第41話 ノンギャランティ・クエスト(真の最後の戦いの準備をしましょう)
「…えー、なんか倉庫街がメチャクチャなんだけど…いっぱい人が倒れてるし…もしかして俺がやったのか?やっちゃったのか?ここ確か貸倉庫のエリアだったよな。なら預けられた荷物も全部瓦礫の下か?全部賠償と弁償することになったら経費で落ちるかな…申請したら先にガルンドの爺さんの雷と拳骨が落ちてきそうだ。まぁそんなことはどうでもいいか。それよりも…ふふ。」
クロノスは自分が落下した際の衝撃でメチャクチャになったと信じた貸倉庫の惨状を見わたして、それから興味を無くして手に持つ一本の風変わりな剣を見つめた。この一本の剣の前には目の前の些事などどうでもいいと言わんばかりの顔をしていた。
「宝剣フェニックスバード。まさか適合者でない俺から逃げようとするあまり空へと飛びだすとは…追って掴んだまま空の彼方、空気も無いような所まで持ち上げられたときはどうしようかと思ったが、いや上手く落下できたようでなにより。文字通り「飛んだ」じゃじゃ馬娘だな。…上手いこと言ったつもりか俺?もちろん最高だぜ俺!!もしこいつが人の姿を取ったら栗毛色の髪のポニーテールと背中に回したカウボウイハットが似合う御嬢さんだろう。そうに違いない。それらの属性コンボの前にはコンプレックスのそばかすすら弱点から魅力に早変わりだぜ。むしろ俺にダイレクトアタック!!それから初遭遇は勘違いからの一戦を交え、苦節世節して夜は冷える砂漠で一つの毛布にくるまり、熱い一夜を…ふべっ!!」
そこまで妄想トリップしていたとこで、クロノスの後頭部に何かが当たった。当たったというよりも殴りつけられたというのが正しい意味になる威力であった気もしたが、その程度でどうにかなるほどS級冒険者は脆くはない。今良い所なのに邪魔する奴は誰だと思ってクロノスが振り向けばそこにいたのは杖を振りかぶってもう一度殴りつけてやろうと試みるナナミだった。その後ろにはリリファや猫亭に最近入り浸っていた冒険者達までいた。どうやらクロノスは今の今まで彼女たちの存在に気付いていなかったらしい。
「あ、気付いた。もう一発お見舞いしようと思ったのに。」
「結構ひどいな君。初対面の取っ手付けたような丁寧さはどこへ行った。それよりも…だ。君たち何でこんなところにいるの?治癒士探しはどうなってるんだ?」
「いやいや旦那のほうこそなんで空からいきなり降ってくるッスか!?助かったけど。」
「そんなの俺の勝手だろう。それよりもこんな夜遅くに何をやってるんだと俺から先に聞いた。質問を質問で返すな。君たち暇人冒険者連中がどこで何をしていようとそれは君らの勝手だが、どういう訳かナナミとリリファもいるし。…はっ、まさか酒の件の腹いせに二人に夜中の良くない遊びを教えていたんじゃないだろうな!?」
クロノスはそう決めつけて手に持つ宝剣を振りかぶる。それが宝剣とは知らないダンツだったが、クロノスを怒らせればどうなるかわかった物ではないと急いで首を振って否定した。
「んなわけないッス。二人にはまだまだ早いッスよ!!」
「どうだか…ここの貸倉庫の中には、夜な夜な違法なギャンブルの会場に使われているのもあるらしいと聞くぜ。大方二人にド嵌りさせて借金地獄で返済のためにアンナことやコンナことをさせようと…」
「違うッス!!なんですぐそっちの方に持っていきたがるッスか!?ナナミちゃん、経緯を説明してあげてくれ!!」
「ああん…?よしナナミ。この状況をシンプルに、そして芸術的に説明して見ろ。」
「はーい。わかりました。えーと…」
ダンツは自分や他の冒険者では埒が明かないと事の説明をナナミに投げた。ナナミは頭の中でこれまでのアレコレを整理する素振りを見せる。やがて内容がまとめ終わったようで、パチンと一回手を叩いてクロノスの注意を引いてから発言した。
「クロノスさん実はね…かくかくしかじかまるまるうしうし、です!!」
「なるほどなるほど…って、わかるか!!君何?ふざけてんの!?」
