第46話 ノンギャランティ・クエスト(新たな仲間を歓迎しましょう)
「猫亭の新たな団員に乾杯!!」
「「「「「いえ~い!!」」」」」
猫亭の元酒場の一階で、冒険者たちが一斉に乾杯する。そして各々が注いだ杯の中の酒を一気に飲み干して美味いと叫んだ。
ティルダンとの激突から三日が経ちその日の夜。元々丈夫で怪我の治りも早い冒険者達はそれなりの負傷であったジェニファーが完治したのを最後に全員見事に復活したので、さっそくヴェラザードにクエストの報酬として借りた猫亭の酒蔵の鍵を使って酒蔵から酒の数々を出して飲むことにした。せっかくだから猫亭の新団員のセーヌの歓迎会もしてしまえといつものように猫亭の一階を占領して酒盛りを始めてしまったのだ。
そして本日の主役セーヌはというと…
「セーヌちゃん酒追加で!!」「こっちにもー!!」
「はーい。ちょっとお待ちくださいね。」
「くっは~!!シスターに酒注がせるなんて贅沢、どんなに金かけたってできねえぜ!!」
何故か冒険者たちの給仕をしていた。何事かとクロノスは思ったが、ナナミ曰くこれはセーヌなりの冒険者達への報酬らしい。倉庫の酒を勝手に飲み放題だけで終わらないとは冒険者とは何とも強欲である。ただセーヌは自分を助けてくれた冒険者達にお礼をしたいとのことであり、お金を掛けずに恩を返せるならなおさらやらせてくださいと自ら進んで給仕していたのだ。
そしてセーヌの恰好はというと…
「ミニスカシスター最高!!」
「破廉恥!!卑猥!!背徳的!!」
「神に仕える者を仕えさせるなんて新たな性癖の扉が開きそう!!」
「その御身足をスリスリさせてくださいお姉さま!!」
「その足で踏んでくださいお姉さま!!」
セーヌはクロノスが用意したいつもの修道服のミニスカバージョンを着用していた。これは冒険者として活動する時用のセーヌの戦闘服だ。セーヌは五年間ほぼまったく冒険者としての活動をしてこなかったので昔使っていた戦闘服は既に処分していたらしく、残っていたとしても大人の女性として華麗な成長を遂げたセーヌでは当時の子供の時の戦闘服は入らないだろうと、昼寝から起きたクロノスがセーヌをとある冒険者向けの衣類店に連れて行きそこでオーダーメイドで作らせたのだ。
「これ、着心地最高です。普段着ている修道服と変わらないですし。」
「だろう?ベースの生地は神聖教会支給の修道服と同じ物らしい。しかもそれに加えて伸縮性と通気性アップと魔術の札を縫い込んであるからモンスターの魔術の一発や二発喰らっても立っていられる。」
「足元は少し恥ずかしいですが元と同じままだと戦闘で動きづらいですから。ならばいっそこのくらいが良いと言うものです。」
クロノスは最も最後まで生き残らなくてはならない職業は治癒士だと考えている。治癒士さえ残っていれば倒れた仲間を回復させ全員で逃げることだってできるからだ。そのために守りと動きやすさを重視した戦闘服には金を惜しまないつもりだ。本人からもお墨付きをもらえ、いい仕事をしたと衣類店の職人の親父に心からグッジョブした。
宴の前に早速セーヌをこの戦闘服に着替えさせ、猫亭で酒盛りの準備をしていた冒険者達に披露したところ「ミニスカシスターとか浪漫を誘うぜ良くわかってるじゃんクロノス様マジで最高派」と「シスターとかメイドとかすぐミニスカにするやつらド素人やっぱりロングスカートが至高だ派」に完全に別れて殴り合いの喧嘩を始めてしまった。せっかく治った体に新たな傷を作っていき次々と倒れていき、その半分が倒れた所でそれを面白半分に眺めていたクロノスが「ロングスカートならセーヌが施設で働いているときにいつでも見れるしバランスとったつもりなんだけどな。」とポツリと呟き、双方合意の上和解して「ロングでもミニでもセーヌさんマジ最高至高極上派」に合流した。喧嘩をしていた中にはセイメーケンコーファミリーの構成員も混じっていたが、これは彼らも冒険者になったからだ。
