は赤点だ。罰としてこのポチの魔貨とダンジョン内のお宝は全て俺が没収します。あ、ダンジョン中のお宝はもう回収してなんでもくんに入れたからポチが復活するまで何も出てこないぞ。」
クロノスが手に持つなんでもくんを振ってアピールした。しかしなんでもくんの中は物理法則無視の異空間となっているので振ったところで中身が音を立てることは無い。宝を没収されたことをナナミ達猫亭メンバーは文句も言わない。セーヌを前に出した時点で。そもそも猫亭の前衛役をしてもらっていたナッシュとシュートが戦えなくなった時点で、自分たちは戦いに負けていたからだ。自分達にはたまたま保護者のクロノスが付いていただけの事であり、普通ならばあのまま全滅か、そうでなくとも何人か逃げ遅れてポチの食事となっていたであろう。そう考えればダンジョンのお宝など最初から手に入らなかった物と同じなのだから。それは前衛三人が武器を失って役割を果たせなくなったダンツパーティも同じことだ。金にがめつい冒険者であるのにクロノスに文句の一つも言わないのはセーヌが喰われていたら次は自分達であったと理解していたからだ。
「まぁこれに懲りず成長したらまた挑戦すればいい。ここの守護者であるポチの復活時間は約半年…それまでまた低い難易度のダンジョンで訓練の為直しだ。さぁて休憩したら帰ろうか。」
クロノスが手を叩いて戦いの終わりを告げると、ナナミ達は逃走の疲労からかその場に倒れ込むように座る。そしてクロノスがダンツからクエストの手形を引っ手繰りセーヌの目の前で破り捨てると、彼女はクエスト恐怖症から復活して覚えたての治癒魔術「ライジング・ヒールサークル」を使って倒れる冒険者達を癒した。
「ああ~。ちょっと電気がピリピリするけど気持ちいい~。疲れがとれていく~。」
「この感覚止められないッス~。」
「街のジジババに使えば金取れるんじゃねコレ?」
「こんだけの魔術使える奴はそうそういなねーよ。さいこ~。」
「もうこれ天国…ぐぅ。」
「ZZZ…」
セーヌのライジング・ヒールサークルを受けた冒険者一同は、その気持ちよさからダンジョンの中であるにもかかわらず眠りこけてしまう。それを見たクロノスはやれやれと首を振り、モンスターの気配が近づいてくる通路の奥へ歩いていった。
猫亭に所属してからの何度目かのダンジョン挑戦。かくしてナナミとリリファは一か月目にして初めての敗北を迎えるのだった。




