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猫より役立つ!!ユニオンバース  作者: がおたん兄丸
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第36話 ノンギャランティ・クエスト(契約を阻止しましょう)

 

 真夜中のミツユースの港の倉庫街。そこの一際大きな倉庫の立ち並ぶエリアをセーヌは走っていた。そこはミツユースの港に接岸する船から降ろした荷物や、逆にこれから積む荷物を一時的に置いておく場所で、ミツユースの行政が商人に貸し出す貸倉庫のエリアだった。昼は荷物を積み下ろしする作業員や船員でにぎわっているが、今は夜なので人っ子一人いない。この辺りを巡回している警備兵も本日も異常なしと報告書に記載し、先ほど詰所に帰ったばかりだった。


「42番…ありました!!ハンナ…無事でいて…」


 セーヌは息を切らすこともなく目的の番号の倉庫を見つけると中に入る。そして鍵がかかっておらず倉庫の中が明かりで照らされているのに気付いて、やはりここだと倉庫の奥をにらんだ。そこにいたのは…


「よぉセーヌ嬢。この倉庫は俺の組が常に貸し切っていてな。今は中に何も入っていないが、そのうち禁制品で一杯にしてやるぜ。42(死に)番とは洒落てるだろう?…ああほら、心配しなくてもガキならココにいる。」

「もが…もごご…!!」


 倉庫の奥で手下の男たちと、それに加え奴らに連れ去られていたハンナと呼ばれた少女と共にいたポルダムだった。縄で縛られたハンナは声を出して騒がれないようにだろうか。口に猿轡を噛まされて息苦しそうにしていた。


「ハンナを返しなさい!!この外道たちめ!!」


 ポルダム達の姿を見つけて、セーヌはトンファーを構えて体中からバチバチと電気をほとばしらせる。その電光は広くて少々の明かりでは照らし切れなかった倉庫を隅々まで照らすほどで、見ていたポルダムの手下たちとハンナはまぶしさに目を閉じた。その中で一人ポルダムは対策済みだとサングラスを取り出して自分に掛ける。


「さて、これで眩しくない。…おお怖い怖い。美人が台無しだぜ?ちょっと明かり弱めてくれよ。」

「このっ…!!」


 怒りに任せてさらに電光を強めるセーヌに、ポルダムは神に仕える者に口説きは逆効果だったかと呟いて自分の前にハンナを引っ張り出した。それに気づいたセーヌは深呼吸を一つして心を落ち着かせて、漏れる電光を皆が目を開けられる程度にまで抑えた。


「やれやれ、やっと聞いてくれる気になってくれたか。それじゃあ交渉を始めようぜ?」

「施設の借金の件でしょう?それならまだ期限があるはずでは?それとも…昨日のことは「思い出した」とでも言うおつもりで?」

「心配するな。昨日の事なら覚えちゃいない。それにその借金のことはもうどうでもいいんだ。アンタの返事次第で今日無くなっちまうんだからな。」

「なんですって…?」

「お、興味を持ってくれたみたいだな。今そっちに行くから俺が感電しないようにしてくれよ。」


 それから雷撃を纏わせるセーヌを物ともせず自らこちらへと近づいてくるポルダム。人質のハンナは未だ奥の手下たちの手におり、うかつにポルダムに手を出せば彼女の身に危険があるかもしれない。仕方なしにセーヌは明かりの雷光は残して攻撃用に貯めこんでいた電撃を消した。


「明かりだけ残しておくとは、冒険者ってのは器用なもんだな。まずはこれを見てほしいんだが…おっと、大事なものだから手荒にするなよ?この紙に何かあれば俺もアンタもただでは済まないからな。」


 苦笑して何かの紙をこちらに渡すポルダムに何を言っているんだと思うセーヌだったが、雷撃を消して幾らか冷静になっていたので、セーヌは大人しくポルダムからその紙を受け取った。