組の長不在のため組を一時預かっていた組の最古参の初老の男クラフトスは、この三日で組の様々な汚点を洗い出した。その結果わかったのが組長不在で一番の権力を持っていた若頭ポルダムが、組の金を勝手に使うだけでなく仲間を引き連れてそれはもうあちこちで組の名前を出して問題を起こしていたことだ。内容はあまりにひどくよくぞこれだけの悪事を自分達から隠し通せたなと呆れ半分のクラフトスと構成員仲間に、ある報せが訪れた。それは街の外に行ったはずの組長と相談役の死体が街の郊外で見つかったという報せだった。ティルダンの本性を見ていた手前二人の安否は絶望的な方だとおおよその見切りをつけていた構成員たちだったが、その報せはやはりショックだったらしい。組の評判もポルダムの悪事によってすっかり地に落ちてしまっており、もはやまともな金貸しなどとても続けられないと二重で意気消沈していた。
そのことでやる気をなくした構成員達を見たクラフトスは突然金貸し業を畳んで全員冒険者になろうと言い出し、意外なことに構成員の多くがやろうやろうと賛同した。どうせ自分たちは暴力的な人間の集まりだしモンスターや悪党と戦う冒険者はぴったりの職だ。なによりティルダンとの戦いの夜に敵である自分達を手当てしてくれた冒険者達に感動し自分たちも同じ道を進みたいのだとのこと。
結局組から抜けて故郷へ帰った者や堅気に戻って街で商売をする者以外に残ったおよそ百二十人程の構成員が全員冒険者となり最古参クラフトスをクランリーダーに据え、組織の名前をセイメーケンコーファミリーから名を取り冒険者クラン「命健組」を結成した。前の名前をそのまま使えばいいのでは?と思ったクロノスだったが、クラフトス曰くかつてのセイメル・ケンコールの血は組長の死とポルダムの離脱で絶えてしまったし、彼の名前からもらった組の名前をそのままクランの名前に勝手に使うわけにはいかないとのこと。恩があるゆえ一部を頂いたのだと興奮して語るクラフトスにクロノスこっそり聞いたら、「実は…組の名前メチャクチャ言いづらいんでありやす。長いし…組の者はあまりに言いづらさからただ単に「組」とだけしか言わないことも多かったし。」と本音を語ってくれた。クロノスはそれを聞いて面倒だから長年の恩ある組織の名をあっさり改名をするとはその心意気、実に冒険者の素質ありだと、彼らを今日の宴に誘ったのだ。彼らが今後街でどのような立場になるかはこれからの彼らの誠意次第といった所だろう。はい振り返りおしまい。
「まぁ君達はミツユースの街でもそれなりに知られた顔らしいし、真面目に街中のクエストやってりゃ住人も今までのことケロッと忘れて受け入れてくれるさ。恨みや恐怖よりも実利優先なのがこの街のちゃっかりしたところだ。」
「へぇ、ありがとうございやす。それは街に深く長く根付くあっしらも良く知っとりやす。初心に帰るつもりで頑張らせていただきやすぜ。」
クロノスは此度は宴に誘っていただき…と改めて挨拶に来ていたクラフトスを隣に座らせて一杯突き合わせていた。どうやら彼も強い酒は苦手らしく給仕役のセーヌにクロノスと同じ酒を希望するのを見て、いい関係になれそうだと喜ぶクロノスだった。
「ヴェラもミツユースに定住する冒険者が増えてギルドの支店長が喜んでいたと言っていたし大丈夫だろ。そのうちに街の知り合いの冒険者にも紹介してやるさ。特に亀とカルガモとフレンネリックさんなんかこれだけの人手が増えたとなりゃ、泣いて喜んでくれるぜ。」
「そう言っていただけるとありがてぇ。そのうち外でも活動することになるだろうから、その時はモンスターとの戦い方やパーティーの組み方を教えてくだせぇ。なんでも若い奴らがダンジョンに挑戦するんだって息巻いておりやして…おっと、今日は宴だ。余計な仕事の話は無しだな。それじゃあ失礼しやす。」
他の冒険者にも挨拶しなくてはいけないからとクラフトスはクロノスに一礼してテーブルを離れた。そんなこといちいちしなくても冒険者ならば気しないような気もするが、顔を覚えてもらうのは大事なことだなとクロノスは組をまとめるクラフトスに感心して自分もクランリーダーとして頑張らなくてはなと気合を入れた。
「ミツユースもどんどん賑やかになっていくな。流石は大陸屈指の都市。どうやら他にも新人冒険者がいるらしいしな。」
