第43話 ノンギャランティ・クエスト(後片付けを始めましょう)
「早よ降ろせッス!!…いや何パンツまで降ろそうとしてんだよバカども!!」
「ダンツは男だろう!!このブリーフが何よりの証だ!!」
「いやいや…もしかしたら女ってこともワンチャンだろ!?とにかく脱がしてみりゃわかるって。」
「それもそうだな!!そーれ、おーえすおーえす…!!」
「だから俺が男か女かなんてどっちでもいいだろーが!!というか仮に俺が女だったとして人前でパンツ脱がせようとするのはどうッスか!?俺に心から一生消えない傷を負わせる気か!?」
「あいつらまだやってたのか…」
宝剣を手に宙へ浮くダンツの元へクロノスはたどり着いた。ダンツはと言えば空の彼方へ飛ばないように冒険者達に足を掴まれ、そして最後の砦とばかりにパンツを死守していた。 ダンツが男だ女だ二分に分かれて言い争っていた冒険者達だったが、パンツを脱がして確認しようと言うところのみなぜか意見が一致しており、その禁断の扉に手を掛けようと体を伸ばす。クロノスとしてはダンツの性別などどうでも良かったが未来ある若い冒険者がこんなくだらないことで腐ってしまうのはさすがにかわいそうと思い、助け出すことにした。
「はいはいごめんよー。おりゃよっと。」
「ああもう限界…おかあちゃん、ふがいない俺を許してくれッス…ふぎゃ!!」
「「「ぐえー!!」」」
クロノスはダンツの足を掴む冒険者の中にいた大柄な男の肩に宝剣イワオトコを担いだまま飛び乗った。その重みで男はバランスを崩して倒れ込むが、クロノスはその前に肩から更にジャンプしてダンツの手からフェニックスバードを奪い返して、華麗に地面へ着地した。そして浮力の原因を失ったことでダンツは冒険者達を巻き添えにして地に落ちた。そこからダンツは急いで起き上がって下敷きになった冒険者達を踏みつけながら自分のズボンを見つけて、いそいそと履く。そして安心したところでクロノスの姿を見つけて恨み混じりにまじまじと見た。
「クロノスの旦那ぁ…こうなったのも全部旦那のせいッス。お恨み申し上げてやるッス。」
「悪かったよ。だが宝剣を守り通してくれたことは評価しよう。今度何か買ってやる。」
「…ホントッスか?なら俺が考えうる最も高い物買わせてやるッスから、覚悟してろッス。」
「どんなものを買わせる気か楽しみだ。S級冒険者の財力を舐めるなよ?…それよりもあの爆乳シスター…ではなく、輝かしい我が猫亭の治癒士候補の女性はどこに行った。」
「ああ、それなら怪我人の治療に駆けずり回って…お、来たみたいッス。」
ダンツがクロノスの背中の先に視線を向けたのでクロノスも振り返ってそれに倣えば、そこには元構成員の男にヒールを掛けながら彼を補助してこちらに歩いてくるセーヌがいた。回復を受けた男は「天使様…」などと譫言を言って顔を真っ赤に腫れ上がらせていた。
「重傷者は他に居りませんか?ならば次は軽傷者の治療を…あ。」
こちらに来たセーヌはクロノスに気付いたようで会釈をする。クロノスとダンツはそれに手を振って返した。それからセーヌは周りを見渡して、そこにティルダンがいないことに気付いたようだ。
「倒したのですか…あのティルダンをお一人で?」
「うん楽勝。ほらね。」
あっさりと答えたクロノスが向こうにあった元ティルダンの石の山を指さす。そして唖然とするセーヌを見て、クロノスは優しく微笑んだ。…つもりだったが、あいにくとそのような営業スマイルはヴェラザードのように上手くはないので口元が若干ひきつっており、それを隣で見ていたダンツにドン引きされた。
「旦那…人には得意不得意がありやすから、どうぞ気を落とさないでッス。」
「おいやめろ。そんな憐み欲しくはない。もしも君が女だと言うのならご褒美にも感じなくはないが…まあそんなことは後でいい。えっと…セーヌ、だったな?君を取り巻く問題と言うものはたったさっき打ち砕いてやったぜ。物理的にな。これでもう大丈夫だから猫亭に…」
