第44話 ノンギャランティ・クエスト(こっちの後片付けもしてもらいましょう)
冒険者達が倉庫街の後方付けをワイワイガヤガヤと行っていたのと同じ頃…ミツユースのどこかにある裏通りの一つをいそいそと走り抜ける男が一人。セイメーケンコーファミリー若頭ポルダムだった。
彼はティルダンの敗北後、自分の組での立場にすぐに見切りをつけて逃走した。ポルダムにつく手下は既に一人もいない。今更組に戻ったところで居場所はないだろう。なにより、組長と相談役をティルダンが殺しているのでそれを知られればティルダンを連れてきた自分が責任を取らねばなるまい。今までは組長が高齢であったと言うこともあり二人の不在は病気の療養とその付添いであると騙しとおせたし、次代の組長として多少のわがままも奮えた。しかしあのティルダンの本性を組の者達に見られた今、既に組長と相談役が死んでいることにはバカでも気づいただろう。いつまでもあの場にいたらすぐに御用となるのは目に見えている。
「ティルダンの奴やっぱり使えねぇ…!!くそっ、どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって…そもそもこの街が悪いんだ!!こんなチンケな街でちまちま金貸しやるほどの小さな器じゃないんだよ俺は!!」
あくまで自分は悪くないのだと自己中心的な考えで喚きながら走るポルダム。しかしミツユースは大陸でも屈指の規模の街であり、ここがダメならポルダムのような小物を受け入れてくれる街などどこにもないだろう。ただ単にポルダムがわがまますぎるだけである。
「とにかくミツユースなんて未練はねえ!!俺は新しい街で、俺一人の力で成り上がってやるぜ!!長い長いプロローグを終えてこのポルダム様の覇道は今始まるんだよ!!アッハッハッハ!!」
ポルダムはミツユースなんてクソだと笑う。追われる身であるはずのポルダムが得意げになっていたのは、彼が手に持つ隷属の首輪のためであった。ティルダンとクロノスの対峙の際戦いに巻き込まれまいと避難したポルダムは、その途中で偶然瓦礫に埋まるこれを発見した。そして昼間にこれを仲介屋と名乗る商人から買った際、あることを言われていたことを思い出したのである。
「この隷属の首輪は危険な性質から各国が取り扱いを禁止しているとても希少な古代の魔道具だ。万が一にも作戦が失敗してミツユースを追われるようなことがあれば、これを必ず持って戻ってこい。そうすればミツユースを脱出する手助けをしてやる…か。あの時は失敗なんかするわきゃねぇと鼻で笑っていたが…今になってみればあの言葉が福音にも聞こえてくるぜ…とにかく、組や冒険者。それに俺を事件の犯人だと目星を付けた警備兵に捕まる前に仲介屋に会えば俺の勝ちだ…早く会わねえと…!!」
お気に入りのスーツを汗まみれにしながらポルダムは走り続ける。街の中とはいえ今は真夜中。通りを歩く人間など酔っ払いか巡回中の警備兵。それと不良と悪党くらいのものだ。幸いポルダムは裏道を駆使したと言うこともあって誰にも見つかることなく仲介屋の男が待つと言っていた落合場所までたどり着くことができた。
「ハァ…ハァ…着いた。アイツが言っていたのは確かにここだったはず…どこにいるんだ?お、あいつか…?」
待ち合わせの場所は裏道の中でも滅多に誰も来ないことで有名な場所だった。そのためかこの時間でも悪党や浮浪者の類すらおらず、そこに一人佇んでいる人間が仲介屋であると暗がりの中でも気付くことができた。男の姿を見て、ポルダムは逃げ切れたと一安心する。実際は冒険者も構成員もポルダムを小物扱いしており、女神の契約書を使用したシスターとの契約もクロノスがメチャクチャにしたのでどこに行ったのかもはや興味が無かったし、彼らから事件の犯人であるポルダムの名を聞いた警備兵達もそのあまりの小物でバカと言ういい加減な報告を信じて、捜索は明日にしようと追っ手を出したりはしていなかったのだが。