見れば冒険者の中に見たことの無い三人組が混じっていたことに気付いたクロノスだったが、頭にたんこぶを作る元ミニスカ派のダンツ曰く本日付けで新たに冒険者となった者達だという。三人組はミニスカ修道服セーヌを見て「神様!!セーヌは俺の天使だっつてんだろ消すぞ。」「女神女神女神…」「セーヌママさいこー…」などと口々に言っていたが、特に悪意のあるような目に見えなかったし、むしろこれからセーヌを守らんとする決意の眼差しが見えたので、宴を台無しにしてもなんだとクロノスは放っておくことにした。
「あいつらは別にいい。それよりも…」
三人組の中に何員かの冒険者達が声を掛けて何かプレートの様なものを受け取っているのを最後にそこから目を離したクロノスは眼前のテーブルに所狭しと並べられた料理を見た。殆どはいい酒には美味いメシも必須だと先に完治した冒険者が自由市で買ってきたり、厨房を使って食材を調理したものだ。それを見ていたクロノスは厨房の方から叫び声が木霊するのを聞き取りそちらに目をやった。
「うわーん。私も宴会出たいよ~!!」
「口を動かす暇があるなら腕を動かせ。あいつらよく食うからすぐに無くなるぞ。」
酒蔵の鍵を勝手に冒険者達への報酬にした罰として、宴の間冒険者達に提供する料理を厨房に籠りきりで作らされていたナナミとリリファ。本来なら鍵を勝手に貸したヴェラザードに非があるような気もするが、その件は既に倉庫街の激突の際に許している。さらにヴェラザードはまともに料理が作れず普通に彼女にやらせたらテーブルがサラダだらけになりそうだったので、憂さ晴らし代わりにその原因の元となった二人にやらせることにしたのだ。
料理は得意だと自慢げに話していた二人。どんどんと空き皿に新たな料理を作って置いていく手際は見事な物であったが、ナナミは「今時「あいえいち」じゃないとかありえない。火の魔石で似たようなことできそうだから今度クロノスさんに買ってもらおっと。とりあえず火に通すの面倒だからこのままでいいや。」と、肉や魚や卵を適当に切って味付けした後に碌に加熱せず生のまま出すし、リリファは「これは…クンクン。酸っぱい匂いがするが腐った臭いはしないから食べられるだろう。こっちは…あむっ。うん、変な味がするが腐った味はしないから食べられるだろう。」と言って、金さえ払えば何でも手に入るのが自慢のミツユースでも、いや君ドコから見つけてきたの?それ…というくらい劣化した食材を「腐ってなければ食べられる独論」を展開して次々と火にかけていった。こんだけ酷い料理なんぞ出せば冒険者はさぞお怒りだろうと思えば…
「うおっ、これ臭え!!…でもまあ、強い酒にはこれくらいインパクトのあるつまみがちょうどいいかも。」
「ちょっとコレ生じゃない!?私を馬鹿にしてるの!?モグモグ…美味しいじゃない!!」
「僕ら全員明日は腹痛で休業確定ですかね。ま、どうせ明日は休日ですが…」
「だね。これなんかまだ動いているぞ。動くのは新鮮な証拠だからセーフ。」
「とりあえずダメそうな人には片っ端からヒールかけるんで、好きなだけ食べてください。」
「あっはっはっはっは!!美味い!!つーか酒が強すぎて味がわからん!!」
「うわおっさん水で薄めて飲む奴ストレートで行ってるよ…そのまま逝っちまうんじゃね?」
「生肉!!美味い!!アオオオオオン!!」
「おい、ロリコン犬侍が狼になってるぞ!?」
「生魚最高にゃ!!フガアァァオ!!」
「今度はショタコン猫が獅子に!!」
「「ガアアアア!!」」
「おい馬鹿二人がかりでそれはやめ…ぐえええ!!」
「「トルマの足が!?」」
テーブルに並べられたもはや料理と呼ぶには料理とそれを置くテーブルに対する愚弄ではないかと思えるくらいの二人の作った料理みたいな物をどんどんと平らげていく冒険者達。しかし腹痛を訴える者は一人もおらず、むしろ美味いと厨房にも聞こえるくらい大きな声で褒め称えるので、厨房のコック二人はますます調子に乗って創作料理を作り続けていた。その中でセイメーケンコーファミリー改め命健組の団員達は、料理とは言えない料理の数々を次々口へ運んでいく冒険者達を顔をひきつらせて見ていた。