「あ、あの…実は…」
「え、なに?まだ何かあるの?」
クロノスがセーヌに続きを促そうとすると、奥の方からワイワイと幾つもの声が聞こえてきた。騒がしいなと思いながらもそちらに目をやればそこにいたのは誰かを助けに行ったナナミとリリファ。そして二人から肩を借りて歩く隻腕の男とオルファンと呼ばれた治癒士の冒険者だった。隻腕の男は体中に血の跡があり、かなりの大けがを負っていたようだ。どうやら助けるべきとは彼の事だったらしい。
「御嬢さん方。ちったぁ手加減してくだせぇ。老体に鞭打つのは勘弁だぜ。イテテ…」
「ほらほら、我慢して。あんなところにいたらよくないよ。」
「窮地は脱したがその怪我だ。きちんとしたところで見てもらえ。その前に…」
ナナミとリリファはクロノスの姿を見つけてこちらに歩いてきた。そして隻腕の男をクロノスの前に置くと、それぞれがクロノスの横に立つ。「この人は…」と隻腕の男が呟きクロノスと目を合わせた途端に真面目な顔立ちになり、怪我を負った体もお構いなしに座りこんで筋者の挨拶の構えをした。
「これはお初にお目にかかりやす。手前の名前はクラフトス。ミツユースの金貸しセイメーケンコーファミリーの…ただ最古参と言うだけで役職も無い、ただのチンケな構成員の一人でやす。この怪我だ。多少の無礼はお許しくだせぇ。アンタはこの冒険者さん達を束ねる立場とお見受けしやす。しかもかなりの使い手…このたびはご迷惑をおかけしやした。よければお名前をお教えいただいても?」
「クロノスだ。冒険者クラン猫の手も借り亭のクランリーダーをしている。」
「猫の手…?はて、ここらじゃ聞かねえ名だが、「くらん」ってこたぁ、この冒険者さん方は皆アンタの手下ってことかい。」
「いや、違うけど。俺のとこの団員はこのちっこいのとおっきいのの二人だけだ。」
クロノスは自分の横に控えたナナミとリリファに指をさす。
「はぁ…?ではこの方たちは…セーヌのお嬢さんが助っ人をご依頼なすったので?」
「私は何も…」
「あん?何か齟齬がないか?というか俺はナナミとリリファ以外の冒険者共がなんでいるのかまだ聞いていないんだけど。」
どうやらこの場の全ての人間にいくらかの疑問と誤解があったようだ。れだけの騒ぎだ。どうせこの後警備兵が駆けつけるだろう。現場検証と証言をしなければならないからそれまで暇だと、冒険者と元構成員達はお互いの情報を共有した。
「はぁ…働く施設の借金とクエスト恐怖症ねぇ。リリファちゃん俺聞いてないんだけど?」
「私は言ったハズだぞ。あの男たちがセーヌを仲間に加えるための問題の「一つ」であるとな。お前が勝手に勘違いしただけだ。」
「そういうのちょっと卑怯じゃね?それとヴェラ。君を信頼して預けたつもりの鍵をどうして早速バカどもを雇う報酬に使ってくれちゃってるの?」
「おや、おかしいですね?私はクロノスさんをお見送りする際、はっきりとあなたから聞かされました。「ナナミとリリファをサポートせよ。君のできる範囲でな。」と。つまりクロノスさんから私に預けられたすべての権限は、お二人の治癒士探しに使っても良い。そう解釈した結果でございます。冒険者達がいなければこの争いを制すことはできなかったでしょう。何か間違いでも?」
「…間違いございません。だいいち君と口で争っても勝てる気がしない。」
「ご理解いただけたようで僥倖でございます。」
「え?偶然?僥倖って偶然の幸運って意味だよね?俺が非を認めたの偶然だったってこと?」
「そうですが何か?」
「…いえ、何でもありません。」
それは過ぎた事だからもういいのだと、クロノスはヴェラザードの強権を許した。実際は寄せ集めた冒険者などほとんど役に立たず、作戦の伝達ミスで倉庫を壊して構成員達を生き埋めにしてダメージを与えた功績を考慮しても、結果的に怒れるセーヌが構成員をほとんど倒し彼らはその後に現れたティルダンのサンドバックになったくらいしか活躍しなかったのだが、ヴェラザードはその場にいなかったので冒険者達が大活躍だったと思っていた。…多分。
