表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
38/163

第38話 ノンギャランティ・クエスト(最後の戦いを始めましょう)


「なぁおい。これでよかったんだよな?リリファちゃん達ごと生き埋めになったけど…」


 元42番貸倉庫だった瓦礫の山を二十数名の冒険者達が取り囲む。彼らは猫亭でヴェラザードからセーヌと少女ハンナの救出のクエストを受けた冒険者の残りだった。外で倉庫の薄い壁から聞こえる声をいて中の様子を覗っていたのだが、ナナミの合図があったので各々が冒険者の術技を使用して、四角い倉庫の四辺の壁を壊して倉庫を崩したのだ。


「大丈夫だと思う。きちんと作戦通りに「ぶはぁっ!!」…ほら、出てきた。」


 倉庫自体は簡素な天井や壁なので重量はそこまでではないので上手く脱出できたらしい。リリファ達の安否を心配していた冒険者達だったが、瓦礫の山をどかしてリリファが出てきたのを確認して安堵の一息を付いた。


「ふぅ…お前ら、誰が壁を壊して倉庫を崩せと言った!!壁を壊して穴から侵入して四方から奴らを取り囲んで倒せと言っただろう!?入る前に作戦考えたじゃないか!!」


 リリファは大きく息を吸ってから、いの一番に冒険者達を叱った。冒険者達はと言えば作戦通りに動いたはずなのになぜ自分たちが叱られなければならないのか理解できずにいた。どうやら作戦が間違っていたらしい。


 リリファが語る作戦というのは、まずリリファ達が倉庫に少人数で侵入して、そこで派手に立ち回り応援の構成員が出てきたところで四方から壁に穴を空けて、そこから冒険者が入り込み敵を囲んで一気に殲滅すると言うものだった。リリファは少々お粗末な作戦だと感じていたが、冒険者は馬鹿なのでこれくらいシンプルでないと理解できない者がいるかもしれないし、この作戦なら例え相手が大人数だろうと囲んでしまえば数の差は冒険者の力のゴリ押しで覆せると考えたからだ。それなのに…


「どうして誰も作戦通り動けないんだ!!一か所くらい間違えたとしても四辺すべての壁を崩すとは何事だ!?壁が全部無くなれば天井が崩れるに決まっているだろう!!普通誰か気付くだろ!?」


 リリファの怒りを受け、壁に穴開け実行部隊の冒険者達はと言うと…


「言われてみればそんな作戦だった気がする。」「そうだっけ?」「作戦覚えてる人~。」「全部は覚えてないけど一部だけなら…」「それならアタシも。」「おいどんも。」「あっしも。」「ワタシモデス。」「よしじゃあ繋げて言ってみろ。」「倉庫の外で待機して。」「味方の誰かが合図したら。」「壁に向かって一斉攻撃。」「壁が少し崩れたら。」「トドメに全員最大奥義。」「そうそう。そんなカンジだった。」「その通りのようだな。なんだあってるじゃん。」


 口々にそれであってるだの、そうだそうだだの、リリファちゃんが間違ってたんじゃないのだの、好き勝手言い合う冒険者達を見て、リリファはわなわな震えて爆発した。


「最後が違う!!お前ら全員最初から間違って覚えていたな!?というかなんで全員覚えていないんだよ!?」

「リリファちゃん。クロノスさんやヴェラさんみたいなおっかない人が指示しないと、そんなに長い作戦覚えていられるような人たちじゃないよ、きっと。ダンゴ虫やミミズにそんな知能はないんだよ…」


 リリファが横を見れば、そこには生き埋めから脱出して呆れた目で壁怖し組の冒険者を見つめるナナミがいた。どうやらリリファが一部の冒険者達とぎゃいぎゃい言い合っている間に手持ち部沙汰になった残りの冒険者によって救助されたらしい。後ろを見ればその他生き埋めになった仲間も次々瓦礫の山から出てくるのが見え、自分以外は全滅したかと割と酷い予測を立てていたリリファはひとまず安心するのだった。


「うえ…口の中に埃はいった…苦い…」

「セーヌ嬢は無事かッス?」

「はい…なんとか…ハンナも大丈夫?」

「うん…」


 ほこりまみれの冒険者一同に混じってセーヌが人質のハンナを抱きかかえて瓦礫から這い出てきた。どうやら崩れる直前に助け出していたらしい。無事を確認してホッとするナナミ達の衣服同様に修道服は土ぼこりですっかり汚れてしまっていて、白い部分は黒ずんでいた。真夜中であったため目を凝らさなくてはまるで真っ黒な修道服に見えるそれを見た冒険者の二人が、「ダークネスシスター…イケる…!!」「お前もそう思う?俺も教会の修道服は白の部分なくして真っ黒にするべきだと思うんだよね。」などと興奮していたので、怒りに満ちていたリリファが瓦礫の塊を二人に投げつけて止めを刺した。