「冒険者のおあ兄さん方…それ食えるんですかい…?俺らへ新人冒険者達への先輩方からの熱い洗礼とかじゃなくて?」
「おう。まぁ冒険者になりたてなら驚くのも無理はないな!!なぁに、お前たちもそのうち慣れる。」
「今日は腹壊すからそっちの普通の奴にしておけ。」
「へ、へぇ…でもこっちもかなり…」
料理の中には冒険者が宴の余興だと自由市場でおふざけで買ってきた得体のしれない食材を使った料理もあった。流石にそれは命に関わるかもとクロノスは冒険者の中にいた自然毒への知識を持つ職業である猟兵の男に頼んで持ち込まれた食材のすべてを鑑定してもらい、毒のありそうな食材を処理してもらった。しかしその処理の方法というのが「食えるように毒を無毒化」と言うもので少々心配だった。実際その料理を食した冒険者は、口から火を吹く。耳から草が生えてくる。全身紫色になる。一人の冒険者が二人に分裂するなど、お前それ本当に無毒化したのかと言いたいレベルの惨状だったが、その者達は何事もないようにゲラゲラと笑い、それを見るレンジャーの男も頭から仰々しい色のキノコを一本生やして爆笑していたので、命に関わる範囲では無いだろう。多分。
「うーん。前よりもカオス。でもまあ、チャルジレンの冒険者よりはマシだろ。うん。」
「何かご注文はございますかクロノス様?」
惨状を酒の肴にほぼブドウジュースのアルコールの欠片もないワインを飲むクロノスに、給仕がひと段落したセーヌが話しかけてきた。
「ああいや。俺はいいよ。君も好きに飲んでくれ。そもそも君が今日の主役なのだから。」
「いえ、私は皆様に昨日の恩返しがしたいのです。」
セーヌの修道服はぴっちりした作りなので体のラインがここまでかというまでに良くわかり、彼女の豊満な胸も例外ではなかった。もしもセーヌがもっとこちらに寄っていたら確実に入団審査だと言って連れ込み宿に引きずり込んだろうなと疼く本能を抑えて、クロノスは理性100%で神紳士対応した。
「それにしてもいいのか?市民街から毎日通うだなんて…結構な距離だぞ?街の巡回馬車の代金を渡しておこうか?」
「問題は無くなったとはいえ幼い子供たちをシスター一人に任せるわけにはいきませんから。毎日の運動も鍛錬と思えば安い物です。」
セーヌは施設でのシスター業も続けるのだそうだ。団員に一部屋ずつ与える猫亭の二階元宿屋の一室もそちらで暮らす自分には不要だからと、クロノスが用意部屋を断って冒険者としての装備と道具を置くための廊下の物置を希望しただけだった。
「猫亭には毎日顔を出しますので、用があればその時にお願いします。」
「とはいうがな。何もないときに来られてもそれは徒労だ。なにかいい案は…ああ!!それなら毎日俺に朝食を作ってくれないか?」
「ふぇっ!?」
「いやな。いつも朝はパンとサラダくらいしか食べるのが無かったんだよ。ナナミとリリファはあの通りだし、ヴェラも料理は無理だし…自分で作るとあいつらも私の分も作れとうるさいんだ。夜はどうせその辺の店で幾らでも食べられるし…食材の金と労働代は出すし朝飯にスープの一杯でも作ってくれるとありがたいんだが…」
クロノスとしては飯が不出来な女性衆にうんざりしていたのでぜひ頼みたいと真摯に言ったつもりだったが、今のクロノスは本能を井戸に埋めて蓋をして漬物石を置いた理性100%紳士クロノスだ。顔は決して悪くないクロノスがまじめな顔で「君のスープを毎朝飲みたいんだ。」などと言えば年頃の女性であるセーヌにはどう捉えられるだろうか…考えるまでもない。
「そそそそそうですね!!では早速明日から来させていただきます!!そうだわ。せっかくだから施設の女の子たちも連れてきて料理を教えましょう!!」
「ああいいよいいよ。子供たちのお駄賃もたーんと払うから頼むわ。」
「子どもたちも喜びます。それじゃあ今日の内に厨房の設備を使ってみませんとそれでは!!」