「冒険者のことはもう解決した。次にセーヌだが、とりあえず俺的にはクエスト恐怖所に関しては別にどうでもいいんだけど。どうせ猫亭にクエストの消化義務はないからな。芽が生えたばっかりのちっちゃいクランだけど運営は収入のアテがあるまで俺の自腹だからクエストを受ける受けないは関係ない。」
「それは説明した。だがそれは働きに応じて報酬を払う…歩合制というやつだろう。セーヌはシスターの借金返済を手伝いたいみたいなんだ。クエストが受けれなくては稼ぎが作れまい。」
「冒険者の稼ぎってのはクエスト以外にもいろいろあるぞ?ダンジョンのお宝を換金してもいいし、モンスターの討伐をして討伐報酬を得たっていい。街中で稼ぐのはクエストがメインになるだろうけどそれでもセーヌが現役冒険者。しかもB級と言うならどれでも選択できる。幸い誰かの支えがあればクエストをできると言うし、それならなおさらどこかのクランに所属して援助を受けるべきだろう。」
クロノスがちらりとセーヌを見れば困っているようにも見える。
「私は施設で子供たちの面倒も見たいのです…ですのでクランの呼び出しなどで街の外に何日も出ると言うのは少し…」
セーヌとしては自分の都合に合わない可能性のあるクランの指令が無理なようだ。猫亭はクランの方針がない。そのためクロノスは団員に好き勝手な命令を下す気もないが、やはり彼女にはいつでも動かせる都合のいい女でいてもらいたい。卑猥な意味は一切ない。…本当だ。
「つまり借金がどうにか無くなればいいんだな?よし、クラフトスとかいう爺さん。施設の借金はポルダムが勝手に作らせたものなんだろ?なら…」
クロノスは元構成員の代表として話し合いに参加していたクラフトスに、施設の借金は正当な物でないのなら無効だと提案した。
セイメーケンコーファミリーの若頭ポルダムはティルダンが敗れ去った時点でいつのまにかどこかに逃げ出していなくなっていた。仕方ないので組を抜けると言った者達で組を立て直すらしい。つまりポルダム一人を追い出した形にするのだそうだ。組を抜けると言ったがそれはポルダムが組を仕切っていたからの話で、奴が逃げた今セイメーケンコーファミリーは代表不在の状態だ。本来の代表である組長とその補佐役に関してはティルダンの真の人格を見てしまったことで、おそらくもう死んでいると見切りをつけたらしい。ならばと最古参のクラフトスを代表にと構成員達の間で白羽の矢が立った。そしてクラフトスは一時預かりと言うことで仮の代表になっていた。
「それで?クラフトスのおっさんはどうなの?その借金とやら。」
「こんだけ迷惑かけて悪いんだが、そいつを無くせと言うのはちっと無理な話でございやす。確かにバカ頭が違法な金利で貸して徴収の仕方に問題があったことには、こちらの落ち度を認めましょう。だが無理やり貸したのならともかくシスターが必要で借りて、なおかつ使っちまったってんなら、それはキチンと返してもらわなきゃならねえ。それが金貸しの仁義ってもんよ。」
クロノスの問いにそこばかりは譲れないとクラフトスは答える。人情味溢れるといわれるミツユースだが、金の問題に関しては人一倍厳しい。どさくさに紛れて借金をチャラにしろと言うのは難しいだろう。なによりここで特例を認めてしまえば今後の商売に大きく影響ができてしまうだろう。クラフトスの言葉に彼を組の一時預かりと認めた構成員一同も譲れないと首を縦に振って聞いていた。
「もちろんバカ頭…もうバカでいいやあんなん。バカが組が取り決めた金利以上に取った金と迷惑かけた慰謝料分は借金から引くし、体を売ってまで金を作れなんて強要も絶対にしない。ちゃあんと月に返せる額を決めたうえでゆっくり返していきゃいいさ。」
「…わかりました。」