「全員無事だったみたいだね。よかった。…さて、セーヌさん。最後で台無しだったけど、女の子も無事取り替えしたし、奴隷になるなんて馬鹿なことはやめて。今日の事を警備兵に報告に行こう。」

「それはできません。ハンナが助かったところでシスターの借金は無くならないのですから。悠長にクエストを受けて稼いだとしても彼らはもう一刻も待ってくれません。そうなれば今度こそこの子たちが誘拐されて、どこかへと売られてしまうでしょう。」

「もうっ。頭が固いんだから!!だったらポルダムって人をボコって体に教えて…」


 冒険者として半年の活動期間を経てすっかり冒険者特有の短絡的な思考になっていたナナミは、組の若頭の男を探して瓦礫の散乱する周囲を見渡した。周囲には瓦礫の山からなんとか這い出て他の構成員を救助する組の構成員達が何人もいたが、そこにポルダムの姿はなかった。


「ほら、あっちのボスいないじゃん。きっと地面の下でオネムになったんだよ。はいこれで解決!!いやーよかった。さ、帰ろう。」

「ぐへ…糞が!!ハァ…ハァ…!!」

「あ、敵のボス生きてた。」

「…チッ、運の良い奴…」


 どうやらポルダムは瓦礫の量が少ない所にいたらしく、あっさりと出てきてしまっていた。地上へ顔を出したポルダムが新鮮な空気を深呼吸で取り込んでから辺りを見回すと、周囲は瓦礫の山と化しているのを目に入れて、自分が借りていた倉庫の惨状に怒り狂った。


「この倉庫はそのうち禁制品を取り扱えるようになった時のために高い金を出して借りていたのに…弁償すると幾らになる?てめぇら、よくもコケにしやがってくれたな!!奴隷の首輪も瓦礫の下のどっかに行っちまったし、もう許さん!!お前ら、あいつらを倒せ!!今すぐにだ!!」

「で、でもポルダムさん。俺たちもだいぶやられちまいました。まだ埋まっている奴も多いし、こんなことで死人が出れば留守の組長と相談役になんて言われるか…まずはみんなを助けましょう。」


 声を荒げるポルダムに、構成員の一人が先に手下を助けようと提案した。構成員達は姿の見えない組長と相談役はあくまで留守だと思っているので、彼らのいない間に何か起これば、自分たちもただでは済まないと考えたらしい。

 手下の言葉に一度冷静になってポルダムが周囲を観察すれば、姿が見える自分の手下は最初いた二百人の半分ほどでしかなく、脱出できた彼らの中の半分は瓦礫の下敷きになったことで重軽傷を負っており、もはや戦える状態ではなかった。それでもポルダムは自分たちをコケにした冒険者に虫唾が収まらず、声を掛けた手下を殴り飛ばした。


「うるせぇ!!そんなの関係あるか!!埋まった奴は運がなかったんだよ!!そんな雑魚、俺の手下にいらねぇ。グズグズするならお前達も首だ!!次期組長のこの若頭ポルダムの言うことが聞けないってのか!? 数ではこっちがまだ多いんだ!! ミツユースの真の支配者セイメーケンコーファミリーにたてつくやつは一人残らず生かしちゃおかねぇ!!動ける奴は手足を引きずってでも奴らを殺せ!!」

「「「「「ぐ…了解です。」」」」」


 ポルダムの非情な宣告に体を動かせる者は捜索を打ち切り、それぞれ武器を構える。しかし生き埋めになった際に武器を無くしてしまった者もいたようで、そういう者は仕方なしにと瓦礫の中から尖った木片や石ころを探して握ったが、手下を見捨てるような発言をするポルダムに失望してほとんどの構成員はやる気がなくなっていた。とはいえ事実上の時期組長の命令に背くわけにはいかないのもまた事実。構成員たちは武器を握って駆け出す。それを見た冒険者達も来るなら来いと各々武器を構えた時に…