「これは…シスターが貴方と交わした借金の契約証書ですね。」


 そこに書かれていたのはシスターとポルダムが行った借金の契約文面であった。セーヌはシスターがポルダムに金を借りてから契約書を見ること自体は初めてだったが、それでも見慣れたシスターの筆跡で彼女のサインが書かれていたことからすぐに正解にたどり着けた。契約文面にはシスターが借りた金貨何枚かの借金の額と返済の方法や利子の割合が書かれており、最後にはシスターとポルダムのそれぞれのサインと…あと一つ誰かのサインがあった。その第三者の名前を読み取ろうとするセーヌだったが、下手くそに書いてあるわけでもないのに名前を読むことができない。というかそこに書かれた文字が認識できない。


「その第三者の名前のところだけ何故か読めないだろ?」

「はい。文字がどの文字なのか、そういうのは分かりますが、何故かそこを見た時だけ頭の知識にもやがかかってしまうような。これは…あっ…!?」


 文字が読めるのに読み取れない。その意味に気付き驚きの表情でポルダムを見る。ポルダムと言えばセーヌの顔を見て満足げだった。


「仮にもシスターならババアシスターから聞いたことがあるだろう?これは「女神の契約書」だ。」




 女神の契約書。それは神の領域である天界に住む女神の一人。契約の女神○○が作ったと言われる代物で、世界各地の古代遺跡やダンジョンに眠っている宝物の一つだ。特徴として契約の女神の人間には決して読み取れぬ真の名が書き込まれており、二人の人物が契約をする際にルールと二人の本名を書きこむとその契約は生涯有効になると言われている。契約を守らないとどうなるのか。契約を破棄するためにこの紙を破り捨てればどうなるのか。貴重な品故確かなことは分からぬが、きっと女神の怒りを買い良くないことが怒るだろうと言われている。


 とはいえそれは書き込めば絶対に守られる契約と言い換えることもでき、王族や貴族や大商人などはこの紙を使った契約は大きな意味を持つのだと信じており、大事な契約の際は相手から信用を得るためにこれを求め、手に入れるためにいくらでも金を積んだとさえ言われている。時にはこの紙で契約をするために他の大切な契約を破ったり、他者に害を為したりしてまで契約書を手に入れようとした者までいたほどだ。


「見終わったら返してくれ。噂通り傷一つでも付けば俺とシスターがどうなるかわからんからな。お前だって大切なババアを傷つけたくはないだろ?」

「どうして…そのような品をたかが孤児院を運営するシスターとの契約に…というか何故あなたがそれを持っているのですか?」


 なにかあったらシスターの身に関わると震える手でポルダムに契約書を返還するセーヌは頭の中の疑問が消えなかった。女神の契約書は神に纏わる神聖な品であり発見者から神聖教会が即座に取り上げる法律が大陸中の全ての国で定められている。回収された契約書は数年に一度神聖協会主催のオークションで出品され、その売り上げの半分が発見者に渡ることが決められていた。見つけたことを隠していても神聖教会の手の者が大陸中で捜査の網を張るので隠し通すことも難しく、そのような物をなぜ一都市の組織が持っているのか。そして金貨に換算すればシスターの借金など風で飛ぶような価値があるそれを、なぜポルダムはシスターとのあくまで借り受けられる範囲でしかない小さな契約に使ったのか。自分では答えを見つけ出せないでいたセーヌだった。


「まぁいろいろあったんだよ。当時は使ったことが後でオジキにばれて、生まれて初めてお前を殺すって剣を振り回されたもんだ。あの時オジキがぎっくり腰で寝込まなきゃ俺は死んでいた。なんでそんな代物がウチの倉庫にあったのかはいまだにわからん。そんなことよりもだ、いま大事なのはこっち…」


 ポルダムはシスターとの契約書を一度仕舞ってからもう一枚契約書を取り出してセーヌに渡した。そちらには契約のルールが書かれているだけで、名前の部分に誰のサインも書かれていなかったので契約前のただの紙であったことが分かった。