わかりましたと素直に言うセーヌだったが、納得はしていないようだった。自分や幼い子供の面倒を見てくれているシスターは初老であり、金稼ぎには向いていない。あまり苦労を掛けたくはないのだろう。
「しかしバカはどっかへ逃げちまった。今更組にのこのこ戻ってくるとも思えないし、そうなるとこの女神の契約書。ちとやっかいなブツになるな。」
「なにか問題でもあるのか?」
「リリの嬢ちゃん。この契約の内容をよう読んでみなせぇ。」
クラフトスはポルダムから女神の契約書を預かっていた元構成員の男から契約書を受け取ってそれをリリファ達に見せた。
「…ああなるほど。この契約、あくまでバカとあのシスターの個人間の金の貸し借りの契約なんだ。組の名前がどこにも入っていない。」
「それがどうなるのでしょうか?」
「つまりバカが組を追われてどこかに行こうとも、この借金はバカに払わなければならないと言うことだ。あのバカになにができるとも思えんが、それでも毎月アイツに払うと言うのは気が引けるな。というか逃げ出したのにどうやって払わせるんだよ。」
「とりあえずはあのバカ捕まえて何とか女神の契約書を書き換えられないかとも思ってるんだが…」
「あれ?ってことはこの借金は組…セイメーケンコーファミリーの資産にはならなくない?だったらおじさんたちが請求する資格はないよ!!」
ナナミの閃きに冒険者一同がそうだそうだと味方をした。それに反論したのはクラフトスの後ろに控えた女神の契約書をポルダムから預かっていた男だ。
「気づいたか…だが俺たちは何も金に目が眩んで回収しようとしているわけじゃないぜ。これは女神の契約書だ。契約に背けば天罰が落ちる。ここに借金を毎月返す決まりとあるからこのまま誰も来月の分をシスターから回収しなかったら、シスターにどんな害があるかわからねぇぞ?」
「それは…そうですが…」
「つーかなんでそんな代物が君たちの組の倉庫にあったんだ…」
「それは俺に言われてもわかりやせん。知ってそうな組長と相談役も多分もうこの世にいないだろうし…な。」
「ああもう!!こんなもの女神の契約書じゃなくて悪魔の契約書だよ!!消えてなくなっちゃえばいいのに…」
ナナミがふと叫んだ言葉を聞いたクロノスに、天啓が降りた。
「条約は後で矛盾が生じた場合無効となる…ああ、後から徴収の仕方を都合よく変えられるようにするためか。これならなんとかなるんじゃないのか?ヴェラ…はいないな。」
「なんとかって…どうするッスか?」
クロノスの言葉に皆が耳を傾けた。クロノスがちらりと横を見れば既にヴェラザードの姿はなかった。おそらくこの騒ぎを伝えるため警備兵の詰め所に向かったのだろう。これはチャンスだとばかりに提案する。
「教えてやってもいいが、俺にメリットがないからな…セーヌ。君が猫亭に入団するのが契約をなんとかする条件だ。」
「…いいでしょう。しかし実際にどうにかしてからにしてください。契約と言うものに先ほど懲りたばかりなのです。」
「よしわかった。それ貸せよ。」
「えっ?ああ…」
クロノスは貸してみろとリリファが持っていた契約書を引っ手繰る。そして立ち上がり倉庫の瓦礫の散乱する地帯を歩いて、ちょうど真ん中の当たりで立ち止った。
「旦那?何をするおつもりで…ん?空が曇ってきた。」
「ホントだ。さっきまで雲一つない綺麗な夜空だったのにね。」
いつのまにか黒く分厚い雲が月を覆い隠していた。雲は時々ゴロゴロと音を立てて雷光が点滅している。クロノスはそれを見てやはりかと皆に聞こえないように呟くと、契約書の端と端を両の手で摘まんだ。
「貴重な品故勘違いしてるやつは多いんだけどな。契約書に危害を与えると危害を与えたやつと契約者二人に天罰が及ぶ…ってのは微妙に違う。契約者二人に関係のない第三者が危害を与えるだけならそいつにしか天罰はいかないのさ。俺はポルダムとかいう奴はもちろん知らないし、借金をしたシスターの事も知らない第三者…これは満たしているな?そして契約書を傷つけて受ける天罰は常人が喰らえば即死級の雷が一発…そう、一発だけなのさ。」