顔を真っ赤にしながら厨房へと駆けていくセーヌ。駆けるたびに胸の二つのスイカがばるんばるんと揺れるのを見て、クロノスの抑えた本能が井戸から這い出てきそうになったが、理性が蓋の上に乗ってさらに抑えようとしたところで本能が井戸の横に穴を掘って這い出てきた。どうやらクロノスの神紳士は紙だったようだ。
「(やめろ本能おさえろ本能頑張れ理性負けるな理性…!!あれ?理性ってなんだっけ?俺の頭の中には本能しかいなかったような…うんそうだ。きっと理性は俺の中のもう一人の本能だったんだ。いやそうに違いない。理性なんていなかったんや!!…いやまてセーヌは団員だ手を出すわけにはいかないそうなんだ耐えてくれ理性…)」
「うーっす。旦那も楽しんでいるッスか?」
理性がケケケと笑ってどんどん本能になって二人体勢でセーヌを襲ってしまえと誘惑してくる心の中のクロノスを抑えていると、横にダンツが来た。手には自分の杯を持っている。
「さっそく新団員を口説くとは旦那も隅に置けないッスね。旦那にはこのダンツがいるってこと忘れなく。」
「別に君は俺の何というわけでもないだろう。というか君は男なの?女なの?それによって俺は君への今後の対応を考え直さにゃならんのだが?」
「俺が男とか女とかどっちでもいいでやしょう。こーんなプレゼントくれちゃって今更何もないなんて言わせはしないッスよ?」
ダンツが髪を掻き上げて見せつけたのは耳に着けた猫のマークが刻まれたイヤリングだった。ダンツは先のティルダンとの戦いの際にクロノスからなんでも買ってやると言われており、次の日に要求したのがこれだった。絵の上手い冒険者に描かせたデザイン図をアクセサリーショップへと持っていきオーダーメイドで作らせたのだと、倉庫街で戦っていて手が離せなかった故に銀貨の詰まった袋だけ渡したクロノスは後で聞かされた。
「約束とはいえ君が買わせたものだ。しかしこの猫のマーク…見れば見るほどに憎たらしい。猫亭にクランの方針はないが俺個人には猫の手より役に立つ冒険者になるっていう目標があるんだけどな。ちょうどこんな感じの猫にぎゃふんと言わせたくなるような…」
クロノスは猫のマークをまじまじと見た。猫は黒猫でそれはもう憎たらしい表情で目まで描かれており、小さなマークによくぞここまで書き込めるなとアクセサリーショップの店員の腕前を心の中で褒めた。
「何かトラブったらこいつを見せて旦那とお友達だって教えてやるッス。」
「トラブルを自分から起こす気満々の癖に。はぁ、ある意味で宝石や魔道具なんかよりもずうっと高くついてしまったな…そんなに俺に入れ込んでくれるのなら猫亭に入ってくれよ。」
「それは嫌ッス。俺だって六人パーティーのリーダーだし、だいいち俺はリリファちゃんと同じ盗賊だし。なによりも旦那のおもちゃにされるのはちょっと…こういうのはすぐ近くでゲラゲラと笑って見てるのが最高ッス。まぁ猫亭が解散になったらミツユースの冒険者の間で流行っているアクセサリーだと言い張るのでご心配なく。」
「流行ってるも何もオーダーメイドだから持っているのは君だけだろう…いや待て。」
クロノスが回りで騒ぐ冒険者達をよく観察すとあることに気付いた。隣の大男の冒険者と酒飲み勝負をしていたバレルはテーブルに立てかけた武器の大槌のグリップに。酔いが回って同じ卓の冒険者に突っかかって出土品を持ち帰るまでの対応について講釈を垂れ流すオルファンは左腕に着けたブレスレットに。ちびちびと果実酒を静かに味わって嗜むジェニファーとその横でつまみの甘い菓子を口いっぱいに頬張るチェルシーは上着のポケットのボタンに。その他の冒険者も同じようにそれぞれがダンツと同じ猫のマークをアクセサリーや武器の部品に様々な形で身に着けていたからだ。周りを見渡して次々と猫のマークを見つけたクロノスはその数が十を超えた時点で探すのを止めて最後にダンツの方を見つめる。
「ダ~ン~ツく~ん?なんか君と俺との友情の証があちらこちらに見えるんだけど?」
「店の姉ちゃんにナイスデザインだからこれでいろいろ作って販売させてくれって頼まれたんで了解したッス。事のあらましをアホどもにゲロったらみんなお買い上げだ。ナナミちゃんとリリファちゃんにもあげたッスよ。ほら…」