「ああやっぱり!!これ偽物です!!」


 冒険者の中から叫び声が聞こえたので全員が足を止め声の元を見ると、そこにいたのはダンツと彼の持っていた契約書を引っ手繰るように鑑定する一人の治癒士の冒険者の男だった。


「オルファンもやっぱそう思うッスか?俺も盗賊としての勘がイヤーな方に傾いていたからもしかしたらと思ったけどよ。」

「間違いありませんよ。ボク将来は教会の古代の神宝を取り扱う部署で働きたくて神官学校にいた時はそっちの学問を専攻していましたから。その中に偽物の女神の契約書の見分け方もありました。たかが紙だと侮って偽物を作る不届き者がけっこういるみたいです。紙じゃなくて神なのにね?…ふふっ。」

「え…あの…それが偽物?」


 うまいことを言ったと自画自賛する治癒士の男オルファンの言葉を聞いたセーヌは、彼に恐る恐る尋ねた。


「ええ。その証拠に…えいっ。」


 オルファンは女神の契約書を両の手で掴み勢いよく縦に引き裂いた。ビリビリと音を立てて真っ二つになった元女神の契約書の紙きれを見て、冒険者達と構成員達は天罰が落ちるぞと叫び、その場を離れ瓦礫の影に隠れた。しかし、何分待っても紙を傷つけたオルファンには何の天罰も無いようで、それは近くにいた紙に名前を書いたポルダムも同じようだった。


「ほらね?本物なら破った瞬間に名前を書いた人と傷つけた人に神雷が落ちるハズ。そりゃこの紙は作りは似てるけど、ごくごく普通の紙さ。女神のサインも魔導師が認識阻害の呪いでもかけたんじゃない?きちんとしたところで鑑定すれば真偽がわかるけど、ボクに天罰が落ちない時点で99%偽物。はい論破。」


 得意げに語る治癒士の冒険者オルファンは、神の名を騙る偽物なんてこうだと、さらに紙を細かく破った。やがてズタズタになり手に持てぬほどに細かく破れた紙切れをオルファンが捨て去ったところで、一人だけ逃げ出さずにそれを見守っていたセーヌがオルファンに話しかけた。


「あの…それが偽物だとしても、どうしてポルダムはそれを使って私と契約しようとしたのでしょうか?」

「さぁ?ボクは詐欺師じゃないからね。手口は知っていても動機まではちょっとわからないかな。そういうことはその筋のプロ…そうだね、防犯アドバイザーなんていれば即解決だけど、そんな都合のいいことなんて…」

「…!!ああ、そういうことか。」


 首をひねるオルファンの横でいつの間にか戻ってきて話を聞いていた元防犯アドバイザーのリリファが一人で納得していたようだった。自分だけ答えを見つけてないで教えてくださいと腕と胸を震わせてせがむセーヌに、リリファはしょうがなしにと答えを教えた。


「いやな、女神の契約書と偽った紙に書いてあった契約は、ポルダムに何一つメリットが無いだろう?借金の帳消しと身内に手を出さない。額は知らんが金貸しが貸した金の回収をあっさり諦めるとも思えないし、身内に手が出せなくなれば子供の誘拐もできない。」

「私が奴隷になると言うメリットがありますよ?B級冒険者の私が奴隷になるのが、施設の借金と子供たち以上に価値があるからこそ、この契約を持ちかけたのでは?」

「アホか。奴隷になるのは隷属の首輪をつけることによってその効力で結果的にそうなるだけで、契約書の制約で奴隷になるわけじゃない。むしろ契約書がただの紙ならポルダムはセーヌの身内とその借金に手出しをできないという契約を無かったことにできる。証拠はその紙一枚だけだし、セーヌが奴隷である以上ポルダムに抵抗はできないから破棄は簡単だろうしな。そういや直前に本物の女神の契約書を見てたんだっけな。それなら人質も取られたあの状況だ。もう一枚あると言われて信じてしまうのも仕方がない。最初に本物を見せて信じ込ませるのは詐欺でもよくある手口だからな。騙されるのは優しい人間である証拠だ。愚かな人間であるともいえるがな。」


 気を落とすなとフォローする気があるのかないのかよくわからないリリファの話を聞いていたナナミは、頭の中でこれまでの説明をまとめる。


「えっと、つまり…ポルダムとかいう人は、実はセーヌさんに隷属の首輪をつけることが本当の目的で、契約するふりをしてセーヌさんを騙して、何の恩恵も無しに一方的に彼女を奴隷にしようとしたってこと?最初から子供の誘拐を止めることも、施設の借金も無くすことも考えてなかった?」