「あの…何を…?」
「…まさか。」
契約書を手で摘まむクロノスを見て殆どの人間は意味が分からず頭にハテナを浮かべるだけだったが、一部の賢い人間はクロノスがやろうとしていることに気付いたようだった。そしてその賢い何人かが飛び出そうとしたところで…
「えいっ。」
クロノスが両手に力を入れて契約書を真っ二つに破ってしまった。ビリビリと音を立てて破れていく契約書。それを見ていた一同はその意味が理解できずにいたが、クロノスが破いた紙が本物の女神の契約書であること思い出して…
ごろごろドカンと大きな雷がクロノスに落ちた。落雷の衝撃と光で当たりは光に包まれて大きな音を立てた。
「わぷっ…これが、女神の神雷…」
「こんだけの威力。さすがのクロノスの旦那も…」
「いやおい…アレ見ろよ。」
しかしクロノスには何事も無かった。正確には体中から電撃の残滓がちりちりと駆け廻り、着ていた上着は少々黒焦げていたのだが、それだけだった。
「一撃でも喰らえば即死の天雷…でも死なないくらい丈夫な奴が破けばノーリスクで契約を無効にできるんだよねコレ。」
クロノスは二つになった女神の契約書を「俺の邪魔をする奴は神だろうと許さなねぇ!!こんなもの…こうだっこうだっ!!」と、さらに細かく破いていく。破くたびに天上の雷雲からズドンズドンと雷が何発もクロノスに落ちてきたのだが、それでも何ともないようだ。瓦礫の山の上でアハハと笑うクロノスに先ほど偽物の女神の契約書で同じことをしていたオルファンさえもドン引きしていた。
また神々の住まう天界では、契約の女神が「そうだ。それでいい。契約ってのは強者が踏みにじって好き勝手に書き換えてこそなんだよぉー!!約束事なんて破るためにあるんだよぉー!!先代の契約の神が作った危害を加えたやつにいちいち雷落とす面倒な契約書なんて一枚残らずぶち破ってしまえ!!何十年かに一度叩き起こされて雷落とさなきゃならない私の身になれよ!!さっきはまーたバカが破いてくれたのかと昼寝を中断して雷落としたが…いいぞー人間!!いけいけー!!私をそのうざったい縛りから解放しろー!!」などと、お前本当に契約の女神ですか?と小一時間尋ねたくなるようなことを言っていたりもしたのだが、残念ながら地上の人類にその声は届いていないらしかった。
平気な顔で神雷を何十発も浴びるクロノスの姿を見て、またもや唖然とするセーヌの両肩に置かれた手が二つ。セーヌが横を見ればそこにいたのはニコニコしているナナミとリリファだった。…それはもういい笑顔で。
「くくく…S級のクロノスに目を付けられた時点で逃げられるはずが無いだろう。お前たち二人を引き合わせた時点で治癒士探しのクエストは完了したのさ。」
「道連れは多い方が楽しいよ。赤信号、みんなで渡れば怖くないってね!!」
セーヌはそれを真顔で見続け何かを決意したように頷くと、やがて口を開いた。
「…入ります。猫の手も借り亭に入団させてください。というか入れて。あのような傍若無人な方、放置すればミツユースが地図上から消えてなくなってしまいます。愛する第二の故郷を守るためならば、この身を贄に捧げましょう。」
セーヌが贄となる決意をして、それさっきのポルダムの時と服従する相手が変わっただけじゃねーかと感じる冒険者や構成員もいたが、彼らも隷属の首輪と契約が無いだけマシかとその考えを空へと捨てた。そして後はヴェラザードにクエスト完了の報せだけすれば解散だなと冒険者達がわいわい言い出していた時、向こうの方で大声がした。
「うおらー冒険者ども!!我がせっかく非番の日に自主トレやってひとっ風呂からの一杯の凶悪コンボ決めてさぁ明日からも頑張るぞって意気込んでいる時に、さっそくやらかしてくれるんじゃねえ!!どうせ貸倉庫の一つで秘密の冒険者流素敵な筋肉トレーニングとか皆してやっていたんだろう!?羨ましい!!あと普人の昇格って冒険者クランの情報知っている奴がいたら教えろ!!」