「え~ダメ?これで伝わると思ったんだけどな~。」
可愛らしく自分の頭に拳骨を当ててテヘペロするナナミ。だが残念なことにそれだけで事の全てが分かるほど人類のコミュニケーション能力は及んでいない。クロノスは仕方なしにと隣にいたリリファに説明を求めた。
「クロノス。そこに立派なスイカが二つあるだろう?そいつが猫亭の治癒士候補だ。」
「あん?スイカが冒険者なんてそんな冗談犬にでも食わせてお…お、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
クロノスがリリファの話を冗談半分に聞いて彼女が指さす方を眺めれば、そこにいたのは二つのスイカ…を所有する修道服の女性。セーヌであった。クロノスは大げさに驚いて指をわなわなしてから彼女を凝視し、そして空を見上げ、もう一度とセーヌの顔とその胸を見て、それからショックを受けた目の療養のために近くにあったまな板を触って…その持ち主のナナミに殴られた。
「いってぇ!!なにすんだナナミ!!俺はただ目の前の現実と向き合おうとしていただけなのに!!だってありえなくない!?こんなスイカの持ち主本当にいるの!?」
「失礼ね!!あとセーヌさんを褒めれば褒めるほど底辺が泣きを見るんだから、ホントにやめてください!!お願いします!!」
「…なんかゴメン。」
目に涙を浮かべて泣きながら怒るナナミの気迫に耐えきれず謝るクロノス。後で何か買ってあげるからと彼女に許しを請い、それが了承されたので話を戻し再びセーヌを見た。
「いやしかしこれは立派な…しかもかなりの美人。何故か全身ボロボロだが俺には分かる。というかこれだけボロボロでもわかる美しさ!!ヴェラといい勝負なんじゃね?いや、年齢で見ればヴェラに勝ち目は…なんでもない。なんでもないんだ。しかしシスター服か。市民街の孤児院を手伝う超上玉のシスターがいるって商店街の変態オヤジ共がゲヘゲヘ言っていたのは彼女の事だったのか…この間公園で「天界は滅びた!!神々は死んだのだ!!」とか演説していた奴がいたが、この女神が天界を去りて下界に身を堕としていると言うのならなるほど納得だ。そりゃ男の神々はショック死だろうな。」
「評価の八割胸と顔なんですけど。クランリーダーとしてそれはどうよ?」
「失礼な。ちゃんとシスター服越しに読んだ腰のくびれと大きめのお尻も評価している。…まぁ杖とナイフを構えるお二人が恐ろしいんで真面目に評価すると、だ。元冒険者。いや、ライセンスもまだ持っているな。五年ほどのブランク。かなり若い時から冒険者やってるのか?武器はトンファーってのは珍しいな。所持クラスは戦士、魔術師(ソーサラ―)、闘士、魔法戦士の4つ…と、おそらくここ数年で治癒士に転職したか。実力は中の上、クエストを順調に熟していればおそらくB級。ん?もしかして雷の魔術適性がかなり高くて、でも聖属性はかなり低くない?これで聖属性の神聖術を覚えるのは苦労しただろうに…一年でヒール一つがやっとだな。ま、こんなもんか。」
「「「えっ!?」」」
クロノスはセーヌをパッと見ただけで彼女の冒険者の資質をあっさり見抜いていた。それにはクロノスがセーヌにセクハラしたら潰そうと見守っていた全員が驚く。
「なんだよそんなに驚いて。俺はS級冒険者だぞ?初見の相手の資質を見抜けなきゃモンスターや悪人の戦いなんてできないって。」
「…お前のスペックがどうとかもはや面倒だ。気にしないことにする。それで?彼女はお前的にはどうなんだ。合格なのか?不合格なのか?」
「全然大丈夫。むしろこれだけの人物に不合格出す奴はいるのって話。二人ともよくぞ見つけてくれた。ありがとう…本当にありがとう…!!」
「…そこまで感謝されると怒る気にもなれないな。だがよかった。」
「わ~い。報酬は弾んでね!!」
「あ、あの…」
自分を置いて勝手に合格だと言うクロノスに、セーヌは声を掛けた。ちなみにクロノスのセクハラワードの下りは、冒険者としてそういった卑猥な言動に耐性のあったセーヌには不快さはなかったようだ。
