第4話 新規入団者いまだ0(少女の行方を捜しましょう)
魔術師のソロ冒険者ナナミ・トクミヤと別れて数刻後、クロノスはとある冒険者クランの拠点を訪れていた。
クランの名は「亀とカルガモ」。冒険者クランの中でも珍しいミツユースに本部を持つ商業系冒険者クランの1つであり、クロノスがナナミに紹介したクランである。
商業系とは字の如く、商いに関するクエストを得意とするクランであり、商人に代わって品の買い付けや輸送などを行っている。
亀とカルガモは、クエストの依頼者の多くが商人であることと、大手であちこちの街にクランの支部を置いていることから、人脈と物資の流通に非常に強い。反発や敵視しているクランも少なくクラン同士のいざこざもまずないので、クロノスはまだ10代半ばのナナミがしばらく身を置くのにちょうどいいと思えるだろうと考えたのだ。しかも冒険者には荒くれ者が多いという特性から、依頼者やその関係者に対して柔軟に対応できる人材が常に不足しており、それらの優れた人材を確保するために入団希望者に広く門戸を開いているので、ナナミならばまず門前払いになることはないだろうとの考えがあってのことだった。
「黒目に金髪の10代半ばの少女?確かに来たよ。」
ナナミが話にいくつか嘘を交えていると感じたクロノスは、まずは情報の絞り出し方を変えることにした。ああいった秘密絶対墓まで持ち逃げしたい主義の手合いは、出会ったばかりの人間には秘密を貫き通せるが、形式じみた、例えば面接などの聞き出し方に弱く、自分の隠し事にボロ、を出しやすい。そこでクロノスは知り合いがいるクランへ彼女を送りつけ、入団のための面接をさせて自分には言わなかった、あるいは秘密にしていた乙女の秘密をこの男の手で赤裸々にしようと目論んだのである。本当ならばヴェラザードに調べ物を命じて、自分はフレンネリックが使いを寄越すまでギルドの談話室で、他の暇な冒険者とカード遊びに興じようかと思っていたが、ナナミが思いのほか童顔で、もしや入口のところで子供好きの警備の者に飴を貰い、回れ右して泣いて自分の元へ戻ってくるかもしれないと決してありえなくはない可能性を考えたために、数刻待ってナナミが戻ってこないのを確認してから、亀とカルガモの建物へ訪れたのだ。
「というか、君が寄越してきたのだろう?年の頃は僕の娘とほとんど変わらなさそうなのに、かなり礼儀正しかったね。受け答えもハキハキとしていたし。最初は子供がからかいに来たのかな?とも思ったけど、彼女は一体どこのお嬢様だい?」
そう言ってクロノスに疑問を投げかけた男の名は、フレンネリック・アラウソ。亀とカルガモのミツユース本部で人事顧問を務める男である。彼は顔の決して少なくない面積を覆う大きな丸渕メガネを手でかけなおす仕草をすると、手に持つ黒色の大きな手帳本から、1枚の紙を外しクロノスに渡した。…ちなみ同じくらいの年だと思ったというフレンネリックの娘であるフランペルナは、驚くことに御年11歳にあらせられる。これはフランペルナが特別大人びた顔立ちなわけではない。普通に身長はそこそこあったことを考慮しても、10代半ばのナナミがどれだけ童顔であるかがよくわかるであろう。
「いくらウチが広く門戸を開けているとはいえ、誰ぞの紹介も無しに子どもがいきなり突撃されても困るんだよねぇ。クロノス君からの紹介と本人が言っていたし、まあ一応、ね。」
フレンネリックから手渡された紙に書かれていたのは、クロノスの目的の人物、ナナミ・トクミヤのプロフィールである。クロノスが亀とカルガモを訪れる数刻前、クロノスの紹介で入団希望に来たナナミをフレンネリックが面接し、会話の中で彼女が発した情報を、彼がまとめた物だった。フレンネリックは見た目が、ある意味で丸渕メガネが似合うどこにでもいるような冴えない中年男性であったが、物覚えがよく、大抵の自分がかかわった会話なら一字一句丁寧に覚え、適切な形で書類にまとめることができる才能の持ち主であった。