向こうから来たのはミツユースの警備隊の捕縛部隊をまとめ上げる隊長格ライザックと、彼の部下の筋骨隆々な警備兵。それと隣でつかつかと歩くヴェラザードだった。
「やべっ、ライザックのおっさんじゃん。しかもあの筋骨隆々な警備兵は捕縛部隊!!どうしてあいつらが…」
「まぁヴェラザード嬢が惨状の通りを報告すればメーケンの奴らは児童誘拐と隷属の首輪の単純所持容疑ですから。筋者がそれだけやったら当然実力派の彼らが出てくるでしょうね。」
「あわわ…冒険者のおあ兄さん方。俺たちは騙されてたって証言してくだせぇ!!」
ライザック達が駆けつけたのを確認したクロノスは、バラバラになった女神の契約書をポケットに突っこんで隠す。流石に公営の人間である警備兵やギルドの人間であるヴェラザードに女神の契約書を破り捨てましたなんて言えるはずがない。クロノスが危害を加えるのをやめたことでミツユースの夜空は再び雲一つない星々が輝くものに戻っていた。
「お、やっと来たか。まったく、監視員も警備兵も仕事しなさすぎ…さて君達。これからここの後片付けをしまーす。片付けるまでがクエストだ。経つ鳥跡を濁さずってね。」
「はぁ!!ひどくない!?クロノスさんの鬼!!」「あくま!!」「ロクデナシ!!」「アンポンタン!!」「わからんちー!!」「外道!!」「ベッドヤクザ!!」
「酷い言われようだ。ここメチャクチャにしたの君たちの癖に…というか最後の言ったの誰だ!?ベッドに連れ込んで一晩中愛の言葉をささやくぞ!!」
「あ、俺ッス。」
「君かよダンツ!!やっぱ君女…いや、なんでもない。とにかくやるぞ。警備兵は事情聴取した後帰っちまうだろうし。あ、メーケン組の人と重傷者は帰っていいよ。お疲れさん。」
「…クロノスさん。オレ頭が頭痛で痛い。」
「お腹が腹痛で痛い。」
「私今日女の子の日だから。」
「あ、ずるいぞ!!なら俺は男の子の日でーす!!」
「別にいいけど、仮にもクエストの途中なら帰ることヴェラに報告しろよ。仮病がばれても命の保証はしないぞ?」
「「「「サー後片付ケガンバロッカナー!!」」」」
仮病を使って逃げ出そうとしていた冒険者達は、クロノスの言葉で回れ右して瓦礫の山に突撃していった。実際冒険者の中に重傷者など一人もおらず、やっぱ冒険者って丈夫だわーと、苦笑しつつもクロノスは冒険者代表としてライザックの元に事情聴取を受けに行き…ライザックの捕縛術をまともに喰らった。
「だーかーらー!!凶悪犯罪者への捕縛術なんて健全なミツユースの一市民である俺に使ってるんじゃねー!!」
「存在そのものが歩く犯罪大全みたいなやつが何を言うか!!どうせ昼間我に解かせた暗号ゲームも過去の冒険者が残した筋トレ法を記した秘密の日記帳が隠された場所を示す宝の地図だったんだろう!?そうだろう!?」
「そんあゴミいるかー!!それに解読料に銀貨やったじゃねーか!!それで体にいい食品でも買ってろ!!」
「じゃあ返すから普人の昇格の情報もっと我に教えろ!!」
「知るか他人のクランなんて!!」
ぎゃいぎゃい言い合っているクロノスとライザック。それを隣で呆れながらも見ているヴェラザード。集めた瓦礫の量や一番大きい瓦礫を巡ってまたもや喧嘩を散発させる冒険者。仕方なしにとセイメーケンコーファミリーの構成員に事情聴取を始めた警備兵とそれを受ける構成員。場はすっかりカオスになっていた。
「なんか疲れたねー。さっさと片付けて帰って寝よう。」
「同感だ。バカと付き合うとこっちまでバカになる。」
「残念。私もリリファちゃんも既に片足突っ込んでいるのだ。」
「私は違う。絶対違う。ああはならないからな!!」
そう言い合いながらナナミとリリファも後片付けに加わった。そして場に一人残されたセーヌは、そういえば冒険者はこんなものだったと昔を懐かしみながらけが人の手当てを再開するのだった。