「本人に聞けばいいんじゃないか?目の前にいるんだし。」


 話を聞いていた冒険者一同が振り返れば、そこには動ける構成員に守られながらコソコソと逃げ出そうとするポルダムの姿があった。仮にも裏組織の若頭とは思えない丸まった背中に、冒険者達は一斉に有罪ギルティだと思うのだった。








「あわわわわわ…」


 ポルダムは逃げていた。足元が震えていたので逃げる間に何度も転んでしまい自慢の黒のスーツはすっかり汚れまみれになっていた。臆病風の拭いて丸まった背中はもはやミツユースの裏組織の若頭としての威厳を微塵も感じられず、彼がミツユースの大きな裏組織の若頭で実質的な時期組長であると何も知らぬものに聞かせれば、下手冗談つく暇があったら働けと鼻で笑われるくらいのものだった。では彼はそんな姿になってまで何から逃げているのかと言うと…


「よくもっ!!騙してっ!!くれましたねっ!!」


 答えはキレたセーヌだった。彼女は全身から雷の魔術を放出して、周囲の空間をバチバチとスパークさせる。そこから人一人と同じくらいの大きさの電撃の塊を生み出しては、時々前を走るポルダムへ向けて発射していた。今も何度目になるかもわからない雷撃を足元に受けてポルダムは派手に転んだ。


「うぎゃああ!!来るな、来るなッ!!」

「あなたがおとなしく黒焦げになればっ!!もうおいかけませんよっ!!えいっ!!」

「げへぇえええ!!」


 怒る彼女の顔は全身をほとばしるる雷の力で輝いてよく見えなかったが、彼女を聖母だと崇め讃える者達が目をこらしてその顔を確認すれば、地獄も鬼も泣いて逃げ出す修羅そのものだったと泣いて答えただろう。また彼女の修道服は土と泥で真っ黒に染まっており、そこが暗黒の粛清者シスターっぽいのだと二人の冒険者が興奮交じりに語ってリリファに仕留められた。


「あわわわ…やっぱりセーヌさん怒らせちゃいけない類の人だったんだ…!!怖い!!」

「ああ…普段の彼女を知っているからこそより一層現状に恐怖すると言うか…夢に出たら漏らしてしまいそうだ。」


 セーヌの怒りを具現化したかのような姿に、リリファとナナミは恐怖し、そして畏怖を抱くのだった。それからお互いがっしりと手を握り、絶対にセーヌを怒らせないようにしようと固く誓い合った。それを見て他の冒険者も俺も混ぜろとその同盟に次々と加わる。普段ならキマシの塔などふざけ合うものだが、今は何よりセーヌが恐ろしい。ここに「セーヌ怒らせちゃダメ、絶対。同盟」が誕生した。


「若頭を守れ!!こんなでも我らのかし…ラララララッ!?」

「うわ!!駄目だ、一度距離を取れ…レレレレレェ!?」

「逃げろ!!こっちに…ニニニニニニニ!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなサササササイッ!!」


 ポルダムを守ろうと構成員は、怪我を負っている状態にも係らずそれぞれがセーヌの侵攻を妨害しようと試みたが、怒りのセーヌは若頭を守ろうと近寄る構成員に雷を落として黒焦げにし、距離を取ろうと離れる構成員に雷を落として黒焦げにし、もうポルダムにはついていけないと逃げ出そうとする構成員に雷を落として黒焦げにし、泣いて許してくださいと許しを請う構成員に雷を落として黒焦げにし…とにかく、目につく敵と言う敵を雷の魔術で残らず黒焦げにした。その結果冒険者達が戦うまでもなく残った構成員はほぼ全滅していたのである。残っているのに全滅とはこれいかに。しかしながら戦える構成員はもはや誰一人として残っていなかった。同名の結成後にただその光景を唖然と眺めることしかできなくなっていた冒険者の中の一人が不意に呟く。


「思い出した…雷の魔術の適性がズバ抜けて高い少女の冒険者。少女だからと舐めてかかる悪漢や馬鹿な冒険者どうぎょうしゃを一人残らず黒焦げにして、そいつらは天気の悪い日に雷の音を聞くだけで前も後ろも漏らすほどにトラウマを持つようになるって…ついた二つ名が、全てを否定する雷の妻。略して「否妻いなづま」。事の由来を知らないやつらが勘違いして「稲妻」と呼ぶようになったらしいな…!!まぁ俺もその馬鹿な同業者の一人なんだけどね!!うわ~ん、お母ちゃ~ん!!」