クロノスがナナミのプロフィール用紙に目を通すと、そこには年齢や出身地。身長体重からスリーサイズまで、さして必要でないものも含め、自分には話さなかった彼女を構成する様々な情報が紙面を埋め尽くすように、詳細に書かれていた。中に普通は他人に知られたくないアレやコレ等の項目もあったのだが、それらについては、年頃の少女ということもあってクロノスは頭から完全に消し去ることにした。さすがに今現在、これまでの男性経験なしはともかくとして、これまでの性体験で最も進んだ物が「10歳のころの近所の友達のゲンキくんの水筒で間接キッス」は少々、いやかなりさびしい。というか年ごろの娘がいるはずなのに、よくそんなこと聞けるなぁと、クロノスは心の中でフレンネリックを軽く見下したが、それと同時に、そんなことをまるで近所の井戸端会議に入り込むかのように聞き出してしまえるあたり、さすがは大手冒険者クラン本部の人事顧問だと高く評価した。
クロノスは情報の書かれた紙面の端から端まで、念のために裏面をめくってその全て確認し、紙をフレンネリックへ返還した。彼は気軽に見せてくれたが、こういった様々な情報もクランの大切な資産の1つである。本部顧問のフレンネリックならばともかく、もしもクランの下っ端が外部の人間にクランの情報を独断で漏らした事が露出してしまえば、亀とカルガモが提携していると噂の暗躍系クラン「底なし沼よりも深い闇」、通称「深闇」の特殊部隊によって、たちどころにここ数日の記憶を消去されてしまうだろう。
「ふむ。あとフレンネリックさん的には、どの辺の質問と回答で怪しいと感じた?」
クロノスはてナナミの不審に思った点を、フレンネリックに尋ねた。実は渡された紙面には怪しい部分を赤ペンで注釈してあったのだが、一応の確認のためである。
「そうだね…まずは住んでいたところ。会話の中で何度も矛盾があるね。幼いころから師匠と山奥で2人きりで暮らしていたはずのに、近所のゲンキくんは無理があるよ。」
「それセクハラじゃなかったのかよ。」
「失礼な。セクシャルワードは「清純」な子ほど慌てるから、心の奥が出やすいんだ。そもそもその紙に書かれている情報の半分以上はそこから責めて聞き出したんだよ?」
「うわぁ鬼っ畜ぅ~」
「こっちはまじめなんだよ。さて、続けるよ。次に旅の目的とミツユースへ来た理由。これもあまり筋が通らないというか、なんだか本人も不本意でやっているみたいだね。」
「そりゃあ、いきなり着のみ着のままで追い出されたんだ。大変に不本意なんだろうぜ。」
ナナミは彼女の師匠に魔術の修行と称し、家を追い出されたのだと言う。自分が彼女の立場だったら。そのようなことを想像し、クロノスは苦虫をかみつぶしたような顔をし、ナナミにひどく同情した。
「君の言うとおりかもだけど、それだけじゃない気がするんだよなぁ…それとあと、どうして髪を金色に染めているのか、だけ聞いておきたいね。根元が元の黒色に戻っているし、傍目に見てもかなりいい染料を使っているようだから、目ざとい商人相手では逆にかなり目立ってしまうよ。自分の生い立ちを聞かれたくないのならなおさら、ね。」
自分と同じところに着眼したフレンネリックの言葉に、クロノスはなるほど、と頷いた。商人というのは金のにおいに敏感で、その嗅ぎつける力は海の鮫が血のにおいをたどる以上である、と時に比喩されるほどである。ナナミが自分の正体を隠したいのかはまだわからないが、それらの点は確実に良くない方向へと彼女を導くだろう。
「いくつか怪しい部分もあったけど、演技、というほど凝った物には見えなかったし、そういった「秘密の部分」をクロノス君が保証してくれるなら、僕はいつでも大歓迎だよ。」
ナナミを亀とカルガモに入れる気はあるのだろう。フレンネリックはクロノスに打診した。
「あー、フレンネリックさん。実はここまでやってもらってなんだけど、やっぱいいわ。」