ダンツが指を刺したほうにあったのは料理の邪魔だからと二人がテーブルに置いていた短杖とナイフのホルダーだった。前は中古品だった故使い古されてボロボロだったそれは真新しい物に代わっており、それぞれ見えやすい位置に同じ猫のマークが刻まれていた。
「お二人にも大好評だったッスよ?クランの団員を示すものが欲しかったって。猫亭は衣装に統一性とかないッスからね。」
「俺にはないの?」
「旦那は金持ちなんで自分で買ってくれッス。だいたい旦那は毎回武器を壊すみたいだからつけるとこないッスよ。ああ。さっきセーヌ嬢の分も作ってもらったんで後で旦那から渡しておいてくれッス。金は頂いた銀貨から使わせてもらったんで。」
ダンツがそう言ってポケットから丸い箱を取り出してクロノスに渡した。クロノスが給料〇ヶ月分の指輪が入ってそうな豪華な作りの箱を開けてみればそこに鎮座していたのは黄色い魔石が埋め込まれた指輪だった。猫のエンブレムはどこにあるのかとクロノスが魔石の表面をよく見ればそこに半透明の黒猫がいた。
「S級が街に住み着いたと聞いた時はこの街がどんな煉獄に変わるのか戦々恐々でやしたが、旦那が面白い人だとわかってなにより…あり?酒が無くなったんで失礼ッス。」
ダンツはクロノスに一礼して新たな酒を求めて去って行った。それを見てクロノスは預けた銀貨の残りも渡せと言おうとしたがすぐに止めた。大抵の冒険者は生活費以外の宵越しの金は持たないからだ。例え預けた金であってもだ。多分もう残ってないとクロノスは諦めて空になった自分の杯に再びぶどうジュースを注いだ。
「まったくこれだけのバカ騒ぎ、むしろ一周回って安心感を覚えますね。」
隣の席でぼやいたのは、酔っぱらって品の無い冒険者に絡まれては面倒だと気配を消して一人高級な酒を楽しんでいたヴェラザードだった。彼女はいつの間にかテーブルに大量の空の酒瓶を増やしており、華奢な体のどこにそんなに入るのかと考えるクロノスだったが、今更それがなんだとすぐにその考えを水に流した。
「冒険者だけでなく君にまでこれだけ飲まれたら、今度は酒蔵まで空になりそうだ。」
「私も冒険者達も消毒用と気付用の分は残す慈悲はあるので大丈夫です。どうせまたあちこちから送られてくるから良いではないですか。それと話は変わりますがセーヌさんの入団。このままではギルドに意見の機会を与えてしまいますよ?治癒士(仮)では正式な治癒士とは言えないのだと言われたらあなたは反論できますか?」
セーヌが出した話題はセーヌの現在のクラス。彼女の冒険者ライセンスに刻まれた治癒士(仮)の物だった。クロノスはセーヌから既に聞いていたが彼女は治癒士として不完全な存在であるそうだ。今後も施設で働きたいので治癒士として活動したいし元の四つの職業に戻る気もないとも言っていた。クロノスだって治癒士が欲しいのでそれは望むところだし、ギルドに言いがかりの機会を与える(仮)はどうにかしたいと思っていた。
「それに関しては一つアテがある。ヴェラよ。冒険者の職業である治癒士、その取得条件を述べよ。」
「私をからかっているのですか?これでもギルドの支店の受付嬢をしていたこともあるのです。冒険者への知識に不備があるはずが無いでしょう。治癒士のクラス取得条件は「ヒール」、「アンチポイズン」、その他の神聖術。最低でもこの三つが使えることです。」
「正確には?」
「…正確には、前者二つはヒールに相当する回復術神聖魔術とアンチポイズンに相当する解毒神聖魔術で代用可能です。さらに言えば聖属性にこだわる必要はございません。」
ヴェラザードがやれやれと答えるとクロノスは満足気に頷いた。
「そうだ。あんまり知られていないことだがマイナーながら聖属性以外にも神聖魔術はある。そして神聖教会が神官以外に決して教えぬ秘匿の神聖魔術の数々はあくまで聖属性のみ…もちろんセーヌの得意とする雷属性にもある。これを見てくれ。」
クロノスがテーブルの上に上げたのは古ぼけた一冊の分厚い魔術書だった。ヴェラザードが表紙に目をやればそこには古代魔術語で「雷属性魔術大全」と書かれていた。