「えっと…以下の契約を記入する二名(以下乙と甲とする)が尊守する限り、両の契約は果たされる。乙が甲の奴隷として服従する限り、甲とその関係者は乙の関係者に一切の手出しをせず、乙とその関係者との間の債務も一切無効となる。なお、奴隷の定義は甲に委ねられ、乙の関係者とその債務の定義も乙に委ねられる…?」


 契約書の文面を指で追って読み上るセーヌは、その意味がさっぱり分からなかったが、彼女が読み終わったところで、それはそうだろうとポルダムが頷いた。


「頭の悪そうな文面なのは俺が書いたからだから許してくれ。契約書の文面の書き方なんて俺は習ってないんだ。つまりだ…乙ちゃんが身も心も甲クンに捧げれば、甲クンは乙ちゃんの知り合いに手を出さないし、それまでの借金も全部チャラになるってことが書いてあるのさ。」

「それってつまり…!?」


 ポルダムの説明を聞いて全ての理解をしたセーヌだった。そしてそれを口に出そうとすれば代わりにポルダムが答えた。


「分かってもらえたなら話が早い。セーヌ、俺の奴隷になれよ。そうすれば施設の借金はチャラになるし、俺と組はガキにもシスターにも今後一切手は出さん。」

「私が…あなたの奴隷に…」


 ポルダムの考えた悪だくみ。それは調達する人間の標的を孤児の子供からセーヌに変更することだった。セーヌは冒険者の中でもB級と言うかなりの実力者であったと言うことは以前から知っている。ならば彼女を上手く使えば裏組織との戦いでも役に立つと考えたのだ。組で使う用事が無いのなら金持ちに高額で貸し出して気に入らない奴に仕向ける暗殺者や、逆に暗殺者から身を守るボディーガードに使ったっていい。冒険者ギルドを仲介した依頼では、犯罪者やお尋ね者を覗いた者の冒険者の殺しへの加担の類は一切禁じられている。なのでギルドの仲介を得ずに冒険者を殺しに使えるとなれば、それは素晴らしい商品と言えるだろう。なによりもセーヌはそこらではお目にかかれない美貌と、男好きする若いからだの持ち主だ。普段はベッドで身も心もを癒してくれる最高のボディーガードとしても使えるとなれば引く手は数多だろう。幾らの値がつくかわかったものではない。


「(昔はただのガキにしか見えなかったが今じゃすっかり美味そうになりやがって。こりゃ上手く奴隷にできたら俺が一番に味わってもいいな…おっと、今はまだ契約前。焦るなよ…)」


 自分の中の下卑た獣欲を抑えつけ、ニコリと笑ってセーヌの様子を覗うポルダムだった。




「私が納得したところであなたが契約を守って下さるんですか?」

「守るさ。守らざるを得ない。だってこの紙も女神の契約書だからな。」


 ポルダムが契約書の端を指させば、確かにそこには先ほどの契約書と同じ所に文字を理解できない女神のサインが刻まれていた。


「…!!二枚も所持していたのですね。驚きです。しかしそれなら先ほどの契約と矛盾してしまうのでは?」

「それなら問題ない。実はあの契約…後で徴収の仕方を変えられるように「他の契約で矛盾が生じる場合は無効となる」って書いてあるからな。ほら見てみココ…」


 ニヤニヤとほくそ笑むポルダムが先の契約書を再び手渡しセーヌが文面をよく調べれば、確かにそのようなことが書かれていた。


「それではここに私とあなたが名を書き込めば、契約は完了となるわけですね。」

「ああ。だがいいんだぜ?別に受けなくても。そもそも赤の他人のためにわざわざ自分が不利益を飲めるはずもないだろうしな。」


 セーヌの質問にわざと呷るような言い方で挑発するポルダム。とはいえ彼女は今更そんなことはしないだろう。奴らを赤の他人だなんて思ってはいないはず。今にでもポルダムの望む言葉がそこに…


「いいでしょう。その契約、受けましょう。」

「(ほらな。)」


 普段は人の絆や家族の愛など汚れた水たまりのボウフラ程にどうでもいいと思っていたポルダムだったが、この日ばかりはその愛や絆に心感謝した。どうせ感謝したところで明日からまた踏みにじり続けるのだが。