 説明を終えた男は愛する母の名を叫び、肩をガタガタと震わせてズボンを濡らして大洪水を起こしていた。


「お前…天気の悪い日は頭が痛いってクエスト受けずに家に引きこもってると思ったらそういうことだったのか…」

「大丈夫か?…大丈夫じゃなさそうだな。」

「ここにいる治癒士全員の力をもってしてももうどうすることはできません。治癒士は…人の心の傷までは治せない…!!」

 

 もうこいつはダメだと、あわあわ言っていた冒険者には救出した少女ハンナを預けて冒険者ギルドと警備兵の詰め所に向かってもらうことが満場一致で決まった。ポルダムは女神の契約書の不法所持。それを利用した詐欺未遂。さらに隷属の首輪と言うミツユースの中でもトップクラスに取り扱いが禁止視されている品でセーヌを奴隷にしようとした容疑までかかっている。そこまでの材料が揃えば街もギルドも彼を放っておかないと考えたからだ。そして泣きわめく冒険者をハンナに支えてもらいながらなんとか送り出して手持ち部沙汰になった冒険者達がした行動は意外な物だった。


「おい大丈夫か!?」「こっちにもいたぞ!!手を貸してくれ!!」「治癒士ども~働け働け。倒れるまでヒールだ。」「うう…お前ら、どうして…!?」「なぁに、怪我をした民間人を放っておけるかよ。」「なんて優しいんだ…!!ウチのボスに比べたら…天使か?天使なのか?」「オレ…もう組抜けるわ。田舎に帰って母ちゃんの面倒を見るんだ。」「俺も…足洗う。まっとうな商売をしたかったんだ。」「おう。そうしろそうしろ。」


 セーヌが一人で構成員を黒焦げにしていたことで手の空いた冒険者達は、やはり放っておけぬと生き埋めになった他の構成員を救助していた。馬鹿で粗雑な冒険者達だが、人助けと言う点では割と誠実である。助け出された構成員達はその優しさに感動し、ポルダムと組に見切りをつけて次々と改心していった。さらに冒険者達はセーヌによって黒こげになった構成員も手当てして、彼らもまたポルダムについていけないと皆離反をした。


「おいお前ら!!俺を…組を裏切るのか!?」


 セーヌから逃げ惑うポルダムが自分を守る構成員が減ったと周りを見渡して、次々と組を捨てる元構成員達に気付いて叫んだ。そして元構成員の中から、一人の初老の男性が出てきた。男は片目に眼帯をしており、右の腕を失っていた。


「クラフトス…まさか、お前もか…?家族がどうなってもいいのか?」

 

 ポルダムはクラフトスと呼んだ男に脅し混じりで質問する。彼は構成員の中でも組長が代替わりしたころからの最古参で、ポルダムが組の指揮を執り始めたころ方針が違うとたて突き、最後まで「教育」に抗っていた者だ。けっきょく家族を人質にとって大人しくさせたつもりだったが。これなら奴の家族を見張らせるのを止めなければよかったとポルダムは思った。


「家族なら大丈夫でしょ。一度は解放されたんだ。次同じ手で捕まるほど甘くはないさ。ポルダムさん…アンタにはもうみんなついていけないんですよ。オジキと相談役がミツユースを離れてアンタが組の指揮を執り始めてから、何もかも変わっちまった。セイメーケンコーファミリーは地域に根差した健全な金貸し屋じゃなかったんですかい?確かに他の裏組織との戦いに明け暮れていつのまにか暴力的な組織になっちまったが…それでも堅気の住人に金は貸しても手を出さないという最後の仁義は守っていたはずだ。それなのにアンタが暴れても、ミツユースにいないという組長と相談役は何も言ってこねぇ…果たして本当にお二人は療養とその付添いなんで?」


 ポルダムの脅しにも屈せず淡々と質問を質問で返すクラフトスの言葉にぞくりと背中を震え上がらせるポルダムだった。クラフトスは組長と相談役が殺されたことに感づいている。もしそれが他の構成員にばれたら一巻の御終いだ。筋者の世界で親殺しは重罪。冒険者だってそれを見逃してはくれないはず。もし捕まれば此度の詐欺とそれに使用した道具の件も合わせれば自分は二度と外の空気を吸えないだろう。