「その…自分で言うのもなんでございますが、私は冒険者としていろいろ問題が…」
「問題?」
「あっそうだ忘れていた!!クロノス、あいつら!!」
リリファに促されてそちらを見たクロノスは、そこにスーツ姿の男と、とても巨大な大男を見つける。大男の方は大きな剣を手にしており、かなり大きな剣のはずなのに大男がとてつもない巨体なせいで普通のサイズの剣に錯覚するほどだった。
「あいつら…何?」
「あれがセーヌを取り巻く問題の一つだ。とりあえずはアレをどうにかしないとセーヌは団員になれない。特にあの大男。手に持っているのは宝剣だそうだ。イノセンティウスが教えてくれた。きっとダグ…いや、宝剣コレクターの置き形見だろう。私たちは離反した奴らの仲間とともに挑んだのだがな。結果はこの通り全滅だ。私達には勝てる見込みのない相手だった。だがお前なら…」
「宝剣…というか、この惨状俺のせいじゃないのか。…よかった~。ちょっと待ってくれよ…」
一安心したクロノスはヴェラザードから預かった宝剣の情報が載った手帳をペラペラと捲って、そこのページの一つに大男が持つ宝剣と同じ絵が描かれていたのを見つけた。そして書いてあった宝剣の特徴をフムフムと読み終えると、手帳を閉じてそれを火属性の魔術で燃やして消し炭にした。仮にも様々な宝剣の情報が載った機密書類だ。読み終えたなら消したほうがいい。得意げな顔のクロノスだったが、手帳を渡されるときにヴェラザードに手帳はお気に入りの私の私物なので、処分の時は中身だけ外して外側は私に返してくださいね、と言われていたことを直後に思い出した。だがクロノスは振り返らない。どうせ燃やしてしまったし、こうなったらヴェラザードに全力で謝るだけだ。そう考え手帳の件を後にして今を見据えるクロノスだった。
「状況はわかった。あの男は俺に任せろ。君たちは下がって他の奴らの手当でもしておけ。危ない奴もいるんだろ?」
「まかせてもいいのか?」
「まかせろ。というか俺の仕事だ。今の君達ではむしろ邪魔。自分にできることをしろよ。」
「…わかった。グランティダスをあっさり倒したお前だ。信頼してるぞ。…信用じゃなくてな。」
「…団員としてリーダーの健闘を祈ります。リリファちゃん。それとオルファンさんだっけ?。最初にやられた片腕のおじさん助けに行くよ!!さっき動いてたのが見えたから多分まだ生きてる。」
「まだ生きてるかどうかわかりませんが、重傷は確実でしょう。息があるのなら治癒士として最善を尽くします。」
「オルファン。しっかりやれッスよ。一人でも死人が出たら目覚めが悪ぃや。」
「わしも応援してるぞ。魔力全部使ってでも助けるんじゃぞ。」
「やれやれ好き勝手言ってくれますね…」
リリファとナナミ。それと気絶から復活して駆けつけた治癒士の冒険者オルファンは、ティルダンに最初に倒されたクラフトスと呼ばれた初老の元構成員を助けるために場を離れて行った。
「ウチの団員かっけぇ。民間人を救おうとするとは冒険者の鏡や…!!それじゃ俺もかっこいいとこ見せるかな?…おっと、剣はもうないんだった。まったく、このクエストで何本ダメにした?もう少し持ちの良い物を買うかな。この宝剣を使うわけにもいかないしとりあえずは…おいダンツ。これ持ってろ!!」
「ふえっ?おっと危ねえッス!!」
クロノスはダンツに手に持つ宝剣を投げつけた。咄嗟の出来事に関わらず上手くキャッチするダンツだったが、その剣の軽さに驚いた。
「何ッスかこの軽さ。これが剣なのか…って、ええっ!?軽っ!!なにこれ!?まるで絹を持っているかのような…ふわふわと宙に…浮いてる!!俺浮いてるッス!!」
剣がふわふわと天へと登り始め、それをしっかりと持つダンツも一緒に宙に浮き始めた。
「それ宝剣だから、絶対に手ぇ離すなよ。」
「ええっ!!ちょ、誰か助けてくれッス!!」
「おい動ける奴はダンツを掴むんじゃ!!足、足じゃ!!」
バレルの号令で近くにいた何とか動ける冒険者十人程が、既につま先のほんの先までしか地面についていないダンツの足を一斉に掴んだ。宝剣も流石にこれだけの人間を持ち上げるは苦しいようで、ダンツがこれ以上浮かぶのは止まった。しかし…