「いた…!!俺の勝ちだ!!おおい!!俺だ、隷属の首輪を持ってきたぞ!!これで約束通り逃がしてくれるんだよな!?…聞いているのかおい…!!」
こちらに背中を向けて壁を見る男にポルダムは大声で呼びかけたが、反応はなかった。聞こえなかったのかと追われる苛立ちから男を小突いた。その瞬間、男の首がポロリと地面に落ちた。
「…ひッ!!うわぁ…!!な、なんで…うぎゃあ!!」
突然の事態に驚き混乱するポルダム。しかし今こうして仲介屋の男の首が胴体から離れ、地面をコロコロと転がる事実が変わるわけでもなく、追撃とばかりに首を失った男の体がこちらに倒れてきた。それを咄嗟に抱きかかえたポルダムだったが、首の切断面から血がドロドロと流れてきたのを見て思わず突き飛ばした。男の死体は壁にぶつかりそのままズルズルと倒れ込んだ。
「死んで…る…?ハハ、嘘だよな…!!おまえっ、俺を脅かそうなんてっ!!俺をっ!!俺を誰だと思ってるんだ?あのミツユースの発展の功労者セイメル・ケンコールの子孫のポルダム・ケンコール様だぞ!!起きろコラ!!金貸しセイメーケンコーファミリーの若頭で!!時期組長の俺様を…ビビらせてるんじゃねえ!!」
混乱と追っ手に捕まるかもしれないと言う恐怖からやけっぱちになって男の死体を蹴りつけるポルダム。ポルダムは自分の身分を誇張して叫びたてるが、その身分はたったさっき自分で捨ててしまった物だ。仮に仲介屋がまだ生きていたとして既にただのポルダムとなった男を相手にはしないだろう。そもそも仲介屋の男はすでに死体…死人に口なしとは言うが、生憎死人は生者の声を聞く耳も持ち合わせてはいないのだ。
ポルダムが男の死体を蹴り続けズボンの裾も靴も仲介屋の死体の血でまみれてしまったところで、彼の動きがピタリと止まる。なぜなら、暗闇に包まれた奥の通路から人間の足音が聞こえてきたからだった。騒ぎを聞きつけた警備兵かとポルダムは思い、正真正銘最後の味方である腰の剣を抜剣した。
「くそが…警備兵だったら不意打ちに一発切って逃げてやる…俺の覇道はまだまだ始まったばかりなんだ…!!」
額に汗を流して足音の主を待ち構えるポルダム。やがて月明かりに照らされた場所にその人物が現れた。が、そこにいたのはポルダムの推測した警備兵の追っ手ではなく、一人の青髪の少女だった。身長からすればおよそ13,4歳といったところだろうか。予期せぬ人物の到来にポルダムは気を抜いて剣を腰の鞘に戻した。そして青髪の少女はポルダムの姿を見つけてこちらに歩いてきた。
「あー来た来た。やっと一人釣れたよー。」
少女はポルダムを見て意味の分からない言葉を呟いていた。さらに少女はスーツ姿で、女性物の、それもあれだけ小さい少女に合うスーツがはたしてあるのかと混乱の余りそこだけ冷静に観察したポルダムだった。
「なんでこんなガキが夜遅くに…おい嬢ちゃん。夜中の一人歩きは危ないぜ。へへ…」
ポルダムは安心したことで心に余裕ができたのだろう。目の前の少女を少しからかってやろうとニヤニヤして近づいていく。そして少女の目前まで来た時にあることに気付く。
「(ん?今コイツ一人釣れったって…それになんで死体にビビッてねえんだ?…まさか!!)」
ポルダムが少女の正体に気付き再び剣を取ろうとしたところで、足元に何かが突き刺さる。それはポルダムが確認する前に突然爆発してしまった。衝撃で壁に叩きつけられてうつ伏せに倒れ込むポルダムの背中に、足が置かれた。それに気づいたポルダムは起き上がろうと試みるが自分を踏みつける足がとても重く、動くことができなかった。しかたないとポルダムは首を回して自分を踏みつけた正体を探る。そこにいたのは自分の背中に足を置いたスーツ姿の銀髪の男だった。