「これは…かなり古い物ですね。これだけの代物かなり貴重な品かと推測します。」
「自由市で食材の買い出しをしに行った冒険者共についでに探させた。流石は金さえ払えば何でも手に入る流通都市だな。銀貨二百枚は少しばかりいい出費になったが…ま、必要経費というやつだ。」
「神聖魔術…あ、ありました。「ライジングヒール」…「ショックリカバリー」…なるほど。確かにこれなら代用可能ですね。」
「セーヌは既にヒールだけなら使えると聞く。ならばこれらを治癒士の条件の前者二つに含めるならヒールは三つ目に当て嵌められるだろう。ヒールは習得に時間がかなりかかったそうだが、彼女の雷属性の適性は俺が見た限りでもはっきり言って異常だ。ここまでの属性適性を見たのは俺も初めてだ。これならライジングヒールとショックリカバーなんてごくごく初級の魔術…まぁ三日もあればあっさり習得できるんじゃね?」
「本人が聞いたらショックを受けそうですね。」
ヴェラザードは魔術書をぺらぺらと捲りながらセーヌがこのことを聞かされる未来を想像してくすりと笑う。
「しかしクロノスさんが神聖魔術が他属性にも存在することを知っていたのは意外でした。ギルドも治癒士の利用をしてもらいたいのであまり公にはしていないことなんですけどね。」
「前に旅をしていた時偶々会った「暗黒令嬢」が使っていたんだ。あいつが使ったのは「ダークネスヒール」とか「ゾンビリフレッシュ」とか本当にそれ神聖魔術かと疑いたくなるようなレパートリーの宝庫だったぞ?」
「クロノスさんの知己はまぁどうでもいいとして…これならばギルドも納得せざるを得ないでしょう。というか私が納得させますのでご安心を。セーヌさんがこれらを習得できればライセンスの(仮)も消えて晴れて正式な治癒士の仲間入りでしょう。」
「ありがとうよ。それじゃあ俺らも一人の冒険者の新たな旅立ちを祝おうじゃないか。」
クロノスは相変わらずほぼぶどうジュースの酒を自らの杯に注ぐ。そしてそれを持ち上げてヴェラザードに向けた。ヴェラザードも今の中身を飲み干してさらに強い酒を注いでからそれをクロノスの杯に小さく当てた。
「…くぅ~。キンキンに冷えているな。しかもこれだけの酒精思わず酔っぱらってしまいそうだ。」
「殆どぶどうジュースの癖に何を言っているんですか…」
新たな杯の中身をごくりごくりと一気に飲み干したクロノスは、いい酒にはいい女と美味いつまみだとヴェラザードを見つめながら手元の適当なつまみを手に取って食べた。
「…うわ、これナナミのじゃん。あいつせめて火を通せよ。味付けは完璧なのに…ま、とにかくだ。これで我が猫亭の団員は四人。ギルドとの約束である五人の団員探しも俺をカウントするなら後残すは戦士のみ。くく、最初は無茶苦茶横暴かと思ったが、なんだ。やってみれば楽勝じゃないか?期日までまだ一か月以上残ってる。これなら勝ったなガハハ!!」
「…ガルンド様と言いどうして私の周りには明らかな前ふりをしてくる人ばかりなのでしょう。」
ため息をついたヴェラザードは自分も美味い酒にはいい男と美味いつまみだとクロノスに目をやってからリリファ作の料理を口にする。クロノスは自分の考えるいい男とは程遠いが顔のつくりは決して悪くなく周りにいた冒険者と比べれば比較的マシな方だ。そして冒険者でなければ即倒れてしてしまうようなリリファの料理を口にしてもヴェラザードは何事もなさそうだった。
「それでもまだ時間はたっぷりとありますから、あなたの満足するまでどうぞご自由に。その辺の戦士をスカウトしようとお望みのビキニアーマー美女を見つけ出そうとも、私は何も文句は言いませんので。」
「当たり前だ。理想は高く…お、セーヌが戻ってきた。ちょっとコレ渡してくるわ。」
厨房から顔を出したセーヌの姿を見つけたクロノスは、ダンツからもらった指輪を渡すために席を立った。そして紳士モードを再発動して君にプレゼントがあるんだとと指輪を渡した際にまた勘違いをしたセーヌに照れられてしまいそれを目撃した冒険者達に俺の天使を穢すんじゃねぇと袋叩きにあうのだった。
猫の手も借り亭団員数――――4人。
セーヌ編終わり。