「アイデデデデ!!痛い、痛いッス。足がもげちゃうッスよ!!」「我慢しろ。離したらそのまま星になっちまうぞ!?」「それはーそッスけど…おい!!誰だズボン引っ張る奴は!?ずり落ちるだろうが!!」「このままだとズボンが脱げ落ちてダンツのパンツが丸見えだ!!」「ダンツのパンツ…ぷぷっ。」「ちょうどいいや。これで長年議論が交わされてきたダンツって声甲高いし女顔だから実はやっぱり女じゃね?説に終止符が打てるぜ!!」「そんなこと言ってる場合ッスか!?あ、もう限界…」「おお!!これでダンツのパンツが見え…って、普通のブリーフじゃねえか!!つまんね!!ダンツつまんね!!」「ほっほ。儂もブリーフじゃぞ。仲間じゃな。」「ちくしょう。ダンツが女だったら愛の告白をしようと思っていたのに…俺の純情を返せ!!」「そんな純情、野良犬にでもくれてやれッス!!いいじゃないッスか。男物は履きやすいッスよ!!」「くそ…ん?フハハハハ!!ダンツ、墓穴を掘ったな!?ふつう男がわざわざ男物と強調して言うか?こいつは女だ!!化けの皮がはがれたなダンツ。いやダン子!!」「そういや儂、ダンツが髭剃ってるの見たことないぞ!!顔はいつもツルッツルじゃし。」「そういえば僕、ダンツさんが立ちションしてるの見たことないです!!連れションにも付き合ってくれないし。」「アホかお前ら!!女の子だってヒゲは生えるしトイレが混んでりゃ立ちションだってするわよ!!」「男の夢を打ち砕くのやめろ!!それと休みの日は部屋で全裸の女に言われたくねえ!!」「なんですって!?だいたいあんたら…」「お前ら全員クロノスの旦那に斬り刻まれてしまえッスーーー!!」
「…やっぱりダンツも適合者じゃなかったかー。まぁああしてれば大丈夫だろ。斬り刻まれてしまえ…ね。ダンツ君のリクエストに応えようか。さて、次は剣の調達だ。そこの君。」
クロノスは瓦礫の山に腰を降ろして事の成り行きを見守っていた一人の女性冒険者に声を掛けた。女は足にけがをしているようで簡単な手当の後があり、どうやらこれ以上まともに動けなかったらしい。
「そこの君なんてひどいわね。私にはジェニファーって名前があるのよ。」
「それは失礼。ミツユースに君みたいな美人な冒険者がいたとは俺もまだまだだな。それどころじゃなくてジェニファーよ。君の剣貸してもらえないか?どうせもう戦えないだろう。」
「いやよ。長年使ってきた相棒の剣よ。S級冒険者なんかに貸したらまともな形で帰ってくるはずが無いじゃない。剣の形を保ってるかどうかさえ怪しいわ。」
「…壊れたら新しいの買ってやるから。」
「ホントに!?どうぞどうぞ!!派手に壊して頂戴。新しいのは春に出た新モデルがいいわ。それ使い終えたら鍛冶屋に持って行って処分しといて。どうせまともな形で帰ってこないだろうし。」
クロノスの提案に喜んだジェニファーは、長年の相棒をいともたやすく手放してクロノスに渡した。そして横で心配そうにしていた妹のチェルシーに支えられ後方に撤退していく。主との突然の別れと悲痛な死刑宣告を受けたジェニファーの剣に少し同情したクロノスだった。
「君も哀れだな…でも殺しの道具の最期なんてこのくらいがちょうどいいのさ。さて、短い間だがどうぞよろしく。」
クロノスは剣を鞘から抜いてその刃を確かめる。長年の使用から剣はところどころ痛みが見えたが、よく手入れされていたようで刃の方の切れ味に問題はなさそうだった。クロノスはあんな美人に使ってもらえたなんて幸せな奴めと呟いて剣を鞘に仕舞った。
「よし、宝剣回収クエスト最後の一本だ。気合入れていくとしようか。」
クロノスはダンツを引っ張る冒険者含めて全員の撤退が完了したのを確認すると、再び二人の男へとその身を向ける。事の成り行きを見守っていた二人はその場を動かずずっと待っていた。
雲一つない晴れた夜の空の下。月明かりが照らすミツユースの倉庫街で最後の戦いが始まろうとしていた。