「冒険者様方。それにセーヌの嬢ちゃんも…ちょいと若頭を俺に預けてくれないか?なに、すぐ終わる。俺の悪い感が当たればもしかしたら、俺を拾ってくれた組長の敵を取らなにゃあなりません…」

「ええ、しかし…まずはこの屑を消し炭にしませんと、気が収まらないッ!!」

「ダメか…なら早い者勝ちだな。」


 その言葉を最後に初老の構成員クラフトスはポルダムに近づいていく。その眼は覚悟の色で染まっており、彼に捕まれば全て終わりだと思うポルダムだった。しかし逃げようにも自分の所業で怒れるセーヌはポルダムがクラフトスと話している間に残った最後の構成員を全て片付け終え、空間をスパークさせて刻々とこちらに近づいてくる。二対の瞳にすっかりと怯え、若頭としての威厳を完全に失いへたり込むポルダムだった。


「あわわ…だ、誰か。俺をた、たすけっろろ…!!」

「恐怖で呂律も回らなくなったか…これが本当にあの組長の息子かよ?年を取ってやっとできた息子だと喜んで甘やかして育てたのはやっぱ間違いだったな。」


 腰を抜かしたポルダムのところへ先にたどり着いたのはクラフトスだった。彼は腰の鞘から剣を抜き、それをポルダムに向ける。


「いろいろ聞く前に、まずはケジメつけなきゃな…!!」

「やっやめ…」

「…ガガう。」


 クラフトスが剣を構えてポルダムを斬ろうとしたその瞬間。クラフトスの横に巨大な影か現れた。月の光を遮る大きな影に気付いたクラフトスがそちらを振り向こうとすれば、巨大な何かによって彼は真横に吹き飛ばされてしまった。飛ばされたクラフトスはそのまま隣の倉庫の壁に叩きつけられて、白い壁を赤く彩った。


「え…ティル…ダン…?」

「ガウ…そウだが?」


 どこか見覚えのある風貌に、ポルダムはおびえながらも質問すれば帰ってきたのは質問に対する肯定と、聞きなれた希望の声だった。男を吹き飛ばした巨大な影の正体はセーヌとの交渉前にどこかへと飛び出していなくなったティルダンだったのだ。


「おまえ…「起きた」のか…く、クハハハ!!そうだ、俺にはまだお前がいた…!!ティルダン。俺のかわいい手下ティルダン!!」

「あルじが…ヨろこブと、おデもうれしイ…!!」


 ティルダンの登場でポルダムはすっかり狂ったように喜びだす。それを見てティルダンも喜びだした。


「さぁティルダン。俺の代わりにあのムカつく冒険者と俺を裏切ったゴミ共をぶっ殺せ!!一人も生きて返すな!!」

「おでもコろしタりなイ…ワかった!!ウォォォォォ!!」


 ポルダムの指示を聞いて咆哮を上げるティルダンだった。




「なにあれ…?あの人施設に取り立てに来て途中で帰った人だよね。確かに超大きな体だけど、私たちがどんだけいると思ってるの?たった一人で冒険者とこっちの味方になった組の人を相手にできるわけじゃない。ね、リリファ…ちゃん?」


 ナナミが小馬鹿にしたような目でティルダンを見た後、同意を得ようとリリファ達仲間の冒険者の方を見れば、リリファも、ダンツも、ジェニファーも、チェルシーも…そしてティルダンの近くにいるセーヌですら体を強張らせて各々の武器を構えていた。


「あいつ…前施設にいた時はただの木偶の坊だったはずだ。なんで…」

「聞いてないッスよ。ポルダムがあんな化け物を飼ってるなんて…」

「冒険者さん。俺たちも知らなかった。てっきりポルダムの若頭が「ソッチ」の趣味で、ティルダンは愛人か何かだと思っていたんだ。」

「ティルダンは肉を齧って蝶々を追っかけていればただの平和なデカブツだ。ありえない。」


 ウソだろとか遺言書書いておけばよかったなどと、冒険者も元構成員も口々に呟いている。その異様な光景に人と闘うことに慣れていない冒険者ナナミは、汗を一筋垂らして尋ねた。どうか自分の予想が間違っていてほしいと淡い期待を横に添えて。


「えと…もしかして、超ヤバい?確かに片腕のおじさん吹き飛ばしたのはすごかったけど…冒険者三十人と組の動ける人…百二十人くらいいても…?」


 人との戦いは殆ど経験したことの無い優しい冒険者ナナミの問いかけに、冒険者と元構成員一同は「超ヤバい」と一斉に答えるのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