フレンネリックの申し出に、クロノスはきっぱりと断った。そもそもクロノスはナナミを亀とカルガモに、いやどのクランにも引き渡すつもりは、自分の前髪のくせ毛の先っぽほどにもなかったのである。ヴェラザードの言っていた通り、パーティ未加入のソロの後衛職。さらに言えば魔術師はかなり貴重な存在であり、ナナミを無視すれば次にソロの魔術師に出会えるのは何年先かもわからず、早ければ来週にも、いや、何なら今帰れば猫亭が姿を消しているかもしれないのだ。彼女の素性に問題が無ければ今すぐにでも欲しいのは自分なのである。
「ええっ!?そんな、ひどいよ!!せっかくクロノス君の紹介で入団希望者が来たというから、書類仕事中断してこうして時間を取ったのに。だいたいさぁ、仕事量多すぎなんだよ。いつも家に帰るのは夜遅くだし、妻も「そろそろ3人目が欲しいから、今のうちにいいお父さんになる練習をしましょう?」だなんて言って早く帰って来いと暗に催促するし、フランとリィも「パパと遊びに行きたいよー」だなんてそれはパパも同じ気持ちだよ!!それもこれもウチのクランリーダーが悪いんだ。あの野郎、冒険者はただでさえも礼儀知らずのトンチンカンが多いのに、商人や貴族様とさらなる繋がりを持とうとして使える子たちを全員営業に持っていくし…」
どんどんとヒートアップするフレンネリックを止めることができずに、クロノスは黙って目の前の中年丸渕眼鏡が落ち着くのを待った。ここでヴェラがいればお得意の回し蹴りを決めて彼をもとに戻してくれるのにと、数刻前にギルドで彼女と別れた自分をひどく恨んだのだった。
「ふぅん、じゃあ本格的にクラン活動をするための人員探しか。このままだとギルドに強権発動されてクラン解散とは気の毒だね。提携できるクランが増えるのはウチとしては嬉しいことだし、誰か入りたい人がいないか聞いておくよ。ウチは情報とコネを置いていけば出て行くのは自由だしね。ま、頑張って。」
10分ほど経過しフレンネリックが落ち着くと、クロノスは自身の目的とナナミを欲する理由を伝えた。それを聞いたフレンネリックはクロノスを許し、今度一杯奢ることを条件に亀とカルガモ内で入団者を募集してくれることを約束した。クロノスは気づいていないが、現在猫亭の入団者募集の件は意地の悪い冒険者ギルドの上層部によって封殺されているためこれは願ってもないことである。
「フレンネリックさんによると、入団審査の結果が出るまで何とか金を作って安宿に寝泊まりするらしい。宿は街を見るために歩きながら探すと言っていたらしいからとりあえずその辺探すか。数刻程度では遠くには行けないと思うけど、空腹を満たした女の行動力は恐ろしいものがあるからな…」
フレンネリックと約束を取り付け、ナナミが忘れて行ったという荷物を受け取ると、クロノスはナナミを探すためにクラン本部の建物を出たのだった。
「ああ、これは厄介かもしれません。いえ、確実に厄介ですねこれは。」
冒険者ギルド大通り支店の1階、職員以外立ち入り禁止の資料室の中でヴェラザードは静かに呟いた。その原因は彼女の目の前で開かれた3つの記録書である。
食堂でのやり取りの後、クロノスに命じられて彼女はとある調べ物をしていた。本来ギルド職員が冒険者個人のために調べ物をするなど認められておらず、そもそも情報の流出を防ぐために閲覧できる書物にも限りがあるのだが、ヴェラザードはS級冒険者であるクロノスの専属担当員。クロノスの活動を円滑にサポートするため、ギルドの中でも特権級の権限を与えられている。彼のためならばどこのギルド支店のどのような記録書であっても自由に閲覧できるのだ。
「早くクロノスさんにお伝えしないと。いえ、それよりもナナミさんを探すことが先でしょうか。とにかく、一刻も早く行動せねば…」
そう言いヴェラザードは、書物を広げたまま資料室を飛び出していくのだった。ヴェラザードが扉を開けた時に入り込んだ風によって、開きっぱなしの書物のページがパラパラと捲られ、最後にはひとりでに閉じられる。それらの記録書物の表紙にはそれぞれ「お尋ね冒険者」、「パーティー結成履歴」、「冒険者滞在記録届出ミツユース」と書かれていた。