「冒険者として死に掛けて飢え死ぬのを待つ身でゆく宛もない私に、家族の温かみをくれた大切な人たち…その愛を守れるのなら、この身決して惜しくはありません。それに…契約をしないのならあなたたちはこれからも嫌がらせを続けるでしょう。」

「ま、そんくらい理解してるよな。けっこうけっこう。その愛に免じて奴隷になっても大切に使ってやるぜ。約束するよ。」


 あくまでお前を長持ちさせるためだがな。それに契約上でない約束事など破ることに何のためらいもないとセーヌの愛情に感動するふりをして心で嘲笑うポルダムだった。


「おっと、そうだ。奴隷になってくれるのならこれを着けてくれ。…おいどうした?早くもってこい。」

「…若頭。やっぱりコレ使うのはまずいんじゃ…。」

「いまさら何言ってるんだ。もうコレを仲介屋に用意してもらった時点で立ち止まれねぇんだよ。ほら貸せっ!!」

「あっ…」


 ポルダムが渋る手下の男から引っ手繰るようにその男が持っていた首輪を奪い、セーヌに突き付けた。首輪のデザインは黒色の装飾もない無骨なものだが、セーヌはどこか不気味さを感じた。


「これは…?」

「「隷属の首輪」という魔法の品だそうだ。詳しくは知らんが自分の意志で着けると首輪に名を刻まれた主に絶対の忠誠を誓うらしい。俺の名前は既に刻んでおいた。これの着用を持って契約の奴隷と定義しよう。」

「…わかりました。まずはあなたが契約書に名前を書いてください。」

「まぁそりゃそうだよな。いいぜ。…ホイ。」


 ポルダムが立ったまま画板も使わず器用に自分の名前を契約書に書くと、セーヌに契約書と隷属の首輪を差し出した。


「まずは忠誠の証として奴隷になってから契約書を書くのも、まずは契約書を書いてから奴隷になるのもご自由にどうぞ。自由な最後の時間を楽しんでくれ。あ、奴隷になったら俺の関係者になるわけだからもうあの施設には戻れないぜ。ハンナちゃんは契約の後で契約に従いきちんと開放するさ。」

「…では、契約書を。」


 セーヌはポルダムから契約書とペンとインクの壺を受け取り、彼のように器用な真似は出来ないので、丁寧に整備された倉庫の床に紙を置いてペンに手に取る。仮にも神の品である女神の契約書に失礼な真似をしたくはなかったが、どうせ人生最後の自分の意志の契約だ。最後くらい綺麗に名前を書きたい。


「(ごめんなさい。みんな…どうかお元気で。)」

「(いいぞ…早く名前を書いちまえ…!!そうすりゃ俺の人生ウハウハだ。早く書けよ。早く…早く…!!)」


 勝利を確信してもなお表情を崩さないポルダムに気付くことなくセーヌが女神の契約書に名前を書こうとインク壺から取り出したペンを置こうとすると…そこに契約書がなくなっていることに気付いた。


「あれ…?契約書は…?」


 もしやポルダムが文面の確認のために自分が目を離したスキに取り去ったのだろうか?そう思いセーヌがポルダムを見ると彼もまた目の前の状況がつかめないようだった。


「おいセーヌ…契約書どこにやった?」

「え?あなたが取り去ったのでは…?」

「俺じゃねぇよ!!それなら誰が…」


 頭に?を浮かばせながら周囲を確認する二人。そしてふと二人が同時に倉庫の入り口を見るとそこには…


「間に合った…!!危ない所だった。さんきゅーダンツさん。」

「フム。お前は盗賊シーフだったんだな。盗賊にはそんな術技もあったのか。」

「離れたモンスターから持ち物を奪い取る「スナッチ・スティール」だ。これ街の中で人に使うとガチ犯罪なんで使ったのは秘密でお願いするッス。」


 いつの日か施設でポルダムの部下を内倒した少女の冒険者二人と、手に契約書を持った一人の男がいた。



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