「ジムくんうるさいよ!!夜中なんだから近所迷惑考えて!!」
「アトライアの姉さん。きちんと音喰いの結界を張っておきましたのでご心配なく。それよりも…こいつの仲間ってのは、俺が踏んでいる男でいいんですか?」
銀髪のジムと呼ばれた男はアトライアと呼んだ青髪の少女に問いかけた。ポルダムは首が回らずジムの方はそこまで良くは見えなかったが、こいつと言うのが自分の前で首を失って倒れる仲介屋の男だということには気づいた。
「ミツユースで目を盗んでコソコソそこそこ稼いでいた人買いの男…やっと見つけて粛清できた。そしてこいつを餌に何か釣れないかなー思っていたら…ほら釣れた。僕の言ったとおりでしょ?」
「元はといえばアトライアの姉さんが横の繋がり聞く前にノリで嬲って殺しちゃったんじゃないですか。一般人は冒険者程丈夫じゃないんだって何度も言っているでしょうに…」
「あははー。ゴメンゴメン♪でも餌にして一匹釣れたんだからいいじゃない。結果オーライだよ。」
「ハァー。未だに監視員の感覚ってのは馴れないな。頭が痛くなる。どうしてこう、すぐ殺すーとか単調なんでしょうかね?単調ってなら冒険者もいい勝負ですが、あっちは割と生け捕り上手いですぜ?」
「こんなんで苦労していたら監視員の仕事は務まらないよー。冒険者の暮らしが懐かしいんならいつでも辞めてくれていいからー。」
「俺はファーレンさんの恩義に報いると決めたのさ。それに今はリリファちゃんも堅気でよろしくやっている。終止符打ちのところに預けるのはとても気が引けるが…それでも彼女のため俺は一人泥をかぶって夜のミツユースの街を守るのさ。」
「ジム君ってばポエマー。監視員も続けられなくなったら吟遊詩人もワンチャンなれるんじゃない?僕が保証するよー。」
二人の会話を聞いていたポルダムは体中から嫌な汗が湧き上がってきた。それはジムという男が言った二人が何者かを示す言葉…
「か、監視員…!!ミツユースの粛清者…や、やべぇ。一番ヤバい奴らが出てきた。」
ポルダムは自分の全身が震えるのを感じた。こいつらに捕まるなら今から倉庫街に全力で戻って冒険者達に自首したほうが遙かにマシだと。それくらい目の前の二人は危ない人間なのだ。とにかく、このまま彼らが自分を仲介屋の男の仲間だと誤解したままなのは危険だ。知るはずもない人身売買の横のルートを死ぬまで拷問によって吐かされてしまう。彼らの誤解を解かねば…
「お、おい。アンタら勘違いしてるぜ?俺は違うんだ。こいつらの仲間じゃねえ!!そう、客。客なんだ。ミツユースの裏通りで新規の店があるって聞いたから冷やかしに来ただけなんだよ…」
ポルダムは落ち着きながら口八丁で自分は様子を見に来た新規の客だと言い張った。実際は挨拶代わりにティルダンを買ったし、何度も浮浪者を捕えて引き渡して謝礼をもらっているので、人身売買の片棒を担いでいるともいえなくはないのだが。それでも自分が少しでもそのそぶりを見せたらアウトだ。ポルダムは一世一代の名演技をして監視員の二人に自分が何者かを必死に説明した。
ポルダムの名演技が伝わったのだろうか。彼の背中を踏んづけて抑えるジムが、背中から足をどけて気まずそうにアトライアの方を見る。その顔はハズレじゃないかと言いたげなものでよろよろと立ち上がってそれを目にしたポルダムは、イケると確信して演技を続けた。
「なのに…なんでこいつ死んでいるんだ?アンタらがやったのか?…そうか、アンタら監視員だな。裏通りで商売とは薄々怪しいと思っていたが、やっぱり良く無い物を売っていたんだな。もちろんアンタラが正しいことは知ってるよ。俺も裏の事情に通じた人間だ。今日の事は誰にも言わないでおくよ。それじゃあ…」
ジムの方が気まずそうにしていたので、ポルダムは調子を取り戻して何とか逃げようと足を一歩後ろに引いた。このまま逃げれば二人は「監視員の仕事の現場をうっかり目撃して逃げ出した男A。裏事情にも明るいらしく何もしなくても立場をわきまえて黙っているだろう。観察の必要なし」と書類に記載してくれるだろう。ポルダムが振り返って来た道を駆け出そうと足を踏み出そうとしたところで、アトライアがポルダムの足を踏んだ。そして背伸びをしてポルダムの顔からサングラスを奪い取って彼の顔を確認した。
「こいつ…思い出したよー。こいつセイメーケンコーファミリーの若頭だ。ほらあの金貸しのー。」
アトライアはポルダムの正体に気付き彼の身分を口に出す。なぜ自分の事を知っているのかと一瞬焦るポルダムだったが、まだまだ巻き返すチャンスがあると、それを認めた。
「そうだ。いや、そうです。金貸しセイメーケンコーファミリーの若頭やっているポルダム・ケンコールです。その死体の男はここらで悪さしていると耳にしたもんで様子を見に来てたんですよ。しかし監視員も気付いていたようだ。いや俺が出るまでも無かったですね。それじゃあ…」
「おいまて。」
今度こそ逃げようとアトライアを足からどけて駆け出そうとしたポルダムだったが、今度はジムに肩を掴まれた。何をするんだとジムを睨み付けようとしたが逆にジムに睨み付けられて抵抗できなくなってしまった。
「その組なら俺も知ってる。あの堅気相手の…そういや組長と相談役がミツユースを出てるって聞いたけど、奴らがミツユースを出たという記録はどこにもなかったぜ。…どこに行ったんだろうなぁ?」
「え…いや、あの…スイマセン。ちょっと俺には…」
ポルダムはジムに睨み付けられてすっかり委縮してしまった。だが口を割るわけにはいかない。もし二人が死んだことがばれたら間違いなく自分にも責が及ぶ。相手はミツユースの街の監視員だ。生半可な応対で済むことは望めない。とにかく騙しとおすしかない。
「し、知らねえ…オジキと相談役がどこで療養しているかなんて、俺には聞かされてねぇ…!!そうだ!!知りたきゃウチの最古参のクラフトスならきっと…グッ!?」
ポルダムが必死にまくしたてると、腹に激痛を感じた。何かと自分の腹部に目をやればそこにあったのは腹に拳を喰いこませるジムの手があった。
「な、なにを…!!」
「怪しい。お前、怪しい匂いがプンプンするんだよ。暗黒通りに持って帰っていろいろ聞くか。この男の関係。組長と相談役の行方。その他諸々じっくり腹を割って話し合おうぜ。」
「ごめんねー。ジム君がやると手加減できないから僕がやったげるよー。死にたくなったら全部喋っていーからね♪」
冗談じゃない。監視員は尋問のプロだ。奴らの本拠地に連れていかれたら騙しとおすことなんてとてもできない。最後の足掻きと一生懸命に手足を必死に動かすが、腹へのダメージかポルダムは全く動けないでいた。
「や、やめて…助けて…」
「心配しなくても何もなければ謝って返してやるよ。…本当に何もなければな。」
「暗黒街の我らの本拠地へ一名様ごしょーたーい!!」
「俺は…せいめ…の…後継ぎ…」
痛みで動けなくなったポルダムを小麦袋のように担ぎ上げたジムと、それをニコニコと眺めたアトライアは来た道を戻っていく。仲介屋の死体はそのままだが、死体処理担当の監視員仲間が片付けてくれるだろう。飛び散った血を掃除しなくてはいけないので後でお小言を貰うかも知れないが彼らもそれが仕事だ。給料の分は尽くしてもらわなくてはならない。そう思いながらポルダムへの「インタビュー」の仕方を楽しそうに考えるアトライアだった。
かくしてミツユースの裏の正義の使者監視員に捕まり、ポルダムの覇道は終わりを告げるのだった。